第339話 スヴァローグ攻略 ④彼がいない戦場
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「おっと、これは……」
「流石にこらまずいやろ?」
床も天井も、壁も視認できない空間で、歌丸連理が一時的とはいえ戦線離脱の状況と、歌丸の活躍によって危機感を抱いたスヴァローグが、今までと違って自主的に改装を下り、そこにいる者たちすべてを焼き払おうと動き出すという状況
それらを観測していたドラゴンは予想外の状況に驚きつつ、どこか楽し気に目を細める東部迷宮学園のドラゴン
対して若干の焦りを見せる西部迷宮学園のドラゴン
「一応確認ですが、そちらで無断で手出しは無しですからね?」
「分り切ったことをわざわざ聞くな。
そないなことはしてへんのはお前が一番よくわかってるやろ」
「確かに」
うんうんと頷きつつ、その視線の先には熱にうなされながら意識を失っている歌丸連理の姿が映った映像がある。
「意識はないながらも、スキルは継続で発動している……少なくとも、チーム天守閣と、そして萩原渉は彼の恩恵を受けられるが……本人が動けないならば、当然範囲共有は使えず、辛うじてとはいえ戦えていた三年生は、スヴァローグの前に無力となり……有力な戦力と目されていた、村に残っていた留年組も、使い物にならない」
「……一年生と、協力してくれるのかもわからへん鬼たちでどう立ち回るっちゅう話や。
そして当然、ここぞのユニークスキルも期待はできへん。
本気でこのまま放置するんか? 次にいつ、こんな有望な奴らが現れるかわからないのに」
西のドラゴンのその言葉に、東のドラゴンは間髪も頷く。
「だからこそ、ですよ」
「は?」
「ギャンブル中毒者、という者の気持ちが、今の私ならよく理解できる。
駄目かもしれない、けど、できるかもしれない……この不安と期待の綯交ぜは、病みつきになりますねぇ……!」
「……お前、正気なん?
これ、最後かもしれないんやで」
「だからこそ、と言いましたよ。
次なんて無いんです。
彼らが駄目なら、もう二度と」
ドラゴンはにやりと、歯茎が見えるほどに口角を吊り上げ、楽し気に、そして興奮気味に言ってのける。
「私はもうこの世界に期待を抱くことはできなくなるのですから」
■
「――お前ら、自分が何やったのかわかってんのか!!」
里のムラオサの家、そこにいる遭難した学生たちの代表である剛は、当初出迎えてくれた時とは打って変わって、酷い剣幕で状況を説明しに来た千早妃や蓮山を怒鳴りつける。
「……申し訳ない。こちらの想定が甘かった」
そして、ちょうど同じタイミングでその話を聞いた来道黒鵜はすぐに冷静になり、この事態を招いたのが自分たちであることから、代表として頭を下げた。
「謝って済む問題じゃない!!」
だが当然、それで収まるような怒りではない。
「剛、落ち着け」
「だが、ムラオサ……!」
「その怒りは、かつて我々がお前たちに向けたものと同種のものだ。
かつて、お前たちの言葉を信じ、多くの同胞が帰らぬものとなったぞ。
怒るな、とは言わん。
だが、お前には彼らを糾す権利があるのか?」
「っ…………そう、だな。
……ああ、少なくとも俺にどうこう言う権利は、ない。
むしろ、地上に戻るなんて考えを早く捨てさせるように説得を怠った責任もある……」
顔に手を当てながら力なくうつむく剛
「……あっさりと、信じるんですね。
協力を仰ぐための虚言だとは思わないのですか?」
「……竜神様からのご神託があってな」
「……神託、ですか。
それはどのような?」
未来予知が使える巫女として神託を告げる立場だった千早妃
この村にドラゴンが分身を放っていたことは知っていたが、まさか歌丸以外にもわざわざ接触を図っていたとは思っていなかったので驚いた。
「君には未来を知る特別な力があり、そしてそれはほぼ必ず現実になる……と」
「なるほど……」
ドラゴンのその発言、この状況になることを想定していたのか、もしくは別の状況を想定しての根回しだったのか真意は不明だが、結果的には信じてもらうための手間は減ったと判断する。
(……やはり、私は連理様みたいには考えられませんね)
「ふふっ……」
「おい、何がおかしい」
思わずこぼれてしまった千早妃の笑みが、この状況で剛の癇に障る。
「ああ、いえ……すいません、どうにも私は、連理様のようにうまくお話することが不得意みたいだなと……ああ、これも失言ですかね」
「……神吉、俺たちで状況を整理するから席を外せ」
千早妃も冷静ではないと判断して退席を促す黒鵜
「いいえ、お断りします」
「お、おい……」
まさかの拒否に、黒鵜はもちろん、同席していた戒斗、蓮山と、黙ったままだが千早妃の背後に控えている日下部姉妹も目を見開く。
「では、私の見た未来と、それに対しての対処方について、ぜひこの場で共有させていただけないでしょうか」
「……対処方があるのか?」
「はい、もちろん」
「倒せるっていうのか、スヴァローグを……?」
「皆さんの協力があれば、ですが」
先ほどまでと打って変わって、表情に光が戻るムラオサと剛
その一方で、なるべく表情を変えないように努めつつも黒鵜も蓮山も、内心で首をひねる。
そのような手段があるのならば、とっくに共有されているはずだ。
なんせ神吉千早妃という少女は、歌丸連理に対しては常に真摯な対応をし続けてきたのだから。
そしてそんな話を聞いたのならば、歌丸連理が、自分たちにその情報を伝えないとは思えないし、仮に伝えなかったとしても隠し通せるはずがなく、不審な点などなかったと、二人の頭ですぐに確信を持つ。
ということは……
「私たちは、すでにスヴァローグに有効な攻撃手段を有しております。
まずはその事実を共有させてください」
そして、千早妃は自分たちが保有している情報を、伝えた。
ほんの、一部を除き。
スヴァローグは学生の接近は気づくが、鬼に対しての知覚能力は低いこと
テツという実例と、そのテツによって作られた魔剣・鬼形があること
その魔剣を今、テツの孫であるシャムスが対スヴァローグ用に鍛えなおしていること
そしてスヴァローグの影響下でも学生が戦える手段があることを
「――詳しい作戦については、皆さんの協力を確約でき次第お話させてください。
ですので、大変お手数をおかけすることとなりますが……至急、この里の戦える方たちの協力を取り次いでいただけないでしょうか」
「「…………」」
そして……
「スヴァローグの目的は、鬼……自分では知覚できない存在が脅威だということを認識してしまったために、この里に必ず下りてきます。
時間がありませんので……どうかお早めに」
――ほんの少しの、嘘とも真実とも言えない情報を織り交ぜた。
■
「――あれは、どういうつもりだ」
ムラオサの家から、自分たちに貸し出されている家へと戻る道中
周囲に自分たちの話を聞くものがいないことを確信してから、蓮山は千早妃に問う。
黒鵜は改めて、スヴァローグの毛皮をムラオサたちに託しつつ、どういう手順で里の者たちを説得するか打ち合わせのために残った。
「どう、とは?」
「何を根拠に、スヴァローグを倒せるなんて断言した?」
「断言? いいえ、
「は、いや、だってお前さっき――」
「確かに、剛さんに倒せるのかと聞かれても……協力があればといっただけで、こっちからは倒せるとは断言はしてないっスね」
続く戒斗の言葉に、蓮山は目を見開く。
「それじゃ詐欺じゃないのか?」
「人聞きの悪い……まぁ、あなたにどのように思われても構いませんけど」
「お前……なんでそんなことをするんだよ、こんな時に!」
「こんな時、だからですよ」
「はぁ!?」
声を荒げる蓮山とは対照的に、千早妃は淡々とした調子で歩く。
「落ち着けっス」
さりげなく日下部姉妹が連山から千早妃を守るように立ち位置を調整し、その様子を見て両者の緊張を緩めるためか、戒斗は蓮山の肩に手を置いて少し距離を取らせる。
「……蓮山様も、意外と……いえ、順当に連理様の影響を受けているのですね」
「なんだとこらぁ!? 誰があんな軟弱野郎の影響を受けてるって!!」
「――連理様のこと愚弄するとか、ライン超えてますわよ小学生!!」
「千早妃様、落ち着いて……」
「さっきまでとキャラが明らかに違い過ぎる……」
自分に使える綾奈、文奈の指摘を受けて咳払いをして冷静さを取り戻す。
ちなみに「小学生」呼びされた蓮山は激怒して殴りかかろうとしていたが、戒斗に羽交い絞めにされて何もできない。
「――ん、んんっ……ふぅ……
あなたについての調査資料を読んだとき、思ったんです。
ああ、この人は私と同じで、自分にとって大事な人以外は切り捨てられる人だなって」
「あ”っ」
「――私は、この里にいる引きこもりすべてを使い潰して、スヴァローグを弱らせ、私たちが安全に倒せるように誘導するつもりです」
「っ!」
一切の迷いもなく言い切った千早妃に蓮山は背筋がゾワリとする悪寒を覚える。
「お前、正気か?」
「ええ、そうですよ。
そして以前のあなたなら私の案に迷いは見せても、そんな風に懐疑的な態度は見せなかったでしょうね」
「だから何を」「冷静に、一切の感情を排して一旦考えてください。
私のやろうとしてる誘導と、連理様が理想とした協力関係……どっちが現実的ですか?」
そこまで言われて、蓮山は自分が何を言われているのかようやく理解し始めた。
指摘され、冷静になり、ああ確かにと気づかされた。
「……なんで俺、あいつの考えが実行できること前提に考えてんだ……っ!!」
確かに、自分も毒されていた。
文句のつけどころのない、理想的な、英雄譚のような甘美の勝利。
ドラゴンスケルトンからの勝利
体育祭での他の学園の一年生に対する完封勝利
夏休み最後のレイドでの活躍
本来はありえない、異常事態ともいえる偉業が立て続けに起きたことで鬼龍院蓮山の中の価値基準が入学当初と比べて乖離が発生していたのだ。
そして、手にこもる力が無くなったことを確認して、戒斗はようやく蓮山を開放するが、当の蓮山は顔に手を当てて地面を見るばかりだ。
「…………戒斗様は、責めても下さらないのですね。
それとも、責めるほど私には価値がなかったでしょうか?」
「そこまで卑下しないで欲しいっスね…………先輩や俺も、どうやって里の連中に話を切り出すか考えていたけど、結果的に最速で協力を取り付けられそうになったわけっスから。
ぶっちゃけ、スヴァローグが降りてくるって知った時点で、もっと酷い手段で協力させようかとか俺も検討してたっすから……同罪っスよ。
むしろ……俺らのために、泥を被らせちまって…………本当に、申し訳ない」
歌丸連理がいれば、どうにかなったのか?
歌丸連理が戦える状況ならば、こうはならなかったのか?
彼の仲間の二人の言葉を聞き流しながら、蓮山は頭の中でぐるぐるとまとまらない思考を繰り返す。
「――お前ら」
そして、せり上がってくる言葉に、勝手に動く自分の口に、蓮山はやめろと強く思うが……
「本気でこの里の連中、見殺しにするつもりなのか」
言って、自分の口を咄嗟に覆ったが、すでに吐いた唾は吞めない。
「ええ、その覚悟はもうできてます」
「……他人蹴落としてでも、俺らは生き残らなきゃいけないんスよ」
そんな二人の、同類だと内心認めていた二人の言葉
かつては自分も同じように考えていたはずなのに、どうしてかその言葉を聞いたことにショックを受ける。
それが我慢できず、連山はその場から逃げるように走り出す。
「……追いましょうか?」
日下部姉妹の姉の方である綾奈がそう訊ねるが千早妃は首を横に振る。
「放っておきなさい。綾奈も文奈も疲れたでしょ。
今日はもう休みましょう」
「ですが……もし先ほどの話を漏らしたら混乱が起きますよ?」
「あいつはそこまで考え無しじゃないっスよ……これが連理なら即ぶっちゃけそうっスけど」
文奈が心配そうにそう訊ねると、蓮山が走り去った方向を見る戒斗
「……ある意味俺たち以上に、鬼龍院が一番連理のこと理解してるのかもしれないっスね」
「本人が聞いたら怒りそうですわね」
「そうっスねぇ……」
■
「――くそっ、何やってんだよ、俺は……!!」
走り続け、やがて息が切れてきたので歩きに変わったが、それでも足を止めずに目的地もなく歩き続ける。
自分の失態を振り返り、そして、自分が浅はかになっていたことに気づき、それを恥じる。
そして恥じる自分にすら自己嫌悪を覚え、そんな自分がさらに許せないという、ネガティブ思考のループに陥る。
「俺だって、チームのリーダーだろ……!
リーダーなら、この状況に対してのあらゆることを想定して、最悪の可能性も踏まえて、泥を被る覚悟だって決めているべき……いや、決めてなきゃいけないだろ!
なのになんで、わざわざ、あいつらを苦しめるってわかってて、そんな自分は違うみたいな、自分は善良ですみたいな言い訳染みたこと聞いてんだよ、ふざけんなよ、俺!!!!」
自分の浅はかさが、甘さが、愚かさが、すべてが許せない。
そして何より……!!
「
自分で自分をぶん殴りたい。
そんな思いから、握った拳を自分の顔面に叩きつけようとして――
「おいおい、何してんだよ?」
そんな自分の手を掴む存在に、蓮山は驚く。
自分の手を掴んでいるのは、魔剣の鍛え直しのために別行動をしていた萩原渉だったのだ。
「なんでここに……」
「いや、それはこっちのセリフで……というかシャムスの家、そこだぞ。
なんか叫び声が聞こえてから様子を見に来たら、なんか自分で自分を殴ろうとしてる蓮山がいるし…………何かあったのか?」
そういえばと、別行動をしていたから自分対たちの渉はまだ何も知らないんだったなと思い至る蓮山。
周囲に人がいないことも確認しつつ
「シャムスさんの方はどうした?」
「工場にこもってこれから本格的な作業の準備だってことで作業に集中するんだと」
「こんな時間にか? もう里は寝静まる時間だぞ」
「もともと夜に鍋や包丁を仕上げて、明るい時間に売りに行くって生活だったらしいから、夜中の方が集中できるらしい。
まぁ、こんな地下だから昼も夜もないだろって気もするがな」
「そう、だな……」
周囲に話を聞く存在がいないのは確定した。
情報共有の意味でも、何より今の鬱屈とした気持ちを吐き出す意味でも話すべきだろうと判断する。
―――
――――
―――――
「と、いうことだ」
「……なるほど、な」
なるべく、自分の感情は交えずに正確に情報を伝えたつもりで話し終える。
そうやって事態を客観視することで、蓮山は神吉千早妃が自分を含めた仲間たちをどれだけ生かすことに意識を集中しているのかがわかる。
それを理解していたからこそ、あの場にいた来道黒鵜も、それを指摘せず、竜神としてあがめられるドラゴンの発言を利用して協力を取り付けることを騙すような形であっても黙認したのだと理解もした。
(やっぱり俺は、この場にいる誰よりも役に立って……)
「で、この状況を利用してどうやって勝つ予定だ?」
「……え?」
「え、じゃないだろ。
この際、神吉千早妃の腹黒いのはもう置いておこう。
というか、こういう事態を想定せずに行動した俺たち全員の責任だ。
その事態の解決のためには、これまでの状況を考えて里の鬼の協力を必要になる。だから騙して悪いけど、嘘も方便……うん、そういうことにしようぜ。
で、大事なのは、それだけの手数が揃った上で俺たちはどう対応するか、だろ。
まさかチーム天守閣に、作戦丸投げとか、そんなダサいこと考えてないよなぁ、レンやん」
にやりと、悪友の揶揄ってくる、人前に出るようになってから自粛してきた、その呼び方を聞いて蓮山は……
――バシィーン!!
強く自分の両頬を叩く。
「――レンやん言うな。
大体、俺を誰だと思っている」
顔を赤くさせながら、ふぅと鋭く息を吐いて髪をかき上げ、不敵な笑みを渉に見せつける。
「チーム竜胆のリーダー、鬼龍院蓮山だぞ。
これだけの状況、あれだけの人材が揃ってるんだ。
歌丸なんかいなくても、たかが牛の一頭、文句のつけどころもないくらい完膚なきまでに倒してやろうじゃないかっ!!」
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