第300話 【閑話】 内助の功ってこういうこと?
■
日暮戒斗と銃音寛治が病院の屋上で大喧嘩したその日のお昼まで時間を戻す。
『まーま』
『ままー』
「はいはい、病院の中だからあんまり騒いだら駄目だからねー」
検査入院中の稲生薺は、自分を「母」と呼んで甘えてくる二匹の子兎を抱っこしながら和んでいた。
本来ならば歌丸連理のパートナーのこの二匹だが、ナズナにも物凄く懐いているということで預かっているのだ。
というより、下手に引き離すと泣き出してしまう。
実は二匹とも、どちらかと言うと歌丸よりナズナに懐いているのである。そして地味に歌丸はそれを気にしているのであった。
―――コンコンコンコンッ
不意にノックの音がして扉の方を見た。
この病室はナズナの個室のため、自分に用があるのだろうなと予測できる。
「ちょっと降りててね」
子兎たちを膝の方に置くと、素早くナズナの背後に隠れてしまう。
「どうぞ」
「こんにちは、お加減は如何ですか?」
病院に入ってきたのは、見知った面々だった。
検査入院中の歌丸の護衛を日暮戒斗に任せたチーム天守閣の女子面々+人化したシャチホコという大所帯である。
『『ねーね』』
「きゅ!?」
そしてその姿を確認した瞬間、子兎二匹がシャチホコに飛び掛かり、咄嗟のことだったのでシャチホコは硬直してしまい、体勢を崩す。
「シャチホコ、大丈夫?」
「う、うん」
それを咄嗟に英里佳が受け止めてあげる。
今のシャチホコの容姿は英里佳を元にしているので、姉妹といわれたら納得してしまう。
なんとも和やかな光景であるが……
「「きしゃーーーーーーーーーーー!!」」
子兎二匹にとっては、ベルセルクとして狼の力を持つ英里佳は天敵以上に怖い存在なので、前歯を剥きだしにして警戒する。
ただ、逃げるのではなくてあくまでも姉と認識しているシャチホコを守ろうとして威嚇しているあたりは本当に心優しいのである。
「ぇ……」
――そしてその優しさが英里佳の心を傷つける!
「こ、こら、やめなさい!
その人は連理の大事な人なんだからそんな態度とっちゃだめでしょ!」
『ぱぱのー?』
『たいせつ?』
「「「ぱぱ?」」」
二匹の子兎の声らしきものがスキル無しで聞こえることにも驚きであったが、それ以上にその言動に英里佳、詩織、紗々芽の三人は耳を疑う。
この二匹をテイムし、さらには融合まで果たしたのは知っていたが、まさかそんな呼ばれ方をされているなどとは初耳だったのだ。
『まーま、たいせつってなにー』
『なーに、ままー?』
「「「まま?」」」
「あ、いや、ち、ちがくて……!」
そしてさらに続く二匹の言葉に、女子三人の視線がナズナに向けられた。
背筋に嫌な悪寒を感じつつ、事情を説明しなければと思ったが……
「はぁ……思った通りだ」
紗々芽は頭痛でもしているかのように額を抑えながらそんなことを呟いた。
「やっぱり歌丸くん、一緒に迷宮で行動したら、女子も攻略するシークレットスキル持ってると思う」
「待って、それどういう意味? というか攻略とか――」
『まま、ぱぱとなかよしだもん!』
『ぱぱとぎゅーってしてたもん!』
「――されてませんけど!!」
食い気味に否定するが、ばっちり聞こえてたので意味が無い。
そして、そんなことを子兎たちからバリバリに対抗意識を燃やされている英里佳はさらに傷つく。
「ぅう……」
ドラゴン相手でも怯まないのに、子兎の言葉に心を抉られる英里佳! 不思議!
「まぁ、ナズナさんの照れ隠しは置いておくとして」「照れてませんけど!」
ナズナの発言をスルーして、いつの間にか呼び出されたドライアドのララと一緒にパイプ椅子を用意し、全員で座る。
全員が向かい合うように円陣形式となるが、結果的にベッドを囲まれる形に座られて居心地の悪いナズナ
ちなみにシャチホコはヴァイスとシュバルツを両肩に乗せた状態で、ナズナの隣に座る。
そうでないと二匹が英里佳に前歯剥き出しで警戒するので仕方がない。
英里佳は入室時と比べてかなり落ち込んでいるが、仕方がない。
「もう、一体なんの用なの?」
「私も流石に今日は遠慮するつもりだったんだけど、紗々芽がね……」
チーム天守閣のリーダーである三上詩織に聞いたら、彼女も状況を分かっていないようで困ったように視線を紗々芽に向けた。
榎並英里佳も同様に、紗々芽の方を見ていた。
どうやらこの場に来るように発案したのは彼女だと理解したナズナは少々身構える。
「別に取って食おうなんてしませんから肩の力を抜いてください。
以前、貴方との協力関係のお話したのは覚えていますか?」
「え……ああ、覚えてるわよ。ドラゴンスケルトン倒した後の打ち上げの時よね。
忙しくなるから夏休み以降に詰めていくってことになったわよね」
「その通りですけど、状況が変わりました。
……理由は、聞かなくてもわかりますよね?」
「……まぁ、そうね」
自分のすぐ近くにいる人化したシャチホコと、その両肩に乗っているヴァイスとシュバルツ
その存在は、自分とは無関係だとは言えないことくらい、ナズナはよく理解していた。
「その子たちとの融合の影響は?」
「今のところはなんとも……ただ、英里佳と違って私の場合は二匹同時だったから要経過観察かしらね……お姉ちゃんは忙しくて来なかったけど、できればもう使わないで欲しいって凄い念押しのメールが来てたし」
「もう使う気はない……と受け取っても?」
「それは……」
言葉の途中で言い淀むナズナ
そしてそのリアクションを見て、何故か紗々芽はにっこりと笑う。
「歌丸くんが危なくなったら、使うかもしれない……そう考えてるんですね稲生さんは」
「……何が言いたいのよ?」
「正式に、チーム天守閣に入る気はありませんか?」
「……はぁ?」
意味が分からないという表情をするナズナ。
一方で詩織も英里佳も、紗々芽の発言の意味がわからずに困惑する。
「ちょっと紗々芽、何言ってるのよ。
稲生さんは南学区の生徒会所属なのよ」
「確かにそうだけど、別学区だからって別の学区のチームにギルド……ううん、この場合はチームかな……とにかく、参加しちゃいけないって決まりはないよ」
「確かにそうだけど……」
生徒会所属に当たり、ナズナは規約関係については一通り勉強しており、紗々芽の言う通り、別に自分がチーム天守閣に所属することは問題はない。
実際に現状でも、チーム竜胆には定期的に協力しているのだから、南学区生徒会という立場上はほぼ問題はないはずだ。
「チーム竜胆の方々のことを気にしていますか?」
「……元々私が……いいえ、ユキムラがチーム竜胆に所属しているのは、貴方たちチーム天守閣一強にさせないというパフォーマンスの意味合いも含まれているわ。
下手に戦力を一点に集中させると、一般生徒からの要らない不興を買う羽目になりかねないもの」
ナズナの発言に詩織も理解を示す。
「まぁ、そうよね。
私たちだって、直接的に何かされてるわけじゃないけど陰口とか掲示板で誹謗中傷されてるわけだし……」
歌丸連理は、入学当初はあまりにも劣等生としての面を見せすぎた。
入学当初に他の学区にいた生徒は賞賛してくれる者が多い一方、逆に北学区にいた生徒には受けが悪い。
能力だけのザコ、運がいいだけ、女たらし、寄生虫野郎など……そう言った心無い悪意が向けられているのだ。
目立ちすぎたチーム天守閣に対して、その叩きだした実績を前に現状表立って危害を加えるという者はいないが……ここから更にチーム天守閣にのみ力が集中すれば、確実に不満を持つ者が出てくる。
相田和也というドラゴンによって唆されたとはいえ実例もある以上、無視はできない。
そういった不満を紛らわせるためにも、チーム天守閣のみが賞賛されすぎるという状況は払拭させたい。今のチーム竜胆には、そう言った緩衝材となる役割もあるのだ。
「そんな有象無象を脅威として認識する段階は、とっくに超えていると私は思いますけどね」
しかし、紗々芽は構わずばっさり切り捨てる。
「そもそも歌丸くんが妬まれるなんて今に始まったことじゃない。
自分で言うのもなんだけど……私たちって三人とも容姿端麗だから、男子からは凄く顰蹙買ってるよ、歌丸くん。
他にも自称正妻の人も来るし」
自称正妻こと、神吉千早妃のことを思い出したのか、物凄く嫌そうな顔をする英里佳である。
彼女もまたかなりの美少女であり、そんな相手から好意を寄せられていることが全国的に公表されている歌丸連理のことを羨ましい、妬ましいと思っている男子はかなり多いのは否定できない。
「何より、歌丸くんを特別扱いすることを推奨しているのはあのドラゴンである以上、私たちが気を回したところで無駄。
そんなこと気にしてる間に、ドラゴンが隙間を縫って歌丸くんを害する。
体面がどうでもいい、とは流石に言わないけど……私たちの優先順位を考えればそんなどうでもいい人たちの意見に耳を貸してる暇はないの。
稲生さん、あなたはどうなの?」
「それは…………少なくとも、私は……顔も知らない相手と知り合いだったら、知り合いを優先する」
「でしたら」「でも、私にだって立場って言うのがあるのよ」
紗々芽の発言を遮り、しっかりとした意志を持って答える。
「私は来年には生徒会でも重要なポストを担う。
私がそんな付きっ切りでチーム天守閣にいられないわ」
「そうですよね」
「でももだけども無い…………え?」
てっきり食い下がられると思っていたのにあっさりと受け入れられて困惑するナズナに、紗々芽は変わらぬ微笑みで提案する。
「では、今後は歌丸くんが積極的に南学区の研究に協力するという名目で、そのための協力者として一緒に行動する、というのはどうですか?」
「え、協力って……」
「今、どこぞのバk――天藤会長が秘匿していたミィス種という迷宮生物の存在がいることもわかっています。
そう言った存在は、迷宮の50階層以降にいる可能性が高い以上、南学区としても見過ごせませんよね」
「それは……確かにそうね」
榎並英里佳が体育祭の前日に北学区生徒会の天藤紅羽から聞いたミィス種の存在は、歌丸連理に次ぐ人類にとっての希望。
まして、人類に味方するために作られた種族となれば、迷宮生物との共存を掲げる南学区としては絶対に放置できない存在でもある。
ミィス種が天藤紅羽のソラのように強力な力を秘めた個体ならば、テイムし、遺伝子を解析してユキムラのような強い人工迷宮生物を作り出せるかもしれないという考えの持ち主だって少なくはない。
「ミィス種のテイムには、歌丸くんのスキルがとても役立つはずです。
自然と生徒会に顔出しする機会は減るので、生徒会長は無理でしょうけど……重大な任務となれば生徒会が直々に人員を派遣するのは当然のことでは?
現に、昨日だって歌丸くんはエンペラビットの集落との協力だって取り付けられ、新事実だって掴んだ。
南学区だけで研究していたら、何年先になるかもわからないことばかりです」
「それは……否定はしないけど、先輩たちがサボってるみたいな言い方は気に入らないわ」
「そう言った意図はありませんけど、不快だったら謝罪します。
ただ私が言いたいのは……ナズナさん、あなたが私たちと一緒にいる理由と根拠は十分すぎるほどにあるということです」
「っ」
「生徒会の仕事のことだって、そこまで気にしなくても良いはずですよ。現に、北学区では論外の会長の他に、湊雲母先輩は生徒会の事務作業にあまり顔をだしていません」
「…………それも、歌丸を守るため?」
「はい。歌丸くんを守るためには、一人でも多く信頼できる人の協力が必要なんです。
生徒会の人たちが信じられない、とは言いませんけど……いざという時に歌丸くんを第一にしてくれるかとなればそこに信は置けないというのが私たちの共通認識です。
主に誰が、とは言いませんけど」
(天藤会長よね、絶対に)
滅茶苦茶の代名詞とすら思えるあの生徒会長と、それを信頼している他の面々が絶対的に歌丸連理を裏切らない存在かと問われれば、難しいところであるとはナズナも理解した。
「貴方は絶対に彼を裏切らない。そう確信したからこそ、私はナズナさんの力を貸して欲しいと心から思ってます」
その言葉を聞いて、ナズナは思う。
ああ、この人は、本気で歌丸連理という少年のことを想っているのだな、と。
「……どうして、私が裏切らないなんて断言できるの?」
「それは簡単なことですよ」
そう言って、何故か紗々芽は胸ポケットからカードを取り出す。
あれは確か、シャチホコたちエンペラビットのアドバンスカードだった。
一応、持ち主が設定すれば、他人でも操作できるようになっているのだが……それを預けられるだけの信頼があるということだろう。
「シャチホコちゃん、ちょっと変身させるね」
「ん」
「え…………え」
隣にいたシャチホコが何やら光を発し、かと思えば、その容姿が変化していた。
兎耳真っ白な髪と赤い瞳は変わってないが……先ほどまで英里佳そっくりだったはずの顔が、今は別人になっている。
……というより、ナズナはなんだか自身の姉である稲生牡丹の昔を連想するような幼い容姿に変化したシャチホコがそこにいた。
否、これは……
「……わた、し?」
昔の自分にそっくりな容姿に変化したシャチホコが、今、自分の隣にいたのだ。
「今のシャチホコちゃん、歌丸くんのことが本気で好きな女の子の姿に変化できるんです。
だからこんな風に……」
続けて紗々芽がアドバンスカードを操作すると、シャチホコの容姿が詩織、紗々芽、そして千早妃という、歌丸に思いを寄せている少女たちを幼くしたような姿に変化する。
「「…………」」
今更ながら、自分の想いを他人と一緒に再認識させられて恥ずかしくなっているのか、英里佳も詩織も顔を若干赤くさせる。
「ちなみに、これが今のシャチホコちゃんの種族名とその詳細ですよ」
・ヴィーナスドウター
――愛の守護者、恋人たちの想いを引き継ぐ者。
――対象:歌丸連理に懸想する異性の容姿、能力を模倣する。
選択可能
・稲生薺
「え……は…………え」
ナズナは目を皿にして、紗々芽から見せられたアドバンスカードに表示されたその記述を黙読する。
そして何度も何度も、繰り返し目線を文章の端から端まで往復させる。
そうやってようやく状況を理解したナズナは……
「」
絶句。まさに絶句。
「ちなみに、歌丸くんはばっちりこの記述を読んでいます」
「」
そして数秒後、おもむろに横になって布団を頭まで深く被り……
『――ぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
―――
―――――
―――――――
数分後、落ち着いたナズナは布団から顔を出す。
「……つまり、私がその……シャチホコちゃんのアドバンスカードに名前が載っていることに気付いて、裏切らないという確信を持った、と」
「うん、そうだよ」
「……あんた、性格悪いって言われるでしょ」
「さぁ、覚えはないかな」
絶対に性格が悪いと、断定するナズナ
これで彼女のこれまでの言動も納得できるし、自分を仲間に引き込みたいという強い意志も理解できた。
だがその一方で、腑に落ちない点がある。
「……というか、私がそこに加わること、あんた達はどう思ってるのよ?」
この発言自体、すでに歌丸に好意があると認めているようなものだが、もはや覆せない事実に一種開き直るナズナ。
彼女個人としては、好きな人には自分だけを見ていて欲しいと思うので……そんなライバルを積極的に増やすような紗々芽の言動は乙女的には納得できないのである。
「心強いと思う」と英里佳
「テイマースキルって迷宮生物の撹乱に役立つのよね」と詩織
「ユキムラくんに期待できます」と紗々芽
「ちっがうわよ! 女の子として、乙女として、恋人として、あたしがそこに混ざるのはどうかって話してんのよ迷宮攻略バカトリオ!!」
やっぱりこの三人北学区だなっと思うのである。
「……まぁ、ナズナちゃんだったら私は良いかなって思う」
「うーん……」
幼いころからの英里佳は基本的に友達が少ない反動からか、友達相手にはかなり寛容というか、甘い英里佳。
連絡先を交換してからは、割と定期的にメールで報告し合っているのでこういうことは予想できた。
「知らない相手に勝手に浮気されるよりはマシだと思ってるし……時代的にこれからはこれがスタンダードになると思うから別にそこまで気にしなくていいと思うわよ」
「未来見据え過ぎでしょ……」
近々日本で一夫多妻制が導入されるらしいが、いくら何でも受け入れ過ぎではないかと思う。
「私の場合、逆に歌丸くんが今みたいにハーレムみたいな状況にならなかったら好きにすらならなかったと思うから別にいいかな」
「「「え」」」
紗々芽の発言に、ナズナだけでなく他の二人も眼が点になる。
「だってほら、私ってそもそも自分であれこれ行動するのってあんまり好きじゃないでしょ」
「ほらとか言われても…………でも、だったら行動力の塊みたいなアイツとは相性良くない?」
「歌丸くんの場合、行動力はあっても実力……というか、問題の解決能力が乏しいというか」
「「「…………」」」
誰も否定できなかった。
確かに今までなんやかんやで問題や障害を突破してきた歌丸だが、個人の実力でそれができたことはほとんどないのである。
「歌丸くん、妙なカリスマっぽい所はあって誰かに手助けされてきたけど、やっぱり個人だと頼りないでしょ。
むしろ私たちがフォローしてあげないといけない人だし。
出来る範囲ならもちろんやるけど……そういうの私正直凄い面倒くさいというか……本来なら関わりたくないなって思うの」
「でも、今は英里佳に詩織ちゃん、そして夏休み明けには神吉千早妃さんも加わるからそういうところは気にしなくて済むし、さらにナズナさんが入ればもう安心できると思うの」
「将来のこと考えると、やっぱり男女一組よりも協力できる人が多い方が安心でしょ。人間ってそういう集団生活する生物だと思うし」
「それに私、もともと歌丸くんとナズナさんって相性凄く良いって思ってて」
「あとあと、私個人としてもやっぱり心強いし」
「それに稲生会長――お姉さんとの意見もそこまで割れないというか、あちらも歌丸くんとの縁を大事に従っていたし」
「みんなが仲良く幸せなら歌丸くんも下手に暴走抑止にもなるし」
ゆっくりとした口調で、淀みなく、しかし途切れることなく続くその言葉に眼が点になっていたナズナだったが、最初に感じた悪寒の正体をようやく察した。
苅澤紗々芽は、自分に嫉妬はしてない――が、一切侮ってもいない。
彼女は、単純に稲生薺という少女を危険視していたのだ。
歌丸連理という少年の想いが、万に一つでも自分たちからナズナに移ろうという未来を見据えて。
そしてその可能性を完全に潰すために、あえて自陣に引き入れ――管理することを選択した。
「だからナズナちゃん」
最初は丁寧な敬語で話していたのに、いつの間にか気安い口調に変わっていることにも今になって気が付く。
自分が今、自分と同い年の少女にその身を管理――支配される立場に置かれてしまったことを今さらながら自覚したのだ。
好きだという気持ちをまさかのシャチホコのアドバンスカードによって暴かれる――その条件は同じはずだったのに、自分だけが見事に醜態をさらしてしまったし、結果的に自分が彼女たちに歌丸連理の傍にいることの許可を仰いだ。
ここから、今更歌丸連理の気持ちを自分のものにしてしまおうなどという、そんな厚顔無恥な振る舞いなど、ナズナの良識からしてできるわけもない。
「これからは一緒に」
さらに恐ろしいのは、自分が今、そういう立場にあると理解して尚、それを脱しようという意識すら湧いてこない事実である。
――稲生薺は歌丸連理が好きだ。
以前それを諦めたのは、彼の周りに目の前の彼女たちの存在があったから。
しかし改めてその気持ちを再認識させられた上で、彼女たちから一緒にいても良いと言われてそれを断れるほどに、稲生薺という少女の歌丸連理への想いは軽くはなかった。
公私ともに罪悪感もなく、むしろ一緒にいることこそが利益になるとつきつけられればなおのことだ。
「歌丸くんを支えていこう、ね?」
「……わかったわよ、もう……」
ズルい。
そう思うのに、嫌いにはなれない。
それは苅澤紗々芽が、あーだこーだと言葉を並べつつも、歌丸連理の傍にいたいという気持ちを隠し切れていないところが、可愛いと思えてしまうからだろう。
(絶対に彼女には逆らわないようにしておこう……)
それはそれとして、物凄く怖いということも再認識したナズナなのであった。
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