第286話 シャチホコ、進化への道! ⑧男の子面倒くさい
暗闇の中、地面を鱗が擦る音と、シャチホコから伝わるエコーロケーションの情報で位置を把握する。
「――稲生、二匹を抱えてもう少し下がれ、狙ってる奴がいる!」
「え、ど、どこにいるの?」
「二匹ともお前の真後ろ、半歩分!!」
この暗闇の中では誰がどこにいるのか把握できない稲生は先ほどから棒立ちで動けないようだ。
一方の鬼龍院は息遣いから緊張状態であるが、いざとなればいつでも魔法を放てるように集中してえいるらしい。
「きゅきゅきゅ!!」
「SYAAAAAAAAAAAAA!!」
「こ、のぉおおお!!」
「JURAAAAAAAAAAAA!!」
位置を把握し、胴体目掛けて鬼形を構えて“颯”を発動させる。
鱗に当たったが、その鈎爪上の棘に軌道がずらされて上手く刃が立たない。
「ぐっ――!?」
そして鬼形を引こうとすると、鈎爪に引っかかる。
――瞬間、明確な死を感じて咄嗟にその場で飛跳ねる。
その直後に僕の真下で何かが地面を擦って行った。
危うく足に噛みつかれてそのまま拘束されるところだった。
「とりゃ!!」
そのままマスプロバジリスクの頭らしき部分を踏みつける。
「やばい、こっちの攻撃全然効かない!!」
鱗が堅すぎる。
疾風の型以外ならあるいは……だが、それでは溜めに時間が掛かってこっちが捕まるか……
「ンなもん初めから期待してねぇ!!
どうにか三匹一か所に集めて、その居場所を俺に教えろ!!」
おのれ鬼龍院……だが、確かに今この状況を乗り切るにはそれしか手がないか……
「きゅきゅぅ……!」
一方でシャチホコも苦戦している。
物理無効スキルを持っているシャチホコであるが、いかんせん、“
ギンシャリとかなら分厚くなった毛皮でどうにかできそうだが……シャチホコには厳しいと言わざるを得ない。
何か他に手はないか……そう考えた時、僕は自分の中にある能力を思い出す。
「――なら、これでどうだ!!」
耕耘スキル、発動
ここの地面は石でできているが、粒子が細かい砂岩質。
土門先輩から引き継いだ高レベルの農業スキルならば、耕すことはできる。
「さらにそこへ……――忌避剤スキル、対象蛇、発動!!」
蛇も農業においては害獣の一種
ならば当然、その対策となるスキルもある。
直接倒せるものではないが、蛇が嫌がる匂いを放つ物質を地面の土を変換して発動させ、スキルによって耕された砂の物質を、忌避剤へと変換する。
土から農薬関連の身とは言え、薬を作れるとか、本当にスキルって無茶苦茶だよなぁ……
そんなことを漠然と考えつつ、僕の前方数mの範囲内が忌避剤に変わり、此方に接近しようとしていたバジリスクの動きが止まる。
「よし、方向変えた!
シャチホコ、他のバジリスクの動きを誘導してくれ! 忌避剤で囲んで動きを制限させる!」
勝機が明確に見えた。
バジリスク相手でも、僕は戦える。
「忌避剤ってのは、あそこまで効くものなのか?
単に嫌がる匂いがするだけだろ。
確かに嫌だけどよ、よっぽど酷くなけりゃ本気で戦ってる最中にいちいち気にしてられないだろ
特に戦闘中の興奮してる迷宮生物には効きが悪いって聞いたことあるぞ」
「そのはずなんだけど……お兄ちゃ――んんっ――土門先輩も、戦ってない時の安全地帯確保の時くらいしか使えないって言ってたから…………普通に戦ってるなら多分、無視されちゃうはずよ。
だけど……」
「だけど……なんだ?」
「……たぶん、マスプロバジリスクって、戦ってるって言うよりは、狩りをしてるって意識の方が強いと思うの」
「狩り……? 戦いとはどう違うんだ」
「目の前に美味しそうなお肉があったとして、それを食べるためにものすっごく臭い場所を通るか、少し遠回りして普通に美味しく食べるか……どっちがいい?」
「……ああ、なるほど。
つまり、あの蛇共は闘争本能ではなく、もっと純粋な本能、食欲で歌丸たちをつけ狙っているから、忌避剤に敏感に反応するわけだ。
いくら美味そうでも、ウンコみたいな匂いのする状態で飯は誰も食いたくねぇもんな」
背後で何とも言えない評価のされ方をしているが、ひとまず置いておく。
「でもコウモリも一応農業においては害獣扱いされてるし……さっきのラップバットも同じ方法でもっと楽に対処できたんじゃ……」
「……あいつ、自分のスキル忘れてたな」
その言葉にぎくりと反応してしまった。
で、でも別にわざとじゃないから良しとしよう。
「おら来いやぁーーーー!!」
「誤魔化してる」
「誤魔化してんな」
耕耘スキルをさらに広範囲で発動させ、硬かった地面がフカフカな土に変わり、一気に膨張して凹になる。
結果、本来のバジリスクより小型とは言え、人一人くらいは飲み込める大蛇であるマスプロバジリスクは自重で土にめり込み、高低差で僕とシャチホコの姿を見失う。
さらに僕とシャチホコはお互いに悪路羽途の効果でこのフカフカの土の上を体重をほぼ0にした状態で移動できるようになる。
「ほぅら、こっちだこっち!」
「きゅっきゅっきゅ!」
時折、こちらを見失って動きを止めているマスプロバジリスクの真上を敢えて通り、重さの無い体であるが踏みつけて煽る。
蛇は耳がないが、代わりに音を全身で感じ取れる能力があるのだという。
そしてこいつら迷宮生物は、本能で弱者――絶命力の強い存在――を感じ取れる。
さらに、迷宮生物においてドラゴンに近い存在――爬虫類っぽい奴は総じてプライドが高い傾向がある。
つまり、何が言いたいかと言うと……
「「「SYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」」」
自分より弱いという存在に煽られることは我慢ならない。
「ほらほらどうしたどうした、ヘビモドキ!
お前ら見た目だけで大したこと無いんだなぁ!」
「きゅっきゅきゅう、きゅきゅきゅきゅ」
「「「「JURRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!」」」」
やはりこちらの言葉を理解できる知能があるらしい。
三匹とも引き付けて、そして――ここだ!!
「忌避剤スキル!!」
フカフカな地面に手を触れて、マスプロバジリスク三匹を囲う形で地面を忌避剤に変化させる。
潜って避けられないように、念入りに地面深く蛇の嫌いな臭いがする物質に変えてやった。
そしてこっちも臭っ!! おならみたいな――硫黄の臭いが半端なく強い!!
これで動きが止まった、そう思ったが――バジリスクが更に動く。
その身をバネみたいに縮めたかと思えば、一匹が僕に向かって跳躍してきたのだ。
「なっ――」「きゅきゅう!!」
そこで僕より先にシャチホコが動く。
普通に体当たりをすればシャチホコがダメージを受けたところだが、シャチホコはバジリスクの真下――地面との設置する鱗がツルツルの個所に向かって体当たりしたのだ。
物理無効スキルも発動させた状態で、その一撃は確かなダメージをバジリスクに与える。
嶮山の型・
以前、会長が使った嶮山の型・龍の手前のスキル
下から上へと全身の力を使って切り上げ相手の体制を崩す技――しかし、相手がこちらにすでに体重を崩した状態で落下してきているのなら!!
「おりゃああああああああああああああああああああ!!」
「JURG!!??」
シャチホコが体当たりしているので空中でも位置は完全に把握し、僕はマスプロバジリスクの顎下から脳天目掛けて刀を振り上げた。
一瞬硬い感触がして、続く肉を断つ感触
そこから更に、硬い何かに当たる感触。
「――斬鉄ぅぅぅぅ、一閃!!!!」
そこから更に、通常ではできないスキルを連続で発動させ、力業で堅い感触――骨を断つ。
そこから更に、硬い何かに当たり、引っかかりはしたが、完全に刀を振り切った。
「「SYAAAAAAAAAA!!」」
そのタイミングで他の二匹もこちらに狙いを定めて飛び出そうとしたが――そうはさせない。
「電気柵スキル!!」
地面だけでなく、空中の退路もふさぐ。
突如発生した電気の檻は、ジャンプしたバジリスクを空中で止めて、さらに強烈な火花を発生させた。
「はっ、合格点くれてやるよ!!」
そんな言葉が聞こえて、電気柵のスパークで一瞬だけだが、二匹のバジリスクの真上に黒い球体が発生していた。
「――グラビティ!!」
その言葉と共にスパークは途絶え、まったく何も見えなくなり、そして……何も聞こえなくなったのだった。
「ライトボール」
そして数秒後、背後から光の球体が発生してこの空間内を照らす。
「ぅ……こっちにまで臭うな」
顔をしかめながらこちらに近づいて来る鬼龍院
耕耘してない部分で足を止め、僕の足元にいる、首の切断されたマスプロバジリスクと……僕よりさらに前の方を見ている。
「おい、ちゃんと潰れてるか確認しろ」
「え……あ、ああ」
潰れている、とはどういう意味かと思って前を見ると……先ほど、僕がスキルで電気柵設置した箇所だけが大きく円状に地面が陥没してちょっとした縦穴が空いていたのだ。
周囲の土が盛り上がっている状態なので、高低差はぱっと見1m弱というところだろう。
そして、穴の中をよく見ると、まるでもともとそういう柄のカーペットかと思うような、ぺしゃんこになった二匹のマスプロバジリスクがいた。
「え……怖っ」
潰れ方がとにかくえぐかった。
鱗から白っぽい筋のある赤身の肉っぽいのが飛び出ているし、ところどころから血が噴出している。
多分、これ、地面が白っぽかったら血がもっと目立ってスプラッタさがさらに際立ったはずだ。
「まさかお前程度に一匹とはいえ討伐ができるとはな……」
人が頑張って頑張って出した結果をそんな風に言ってくる鬼龍院に内心カチンとくる。
「お前、こんなことできるならさっさと倒せよ、最初の時点で瞬殺できてたじゃん……使えよ」
「本来の重力魔法はかなり難しいんだ。
お前のところの代表の金剛先輩だって簡単には使えない高等技術なんだぞ。そんな簡単に発動できるわけじゃねぇんだよ阿呆」
「誰が阿呆だ。ってか、瑠璃先輩でも難しいものをなんでお前があっさり使ってるんだよ」
「まぁ、今のは厳密には重力魔法じゃないからな。
こいつの出力を一時的に引き上げて実行したんだ」
そう言って鬼龍院は自分の腕に着けているアクセサリーを見せた。
「確か、それって防御用のレイドウェポンだっただろ……」
確か正式名称は……重力系統魔法防具type ARM『クロスリフューザー』
任意の場所に重力を発せさせ、物を遠ざける斥力の力で自分の身を守るという能力だったはずだが……
「それは魔力操作が使えない奴が普通に使った場合だ。
俺くらいの実力者になれば、その力を攻撃に転用することが出来る。
本来押し寄せる攻撃を弾くその力を、狙った対象を上から押しつぶす力に変えたりな。
ふっ……どうだ、凄いだろう? この力、効果範囲は狭いが、敵単体への殺傷能力だけなら麗奈より上だぞ
発動に手間がかかるが、少ない魔力でマスプロバジリスクをあっさり撃破できる」
「…………そんなの使う前に僕ならお前に一撃入れて倒せるし、現に一匹倒せたし効率悪いオーバーキルじゃん」
「馬鹿が、お前のひ弱な攻撃何て斥力で簡単に弾ける。だいたいお前はシャチホコの協力込みだろうが」
「はっ、だとしても、持久戦に持って行けば普通に僕がお前に勝つし」
「ああそうだな、お前は逃げることに関しては世界一だもんなぁ~?
逃げ足だけは、流石だと認めてやるよ。逃げ足、だ、け、は、なぁ」
「「………………」」
「「やんのかこらぁ(てめぇ)!!!!」」
「やめなさいよ二人とも……」
「きゅぷぷ」
「きゅぽぽ」
そんな下らないやり取りをしつつ、僕は潰れた二匹のマスプロバジリスクを見た。
……以前より強くなっている。
当たり前のことだが、その強さには憧憬を覚えずにはいられない。
指揮者としての才能も、冷静な判断力も、そして戦闘能力も……そのすべてが僕を圧倒している。
さっきは勝てるとか言ったけど……実際にやりあえばどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
鬼形や土門先輩に伊都さんから引き継いだスキル、それらすべてを合わせても、僕単独では鬼龍院に勝てないだろう。
ああ、まったくもって……本当に、腹が立つほど、こいつは凄い。
■
一方の鬼龍院蓮山は、歌丸連理が首を切り落としたマスプロバジリスクを見ていた。
「……ちっ」
誰にも聞こえないように、小さく舌打ちをする。
さっきはああいったが、このマスプロバジリスクを倒せる実力者は、現時点の一年生でどれだけいるだろうか。
さらにはあの暗闇の中で動ける者だって、多くはないだろう。
自身の相棒である萩原渉ならばあるいは、または妹の鬼龍院麗奈ならば広範囲の効果力で、ともなるが……自分ではと考えるとやはり単独での討伐は難しいと言わざるを得ない。
(あれやこれやと手を出して中途半端な癖に、実績だけは一丁前に出しやがる……)
蓮山にとって、歌丸連理のあり方は腹立たしいという他なかった。
理不尽といってもいい。
一つに絞らず、あらゆる手段を模索し手を出し、戦う。
一方の鬼龍院蓮山の強さは、一を磨き続ける努力の強さだ。
誰に見られるではなく、ただひたすらに自分自身と向き合って、何ができるのかを考え、頭が痛くなるほど悩み、そしてそれが正しいのかもわからないまま頑張り、ようやく結実したのが、今につながっている。
対する歌丸連理はどうだろうか?
努力はしているのは認める。
だが、その強さはというと、ハッキリ言って努力が直結しているとは言い難い。
それでも彼が結果を出せるのは、戦う相手の相性、状況、場の流れ、それらの歯車が奇跡的に噛み合うのだ。
戦うための手段の引き出しが多さも、その噛み合いの一助となっている。
(天運、とでも言えばいいのだろう。
運も実力の内、というが……あいつの場合はそれが輪に掛けてヤバい)
もとより、歌丸連理の力は窮地の中で活路を見出すものばかりだ。
スキルを生み出すスキル【
そこに加わるエンペラビットや仲間たち、さらには強力な先人たちのスキルに魔剣
鬼龍院蓮山が血の滲むような努力をしてようやくたどり着いた領域を、彼はほんの些細なきっかけでやすやすと踏み入った。
今はまだ単体の戦力は自分に遠く及ばないが、まだまだこれから歌丸連理は強くなる。いや、強くならずにはいられない。
そう考えると、自然と蓮山は拳を固く握りしめる。
(試合形式で戦えば、俺が勝つ。絶対に。
だが……殺し合いとなったらどうだ?)
歌丸連理ならば、自分が牽制に放った攻撃などダメージ覚悟で突っ込んできてそのまま首を切り裂きに来る。
逆に一撃で仕留めようと思えば、発動させる前に殺される。
(チーム戦となればどうなるか?)
チーム竜胆とチーム天守閣
お互いに全員揃った状態で真っ向からぶつかれば、圧倒されるのは目に見えていた。
以前のようにまずは分断した状態で戦わなければそもそも勝負にならない。
圧倒的なパワーとすべてを抜き去るスピードを併せ持つ理想的なアタッカーであり、人類初のドラゴンへの明確なダメージを与えた榎並英里佳
魔法剣クリアブリザードにより、遠近、及び魔法攻撃も可能な上に、自動修復する盾も使いこなす攻防一体にして、ドラゴンを倒すための人類の最高到達点の領域に半歩踏み込んだリーダー三上詩織
詠唱無しでただ見ただけで味方の強化が出来てしまい、命令によって瞬間的な味方の能力を追加強化でき、さらには植物を使った質の悪い妨害攻撃まで仕掛けてくる苅澤紗々芽
純粋な個人の能力ならば榎並英里佳や三上詩織すらも圧倒できるであろう早撃ちの名手であり、エージェント系故に隠密スキルからの強襲も護衛もこなせる日暮戒斗
これだけのメンバーが彼の傍にいた。
しかし、彼らが歌丸連理が傍にいなければここに至ったのかと言うとそうでもない。
歌丸連理抜きに、今のチーム天守閣は存在しないと断言できた。
一人で戦う力も、指揮できる頭も無い。
だというのに、その周囲に多大な影響力を与えて信じられない速度でチーム全体が強くなっていく。
チーム天守閣ならば、おそらく現時点での三年生のチーム相手でもかなりの好成績を叩きだせるだろう。
(ああ、妬ましい……
弱いとかゲロ丸だとか、イキり丸だ、女の敵だのあーだこーだと掲示板では騒がれているが……こいつのことを本気で認めてない奴なんて、もう世界中のどこにもいないだろ)
世に謳われる英雄と、歌丸連理の在り方は多くが反するだろう。
だが、間違いなく彼は英雄に至る存在だろうと鬼龍院蓮山は誰にも言わず、己の内心の身で確信していた。
(俺が本気で、死ぬほど努力して手に入れようとしてるものを、こいつは既に手に入れている。
その上で自覚なくさらに努力しようとしているとか……ああクソ、凄すぎてぶん殴りたくなる)
■
歌丸連理の憧れから来る嫉妬
鬼龍院蓮山の妬みまじりの尊敬
当の本人同士はお互いにそんなことを想い合っていることは一切認識していないが……
「……男の子ってすっごく面倒よね」
「きゅう」「きゅぽ」「きゅぷ?」
稲生薺と三匹……二匹の雌の兎たちにはバレバレなのであったとさ。
そんなこんなで、三人と三匹の迷宮探索は続くのであった。
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