第239話 氷刃の決意 その1
試合開始の合図のブザーが響く。
同時に二人の制服は迷宮仕様へと変化する。
詩織は西洋風鎧に制服が変化し、御崎鋼真は戦国武将を連想させるような鎧だ。
(サムライ、ね。
ソルジャーからの変異種、日本人と、日本に由来するものを身に着けてるときに選択が可能になる。
私のナイトと能力的に大差はなかったはず)
最初に動いたのは詩織だった。
先手必勝とでもいうかのように、その手にあるクリアブリザードに魔力を込める。
「ドライブモード」
刀身が冷気に覆われ、白い煙が発生した。
それを見た観客から「おぉ!」と歓声が聞こえてきた。
『先に動いたのは、三上詩織選手!
レイドウェポンである剣から何やら白い煙が噴き出しました!』
(まずは小手調べ!)
まだお互いの距離は遠い状態であるが、詩織は剣を振るう。すると、刀身にまとわりついていた冷気が御崎鋼真に向かって伸びていく。
「はっ」
そんな詩織の牽制を鼻で笑う御崎鋼真は、槍の石突で軽く地面を叩いたかと思うと、白い冷気は御崎鋼真に届かずに消えていく。
『御崎鋼真選手! 三上選手の攻撃をあっさりと弾いたようです!』
(炎じゃない……風?)
相手の武装の性質を予想し、ならばと魔力を意図的に操作する。
そして下段から上段へと剣を振りぬくと、競技場の床を走っていくかのように地面から氷柱が生えて御崎鋼真に向かっていく。
これには御崎鋼真はその場から動いて回避する。
しかし、詩織の放った氷柱は追尾して御崎鋼真に迫る。
『こ、これは凄い! 三上選手の攻撃が、まるで独自の意志を持っているかのように御崎選手を追尾しています!』
「鬱陶しい……!」
御崎鋼真は鬱陶し気に顔をしかめつつも、槍を構えて地面に刃を突き立てる。
迫る氷柱は、御崎鋼真から少し離れた場所で停止し、砕ける。
「……単純な冷気じゃないな。
地面に魔力を伝導させ、そこから氷柱を発生させてる。
魔力操作もできるらしいな。ただの剣士ではないというわけか」
御崎鋼真の口から出たのは賞賛ともとれる言葉だった。
連理たちから聞いていた態度よりはまともなのでは、と詩織は思ったが、その態度はすぐにこちらを小馬鹿にしたもにに変わった。
「見た目は派手だが……それは本来、相手の足元に到達したその瞬間を狙って氷を発生させる方が効果的だ。
試合を盛り上げるための演出なら褒めてやるが、もしかして違うというならそれは未熟さを現れに他ならない。
ルーンナイトの名が泣くぞ」
基本的に、厳しくはあるが温厚な性格の詩織としてもカチンと来た。
しかし、事実詩織はまだクリアブリザードの魔法攻撃を完全に掌握できていない。
今使った技だって、本来は御崎鋼真の言う通りに直前まで氷柱の発生を控えさせた方が効果的だし、魔力的にもロスが少なくて長時間追尾できるというメリットがある。
だが、詩織の魔力操作はまだ付け焼刃程度のものなので、それはまだできない。
いやむしろ、半月も経ってない模擬試合からこのような技を使えるようになっただけでも大したものなのだが、そんなことは御崎鋼真の知ったことではなかった。
「そら、今度はこっちの番だ」
そう言って御崎鋼真は槍を振るう。
当然、その刃は直接詩織に当たることなどないが――
詩織はそれでもその場から即座に横に跳んだ。
「っ――」
その動きに御崎鋼真は訝し気に眉を動かし、即座に槍を振るう。
だが、これも詩織は素早く回避行動をして見せる。
『三上選手、何やらステージ上を動き回っていますが、これは一体――』
『風の刃でしょうね』
『なるほど、つまり目に見えない攻撃を御崎選手が放って…………って、ド、ドラゴン!? どちらの!?』
『あ、どうも東のです。暇なので解説としてお邪魔します』
『そ、そうですか。
ではよろしくお願いいたします』
『はい、お願いします』
(((流すのっ!?)))
何の前触れもなく現れたドラゴンをあっさりと受け入れた実況主に、戦闘に集中してる二人以外の誰もが内心でツッコミを入れたのであった。
『それでは、御崎選手は風の刃を放っているとのことですが、三上選手は一体どうやってそれらを回避しているのでしょうか?
もしかして勘で動いているのでしょうか?』
『いえいえ、彼女はちゃんと見て動いてますよ。
ほら、リングをよく見て下さい』
『え…………あぁっと!
よく見ると、リング全体が白い霧で覆われています!』
実況者の言う通り、二人が戦うリング上にはうっすらと白い霧が発生しており、そしてその中で風らしきものが発生して揺らめいた。
詩織はその霧の動きを見て自分に迫る刃を判断したのだ。
「猪口才な……」
「どっちがよ」
遠距離ではけりが付かない。
ならばどう動くか? 決まっている。
『ここで両者、距離を詰めた!』
お互いに間合いを詰めに動くと、先に動くのは当然、槍を握っている御崎鋼真であったが……
『普通の武器ならば、間合いの長い方が有利とされますが――ああ、心配ないようですね』
『な、ななななんと、三上選手! 武器の刀身が一気に伸びたぁーーーーーーーー!!』
「なにっ!?」
これには御崎鋼真も驚く。
詩織が剣を振るった瞬間、その刀身が氷に覆われてリーチが伸びたのだ。
このままでは自分が攻撃を受けると、詩織の身体を狙っていた穂先を捻り、自分に迫る氷の刃を狙う。
――結果、あっさりと氷の刃は砕ける。
「は?」
余りの脆さに呆気に取られた御崎鋼真。
だが、それこそが詩織の狙いであった。
たった一瞬でステータスの高い相手に有効な攻撃ができる氷の生成をできるほど詩織はまだ魔力操作をできてない。
だが、当然そんなことも御崎鋼真は知らないため、氷の刃自体がブラフであることを御崎鋼真は見抜けなかった。
その隙をついて、詩織は御崎鋼真を自分の間合いに捉えた。
「――クイックラッシュ!」
詩織の得意とする連続刺突のスキルを放つ。
無数の刃が迫り、御崎鋼真に迫った。
「ぐ、の――アマがぁ!!」
だが、その刃がすべて当たり終わるより先に、御崎鋼真にの槍の穂先から強力な衝撃波が発生した。
『槍から発生した衝撃波で、三上選手はもちろん、使用者の御崎選手まで吹っ飛んだ!
互いにリングの端まで吹っ飛んだ!』
『仕切り直しですね』
詩織は今の衝撃で攻撃が中断されたが、咄嗟に盾の防御範囲を広げるシールドフォースにて防御したのでダメージはほとんどない。
一方の御崎鋼真だが……
「……女の分際で……!」
詩織の件は一部は制服が変化した鎧によって阻まれているが、その個所が凍り付いている。
左肩、肘、そして腹部などだ。
そして先ほどのミスから発生させった衝撃波のせいか、頬にかすかな傷が見えた。
「あら、じゃああなたはそれ以下ってことでいいのかしら?」
鎧により直接的なダメージはないが、あの氷により動きを阻害するし、此方の剣が当たり続ければいずれ相手を凍らせられると、詩織は状況の有利さを得られたと実感し、軽く鼻で笑ってやった。
「――殺す」
煽られることに耐性がほとんどないとは聞いていたが、まさかここまで簡単に怒るとは、と呆れる。
瞬間、御崎鋼真の身体にまとわりついていた氷がほんの数秒で蒸発したのを詩織は見た。
「え――」
相手の槍は炎熱系ではなく、風を操るものであることは先ほどの効果で確認した。
にもかかわらず、氷が一瞬で消えたことに驚きを隠せない。
「――疾風二段」
槍を使った突き技。
当然その刃は詩織に届かいないほどに互いの距離は取られていたが、その槍から発生した風は鋭い刃となって詩織に迫っていく。
「くっ!」
一度目の風は回避したが、続く二度目を避け切ることが出来ず、肩を覆う鎧に傷ができた。
「霧で軌道を読む?
吹き飛ばせば避けられないんだろ、無能が!」
大振りに槍を振り回すと、会場全体に伝わるほどの突風が発生して詩織の発生させた霧をすべて吹き飛ばした。
『これはなんという風!
あの槍は一体、どんなレイドウェポンなのでしょうか!』
『いえ、あれはレイドウェポンではありませんね。
レイドウェポン相当ではありますが……あれはガルダと呼称される風属性に特化した迷宮生物の風切り羽や骨、爪などを利用した槍でしょうね』
『ガルダ……溶岩エリアに出現するというフェニックスの中の変異個体でしたか?』
『ええ、そうです。
まぁ、生物学的に見ればフェニックスの方が亜種なのですがね。
本来潤沢な溶岩から熱を受けることで、火属性に特化した迷宮生物であるフェニックス。
その卵を熱から遠ざけて普通の気温で孵化させたのがガルダとなります。
故に熱への耐性はフェニックスと比べると遥かに弱く……生まれて間もなく溶岩エリアの熱で死ぬので基本的に滅多には出くわしません。
そうでなくてもフェニックスは希少種となりますから、ガルダの成体はさらに希少となります』
『印象としてはガルダはフェニックスより弱いように思えるのですが……?』
『いえいえ、そんなことはありませんよ。雛ならともかく、成体となったならば話は別です。
熱への耐性を持たないガルダが、溶岩エリアにて成体になるまで成長したということは……とある技能を手に入れているということです』
『と、いいますと?』
実況と解説のドラゴンの会話の中でも、詩織と御崎鋼真の勝負は続く。
間合いを取られた状態で、不可視の刃を御崎鋼真が一方的に詩織に向かって放ち続ける。
「――だったら、これでどう!」
最初に使った程度の風では吹き飛ばされない、大出力の冷気を放つ詩織。
クリアブリザードの柄を握る手が若干凍ってしまうが、その程度のことはと詩織は気にも留めなかった。
結果、御崎鋼真が立っていた個所を中心に今までで一番濃い白い霧で覆われて何も見えなくなる。
『固体、液体、気体、それら一切を排除した空間。
そこに存在するのは光のみ。
常温でも水は沸騰し、気圧差で体は内部から破裂する零気圧。
そして冷気とはマイナスの熱エネルギー。
物体を伝導してものです。
だからこそ――――あらゆる物体の排除された“真空”においては何の意味もなさない』
再び風が吹き荒れて、リング上の霧を吹き飛ばす。
そこに現れた御崎鋼真の姿に、誰もが目を見張った。
『その真空を操ることに特化した特性こそが、成体となったガルダの強みです』
無傷。
詩織が自分でダメージを追うほどの出力で放った冷気を、御崎鋼真はやすやすと防いでしまったのだ。
単純に風を操るのが御崎鋼真の持つ槍の特徴ではない、最大の特徴は、真空を自在に作り出せるということだ。
真空の前には熱や炎はもちろん、冷気ですらも対象に到達することはない。
「おい、今なんかしたか?」
勝ち誇ったような顔をする御崎鋼真。
ここでようやく詩織は自分の戦闘武器と相手の武器との相性が悪いのかということを認識した。
「――だったら、これで!」
冷気が通じないならばと、詩織はその剣をリングの床に突き刺す。
「何がしたいんだよお前?」
あからさまに馬鹿にする口調で槍を振るう御崎鋼真。
今度は詩織は下手に避けず、左手に持った盾で防御を固めた。
結果、急所への攻撃は盾で防ぎ、鎧に傷が出来た程度で終わる。
「ちっ――なら、一気に終わらせてやる」
御崎鋼真の方から今度は間合いを詰めに動く。
先ほどは氷の刃に不意を突かれたが、今度はそうなるかと確実に詩織の胴体を刺し貫くという意気をもって前に踏み込んだが――その足が思い切り滑った。
「――は?」
思い切り尻餅をついたその体勢のまま御崎鋼真の身体は前へ前へと滑っていき、その先では詩織が床から抜いたクリアブリザードを構えていた。
「スティング!」
「ごはっ!?」
放たれた刺突は、御崎鋼真の腹部に深々と突き刺さる。
『これは決まったーーーーーー!
突如不幸にも転倒した御崎選手に、三上選手が容赦ない一撃だぁーーーーーーーー!』
『いえいえ、運ではありませんよ。
あれ、地面が完全に凍ってます』
解説のドラゴンの指摘通り、先ほど御崎鋼真が転倒した箇所は、床が完全に凍り付いていてよく滑るようすが光の反射でわかる。
『大気中の水分かき集めてであれだけ氷を生み出せるんですから、床を凍らせるくらいわけないということです』
ドラゴンの言葉に会場の多くの者たちが三上詩織という少女の見方を改めていた。
このトーナメントに出場してる時点で剣士としての実力はあるのは確実な上に、搦め手の手数も多い。
単にルーンナイトというだけの少女ではないのだと。
その一方で、強烈な腹部への刺突を受けた御崎鋼真は……
「――ぐっ……の、アマ……!」
高い耐久のステータスに、鎧型に変化した制服によって腹部に血が滲む程度の傷ができる程度だ。
戦闘に支障はあまりないだろう。
「――殺す、殺してやる」
衆人環視の中ですッ転んでところから攻撃の直撃を受けるという事実は、プライドの高い彼にとっては許せない屈辱だ。
■
「よっしゃいいぞ詩織さーん!
そのままそいつの顔面ズタズタにしてー!」
「頑張ってー、詩織ちゃーん!」
観客席にて、僕、歌丸連理は腹から声を出して詩織さんを応援し、隣で紗々芽さんも応援のために大声を出す。
「……う、歌丸くん、そんなにあの人嫌い?」
「「嫌い」」
途中で合流した英里佳が何故か表情を引きつらせながら質問してきて、僕と紗々芽さんもハモって即答。
「とりあえず現状だと詩織さんが有利……でいいんだよね?」
「試合の流れではそうだとは思うけど……あのガルダの素材を使った槍の能力は厄介かな。
詩織のクリアブリザードとの相性が悪い。クリアブリザードの特性である冷気系の攻撃は殆ど効かないと考えた方が良い。
試合を有利に進めるためとはいえ、二度は通じない戦法ばかりだし……」
「でも、詩織ちゃんのあの戦法って相手の魔力を使わせて後半を有利に進めるためだと思うよ」
そう言いだしたのは紗々芽さんだった。
「これまでの戦闘、御崎鋼真は詩織ちゃんの倍以上は魔力を使い続けてる。
接近戦での技術はどっちが上なのかわからないけど……後半で相手の魔力が尽きれば、詩織ちゃんの一方的な蹂躙が始まるよ」
そう語る彼女の表情には悦が入っているように見えた。
ちょっと引いた。英里佳もちょっと引いてる。
まぁ、確かに……仮に、来道先輩が言っていたように詩織さんの剣技が奴の槍に少しくらい劣っていたとしても、クリアブリザードの魔法攻撃でその程度の差は簡単に埋められるだろう。
このままいけば詩織さんが勝てるはず。
そう思って試合を眺めていた時だ。
「……ん?」
視界の端で、やけに大きな荷物を背負った人物が動くのが見えた。
「歌丸くん、どうかした?」
「あ、いや……なんかやけに大きな荷物を背負った人がいるなって」
「……なんだろうね?」
パッと見ただけではそれが何かわからない。
わからないが……なんか、御崎財閥系列の会社のロゴが背負っている荷物に入っていたのが印象的だった。
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