第170話 いや、それやったの君

銃声が響き、風の音にかき消されていく。


全てが完全に終わった。


アサシンは完全に動かなくなり、それが事態の終わりを告げていた。



「――――は、はぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~……!!」



そして、それを確認して今まで格好良く銃を構えていた戒斗がその場に尻もちをついて崩れ落ちた。



「戒斗、大丈夫?」



近づいて無事を確認したが、見たところ外傷はない。


しかし、見たところかなり疲労している。


先ほどまで涼しい顔をしていたはずなのに、今になって額から汗が噴き出ていて、顔色も悪い。



「大丈夫?


――んなわけねぇッスよぉ!!


俺今、あやうく殺されるところだったんスよぉ!!」



もう堰を切ったかのように叫ぶ戒斗



「え、いや、それ寧ろ僕でしょ?


君助けてきた立場じゃないの?」



「そうッスけどね、見えてなかったみたいっスけどね、あと、1cm未満!


俺、あとそれで首刺されてた! 死んでた、殺されてた! むしろよく生きてた俺!!」


「お、ぉう」



普段の戒斗からではちょっと考えづらいテンションに思わずたじろぐ僕



「いやでも、瞬殺だったじゃん?


楽勝だったじゃん? そこまで危なくは見えなかったけど……」


「なわけねぇだろッ!


あんなの最初だけ、次があったら絶対に刺されてる、一生に一度あるか無いかの勝利が、偶然、もう本当に奇跡的にこの瞬間に降臨したんスよ!!


二度とやらねぇ! 絶対にやらねぇ! もう絶対にあんなギャンブルやらねぇ!!!!


あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、生きててよかったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


「…………うん、そうだね」



もうちょっと落ち着くまで少し放置しておこう。



「きゃ、きゃああああああああ!」


「椿咲、どうした!」



急な悲鳴に驚いて振りかえる。



「な、なに、これ、死体、が……!」


「え…………え?」



椿咲が指さして驚いてるものを見て、僕は一瞬意味が分からずに首を貸して聞き返してしまう。


だってそれは……ついさっき椿咲が倒したネクロマンサーの奥の手であるフランケンシュタインの怪物モドキだったのだから。



「な、なにこれ、なんでこんなものが……!」


「…………」


「どうして、こんな……こんなひどいことできるの……」



いや、まぁ、冷静に考えれば先までの椿咲と今の椿咲は別人みたいなものだし、僕も初見ではそんな感想を抱いたりもしたけど……



「大丈夫、椿咲なら一年後くらいにはこれくらい倒せるから」


「倒せるわけないでしょ!!!!」



全力で否定されたけど、なんだろう……未来の椿咲が一年後にこれより強いの倒してるって発言を聞いたから、なんか……うん、上手く良い感じのことが言えない。



「えっと……とりあえずあんまり見ない方がいいから、こっち来て。


大丈夫、もうそいつは動かないから」


「…………」


「椿咲?」


「こ……腰が、抜けちゃって……動けない」


「あはは……ほら、手を貸すよ」



今こうしている椿咲も、三年後にはこれを瞬殺できるかもしれないんだなぁって考えると……


そう考えて、改めて、先ほど僕の目の前で消えた三年後の椿咲の笑顔を思い出す。



「椿咲」


「あ、ありがとう兄さ……ん?」



手を掴み、椿咲を抱き寄せた。



「今までずっと、心配かけてごめんね。


それと……これまでずっとそばにいてくれて、ありがとう」


「き、急に……どうしたの?」


「ちゃんと伝えないと駄目だって思ったんだ。


……それと、大事な人がいなくなるってことが本当はどれだけ辛く苦しいのか……僕はまだ全然わかってなかった。


本当に……本当に心配かけてごめん」


「兄さん…………ううん、私の方こそ……ごめんなさい。


兄さんにとって、あの場所が……どれだけ大切なことなのか……私も、全然考えてなかった」


「ちゃんと、これまでのことも、これからのことも……僕が何がしたいのか知ってもらいたいし、椿咲が僕にどうしてもらいたいのか知りたいから……ちゃんと話そう」


「うん……うん」



椿咲はようやく緊張が解けたのか、僕の胸に顔を押し付けて肩を震わせる。


本当に、ただの中学生の女の子が色々なことを体験した。


そして、こんな普通の女の子があれだけ強くなった。


なってしまった未来が、確かにあった。


僕のせいで、椿咲がそうならざるを得なかった。


そんな辛い目に、妹を遭わせたくない。


だから、結果だけ見てもらって納得してもらうような……これまでの態度はやめよう。


ちゃんと話そう。逃げずに、未熟なりでも兄として、家族として椿咲と、妹と向き合おう。


そう心に決めていた時だ。



「――歌丸くん!」

「――歌丸くん、生きてる!」



声が聞こえて見上げると、狂狼変化ルー・ガル―を使用した英里佳が、何故か全身ずぶ濡れの紗々芽さんを抱きかかえた状態で登場した。



「無事、みたいだけどどうやら終わったみたいね」



そして少し遅れて詩織さんも到着


どうやら僕がそうしたように、悪路羽途で海面を走ってここまでやってきたらしい。



「……連理、無事みたいね」


「おかげさまで、まぁなんとか…………で、なんか紗々芽さんだけ異様に濡れてるのはなんで?


みんな雨でぬれてるけど……紗々芽さんだけ異様に酷いのは何故?」



僕がそう訊ねると、英里佳から降ろされた紗々芽さんが笑顔で固定した顔でこちらに近づいてくる。



「歌丸くんが、私の分の特性共有解除したからなんだけど?


私、海面走ってる最中でいきなり重さが元に戻って、危うく溺れかけたんだけど?」


「あっ……」



そう言えば、ネクロマンサーとの対峙中に椿咲を逃がすためにってことで紗々芽さんの枠を使ったのだった。



「紗々芽の救出のために、私たち足止めされて……紗々芽がおぼれたことに気付かなかった戒斗が先行したわけなんだけど……」


「――――ひやぁああああああははははははははははははははははははははは!!!!」


「なにあれ?」

「生を謳歌してるみたい」



テンション上がり過ぎて奇声を発する戒斗


おかしいな、さっきまでもうスタイリッシュ主人公並にカッコよかったはずなのに凄く残念だ。


流石は三下アイデンティティ



「……椿咲さん、無事?」


「…………あっ……えっと」



僕に抱き着いている椿咲は名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせた。



「…………あの……私……その」



ただ無事かどうかを聞いているだけのはずなのに、何やらしどろもどろになる椿咲


この態度はどういうことだろうかと首を傾げて視線で周りに問う。


詩織さんは、神妙な表情で椿咲の回答を待つ。


紗々芽さんは先ほどより少しやわらかに表情で首を横に振る。


詮索はしない方がいいということなのか?


しかし気になる。


英里佳の方にも伺ってみようと見たら……



「――――――」


「……ん?」



なんか急に首を変な方向に向けた気がした。



「…………」

「…………(じーっ)」



……首をもとの方向に戻したら、なんか視線を感じる。



「――っ(くるっ)」

「(ばっ!)」



振り向いたらまた変な方向を見てる。


何故?


なんか心なしか顔が赤い気がするけど、何があったのだろうか?



「あんた……何やってんのよ?」


「え、あ、いやなんでも…………とりあえず色々と状況を確認したいんだけど……そもそも第一にさ」


「何よ?」


「僕たち、これからどうやって学園に戻る予定なの?


流石に、こいつら放置して僕たちだけで学園に戻るわけにもいかないし……クルーザーの運転できる人って流石にこの場でいないでしょ」



今も拘束されて気絶しているネクロマンサーとアサシンの階戸佑


こいつらをこのまま放置というのは色々問題がある。



「それなら大丈夫よ。


……ほら、あそこ」


「ん?」



詩織さんが指さした方向を目を凝らして見る。


船とかはないみたいだけど……



「もう少し視線を上げなさいよ」


「上げる?」



どういうことかと思いつつも言われたとおりに視線を少しだけ上げてみた。



「――――GUOOOOOOOOOO!」


「「え」」



兄妹そろって、同じ反応をしてしまった。


だって今、この船目掛けてとんでもないものが近づいてきているのだから。



「緊急時に備え、とても強く、その上運搬能力もあり、そしてこんな会議直前の忙しい時期でも動ける人が、今の北学区にいたから来てもらったわ」


「いや、動ける人って……」



本当はその人、一番動かしちゃ駄目な人のはずなんだけど……


などと考えていると、その飛翔する物体は船の上を通過し、そしてその際に誰かが飛び降りた。



「――あら、もう終わってるの? 残念、つまらないわね」



そう言いながら優雅に着地した女子生徒


先ほどの椿咲のように、生徒会の腕章を身に着けている。



天藤紅羽てんどうくれは



現在の北学区生徒会の会長


そして現在の迷宮学園最強の人が、この場に登場したのだ。


となれば、当然さっきのは……



「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」



船の上空を旋回する飛竜


天藤会長の竜騎士としてのパートナーであるドラゴン種の迷宮生物、“ソラ”がいた。





――その後、僕たち飛竜にクルーザーごと牽引されながら学園へと戻るのであった。






「……状況終了ってところだな」



そう言って、西学区の副会長である銃音寛治は盗聴器の音声を切った。



「想定外の暴走が、まさかの大物を引き当てた。


犯罪組織の主力二名を捕縛成功……これまで誰も成し遂げたことのない成果と言えるだろう」



そう言ったのは、北学区の三年副会長の来道黒鵜であった。



「それだけではありません。


歌丸連理のスキル、その能力の重要度は今回の一件でさらに跳ね上がりましたわ」



東学区の副会長、日暮亜里沙は口元に手を当て思案しながら続ける。



「今回の一件では、歌丸後輩は死ぬこととなっていた。


つまり、未来視の結果は変わらず、その状態を未来から過去に、歌丸後輩の妹がタイムスリップしてきたことで力業で変えた。


……規格外だとは思ってましたが、これほどとは」


「凄いのはわかったが……どうしてそう不安がる?」



南学区の服会長の甲斐崎爽夜は、亜里沙のその表情に疑問を持つ。


彼女の立場こそ東だが、実の弟である戒斗が単独で格上に勝利した事実はむしろ誇るべきところだと認識しているのだ。



「今回と同じことが起きた場合……万が一でも歌丸後輩が死んだ場合、私たち全員が消滅する可能性があるのですよ」


「……どういうことだ?」


「先ほどの歌丸後輩の妹の消滅は決して私たちの他人事ではないということです。


あれが個人で起きたものではなく未来で、三年後に生存していた私たちに起きたことを現状では否定できないのです」


「待て、あれってスキルの影響じゃないのか?」


「それも否定できませんが、確定の材料がないんです。


現状、私たちは未来を観測することができませんから」



深刻そうに語る亜里沙の言葉に、爽夜は思考する。



「それじゃあ……万が一歌丸連理が死ねば、さっきみたいに誰かが過去に戻って、その死を変えて……そして歌丸連理が死んだ世界で生きていた俺たちも……消えるってことか」


「その可能性が出てきました。


つまり、歌丸連理の死によって、私たち……いいえ、世界全体の未来が閉ざされる可能性が出てきたんです」



そう言われ、爽夜は眩暈を覚えた。


スケールが違い過ぎる。


あまりにも壮大で滅茶苦茶で、ありえないものだが、しかしそれを完全に否定する材料もない。



「もちろんパラレルワールドという概念もあって、歌丸後輩が死んだ未来が残っており、妹の消滅はスキルの副作用が原因という可能性も残ってはいますが……私達はこれから、歌丸後輩の生死についての重要度が跳ね上がったことを再認識して共有すべきだと考えます」


「……規格外にもほどがある」



先ほどの亜里沙のつぶやきを正しい意味で理解し、思わず同じことを呟いてしまう爽夜



「――現状でそんなこと考えてもしょうがないだろ。


どっちにしろその確認もノルンのように未来を観測できる存在がいなければ話にならないわけだしな。


想定以上の成果を上げたのは喜ばしい事実だ。


しかし、こっちの本来の役目も遂行してもらう。


来道、こっからはお前が働いてもらう番だ」


「分かっている」



席を立ち、身に着けた腕章に触れて制服を迷宮内部のしようへと変化させる黒鵜



「事務処理は任せたぞ」



そう呟いて、姿を消す黒鵜


この部屋からも気配が完全に消えた。



「しかし……まさか北学区の副会長を使って盗聴器仕掛けさせに行くとか正気の沙汰じゃないな」


「しかも歌丸後輩に仕掛けたもの同様に証拠を残さない自壊式……本当に質が悪いですわ」


「向こうは犯罪組織も使ったんだ。


むしろ大分マイルドだと思うがな」


「ですが、それで都合よく向こうの情報を引き出せますの?


歌丸後輩を引き抜く策が向こうは完全に失敗した以上は、こちらも下手なリスクは犯すべきではないと思うのですが」



亜里沙の意見は当然のものだった。


やられた分に関しては不満はあるが、やり返してこちらもリスクを背負うのは面白くもない。



「そもそも向こうが不正をしたという証拠は犯罪組織の二名を生け捕りにした時点で、する必要性すら感じないんだが……」



爽夜のその言葉に、寛治は首を横に振る。



「現状、犯罪組織の足切りは徹底している。


あいつら二名を消すか、もしくは組織とのつながりのある連中が消されて西とのつながりを隠蔽される可能性がある。


向こうにはそれを依頼したという徹底的な証拠をつかむ必要がある」


「そう都合よく行くかな……」


「そこは、行かせるのが腕の見せ所だぜ」



寛治は不敵な笑みを浮かべ、手元のモニターにある人物を移した。


その画面に映っているのは、西学区の高級ホテルのフロアにて、高級ソファにふんぞり返っている今回の事件の発端


西学区を贔屓にしている大臣・久川伴三が映っていたのだが……



「ガキだと思ってこっちを甘み見過ぎなんだよ。老害め」



寛治の鋭い目線は久川伴三――ではなく、彼の代わりにホテルのチェックインの手続きをしている、秘書の男を見ていた。



「“宮城”出身の……上原亮うえはらりょう


今年で43歳、独身だが……可愛がっている姪が西学区、俺のテリトリーにて在学中」



そこまで呟いてほくそ笑む寛治



「自分たちが同じ目に遇うこと、少しは想定しておくべきだったなぁ……くくくくくくくっ……」



そのあまりの黒い表情と雰囲気に、ドン引きする爽夜と亜里沙なのであった。

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