第236話 一枚岩って中々無い。

「そもそも西部学園っていうのはな、報道されてないだけで政治家や財閥やその役員の子息、旧華族とか、要はボンボンの連中の比率がうちと比べて格段と高いんだよ」



銃音副会長が話を続ける。



「現日本の政治家の7割以上が西部出身や関係者で、かつ与野党問わずに大きめのところのトップはだいたい西部だし、歴史の長く、今も日本の経済界を支える会社の現役員も同じようなものだ。


何故かわかるか、歌丸連理?」


「え……えっと…………京都があるから?」


「……まぁ、三割正解ってことにしてやろう」


「やったぁ」


「連理、それ普通に赤点ッス」



素直に喜んでみたら戒斗が呆れ気味に突っ込んでくる。



「正確には惟神――つまりはノルンがいるってのが一番の要因だ。


なんせ、ノルンの協力を受けられれば死ぬかもしれない危険を予知してもらえるんだからな」


「……つまり、惟神とボンボンは癒着してるってことですか?」


「まぁそれが今の西の現状だ。


金持ちほどノルンの恩恵を受けられる」



なんだそれ。


神の力がどうこうって言ってたくせに滅茶苦茶俗じゃないか。



「まぁ、惟神だって慈善事業してるわけじゃねぇし、日本っていう国の安定を考えればそりゃ金持ってる奴の方が影響力もあるから当たり前と言えば当たり前の対応だな。


まぁ、とにかくだ。


自分のガキを死なせたくないっていう金持ち共は、惟神に献金して自分の子供の安全って言うチケットを買ってるんだよ。


生死の世界だからな、ノルンの予知の精度を聞きつけて一部では留学までしてくる奴もいる位だ」


「へぇ……儲かってるんですね、ノルン」


「で、だ。


そういう連中が集まってる西部学園ってのは、どういう学園だと思う?」


「金持ちの学園です」


「いわば日本の将来を担う連中の宝庫ってわけだ」



スルーされた。



「特に政治関係はエグいな。


派閥同士が徒党を組んで、他の派閥の粗探しの毎日らしいぞ。なぁ来道」



解説してくれた銃音先輩から何故かそんな言葉を振られた来道先輩は、何やら苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。



「……ああいう手合いが少なくて済むことを考えると、こちらの学園にその惟神ってのが無くてよかったと本気で思う」



まるで見てきたかのようにうんざりした様子で語る来道先輩。



「今だから言うが、俺は去年、ちょっと西の学園に潜入したことがあってな」



本当に見てきたのかよ。



「西の死亡率の異様な低さ、その理由を確認したかったんだ。


そしてノルンに行きついたわけだが……西の迷宮攻略組ってのは、今銃音が言ったボンボン共の雇われみたいでな、優秀な人材を金で雇って、見つけた報酬は上の連中が持って行くって感じで…………ちょっとしたものなら別に普通なんだが、石油とか宝石みたいなのだと利権がらみシビアで殺伐としていたな。


人死にこそ出ないが、人間同士で血を血で洗うような争いも起きていたぞ」



わぁ、修羅の国だぁ……



「で、そんな調査の最中に向こうの北学区会長と接触して、危なくなって逃げたわけだが……まぁ、それは別にいいか」



あ、そこでさっきのやり取りにつながるわけか。


実際の人物会ってないとその話はぴんと来ないもんね。



「とにかくだ、要するに西部の学園ってのは同じ学園に所属してるだけで常日頃から権謀術数が張り巡らされていて、隙を見せれば社会的な立場をすぐさま崩されるようなところってことだ」



やだなそんな学園。


命の危険が無いだけでうちの学園以上に殺伐としてるじゃないか。



「そんな学園が、当然一枚岩なはずもない。


ちょっとだけゆさぶりを掛ければ、ここぞとばかりに他所が他所を潰し合おうとする」



楽しげに含み笑いを浮かべながら机の上に座り、足を組む銃音先輩



「西が先に仕掛けてきた歌丸連理の誘拐事件。


その裏を取って、その一件から芋づる式で出るわ出るわ不正の山。


その一部で向こうの重鎮の一部に噂を流させた。


――東に加担する奴らがいる。


――西の情報を売って、東で有利な地位を獲得しようとする奴がいるってな。


それだけで向こうはお互いを牽制し合い、連携が取れなくなる。


その隙をついて、参加選手に誤情報を掴ませて自主的にリタイアしてもらったわけだ。


今頃向こうは、誰が情報を流したのか躍起になってるだろうなぁ!」



笑いが止まらないと言わんばかりにはっちゃけてるなこの先輩。



「なんせ、こっちは西部のトップに食い込む奴のパイプから、向こうの情報網のほとんどを教えてもらって、使われてる暗号だって手に入れてんだ。


末端の奴には、情報の正誤なんてわかるはずがねぇ!」



ここまで悪役が似合う人って初めて見た。



「あとはもうわざわざこっちがリスク背負って引っ掻き回す必要もなくなった。


もうあいつらは味方の情報を信頼しない。


ノルンがいくら精巧な予知をしようと、それを鵜呑みにできない。


なんせ他の派閥が自分たちの体育祭の成果を邪魔に嘘を吹き込んでるかもって疑心暗鬼の真っただ中。


船頭多くして船山に上るってな。力ある連中がそれぞれバラバラなことを言い出して制御が聞かねぇ!


しっかりトップが実験握ってねぇからこうなるわけだなぁ!


あははははははははは!」



高笑い似合う人だなぁ……



「なんか、凄い人だね」


「「「「」」」」


「え、みんな何その表情?」



僕のつぶやきを聞いたチーム天守閣のみんなの顔がもの凄い微妙な感じになった。


一体どうしたんだ?



「さて、こっからは徹底的に潰しに潰しまくって不穏分子を排除する。


大掃除だ。子供でもできる簡単な作業しか残ってないが、手は抜くな。


何事も微に入り細を穿つことこそが肝要だからな」



この人慣用句多様するな。


そしてちょっと意味が分からないのがあった。



「ビニール裂いて迂闊……ってどういう意味?」



「歌丸くん……」

「……まぁ、聞き間違いだから、うん、仕方ないよね」

「連理、あとで国語辞典貸してあげるわ」



女子三人から物凄く残念なものを見るような目で見られた。解せぬ。



「それは言葉通りッスね。


そしてあの先輩が言ってるのは微に入り細を穿つ……細かいことでもすべてやり尽くす……みたいな意味ッス」



なるほど。



「さて、それじゃあひとまず……歌丸、お前の所感でいい。


神吉千早妃の予知の精度はどれくらいだと感じた?」



「え……そう、ですね。


……インターネット検索、ですかね」


「おい、国語壊滅野郎、もっとまともに説明できないのか?」



失礼な。



「つまり、調べようと思ったことは大抵わかって、一方で調べようとしない限りはわからないまま……って言いたいんスか?」


「そんな感じ。


死線スキルみたいにオート発動はしないみたいで、その一方で使うのに凄い体力使う……みたいな雰囲気だったかな」



今日だって、昨日と比べるとかなり疲労していた。


単純に寝不足というには、ちょっと疲れすぎてるような気がする。


……まぁ、迷宮攻略を普段からしてる僕たちの基準での話だけどさ。



「なるほどな……で、予知したときにはどんな情報が得られる感じだ?


頭の中に完全にその状況を把握した情報が入ってくるのか? 視覚か、聴覚か?」


「……視覚情報ってのは確実だと思います。


会ったこともない僕の顔を予知して、僕がテレビで有名になったのですぐ見つけたって言ってました」


「……ってことは、視覚中心か。聴覚はともかく…………情報を完全に把握できるうような便利なものじゃねわけか。


他には?」


「……えっと遊園地に凄い興味を持っていたけど、その情報については遊園地のキャラ情報ばかりで、ジェットコースターとかお化け屋敷、メリーゴーランドだって凄い新鮮だって楽しんでました。


遊園地に気軽に行けなかった立場なら予知でちょっとくらいそれを体験したりしてもおかしくないのに、してないのはちょっと変かなって」


「とりあえずお前が今日、遊園地デートを満喫したってのはわかった。


で、神吉千早妃の予知は俺たちが当初脅威に思っていたほどの精度でもない。


おそらく予知は画像を見るようなものだと仮定できる。


連続した動画じゃなく静止画。


その場面から読み取った情報を、神吉千早妃はかき集めて自分に有利な未来に作り変えている。


ひとまずはそう仮定して行動する。ってことは当初の予定通りプランAだな」



プランAってなんだろう?


そう思って英里佳を見たが、知らないらしい。他の三人も聞いてない感じだ。


パチンとキザったらしく指を鳴らす銃音先輩。


それに合わせて立ち上がったのは僕たちの所属するギルドのリーダーである金剛瑠璃先輩だった。


しかし……なんか凄い嫌そうな顔をしている。どうしたんだろう?



「明日以降、集めた情報は全部金剛瑠璃に集中させる。


IQ人外クラスのお前の頭脳を見込んで、それらの情報から常に色んな作戦を練りまくってもらう。


とにもかくにも、作戦を出し続けろ。数を撃て。


ただし適当なのは駄目だ。数を出しつつ質も保て。これが俺たちが確実に勝つために絶対条件だ」


「……はーい」



目に見えてテンションが低い瑠璃先輩。


作戦考えるって、大丈夫なのかなって思ったけど……でも、確かに魔法職の人たちって詠唱で物凄く頭使うから戦闘職より遥かにIQが高いってよく聞くかも。


瑠璃先輩クラスになると、IQってどれくらい高いんだろ?




「そして氷川明依」


「はい」



指名された氷川はその場に立ち上がる。


前にレイドボス攻略の時作戦を立案したのこいつだけど……今回は違うのか?



「お前は金剛の出した作戦を伝える役割だ。


だができるだけ全体を仕切ってるリーダーとしてふるまえ。


お前が全部回してるんだって雰囲気を保ち続けろ。


そして金剛の選んだ作戦内容を生徒証。お前がブラフで考えた作戦はスマホのメールで送れ。


だがブラフと悟られないように真面目に考えろよ」


「わかりました」



振りだけかと思ったらこっちも結構大変な役割だな。


千早妃の予知対策のためにそこまでしないといけないとは……



「あと、お前らも金剛の作戦に支障が無い時はブラフの方の作戦も実行しておけ。


常に神吉千早妃に見られていると意識して行動しろ」



そんな注意を飛ばす銃音先輩。


一方で僕はふとある疑問を口にする。



「今この場のことを聞かれたらそれはそれで台無しになるんじゃないですか?」


「馬鹿か歌丸。あ、馬鹿か」



酷い。普通に質問しただけなのに二回も馬鹿と言われた。



「今向こうはこっちのことを気にしていられる状況じゃねぇんだよ。


混乱した状況で、今は精々裏切り者探しに夢中ってところだろうよ。


それに、神吉千早妃の予知の情報を周りは鵜呑みにしなくなるって言っただろ。


今この場で話してる作戦は、向こうに逆転の一手を打たせないための予防だ。


99%の勝率を、100%にするための詰めの作業だ。


向こうの抵抗があったとしても大勢は変えられねぇ」


「でも、もし千早妃がこの会議室の会話をはじめから聞いてたとしたら、それって向こうの混乱を収める一手になりかねませんよね?」



今日の西のリタイア続出だって、こちら側の作戦だっていうのは向こうが勘付いてるはずだ。


あの中林会長だって、それを疑っていたわけだし……



「仮に、今この場での会話がバレたとしても、だ。


西の連中は、ノルンである神吉千早妃の言葉を信じようとは思わねぇよ。


お前のおかげでな、歌丸連理」


「……え?」



銃音先輩が何を言っているのかわからなかったけど、その答えを示すかのように手元で何かのスイッチを押す。


途端に、部屋の照明が消えて、銃音先輩の隣にプロジェクターである画像が映された。



「んがっ……!?」



その画像を見て僕は固まった。


隣にいる英里佳たちのプレッシャーが強まった気がした。


だって、そこには明らかにキスしちゃってる、王子コスチュームの僕と、お姫様コスチュームの千早妃の姿が映っているのだから。


間違いなく、今日の写真である。



「この写真が西の連中に出回らせた」


「な、え、ちょ――な、何してんですか!?」



まさかの発言に僕は思わず立ち上がって叫ぶ。


出回ったって、え、これ、千早妃以外の人たちも見ちゃったの、これ!?


っていうか現在進行形で怖くて横が見れないんですけど!


そんな風に戸惑う僕を、銃音先輩は鼻で笑った。



「当たり前だろ、この撮影自体が俺たちの仕込みだぞ。


それくらいお前も気づいてただろ」


「それはそうですけど……!」


「問題だ。


この写真を、西の連中が見たとする。どう思う?」


「ど、どうって……」



プロジェクターに写っている自分と千早妃を見る。


されるがままの僕と、こちらに抱き着いてきている千早妃。


……傍から見れば完全にカップルですね。



「「「――――――――」」」



そして隣にいる英里佳も詩織さんも紗々芽さんも、みんながひたすらに怖い!!



「どう思うか、明白だろ」



僕の顔を見て、本当に楽しそうに銃音先輩は言い放つ。



「――西は今、裏切り者探しをしてるんだぜ?」



銃音先輩のその言葉に、僕は頭に冷水をぶっかけられたみたいな気分にさせられた。



「今の西が不利な状況で、楽しそうに東の幹部クラス扱いの歌丸連理とデートを楽しんでいる」



戸惑いの気持ちも、あの写真を撮ったときの気持ちも、楽しかった遊園地の気持ちも



「疑心暗鬼でお互いに痛い腹を探られたくない西の派閥は、ここぞとばかりに丁度いい生贄を見つけたと喜ぶだろうな」


「奴らは自分の保身のために、打ち合わせもなく口を揃えてこう言うぞ」



今この瞬間、目の前の先輩にすべて踏みにじられた。



「――ノルン・神吉千早妃こそが裏切り者である、ってな」



――そんな気がした。



「言ったろ。


もう俺たちは99%勝ったんだよ。


色恋に現を抜かした、世間知らずのお嬢様の自滅によってな」

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