第235話 ハゲじゃない、スキンヘッド。
「貴様……!」
自分の槍を結果的に奪われた御崎鋼真は、生徒会長である中林松さんを睨みつけた。
「御崎はん、総大将がこないなトコに出歩いてる場合ほなあらしまへんよ?」
「だからここにいるんだろう。
そこの無能を連れ戻しに!」
「千早妃はんの能力を十全に使うためには、ウチも十分な情報ん準備が必要になる。
逆を言うたら、それまで彼女が絶対にいなければならへんちゅうわけほなあらしまへんよ。
むしろ、現場に総大将がいなくなってみんなてんやわんやなんどす。
急いで戻りまひょ」
「ふざけるな、これはれっきとした裏切りだぞ!」
「――責めるんなら、そら彼女ほなあらしまへんよ」
舞妓姿の中林松さんの雰囲気が急に変わった。
喋り方も、目も表情も何も変わっていないのに、身にまとう雰囲気だけが変わる。
「っ!」
天藤会長がまさに巨大な獣を前にしている時のプレッシャーだとすれば、これは暗闇だ。
真っ黒な洞窟を前に立っているかのような、何があるのかよくわからない。それ自体が恐怖心を生みだし、プレッシャーとなる。
あの人からはそんな何をしてくるのか予想できない怖さがある。
「歌丸、まずはそれをしまえ」
「え……」
いつのまにか、僕は手にした魔剣を抜こうとしていて、それを来道先輩が完全に抑え込んでいた。
「まったく……いつのまにこんなものを手に入れた?」
「あ、いや、これは……その」
とりあえず魔剣の鎖を撒き直してストレージへとしまう。
「総大将として、速くもどりまひょ。御崎鋼真はん。
千早妃はんは、うちが責任もって連れ帰るさかい。
こん場はうちん顔を立てると思って引いておくれやす」
「…………ちっ」
舌打ちをして、御崎鋼真は中林さんの手にある槍を引っ手繰るように手に取り、そのままストレージに戻した。
「これ以上そのアバズレに無駄な時間を使わせるな。
もう外で遊べないと思えよ、裏切りもの」
御崎鋼真は先ほど踏まれた写真やトートバックを大事そうに抱きしめている千早妃にそんなことを吐き捨てた。
「あいつ……!」
「堪えろ歌丸。
気持ちはわかるが、今本気でぶつかると面倒だ」
「それは、わかってますけど……でも……!」
頭では理解している。
しているのだが、どうにも僕の心は納得ができなかった。
そして、御崎鋼真は僕のことなど一切目もくれずにその場から離れ、待たせていたと思われるリムジンに乗って去っていった。
「千早妃!」
ひとまずは千早妃の元へと駆け寄った。
「連理、様……」
「怪我してない? どこか痛い所とかは?」
僕の質問に、千早妃は首をゆっくりと横に振る。
「私は、大丈夫ですけど……でも……」
彼女の手には先ほど御崎鋼真に踏まれてくしゃくしゃになった写真や、おみやげとして買ったクッキーなどが散らばっていた。
「ごめんなさい……せっかく……連理様と一緒に撮った写真が」
ポラロイドで撮った写真はすべて靴跡がついていたり、踏みにじられてくしゃくしゃとなっている者ばかりだった。
あいつ、的確に写真を狙いやがった。
「気にしなくていいよ。
……それは、大丈夫だった?」
千早妃の胸元には、さきほど御崎鋼真が踏み潰そうとした時、千早妃自身が守ったフォトフレームがあった。
「……はい。
これは大丈夫でした。ディスプレイのガラスが割れてましたけど……中の写真は大丈夫です」
「そっかよかった」
僕はひとまず散らばった写真や、他のおみやげなどを集める。
「……うーん、これは穴空いちゃったね」
さっき買ったばかりのトートバック、ただ踏むのではなく、念入りに壊すために踏みにじられたのがよくわかる。
「ごめんなさい……」
「いやいや、千早妃は悪くないって。
それより、僕の方こそごめんね。
あいつをちゃんと止められればこんなことにならなかったのに」
もっと早く行動すべきだった。
この間の奴の行動を見れば、こういうことをすることも予想はできたはずだというのに。
「千早妃はん、戻りまひょ」
中林さんはいつの間にか僕たちのすぐ近くに立ってそんなことを言い出した。
ぜ、全然気づかなかった。
早くて見えなかった、っていう感じじゃない。
そこに当然の如くいたのに、どうして今まで気付かなかったのかという驚愕だ。
感覚的に、戒斗のそれに近い。
「――アサシン?」
「あら?」
思わず口に出してしまい、目を丸くして中林さんは僕の方を見た。
「認識阻害の効果が薄いんね」
「認識阻害?」
「そないよ。本来ならあんたはうちんことが見えてへんはずなんよ。
あ、やて別にうちはアサシンやてへんわよ。
うちは“カゲロウ”。
――それって、英里佳のお父さんのドラゴンスレイヤーみたいなものってことじゃ……
そんな疑問を抱いていると、いつの間にか来道先輩がしかめっ面で僕の前に立っていた。
「歌丸、あまり奴を直視するな。
気が触れるぞ」
「え」
「カゲロウなんて職業はこいつの口から出まかせだ。
実際にそれが本当なのか真偽も定かではない。
隠密スキルを持っているのは確実だが他が不明だ。
ただ、こいつを肉眼で直視した奴は大抵が発狂し、ベルセルクみたいに暴れ出す。碌な目に遭わないぞ」
何それ怖い。
「うふふ……来道はん、昔んこと根にもっとるんどすなぁ」
「やかましい。
さっさとその気色悪い恰好を解け」
来道先輩の機嫌が悪い。
何か昔あったんだろうか?
「――くはは、ほら、これでいいか?」
急に低い声が聞こえてきたかと思えば、先ほどまで舞子さんの姿だったはずの中林さんが、男子制服の人物がそこにいた。
「お、男?」
あんな綺麗な舞子さんが実は男だったというのは正直驚いた。
一瞬別人化と思ったが、同一人物だとわかる。
――だって、格好は変わったけど髪型はそのままなんだもん!
「……カツラを外せ」
とても残念なものを見るような目で告げる来道先輩
うん、まぁ、確かにちょっと男子制服着てる人が舞子ヘアーのかつらをかぶってるのって控え目に言って気色悪い。
「おっと……流石に髪型は変化しないんだよな」
そう言ってカツラを外すとそこには綺麗に丸めた頭がある。
――スキンヘッドである。
ついさきほど舞子さんの格好をした人物と同一人物なのか、今更ながら疑いの気持ちが沸いてきてしまった。
「……お前、この間通信したときちゃんと生えてたよな?」
「ああ、最近ちょっと蒸れるんでな。どうせ普段カツラだし良いかなって」
自分の頭をぺちんと叩く。地味に良い音である。
というか、まさか……さっきのは制服の変化? 舞子さんの姿が迷宮仕様なのか、この人?
「まぁ、それはとにかく…………随分とまぁ、やってくれたな来道さんよぉ」
今までにこやかな雰囲気が一変し、肌がざわつくような敵意を僕……ではなく来道先輩に向ける。
「さて、一体なんのことだ?」
「とぼけんな。
ネタは上がって…………ないが、まぁ、いい。
もともと簡単に勝てるとは思ってなかったからな。
明日はこう簡単に行くと思うなよ。
さ、千早妃様、戻りますよ」
「…………はい」
「あ……」
中林さんに促され、その場から立ち上がる千早妃。
「じゃあな歌丸くん。
西に来たらよろしくしようぜ」
僕に対しては敵意を向けることはなくにこやかにそんなことを言いながら踵を返して歩いていく中林さん。
千早妃は無言のまま僕に頭を下げ、背を向けた。
その時、僕は急に何か漠然とした不安に襲われた。
このままでいいのか?
「千早妃……!」
咄嗟に呼び止めようとしたのだが、千早妃はこちらに振り返ることはない。
「呼び止めてどうするつもりだ?」
「……まさか、消音スキルですか?」
エージェント系には、音を消すスキルがあった。
それを今使われて僕の声が千早妃に届かなかったのだろう。
「ああ、これ以上一緒にいる必要性はないからな。
で、神吉千早妃を呼び止めてお前はどうするつもりだ?」
「それは……」
来道先輩のその問いに、僕は何も答えられなかった。
だって、この場でこれ以上千早妃と一緒にいるわけにはいられないことくらい僕の頭では理解できてしまうからだ。
それなのにどうして僕は彼女を呼び止めようとしたんだ?
「……わかりません。
けど……なんか、あのまま行かせちゃいけない気がして…………すいません、どうも場の空気に流されちゃったみたいで」
「…………いや、こっちもお前に妙な負担を掛けさせてしまったからな。
それで、その破れたバックはどうする?」
「……あ」
僕の手には千早妃に買ってあげたバックや拾った写真があった。
しまった、返すつもりだったのに小林さんのインパクトですっかり忘れてた。
千早妃を追いかけようと思ったが、気付いた時にはもうその姿が完全に見えなくなっていた。
……完全に返す機会を逃した。
■
場所は変わって、ホテルの一室。
昨日もミーティングをしたところだ。
遊園地からタクシーを拾ってそのまま直行である。
僕と来道先輩が最後だったらしく、部屋の中には昨日の面子が全員揃っていた。
そして、奥のステージ上では、礼儀悪くテーブルに腰かけながらこちらを見ている西学区の銃音副会長がいた。
「全員ご苦労。良く集まってくれた」
僕たちの姿を確認して語り始める銃音副会長
とりあえず僕は自分の席に座る。
隣にいた英里佳が何やら神妙な顔をしている。どうしたのだろう?
「……歌丸くん、どうだった?」
「どうって……まぁ、普通に遊園地楽しかったよ?」
「……ふぅーん」
自分で質問したのに、僕の答えを聞いてなんか面白くなさそうなリアクションをする。
「歌丸くん」
「あ、はい」
さらに奥に座る紗々芽さんに呼ばれ、つい背筋が伸びる。
「具体的にどういうデートだったのか、あとで詳しく聞くから」
「え、あの、それは」
あんまりこういの話すのは正直どうなのだろうかと思ってしまい言い淀んでいると、紗々芽さんのさらに隣に座っていた詩織さんが少し身を乗り出してきた。
「歌丸、良いから話しなさい。リーダー命令よ」
まさか詩織さんからのリーダー命令。
これは……流石に話した方が良いのかな?
「あー……まぁ、うん、答えられる範囲なら、ね」
「――そこの一年、話聞く気ないなら出てけ」
銃音先輩が不機嫌そうにこちらを見てきて。
「「「「すいません」」」」
僕含め四人揃ってハモった。
「ちっ…………まぁいい。
とりあえずみんなご苦労。
予定通り、この場にいる全員は明日の決勝出場決定だ。
そして……万が一でもお前らに勝てそうなやつら……西の主力は8割が競技を辞退した」
「……え」
銃音先輩のその言葉に僕は耳を疑う。
主力8割が出場辞退?
一体なにがどうしてそんなことに?
僕のそんな疑問を答えるかのように銃音先輩は続ける。
「昨日話した作戦通り、明日は決勝で、出場メンバーを変更することは許されない。
明日の勝利は現時点でほぼ確定だ。
まぁ、一部には今日で優勝決めた連中もいるけどな」
そう言った銃音先輩と目が合った。
他にも視線は動いているから、僕以外にも初日で圧倒的な記録を叩きだした人がいるんだろうな。
「と言っても、手は抜かねぇ。
主力じゃない連中もこのまま蹴落とす。
お前らその中でも見逃した邪魔になりそうな奴がいたら逐一報告しろ」
その手には生徒証ではなく、スマホが握られている。
「そして相手がザコでも善戦を装え。
とにかく派手に、目立たせ盛り上げろ。
ドラゴン共にとってはどうせ俺たちのしてることなんて筒抜けだろうが、そういう面も含めて奴らは笑う。
興ざめのようなことをしない限りは、邪魔はしないだろうしな」
困惑する僕と違い、周囲は特に動揺はない。
つまり、この内容こそ、昨日僕が退室した後に話されたことなのだろう。
「あ、あの!」
「あ、なんだ歌丸連理?」
挙手してみると、銃音先輩は鬱陶しそうな顔で僕を見る。いやだからなんでそんなこの人僕に対してのヘイト高いの?
「……その、実際のところ東は西に対して何をしたんですか?」
西の主力が一気に棄権するって、どう考えても普通じゃない。
それに、さっき中林会長の反応を見れば……相当な手段を選んだに違いない。
一体何をしたんだろうと僕が固唾をのんで回答を待っていると、銃音先輩はとても楽し気な表情で一言……
「脅迫」
ひとまずこの人がまともな善人ではない。
そんな確信した僕なのであった。
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