第228話 基本的には戦力外通告されます。



「ダブルスコア……?」



体育祭二日目が終了し、その結果を聞いて僕たちは愕然とした。


場所は東部迷宮学園の中でも生徒会関係者が集められているホテル、そこのワンフロアを貸し切って集められた北学区の生徒会関係のメンバー。


僕たちの他に、チーム竜胆とか、上級生のチームもいる。


夕食を食べ終えてからの緊急ミーティングで、集計が終わったばかりの得点を聞かされたのだ。


その結果が……



「現在、我々東部迷宮学園は、西部から二倍近くの点差をつけられました」



二年副会長の氷川明依の、その重々しい口調で伝えられた事実に、この部屋に集められた生徒たちに動揺が広がる。



「皆さんわかっていると思いますが、これは西学区の先手を打たれた結果です」


「昨日までは大差なかったはずだが、どうして急にここまで差が開いた?」



質問した三年会計の会津清松先輩。


昨日の今日でここまで点差が開かれるとは夢にも思っていなかったようだ。



「確認したところ、西部学園は昨日の夕方から今朝にかけて全国での出場メンバーの変更があったそうです。


東も勝てるところは勝てていますが、8割近くの競技で西に一位を持って行かれてます。


それも、どれも僅差で勝つという具合で……それが日本全国で今日は起こり続けました」



淡々と告げられる事実を確認し、氷川明依は確信を告げる。



「ノルン、神吉千早妃が関与しているのは間違いありません」


「「「っ!」」」



その言葉に、僕、紗々芽さん、そして戒斗は昨日のことを思い出した



「歌丸くん……」


「うん……昨日の緊急ミーティングって、たぶんこれだったんだ」


「ぬかったッス……」



「――そこの三人、何か知ってるの?」



氷川から睨まれて、あまりいい気分はしないが僕が代表して事情を説明する。


放し終えると、氷川はもちろん、他の上級生が呆れた顔で僕を見ている。



「お前、敵と何普通に会ってるんだよ……?」


「いえ、その…………すいません」



会津先輩に冷静に言われると何も反論できず、大人しく謝った。



「だが……その説明を聞くと初日の方が西部にとっては異常だったことがわかるな」



そう切り出したのは、三年の副会長の来道黒鵜先輩だった。


……あ、ちなみにこの場に生徒会長である天藤紅羽先輩はいない。


現在進行形で色んな手続きの書類を、二年会計の湊雲母先輩の監視のもと続けている。


もし逃げたらアドバンスカード没収とされていて、流石に折れたようだ。



「初日の方が異常だったって、どういうことですか?


普通の得点のようにしか思えませんけど」


「それは違うよレンりん。


西部学園にとっては、今のように圧倒的な点差をつけることこそが予定通りだったってことなんだなぁ~」



僕の疑問に答えたのは、二年書記にして、僕たち直属リーダーの金剛瑠璃先輩である。



「その神吉千早妃を、わざわざ西の重役である御崎鋼真が呼びに来たってことは、それだけ事態が重く見られていた。


ノルンである彼女が呼ばれる、そんな重役とは何かな?」


「そりゃ…………やっぱり未来予知のスキル、ですよね?」


「ピンポンピンポーン!


未来予知で何か異常が昨日は起きていた。


……つまり、西は初日から、未来予知によって知り得たこちらの出場選手の情報を元に、有利な選手を配置しておいて、大量得点差をつけるはずだったのにそれができなかったってことだよね」



なるほど……



「はい、では問題です。


東学区で、昨日急遽出場メンバーを変更させる原因は何だったでしょうーかっ!」



瑠璃先輩の言葉に、室内にいた全員の視線が、一人の女子生徒に集まる。



「…………え、な、何? 何ですか?」



僕たちチーム天守閣の仲間である、榎並英里佳その人である。



「ああ、昨日は榎並を出場させるために日本全国の出場メンバーをちょっとズラしたりしたっけな」



思い出したようにつぶやく来道先輩。



「向こうは僅差で一位を取れる程度に配置していたから、そのちょっとしたズレが向こうの予想を大きく狂わせたわけですね。


結果的に会長のファインプレーです。まぁ、許しませんけど」



みんな無言であるが、氷川の言葉には同意のようだった。



「そして、神吉千早妃の予知について現状のタイプがわかりました。


これならばまだ対応は可能です」


「タイプ? 予知にそんな種類ってあるの…………ですか?」



素で聞いたら睨まれたので一応敬語をつける。


氷川は軽く咳ばらいをして、周囲を見回して続ける。



「こちらが想定していた予知は、主に二種類です。


前者は自分たちにとって都合のいい未来、それに至る道筋を構築していく予知。


ハッキリってこれが敵に回った場合もっとも危惧していたものです。


人生を攻略本片手に生きていくようなものですから、こちらの行動にも容易に対応されるでしょう」



それは……凄い厄介というか、もう反則だろう。


そんなの相手にしたらもうどうしようもない。



「しかし、これは初日に向こうの予知が外れたということで潰れます。


そして後者は、未来の情報を断片的にでも得ること。


これが今回の神吉千早妃の予知だと考えられます。


競技開始前にこちらの出場選手を確認し、そのレース結果とタイムをすべて予知した上で配置を組んだ……気が遠くなるような話ですが、神吉千早妃はこれを実行したのでしょう」



それは、一人や二人ではなく、全国数十万……いや、複数の競技に出る人も考慮すれば、数百万のパターンの未来を見たってことか?


……予知が具体的にどういうものなのかわからないが、僕だったら頭がおかしくなりそうだ。



「……ああくそ」



その時、何か思い出したように口を開いたのは会津先輩だった。



「どうした清松?」



来道先輩の言葉に、アチャーって具合に清松先輩が自分の顔に手を当てていた。



「今にして思うともっと冷静にルールを考えるべきだった。


体育祭の出場選手、変更条件がかなり緩く設定されてるんだよ。


こっちが直前で変更したとしても、向こうも同じように選手の変更が可能だ。


向こうはこっちが予知に気付いて対策されることもすでに予想してるはずだぞ」


「それは…………面倒ですね。


相手の予測をした上でこちらが出場選手を組んでも、それすら向こうも予想してくる可能性があるとは……」


「ああ、しかもこっちはすでに負けている状況で、適当に選んでやろうとしても対応ができるかと言われるとなぁ……


しかも、一度でも出場者名簿に記載された場合、原則的には他の競技に交代で出場する決まりなんだ。


特別な理由もなくこれを破ればペナルティ。


だからあんまり下手に相手の予知対策でランダム出場なんてさせたら、後々こっちの首を絞めることになる」



氷川も会津先輩もしかめっ面で考える。



「考えれば考えるほどドツボに嵌っていくッスね……」


「向こうが予測していることをこっちも予測して、そしてそれも向こうに予測されているって……イタチゴッコじゃないの、こんなの」



いまいち話を理解できてない僕と違って、戒斗も詩織さんも渋い顔だった。


自然と、会議室の空気も暗いものになる。



「――よぉ、行き詰ってるな北学区」



そんな時、部屋に突如入ってきた人物がいた。


何だと思って振り返ると、何故か僕以外のチーム天守閣の圧のようなものが強まった気がした。


何故?



「……で、誰あの人?」



なんか見覚えはあるんだけど、名前が出てこない。



「西学区三年の副会長の銃音寛治つつねかんじッスよ」



吐き捨てるようにそう答えた戒斗


なんか、みんなのあの銃音先輩へのヘイト高すぎない?



「今は会議中なのですけど、銃音副会長」


「予知対策だろ。


そして今の顔を見れば予想通りに全員行き詰ってるみたいだな。


このままじゃ東が西に負けるかもしれない。


それは俺も望むべくところではない。


だからこそ、こっちもとっておきの切り札を持ってきた」



そう言って、お構いなしと会議室の中央を進んで行く。


その際、銃音先輩は僕を一瞥したのだが……なんか凄い嫌そうな目だった。


え、何その反応?


みんなして僕がいない間にこの人と何があったの?



「で、どうする?


ウダウダ考えるより、俺の策に乗ってみる気はないか?」


「――」「――」



銃音先輩の言葉に氷川と会津先輩が無言でアイコンタクトを取る。



「二人とも心配ない。


どうせこいつのやることなんて目に見えてる……俺も一枚かんでるからな」



そう自嘲気味の溜息混じりの来道先輩



「メイメイもまっちゃん先輩、この際もう乗っちゃった方が良いんじゃない?」


「だからメイメイ言うな。


……こほん、瑠璃さん、そう判断する根拠はなんですか?」


「だってどうせこうしてこの人が話を切りだしてる時点で断られないって言う確信があるんだと思うよ。


というか、前回の犯罪組織の一件の報酬がこの体育祭につながってるっぽいし……下手に断って好き勝手されるよりはねぇ~。毒を食らわば皿まで、っていうしね」



瑠璃先輩からの言葉に満足げに頷く銃音先輩



「ほぉ……デストロイヤーなんて物騒な二つ名ついてるわりに話が分かるな。


なら決定でいいだろ?」


「……致し方ありませんね」


「よし決まりだ。


つぅわけで……歌丸連理、お前席外せ」


「え?」



まさかの名指しでそんなことを言われて唖然としてしまう。



「お前、明日も神吉千早妃と接触する可能性が高いだろ。


そこから情報が洩れたらたまらん」


「え~……」



まさかの蚊帳の外扱い。


いやまぁ、そういうことなら納得せざるを得ないけどさ……



「まぁ、仕方ないッスね」


「ひとまず私たちは私たちで明日の戦術を考えましょう」


「しっかり休んで、明日にも備えないとね」



僕が席を立つと、みんなして席を立ちあがるのだが……



「待て、出ていくのは歌丸だけだ」


「「「「はあ?」」」」


「ひっ!?」



銃音先輩の言葉に四人が過剰なほどに反応し、思わず僕が悲鳴をあげてしまった。


会議室の中の雰囲気がすごい刺々しい!



「ま、待て。


これは出場メンバーにも関わってくることで、お前ら主力連中はいないと困る。


ぶっちゃけ、歌丸は競技ではそれほど重視してないしな」


「ぐはぁ……!」



自覚があったけど改めて言われると辛い。



「歌丸くんを一人にするのは危ない。


誰か常に一緒にいないと、すぐに誘拐される」



と、英里佳 ――1Hit!



「そうです。歌丸のこと、甘く見ないでください。


こいつ、びっくりするほど狙われるんですよ!」



と、詩織さん ――2Hit!



「近くに二年生クラスの戦闘能力持ってる人がいないとすぐに誘拐されるんですよ!」



と、紗々芽さん ――3Hit!



「こいつのヒロイン力が他の追随を許さないッス。


油断してると誘拐されたとき西学区の責任問題になるッスよ」



と、戒斗 ――4Hit!



「がはぁ……!!」



「……おい、俺の言葉以上にお前らの言葉にダメージ受けてないか、そいつ?」



床に崩れ落ちる僕。



「ま、まぁ落ち着け。


こっちもちゃんとその辺は考えてる。


丁度手の空いてる、三年生クラスの実力者を外に待機させてる。


その人に護衛を頼んでる」



こころなしか、銃音先輩の声が少し優しくなってるような気がする。



「その、人……本当に強いんですか?」


「ああ、強いぞ。


下手したらこの室内にいる誰よりも、な。


とにかく、歌丸、さっさと出ろ。


時間は有限なんだからな」


「……わかりました」



英里佳たちが心配そうに僕を見てくるが、ジェスチャーで大丈夫だと意思表示して、僕は会議室を出た。


一人だけとなった疎外感は、なんとも慣れないというか……地味に泣きそうだ。


さて、廊下に護衛の人がいるらしいけど、一体誰なんだろうか?


そう思って周囲を見回すと、会議室から少し離れたソファに誰かが座ってい…………え?



「話はもう聞いているかしら?


会議が終わるまで、私があなたの護衛をすることになったからよろしく」


「え、あ……え……えぇ……?」



目の前に現れた人物に、僕は戸惑いが隠せない。


だって、この人一昨日、とんでもない別れ方をしたのだから。


僕の眼のまえに立っている女性――榎並伊都えなみいと


英里佳のお母さんが、まさかの僕の護衛だというのだから。





「はぁ……はぁ……はぁ……!」



場所は京都のとある格式高い屋敷


そんな中で、迷宮学園の制服ではなく、白の小袖と緋袴の姿の神吉千早妃がいた。


部屋の中央で倒れる直前の様に床に手をついている。


尋常ではない汗をかき、誰の目から見ても疲労は明らかだ。



「千早妃様……そろそろお休みになった方が……」


「昨日から一睡もされておりませんし……今日のところはそろそろ」



護衛であるクノイチ姉妹の綾奈と文奈。


自分の主人の今の姿が見ていられずにそう進言するのだが……



『まだだ、しっかりと仕事を果たしてもらわないと困るな』



その声がした。


声の主は、室内にはいない。


だが、障子戸一枚を隔てて月明かりに照らされてそこに人がいるということが影でわかる。


御崎鋼真が、そこにいた。



「……ここは、男子禁制の聖域ですよ」


『だからこうして室内には入っていないのだろう。


無駄口を叩いている暇があればさっさと東の戦力の予知を続けろ』



淡々とした声でそう命令を下す。


その声に、言われた千早妃本人ではなく、護衛の二人が姿が見えないはずなのにわざわざ障子の前に移動して平伏する。



「御崎様、これ以上は千早妃様のお身体に障ります」


「どうか、ご容赦ください」


『護衛風情がほざくな。


そもそも事の発端は貴様らが歌丸連理に不用意に接触した結果だろ。


そのおかげで、初日が予定が狂った。


まったく、俺の手を煩わせるとは……本当に度し難いほど愚物だな、貴様らは』



障子の向こうだが、相手がこちらを見下している表情なのはすぐに分かった。


姉の綾奈の方は頭を下げたまま、拳がプルプルと震えるほどに力を込めていたが、必死に耐える。



「――ご心配なく。そちらに言われるまでもなく、私は私のできることを完璧にやり遂げます」



明らかに疲弊していた千早妃だが、それを感じさせないほどに凛とした声でそう言い放つ。



『は、どうだかな』


「体育祭での全権限をすべて渡して下されば……より勝利は確実になりますのに」


『図に乗るなよ。お前らノルンなど、所詮は未来を見るだけだ。


作戦は俺が組む。この体育祭は、俺の主導で勝利に導く』


「……下らない利権争いなどしていては、勝てる戦も勝てなくなりますよ。


惟神は御崎財閥に支援されているのは事実ですが、だからと言ってこちらの策にこれ以上の口出しは控えてください」



千早妃の言葉を、障子の向こうで御崎鋼真が鼻で笑う。



『お前は所詮、俺の道具なんだよ。


道具は正しく使われる者がいてこそ最大の性能を発揮する。


そして俺にはそれができる。


むしろ、日本を手中に収める俺の偉業に関われることを喜ぶんだな』



話が通じない相手との会話、それがどれほどストレスになるのか御崎鋼真は考えない。


何故なら彼は自分が優れていて自分が最善であることを疑わないのだから。




――東の切り札と、西の歪み


それが翌日から始まる戦闘競技でどのような結果を生むのか……まだ、誰にも分らないのであった。

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