第168話 覚悟の引金

「殺せ!!」



僕の言葉に、三匹のウサギがアサシンに向かって迫る。



『ふんっ』



アサシンが隠密スキルで姿を隠そうとしているようだが、無駄だ。


移動速度でシャチホコや、強くなったギンシャリとワサビに叶うはずがない。


そう考えた直後、見えなくなった場所を三匹が素通りした。



「きゅ!?」


「なっ……!」


「ぎゅぎゅ!」

『隠密、チガウ!』



兎語スキルが発動し、慌てたように叫ぶギンシャリ


隠密じゃない?


それは、どういう――



『グラヴィティ』



「がっ!?」

「きゅ」「ぎゅぎゅ!」



上空から、見えない巨大な手がそこにあるように、僕の身体は下へと押さえつけられた。



「ぐ、ぅ……!」



見上げると、いつの間にか上部デッキにアサシンがいた。


しかし、何やら先ほどと姿が変わっている。


フードはそのままで相変わらず顔が見えないが、紗々芽さんみたいに制服がローブ状に変化しているのだ。


おそらくウィザード系


そして今僕が使われているのは、重力操作というかなり上位の魔法だ。


それを使えるのならば、先ほどのは隠密ではなく転移の魔法


そしてその転移で、こいつは突然この船に現れたんだ。



「……さっき、黒い学生証か……!」



ネクロマンサーも、その学生証の力で戒斗みたいなエージェント系の能力を手に入れていた。


今のアサシンも、それと同じ力に違いない。


原理は不明だが、おそらくあの黒い学生証は自分の能力値に別の職業ジョブの能力を付与できるんだろう。



『他愛もない。そしてまったく情けない。


この程度の相手に捕縛されるとは……いっそ殺しておくべきか』



動けない僕を見て、すでに興味を失ったかのように手足を縛られて気を失っているネクロマンサーを見ている。



「――頭を狙え」

「――きゅるる!」



アサシンが発動している魔法の範囲外に、ワサビは逃げていた。


魔法の発動に対してとても敏感なのだろう。


そんなワサビが、アサシンの背後に回り込んでいてその額に角を生やして迫っていた。



『――っ!』



あと少しで接触する。


そう思ったのに、直前でアサシンがいきなり背後に手を回した。



『ぐっ――はぁ!』

「きゅる!?」



手に攻撃を受けつつも、ワサビを振り払う。


攻撃は失敗したが、おかげで重力魔法は解除された。



「追撃だ!」


「きゅ!」「ぎゅ!」



動けるようになった二匹が、上部デッキへと飛ぶ。



「椿咲!」



そして僕は、先ほどアサシンによって刺され、倒れる椿咲のもとへと向かう。



「椿咲、椿咲!!」



抱き上げて、呼びかける。


すでにその存在が消えかかっていて、抱き上げた僕の手が透けて見える。



「うぅ……」



痛みで苦しんでいるようだ。


出血も……血が流れた端から気化するみたいに消えているが、このままじゃまずいとはわかる。



特性共有ジョイント!」



まずは僕のスキル、血界突破と苦痛耐性で椿咲を少しは楽にしようとした。


――が……



「っ……!」



突如、全身に悪寒が走った。


気分が悪くなり、吐き気がする。


眩暈まで起きて、頭の中がガンガン痛む。



「……兄さん?」


「椿咲!」



自分の身体の変調に少し戸惑ったが、スキルの効果はあった。


表情が少し和らいで、椿咲が目を開けてくれたのだ。



「……兄さん……怪我、ない?」


「――っ、あるわけないだろ、自分の心配しろよ!」


「……もともと、私は消えるから……」


「だからって……だからってこんなこと……!


待ってろ、今何とかする!!」



学生証を取り出し、すぐにフリック操作する。


何か、何かないか?


この状況を、全部ひっくり返す何か、何かが!



「兄さん……駄目だよ」



だが、僕の手を椿咲が止めた。


すでに消えかかってて、もう見えない。


触られている自覚もできない。


だけど手が動かなくて、椿咲がすでに消えている手で僕の手を止めているのだ。



「大丈夫、だから……今の私……兄さんのスキルのおかげで、痛みもあんまり感じないから……」


「だけど……だけどこんな、こんなこと……嫌だ、こんなのは嫌だ!


お前、こんなに頑張って、どれだけ辛かったのか、何も知らないけど……知らなくてわかるよ! お前、誰よりもずっと頑張ってきたんだろ! なのにこんなことって、こんなこと、あっていいはずないだろ!」


「もう……怒らないって……さっき言ったのに」



姿がどんどん消えていく。


脚などもう完全に消えて、腰辺りまでしか認識できない。


そして、見えない手でおそらく僕の頬に触れている。


本当に、本当に微かだけど……そんな気がするのだ。



「私……嬉しいんだよ。


兄さんがこんなに、喜んで、怒って、悲しんで、楽しんで……私が知っていたころの兄さんは……ずっと同じ表情だったから。


だから……嬉しいの……兄さんを変えてくれた……助けてくれる人がいるんだってわかるから。


兄さんが死んで、辛くて、死にたいくらい悲しかったけど……そんな私を変えてくれた人たちが、あの学園で待っていてくれた。


その人たちに、救われて……私はようやく、兄さんを本当に助けてたのはあの人たちだったんだって、分かったから」


「お前だって……僕の傍にいてくれた……!


それが、どれだけ助けられたのか……僕は、この学園に来るまでわかってなくて……お礼、まだちゃんと言えてないんだ……ちゃんと、もっと、ちゃんとこれから……もっともっと、大事にするから、だから……!」



頭が痛い。


視界が真っ赤に染まっていく。


寒い、気持ち悪い。


――ああ、わかってる。


これは、逆流だ。


椿咲が感じている感情、感覚が、僕のスキルを伝って逆流してきてるんだ。


今まで何度か、英里佳が感情を昂らせたときに似たようなことが起きたけど……これはその比じゃない。


こんな、こんな感覚に晒されて……どうして椿咲は笑っていられるんだ……?


どうして、こんな状況で僕の心配なんてしてるんだ。


もっと泣いてくれればいい。もっと怒ってもいい。


もっと、もっと、何かもっと……何か……!


「大丈夫……こっちの私は普通に生きていられるから。


だから……その分はこっちの私にしてあげて」



そう言って、笑顔で微笑む椿咲


どれだけ辛いのか、その一部分しか僕は感じ取れてないのに、今にも倒れそうだ。


それなのに、僕を心配させないために、椿咲は笑っている。


そんな妹に何もできない自分に、僕は、僕は……!



「く、ぅ……うぅぅぅうう……!」


「もう……完全に泣いてるよ、兄さん」


「う、ぁ……ああぁぁぁ……!」



こらえきれず、涙があふれてくる。


椿咲はそんな僕を見て苦笑してしまう。


駄目だ、泣くな。


僕は、兄なんだ。


兄になるって、立派な、誇れる兄になるって決めたんだ。


だから、泣くな、泣くな、泣くな――



『――よそでやれと言ったはずだが』


「っ!」



右肩にひんやりとした、そして鋭利な感覚が乗せられた。



「きゅ!」「ぎゅ!」「きゅる!」



上部デッキにいたシャチホコたちがこちらを見て固まった。



『まったく……ここまで厄介だとは思わなかったが……だが、お前が弱点であるなら対処は難しくない。


主を傷つけられたくなければ動くな』



アサシンの言葉に、シャチホコたちは耳をペタンと下げて動きを止めた。



「……テメェ……!」


『無駄話は嫌いだ。


大人しくあいつらをアドバンスカードの中に戻せ』


「ふざけるな、そんなこと聞くと」


『……そうか、なら、右手を切断しよう』


「な……!」



フードで顔は見えないし、認識もできない。


だけど、とても無機質な冷たい目で今僕はアサシンから見られている。



『もはやことここに至って、すべては失敗した。


そろそろお前を救出するための学園の船が到着する。


西の学園からの依頼は失敗確定だ。


そこの役立たずの始末をしてすぐに撤退するつもりだったが……それすら邪魔するなら、仕方ない。


お前自身にも、少し恐怖を刻ませてもらおうか』



「くっ――」

「大丈夫」



ここで、こいつに好き勝手やられるのか?


そう思ったとき、椿咲が穏やかな声で僕にそう告げた。



「兄さんは、傷つけられない。約束……したから」


『すでにほとんと消えかけている身で何を言っている?


……気持ち悪い、先に死ね』



僕の肩に触れていた刃物持ち上げられ、逆手に持ち上げられた。



「やめ――」



止めようと思ったが、また勝手に僕の身体が傾く。


また椿咲に押されたのだ。



「椿咲!!!!」



すでにもう胸のあたりまで消えた状態で倒れる椿咲


その頭に、アサシンのナイフが振り下ろされ――――



「邪魔してんじゃねぇよ」



今まで聞いたことがないほど冷たく、重い、聞き覚えのある声がした。



『っ』



突然アサシンはナイフを振り下ろすことを止め、その場から飛ぶ。


すると先ほどまでアサシンが立っていた場所に何かが飛んでいく。



――ドドドドドドドドッ!!



そして遅れて聞こえてきた無数の発砲音



「これ、は……」


「――悪い、遅くなったッス」



一人、新たなにこの船にやってきた。



「……戒斗?」


「今はいいから、妹さんの傍にいてやれ」


「う、うんっ!」



戒斗は銃口をアサシンに向けたまま、僕にそう促す。


僕は再び椿咲を抱きかかえる。


まだちゃんとここにいる。



「戒斗さん」


「……なんスか?」



椿咲は名前を呼ぶと、戒斗は銃口と視線をアサシンに向けたまま返事をする。



「約束……守ってくれてありがとうございます」


「っ……全然、守れてない。


俺は、君を守れていない……!」


「いいえ、守ってくれました。


いつだって、どんなときだって……戒斗さんが守ってくれました。


だから私はここに来れた。


……今まで、ありがとうございます。


あと……こっちの私のこと、お願いしますね」


「ああ……任せるッスよ」



もう顔しか見えない。


いや、顔だってもうほとんで消えていてよく見えないけど……椿咲はとても嬉しそうに微笑んだ気がした。



「兄さん」


「……うん」


「一つだけ、お願いしていいかな」


「うん、いいよ」



もうほとんど見えない。


そこに存在していない


声だって、聞き取りづらくなっている。


だけど、まだここにいる。


僕のスキルが、それを教えてくれる。



「誰かを好きな気持ちは、無理に隠そうとしないで」


「それは……」


「色々、考えがあるのは、わかるけど……それでも、やっぱり想いあっているのなら……伝えないと駄目だよ。


何も伝えられないことが、一番つらいもん」


「…………わかった。努力する」


「うん、頑張って」



気分の悪さが、無くなっていく。


つながりが、無くなっていく。



「――ここから先は、兄さんの番だよ」



――そして、完全につながりが消えた。


抱き寄せようと手を動かすと、何もなく、自分の肩を抱くことしかできない。



「――――ぅ、く、ぅう……!」



涙がまたあふれていく。



「――あ、れ……?」



聞きなれた声に振り返る。


そこには、中学の制服を着た椿咲が、先ほどまで一緒にいた椿咲より幼い椿咲がそこにいたのだ。



「連理、妹さん守るッス」


「分かってる」



涙をぬぐい、椿咲の近くに行って手をつなぐ。



「わたし、あれ……どうなって……兄さん、なにが、何が起きてるの?」



状況が理解できずに困惑しているようだ。


やはり、先ほど未来の椿咲のスキルの影響か、特性共有が解除されていたので改めて使用しなおす。



「あ……」



それによって少しは冷静になったのだろうか、目の前にいる戒斗と、そしてアサシンの姿を認識した。



『下らない茶番は今度こそ終わりか』


「下らない、だ……?」



アサシンの言葉に反応したのは、僕ではなく戒斗だった。



『下らないと言わずなんという。


さっきの女はどうせ消える。


それを刺した程度であそこまで喚かれるとは鬱陶しいものだ』


「そう思うなら、なんで刺した」


『見せしめだ。


正直、あまり必要性は感じないが……歯向かったものに最低限は攻撃しなくては面子が保てないらしいから、そうするようにしてるだけだ』


「お前」「ざけんなよクソがぁ!!!!」



怒りに叫ぼうとしたら、先に戒斗が怒号と共に引き金を引く。



「許せねぇ……!


妹さんの想いを、連理の気持ちを、そんな下らないことで踏みにじったお前を、俺は絶対許さねぇ!!」


『はっ……』



戒斗の言葉を鼻で笑うアサシン。


その手にナイフを二本構える。



『お前についてはどこからも何も言われていない。


東の生徒会の身内なら、殺しておけばいい見せしめになる。


ここにいるということは近くまで他が来ているということだし、早めに始末させてもらおうか』


「くっ……戒斗、ここは協力」「手は出すなッス」



戒斗は銃口をアサシンに向けたままそう言う。



「いやでも!」


「シャチホコたちはお前と妹さんを守るために傍にいさせるッス。


こいつは……俺が倒すッス」


『倒す? ふっ……似非ガンナーがよく吠える。


来道黒鵜と同じエージェント系でも、お前と奴での実力は天地の差がある。


それで俺に勝てると本気で思っているのか?』


「勝つ。お前には、絶対に負けられない。


もう二度と……俺は格好悪い所見せられないんスよ」


『吠えた程度で、勝てると思うか』


「やってみればわかるッスよ」



互いに睨み合う。


そして、両者はほぼ同時に一手を打つ。



「「ハイディング」」



両者共に姿を消す。


戒斗とアサシン


その戦いは、僕では観測すらできない領域で始まった。

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