第299話 銃音寛治は燃え尽きた。②



その男の姿を、日暮戒斗はとても見ていられなかった。


今のあの男――銃音寛治は目的を見失った人間そのものだ。


かつての自分も、英雄を目指して、挫折した。


今の銃音寛治を見ていると、当時の自分を思い出す。



「ざけんなよ」


「か、戒斗?」



だからこそ、猛烈に苛立つ。


自分の口から出た低い声に、歌丸連理が戸惑っているが、そんなこと知ったことかと歩み寄り、ベンチに座る銃音の病衣の胸倉を掴む。



「今まで散々偉ぶって、俺らのこと見下しまくってきたくせに、なんなんだよそのふぬけっぷりは」


「――お前に何がわかる」


「わかんねぇよ。わかりたくもねぇ。


成功したんだろ、仇取れたんだろ。だったらへらへら笑ってろ」


「――離せ」


「相手がドラゴン並の存在?


は? だからなんだよ。それでお前その態度か?」


「離せと言ってるだろ」


「俺たちみたいに、ドラゴンに歯向かう意気もない。


だからもう無理だと諦めた。


だったら素直に喜んでろよ。


どうせお前は、初めから人間がドラゴンに勝てるなんて思ってないんだろ。


だから俺たちのこと見下して、馬鹿なことしてるんだって思って自分は正しいとか悦に浸って」「戒斗」



早口になる戒斗の肩に手を置く連理。



「やめよう、相手は病人だ」


「何が病人ッスか。無駄に高い薬使ってもう元気ピンピン――ふがっ!」

「戒斗!?」



顔面を殴られて吹っ飛ぶ戒斗



「頭が悪いテメェらに、分かりやすく説明してやるよ」



乱れた病衣の胸元を直しながら立ち上がる銃音は、戒斗を殴った右腕を軽く振る。



「奴は言った。相応の素材を用意する、と。


つまり、現状でこの学園内にあいつらが理想とする器――人間は存在しないってことだ」


「この、野郎!!」

「ちょ、戒斗、落ち着いてって!」



連理の制止も聞かずに殴りかかる戒斗だったが、銃音は戒斗のその拳を用意に避け、そのまま喋り続ける。



「つまり、外部から新しく入ってくる人間が奴らの用意した素材となる」


「外部から…………それって、西の転校生の中に……千早妃が危ないってことじゃ……!」



ハッと息を呑む連理だったが、そんな連理のことを鼻で笑う銃音。



「そいつらはディー風に言えば、西のドラゴンに汚染されている。つまりは器として不適正ってことだ」


「ぐ、が!?」



喋りつつ、的確に戒斗を拳で殴り返す銃音寛治。


その様子に、目の前の男はステータスこそ自分たちと大差はないが、戦闘技術の一点においては自分たちを遥かに上回っているのだと連理も戒斗も理解した。



「となれば……汚染されていない人間が大量に学園に入ってくる時なんざ……来年の入学式しかないだろ」


「来年……あ」



そして、そこまで聞いてようやく連理はおおよそを察した。



「あんたは……もう三年生だから……」


「ああ、そうだよ。


卒業したからって、絶対にこの島から出なきゃいけないってわけじゃねぇけど……それと同時に俺は学生証の恩恵も失う。


生徒会の権力だって使えない。


ただの人間になる。


そんな俺が、いったいどうやってドラゴン並の存在を捕まえようって言うんだよ。


考えるだけで馬鹿馬鹿しい――よなぁ!!」


「ぐぁ!?」



やり場のない怒りを込めたアッパーカットが、戒斗の顎にクリーンヒットする。


戒斗の足が地面から数センチ離れ、受け身もとれないまま倒れる。



「か、戒斗!?」


「この程度でステータス持ちが死ぬか。


はぁ……たくっ……射撃以外は並程度だな、テメェ」



そう言って、再びベンチの方に戻って座り直そうとした銃音だったが――



「――馬鹿は、テメェだろうがぁ!!!!」



起き上がった戒斗が、そのまま体当たりをぶちかまし、あろうことかベンチを巻き込んで破壊してしまう。



「えぇ!?」



あまりにも普段の戒斗らしくない行動に唖然とする連理


そんなことお構いなしと、戒斗は倒れた銃音のマウントを取って拳を振り下ろす。



「さっきから偉そうに、テメェはあーだこーだと理由こねくり回して、諦めるって結果に正当性持たせてるだけだろうが!


だったらさっさと受け入れて笑ってりゃいいのに、そんな自分は辛いですって態度腹立つんだよ!!


諦めてんなら諦めたでクヨクヨしてねぇで、これからのこと考えてりゃいいんだよ!!


なのにお前、今も過去のことうじうじ考えて、見てるだけで虫唾が走るんだよそういうの!!」



握りしめた拳を何度も何度も銃音の顔に叩き込む戒斗


流石にまずいから止めようとか思った連理だったが……



「ぎゅう」


「え、ギンシャリ?」



何故か、連理の足元にいたギンシャリが病衣の裾を引っ張って止める。



「ぎゅぎゅう」

『今は小僧共の好きにさせときな』



久々にまともに兎語スキルを発動させての発言である。


いや、お前の方が普通に年下なんじゃね、と内心思った連理だったが、ひとまず様子を見守ることにした。



「お前、は、さっきから、何が言いたんだよ!


要点ハッキリさせろよ馬鹿が!!」



戒斗の拳を受け止め、叫ぶ銃音



「だ、か、らぁ!!」

「っ!!」



構うものかとそのまま頭突きをお見舞いし、至近距離で戒斗は叫ぶ。



「自分に嘘言い聞かせる理由に、連理を――俺の仲間を使うんじゃねぇ!!」


「ん、なこと、してねぇだろう!!」



今度は銃音が頭突きを返したが、即座に戒斗も頭突きをし返した。



「してんだよ、お前の態度が、言葉が、行動が!


そういうの本当にやめろよ!! あいつ真に受けて、本当に危ないことしちまうんだぞ!!」


「拡大解釈しすぎだろ、被害妄想も大概にしろ!!」


「だったら、へらへら大人しく笑ってろ、それで全部解決するんだよ!


お前の先輩とやらをぶっ殺した原因の人間はこれで捕まったんだろ、おい!!」



瞬間、月明りしかない位病院の屋上でもわかるほどに、銃音の顔は真っ赤になった。



「――納得、できるわけねぇだろうが!!!!」



力任せに、マウントを取っていた戒斗を投げ飛ばす銃音。



「今この瞬間も、元凶は当然のようにのうのうと生きてるなんざ、どうしてそれで笑えって言える!!」



そして、先ほどまでとは構図が真逆に、今度は戒斗に乗りかかって殴り始める。



「何人死んだ、何人泣いた、何人傷ついた!!


お前はそれをどれだけ知ってる! どれだけ見てきた!


わからないだろ、ああ、わからないに決まっている!!


お気楽に迷宮攻略なんざ楽しんでる、テメェら北学区の狂人共に、俺たち被害者の気持ちが、助けられなかった俺たちのことなんざ、知ったこっちゃないんだろう!!」


「ぁ――ったりめぇだろそんなもん!!!!」



何度も殴られるところをお構いなしと戒斗が吠え、タイミングを合わせて拳に頭突きを当てた。


妙な音がした上に、その指が変に曲がっているような気がして連理は顔を青くする。


銃音が指の痛みからよろけた所を戒斗は腹部を蹴っ飛ばして距離を取り、再び立ち上がって殴り掛かる。



「俺たちは必死なんだよ!


榎並さんや詩織さん、苅澤さんたちの力借りたって、絶対に死なないって保証がない危険の中で生きてんだ!!


自分のことで精一杯で、それでも必死に、毎日後悔しないように生きてんだ!!


それをお前らにあーだこーだ言われる筋合いはねぇ!!!!」



よろけた銃音に、戒斗の拳が何度も叩きこまれる。


しかし、それが却って銃音の怒りを燃え上がらせ、痛みなど忘れさせて指が折れ曲がったまま拳を握り殴り掛かる。



「歌丸もお前も、そうやって目の前の現実から目を背けて、逃げてんじゃねぇ!!」


「そうやって、誰かのせいにして逃げてんのはお前だろうがぁ!!」



銃音は頭に血が上っているのか、もう避けようとすらしない。


それどころかそんな時間があるのならば一発でも多く戒斗に拳を叩きつけることに注力する。


戒斗も同じく、ただひたすらに拳を振るい、そして下手な攻撃が当たらないと判断したのかカウンターを狙って攻撃を当て続ける。


銃撃で鍛えた動体視力が可能にする高等技術を、稚拙な殴り合いに惜しげもなく発揮する。


互いに鼻血は出しているし、頭は切るは頬を切ってるし拳から血は滲む。


それでもお互いに拳を振るうのを止めない。



「それだけの力があるから言えるんだろ!!


俺にはもうそれすら無くなる! 偉そうに語るんじゃねぇよ!!」


「何にもしないで、分かり切ったつもりになってんじゃねぇよ!!


こっちはそんな未来もんクソ喰らえだ!!


そんなの全部覆すために、俺たちは先を目指してんだよ!!」



戒斗のその叫びに、連理は無意識に自分の胸の前で拳を握っていた。


――このまま何もせずに卒業すれば、歌丸連理は死ぬ。


それを防ぐためには、迷宮の深層で手に入るという霊薬エリクシルが絶対に必要だ。


今のチーム天守閣はその目的を公表こそしてないが、ドラゴンを倒すのと同じくらい――いや、少なくとも戒斗はそれ以上に重視していた。



「生きて、笑って、楽しく卒業して、あんなことあったなって、いつか酒飲みながら昔話するって、その未来を掴むために、俺たちは戦ってんだ!


足引っ張んじゃねぇよ!!」


「――ざっけんなぁ!!!!」



しかし、そんな事情を知らない……いや、知っていたとしても銃音寛治という個人にとっては心底どうでもよかった。


今の彼には、他人の幸せなど考えていられるほどの余裕は皆無なのだから。



「正直言えよ!


結局テメェは、俺たちを妬んでるだけなんだろうが!!」


「――それの、何が悪い!


今の俺に、それ以外の何ができるって言うんだ!!」



お互いにただただ罵倒しながら振るわれる拳の中で、戒斗はそれでも叫ぶ。



「だったら、諦めたフリなんざ――止めちまえ!」


「だから、力が無ぇって言ってんだろ」


「だ、か、らぁああああああああああああ!!!!」



殴り掛かってきた銃音の拳を、戒斗は受け止め、大きく体をのけぞらせる。



「――素直に、頭一つ、下げてみろ、やぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」





そして翌日……



「馬鹿なの?」

真顔の紗々芽さん


「馬鹿ね」

呆れた詩織さん


「馬鹿確定」

冷たい眼差しの英里佳


「歌丸以上ね」

何故か一緒にいる稲生……この女ぁ!



「正直、僕も一切擁護できない」


「ぐぅ……」



入院中の僕の護衛だったはずなのに、ベットで包帯グルグル巻きで寝ている戒斗を、僕は制服姿で見ていた。


ちなみに、昨日の怪我については罰としてある程度の治療に留めて一日入院し、翌日完治させて退院となる。


最後の渾身のヘッドバットで、銃音寛治とダブルノックアウトした戒斗。


威力を物語るように、病院の屋上のタイルまで割れていた。


流石にまずいと思って非常用に持っていた回復薬を二人に使い(すでに半額の請求は西学区へ送っている)、すぐに当直の看護師さんに連絡


二人は揃って怪我を治療してベッドに寝かしつけ、僕も休むように言われたので一晩明け、この現状。


病院側からみんなに連絡が行ったようだ。



「まぁ、でも……戒斗は僕のために怒ってくれたわけだからさ、あんまり責めないで上げて欲しいんだ」



一応事情はすでに僕から説明したので、みんなもそれ以上は戒斗に小言を言うつもりはないらしい。



「事情は理解したわ。


……でも、やっぱりらしくないわね、こんなになるまで感情的になるとか。


もともと私もあの人のことは得意ではないけど、戒斗……何があなたの忌諱に触れたっていうの?」


「それは、僕も気になってた。やっぱりあれは戒斗らしくないよ」



詩織さんと僕の問いに、戒斗は明らかに視線を逸らそうとするが……



「“ちゃんとこっち見なさい”」


「ぐぅ……!」



特性共有ジョイントの効果で紗々芽さんの義吾捨駒無奴ギアスコマンドが働いて戒斗の視線がこちらに向けられる。



「私に説明させられるのと、自分で説明するの、どっちがいい?」


「いや、あの」


「ここまで騒ぎを起こして黙秘が許されるなんて思ってないよね?」


「…………単なる、同族嫌悪ッスよ」



観念したように、戒斗はそう漏らす。


だが、その言葉の意味が分からずに僕たちは一様に首を傾げる。


……昨日の銃音寛治のあの姿は、どうにも普段の戒斗と重なる点が見いだせない。


普段はおちゃらけて見えて、その実は凄く気遣いが出来て努力家な戒斗が、あの、傍若無人な唯我独尊から鼻っ柱を折られた銃音寛治とどこが同族だというのだろうか?



「……あの時のあいつ、連理たちと会う前の……学園に来る前の自分を見ているみたいで苛立ったんスよ」


「僕たちと出会う前…………」


「私たちと」

「出会う」

「前…………?」



英里佳は本気で忘れているのか首を傾げているが……でも、僕たちが知る戒斗の第一印象って……



―――――おーおー、貧弱ヒモ野郎君は随分いいご身分ッスね~


―――――いやはや、本当に羨ましいッスよ。


―――――何にもできないザコのくせに女の子にあれこれやってもらってお前恥ずかしくねぇんッスか?



「見事な三下だったわね」

「そうだね、三下だね」



いきなり絡んできた戒斗の印象ってまさにそれだったな。


よくあれからこうなったものだと思うのだが…………



「あれの前が…………あれ?」


「そんな目で俺を見んなッス」



昨日の銃音寛治を見ていない他の面々は首を傾げているが、僕としてはさらに首を傾げたい気分。



「あれからどうやってああなるの?」


「……まぁ、色々とうじうじ考えてたけど、それに疲れてはっちゃけたというか……」


「はっちゃけた結果がアレで今に至ると」


「しつけぇ……!」



怒ってしまったのか、はたまた恥ずかしいのか戒斗は毛布を頭まで被って寝てしまった。


もうこれ以上語る気がないというつもりなのだろう。



「で、稲生はなんでここに? 怪我とかは大丈夫なのか?」


「私もあんたと同じで、今日退院よ。


迷宮出る前にすでに怪我直ってたし……それに、ほら」



紗々芽さんに預けていたはずのアドバンスカードを何故か稲生が手に持って操作すると、そこから二匹の子兎が飛び出してきた。



『ぱぱ』

『ぱーぱ』


「おぉう」



ヴァイスとシュバルツが僕の方にやってきて体を摺り寄せてくる。


昨日一日稲生のところに預けて会ってなかったからか?



「この子たちのこともちょっと相談したかったし」


「あー……確かに、シャチホコたちと違って稲生にも懐いてるもんな、こいつら」



足元にいる二匹を抱き上げながら考える。学区が違う僕たちは、そこまで頻繁に会えるというわけではない。


稲生への懐きっぷりを考慮すると、場合によっては定期的に会わせてあげないと泣きまくる気がする。というか泣く。絶対に泣く。



「……別にシャチホコちゃんたちに嫌われてるわけじゃないわよ」


「そういう意味じゃねぇよ」



などと軽口を叩きながら今後どうしようかと思っていると、病室のドアが叩かれた。



「――邪魔するぞ」



入ってきた人物に僕が反応するより早く英里佳と詩織さんが僕を守るように前に出て、戒斗も毛布から顔を出す。


そこにいたのは、戒斗と同じくらいの怪我をして包帯姿となっている銃音寛治がいたのだった。

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