第237話 この主人公、ちょいちょいやらかす。
■
ミーティングは解散となった。
多くの者たちは油断こそしてないが、大分楽観的な表情をしていたように思う。
そんな中で、僕はどうにも気分が晴れなかった。
「ひとまず、連理の部屋行くわよ」
そんな詩織さんの一言で、僕たちチーム天守閣は部屋に集められた。
「あ、とりあえずおみやげをどうぞ」
ひとまず僕は今回言ったディスティニーパークのおみやげをみんなに渡す。
英里佳にはキャラクターの小さなぬいぐるみを複数
詩織さんにはタオルとボールペン
紗々芽さんにはキャラクターの刻まれたインテリアにもできそうな写真立てを。
「あと……まぁ、人気っぽいっていうことでこれも」
千早妃にアクセサリーもいいって言われたので、ちょっと懐事情と相談して購入したのは小さなシルバーアクセサリーのネックレスを選んだ。
英里佳にはバラをリングで囲んだ意匠のものを。
詩織さんには三日月に星が散りばめられた意匠にした。
紗々芽さんには可愛らしい妖精の意匠である。
デザインに関しては僕の直感で選んだ。
「ありがとう、歌丸くん」
「こんなに……別にそこまで気を遣わなくていいのに」
英里佳も詩織さんも、僕のおみやげに嬉しそうな表情を見せてくれた。
どうやら外れではなかったようで、安心した。
「で、これ選んだのって千早妃さんなのかな?」
――だが、紗々芽さんのその一言で場の空気が固まったような気がした。
「い、いや……どんなのがいいのかアドバイスはもらったけど、ちゃんと自分で選んだよ?
アクセサリーに関しては、お店の人の意見を聞きました」
「ふぅーん…………そっか、ありがとう。凄く嬉しい」
なんかセーフらしい。
よ、よかった、ちゃんと自分で選んでよかった。
「で、戒斗にはこれを」
「わぁー、シルバーの剣だー……って、これ土産屋とかでよく見るやつ!」
「一番大きいの選んだよ」
「果てしなくどうでもいい!
え、マジでこれだけなんスか、俺のおみやげ?」
「冗談だよ。
戒斗にはこっちの日持ちしそうなクッキーの詰め合わせね」
大きめの金属缶の中には小分けされたクッキーが入っており、缶も後で小物入れに仕えるというやつである。
「で、あんまり日持ちしないやつもあるから今みんなで食べちゃおう」
チーズやフルーツを使ったお菓子をテーブルの上に並べ、それを囲むようにみんなで座る。
「で、連理……作戦は成功したわけだけど、ずいぶんと暗い顔してたわね。
そんなにデートが楽しかったのかしら?」
詩織さんの言葉でまた空気が固まったような気がした。
戒斗など、テーブルの上のお菓子を取ろうとしたポーズで固まってしまっている。
「……まぁ、普通に遊園地なので楽しみはしましたけど……ただ……ちょっと気になることが」
「――あの画像は、なに?」
言葉を並べてる途中で挟まれたその質問に、僕は完全に思考が停止した。
あの直後の銃音先輩の悪役フェイスのインパクトで忘れていたが、僕と千早妃がコスプレしたままキスしてるシーンをこの場にいる全員に見られたのだった。
戒斗に至っては伸ばした手を下げ、視線を僕たちから窓の外へと向けている。自分はこの件には関わらないという意思表示なのだろう。
うん、とりあえず僕にできる唯一のことといえば……
「違うんです」
即効で土下座である。
「何が違うの?」
「えっと……あの……」
「とりあえず顔を上げて、ちゃんと目を見て話してくれない」
「……は、はい」
恐る恐る見上げると、無表情の英里佳
詩織さんも紗々芽さんも同じような表情で僕を見ている。
「まぁ、どうせ押し切られたんでしょ」
「だよね、歌丸くんだもんね」
二人の何の期待もしてませんという淡々とした口調が刃となって僕の心に突き刺さる。
まったくもってその通りなんだけど、面と向かって言われると、ダメージがデカい。
「……はっきり断れなかった僕が全面的に悪いことは重々承知してるので……煮るなり焼くなり好きにしてください」
「そっか。じゃあホテルに頼めば業務用の鍋って貸してもらえるかな?
冷水からじっくり煮込んだ方が良いよね。
出汁とらせて生き返ってから本人に飲ませるのはどうかな?」
「紗々芽、それは流石に悪趣味よ。
熱した鉄板の上で土下座させる程度にしておきましょう。
で、その後きっちり殺して傷も治せば明日にも響かないわ」
「おい連理、実行可能なプランで練られてるッスよ!」
思わず戒斗がこちらを向いて叫ぶ。
紗々芽さんの提案が鬼畜過ぎて怖い!!
詩織さんの意見がまともに聞こえるけど、こっちも結構ヤバい思考だし!
「歌丸くん、一つだけ答えて」
「……煮るか焼くかでしょうか?」
「いや、殺さないから。
二人とも歌丸くんを脅かそうとしてるだけだから。ね?」
「当たり前じゃない。ちょっと意地悪しただけで――」
「え?」
「「え?」」
「………………」
場に沈黙が流れる。
紗々芽さんから、英里佳と詩織さんがほんの少し離れた気がした。
「……え……? あの……紗々芽ちゃん、もしかして今の、本気で……」
「……紗々芽、あなた……」
「や、やだ、冗談だってば! うん、私も冗談!
そんな酷いこと、実際にするわけないから!」
慌てたように否定する紗々芽さん。
……紗々芽さんを本気で怒らせるのはやめよう。間違っても敵対なんてしたら何されるかわからない。
というか、そうだった。
会長を一番追い詰める作戦考えたのも紗々芽さんだったもんね。
「こほんっ……と、とにかく歌丸くん。
……あの写真、見た印象としては神吉千早妃からだけど……歌丸くんからしたわけじゃないんだよね?」
「はい。してません」
「……………………」
「……………………」
沈黙が流れる。
つらい。沈黙が辛い。
胃が……胃がキリキリするぅ……!
「……わかった。
今回のことは……私は忘れる」
「……英里佳……!」
天使だ! 天使がいる!
そう思ったのだが……
「……でも…………ううん、やっぱりなんでもない」
先ほどまで無表情だった英里佳が一瞬泣きそうな表情になった。
それを見て、猛烈な罪悪感が押し寄せてきて……
「あの、すいません……ちょっと一回死んできます」
部屋の窓はちょっとしか開かないからひとまず屋上に行こう。
「いやいやいやいやいやいや、落ち着け連理!
許してもらえたじゃないッスか!?」
「放してくれ戒斗
僕は今、僕のことを一番許せないんだぁ!!」
屋上へ行こうとしたが後ろから羽交い絞めにされて止められる。
これじゃ屋上にも行けない!
「う、歌丸くん、どうしたの急に……?」
「あー……そっか、そうよね。
基本的に連理の場合は下手に罰せられるより許されることの方がしんどいのね」
「そうだよね。歌丸くんって苦痛とか、スキル無しでも慣れてる感じだし」
後ろで女子三人が何かはなしてるようだが、今はそんな話は僕には聞こえない。
「頼む、一回、いや、十回は死なせてくれぇ!」
「その感覚マジでヤバいから落ち着くッス!」
――その後、ララに出てきてもらって体を拘束されて僕は強制で椅子に座らせられた。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「はぁ……連理、今は確かに私たち死なないけど、それは体育祭の間だけなのよ?
私たちもあんたをからかうネタにしたことは反省するわ。
だからあんたも、二度と軽はずみに死ぬようなことはしない」
「……はい」
「あと英里佳も。
この間の会長との戦闘でも結構死んでたみたいだし、気をつけなさいよ」
「う、うん」
詩織さんからのガチめの説教を受ける僕たち。
そうだよね、この死んでも生き返る……なんてゲーム感覚は本気で危ない。
自重しなくちゃ。
せっかくララも出てきたということで、シャチホコ、ギンシャリ、ワサビもその場に呼び出してチーム天守閣が完全に揃った形となる。
「ひとまず、私たちは明日から普通に協議に参加するってことだけど……連理、あんたが今回知り得た情報はある?」
「……西部学園の足の引っ張り合いを実際に目の当たりにしたけど……それ以外は千早妃のこれまでの生い立ちとか聞いたくらいだよ」
「個人情報を聞くのは流石に気が引けるッスね……連理、お前の判断で話せる範囲まで話してくれッス。あと、彼女の話を聞いてのお前の感想とか教えてくれないッスか?」
戒斗のその言葉に、僕にみんなの視線が集まる。
英里佳はやや警戒し、詩織さん公平に、紗々芽さんはやや興味深げにと、千早妃の態度を反映したような感情が見える。
戒斗は詩織さんと紗々芽さんの中間という具合の感情だろうか?
「「「「?」」」」
そしてララやシャチホコたちはとりあえずみんな見てるから僕を見てるって感じで状況が読み込めてない様子である。
「……まず、神吉千早妃は僕たちが思っていた以上に……普通の女の子だったんだと思う」
それが今日の僕の印象だ。
そしてそんな僕の言葉をみんなは黙って聞いてくれる。
「生まれた時からずっと、息苦しいって思ってしまうような環境で生きてきて……ほんの少し前までそれが彼女の常識だった。
それが変わって……ようやく普通の女の子としてふるまうことができるようになって……でも、ちょっと空回りしちゃってる。
……僕への好意についてはそういう空回りが起因してたみたいだけど………………今回のデートでかなり本気になったと思います……はい」
最後のほうだけちょっと視線をそらしてしまった。
戒斗が小声で「四……いや、五人目ッスか……」と小声で何やら呟いている。
「歌丸くんってさ……垂らし込むのは上手いけど加減ってものを知らないよね」
「いや、あの……別にそんな意図はないというか……」
「今回のデートで元々仲良くするのが目的だったから意図がないとは言えないでしょ」
「……はい」
「そんな調子だと、いつか本気で刺す――こほんっ……刺されるよ?」
刺すって言った! 今完全に刺すって言ったぁ!!
「紗々芽、話が進まないから脅かすのやめなさい」
「ふふっ……冗談だよ。
でも詩織ちゃんだって同じこと考えてたでしょ?」
「ノーコメント」
「はいはい」
たしなめてるはずの詩織さんが逆になだめられているみたいになってる。
「……歌丸くんは、神吉千早妃が心配なの?」
英里佳の問いに、僕は素直に頷く。
「彼女は特別な力を持ってるけど……根っこが強くないと思う。
心を預けられる人も……本当に少なくて……それに」
拳をぎゅっと握る。
あの時、動くことをしなかったのは正解なのかもしれないが……いや、そんなの良いわけだ。
動けなかったという事実に変わりはない。
「御崎鋼真が……彼女を害さないとも思えないんだ」
奴の名前を出した途端、会ったことのある紗々芽さんや戒斗の表情が曇る。
「あいつと会ったんスか?」
「うん。あいつ、今回の責任を千早妃に押し付けるために探し回ってたみたいで……」
「最っ低……」
紗々芽さんも、奴のことを十分に知っていたのでしかめっ面でそう吐き捨てた。
紗々芽さんのリアクションを見て、詩織さんが不安
「……話には聞いていたけど……その御崎鋼真……危ない奴なの?」
「自尊心の塊みたいな奴で、実際に力もある。
……だから今みたいに追いつめられる状況だと、何をしてくるかわからないかな」
そう考えていた時、扉がノックされた。
「俺が出るッス」
そう言って戒斗が応対に出た。
「失礼するぞ」
そして入ってきたのは来道先輩だった。
「先輩、どうかしたんですか?」
「ついさっき思い出してちょっと確認に、な」
「確認?」
なんか確認するようなことがあったかなと首を傾げると、来道先輩は僕に問う。
「歌丸、お前、ちゃんと神吉千早妃への
■
場所は西の京都の某所
人気のない神聖な雰囲気の境内に、一組の男女がいた。
「さて……とりあえず、明日の対策……は間に合わないだろうし、明後日明々後日の対策をしてもらうけど……大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「そうはいってもな……昨日だってほとんど寝てないはずだろ」
「私は、大丈夫です」
神吉千早妃は、西部学園の生徒会長である中林松にそう説き伏せる。
「それに……私がこのまま何もしなかったら、それこそ中林会長に責任追及が生きますよ。
……あの男なら、それこそ嬉々としてやるはずです」
「あー……目に浮かぶな、それ」
二人の頭に浮かぶのは御崎鋼真の姿だ。
迷宮攻略者としての実力は本物であるのだが、どうにも自尊心ばかりが高すぎて自身の失敗を絶対に認めない。
仮にあったとしても、それを他人に押し付けようとして自分の非は認めない幼稚さだが、無駄に権力があるのでそれがまかり通るので矯正されずに今に至った。至ってしまった。
「……あの、ところで綾奈と文奈は……?」
「あー……いくら相手があっちの副会長とはいえ、護衛もまともにできなかったってことで周囲から責められて、謹慎中だ。
どうにかこっちも擁護してみるけど……少なくとも体育祭期間中はお前さんの世話は監視も兼ねた別派閥の奴が来るだろうな」
「……そう、ですか。
わかりました。
ひとまずは私は私のできることをやります。
会長こそ、少し休んでください」
「ん? いや、俺は別に」
「化粧で隈隠してますよね」
千早妃からのその指摘に、中村は固まった。
「体育祭始まってから、どれくらい眠ってないんですか?」
「ずっと起きてるわけじゃないぞ。
ちゃんと合間合間の休憩時間に寝てるぞ…………十分くらいずつ」
「……私より先に会長の方が倒れますよ。
今会場が倒れたらもう西の勝機がまた遠のきます。
ご自愛してください。
貴方は大事な主力なのですから」
「……わかった……じゃあ、そうだな、三時間くらい仮眠とるとするよ」
千早妃としてはもう少ししっかり眠って欲しいと思ったが、現状はそれを許せるほど余裕もない状況になってしまっている。
故に、中村には悪いと思いつつ、去っていくのを黙って見送った。
そして千早妃は一人、境内へと向かう。
今はもう誰もいなくなった部屋で制服を着替え、白い行衣へと着替えると、境内にある湧き水で身を清める。
「……連理様」
冷水で体が冷えていくのを実感すると、逆に胸の奥から熱を感じる。
今この瞬間も、彼とのつながりを感じる。
歌丸連理の特性共有が、今もある。
それを実感すると、状況を考えれば不謹慎であるが、嬉しいと思えた。
おそらくつなげてそのまま忘れてしまったのだろうと、ちょっと間の抜けているところを可愛いと思うのであった。
そして体を拭き、白衣と緋袴へと着替え、神域の中一人で座る。
目を深く閉じ、ノルンとしての能力を解放しようとする。
――その時だ。
「っ――」
急激な眩暈と、酷い頭痛が起きる。
「な、にが……!?」
その時、千早妃は気付いた。
先ほどまで胸の奥に確かにあったはずのつながりが、消えていたのだ。
「……連理、様……」
勝手に涙がこぼれた。
当たり前だ。
今は敵対しているのだから、その手助けとなるような能力をそのまま放っておくなど馬鹿が過ぎる。
歌丸連理は甘い所はあるが、決して過ちを正さないような意気地なしではない。
それも彼の魅力な一面であると、千早妃は思っているのだが……それでも今は、そのつながりが断たれたことが、ただただ悲しかった。
「うっ……ぁ……!」
今までは連理のスキルよにって誤魔化されていた疲労や熱、そしてノルンの能力を使ったことによる反動が出てくる。
体を起こすことも儘ならず、倒れる千早妃
冷水で冷えたはずの身体が、今は燃えるように熱くなっていて意識が朦朧とする。
まさか、自分がここまで弱っていたのかと千早妃は自分でも驚いた。
そして……そんな自分でもまだ大丈夫だと思えてしまうくらいに、歌丸連理からのつながりが自分を支えてくれていたのだと改めて自覚する。
目に汗が入って痛く、瞬きをした。
すぐに開けるつもりだったのだが……千早妃はそのまま、目を開けることなく意識を手放した。
――東部にとっては、最善というほどではないタイミングだろう。
――しかし、間違いなく西部にとって――神吉千早妃にとっては、最悪のタイミングだった。
■
僕、歌丸連理はホテルの部屋からなんとなく街の夜景を眺める。
ミーティングも終わり、解散となって今日はもう寝るだけとなったのだが……
「千早妃……大丈夫かな」
先ほど特性共有を解除した。
あんな別れ際だったので、解除するのをド忘れしてしまったのだが……体調もあまりよくなさそうだったし、今日は結構はしゃいでいたから疲れが溜まってないといいんだけど……
「連理、明日に備えてさっさと寝た方が良いッスよ」
「あ、うん……そうだね」
同室の戒斗にそう言われ、僕はカーテンを閉めた。
千早妃のことは気になるが……今は自分たちのことに集中しよう。
■
誰もいない境内で、一人倒れる少女
その傍らには誰もいない。
――そんな状況を、歌丸連理は作り出した。
――意図せず、悪意もなく、ただただ仕方なく場に流されて、作れてしまった。
――その状況が、どんな結果を招くことになるのか……彼も、誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます