第169話 普通に勝てる男



時間は遡り、歌丸連理が誘拐された日、その夕方



『隠密を使う相手と戦う方法だと?』


「そ、そうッス。


先輩、来道先輩と戦ったことあるんスよね?


その時の対策とか、教えてもらいたいんスよ」



仮眠室に歌丸椿咲と三上詩織が入って、少しの間部屋の間に一人になったときのことだ。


彼は以前、北学区の合宿の際に縁のできた先輩に学生証を使った通話を行っていた。



『何故俺に聞く?


隠密対策をするならば、むしろエージェントとして格上の来道に直接聞くべきだろう』


「ただ対策するだけなら、そうかもしれないッスけど……今は灰谷先輩の方が確実だと思ったんス」



相手は灰谷昇真はいたにしょうま


北学区所属の、対人戦最強の称号を持つ男であった。



『すぐに強くなりたいってことか?』


「そうッス」



そして銃を使った戦闘においては戒斗の師匠にあたる。



『はぁ……』


「先輩?」


『今どこにいる?』


「え……教えてくれるんスか?


今俺がいるのは――」『今すぐ眉間に弾丸をお見舞いしてやろう』



咄嗟に口をふさいで、居場所を喋らなかった自分をほめる戒斗である。



「な、なんでそうなるんスか!」



仮眠室で休んでいる人がいるってことで小声で叫ぶという器用なことをする戒斗である。



『お前は何度俺に同じことを言わせる気だ?


お前は自分が何をしたのか忘れたのか?』


「俺が何をしたって……え、あの、それ、どういう……」


『お前は生粋のガンナーだ』


「は、はぁ……」



今はエグゼキューターなんだが、と思ったが前回の特訓のことを思い出して言わないでおくのであった。



『つまりそういうことだ』


「ガンナーですべて通すのやめて欲しいッス」



この男、もしかしてチーム竜胆の谷川大樹と気が合うのではないだろうかと思う。


向こうも大抵のことは「俺は壁だ」で済ませる。


常人では出来ない会話が成立するのではないだろうか。



『ちっ……お前、俺との訓練で何をしたのか思い出せ』


「何って……ひたすら小石ぶつけられただけッスけど……」


『まだわからないか』


「お願いッスからわかりやすいコミュニケーションを試みて欲しいッス……!」


『チッ…………いいか、迷宮生物の攻撃は深層に進むほど速く、重くなる傾向がある。


大抵の前衛の職業は身体能力が向上して普通に対応できるが、ガンナーは違う。


基本的に後衛職だからな、遠距離から敵を撃つのが普通とされていて、全く無いというわけではないが、殆どの前衛職より速い攻撃への対応は鈍くなる』


「そうッスね……」


『だが、それでも俺は北学区の最前線で前衛としても戦えているのは何故だと思う?』


「えっと……経験則とかッスか?」


『それも無いとは言わないが、赤点だぞ日暮戒斗。


これは単純にして、そしてすべての北学区の生徒が覚えなければならないこと……つまり予測だ』


「予測……」


『これは榎並英里佳や三上詩織が、天藤から教えられていたことだ。


そして……お前はすでにこれを修得している』


「え……」



そんなことを言われて、ぽかんとした表情を見せた戒斗


昇真の言葉が、信じられなかったのだ。



『お前、俺の攻撃を撃ち落とすとき目で見ていたか?』


「い、いや流石にそれは……」


『じゃあ音か?』


「そういうわけじゃ……」


『つまり、お前は予測していたんだ。


俺の指の動きから、どこでどんなタイミングで、どうやって飛礫が撃ち込まれるのかをな』


「それはそうッスけど…………いやでも、それって隠密対策にならないッスよ?


前動作すら見えないなら、予測のしようが」


『馬鹿が』


「馬鹿って……」


『そこは経験則で補え』


「……つまり」


『勘だ』「勘」


『俺はそれで一応は来道に勝ち越している』

「えぇ~……」



答えは聞けたが、まったく役に立たないのではないか。


そう思った戒斗に、昇真はさらに言い放つ。



『お前の予測は、現時点で俺と同等以上だ』


「……え?」


『言っただろ、ガンナーにも速度に対応するための補正が少しある。


だが、エージェント系にそれはない。消音と隠密で攻撃に当てられない様にするだけで、本来は戦闘職ですらないんだ。


つまりお前は、現時点で、殆ど生身の状態で俺の攻撃を予測できている。


それが本来、どれだけ異常なことなのかまだ分かっていなかったのか?』


「……じゃあ……それって、つまり?」


『つまりも何もない。


頭を使え。お前は現時点で既に来道クラスの相手と戦える土台は完成している。


寧ろ、その手の対応は俺よりお前の領分だろ』


「俺の……?」


『お前だって隠密スキルが使えるだろ。


なら、予測できるはずだ。


考えろ。


お前が同じスキルの使い手なら、どうやって戦う?』





そして、現在



(勝率は、ハッキリ言って絶望的。1%あればいい方だ)



周囲の風景と同化し、気配を同調させる中で戒斗は思考を研ぎ澄ます。



(先輩は俺を買い被り過ぎてる。


俺とあのアサシンのスペックはそれだけの差がある。


スキルにつぎ込んだポイントだってそうだ。


隠密も、消音も、向こうが格上だ。


同じスキルを使ってるのに、俺には相手が見えない。でも向こうは俺のことが見えているんだろうな)



周囲から見れば、戒斗はアサシンと同じ状態となっているのだろうが、使用者だからこそわかることがある。



(――そして、何より……奴はおそらくユニークスキル持ち。


未来視にも近い直感が発揮されるスキルを相手は持っている。


そうでなければ、納得できない)



戒斗は先ほど、自分がこの船に現れる直前のことを思い出す。



(海を走るなんて普通なら考えられない方法で接近し、波の陰から撃った弾丸すらも避けられた。


向こうも俺のことは完全に意識の外にも関わらず、それでも避けた。


回避スキルは、あくまでも能動的なものであって、認識した攻撃を避けるためのもの。


視覚と聴覚、もしくは魔力とか……僅かでも感じ取れた危機に対して、回避行動をするためのものだ。


だけど……さっきのあいつは完全に俺を認識できてなかった。


撃つ直前に弾丸形成のために使った魔力を感じ取れたのならまだしも、撃った後の、完全な意識の外からの攻撃を感じ取れるはずがない。


それで避けられるなんて絶対にありえない。


だからこそ、未知のユニークスキル以外には考えられない)



故にこそ、戒斗は確信する。



(1%どころか、0.1、いや……0.01%勝率があれば御の字だ)



絶望的なほど、自分はすでに追いつめられていることを。



(あのアサシンと戦えるのは……来道先輩くらい。


先輩なら、アサシンの隠密に対処しながら戦える。


他の人なら……避けられないくらいの大規模攻撃をするくらいか……でも、俺には両方できない)



音は聞こえない。


そんなものを発するほど、向こうのスキルレベルは低くない。


隠密状態の中で、呼吸が乱れそうになる。



(勝率を上げられる手段なんて俺には無い。


俺にできるのはせいぜい……)



姉からもらった、新しい拳銃のグリップを握る力を強める。



(――万に一つの勝利を、この瞬間に引き寄せることだけ)



僅かな勝率の唯一の理由


それは、相手が自分を油断しているということ



(完全にあのアサシンはこっちを格下だと認識している。


つまり――策を弄さずに勝てると思われている)



拳銃を構える。


いつものシングルアクションでのクイックドロウの体勢を作る。


自分の必勝のスタイル


そして次の瞬間に、先ほどまでアサシンが立っていた場所に向かって銃撃する。


それが通常での戒斗のパターン



(――だがそんなことは普通に読まれる。


策を考えずに向こうはそれを警戒し、避けるために動く)



どこへ?


どう動くか?


どれくらい早く?



そうやって戒斗はあのアサシンに成りきったつもりで、どうやったらどれだけ楽に自分を殺せるかということを考える。


そう考え出した瞬間、いくつかの選択肢が戒斗の頭の中で出来上がる。


英里佳や詩織ならば、二つか三つできるかどうかの一瞬に、戒斗その十倍近くの選択肢を頭の中でくみ上げた。


あとは、その中から最適解を選んで行動に移すだけだが……



(後は――――)



――『そこは経験則で補え』


――「……つまり」


――『勘だ』「勘」



そして、日暮戒斗が動く。









一方で、アサシンは銃を構えた戒斗をつまらない目で見ていた。


同じスキルを使っていても、年季が違う。


戒斗の予想通り、その姿はアサシンの方から見え見えだった。


ゆっくりと……この光景を何も認識できていない歌丸連理からすればほんの刹那であるが、それでもこの時間を正しく認識できるアサシンは、右側に――戒斗から見て左側へと回り込む。


右利きのシングルアクションによるクイックドロウは、銃を握る右手の上腕を腰辺りに押し付け、固定する。


そして撃つときは手首で上下に、腰を動かして左右へと軌道を変えるのだ。


だからこそ、あの体勢を取った瞬間から、銃はその体から左側に向けられない。


無防備な状態となる。



(呆気ない)



自信満々な顔をして現れたかと思えば、なんともつまらない相手だと、アサシンは戒斗を評した。


クイックドロウは確かに脅威だが、対処は用意だ。


何か策があるのかと思ったが、それも失敗に終わると確信した。


なんせ、戒斗はこちらを認識できず、目は正面で固定されているのだ。



(頸動脈を……いや、背後から首にナイフを突き刺して殺そう)



念には念を、そして圧倒的な差で殺した印象を


それを行うために、アサシンは少しだけ一歩深く踏み込んだ。


すると、戒斗の左手がクイックドロウの体勢から突如変わり左側に伸びてきたのだ。


そしてその手には、もう一丁の銃が



(二丁拳銃……!


いや、よくみれば以前使っていた方か……武器を新調し、余ったほうを左手に隠し持っていたか。


なるほど、左側をこちらが狙うと読んで、隠し持っていたか。


しかし、外れだ)



銃弾が放たれたが、それはアサシンの少し後ろを過ぎ去っていく。


あのまま左側を狙うつもりだったら危なかった。



(運がないな)



そう考えながら、完全に後ろに回り込み、そして手に持ったナイフで喉を突き刺そうとする。


あと十センチ


……七


……四


……一



「――読み切れないなら、選択肢は潰しておく」


『――――は?』


「灰谷先輩みたいなことできないんで、こっちに来てもらうようにした方が、確実ッスから」



何を言っているんだと思った。


だが、その時になってようやくスキルが発動し、今の状況をアサシンは理解する。


いつの間にか戒斗は右手を担ぐみたいに、その手に持った拳銃を後ろに向けていた。


そして引き金をすでに引き始めている。



(まずっ)



避けようと思って体を引いた。


だが、先ほどまで前に出そうとしていた筋肉は、急な動きの方向転換についてこられない。


僅かな、刹那をさらに細かくした一瞬の硬直


それが全ての結果を分ける。


弾丸は放たれ、そしてそのままアサシンのフードを中に吸い込まれていった。



「いくらなんでも、攻撃直後の回避とか……榎並さんじゃないんだからできないッスよね」



後ろ手に弾丸を放ったまま、戒斗はそう呟いた。





勝負は一瞬だった。



「勝った……」



あまりにも、あまりにも呆気ない。


そうとしか言えない幕切れに僕はぽかんとしたままそう呟いた。



「……日暮、先輩?」



僕の服の袖をつかみながら、椿咲が恐る恐る戒斗を呼ぶ。



戒斗は左手に一丁、そして右手にもう一丁を後ろに構えた姿勢のまま、再び姿を現していた。


そして、その背後にはあのアサシンが体を広げた無防備な状態で倒れていた。


二人が隠密スキルを発動させて、まだ5秒も経っていないが、勝敗は明白だ。



「まだッス」



そう言いながら振り返ったかと思えば、戒斗は倒れているアサシンに向かって銃口を向けた。



「ちょっとでも怪しい素振りを見せたら弾丸を撃ちこませてもらうッスよ」


「――こほっ……馬鹿、な……!


ありえ、ない……こん、な……こんなこと……!」



咳き込んだアサシン


その声は、先ほどと違って普通に聞き取れる。



「……女?」


「まぁ、もともと小柄な感じだったし、わざわざ性別隠してたわけだからどっちだろうと驚きはしないッスけどねぇ。


脳天に衝撃と超高圧電流……流石にこれ食らって平気ではいられないッスよね。


兎たちは悪いッスけど、こいつのフードを外して、あと学生証とか探してくれッス」


「きゅ」「ぎゅ」「きゅる」



アサシンに翻弄されっぱなしだったこともあって戒斗の指示に快く従う三匹


体をまさぐって、そこから本人の学生証と思われる普通のものを一枚


そして、黒い学生証を三枚取り出した。



「くっ……!


や、やめ……やめろ……!」


「動くなっス」


「がぁあ!!!!」



体にまとわりつくシャチホコたちを振り払おうとしたようだが、そこに戒斗が容赦なく弾丸を撃ちこむ。


殺傷性のものではなく、スタンガンみたいに電流を流すタイプみたいだがかなり痛そうだ。


それで完全にアサシンは動けなくなって、されるがままそのフードを取り払われる。


晒されたその顔を、戒斗はシャチホコから渡された学生証を見比べて確認する。



「……三年生、西学区所属の階戸佑しなとゆう


顔も学生証と一致を確認したッス。


そしてこの音声は今生徒会の本部にも届いている。


抵抗は無駄ッス。


もうお前は終わりッス。おとなしく投降するッスよ」


「ふざ、け……!」



戒斗の言葉に、アサシン――階戸佑という女子生徒は反抗的な目で睨み返す。


しかし、もう完全に勝敗は決している。



「あ、やっぱ訂正」


「は」


「――終わるまで寝てろ」



――――ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!



無数の、電流を発生させる非殺傷性の弾丸


それが一切の容赦なく、クイックドロウの連射によって、階戸佑の全身隈なく、十秒も経たずに撃ち込まれた。


あれほど圧倒的に、そして絶対的に僕を追い詰めていたはずのアサシンは悲鳴を上げることすらなく、完全に気絶したのであった。

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