第338話 スヴァローグ攻略 ③リスクがリターン
■
大声で怒鳴られるより、何も言われずに泣かれるのが辛いと知った、今この時。
歌丸連理です。
詩織さんや紗々芽さんからは諦観を、英里佳からは怒りを、千早妃は身に覚えがあるから何とも言えない表情をしているのだが……
「ひっ……ぐすっ……!」
「きゅぷぅ……」
「きゅぽぉ……」
融合が解除されたヴァイスとシュヴァルツを抱きしめながら静かに泣いている稲生を前に、僕は自主的に正座&土下座を実行
そのほかのメンバーからは「何やってんだよ」的な目で見られているのか視線が刺さる気がする。
「……あ、あの……稲生……さん?」
「……………………」
無言
ゆっくり顔を上げると、子ウサギたちが助けを求めるように僕を見つつ「ママ泣かせちゃメっ」「パパあやまって」的な意思を僕に向けてくる。
いや、お前らも完全に共犯だからな?
というか、融合解除して、紗々芽さんに回復魔法をかけてもらったとはいえ、まだ僕顔が血みどろ状態なんだが……ちょっとは僕の心配してよ……いや、平気ではあるんだけどね。
仕方なく、こんな時でも頼りになるモノへと僕は視線を向け……
「こっち見んな」
冷たい。戒斗、冷たい。
だって、だって、だってだってなんだもん!!
どうしたらいいのかわからないんだからしょうがないじゃないか!!
詩織さんだったら理詰めか暴力で、極論言えばどうすべきか答えが明確に提示された状況なわけで、こういうただただ泣かれるというパターンは初めてなんです!
椿咲がちっちゃい頃は甘いものあげればよくて、ある程度大きくなってからは僕が入院生活になって大人びた正確になっちゃったから、こういう状況はまったく未知なんです!!
「…………バカ」
「……はい」
「……あほ」
「はい」
「ばかばかばかばかばか、あほ、ばかあほばか」
リズムゲームみたいに「バカ」の間に「アホ」挟むのはなんなの?
「…………痛かった、でしょ」
「……え?」
「融合……この子たちとの」
「…………まぁ、うん……そうだね」
今になって冷静に思い出すと、生きた心地がしない。
「……正直、スヴァローグと戦うために、最悪何度もあれを味わう必要があるかもと思うと…………これだよ」
顔を上げ、少し力を込めていた手を開くと、勝手に震えだし、じっとりと手汗がにじむし、思い出すと顔が引き攣ることを自覚する。
「我ながら情けない」
「……私だって、経験してる……あの時は必死だったからよく覚えてないけど……二度と使いたくないってことだけは覚えてる……でもあんたは、そこまでわかってて使ったし…………止める気、ないんでしょ」
「うん」
震える手を握り、もう一方の手をかぶせて力を込め、震えを抑え込む。
「泣かせてごめん。
だけど、せめて地上に戻るまでは、目を瞑っててほしい」
「………………うん」
自分で言ってて、酷い男だなぁと思う。
…………入学当初には、こんなに人に思われるとか考えもしなかった。幸せなことなんだとはわかっているし、泣かせることは本当に心苦しいけれど……まだ止まるわけにはいかないんだよね、やっぱり。
「……先輩、お待たせしました。
それで、どうですか?」
ゆっくりと立ち上がって、今まで静観していた来道先輩は何とも言えない表情を見せ、眉間をほぐすように指を当てる。
「……有用性が高いことは、認めざるを得ない。
俺、紅羽、榎並の三人をまとめて相手にしてあれだけ立ち回れるのなら、スヴァローグに通用しない、とは言い切れないだろう。
……とはいえ、視界の外からの攻撃に弱いというのはなぁ……」
「あれは単純に戒斗が僕に危害を加えてこなかったのも原因の一つです。
もし相手がスヴァローグで、視界の外から僕を殺す気で攻撃したとしても、その時は“死線”のスキルも併用で発動して、そこから逆算して回避ができます」
「それは絶対か?」
「天使モドキと戦った時にはそれで凌いでます」
「………………わかった」
少し間を置いて、来道先輩は顔を引き締める。
「俺、紅羽の二人でフォローしつつ、苅澤のバフ、神吉の未来視などでバックアップした状態で明日、スヴァローグに鬼形を使用して鬼の攻撃が本当に有効か実証する。
その結果を持て、この里にいる鬼たちとどういう協力体制を敷くか確定させる」
来道先輩の言葉に、僕は頷く。
英里佳たちを筆頭にその場にいるほとんどの者が顔をしかめるが、先ほどの僕の動きが一つの証左となっているので反論はないようだ。
「萩原、鬼形をいったんシャムスさんから返してもらってくれ。
それと歌丸、疲労は大丈夫か? 絶対に急ぐわけでもないし、無理そうなら決行を伸ばすぞ」
「ひと眠りすれば大丈夫です。
むしろそれ以上伸ばすと、感覚が鈍る気がします」
今回の融合、前回と違って学べるところは多かった。
天使モドキと違い、圧倒的な格上の三人と……途中から離脱したがユキムラと相対したことでかつてないほどに研ぎ澄まされている……気がする。
……まぁ、それはそれとして肉体的な疲労はほとんどないけど、精神的というか……うん、ちょっと頭痛がするかも。
今日の仕事は終わってるし……さっさと寝よう。
■
そして翌日
「斬れました」
「「「「」」」」
その場にいた四人が絶句。
緊急時の脱出も想定し、めちゃくちゃ高いエリクシルモドキだが手足の切断も治せるエリクサーまで用意したのに、あっさりできた。
そんな僕の手には、ハンドタオルくらいの大きさの毛皮がある。
順番としては……
①鬼形を握って鬼化した状態でヴァイスとシュヴァルツと融合し、紗々芽さんのバフを盛る。
②千早妃のスキルで僕を観察して、僕が死にそうな未来が見えたら僕が逃げるための時間稼ぎをするために来道先輩と会長がスタンバイ
③いざ結構で、初手首を狙って【疾風の型・颯】を発動し、首を狙う。
④当たったところでスヴァローグが驚き、体を炎にして逃げだす。
⑤その時の勢いのせいか、木材に鉋を当てたみたいに毛皮がスルンと取れる
⑥スヴァローグがめっちゃ驚いて、攻撃するよりも先に吠えて僕を威嚇し、その時にまずいと咄嗟に判断して逃げるが、そのままだと死ぬと判断。
⑦自分でもありえないだろうと思いつつ、攻撃をするフェイントを織り交ぜると、大げさなほどにスヴァローグが僕から距離を取る。
⑧その隙に逃げて、階段を全力で下る。ちなみに毛皮は忘れずに持ってきた。
以上
決死の覚悟で挑んだのに、結果はまさかまさかのあっさり大成功。
いや、実際のところは融合なかったら死んでたけど……こちらの想定を大きく上回るレベルでスヴァローグが鬼化した僕にビビっていた。
「……なんか、こう……拍子抜け、ね」
「あ……あぁ」
実際にスヴァローグと戦闘したことのある会長と来道先輩は、先ほどの僕の行動を見て何ともやるせないような顔を見せている。
まぁ、あんなに苦戦した相手を、僕がこうもあっさり攻撃を当ててしまったのだからそうなるのも無理はないか。
「……でも、なんていうか、鬼がスヴァローグにこんなに有効なら、なんでシャムスさんの父親は殺されたんだろ……?
僕一人でここまでできるんだったら、学生と一緒に戦ったら有効打を与えていたんじゃ……?」
現在僕は融合を解除し、鞘に納めた鬼形を左手、毛皮を右手に持ちながらゆっくりと会談を下りていく。
「おそらく、その時点では鬼の存在がどれほど有効か認知されてないがゆえに、学生とまとまって行動していたはずです。
鬼の存在をスヴァローグが認識できてないのなら、あくまで学生のみを狙ったのでしょうが……その数の多さゆえに、広範囲への攻撃を行い、それに巻き込まれた……といったところでしょうね」
「もし何かが違えば……もっと前から、この60層と地上はつながっていたのかもしれないね」
千早妃の説明になるほどと納得しつつ、紗々芽さんは何とも悲し気にそう言った。
「……でも、それだけだとさっきみたいなスヴァローグの大げさな行動はおかしくない?
学生の存在をスヴァローグは姿が見えなくても近くできる……一方で鬼の方はちゃんと目で見ないと位置がわからない……って感じだったけど……攻撃のフェイントしただけであそこまでビビったみたいに距離を取るものかな?」
「……みたい、じゃなくて本当に怖かったんじゃないかな?」
「と、いうと?」
紗々芽さんに続きを促すと、紗々芽さんはまず僕の手にある毛皮を見た。
「今までの話を聞いた感じだと、スヴァローグが攻撃をまともに受けたのって、今回の歌丸君を除くと、シャムスさんのおじいさんのテツさんだけだったと思う。
その時って、息子夫婦の復讐のために襲い掛かって来たんでしょ?
始めて攻撃を受けた時、その相手が激昂していて自分を殺そうとしてくる……嫌でも印象に残ると思う。
その時のことを思い出して、歌丸君の攻撃を怖がったんじゃないかな?」
「……つまり、スヴァローグにとって、鬼から攻撃を受けるのはトラウマになっている?」
「うん、だと思う」
なんだそりゃと思ったが、でも冷静に考えるとそれは決しておかしい話ではない。
あの牛には、明確に意思がある。
最初に階段を下りていく僕たちを嘲笑う用に見送った瞳を、僕は確かに見た。
それだけの知能があるのなら……確かにトラウマを抱くのは不自然でもない。
……けど……
さんざん里の鬼たちや遭難した先輩たちから命も、家族との再会の機会を奪っておきながら……たかだか一回角折られた程度でトラウマ……?
「……ふざけた話だね」
ふつふつと、怒りが湧き上がってくるのを感じる。
「それにしても歌丸君、剣の腕かなり上げたわね」
「え?」
「だって、そんな風に毛皮だけ切り取るとか、一種の神業よ。
そりゃ相手が特殊すぎるってのもあるけど……ここまでできるようになってるなんて知らなかったわ」
会長がのその言葉に、そういえばと僕はその手にある鬼形と、スヴァローグの毛皮を見る。
「……なんとなく、これが必要になる気がして、そう思ったら鬼形が勝手に動いた……気がします。
なんか自分でやったって実感がないんですよね」
「ふぅん……まぁ、歌丸くんの剣技ってスキルでもらったり、鬼形事態が特殊な魔剣だし……そういうこともあるのかもしれないわね」
僕の言葉に、興味を失ったのか会長はすぐに階段を下りていく。
スヴァローグの近くにいるとそれだけで気分が悪くなるから、自然とすぐにこの場から離れたいという意識が働いているのだろう。
「もしその話が事実なら、鬼形の残留思念か……お前の未来視の判断かはわからないが……これはいい説得材料になるのは確かだ」
「説得材料……といいますと?」
「お前は今、スヴァローグに攻撃を当てた。
それを証明するのに、この毛皮は確かに有効だ。
実際にスヴァローグと対面した学生たちや、スヴァローグの角を直で見たシャムスならその毛皮の正体も気づく……そうなれば、里にいる学生や鬼たちの協力を仰ぐための物証になる」
「……おぉ……そっか、それな――――ぁ、ぇ」
――その時、急に世界が暗転した。
■
歌丸連理が倒れた。
その言葉を聞いて誰もが最悪の事態を想定したが、話を聞けば状況は異なっていた。
スヴァローグにやられた……そう思っていたところ、倒れた原因はおそらくは融合スキルを使ったことによるものだろうと推測ができた。
現在、歌丸は高熱を出したために布団に寝かせて回復スキルに、エリクサーほどではないが高級な回復ポーションを併用して安静にさせている。
意識は時折覚醒しているが、高熱のせいか自分がどうなっているかも覚束ない状況である。
チーム天守閣の女子メンバーはそんな彼を看病し、戒斗と来道たちは今回のことを歌丸が手に入れた毛皮をもって、学生の代表である剛、鬼の代表であるソンチョウに協力を持ち掛けに行った。
天童紅羽はさぼ――……迷宮の奥へ調査に向かった。
そして渉は新しい鬼形を鍛えなおしてもらうためにシャムスのもとへ行き、残されたチーム竜胆の三人に、千早妃の護衛であるクノイチの日下部姉妹は念のために拠点の周囲を警備していた。
「まったく……本当に情けない」
「お兄様、連理様に対して失礼ですよ。彼の行動は、私たちにとっても必要で」
「そうじゃねぇっての」
呼吸を荒くさせながらも横になっている連理を見る蓮山は、妹である麗奈にたしなめられて小さく舌打ちをする。
「あのスキル反動がデカいことはわかってて、そしてこうしてダウンしてるってのに、俺たちチーム竜胆はマジで役に立ってねぇ……そう思った。
……思っちまったんだよ」
「それは…………」
蓮山の言葉に、麗奈は何も言えなかった。
普段なら「俺は壁だ」としか言わない大樹も、流石に普段通りの言葉は出てこない様子である。
「足を引っ張っている、とは思っていないが……それだけだ。
渉はともかく、俺たちは本来ここに来る必要すらなかった。
……何をしに来てるんだろうなって……滑稽に思えたんだよ」
「……自虐的になるの、久しぶりに見ましたね」
「そうか……?
……ああ、まぁ、確かに口にはあんまり出さなくしてたかもな」
「…………でも、こうして私たちがここにいることに変わりはありません。
どんな意味があるのか……そう考えるのは、地上に戻って考えても遅くはないのではないですか?」
「……そうだな」
「でしたら、はい、切り替えましょう。
この里にいる皆さんの協力をしていただく立場なんです。
そんな辛気臭い顔をしていたら、失礼というものですよ!」
「頭を撫でるな、お前妹、俺、兄!!」
そんな鬼龍院兄妹のじゃれつく様子を見て、大樹は静かにフッと笑う。
そんな時だった。
歌丸が寝ている平屋の扉が開き、そこから歌丸の看病をしていたはずの千早妃が出てきて、パンパンと手をたたく音がする。
「千早妃様」「お呼びしょうか?」
隠密スキルで姿を消していた日下部姉妹が姿を現した。
そんな様子を見て「「時代劇で見る奴……」」と兄妹揃って同じ感想を口にした。
「――この里の未来に変化が現れました。
早急に対策を打つ為、ソンチョウのご自宅に行きます。ついてきなさい」
「「はっ」」
そう言って速足で移動を始める千早妃と日下部姉妹の三人。
蓮山は嫌な予感がして、この場の警護を麗奈と大樹に任せて同行することにした。
「里の未来に変化って、何があった?」
「わかりません」
「わからないって……それってつまり今まで通りなんじゃないのか?
スヴァローグの影響で、上手く未来予知ができないって」
「そうです。
ですが、この里の範囲内に限定すれば、どこで何が起こるかはわかりますし……連理様の様子は定期的に観測してました」
さらりと連理のプライベートを暴いていると断定する千早妃、そしてそれを聞いても一切動じない日下部姉妹の様子に蓮山は内心ドン引きするのであった。
「そして、連理様の完治する未来が観測できません」
「……つまり、あいつはこの先一生あのままだっていうのか?!」
「最初は私もそう思いましたが、すぐにほかの未来を観測して違うことがわかりました」
「他の未来?」
「ええ、具体的にはその場にいたほかの皆さんや、この里の未来を」
その話を聞いて、蓮山は手足の先から徐々に熱が奪われていくのを感じた。
頭の回転が早い分、まだ具体的なことは聞いていなくても最悪の可能性が頭に浮かんだのだ。
「……結論を聞く前に…………もしかして、俺の考えている通り、か?」
「……流石にいちいち未来視の力は使いませんけど、あなたの能力については把握しているつもりです。
おそらく、私の見た未来と同じか……かなり近い推測が出ているのではないかと」
日下部姉妹は沈黙しているが、二人の言葉の意味が分からない様子であった。
しかし、一方で蓮山の続く言葉に、無表情はさすがに崩れざるを得なかった。
「――歌丸連理が回復するより先に、スヴァローグが上の階層からここに下りてくる」
「「っ」」
蓮山は顔をしかめつつ、外れてくれと願いながら千早妃を見る。
「……先に言ったように、スヴァローグを私の未来視で観測することはできません」
「しかし」と、千早妃は足を止め、蓮山に向き直って告げる。
「私は、この里が炎に飲み込まれ、多くの人間鬼、女子供、老人……あらゆるすべてが焼き殺さ、私自身が炎に飲み込まれる未来を見ました」
「……何時だ?」
「どんなに遅くとも、一週間以内……としか……少なくとも今日明日ではないのは確かです」
「…………っ、ぁは、は……はぁあああああ……!
――だぁああああああ、クソがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
蓮山はそれを聞いて、額に手を当てガシガシと髪をかきむしるように頭を抱える。
「つまり、俺たちは……この里のいる全員、歌丸抜きであの化け物を倒さなきゃ生き残れなくなったってことかよ!!!!」
未来に向けて、希望を目指しての行動。
それは決して間違いではない。
だが、時に行動を起こすことは、必ずしも目的通りに事が運ぶことを意味しない。
リターンばかり得てきた結果、そこに生じるリスクを軽視したツケ
それが今、当の歌丸が自覚することなく、無関係であったはずの者たち周囲の者すべてに払わせようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます