第86話 予想外でも想定内


時間を少しばかり遡る。



榎並英里佳えなみえりか日暮戒斗ひぐらしかいとを引き連れて西学区の内部を探し回っている北学区生徒会副会長である来道黒鵜らいどうくろうは頭が痛かった。


標的である学生の情報を学長から聞き逃し、そして当の学長は謎の失踪を遂げた。


今ほかのメンバーや教員が躍起になって探しているのだが、おそらく今日中に見つけるのも困難だろう。


だからできることといえば黒鵜はこうやって足を使って、怪しい生徒を探し、尚且つ事件が起きてもすぐに対応できるように構えているのだが……



『先輩、中央雑貨店で集団で窓ガラス割ってる生徒がいると通報が!』


「榎並、全員気絶させて拘束しろ」


『駅前のコンビニの店内で会計もせずにお菓子食いまくってるやつらがいるらしいッス!』


「日暮、逃げられないように裏口を封鎖し、そのあと店の外に出た瞬間に足撃て、会計は力づくでさせろ」


『歩行者天国を見下ろせる高層ビルの外壁を上ってるっている人が!


高いところからこちらを見下ろして「ゴミのようだぁ!」と震え声で叫んでいます!』


「引きずり降ろせ」


『唐突に海岸公園でフラッシュモブが!』


「ほっとけ」



先ほどから無線にひっきりなしに妙な通報がかかってくる。


一つ一つはやっていることは大したものではないが、放っておくわけにもいかずに来道も対応にあたる。


ありえないと思うが、万が一にでもその中に学長から保護するように言われた生徒がいる可能性を想定しての判断だ。



「……どういうことだ?」



しかし、こんな平日の真昼間にこんないろいろなことが同時に、それもこれだけの数の騒ぎが起きるなどありえない。


来道は違和感を覚えつつも、自分も事件の対応に向かおうと思った。


――瞬間、身の危険を感じてその方向に向けて手をふるう。


金属をぶつけ合ったような音がして、来道の足元を鋭利にとがったナイフが落ちた。




「……なんでこんなところにいる?」




来道の視線の先には、フードをかぶり、その手に黒い腕章を身に着けた学生がいた。


性別もよくわからないが、その姿に見覚えがある。



「まさか、お前にこんなところで仕掛けられるとは思わなかったぞアサシン」



あの迷宮で出会った謎のアサシンだ。


どうして今、こんな場所で自分に攻撃してきたのか理由は不明だ。


しかし最も危険なその存在を野放しにすることは愚策だ。


アサシンがその場から逃走を図ろうとしたその時、逃してなるかと来道はその場から駆け出した。



「――三上」



すかさず三上詩織みかみしおりに応援を頼む。


犯罪組織で最も警戒しているアサシンが自分の前にいる以上、他に誰かいてもドライアドの保護をしている甲斐崎なら対応できるし、歌丸たちが迷宮第1層へと逃げ込める時間稼ぎは十分にできると思ったからだ。


そう、黒鵜はあの宿舎に隠し通路があることを知っていた。


本来ならあまり使う手立てではないが、歌丸連理うたまるれんりのテイムしているエンペラビットのナビ能力があれば最適な脱出経路となりえるとしての判断だ。


だから下手にお金をかけるホテルよりもあの宿舎のほうが有効だと来道は判断したのだ。



そしてアサシンを追跡した結果、来道は人気のない路地裏にできた、開けた空間にやってきた。



「……罠、か」



周囲にワイヤーなどの仕掛けが張り巡らされているのはすぐに察した。



『まさかここまであっさりと誘いに乗ってくるとは…………それでも最強のエグゼキューターか?』



呆れたような、どこか拍子抜けしたような声がする。


アサシンの姿は見えないが、確実のこの空間のどこかにいる。



「お前の目的は俺をあの場から引き離して足止めすることなんだろ。それくらいは初めからわかっていたさ」


『ならばなぜついてきた?』


「お前が俺を脅威と判断したのだろうが、それはこっちも同じだ。


お前さえ足止めできればどうとでもなる」


『随分と舐められたものだな』


「舐める? 違うな」



身に着けた腕章の効果を発動させて、制服を迷宮仕様に変化させた。


黒鵜はマントを翻して誇らしげに笑う。



「俺は仲間と後輩を信じるだけだ。


お前らがなんかやったとしても、確実に対応できるってな」



『…………ちっ……不愉快な奴だ』



「さっさとお前を捕まえて話してもらうぞ、こんな馬鹿騒ぎを起こした理由を」



このタイミングでアサシンの登場


明らかに作為的で、アサシンが西学区全体で起きている騒ぎに関わっているのは明らかだ。


故に解せない点もある。


なぜここに現れたのか、だ。


もしドライアドを本気で殺したいなら、このアサシンはあの宿舎を狙うはず……


それが今は自分の目の前にいるという状況は不可解極まりない。



『暴走した生徒』


「っ…………そうか……あの時聞いていたのか」



今にして思えば迂闊だったと黒鵜は思う。


周囲に甲斐崎の獣たちはいたが、あの時は学長のせいで怯えて十分に役割を果たせていなかったのに、自分が警戒を怠っていたと我を呪う。



「この馬鹿騒ぎに便乗してその生徒も出てくる……そう考えでもしたのか?


随分と大雑把な計画だな」


『流石に、一日二日ではこちらも個人の特定はできないからな。


だが……いつ、どこでどんな騒ぎが起きるのかはこちらも把握している。


それ以外の騒ぎが起きれば、それは騒ぎに触発された阿呆か、その暴走した生徒……


お前らがこっちの仕向けた馬鹿どもに対応してる間にこちらの別戦力で身柄を抑えさせてもらう。


歌丸連理が宿舎から動けないならば、そちらもさらに対応は遅れるだろ』


「いいのか、そこまでベラベラと事情を話して」



どうやら隠し通路のことまでは知られていないようだと内心で黒鵜は安堵した。



『ああ構わない。


どうせこの空間ではお前は誰にもそのことを伝えられないからな』


「…………まさか」



黒鵜は咄嗟に無線機と学生証を確認した。


しかし、二つともどこにもつながらない。



「……結界魔法か」



主に、物理攻撃の効果が薄いとされるゴーストタイプの迷宮生物モンスターから身を守るために使用される魔法だ。


欠点として電波の類はもちろん、学生証同士の通信も阻害してしまうことだろう。


そしてそれは自分がこうしてアサシンと会話している間に構築された結界だ。



『会話で情報を引き出したいと欲を出しすぎたな、生徒会副会長』


「……ああ、そうかもな。


だがさっきも言った通りこの程度なんの問題もない」



不敵に笑いながら、黒鵜は再び断言した。



「俺の仲間ならこの程度はばっちり対応してくれるさ」





「さて困った」



僕、歌丸連理は久しぶりの迷宮の上層であるレンガ造りの通路を眺めながらそんなことをつぶやく。


南学区の宿舎から出口である前線基地まで徒歩での移動となるとかなり遠い。


ぶっちゃけ、南学区の駅から中央広場の駅まで大体電車で15分


確か30kmくらいはあるはずだ。


そして宿舎はそこからさらに離れているので、下手したら前線基地までさらに時間がかかる。


だって南学区って農場があるからね、他の学区より面積広くとってあるんだもん。


同じ学区内での移動でも自転車使うこと推奨してたし、頻繁にバスとかタクシーとか走ってるもん。


僕たちなんて安全のためにタクシーで駅から宿舎まで移動してたくらいだし。



「徒歩って大体時速どれくらいだっけ?」


「え……確か、速くても5kmはいかなかったと思うけど……」



ララと手をつなぎながら僕の後ろをついてくる苅澤さんが答えてくれたので、僕は大雑把に暗算する。



「だとしたら…………どんなに早くても僕たちがここから地上に出られるまで6時間以上はかかるのか」


「………………え」



愕然とした顔を見せる苅澤さん。


あ、ちなみに隊列としてはシャチホコが先頭で次に僕、そして苅澤さんとララ、最後尾をワサビという隊列である。



「ああでも歩き続ければの話だし……僕の場合はスキルの効果で疲れないけど苅澤さんは休憩必要だから……えっと、今お昼ちょい前だから夜中にはつくんじゃないかな?」



「そ、そんなぁ……」



打ちひしがれてしまったかのようにその場で立ち尽くす苅澤さん


迷宮にそんな長時間もぐるってことって確かにそうそうないもんね。


僕たちって普段エンペラビットのナビのおかげで長くても6時間程度でしか潜ったことないし。



「まぁ、一応ペースを上げる方法はあるけど……」


「ど、どうやるの?」



ちょっと食い気味に質問してきたのに戸惑ったが、僕は一度足を止めて順序立てて説明する。



「まず適当に迷宮生物モンスターを倒しまくります」


「ちょっと待って、なんでそうなるの?。


私たち二人とも基本後衛だよ? そうでなくても逃走中なのにどうして迷宮生物と戦うの?」


「ポイントを集めるためだよ。


この階層の迷宮生物なら僕たちだけでも対応できるし、シャチホコとワサビ、それにララがいれば簡単に倒せるはずだよ」


「それは……そうかもしれないけど……だけどポイントをどう使うの?」


「僕の特性共有ジョイントの枠、あと少しで増やせそうだからさ」


「……う、うん」


「そしてその枠を使って苅澤さんと僕のスキルである万全筋肉パーフェクトマッスルを共有します」


「えっと……確か筋肉疲労をなくしてくれるってスキルだよね?」


「そうそう。


その状態で苅澤さんの筋力強化フィジカルアップと、臨海学校の時の特典でもらったステータスアップポーション、まだ残ってるよね?


それで可能な限り身体能力を強化して……」


「強化して……?」


「ぶっ続けで走り続けます」



詳しくは知らないけど、たぶん時速で15km以上は出るんじゃないかな?


休憩も必要だろうけど、夕方になる前に前線基地に到着するはずだ。


寧ろ筋肉疲労がない分、下手なマラソン選手より早く走れるかもしれない。


しかし、どういうわけか苅澤さんは顔に手を当てて地下で見えないはずなのに空を仰いでいるご様子だ。



「……歌丸くん、ってさ」


「うん」


「実は結構、脳筋だよね」


「そうかな?」


「そうだよ…………うん、でも……うん、たぶんそれが今できる最善策なんだよね」



なんかものすごく不本意なご様子だが、論理的に考えてそれが一番だと思うんだ。



「わかった。


それじゃあ迷宮生物との戦闘をこなしつつ地上を目指して、ポイントが溜まったら特性共有を発動させよう」


「よし、決まりだね。


ララ、君にも手伝ってもらうけど大丈夫?」


苅澤さんと手をつないでいるララはキョトンとした顔をする。


「いいけど……ねっこ、はれないから……わたし、そんなにつよくない、よ?」


「大丈夫、それでもたぶんこの中じゃ最強だから」


「歌丸くん……」



苅澤さん、なんでそんな残念な人を見る様な目で僕をみるんだい? いや、実際に聞かないけどさ。なんか怖いから。



「ちなみに現時点でどんなことができるの?」


「えっと……これ?」



小首をかわいらしくかしげながら、ララの髪の毛を模している根っこがより合わさり、束となってしなった。


そして勢いよく動いた根っこの束は、鞭として近くの壁に叩き込まれる。


そして大きな音とともに、迷宮の壁が砕けて大きな穴ができた。



「「………………」」

「きゅう……」

「きゅる……」



僕たちは互いに顔を見回せて頷く。



「ララ、間違いなく君がナンバーワンだ」


「戦闘になったらお願いね、ララ」



戦闘になったら一番頼りにさせてもらおう。


現在のパーティの戦闘力の高さ


ララ>シャチホコ≧ワサビ>僕>苅澤さん(未強化)


これで確定。


どういうことだ、人間である僕たちが低いって……


ちなみに僕が未強化で苅澤さんが強化された場合立場が変わるとか、そういうことは内緒だ。



「でも、これ……やってるとき、うごけない」


「ん? ……ああ、なるほど」



ララの足元を見て納得した。


鞭をふるう瞬間、微かだけど足から根っこをはやして地面に広げている。


そうだよね、あれだけの威力の根っこをふるうのにその体はあまりにも小さすぎる。


ある程度威力のある攻撃をするならララはその場から動けなくなるのか。



「まぁ、この階層でならそれは大した問題にはならないしいいんじゃないかな?


他にどんなことできる?」


「……えっと……したいから、えいようとって…………きのみ、はやせる」


「ほぅ……何気にすごく便利だけど現状だとあんまり必要性はないかな」



水も食料もアイテムストレージに入ってるしね。



「あとは……ほうし?」


「ああ、あれか」



即効性が無いけど、あれはとんでもなく強烈だったな。


ある意味、ララの胞子が僕のこの数カ月の中で一番苦戦した能力だと言える。



「まぁでも、それも今は必要ないかな」


「ねっこ、はれたら……もっといろいろできるけど、いまはそれくらい」


「いやいや十分十分、むしろ参考になったよ。


僕が足止め、シャチホコとワサビが遊撃、苅澤さんが支援で、みんなでララをサポートする方向で戦っていこう」


「できたら戦いたくないけど……仕方ないよね」



即興の割にはいい役割分担だと思う。


まぁ、本来の人間と迷宮生物の役割が僕とララでは完全に逆な気もするけど気にしないでおこう。





西学区での暴動


そして連絡が途絶えた来道副会長に、非常時のために迷宮内部へ避難した歌丸たち


それらが同時進行している最中、西学区にて副会長を務める氷川明依ひかわめい

はPCとにらめっこを続けていた。



「…………無理、見つけられない」



そんな独り言をこぼして、机に突っ伏してしまう。


ここ数日不登校、もしくは早退をした生徒を突き止めようとしているのだが、やはり数が多すぎてめぼしい生徒が見つけられない。


一人怪しいと思ったら似たようなのが百人以上は軽く出てくる始末だ。


最初は数千人いたところをどうにか消去法で500ほどまで絞り込んだところで氷川は限界を感じていた。



「これ以上先はもう、実際に接触を試みないとなんとも……」



結局は足を使う。


しかし今人手は西学区に割かれてしまっているのでそれも不可能



「はぁ……とりあえずドライアドの保護のための人員を前線基地周辺に配置させて……」



そう考えて書類に移ろうとしたとき、なんとなく嫌な予感がした。


今、学長は姿を見せない。


逆を言えば、今誰もあの学長が何をしているのかがわからないということだ。



「いや、まさか…………でも、まさかね」



口では否定しつつも、その嫌な予感を拭いきれずに再びPCを操作する。



――あの学長が、こんな騒ぎが起きているときに誰も監視を受けていない状況でおとなしくしているだろうか?


答えはNOだ。


そもそも、暴走させた生徒にスキルを与えた目的は歌丸とぶつけることだとあの学長は言っていた。



今、それを達成するのに場が出来上がっているのではないだろうか?



そもそも学長が関わってきた時点で、今この状況でもっとも守るべき対象は本当にドライアドのままだったのだろうか?



問題の歌丸たちが迷宮に逃げ込んだことはすでに南学区より連絡を受けている。



ならば、本当の騒動が起きるのは地上ではないのかもしれない。



そう考えながらPCを操作する氷川は、残った生徒の中でさらに迷宮に現在も入っていると思われる生徒の身を候補に挙げていく。



そのほとんどが北学区の生徒で、授業より攻略という北学区のお手本のような駄目な生徒たちの名前ばかりが残っていく中、異様な存在を氷川は見つけた。



「……一年生?」



北学区で、迷宮に潜り続けている可能性が高い生徒の中に一年生があげられた。


歌丸たちのように攻略で目覚ましい成果をあげているならまだしも、パッとしない成績で、一年のうちから授業より攻略を優先するとは考えにくい。


そしてよく調べていけば、この一年生は歌丸連理と同じクラスであることがわかった。



――怪しい。



今まで見てきたどの生徒のプロフィールよりも、この一年生が氷川の中でとても引っかかった。



相田和也あいだかずや



良く調べてみると、歌丸連理ともともと同室であったが突如格安のアパートに住居を移している。



「あ、怪しい……」



口からそんな言葉がついて出た。


ものすごく怪しい。


とてつもなく怪しい。


歌丸連理に対して何か危害を加える動機らしきものがこの一連の行動の中に隠れていそうだと氷川は直感した。



「――もしもし、下村さんですか?」



すぐに学生証を使用して歌丸の直属の先輩に連絡する。



『どうした副会長?


というかなんで俺に?


瑠璃……じゃなくて金剛書記なら今目の前にいるんだが……』



本来ならまとめ役の金剛瑠璃こんごうるりに連絡するべきだが、もっとも冷静に行動してくれる信頼と安心の下村大地しもむらだいちのほうが良いと氷川は判断したのだ。



「待機場所を西学区の駅前から前線基地に移してください」


『今こっち暴動が起きててその対応に備えているんだが……?


というか、そっちに回す奴って別じゃなかったのか?』


「暴走した可能性が高い生徒が一人いまして、もしその生徒が本物なら迷宮にいるはずなんです。


いえ、正確に言えば仮にいなかったとしても学長なら今すぐ本命を迷宮に向かわせます」


『……その根拠は?』



勘が外れてくれればいいのだが、と内心で思いつつも氷川は学長の思考を予想し一番可能性が高いものを口にした。



「学長は暴走した生徒と歌丸連理をぶつけたがっています。


そしてなにより、暴走した生徒は歌丸連理に個人的な恨みを抱いている可能性が高いんです」



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