第238話 才能持ってる社会不適合者。主に会長とか。



体育祭四日目


僕、歌丸連理は現在、東京にて行われている一年生部門の個人戦闘競技の行われている会場にいた。


つまり、英里佳と詩織さんが出場している競技の会場である。


そしてそんな場所で僕は今……



「かき氷いかがですかー!」



かき氷を売っていた。


ちなみの、その理由だが……





「今までの傾向から考えるに、お前は放っておくと高確率でトラブることはわかりきっている」



朝、朝食後の軽いミーティングの場にて僕にそんなことを言ったのは西学区の副会長である銃音先輩であった。



「しかもこいつ、任務とはいえ昨日丸一日遊んでたわけだし……今ちょっとバイトの求人あるからそこに突っ込んでいいか?」


「「「異議無し」」」



その場にいたほとんどの生徒が同意し、英里佳たちも無言のまま反対はしなかった。





というわけで、現在。


僕はかき氷を削って削って削りまくる作業をしていた。



「……暑い。


まだ初夏くらいのはずですよね……?」


「この程度で音を上げていたら砂漠エリアじゃやっていけないぞ」



そしてその場にいるのは僕だけでなく、僕の護衛のために来道先輩も一緒にいた。



「そうですよね…………いや、頭ではわかっているんですけど、長年空調の利いたインドア生活だったものでつい。


というか……なんかすいません。先輩まで巻き込んで。


他にも仕事があるはずなのに」


「あー……いや、それがな……結構今は暇なんだ」


「え?」



思わず耳を疑ってしまった。


来道先輩は、僕が知る人物の中では一番過労死する可能性が高いのではないかと疑っているほど毎日毎日会長の分まで働いているような人だったからだ。


そんな人が、こんな大規模なイベントの真っただ中で暇とはちょっと考え難かった。



「今のこの体育祭の運営は西の銃音が担っていてな……無論、書類仕事は残っているんだが、運営に関するあたりの処理は西に全部持っていかれて仕事量が半分以下になったんだよ。


おかげで久しぶりにぐっすり5時間眠れて、今日もこれが終わっても書類仕事は9時前には終わる予定だ。


信じられるか、この余裕あるスケジュール?」



若干興奮気味に語る来道先輩


僕の所感ではそれってあまり余裕がないように思うんだけど、それすらこう語るって普段どんだけ仕事やってんだこの人は?


そう考えていたら、会場全体に大きな歓声が響いてくる。


なんだと思ってモニターを見ると、昨日も見た忌々しい顔があった。



「……あいつ……!」



御崎鋼真


西の重要人物の一人であり、今回の体育祭の責任者ではあるが……その実は他者に責任を押し付けるロクデナシである。


そいつが今、同じ西部迷宮学園所属の生徒と戦うようだが……



「……酷いものだな」



僕の隣でモニターを見ていた来道先輩がそう呟く。



「どういうことですか?」


「この試合は戦う前から決着がついている。


あの西部所属の一般生徒が、御崎鋼真と戦って勝てるか……いや、勝っていいのか?」


「それは……まぁ、忖度しますよね、立場を考えると」



もし御崎鋼真を敵に回せば、西部の学園でまともに生活はできない上に、日本に戻っても御崎財閥からプレッシャーとかかけられてまともな生活を送れそうにないだろう。



「……あれ? でもなんであの生徒ってリタイアしなかったんですかね?」



試合開始前にでもリタイアすればそれで済むはずなのに、あんな真っ青な顔になってまで出場する必要はあるのだろうか?



「あの男はプライドの塊だ。


自分が立場だけで勝ち上がったなんて周りから評価されるのは絶対に納得しないだろ」


「あー……」



確かに、あいつ、自分の身分をひけらかしてくる癖に自己顕示欲の塊みたいな一面があった。


そんなあいつが周囲からそんな評価を受けている、という現状を看過できるだろうか? いや、絶対にできない。



「つまり……見世物ですか、これ?」


「ああ、しかも相手の生徒には手加減せず、かつ絶対に勝たないという面倒な演技が要求されているぞ。無言の圧力で、な」


「これがパワハラ…………でいいんですか?


御崎鋼真の性格から考えて、そこまで詳細な要求とかはしてないと思うんですけど」


「うむ。日本人の空気を読まなければならないという同調圧力が生んだ歪みだな。


……まぁ、実際のところはそこまであの生徒は演技してる暇はないと思うが」


「どういうことですか?」



先輩はただ静かにモニターを見ている。


それが答えとでもいうかのように。


だから僕もひとまずモニターの方を見たのだが……


試合の開始の合図と共に、先に動いたのは対戦相手の生徒だった。


ヤケクソで手に持った剣を振りかぶって迫る。


それを前に、御崎鋼真は嘲うような笑みを浮かべた。



「種類は違うが、奴の本質は紅羽と同じだ」



隣でそう呟く来道先輩だが、その先の言葉を頭で理解する前に僕は現実を目で理解した。


振り下ろされた剣は、御崎鋼真が軽く槍を当てるだけでまるで風が柳の葉を揺らすように過ぎ去っていく。


受け流されたのだろうが、そこに殆ど抵抗はない。


相手の生徒も何が起きたのかわかってないのか、いまだに必死な形相で剣を振り下ろしていた。


そんな無防備な背中を御崎鋼真は石突で軽くつくと、相手の生徒は顔面から床に思い切り転んでしまって、そのあまりの醜態に会場から笑いが聞こえてきた。


周りにはあの生徒が勝手に突っ込んで勝手に自滅して転んだように見えているのだろう。


だが、僕はハッキリ言ってその光景に笑えなかった。


周りに英里佳、詩織さん、戒斗という手練れがいてその動きに目だけはついていけるようになった僕には、その技量がどれだけ凄いものなのかがわかる。わかってしまう。



「実力があるがゆえに、他人のことなんて一切考慮しない傲慢な態度。


そして何より……」



相手の生徒が立ち上がるのを待ち、その上で相手が構えてから攻撃する。


防御をしようとしてようだが、それは軽く抜かれて、腹に軽く槍の穂先が刺さる。


怯んだところに槍を大道芸みたいにぶんぶん回して足を払い、体勢が崩れた所に前蹴りを見回せる。



「自分の快楽をどこまでも追及する。


紅羽が迷宮にそれを求めるのなら……奴は」



痛みに怯んだ相手の生徒を、御崎鋼真は見事としか形容できない槍捌きであきらかな手加減をした攻撃で、まるでやすりでもかけるかのようにじっくりと、着実に相手の体力を削っていく。



「他者を蹂躙することにそれを見出してしまっている」



すでに相手の生徒の心は折れている。


しかし、御崎鋼真の手は止まらない。


攻撃は徐々に早く、深くなっていき……いや、もはや語るまい。


審判からの止めが入って、試合は終了。当然、勝者は御崎鋼真だった。


……ストレス発散のために痛めつけていたようにしか思えない、見ていて気分が悪くなるような試合だった。


だが……そんな最悪な試合内容であっても、奴の実力の高さがはっきりと感じ取れた。



「あいつ……どれくらい強いんですか?」



思わず隣にいる来道先輩に確認する。


……英里佳よりは弱い。それは確信しているのだが……あくまでもそれはスキルを使ってる場合。


素の英里佳だと……正直、僕では判断がつかない。



「……奴の手を見たが、明らかに柔らかすぎる。マメなんてあってないようなものだ。


鍛錬らしい鍛錬はほとんどなく、高いステータスはポイントアップのアイテムを金でかき集めただけだろう。


典型的なモヤシだが……それを補って余りある才能。


……素の榎並や、今の三上と同格以上だろうな」


「そんな……!」



聞いたのは僕だが、その回答は納得できなくて腹が立った。


あれだけ努力した二人に、あんな奴が互角以上?


冗談じゃない。そんなの絶対におかしい。



「……気持ちはわかるが、今のうちある程度の覚悟は固めておけ」


「どういう意味ですか、それ?」


「すぐに結果がわかるってことだ。


トーナメント表、確認してないのか?」



今日は昨日までの勝ち抜き予選の勝者たちのトーナメント戦となっている。


そういえば、英里佳と詩織さんがそれぞれ別ブロックで、決勝まで当たらないなってところしか見てなかったかも。


そう考えて、急いでトーナメント表を改めて確認する。



「……あ」



そして気が付く。先輩の言葉の意味を。



「三上は次の試合で御崎鋼真と戦うことになるぞ」





「すぅ……はぁ……」



他の人がいない選手控室にて、三上詩織は深呼吸を数度繰り返していた。


心身ともに問題はない。


いつも通りである。


次の対戦相手である御崎鋼真とは直接の面識はない。


だが、親友である苅澤紗々芽から聞いた話では、相当に危ない性格をしているという。


歌丸連理も、奴に本気で刺されそうになっていたと。


一番権力を持っていけない人物の典型。


それが詩織の御崎鋼真に対する印象だった。



「金瀬製薬はもちろん、東部迷宮学園OBからもお前を擁護するようにという裏は取った。


相手の権力とか立場は一切気にせず戦え」



事前に、今回の東部迷宮学園を仕切る銃音寛治よりそう言われている。


相手が試合中に何か言ってきたとしても、自分の身内が守られるなら憂いなく戦える。



『――三上詩織選手、準備をお願いします』



アナウンスが聞こえて、詩織は座っていたベンチから立ち上がる。


控室出て、通路から会場へと向かおうとすると、その途中で見知った顔があった。


自分の親友である苅澤紗々芽と、歌丸連理であった。



「二人とも、もう来てたのね」


「あはは……私のはすぐに終わったから」


「僕も、優勝は午前中に全部終わって今までかき氷会場で売ってた」



ちなみに榎並英里佳は同じ会場にいる。ついさっきも、試合で快勝していたので、この後すぐに連理たちと合流するだろう。


日暮戒斗については本日は自衛隊の敷地内にて射撃競技に出ており、こちらにはこれそうにない。



「詩織さん、気を付けて。


御崎鋼真……クズだけど実力だけは、本当に……それだけは本物みたいだから」


「言葉の端々に棘があるわね……そんなの嫌いなのね」


「なんならぶっ殺してください」


「いや、流石にそれはちょっと……」


「詩織ちゃん、頑張ってね!」


「言うタイミング少しおかしくない?


え……何? 紗々芽も同意見なの?」



他者に対してかなり寛容な連理と、そもそも興味が薄い紗々芽の二人からここまで言われる御崎鋼真が、一体どれだけ酷い性格をしているのかと呆れる詩織。


しかし、だからこそこれから会う人物は自分たちにとっては敵であるのだと改めて認識できた。



「まぁ、相手がどうあれ、私はいつも通りに全力で戦うだけよ」



特に気負うこともなく、されど決して緊張に呑まれない平常心の態度を見て、歌丸も紗々芽も笑顔を浮かべる。



「客席で目一杯応援してるから」


「詩織ちゃん、頑張って」


「ええ、じゃあまたね」



二人の声援を受け、詩織は会場へと向かう。


その途中で、自分が笑っていたことに気付く。


あんな会話をしただけなのに、不思議と気力が漲っていた。


勝ちたいという気持ちが強くなり、それでいて力も適度に抜けている。


今日は昨日以上に、気持ちよく戦えそうだと思えた。



『さて、本日にて個人の部準々決勝となりまして、ここからは武装のレギュレーションが解放となります』



会場に一足先に到達したところ、アナウンスにてこれから行われる戦闘についての観客への説明が行われていた。



『予選から今までの競技では、運営側で用意した武装のみを使用しておりましたが、ここからは選手個人が普段使っている武器や今大会のために用意された特別武装などの使用が許可されます。


これまでの戦闘よりもいっそう過激な戦闘となることですので、会場の観客席には防御結界を施します。


ただし、事前にレイドウェポン相当の武装についての持ち込みは一つと限定されていますので、どのような武装を使うのかが戦闘の結果を大きく作用することとなるでしょう』



そんな解説を聞きながら、詩織はすでに自分が使う武装については決まっていた。


クリアスパイダーとドラゴンスケルトンという二体の強力なボスの素材から作られた“クリアブリザード”である。


リペアシールドについては、ただ直る盾というだけで、今回のような短期決戦ではあまり有効ではないし、使い慣れた武器の方が良いという判断だ。



「問題になるのは……相手の武器よね」



御崎鋼真は腐っても財閥の子息だ。


レイドボス討伐の経験が無いとしても、その財力に物を言わせて確実にレイドウェポン相当の武装を持ち込んでくるはずだ。



「順当に考えれば炎系統の武装よね……まぁ、生半可な炎じゃクリアブリザードの超過駆動にはかなわないし……逆に強力な熱は使い手までも焼くはずだろうから、その場合は我慢比べになっちゃうわよね」



詩織自身、まだクリアブリザードの全開の冷気を制御しきれずにその身を傷つけてしまう。


相手がそれと同等の熱を使ってきた場合はそれを使わざるを得ないが……魔法系の職業ではない御崎鋼真が、本職と同等に魔力操作に長けているのかは甚だ疑問である。



「……連理には昨日あんなこと言ったけど……全力で戦っても死なない状況なら、死ぬ気で戦うべきよね、やっぱり」



勝つための算段を今のうちに頭で何通りか考えておく。


悔しい気持ちはあるが、相手の実力が本物である以上、真正面から楽に勝てるとは考えない方が良い。



『それでは、選手入場です!』



大きな音と共に、巨大スクリーンに自分の姿が映し出される。



『北学区一年にして、いま世界で一番の注目を集めるチーム天守閣、そのリーダー!


最強と噂されるルーンナイトとなる能力を持った美少女騎士! 三上詩織!』


「…………」



ルーンナイト関連で色々言われるとは思っていたが、美少女騎士なんて紹介されるとは思ってなかったので恥ずかしさに顔が赤くなる。


心なしか、会場にいる観客の歓声が野太い感じな気がした。


ひとまず深呼吸して落ち着きを取り戻しながら、詩織はリングに上がる。



『西部迷宮学園所属! かの御崎財閥の御曹司にして、文武両道質実剛健!


天は二物を与えず? いいや、この男にはすべてを与えた! 御崎鋼真!』



対戦相手である御崎鋼真は涼しい顔でリングに上がり、明らかに詩織を見下した態度を見せる。



「自慢のルーンナイトが使えないのでは単なるお飾りだろ、貴様は。


恥をかく前に棄権したほうがいいのではないか?」



そして第一声がこれである。


連理や詩織の言っていたことを実感した詩織は、個人的にも負けたくないなという気持ちを抱く。



「仲間から聞いたわよ、器の小さい男だって。


使い古されたセリフをこんな場で使うとか、底も浅いわね」


「――あ?」



軽い挑発を返しただけで、表情が明らかに変わる。


自分が侮られることが我慢ならない、ガキ大将がそのまま成長したような人物である。



「女の癖に、調子に乗るなよ」



そう言ってその手に槍を構える鋼真


あっさりと手の内を晒すその様に肩透かしを受けた気分になる詩織だが、一方でその槍を見て怪訝な表情を見せた。



(炎熱を発するようには……見えないわね)



槍の穂先は鋭く、そして刃の取り付け部分に羽飾りらしきものが見える。


そして持ち手の部分に何やら一部太くなっている部分があるが、それ以外は特別な仕様が見えない。


炎を発するための魔導機構も見えない。



(ギミックを隠すフェイク? もしくは……炎熱系の武装じゃない?)



疑問は尽きないが、詩織もその手にクリアブリザードと、予備として持っていた普通の合金と強化プラスチックの盾を手に持つ。



『両者準備が整いました!


それでは―――――試合、開始!』



ブザーが鳴り響き、試合が始まった。

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