第84話 ホウレンソウはしっかりね!
「助けてください」
「失せろ」
「そんなご無体な!?」
人が気持ちよく眠っている真っ最中、いきなり
何を言っているのかわからないと思うが、僕もわからない。
「ぅ、うぅう…………」
学長の大声に戒斗はなんだか呻きながら寝返りを打つ。
今日も学校が終わってから家畜への餌やり作業で疲れきっているようだ。
「あの、歌丸くん、それで本題なんですが…………あの、歌丸くん?」
学長を無視して僕は立ち上がって窓の外から周囲を見回す。
「学長のせいで家畜たちが怯えて鳴き声も発せなくなったみたいですね。
これじゃ警報の役割は果たせそうにない」
「ああ……それは申し訳ないことをしてしまいましたね。
……あの、それでなんでそんなに落ち着いてるんでしょうか?」
「学長相手に大きなリアクションすると喜ぶだけだって学んだだけです」
入学前に比べると学長限定で僕もかなり神経が太くなったと思う。
「う、ぅん……なんだか学長とっても悲しいです」
「用があるなら話くらいは聞きます。
外に行きましょう」
「そうですね、日暮くんも起きてしまったらかわいそうですしね」
なるべく音を立てないように部屋を出る。
この巨体で音一つ立てないとかどういうことなのだろうかこのドラゴン
厩舎を横切るとき、牛や豚たちが声も発することもなく壁の隅によって震えているのが見えた。
よっぽど学長が怖いらしい。
「それで、助けてほしいってどういうことですか?」
「いえ、実はお試しで学生の一人を魔改造したんですけどね、ちょっと暴走してしまいましてね、手が付けられなくなったのでどうにかしてくれないかなと思いまして」
「……………………ん?」
今このドラゴンなんと言った?
「……すぅ…………はぁ…………あの、ちょっと言ってる言葉の意味がわからないんですけど」
一度深呼吸をしてからもう一度訊ねてみた。
「そのですね、ちょっと歌丸くんの当て馬になってもらおうと思ってとある学生に歌丸くんの持つ“
「――ちょっと生徒会に通報しますね」
「あ、ちょ、できれば内密にぃ!」
できるわけないだろうがボケ。
非常事態ということで来道先輩は学生証の通話に即座に出た。
『どうした歌丸?』
「ドラゴンがなんかやらかしたみたいです」
『は?』
「今目の前にいて、僕に助けてほしいとか言ってきました」
『…………ちょっと待ってろ』
そこで通話が切れたかと思えば、ポンと僕の肩が叩かれた。
「おわっ!?」
「どういうことだ?」
驚いて振り返るとそこにはいつの間にか来道先輩がいた。
どういう原理で突然現れたのか不思議だったが、前にラプトルを相手に僕が一方的にやられてた時も突然現れたことを想いだす。
エグゼキューターのスキルの一種なのだろうか……?
「ああ……来てしまいましたか……」
学長は悲壮感に満ちたような声でその手で顔を覆った。
その鋭い爪で自分の目を潰せばいいのに。
「学長、どういうことですか?」
来道先輩の口調は丁寧だが、その言葉の威圧感が半端ない。
これは相当怒っているようだ。
そりゃそうだよね、今そうでなくてもアサシンの一件で忙しいのに厄介ごとを持ってこられたら僕もキレる。
「ああ、いや……その……」
しどろもどろになり、目をこれでもかと泳がせる学長
汗腺が無いからわからないが、これが人なら冷や汗を顔いっぱいにかいていることだろう。
「えっと…………実は、とある生徒にお試しで歌丸くんのスキルと似たものを与えたんですけど……」
「あ”」
「お、怒らないでくださいよ。
それでその……歌丸くんを少しでも強くしたかったのでちょっと戦わせようと思ったんですけど、ちょっと想定とは違う方向に暴走しちゃいまして……」
「来い」
「きゅう」
「ぎゅう」
「きゅる」
「あ、ちょ、物理貫通は勘弁してください! それ本当に痛いんですから!」
召還した三体のエンペラビットたちの額に出現した紫色の角を見て怯む学長
ふざけるな、なんで僕がそんなこいつの都合で動かなきゃいけないんだ。
こいつ人のことを自分を楽しませる駒程度にしか考えてないだろ。
「それで、想定とは違う暴走というと具体的には?」
「いやぁ、実は今日、人を襲いそうになってたので急いで止めようと思ったんですけど逃げられちゃいましてぇ……」
「白々しい。
貴方がその気になれば即座に無力化できたはずだ」
「いえ、麻痺耐性とか薬物耐性とか即座に覚えられてね、無傷で捕まえるのが難しくって…………流石に手足を切り落とすわけにも……ねぇ?」
「ねぇ?」じゃねぇよ、何やってんだよこいつ
「歌丸と同じ、ということは……スキルを覚えるスキルということですか?」
「ええまぁ……ただ、どうも歌丸くんと違って闘争本能を奮起させてしまうようでして、誰でもいいからぶっ殺したいという暴走十代まっしぐらな感じで」
「十代なんだと思ってんだ」
敬語も忘れてしまう来道先輩だが、その発言には激しく同意する。
「反抗的で暴力に走るのもまた青春だとは思うんですけど……ちょっとあれはやりすぎというか、私好みではないですし……かといってそのまま殺してしまうのはなんだか可哀そうなので、暴走を止めるプロフェッショナルの歌丸くんを頼ることにしたのです」
「誰がプロフェッショナルだ」
「それにもともと歌丸くんにぶつける予定だったので、ちょうどいいかなって」
「死ね」
「彼を止めるのならば、歌丸くんがこれまで何度もやってきたように意識覚醒を共有すれば解決します。
できなければ彼を殺す以外の方法で止める手立てはない…………とは言いませんが、かなりの時間とコストがかかることは保証します」
「そんな保証いらねぇー……」
つまりアレか、英里佳の狂化に近い状態なのか、その生徒
ぶっちゃけスゲー関わりたくない。
だが……このドラゴンの被害者を放っておくわけにもいかないし……殺人事件を犯しかけたとなれば北学区の生徒会としても放っておくわけには……
「……その生徒は今どこ」「待て」
情報を聞き出そうとしたとき、来道先輩が僕を制した。
「先輩?」
「安請け合いするな。
今俺たちがどういう状況なのかを考えろ」
「それは……そうでしょうけど……」
今僕たちは命を狙われる立場にある。
それなのに狂暴化した生徒を捕まえるために動くとか、無謀すぎるのもわかるが……
「学長、これはいわばあなたの尻拭いを歌丸にやらせようとしているわけですよね」
「あー……まぁ、そうなりますかねぇ」
ポリポリと顔をかく学長
「一人の生徒に不用意に力を与えて狂暴化させた。
これは明らかに非人道的な行為だ。
その責任をどうするつもりなのでしょうか?」
「いやドラゴンである私に人道を説かれましても…………」
確かに。
このドラゴン、ちょっとやそっとのことじゃ反省とか絶対にしないぞ。
「――合同での運動会開催」
「っ……あ、あの……それをどこで?」
合同での運動会……?
一体それは何の話だ?
僕の疑問をよそに、来道先輩は続ける。
「相手方の学長が先に向こうの生徒会に話して、こちらにも伝わりました。
学長はギリギリまで黙っているつもりだったようですが…………はっきり言います。
そんなこと現時点では不可能です」
「え」
ぽかんと口を半開きで間抜けを晒す学長だが、来道先輩は一気にまくしたてる。
「場所の確保、開催地の選定、そして対決するためのチームの選抜
そして勝敗に応じたお互いの利益…………学長はどのようにお考えでしたか?」
「えっと…………その、生徒の移籍とか、でしょうかね?」
「ならば、各学園から数名ほど選出して徒競走でもしてもらいましょうか、それで勝った方が好きな生徒を移籍させるということで」
「なっ!? え、そ、それってつまらなすぎませんか!!」
「何か問題でも?
徒競走はれっきとした運動競技であり、その勝敗で生徒の移籍を決める。
何も学長の意志に反しませんよ?」
「あー、やー……それは、そのぉ~……折角なので、もっとこう大々的に、たくさんの人を集めたドームで大応援合戦を受けながら代表たちが切磋琢磨に互いの実力を競い合うような、そんな競技を見てみたいのですが……」
「では学長、ぜひ単独でそのような会を開いてください。
我々生徒会は東西南北すべて生徒への参加を自粛するように呼びかけますが」
「んなっ……!?」
唖然とはこのことか。
学長は大口を開いて絶句してしまった。
「学長がいうような大会を開く場合は、確実に巨大な金がも人も時間も必要とするような、それこそかつての日本で行われていた夏の甲子園を裕に凌ぐ大行事です。
例年の運動会ですらかなりの規模なのに、それを合同となればどちらかの学園への移動や滞在も必要となり、競技によっては本島で行う方がいいものも出てくることでしょう。
そうなれば学園内だけでなく、本島からの協力も必要です。
鳥取方面の学長はそのことを考えたうえで早期に生徒会に連絡し話を持ち掛けていましたが、貴方は楽観的にそういったことも考えておらずしかたなくこちらも生徒会で各方面に連絡しているところなのですよ。
それも、たったの、半年もない短期間で」
何だろうか、口調はとっても穏やかなのに、先ほど以上に迫力がある。
学長も「お、おぉう」とたじろいでいる。
「こちらも鳥取方面の学園への義理で行っていますが、主催の学長がそのような態度を取るならばこちらも全面的にボイコットさせてもらいましょう。
そうなればなし崩し的に合同運動会は中止必至でしょう。
鳥取方面には貴方の責任であることを正式に伝えます。
たとえ人類があなたに対して無力であっても、同じドラゴンであるあちらの学長からどのような責任追及がくるのか…………いやー、今からが楽しみですね」
「あ……え……あの……その……」
眼が泳いでいるどころか激しくバタフライし出した学長
合同運動会とやらをかなり甘い見積もりで実行しようとしたツケが回ってきたようだ。
「えっと……その…………じゃあ、その生徒を捕まえてくれたらものすごい性能の武器とか用意しますよ?」
「いりません」
「え……じゃあ、防具とか……」
「いりません」
「………………超簡単ボーナスステージエリアとか用意しますよ?
動かないし攻撃してこないしすぐ倒せるけど、ものすごいポイントがゲットできる
何それすごい気になる。
「そちらもいりません。
こちらの要求を呑んでください」
「……まず、聞きましょう」
「金瀬千歳殺害に関与した生徒の個人情報の開示、そしてその証言を法廷でおこなうこと」
「え…………それだけですか?」
「貴方は迷宮で起きたこと……いいや、この学園で起きたことをすべて把握しているはずだ。
いちいち犯罪組織と対立していたらきりがないし、運動会の準備もおちおちできやしない。
貴方たちドラゴンは人間同士のいさかいに興味はないと言ってどちらか一方に加担はしないと黙認を続けてきたが、あんたの証言があればまるごと一掃できる。
面倒な禍根は俺たちの代で終わらせて、歌丸たちには迷宮攻略に専念してもらいたいんだ」
「あー……まぁ、証言するだけならいいですけど、過去のことなので全部まとめてってのは無理ですよ?
昔の情報を引き出すのは君たちが思っている以上に難しいことですし……そうですね……実行犯の生徒の個人情報と、その生徒に犯罪を指示した生徒の流れを一通り名前を挙げて、私が証言したという保証をする程度が限界でしょうかね」
「十分です。
少なくとも貴方が証言してくれるなら、奴らがドライアドに拘る必要性すらなくなる」
あ……そうか、確かに。
あのアサシンとその組織がララを暗殺しようとしているのは、殺害可能と思っているからだ。
だが逆に、ドラゴンである学長が証言するとなれば話は別だ。
現状僕以外に学長に攻撃する術を持たないのならば、暗殺のしようもない。
証言もララよりも正確となれば、ララを狙う意味すらなくなる。
そうなればもう、苅澤さんが現状に怯えることもないのだ。
来道先輩、そこまで考えてくれてたんだ!
「まぁ、それならお安い御用です。
問題の生徒の処遇はそちらに任せますので、できれば犠牲が出ないうちにお願いします。
それがすんだらこちらも金瀬千歳さんの案件について私が証言すると公表いたしましょう」
「すぐにじゃないのかよ」
すぐに公表してもらうだけでこちらも大助かりなのだが……
「それじゃあそちらも急いでやってくれる保証もありませんしね。
では、お願いしますよ」
そういうや否や、学長はその場から姿を消した。
その場に残されたのは僕と来道先輩、そしてさっき召還したエンペラビットたちだけだった。
「予想外の結果だが、これで事態は好転するかもしれないな」
「そう…………ですかね?」
「そう思っておけ。
最悪、お前たちは卒業してからも恨まれる可能性もあったが、学長が勝手にこちらに加担したとなれば妙な逆恨みをされるリスクも減る。
今後も妙な連中に狙われる危険性が軽減されるとなればいいことじゃないか。
特に苅澤にはな」
「なるほど、確かに……」
苅澤さんその辺りすごく気にしていたし、良いことかもな。
「だが必然的に歌丸、お前に頑張ってもらうことになる。
頼んだぞ」
「はい。
……ところで」
「なんだ?」
「その捕まえる生徒のこと、あのドラゴン何も話さず帰りましたよ」
「……………あ」
そんなわけで、とりあえず寝ました。
明日になったら全校放送駆使してでも学長から聞き出すらしい。
■
『つまり、仮にドライアドを殺したとしてもその狂暴化した生徒が連中に捕まえられてしまえばドライアドの証言以上の損害を受けるということか?』
「はい」
人気のない南学区のとある一角で、一人の学生が本来ならば学園内でも一部のものしか持ちえない通信端末を使用していた。
「あのドラゴン、途中からこちらの存在に気が付いてあえて生徒の情報を話さずに立ち去ったようです」
『あの性格から考えると、生徒会も生徒の情報を明日のうちに聞き出せるかも怪しいな』
「なぜそう思うのですか?」
『奴は人間に対しては基本的に公平だ。
やつら生徒会側にチャンスを与えるように、俺たちに挽回の機会を用意したつもりなのだろう。
ドライアドよりもその狂暴化した生徒を優先しろ。
身柄を生徒会にさえ渡さなければ契約は果たされない。そうなれば奴も過去のことを広めたりはしない』
「構いませんが……その場合ドライアドの証言は?」
『あくまで最優先はドラゴンとの契約のほうだ。
そちらが終わってからでもいい。
万が一ドライアドの証言が出たとしても、直接つながる連中はこちらで先に処理しておく』
「では、時間稼ぎに適当な連中に歌丸連理を殺すように命じておきます」
『いや、それはやめておけ』
「……理由をお聞きしても?」
生徒会の目的は狂暴化した生徒を保護することで、そのためには歌丸連理の能力が必須だ。
それを封じれば自然と向こうは後手に回る。
だからこそそれを止められる理由がその学生にはわからなかった。
『その生徒はドラゴンが気にかけている。
下手に手を出せば奴の逆鱗に触ることになる。
基本平等だが、気まぐれに大量虐殺できる存在だ。
目を付けられれば確実に足がつくぞ』
迷宮学園のすべてを知るドラゴン
それからマークされることは確実に自分の今後の活動に大きな支障が出る。
それだけのリスクを考えれば確かに歌丸連理の殺害は好ましくはなかった。
「では、殺害さえしなければ問題はないのでしょうか?」
『支援系の能力ならば単体では脅威となりえない。
戦力の分断を図れ』
「ならば……ほかに人員を動かしても構いませんか?」
『任せる。
騒ぐ分にはドラゴンも目を瞑るどころか便乗する。
せいぜい派手に、かつやり過ぎない
そこまで言われて、通話が切れた。
学生は通信機を懐にしまい、学生証を取り出した。
そしてそこから使用者の制限されている掲示板にこう書きこんだ。
『蛇より鼠へ
船は傾いている』
そう書き込むと、ほんの数秒で返信が来た。
『鼠より蛇へ
すぐに向かう』
その内容を確認し、掲示板で“蛇”というハンドルネームを使った生徒は学生証を懐にしまう。
「ちっ……面倒な」
周囲に人気がないことを確認して、その腕に真っ黒な腕章を身に着けると制服の形が変化する。
そしてその場から音も立てることなく、まるで風のように姿を消すのであった。
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