第285話 シャチホコ、進化への道! ⑦焦燥スル兎



「きゅきゅきゅきゅ!!」


「シャチホコ、前に出過ぎだ!」



高速で動き続けるシャチホコは、コウモリ型の迷宮生物であるラップバットという、音波を使った攻撃を仕掛けてくる敵を相手に立ち回っていた。


正直、こいつを相手にするにはシャチホコの相性は良くない。


その理由は――



「kyiiiiiiiiiiii■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


「くっ……!」



ラップバットの口から発せられる深いな音


そのあまりの大きさに僕は顔をしかめる。


一方で……



「きゅきゅっ!」

「きゅぽぉぉぉぉ!!」

「きゅぷぅぅぅ!?」



シャチホコの動きが止まり、後方で控えていたヴァイスとシュバルツまで耳を押さえてうずくまる。



「――はぁ!!」



バチンッと、勢いよく鞭で地面が叩かれる音が聞こえた。稲生の鞭が地面を叩いたのだ。



「ki!?」



その音でラップバットの動きが止まり、音波が止まる。


テイマー系である稲生は、そのスキルで迷宮生物を委縮させることができる。その効果でラップバットは怯み、明確な隙が生じる。



「――はぁ!!」



疾風の型・颯



相手は空中にいたが、そんなことはお構いなく、僕は一気に間合いを詰めて飛びあがってラップバットを一刀両断する。



「はぁ……これで、全部かな?」



周囲に他に敵がいないことを確認し、僕はその手に握っていた魔剣・鬼形を納刀した。



「……ザコ相手に時間が掛かり過ぎだ」



それが僕とシャチホコの戦いを鬼龍院の感想だった。


いつもなら文句を言うのだが、言い返せなかった。



「――まだ、さっきの部屋から出た直後だぞ」



こちらに白い眼を向けてくる鬼龍院の言葉に、僕は目を逸らしてしまう。


つい先ほどまで休んでいた安全地帯、そこから通路を通って出てきた広い空間……歩いてたった数十秒、そんな場所での戦闘で、さっそく僕とシャチホコは苦戦したのだ。


相手はラップバットの群。


空を飛んで的は小さく、一体一体狙いを定めて倒そうとしても、僕一人ではうまくとらえられず、シャチホコに誘導してもらおうと思ったのだが……



「シャチホコ、どうしたんだ?


無理に突っ込んで仕留めようとするとか、らしくないぞ?」



どういうわけか、シャチホコが普段と違って僕の言うことを聞かずにひたすら突進し、単独でラップバットを倒そうとしたのだ。


もっとも、エンペラビット単体の攻撃力などたかが知れており、単体では大したこと無いラップバットですら一撃で仕留められず、体当たり直後に音波を受けて動きが止まって、他のラップバットから音波攻撃


その嵌め技になりそうなところを僕がフォロー、そしてまたシャチホコが勝手に突っ込んで繰り返し……というのがさっきまでの戦いのやり取りだ。


掛かった時間はおよそ十五分強ハッキリ言って効率が半端なく悪い。


シャチホコが相手を引き付けたり撹乱してくれていたら、多分五分くらいで倒せていたはずだ。



「きゅう……」



シャチホコはただ一言を、僕とは目を合わせようとせずに鳴く。



「……ひとまず先に進むぞ」


「あ、ああ」


「……きゅう」



鬼龍院に促されて先へと進むことにする。すると、シャチホコは率先して先頭に立って道案内をしてくれる。



「歌丸、ちょっといい」



シャチホコについていく形で歩いていると、稲生が僕の隣を歩く。


その両肩にはヴァイスとシュバルツがのかっていた。


名付け親だと認識しているからか、かなり懐いたようだ。



「シャチホコのこと、だよな」


「ええ……それで、あの態度の原因なんだけど……」


「ああ、わかってる」


「きゅぷ?」

「きょぽ?」



僕に視線を向けられて「え、なんすか?」的な感じで首を傾げる二匹の子兎


シャチホコのあの態度の原因は、十中八九この二匹だろう。


テイムに成功して即効で進化した上に、なんか僕のスキルの影響まで受けてしまったし。


さらにはシャチホコの専売特許であったはずの融合を、なんだかんだで僕や稲生まで使えるようになったし……いや、一応会長もか。


とにかく、シャチホコは自分の強みが薄くなった上に、後輩に先を越されたと思って焦っているのだろう。


……まぁ、その辺りを実際に口には出さない。


シャチホコは耳が良いから、実際にそれを口にしてしまったらそのまま聞こえて、あいつを傷つける。


それは僕も稲生も望むところじゃない。


だが……



「――ザコ相手にお前らが怪我するのは勝手だが、俺たちを巻き込むなよ、歌丸連理」


「……わかってる」



そう、僕たちは今絶賛遭難中。


この迷宮から地上へと脱出するためには、この先に待ち構えている無数の迷宮生物たちの壁を突破しなければならないのだ。


そのためには、シャチホコにはいつもと同じ……いや、いつも以上に頑張ってもらわなければならない。


だからこそ、今のような状態は決して良くない。


命をかけた状況で、意地になるのは絶対に駄目なのだ。


………………いや、僕じゃ説得力ないか。ないな。(断定)



「……ペットは飼い主に、とかっていうけど……迷宮生物のパートナーも同じなのかな、やっぱり」


「え、今更?」


「あの面倒くささは確実にお前譲りだろうが」



思わず零れた独り言だったが、稲生にも鬼龍院にも呆れられた。解せぬ。


そう思いつつも、僕は少しだけ歩調を早めてシャチホコの近くまで行く。



「シャチホコ」


「…………」



無視。今まで呼んだらすぐに反応してくれたのに……



「さっきの戦いについては、お互いに反省するところはあるし……そもそもお前がやったことって僕も前にやったことでもあるから、そのことについて怒るつもりはないよ」



主にラプトルリザードとかに。


……いやぁ、本当に今更ながらよく生きてるな、僕。



「お前なりに、強くなろうとしてるんだろ」


「……きゅ」


「でも、僕のことすぐ近くで見てきたなら、今のやり方が当てはまらないのは、お前が一番わかってるだろ」


「……………………」


「……ギンシャリみたいに敵を一撃で倒せるようになりたいならドワーフラビットになればいい。


ワサビみたいに、あの二匹を完全に翻弄できる機動力が欲しければエルフラビットになればいい。


けど、お前はそのどっちとも違うやり方を目指したいんだろ」


「……きゅう」


「………………シャチホコ、お前に言っておくことがある」


「き、きゅう……?」



僕は先頭を行くシャチホコを抱っこして、無理矢理正面を向かせた。


足を止め、真正面からシャチホコを見て……



「お前ちょっとマジでざけんなよ!」


「きゅ」

「「え」」

「「きゅ!?」」



シャチホコの眼が点になに、稲生と鬼龍院が絶句し、ヴァイスとシュバルツが驚いた。ごめん。



「お前、僕が今までどんだけ色んな奴に負けてると思ってんだ!?


そうでなくても日常的に僕、お前らに訓練で負けまくってんのに、子兎二匹にスキル先に覚えられたからって何勝手に拗ねてんだ!!


さっき完全に勝ってたのに何をお前は拗ねてんだよ、ふざけんなこらぁ!!」


「き、きゅきゅぅ……」


「さっき怒ってないって言ったじゃない……」


「さっきの戦いについてはね! でもね、こいつが拗ねてることについては僕はこれっぽっちも納得できない!!」



稲生の言葉にハッキリと反論しつつ、僕はシャチホコを至近距離で睨みつける。



「お前、英里佳と一緒に融合して、あのドラゴンの首消し飛ばしたんだぞ!!


世界で初めて、あの無敵のドラゴンの首を、けし飛ばして……そもそも、あのドラゴンに初めてまともに痛いって言わせたのは、お前だろうが!!


アドバンスカードの力はあっても、お前自身の中にあった力だぞ! 僕みたいに借り物とかじゃなくて、完全に、お前だけの、お前の力でだぞ!!


それなのに何を今さらもっと強くなりたいとか勝手に拗ねるとかマジでふざけんなこんチクショウ!!


僕だってな、僕だってなぁ! もっとカッコいい必殺技とか、ラプトルリザードとか瞬殺するくらいの実力見せて『え、僕なんかやっちゃいました?』的な、そういう無双とかしたかったさ! でもできなかったんだよ悲しいことになぁ!!」


「聞くに堪えないな……」



うるせぇ鬼龍院!!



「でも、お前できるだろ、時間はかかるかもしれないけど、できるだろ!


ラプトルリザードとかもう舐めプで勝てんじゃん!!


物理無効攻撃で大抵の奴は普通に倒せるじゃん!


さっきのラップバットは相性悪くても、ヒット&アウェイで完封できたじゃん!!


それだけのこと今までお前努力して、僕やみんなと一緒に頑張って強くなったのに、今更それ全部捨てて、一人で戦えるようになりたいとかマジでふざけんなよシャチホコぉ!!!!」


「……………きゅう」


「強くなりたいのはお前だけじゃない! だからみんなで一緒に強くなろうとしてきたんだろ!」



英里佳も詩織さんも紗々芽さんも、戒斗だって、この数カ月で強くなった。


みんな才能があったけど、それに見合う努力をしてきたんだって僕は知ってるし、それに置いていかれないように、僕だって必死に食らいついてきた自負がある。


そして、だからこそ僕は今もこうしてここにいられるんだと思う。



「自分一人で戦ってきたとか思いあがるな、わかったか!


というわけで、よし、次からいつも通りな。いいな!」


「き、きゅう」



シャチホコがちゃんと頷いたのを確認し、僕はシャチホコを下す。


シャチホコは呆然と僕を見上げていたが、僕は気にせず前へと歩を進める。



「一人じゃ強くなれないのは、僕も一緒だ。


だから、力を貸せ、シャチホコ」



返事はない。だけど、シャチホコが僕の後ろから歩いて、追いかけているのが見なくてもわかった。



「僕もお前に力を貸すから。


そうしてれば、僕らは勝手に強くなる。


そうだろ、シャチホコ」


「――きゅきゅきゅう!」



いつの間にか、シャチホコが僕の隣に来て、そして追い抜いて先へ進む。


よし、いつも通りだ。



「なんだかんだで、あんたも立派なご主人様なのね」



稲生からそう言われてちょっと照れる。


まぁ、自分の本心ぶちまけただけだと言われればそれまでなんだけどさ。



「今のが立派とは評しがたいが……まぁ、少しはマシだと認めてやる」


「鬼龍院、お前どんだけ上から目線続ける気だこら」


「少なくともこの迷宮を脱するまではテメェは俺の部下だろうがぁあん?」


「誰が部下だチビ」


「テメェの尻拭いでここにいんだぞザコ」


「「………………」」


「無言で武器構えるんじゃないわよ!?」



そんなやり取りをしつつ、通路を進んでいくと開けた空間に出た。



「――SHURRRRRR」



そこで待ち構えていた三匹の迷宮生物が面を上げてこちらを見てきた。



「う……」



稲生があからさまに顔をしかめた。


テイマーの癖に動物怖いのか……まぁ、僕もああいうのは苦手だけどさ。



「ちっ」



そしてその姿を完全に確認する前に、急に鬼龍院が照明となっていた魔法を解除した。



「なっ」

「え、何、暗い!?」



急に真っ暗になり、僕は驚いたが、同時にすぐに稲生が僕に抱き着いてきた。


……ああ、けっこうあるんですね。何がとは言いませんけど。



「おい、鬼龍院、急にどうして明かりを消すんだ!?」



相手は三匹、蛇っぽい迷宮生物であるということ以外は何もわからなかった。



「阿呆、今のは初見殺しで有名な“バジリスク”だ。あのままあいつらがこっちを視線で捉えたら魔眼の影響を受けて死んでたぞ」


「え……」



バジリスク


その存在については僕も良く知っている。


神話に出てくる蛇と同じ名前で、その視線で対象を石化し、丸のみにするとか。


魔力耐性が高かったり、急いで専用の解毒剤を使えば助かるらしいが……完全に石化してしまえばそのまま死んでしまうという恐ろしい敵だ。


スケープゴートバッチが破壊される要因の中でも常に上位に入ってくる厄介な存在であるが……



「待て、バジリスクって確か三十層――砂漠エリアで出てくる象を丸のみできるくらいデカい蛇のはずだろ、さっきのは明らかに小さいし、なんでこんなところにいる?」



もしかしたら鬼龍院の見間違いではないか、と思ったが……



「バジリスクの模様は砂と同化するために黄色よりの灰と黒の斑で地味だが、鱗の形状自体が鈎爪のように特徴的で顔の周りは横に広がる皮膜があった。


サイズは知らんが、この特徴のある蛇はバジリスクだけだ。


文句があるならもう一回照らしてやるからお前確認してこい」


「うっ……」



実際に見てこいと言われると、ちょっと反応に困る。



「……多分、石化の能力はあるわ」


「知っているのか、稲生?」



僕に抱き着いたままの稲生だったが、徐々に離れていく。


姿は見えないが、すぐ近くにいることだけはわかる。



「バジリスクはテイムが原則禁止されている迷宮生物の一種よ。


その最大の理由は、バジリスクの魔眼は制御できないから。


大人しい気性の蛇と掛け合わせて生まれた赤ン坊の蛇でも石化の能力を使い、飼育してた学生の指が石化が進行し、最終的に右腕を切断したって話がある」


「……つまり、今見た三匹って……」


「ええ……他の蛇と掛け合わせたか、遺伝子操作して作られたバジリスク……かしら」



そりゃ、そうか。


ここは迷宮ではあるが、僕たちをここに送りこんだのは犯罪組織の一員だ。


人の手が加えられた迷宮生物がいても不思議ではない。



「さしずめ、マスプロバジリスク、か」


「……マス、え、なに?」


「量産型を示す[mass production]を縮めた和製英語だ、そこに食いつくな阿呆」


「普通に量産型バジリスクでいいじゃん……


で、どうやって倒す? この暗闇の中で魔法使えるのか?」


「お前が捕まえてギャンギャン騒いで位置を教えろ」


「おい、石化の魔眼が危ないんじゃなかったか?」


「この暗闇なら向こうは見えないだろ。さっさと行け」


「この野郎……!」


「歌丸、蛇はピット器官っていう熱で獲物を見つけられる能力を持っているから気を付けてね」


「マジかよ」



こっちは何も見えないのに、あの蛇にはこっちの位置がバレバレって振り過ぎるだろ……



「あと、本来のバジリスクより小型でも、あのサイズなら普通に人間も捕食しに来る可能性があるから、捕まったらダメよ。


シャチホコも、一口で丸のみされるから絶対に捕まっちゃ駄目よ、本当に、気を付けて」


「きゅっ」



シャチホコまでも絶句したのがわかる。


……とはいえ、この場でまともに対応できるのは僕とシャチホコだけなのも事実。


エコーロケーションでシャチホコも相手の位置がわかるし、シャチホコと五感を共有できる僕もこの空間を把握できるはずだ。



「……ふぅ……よし、シャチホコ、勝つぞ」


「……きゅう!」



僕は魔剣・鬼形を抜き、シャチホコも戦意を見せる。


そして一歩、二歩と前へと出る。



「「「SHURRRRR」」」



僕とシャチホコが前に出るのを待っていたかのように、今まで沈黙してこちらを見ていたであろう三匹の量産型――マスプロバジリスクが動き出した。

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