第240話 氷刃の決意 その2
■
「嶮山!」
サムライのスキルである、獲物を下から上へと勢いよく突き上げる刺突。
相手から見れば足を狙っていたはずの一撃が急に浮き上がって見えていただろう。
だが、相対している詩織は虚を突かれることはない。
むしろ、スキルを放った御崎鋼真が虚を突かれた。
『や、槍に乗ったーーーーーーーー!?』
『身軽ですねぇ~』
突き上げられた槍をかわすどころか、詩織はそのまま槍の上に乗ってしまったのだ。
結果、彼女の視点では足元に手を前に出した姿勢で硬直している御崎鋼真の顔がある。
「――パワーストライク」
放たれたのは、剣ではなく足技。
槍の上という足場が安定しない場所で剣を振るより、そのまま足を前に出す最速の攻撃を選択したのだ。
そして放たれるのは、彼女の仲間である歌丸連理が多様している戦士系の職業ならば基本誰でも覚えられる初期スキル。
熟練度が上がると武器だけでなく体術でも発動するという技だ。
詩織は最初はこのスキルを覚えるつもりはなかったが、このスキルを多用している歌丸の姿を見て考えを改めたのであった。
それはそれとして……御崎鋼真はその顔を思い切り蹴られた形となって、首が飛んでいきそうな勢いで後ろに仰け反る。
「――吹っ飛べ」
だが、それで負けてなるかと御崎鋼真はその手から槍を手放さず、その身に宿る魔力を流し込む。
結果、まるでその感情に反応するかのように衝撃波が発生した。
「シールドフォース!」
詩織は盾を構えながらその場から跳び、衝撃波の勢いを流す。
しかし、結果的にリングの端に着地。
勢いを殺すため、クリアブリザードをリングにまで突き刺した。
「――疾風二段!」
先ほどの衝撃波で自身にもダメージを受けたはずの御崎鋼真は、着地した直後の詩織目掛けて槍を振るう。
痛みなどもはや怒りで忘れていたのだ。
「シールドバッシュ!」
ただ受けただけでは後ろにリングアウトで失格負けになると、あえて前に出るためにスキルまで使用した。
「
「なっ――!?」
しかし、今度こそ詩織は虚を突かれる。
御崎鋼真の槍が、詩織の盾を貫通した。
■
「詩織さん!?」
詩織さんの持っていた盾が貫かれた。
此方からは御崎鋼真の背中でその姿が良く見えないが、まさかあの槍で貫かれてしまったのか!?
隣では紗々芽さんが口元を手で覆って顔を青くしている。
「――まだ負けてない」
その一方で英里佳が真剣な表情でリングを見る。
次の瞬間、舞台上で冷気が爆発した。
■
一級品の武器に、スキルと、並外れたステータスに卓越した技術
レイドウェポンではないが、防刃性に優れた盾を貫通するだけの要素を相手は兼ね備えていたのだろう。
詩織は右肩に痛みを感じながらも、意識は冷静さにそう考える。
一度接近戦で思い切り足蹴を受けた直後に、まさかさらに接近戦を挑んでくるとは思っていなかったのだ。
それも、自分が前に出た直後に、貫通性能を強化したスキルを使ってくるなど、完全にこちらの行動を僅かな時間で完全に読まれたということになる。
相手は性格はともかく、戦闘においては抜群のセンスを持っているのは明白だ。
ならばここで自分が冷静さを失ってはいけない。
(試合の流れを、持って行かせはしない)
「――
瞬間、クリアブリザードの刀身から冷気が爆発する。
「なっ!?」
ひび割れた盾越しに聞こえてきた。
こちらの行動は完全に予想外だったのだろう。
慌てたように再び槍から衝撃波が発生するが、先ほどより弱く、冷気の爆発にかき消される。
詩織の視界全体が真っ白になり、顔など肌が露出してるところから一瞬引っ張られたような感覚がして、すぐに鋭い痛みに変わる。
肌が一瞬で凍結して裂けたのだろう。
「――この、馬鹿女が……!」
苦しむように叫ぶ声が聞こえて、肩に刺さった槍が抜ける。
痛みはあるが、最初ほどでない。
冷気で痛みを感じにくくなっているのだろうし、その上出血も少なくなった。
「ぐ、ぅぉ……ぉおおおお……!」
大袈裟なくらい距離を取った御崎鋼真は、槍を握ってた右手を抑えている。
未だにその手は槍を握っているようだが、手首が完全に凍り付いている。
対する詩織も、ただでは済まない。
体全体に霜が立つように見えて、髪の先端が白くなっているようにも見える。
特に右手など酷いものだ。
右肩を槍で貫かれたこともあるが、クリアブリザードの冷気で急激に冷やされた結果から、肌が裂けて血が流れ、その血すらも凍って赤い花が咲いているかのような奇妙で不気味な様相となっていた。
観客席でレイドウェポン同士の派手な戦闘を見ていた者たちのテンションも、そのあまりにひどい傷に絶句していた。
「すぅ……はぁ……」
ゆっくりと、詩織は指を動かす。
それだけでその手から血が噴出し、それをみて観客席から短い悲鳴があがった。
そして詩織は先ほど槍が貫通して破損した盾を捨て、左手に剣を持ちかえる。
右手はもう完全に使い物にならないという判断からだろう。
『な、え……み、三上選手……ま、まだ戦うつもりなのでしょうか?
さ、流石に棄権させた方が……』
『まぁこれが普通の大会だったらそうでしょうけど、今は結界ありますから死にませんし問題ありませんよ。
それに出血が止まってる以上は単に右手が使えないだけです。
彼女が所属するチーム天守閣にとっては、あの程度ならまだ負けているという判断は早計でしょうね』
ドラゴンの言葉に実況が絶句する。
あの可憐な見た目の少女騎士は、一体どれほどの修羅場を潜ってきているのだと。
まだ迷宮学園に入学して三カ月も経ってないはずなのに、どうしてそこまで戦えるのか、と。
「おまえ……狂ってるのか?」
明らかに自分よりも大怪我しているのに、痛がる素振りもせずに淡々と戦う準備を進める詩織の姿に、御崎鋼真はかすかな恐怖を覚える。
今までいかに目の前の女を苦しませてやろうかと怒り狂っていた思考が冷水を浴びた直後のように停止していく。
「寒すぎて痛覚が麻痺してるだけよ。
というより、そう言う風になるように調節したの。
今の私、普段よりも色々制限されて……いいえ、いつものように助けてもらえてないから、それくらいの工夫はしないと勝てないって思っただけよ」
詩織はそう言いながら、観客席に一角を一瞥した。
そこにいた仲間である歌丸連理が、前のめりで詩織の姿を見ていたのだ。
唇を噛んで、拳を握って、絶対に目を逸らさないという強い意志を込めて、今も自分を見ているのだと、詩織は実感する。
「――付き合い切れん」
御崎鋼真はそう吐き捨てる。
その右手の氷が消えていく。
槍の周囲だけ気圧を下げて氷を強制的に水、さらに水蒸気へと蒸発させているのだ。
「もういい、お前みたいなキチガイと関わるのは沢山だ。
さっさと消えろ!!」
まだぎこちない動きであるが、槍を振り回して風の刃を飛ばす。
霧がない状態では詩織はその刃を視認することはできない。
だが、詩織は構わず前に進む。
無造作に剣を振るったかと思えば、空気が炸裂した音が響く。
「なっ」
「もうタイミングは掴んだ」
絶句する御崎鋼真を無視して、詩織は前へと進む。
実戦経験を何度も積んで、さらには生徒会長との訓練により読みの力が鍛えられた詩織。
初見での回避は難しくとも、すでに槍から発せられる風の速度を見切っている。
「大したことないわよね、あんたも」
「あぁ!?」
「槍振り回さないと、風も起こせないんでしょ。
未熟さの表れじゃないかしら?」
さきほど自分が言われたことと同じことを言い返す詩織
そして御崎鋼真は顔を真っ赤にして怒りの形相を見せた。
「この、死に損ないがぁ!」
槍を振る速度をさらに上げるが、そのこと如くが詩織の剣の前に弾かれる。
「知らないなら教えてあげるわよ」
一歩一歩、着実に御崎鋼真との距離を詰めていく詩織。
明らかに重傷を負っているのに、その足取りは今日見た誰よりも力強かった。
「死に損ないが、一番強いのよ」
そして、とうとう詩織は御崎鋼真を射程内へととらえた。
「私は、それをすぐ近くでずっと見てきたんだから!」
「――嶮山っ!」
苦し紛れに放たれる刺突
右手に負傷を追っている状態で放たれるそのスキルは、最初に見たものよりも精度が数段劣る。
しかし、そんなものは当然詩織は予想している。
「バーティカル」
上段から下段へと振り下ろされる斬撃は、御崎鋼真の放った槍の軌跡を逸らす。
そしてそのまま槍の柄を滑るようにして、詩織の剣は御崎鋼真の手首を切断する。
「――ぐ、ぅああああああああああああああああああああああ!?」
趨勢は今、ここに決まった。
槍から完全に手が離れて、無防備となった御崎鋼真
■
「決まったっ……!」
隣で英里佳が前のめりに席から腰を浮かせてそう呟いた。
紗々芽さんは傷つく詩織さんの姿を見て今にも泣きそうだったが、祈るように手を合わせて真っ直ぐにリングを見ている。
そして僕も、あと数秒先にやってくるであろう詩織さんの勝利を目に焼き付けようとする。
しかし、その時、僕は視界の端に奇妙なものを見た。
先ほど見た、御崎財閥のロゴの入ったカバンを背負った人物
それが今、最前列の席に座りながら、何かを構えている。
カバンからケーブルが伸びていて、その先に細いライトみたいなものにつながり、そのライトみたいな機械をリングーー御崎鋼真……いや、その足元に向けられている。
目だけはいいという自負のあるので間違いない。
だが、そこにあるのは御崎鋼真が手放した槍があるだけのはず?
そう思った直後、再び炸裂音が響き渡る。
■
詩織はその時、何が起きたのかわからなかった。
無防備になった御崎鋼真を仕留めようと、剣を一度引き、そこから刺突で相手の心臓を貫こうとしたが、突如足元から衝撃が発生したのだ。
気付けば自分の身体は宙から地面に叩きつけられ、その手からクリアブリザードが零れ落ちていた。
「――――」
炸裂音の影響で耳がよく聞こえず、ただ自分が苦痛に声を漏らしたという自覚だけはあった。
それでもすぐに立ち上がろうとしたが、気付けばまた詩織はリングの上を転がっていた。
その途中でようやく詩織は一瞬だけ御崎鋼真の姿を確認した。
御崎鋼真は切断された右手の代わりに左手で槍を持っており、それを振り回していたのだ。
しかも今、かなりの距離がある。
それにもかかわらず自分が吹き飛ばすくらいの風が発生している。
(まだ、これだけの魔力が残っていたっていうの……?)
そんな疑問を持ちながら、どうにか立ち上がって体勢を立て直す。
リングの上を見回し、先ほど手放してしまったクリアブリザードが10m以上離れた場所に落ちているのを確認した。
現状、武器無しでは話にならない。
そう判断してすぐにクリアブリザードを拾おうとする詩織だが、御崎鋼真がそれをただ見ているだけで済ませるはずもない。
「おぉおおお!!」
竜巻がリング状に発生して、クリアブリザードが詩織からさらに離れた場所へと飛んでいき、場外へと吹き飛んだ。
もはや拾うのは不可能。
「あ、足が……!」
しかもこんな時になって、今までのダメージから足に力が入らずに倒れる。
「死ね!!」
刺突により鋭い風の刃が詩織に迫る。
無手で無防備となった詩織は思考が停止する。
(終わり――なの)
すでにいつ刃が自分の身体に届くのかわかっている。
だが、避けることはできない。
「――詩織さんっ!!!!」
歓声の中で、そんな声だけが聞こえてきた。
今、詩織は大会ルールのために彼とのつながりである
だが、それでもわかるのだ。
――勝利
負けても仕方ないと、いつだってその立場を受け入れてきた身でありながら、誰よりも焦がれる感情を持っている少年が、すぐ近くにいる。
もはや勝利は遠いという確信がある。
だが、その願いを、一端でも担っている身として、心まで敗北することは許されない。
「パワーストライク」
タイミングは完璧。
風の刃に、まだ動く左手の手刀が叩き込まれた。
会場の誰もが、まだ動くのかと声に出さずとも驚愕する。
「――疾風二段」
しかし、御崎鋼真はどこまでも冷徹に、そして淡々と、三上詩織という少女のしぶとさを感じ取っていた。
故に、これ以上の延長など彼は認めない。
「――――ぁ……ごほっ」
口から大量の血が噴き出て、そしてすぐに凍結して赤い煙みたいになったのを確認した。
一つ目の刃は完全に防いだが、それよりほんの一瞬だけ遅れて飛来した刃が、詩織の胸を貫通したのだ。
胸から背中に、何かが通り過ぎた。
そしてもはや力すら入らず、彼女は倒れた。
『し、試合終了!
勝者! 御崎鋼真選手!』
その言葉を認識したと同時に、三上詩織は意識を完全に手放したのであった。
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