第349話 天藤紅羽 V.S. 灰谷昇真



北学区生徒会の面々で集まって打ち合わせをしてから4日後、つまりはこの天藤紅羽への挑戦が始まって10日目にして、事態が動く。


ある意味で、初日の来道黒鵜の時以上に注目を集める激戦必至の対戦カードが公開され、誰もがその勝負の生末を見届けるためにピリッとした空気が漂う広場に集まる。



天藤紅羽 V.S. 灰谷昇真



人類最強の一角と見なされた少女と、かつてその少女に勝ったこともある対人戦最強の少年


体育祭前の模擬戦にて、時間切れで幕を閉じて以降の戦闘となる。


その時はまだ天藤紅羽はソラとの融合はできていなかったし、灰谷昇真は来道とのコンビでの戦闘となり、天藤紅羽は半身不随の状態で、灰谷昇真は利き腕を失うという状態での痛み分けだ。


故に、全体の予想としては今回の戦いは天藤紅羽の方が優位であるという意見が大半であった。


今まで切り札のほとんどを人目に見せてこなかった来道黒鵜と違い、手札を意図的に隠すということもしないし、銃を使うことに強いこだわりを持つ灰谷の戦闘スタイルは周知されている。


前回の模擬戦でも彼の弾丸は致命傷に至るまでかなりの時間を要していた以上、鱗を纏った天藤紅羽に届くはずもない、と。


それでも、彼ならばもしかしたらと、そう思わせるだけの凄みがあった。



「…………」



中央広場の端、結界が張られるギリギリのラインで腕を組む灰谷


その背には大きなライフル、腰に巻いたベルトにはマシンガンをぶら下げ、胸元のベストにはすぐに取り出せるようにと拳銃が収められている。



「先輩」



そんな集中している彼に、後ろから声をかける者がいた。



「……日暮か」


「今、少し話してもいいっスか?」


「ふっ……毎日朝昼晩と飽きずにメールしてきたくせに殊勝な態度だな」



姿勢を解いて振り返ると、神妙な顔をした、彼にとっては弟子のような後輩、日暮戒斗が立っていた。



「メール来てたの知ってたんスね……」


「新作の銃や弾丸の情報を集めるためのミリタリー系のメルマガを購読しているからな、メールチェックくらいはする」


「なら、こっちの要件は」「件名だけでわかってる。買ったらエリクシルを要求してそれをお前らに渡せ、だろ」



つまらなそうに灰谷は戒斗を見据える。



「わざわざ答えるまでもない質問をするな。欲しけりゃ勝手に持ってけ」


「……先輩、社会人になったら絶対そのあたりトラブルになるんで絶対に確認した方がいいっスよ」


「普段俺がどれだけ銃と弾薬の確保のために取引してると思ってるんだ。お前なんかとは比べ物にならないくらいにそのあたりのことはしっかりしてる」


「っ……意外っスね、先輩のことだから、てっきりその権利を使ってドラゴンから特別な銃でももらうのかと思ったんスけど」



若干イラっとした灰谷が少々の殺意を込めてにらみつけると、戒斗は表情を引きつらせつつも、態度には大きくださずに飄々として見せる。


最初に出会った時よりも、だいぶ肝が据わったなと灰谷は内心で感心するのであった。



「阿呆か。銃は人類の技術の結晶だ。


ドラゴンが作った銃とか、そんなものは銃じゃねぇ。


迷宮の技術を使ったとしても、それが人の手によるものだったら認められるが、人の手が一切加わっていない銃を、俺は銃だとは認めない」


「……なるほど。先輩の持つこだわりっていうのの輪郭が、なんとなくわかった気がするっス」


「だからどうした」


「いや、エリクシルを一方的に貰うってのはあまりにも対面が悪いので、そのお返しを考えてたんスけど……60層にいる鬼と呼ばれる別人類の存在は知ってるっスか?」


「ああ、それが?」


「あそこで魔剣の多くが作られていて、その技術を受けついだ鍛冶師がいるんスよ。


で、まだ全部が全部解析できたわけじゃないっスけど、もともと魔剣の成り立ちそのものから、現行の科学とは異なる技術が使われているわけっス」


「くどい。結論だけ言え」


「魔剣の技術を使って作られた銃と弾丸、用意させるっス」


「ふっ……いいだろう」



楽し気に笑う灰谷


鬼の存在が公表された後、世界的に世論の中でも鬼の存在は迷宮生物と変わらないのではないかとする意見も出てきたのだが、灰谷にとってはそんなものはどうでも良いのだった。


大事なのは、その技術を人類が使いこなせるかどうか。


銃があればそれでいい。


そんな無関心とすら言える灰谷にとって、鬼の存在は差別というフィルターには引っかからないのだった。



『――あら、随分と楽しそうじゃない』



決して大きくない声だというのに、その声は広場全体に響く。


強烈なプレッシャーが、その存在を感じ取ったすべての者から声を奪う。



上空から降りてきた天藤紅羽


その姿は、すでに臨戦状態


初日と同じ、ドラゴンメイデンというソラとの融合状態で、広場に姿を現したのだ。


そして同じく音もなく、その傍らに来道黒鵜も姿を現す。



「……これが楽しまずにはいられないだろ」



そんな来道黒鵜を一瞥してすぐに興味を無くしたように灰谷はすぐ傍らに大蛇のように長い弾帯が付けられた手持ち式の機関銃、通称ミニガンを手にした。



「………先輩、よろしくっス」



戒斗は来道を見たが、特に何も言わずに灰谷にそう言って下がる。



「ふふっ……黒鵜、あんたはあっちに声かけたりしないの?」


「茶化すな。それに、今のこの場にそれは不要だろ。


一応セコンド役としてお前に言っとく、油断はするなよ」


「当り前じゃない」



その手には自身の尻尾から作り出した剣が握られているほか、左手にも若干短くなっている剣があり、二刀流の状態であった。



「もう、黒鵜以外でそうやすやすと無様を晒すつもり、私にはないもの」



その言葉を聞いて、黒鵜は数歩下がる。


広場の戦闘区域内に灰谷と紅羽以外の者がいないのに反応したのか、体育祭の際に使われていた不死の結界が発動する。


それが開始の合図であったのだが、お互いに相手を見据えたまま動かない。



「どうした、猪みたいに突っ込んでこないのか?」


「そっちこそ馬鹿みたいに弾丸バラまきたいんじゃないの、トリガーハッピー?」



安い挑発



「「死ね」」



でも答える。そもそもお互いにあれこれ出方を伺うとかするタイプではないのだ。


お互いに相手に自分のスタイルを押し付ける戦い方を好む以上、読み合いなど本来不要。


相手の出方を伺った上で待っ正面から踏みつぶしてやろうとお互いに考えていたが、そもそもお互いに手の内知ってるし、どうせ意味がないということでの秒の方針転換であった。



灰谷がミニガンの連射を開始すると、構うものかと紅羽は突っ込み。


依然と違って分離状態のソラの耐久力を付加されたのみだけでなく、鱗も重ね掛けされた紅羽にとっては、弾丸の嵐など小雨と大差がない。


が、なれば当然対策済み


弾丸の雨の中に紛れた赤い弾丸


無視して突っ込もうとしたとき、それが紅羽の顔に当たって赤い粉が舞う。



「――な、に、にゃあぁああああああ!?!?」



すると、紅羽はその足が止まるどころかその場で転ぶのもいとわず、顔を抑えてその場でのたうち回りだした。



「スコヴィル最低値100万越えの品種をミックスした俺謹製の催涙弾。


いくら鱗が頑丈でも網膜はそうはいかねぇよな?」



にやりと笑い、動きが止まった紅羽に向けてミニガンの狙いを定める。



「ぐ、の――やったわねぇ!!」



目から涙を流し、まともに目を開けられないながらも紅羽は器用に弾丸を避ける。


当たっても大したダメージではないが、再び催涙弾が紛れている可能性を考えてだ。


そして今は目が見えず、音や空気の流れで弾丸を感じて避けることはできても、弾丸の種類を見分けることができない状態なのだ。


これ以上何か厄介なことをされる前に、距離を詰めて仕留めようとする紅羽




――ガシャン!!



「っ!?」



しかし、突如足が動かなくなり、動きが止まる。


目を開いてないので何が起きたのかわからなかったが、痛みが若干引いてきたので薄目を開くと、巨大なトラばさみが自分の足を挟み込んでいたのだ。


先ほど目を閉じたとき、ミニガンの斉射の中に紛れ込ませて地面に放り投げて設置したのだろうと予想する紅羽。迷宮内部でも、以前に灰谷が使っているのを紅羽が見たことがある、杭が打ち込める地面があればどこでも投げるだけで設置できる東学区謹製の簡易トラップ


鱗のおかげでダメージはないが、突然のことで動きが止まってしまい、その隙に再び弾丸が放たれたかと思えば、その弾丸が体に当たった瞬間にはじけ、粘性の高い液体が付着する。


それを認識した次の瞬間に、その液体は発火して急激に燃え広がった。



「な、ぐ―――!!」



急に燃えたことに驚きはしたが、それ自体はドラゴンと類似した体質の紅羽にとっては脅威ではない。


問題なのは、その炎から発せられる煙が、先ほどの催涙弾とは別種の目や喉の痛みを感じさせることであり、再びまともに目を開けられなくなる。



「白リン弾の味はどうだ?


かつての人類同士で起こった世界大戦でも多く使用された兵器。


かつてはドラゴンにも使われて効果は発揮されなかったが、お前にはちゃんと効果があるようだな」


「――ぐ、ぅ!」



喉や鼻の奥の痛みから、これ以上は吸い込むのは危険と判断して呼吸を我慢する紅羽


未だに白リンが燃え盛っているが、先にトラばさみは強引に足を引いてトラばさみを破壊する。



「――がぁ!!」



かと思えば、その口から炎を吐き出して自分の胸元に燃えている炎を消し飛ばす。


耐久力が反映されている制服は並みの衣服と異なって燃えるようなことはなかったが、若干焦げ目がつく状態となる。


しかし、おかげで白リンも消え去って毒ガスの発生もなくなる。



「まぁ、これでどうにかなるわけないよな」



今まで戦ってきた迷宮内部、下手すればレイドボス級の相手でも、もっと甚大なダメージを受けているはずなのに、ちょっと焦げた程度の被害しか出ていない紅羽


その様子に驚愕が呆れになって嘆息する灰谷



「今度はこっちの番よ」



その言葉と共に、一気に加速して距離を詰めてくる。


催涙弾と、白リンの毒ガスの両方を受けたのに、もう薄目を開ける程度になっている紅羽


常人ならば失神からの失明しているくらいのダメージなのに、目に埃が入った程度の被害しか出ていない様子である。



「ちぃ!」



弾道を完全に読めれて接近され、もうミニガンは通用しないと判断して放棄して投げつけると、紅羽は二刀でミニガンを破壊して接近する。



「てめぇ……!」



放棄したのは自分であるが、それでも愛器の一つであるミニガンを破壊されたことに怒りを覚える灰谷は右手にマシンガン、左手に拳銃を取って牽制射撃をしつつ距離を取るために後ろに下がるが、それより先に間合いが詰まる。



「取った」「取らせるか!」



首を落とそうと振りぬかれた斬撃を拳銃で受け止める。


それが並みの合金製の物であったなら拳銃事、灰谷の首を切断できた紅羽であったが、予想外のことが起きる。



「――固っ」



拳銃は壊れることなく、灰谷の首を守った。


とはいえ、刃を受け止められて驚きはしたが、それでも膂力の差でそのまま火谷は吹っ飛ばされることとなるが、結果的に灰谷にとって都合の良い距離が生まれる。



「特注のフルウォルフラム錬鋼製のデザートイーグルだ。


コレクション用のつもりだったが、高い金払った価値はあったな」



肉体の方には特にダメージはなく、拳銃にはかすかなへこみほどの傷ができているがのみだ。


刃を受ける瞬間に灰谷は踏ん張るのではなく跳ぶことで、勢いをいなしたのだろう。


そして即座に反撃のマシンガンを打ち出すが、振り切った直後で避けられなかった紅羽はせめてもの思い、翼を盾のようにして弾丸を受け止めた。


直後に、羽も先ほどと同じように白リン弾を受けて燃え上がる。



「鬱陶しい!!」



大きく羽ばたき、風が巻き起こる。


自分の喉を苦しめるこの毒ガスを、そのまま灰谷に押し付けてやろうと、そう考えたのだろう。



「はっ!」



だが、その動作を見てなぜか灰谷はにやりと笑い、左手のマシンガンをなぜか紅羽ではなく空中に向かって乱射する。


その行動の意味を考えていた時、突如紅羽は右目に違和感を感じ、そして視界が急に暗くなったのを感じた。



「――え」



遅れて困惑が痛みに変わり、右目が潰されたとようやく自覚した。


今、灰谷の打ったマシンガンは自分をねらって撃っていなかったのは確実だったのにどうして右目が潰されているのだと困惑し、羽ばたきを止めるとカランと金属同士がぶつかったような音が地面からする。


それを無事な左目で確認し、紅羽は今、灰谷が行った曲芸染みた技術を理解した。



(さっき打ったミニガンの弾丸……!


私が風で浮かせて吹き飛んだ弾丸を撃って、跳弾で私の右目を撃った……!?)



あまりにも、人間離れした技術による攻撃


人間を止めている自分よりも遥かに人間離れした技術で、右目を潰してきた灰谷に、思わず恐怖をする。


能力的には圧倒的に劣っているはずの灰谷に、今紅羽は押されているのだ。





「スゲェ……」



その戦いを見て、戒斗は思わずそんな感嘆をこぼした。


能力差を考えれば、逆に蹂躙されていてもおかしくないはずの灰谷が優位に立ち回っている。



「やはり、弟子としては師匠の活躍は嬉しいものか?」


「っ……来道先輩……」



先ほどまで広場を挟んで反対方向にいたはずの来道がすぐ近くに来ていて驚く戒斗



「……どうしたんスか、わざわざ声をかけてくるなんて」


「いや、そっちが何か聞きたそうだったんでな。今のうちに聞いておいた方が良いと思ってな」


「さっきはこの場では不要とか言ってなかったっスか?」


「それは灰谷の方に対してだ。


わがままを通させてもらっている立場だしな、迷惑かけている後輩のためなら多少の時間を取るくらいはするさ」



そう軽口をたたき合いながらも、二人は互いに戦いから目を離さない。



「……天藤会長が勝ったとして……それで先輩は、ドラゴンに対して一緒に挑む気っスか? 本気なんスか?」


「ああ、ぶっちゃけ何にも考えてない」


「そうっスか…………は?」



まさかまさかの回答に思わず聞き返す戒斗


対する黒鵜は涼しい顔で戦いを見守るばかりだ。



「え……考えてない……?」


「ああ、考えてない。それが聞きたかったことか?」


「そうなん、スけど……ぇえ……?」



あの頼もしい来道副会長、というイメージからかけ離れた回答に戸惑いを隠せない戒斗に、黒鵜は苦笑を浮かべた。



「全力を尽くしてあいつに負けて、まぁ、ある意味吹っ切れてたというか、成るように成れ、って思ったわけだ。


まぁ、やりたいようにやることにしたわけだな」


「は、はぁ……」


「お前だって、三年になったらドラゴンに挑むとか、具体的に考えてるか?」


「え、ァあ~……そういわれると、ちょっと……」


「俺もそれと似たようなものだ。


もしかしたら、案外あいつがドラゴン対策のスキルをこれから覚えて、本当に倒せる可能性も出てくるとか、ありえないとも言い切れないだろ」


「……なるほど、確かにそういわれると今の会長も、歌丸と近い状態でもあるんスね」


「まぁ、そういうことだ。それに……俺も学生らしく、卒業する前にちょっとは八茶けようと思ったんだよ。あとは……」


「あとは?」


「……いや、くさいこと言いそうだからやめとく」


「……はいはい、ごちそうさまっス」



二人がそんなやり取りを続ける中、灰谷と紅羽の戦いは続く。


ギアが上がったように動き全体のキレが上がった紅羽の攻撃


それをギリギリを見極めるようによけたりいなしたりしつつ、反撃に特殊な弾丸を放つ灰谷



「……このまま戦えば、どっちが勝つと思うっスか?」


「紅羽だろうな」


「……そう、っスね」


「意外だな、反論しないんだな。師匠なのに」


「それだけで反論するようなら、それこそ先輩から撃たれるっスよ。


流れとしては、確かに会長を先輩が追いつめてるっスけど……あの回復力はやっぱり強力っス。


催涙も毒ガスも、すでにほとんど回復されていて、潰した右目もまだ見えてなくてもすでに出血が止まってる……もしかしたらあと数分で右目も戻るんじゃないっスかね」


「ああ、あの状態で内臓を一通り潰したが、ミンチになった状態から小一時間でもとに戻っていたからその認識で間違いないぞ」


「…………いつ試したんスか?」


「ここ最近ずっと模擬戦してる。といっても、あいつは攻撃せずに俺が一方的に攻撃するだけだがな。


どうも、俺との戦い以降に強力な攻撃を受けることが癖になったらしくてな……それで、ドラゴンメイデンの肉体の限界を確かめたいって名目らしいが……」



「……仲がよさそうでヨカッタッスネ……」



踏み込んではいけないディープな関係をはぐくんでいるんだなぁと、ドン引きする戒斗であった。



「まぁ、そんなことは灰谷も当然わかっている。


あいつは奇策とかを講じるタイプではないが、見ての通りの神業のような技術で戦うし、そのための手札も金は惜しまない。


あいつが時間を空けて今日挑んできたのは、勝てるという算段が付いたからだ。


あのままゴリ押しで負けたりもしなければ、持久戦で磨り潰されもしない」


「はい……だから、なんて、状況が動かないことはありえないっス」





「ふぅー……」



試合が開始さいてから約4分ほど


最初の2分間は灰谷が優勢で進んでいたが、すでに状況は変わった。



呼吸を整え、催涙弾や毒ガスの影響もなくなり普通に呼吸をして右目も治って開いている紅羽



「ふーっ……ふーっ……」



一方の灰谷は外傷などはないのだが、呼吸を整えつつも隠せない疲労が汗となって噴き出ている。


まるでフルマラソンを走り切ったランナーのように見えるが、実際の彼の疲労感はそれに引けを取らないだろう。


一手でも誤れば即死となるほどの攻撃を、右手に持った拳銃のみでどうにか防ぎ切ったのだから神経が磨り減るような集中力を求められていたのだ。



「認めるわ、今、この時に至っても、あんたの技量は私を超えている。


けど……勝つのは私よ」



「……言ってろ」



左手のマシンガンを収め、背負っていたライフルを持つ。


本来両手持ちの武器だが、灰谷の技量ならば十分に片手でも扱える。



「……そういえば、さっきからその右手のデザートイーグル、一発も撃ってないわね。コレクション用って言ってたけど、まさか本当にただの飾り?」



ウォルフラム錬鋼でできた拳銃の表面にはいくつかの傷が入っているが、それでも十分に銃としての形を保っており、弾丸を撃つには十分に対応していると思うが、いまだに撃っていない。


もしかすると自分の攻撃を防ぐための盾としての機能しかないのではないかと紅羽は思案する。


先ほどから、あの拳銃からの射撃もある程度警戒していたので、攻めあぐねていたのも確かだ。


もしかしたら今までの布石動揺に、撃てないと印象付けている可能性もあり、いざというときにとっておきの弾丸を放つという可能性もある。



そこまで試行して、馬鹿馬鹿しいと思って笑い、思考を切り捨てる。



(――そもそも、今、人間として戦った場合はすでにもう何十何百と私は負けてる。今更取り繕う必要もない。


それ以上に、今の私に必要なのは――ドラゴンメイデンとして、人を超えた枠組みにある、この肉体の力を完全に使いこなす戦い方)



初日の来道黒鵜との戦い、そしてここ最近の模擬戦で肉体の使い方の習熟はかなり進んでいると自覚がある紅羽


同時に、まだドラゴンには勝てないという確信もある。



「覚悟してね、」



二刀を構え、翼をたたみ、ぐっと足に力を込める。



「すっごい痛いから」



地面が爆ぜるように蹴り、弾丸のように加速して間合いを詰める。


反撃として灰谷がライフルを放つが、紅羽の左手の刃は即座に切り飛ばしつつ、前進。


弾丸が催涙などではないことは即座に見抜いた。


そしてさらに距離を詰める間に、灰谷は素早く空薬莢を排出して次弾を装填し、撃とうとしたタイミングで右手の剣を突き出し、銃口から重心を縦に切る。


撃ったら暴発する状態になったライフルを即座に捨て、腰にあるサブの拳銃を構えて撃つ。


紅羽はその弾丸の見切り、一発、二発は剣で弾き、三発目が白リン弾であると判断して回避しつつ間合いを詰め刃を振るう。



「ちぃ!」



灰谷は舌打ちをしながら右手の拳銃で防御


しかし、それはフェイト


左手の剣を受けられる直前に捨て、紅羽は防御のために突き出した灰谷の右手を、左手で掴んだ。


幾らステータスが強化されていても、本来は後衛職である灰谷の耐久力では、ドラゴンメイデンとなった紅羽の握力に耐えきれず、右手の骨はあっけなくへし折られた。



「終わりよ」



「――お前がなぁ!!」



だが、灰谷の目は死んでいなかった。


むしろ待っていましたと言わんばかりに、紅羽の腹部に向かって右足で前蹴りを浴びせる。


その程度でどうこうなるはずがないと、紅羽は一瞬思ったがその直後、爆音が響く。



「……は」



気が付けば紅羽は夜空を視界一杯に見ていた。


何が起きたのかはわからない。



「知ってるか、銃っていうのは、何も手に持つだけじゃない。


多くの歴史の中で、試行錯誤され続けてきた暗器でもあるんだ――よ!!」



混乱の中で声を掛けられたかと思えば、星空を見ていた紅羽の視界に、灰谷が左足で頭を踏みつけようとしたのが見えて、咄嗟に腕で防御する。


次の瞬間に強烈な爆発が眼前で発生し、防いだ腕越しに明確な痛みを感じた。



「が――ぐっ!」



痛みにうめき声が出る。


すぐに翼を地面に打ち付けるようにして反動で起き上がると、先ほどの爆発の反動の影響か、両足が血まみれになった状態の灰谷の姿が見える。



「足に、爆薬を仕込んでいた……正気?」


「正確には、仕込み式の釘状の弾丸を発射するサバットバンカーっていう、試作式の銃だ。


本来なら貫通するはずなんだが……警告無視して爆薬を強めたのに、その程度か」



紅羽の最初に攻撃を受けた腹部には確かに血が出ているが、ほんのわずかにシミができている程度で、二度目に顔を踏まれそうになった時に防御した手には、確かに首のようなものが刺さっているが、剣を握れないほどの状態でもない。


鱗を破壊することは上手くいったようだが、それでも右手が砕かれ、足に大きなダメージを負った灰谷とは比較にならない。



「まぁ、それで十分なんだがな」



そう笑い、灰谷は手首が折れつつもまだ話していなかった右手の拳銃を左手に持ち替え、引き金を引く。


弾丸が来るかと思ったが、銃口からは何も発射されず、まさか故障したのかと思ったが、違った。


足元を含め、広場に巻かれた弾丸の内の幾つかが強烈な光を発したのだ。


思わず眩しくて目を閉じてしまいそうになるが、咄嗟のことで目を細め防御のために顔を手で隠す。


そして再びの爆音が届いた時、再び紅羽は星空を見上げていた。



「……――え」



状況が分からず、困惑の声を出す紅羽は、遅れて腹部が熱を帯びた痛みにさいなまれていることに遅れて気づく。



「頭隠して腹隠さず、ってな」



灰谷が左手に持っていた拳銃は先ほどのウォルフラム錬鋼製のデザートイーグルではなく、左手の袖から何かの器具で固定されている携帯式の物、デリンジャーという小型拳銃に変わっていた。



そしてその撃った弾丸が、今の自分の状況を作ったのだと理解する。



「天炉、だ……ん……」



上手く言葉が出ず、せき込むと口の中が血の味でいっぱいになる。


元々かなりの危険物であり、GWのクリアスパイダー戦の時にその威力を見せて天炉弾


その威力はかなり強力であるが、まさかここまでダメージを負うものなのかと驚愕する。



「その改良型だ。


日暮が使っていた、単純に弾頭の表面にエンパイレンを塗布したものじゃない。


弾丸の中身にもエンパイレンを含み、一発目の爆発で体内に侵入したら、二発目が体内で爆発するって、二段式。


普通の人間ならきたねぇ花火になる代物なんだが……お前ほどの耐久だと人の形は保つか……まぁ、流石に次はねぇだろ」



デリンジャーの撃鉄を引く。


デリンジャーはよく見れば銃口が二つあり、弾丸が二つ込められるものであるとわかる。


もう一発、改良型の天炉弾が放たれようとしている。



「ぐ、ぅ……!」



起き上がろうとして、自分の腹部に大きな穴があり、そこから大量の血があふれているのが分かった。


黒鵜との模擬戦でも同じくらいのダメージを受けたことがあるが、だからこそわかる。


今のままでは避けるどころか、立ち上がることすらすぐにはできない、と。





「行ける、これなら!」



二転三転とする状況で、それこそ綱渡りのような中で勝利条件を達成した灰谷の姿に、手に汗を握りつつ、戒斗は勝利を確信した。


最初のミニガンの乱射から、催涙弾、白リン弾の毒に始まり、右手の防具として使っていたデザートイーグルの模型型リモコンに、靴に隠していた爆薬、そして最初のバラマキに紛れ込ませた、デザートイーグル型リモコンの信号で発動する小型閃光弾のすべてが、袖の中に隠していたデリンジャーを使うまでの布石


もとより、単なる弾丸では紅羽の鱗を突破できないと判断しての灰谷の判断は正しかったのだ。


頭部破壊で勝てればそれでも良いが、本命は鱗を破壊したところに内部まで破壊する天炉弾を撃ち込むこと。


その前段階の鱗を破壊するためのあのサバットバンカーという新兵器を使うために、これ見よがしに右手のデザートイーグルに意識を誘導させ、無力化させるための右手を粉砕するという刹那を引き出し、その間に鱗の破壊を為す。


特別な学生証から得たスキルではなく、あくまでも人の手によって作られた銃器を用いて、気が遠くなるほどの修練の果てに獲得した技量と、駆け引きによって成し遂げられたのだ。



「流石だな、灰谷」



そしてそのありようを、黒鵜も確かに賞賛する。


そして響く銃声が、勝負の趨勢を決した。



「……え」



その光景に、戒斗は目を見開いて固まった。


同じように黒鵜も目を疑ったが、すぐに納得した。


おそらくこの現象を引き起こす原因は、自分にもあったのだと自覚しているからだ。



「――たぶん、あと一日早かったら、お前が勝ってたよ、灰谷」





「……あ」



天炉弾の二発目が放たれた。


だが、その弾丸は紅羽には届かない。



「――ようやく、この期に及んでようやく使えるようになったわ」



よろよろと、先ほどよりは出血が抑えられたが、いまだに腹部に穴が開いた状態で、左手の剣を捨て、右手の剣を両手で握って杖代わりにして立ち上がる紅羽


撃ち込まれるはずだった二発目の天炉弾は、紅羽に届かず、かといって外れたわけでもなく、ただ、紅羽に届く前にしていた。



「黒鵜と訓練してるとき、なんかできそうって漠然とした感覚はあったんだけど……まさか、あんたとの戦いの、こんな土壇場で使えるようになるとか……火事場の馬鹿力って、本当に馬鹿にできないわね」



そう言いながら、紅羽は空中で静止している……いや、厳密には回転はしているがその場で止まった状態を維持していた天炉弾の弾頭にさらわらないように側面をつまむようにして手に取った。



「ふぅん……これが改良型、ね……こんな加工技術、東学区でもごく一部の錬金術師よね……日暮くんのお姉さんかしら?」


「……それは、なんだ?」



目の前で起きた現象に、灰谷は気が遠くなるような錯覚を覚える。


それに対して、紅羽は短く答える。



「次元干渉」



それは現状、ドラゴン以外では来道黒鵜しか使えない、絶対的なスキル。



「でも、これはかなり疲れるわね。目の前に壁を作るイメージで展開すると、すぐに魔力無くなっちゃうわ……でもコツは覚えたし……今度は鱗に沿って小さく展開させて省エネもできそうね」



呑気にそう語りながら、無造作に放り投げた天炉弾は地面の土と反応を起こして爆発する。


そして腹の傷が徐々に小さくなっていく中、紅羽は普通に歩けるようになり、右手に持った剣を構えなおす。



「それで……まだ、何か手があるかしら?」



「………………はぁ~」



呆れたように、疲れたように大きく嘆息する灰谷


足の状態からすでに立っているのも限界に近かったのか力なく紅羽を睨む。



「とりあえず卒業までにその防御突破する手段は見つけるから、覚悟しておけ」



そんな彼の言葉を聞いて、紅羽は満足げに頷く。



「ええ、楽しみにしてるわ」



そして、勝負は決した。



――試合時間 6分04秒


――勝者 天藤紅羽

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮学園アジテーション『WEB版』 白星 敦士 @atusi-k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ