第85話 隠し通路はロマン



狂暴化した生徒の身柄を保護する対価として、学長に法廷で証言させる。


そうすることでララが狙われるリスクを大幅に軽減できるかもしれない。


それを聞いた時の苅澤さんはとても安心しきった表情を見せた。


そして問題の生徒がどこの誰なのか探すために学長から情報を聞き出す運びとなったのだが……



「――学長が行方をくらました」



「「「「「え」」」」」



翌日、放課後の農作業を終えた僕たちに来道先輩が告げた言葉がそれであった。



―――――

―――――――

―――――――――



そんなわけで、日を改めて翌日


学長からの厄介な頼み事から二日目、つまりは水曜日である。


僕たちチーム天守閣は自主休校していた。


エージェントの戒斗と、ベルセルクで機動力の高い英里佳は来道先輩と学園の中の不審人物を探し回っている真っ最中。


残った僕と詩織さんと苅澤さんは、甲斐崎先輩に守ってもらっている宿舎で待機していた。



「問題の生徒が誰なのか……それがわからないと捕まえようもないわよね」


「男子生徒ってのは確実だよ。


あのドラゴンその生徒のこと“彼”って言ってたし……あと精神状態が普通じゃないみたいな感じだから授業も出てないはずだよ」


「それだけじゃ情報不足よ。


何かしらの理由を付けて休んだりサボったりしてる生徒がどれだけいると思ってるのよ……絞り切れないわ」



詩織さんはそんな風に嘆息する。


これが普通の規模の学校ならば話は別だが、この迷宮学園は東日本ほぼすべての高校生が集まっている。


サボったり休んだりして平日でも授業を受けていない生徒が下手をすると千人単位もいるのだ。


そこから一人を絞り切りことはかなり手間がかかる。というか無理。


だから結局足で動かさなければならないわけだが……



「………………」



やはり、待つだけだと精神的に辛いものがある。


折角昨日明るい知らせでほっとした表情だった苅澤さんもまた沈んでしまって……しま…………



「苅澤さん」


「………………」


「あの、苅澤さん、苅澤さーん!」


「――え、な、なに?」



ちょっと大声で呼んでようやく気付いた様子だ。



「なんか胸ポケット光ってる」


「え」



僕に指摘されて慌てて胸ポケットを調べる。


というかその光り方ものすごく見覚えがある。


そして案の定、苅澤さんが取り出したのは光っているアドバンスカードだった。



「え、あの、これどうしたらいいの?」


「どうって言われても……たぶんララが出たがってるんじゃないかなぁって」


「わ、わかった」



アドバンスカードの表面をフリックし、ララをその場に呼び出そうと試みる苅澤さん。


しかし、それを見た詩織さんが血相を変えた。



「紗々芽ちょっと待って、ここで出したら宿舎が大変なことに――」


「え?」



苅澤さんが反応したときにはすでに操作を終えていた。



「二人とも伏せ……て……」



叫ぼうとした詩織さんだが、その心配は杞憂に終わった。


カードから光が出てきたかと思えば、それはとても小さな、それこそ小さな女の子程度のサイズのものだった。


そしてそこに現れたのは、僕たちのよく知るララの姿だった。



「小っちゃくなってるね」

「……なってるわね」



パッと見は以前と同じだが、よく見ると頭にリボンのように花が咲いていた。



「……えっと……ララ、だよね?」


「うん」


「本体のサイズとか、どうなったの?」


「これ、ほんたい」



そう言いながらララは頭に咲いている花を示した。



「一気にスケールダウンしたね」


「よぶんな、えいよう、とらない、から……すぐちいさく、なれた」



ああ、地面に根っこ張った状態じゃ勝手に栄養吸収してたから小さくするのに時間かかってたのかな。


それでアドバンスカードに入ったことで栄養補給が途絶えてサイズ調整がすぐできた、と。



「………………」



唖然と、出てきたララを見て苅澤さんはその場で座り込んだまま固まっていた。


そんな苅澤さんをみつけ、ララは苅澤さんの方へと寄っていく。



「えい」


「え、えぇ!?」



そのまま何を想ったのか苅澤さんの膝の上に座ってしまったララ


座られた苅澤さんはかなり戸惑った様子だ。



「な、なんで座るの……?」


「だめ?」


「だめとかそういう話じゃなくて……えっと……あの」



助けを求めるように詩織さんを見る苅澤さん



「あの、ララ、一つ聞いて良いかしら?」


「いいよミカミ」


「紗々芽と契約してすぐにカードに入っちゃったから聞けなかったけど、どうして紗々芽をパートナーに選んだの?」



それは僕も気になっていた。


パートナーに選ぶ基準って色々あるとは思うが、正直初対面であるはずの苅澤さんをララが指名した理由というのは何だったのか全然わからなくて気になっていたんだよね。


その質問に、ララは少しばかり首をかしげながら考えて、振り向いて苅澤さんの顔を見て……



「ササメ、チトセに、にてるきがしたから?」



いや疑問形で言われても……



「あの……私そんなに似てるの?」



苅澤さんは反応に困っている。



「とりあえずさ、ララってこれまで何にも栄養取ってなかったわけでしょ?


ご飯とか欲しいんじゃない? 普段何食べるの?」


「ちとせ、くだものくれた」


「果物か……確か宿舎の冷蔵庫にトマトならあったはずだけど、それでも大丈夫?」


「たぶん」



試してみた。


ドライアドってどういう風に栄養を取るのかわからないけど、ひとまず与えてみた。



「あ、あの……膝に乗ったままなの?」


「とりあえずどうぞ」


「ありがと」



苅澤さんの膝に乗ったままのララにトマトを手渡す。


そのまま口に運ぶのかと思ったら、ララの手のひらから根っこが伸びてきて、トマトの中に刺さった。


そして数秒とも立たず、一気にトマトがしぼんでいしまった。


最終的にはもうカラッカラに乾いた物体が手のひらに乗っているばかりだった。



「そうやって栄養取るんだ……」


「植物っぽいと言えば植物っぽいわね」


「あの……そろそろ膝から降りてほしいんだけど……」


「ごちそーさまー」



カラカラに乾いたトマトだった物体をもったままゴミ箱のほうへと歩い捨てにいくララ。



「やっとどいてくれた……」



そして再び戻ってきたララ


また苅澤さんの膝に座ろうとして……



「あの、お願いだからそこに座らないで……」


「え……」


「…………う、ううん、もう好きにして」



ものすごく悲し気な表情をしたララに罪悪感を覚えて結局膝に座らせてしまった。



そんな時、詩織さんの学生証から着信の音が鳴る。



「はい、三上です」



音量を上げた状態で通話状態にする詩織さん。



『三上、悪いがすぐにルーンナイトの状態でこっちに来てくれ』



相手は来道先輩のようだった。


というか……え、ルーンナイトの状態で?



「何か起きたんですか?」


『暴動……とでもいえばいいのか、西学区で不良連中が暴れていろんな店に迷惑かけてる。


無駄にステータス高い連中もいて、対処しきれない』


「え……ですけど、紗々芽とララの護衛は……」



この場に詩織さんが残っていた最大の理由は苅澤さんとララの護衛だ。


詩織さんは僕が青汁を飲め無理すればいつでもルーンナイトになれる非常に強力な護衛となる。


ルーンナイト状態の彼女を倒せる存在はそう多くはないのだ。



『それは甲斐崎に一任する。


それに一番警戒していた奴がそっちにいないことがわかった』



どことなく、来道先輩の声に焦りの色が見えた。


そしてその理由はすぐにわかった。



『例のアサシンと今俺が交戦している』



その言葉に僕たちは息をのむ。


ララと再会するために出向いたあの迷宮で遭遇した、あのアサシン


僕たちの考えうる限り最も危険な存在が今来道先輩と交戦している。



『他の生徒会にも連絡したが、町で暴れている連中の数が多すぎる。


基本店先で暴れる程度だが、さっきも言ったように無駄にステータスが高くて手が付けられない。


それにもしかしたら暴れている連中の中に学長の言ってたやつがいる可能性もある。


全員捕まえるためにお前の能力が必要だ』


「……わかりました。


すぐに向かいます」



そこで通話を切り、詩織さんは僕と苅澤さんを交互に見る。



「二人はここに残ってて」



その時、苅澤さんは一瞬不安げな顔を見せたが、最大脅威であるアサシンがいないのだとわかっているからかちゃんと頷いた。



「歌丸エンペラビットを一匹貸してくれない。対人戦で一番相手の無力化に適してると思うの」


「わかった。ギンシャリ頼む」

「ぎゅる」



アドバンスカードからエンペラビットのギンシャリを呼び出す。


するとギンシャリはすぐさま詩織さんの頭上に乗った。



「……さて」



そして僕は学生証のアイテムストレージから青汁グゥレィトゥの缶タイプを取り出した。



まぁ、そういう色々としんどいことは割愛しよう。






劇物……じゃなくて青汁を飲み切った僕はしばらくの間は宿舎の床に付したまま動けなかったが、十分ほどで回復したので立ち上がる。


その間は苅澤さんは不安げにララを後ろから抱きしめていた。


だがその姿はララに対して親愛を持っているというよりは、とりあえずぬいぐるみとか抱きかかえて不安を和らげようとしているような子供のような印象を受けた。



「えっと……とりあえず僕甲斐崎先輩のところに行くけど、苅澤さんはどうする?」


「…………ここに残ってる」


「わかった。じゃあ念のために」

「きゅう」

「きゅる」



アドバンスカードから残った二匹のエンペラビットを呼び出す。



「シャチホコは僕と、ワサビは苅澤さんと一緒にいてくれ」

「きゅう」

「きゅる」



僕の指示に従い、シャチホコはすぐに頭に乗ってワサビは苅澤さんのそばまで行く。


その状態で僕は一度宿舎を出て、少し離れた場所で周囲を見回してる甲斐崎先輩を見かけた。



「お疲れ様です、先輩」


「ん? どうした、歌丸一年」


「あ、いえ、ちょっと中に居づらいというか……苅澤さん、どうも僕のこと嫌ってるみたいだったので」


「そうか」



そういって再び周囲を警戒する甲斐崎先輩


土門先輩とかシャチホコに興味津々だったけど、甲斐崎先輩はあまりシャチホコに興味を持っていない様子だった。



「そういえば先輩のブリーダーって職業ジョブってテイマーの上位職業なんですよね?


どう違うんですか?」


「なんだ、やっぱり興味あるのか?」



甲斐崎先輩は僕の頭上のシャチホコを見た。



「まぁ、無くはないですね。


ヒューマン・ビーイングとして必要なスキル全部手に入れたら、転職する予定ではあるので。


今のところソルジャーか、テイマーのどっちかが候補でして」



僕がそういうと、甲斐崎先輩は「ふむ」と少し考えてから周囲を見回しながら口を開いた。



「テイマーは主にデバフ……敵の行動を妨害する系統のスキルが多い。


そしてもっとも象徴的なのが対象の捕獲スキルと調教スキルだ。基本的に捕獲スキルは対人だと捕縛に使うから北学区でも案外おススメだな」


「はい」


「テイマーの上位に位置するのはサモナーとブリーダーだ。


サモナーの方はウィザードやエンチャンターからも派生するから、厳密には上位ではなく派生だがな。


完全上位のブリーダーは調教スキルが強化されて教練スキルって言うのが覚えられる」



「教練スキル……って、どういう能力ですか?」


「調教はいわばしつけだ。


ああしたらこうしろ、こうしたらこんな風にしてやるっていう、人間と動物とのコミュニケーションを円滑にするためのものだ。


しかし教練となると、芸を仕込むことにな」


「サーカスみたいな感じですかね?」


「その通りだ。


そしてブリーダーはテイム状態の迷宮生物モンスターに戦闘用の技術を仕込めることも可能になる」


「……それって、アドバンスカードの契約している個体とは違うんですか?」


「それは違うな。


カードの個体を人間に例えるのだとすれば、教練スキルで鍛えた個体はロボットだ。


前者は能力値が強化されて知能が上がって自分で思考して戦えるようになる。


後者は能力値はあがることはなく、もともとの闘争本能に加えてあらかじめ教え込んだパターンでしか戦えない。


だから迷宮生物がいくら強くても、教練した個体はブリーダーの能力で同種でも強さに差が開ける。


もともとの迷宮生物の強さに、ブリーダーの能力を上乗せすると考えればわかりやすいだろう」


「ってことは……今宿舎の周りをうろついている番犬って……」


「ああ、もともとの強さに俺の教練スキル分の強さが加えられている。


それが30頭だ。北学区の三年でも、楽には突破できないぞ」


「…………すごいッスね」



ブリーダーの真髄が分かった気がする。


たぶん、アドバンスカードならば一対一でカードのほうが有利だが、それでもブリーダーは一定の強さの個体を何体でもそろえられる。


群体での強さを構築できるのだ。


甲斐崎先輩自身は戦闘能力は高くなくても、彼がブリーダーの技術で鍛えた番犬たちは、それこそ北学区のパーティであっても制圧しきれるほどの脅威となりえるのだろう。



「だけどお前にはあまりブリーダーは向いてないかもな」


「え?」


「お前のパートナー、エンペラビットのスキルって実質そのカード一枚で何匹でも恩恵が受けられるんだろ」


「あ……確かに言われてみれば」



シャチホコの能力値を強化すればするほどエンペラビットたちの能力値も向上し、その中で知能だって上がっていく。


だったらわざわざ教練とかで戦闘パターンを教え込まなくても勝手に自己判断できる。


まったく無駄とは言わないが、通常よりも必要性が薄いといえる。



「テイマーでもないのに信頼関係ができているのもわかる。


そこに不用意にスキルの力を加えるのは蛇足だそくになりかねない。


そういう意味じゃテイマーも向いてないかもな」



甲斐崎先輩はそこまで言って、話が終わったと言わんばかりに周囲の警戒を続ける。



「土門会長は、なんか僕には南の方がいいって誘ってくるんですけど、甲斐崎先輩は違うんですね」


「誘われたかったのか?」


「そういうわけではないんですけど……ただなんとなく気になって」


「お前の今日までの作業を見てきたが…………まぁ、普通だな。


悪いって点は特にないが、これと言って特筆していいと呼べるようなところもない」


「そ、そうですか……」


「土門会長は南でも迷宮の攻略に関して力を入れたいって考えがあったからな……お前を引き込んでその辺りを強化したいって狙いがあったんじゃないか」



う、うーん……別に農作業で才能が開花したかったわけでもないけど、なんか誘われた場所でこういう評価を受けてしまうのもちょっと複雑な心境だ。



「…………っ! 歌丸一年!」


「へ?」



唐突に甲斐崎先輩から押されたかと思えば、僕はそれに対応できずにその場で尻もちをついた。


その直前、何かが先ほどまで僕が立っていた場所をかすめていったような気がして、そして宿舎の壁に何かがぶつかった。


それはプラスチック製の細長い物体で、先端部分にとがった金属がついていた。



「ボウガンの矢……?」


「すぐに中に戻れ、狙撃スキルだ!」


「は、はい!」



甲斐崎先輩が指で輪っかを作って笛を吹くと、周囲を巡回していた番犬たちがうなり声をあげながら周囲を怪訝に見回す。


それを確認してから、甲斐崎先輩が僕をせかすように背中を押しながら宿舎の中に戻った。



「……あの、どうかしたんですか?」



中にいて状況が分かっていなかった苅澤さんがキョトンとした顔で僕らを出迎える。



「狙撃スキル持ちが遠距離からここを狙ってきた。


番犬たちが気付かないってことはかなり遠くからここを狙ってるって証拠だ」


「え……!」



甲斐崎先輩の言葉に、苅澤さんの顔色が一気に悪くなる。



「二人ともこっちにこい」



甲斐崎先輩に案内されて宿舎の奥、掃除用具とかが締まってある小さな収納スペースの前まで行って、甲斐崎先輩はその中に入っていく。


そして何を思ったのか、奥の小さな壁を思い切り蹴破る。



「えぇえ?!」



そこだけ薄いベニヤ板だったのか、あっさりと壁が壊された。


なんでいきなり壁壊すの、と思ったがよく見るとそこの地面には人が入れるくらいの大きな穴があり、梯子も設置されている。



「ここから迷宮の第1層に入れる。


敵の狙いがお前らなら確実にこっちに突っ込んでくるだろうし、戦力がわからない以上ここでジッとしてるのは愚策だ。


お前らなら問題なく脱出できるだろうからとりあえずここから逃げろ」


「せ、先輩は?」


「とりあえず敵の撃退だ。


降りたらすぐに地上を目指せ。


その間に前線基地ベースにお前らの保護してくれる奴らが向かうように連絡しておく。


エンペラビットがナビしてくれるなら問題はないだろ」



そこまで言って外へと走っていく甲斐崎先輩


残った僕らは互いに顔を見合わせる。



「とりあえず先に僕から降りて安全を確認するけど、いい?」


「う、うん……お願い」


「念のため付与魔法エンチャントをお願いできるかな?」


「わ、わかった」



アイテムストレージから腕章を取り出した苅澤さんはすぐにエンチャンターの姿になり、そして僕に一通りの支援を施してもらう。



「……ウタマル、だいじょうぶ?」


「大丈夫……だと思いたいけど、迷宮だとララにも頼ることになるけどいいかな?」


「がんばる」



頼もしい限りだ。


第1層ならたぶん大丈夫だと思うけど、この中で一番強いのってララだろうからね。



「よし、行くぞシャチホコ」


「きゅう!」



そして、僕と苅澤さん、そしてテイム状態の迷宮生物のみといういまだかつて無いほどに前衛不足の状態で僕たちは迷宮へと降りて行ったのであった。

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