第87話 主人公(地味に)成長!

目の前にいるのは素早い動きを見せるハウンドというオオカミのような迷宮生物モンスターである。


基本的に群れで行動し、その素早い動きで翻弄して学生たちに襲い掛かってくるのが特徴であるが……



「きゅう!」

「きゅるう!」



今は逆にエンペラビットにより翻弄されている。


迷宮でも屈指の素早さを誇るエンペラビット


逃げの一手が基本であるこの二匹が攻撃のためにそれを発揮すればとらえ切れる存在などそうはいない。



「ガ、ガウ!」



どうにかワサビに噛みつこうとした一匹が飛び出してきたが、そこを狙って僕がすかさず手に持った槍を出す。



「ぎゃんっ!?」



槍はハウンドの前足を貫いた。



――よし、苅澤さんからの付与魔法エンチャントが効いている。



群れの仲間が攻撃されたことが気に食わなかったのか、ハウンドが僕目掛けてとびかかってきた。



「ウタマル!」



後ろから声をかけられると同時に、僕は即座にその場に伏せた。


瞬間、僕が先ほどまでたっていた場所を勢いよく木の根っこが束ねられた鞭が振るわれた。


そしてそれらはとびかかってきたハウンドたちをまとめて横にある壁にたたきつけ、さらにはその衝撃で壁を破壊した。



「よし、一網打尽だ!」

「「きゅ!」」



勝利のポーズっぽいのを決める二匹のエンペラビット


鞭をふるったのはドライアドのララ


このパーティの中でもっとも高い戦闘能力を持つ彼女の攻撃を受けて、ハウンドたちはぐったりと壁から落ちる。


どうやら即死だったようだ。首とか手足とか変な方向に曲がっててグロい。



「か……勝てた……?」



杖を持ったままなんだか唖然としている苅澤さん



「ほら、一層くらいなら僕たちでももう楽勝なんだよ」


「…………う、歌丸くん……ちゃんと戦えたんだね」


「そりゃまぁ、毎日素振りやイメージトレーニングは欠かしてないし、迷宮じゃいつも間近で英里佳や詩織さんの動き見てるからね。


何よりシャチホコたちと比べれば断然遅い。これくらい楽勝楽勝」


「そう……なんだ」



まぁ、実際に戦ってみるまで不安はあったことは内緒だ。


僕も結構戦ってきた経験があるわけだ。


さっきのハウンドだって、ソルジャーアントの甲殻を攻撃した時と比べればかなり軟な手応えだったしね。



「さぁ、この調子でどんどん行こう!」


「「きゅー」」

「おー」

「お、おー……?」



最近……といっても5日程度だけど、農業ばっかりで迷宮に入ってなかったからなんだか迷宮が楽しい。


何より、自分の力でしっかり戦えられているという実感が持てる。


ハウンドの動きは目でしっかり終えるし、向かってくるゴブリンも、苅澤さんから掛けてもらった付与魔法によって三回も槍でついた時には倒せてる。


運がいい時は一回で倒せる。



「…………」



だから僕は、この時何も気づけなかった。


前へと進んでいく僕の後ろで、暗い顔をしている彼女のことを。





苅澤紗々芽かりさわささめの中で、歌丸連理うたまるれんりという存在の評価は決して高くはない。


言い方は悪いが、正直なところ紗々芽は彼のことを無意識のうちに見下していたのだ。


攻略に対して人一倍一生懸命であることはわかっていたが、それでも紗々芽にとってはお調子者である印象が抜けきれない。


大規模戦闘レイドの立ち回りだって、凄いとはわかっているのだが、凄すぎて逆に現実感を得られなかったのだ。


しかし今、彼は前に出てつたない感じでありながらもしっかりと槍を振るう。



そんな姿を見ながら、ようやく紗々芽は実感した。



――強くなっている。



以前はゴブリン相手でも死にかけていた歌丸が、堂々と前に出て敵を引き付けて倒している。


迷宮攻略の初期でも多くの人ができることすら彼はできなかったが、それを努力して解決していたのだ。



――では自分は?



そう考えた時、紗々芽はまるで冷凍庫に放り込まれたかのような不安を覚えた。



――使えるスキルは増えた。



しかしそれはみんな同じことだ。



――ドライアドと契約した



そこに自分の意志など介入していない。



――ゴブリンを自分は倒せるのか?



否。



――ハウンドを引き付けられるか?



否。



――前に出て戦う勇気はある?



否。



否否否

否否否否否

否否否否否否否

否否否否否否否否否

否否否否否否否否否否否



そうやって自問自否を続けていくことでようやく、完全に今まで漠然と抱いていた不安を実感した。



「わたし…………おいていかれてる……」



どこかまだ自分は大丈夫だと安心していたのだ。


歌丸連理は能力だけが評価されており、決して自分よりも優れていないと無意識に見下し続けて自分に言い訳をしていたのだ。


だが今こうして彼が戦う姿を見てそうではないのだと確信した。


チーム天守閣の中で、もっとも弱く、そして必要性が薄い存在は自分自身なのだと。





「よし、順調順調


苅澤さん、あと少しで枠増やせるよ」



シャチホコたちも頑張ってくれているからかなり順調だ。



「…………」


「……苅澤さん?」


「え……あ、ごめん、何の話?」


「いや、ポイントあとちょっとだねって」


「そう、なんだ……うん、よかった」



全然よかったって顔じゃないような……


今現在大事を取って休憩をしているのだが、なんか先ほどからずっと苅澤さんの表情が暗い。


体調が悪いのかな……?



「きゅ?」



そんな時、シャチホコがピクピクと耳を動かして周囲を見回す。


ワサビも似たような行動をしていて、なんだか落ち着かない様子だ。



「シャチホコ、どうした?」



兎語(初級)を発動させて訊ねてみる。



「きゅきゅきゅ」



「…………もう一度聞くぞ、シャチホコ、どうした?」



「きゅう、きゅきゅう」



「…………ワサビ?」


「きゅるう」

(なに?)



おかしいな、ワサビの言っていることはちゃんとわかるんだけど……



「シャチホコに兎語のスキルが発動しないんだけど……」



「きゅるるうきゅるうきゅるるん」

(シャチホコ、赤ちゃん、言葉、ちがう、感覚で、鳴いてるだけ)



その「きゅう」とか「きゅる」って言語として成立してたのかよ。


てっきりこのスキルってテレパシーみたいな感じで言葉を理解できると思ったけど違ったのか。びっくりだ。



「お前ら普通に意思疎通できてたんじゃないのか?」


「きゅるるん?」

(身振り手振りで、なんと、なく?)



まさかの衝撃の事実


じゃあこのスキル、シャチホコ相手には死にスキル確定じゃないか……まぁ、いいか。



「じゃあワサビ、どうかしたのか?」



とりあえず最優先は現状の把握だ。


そう訊ねてみると、ワサビはせわしなく耳をピクピク動かし続ける。



「きゅるう」

『足音、大きい』



「大きい足音……?」


「え……」



僕の言葉にうつむいていた苅澤さんが不安げに顔を上げた。


この第一層で巨大な迷宮生物は存在しない。


どんなに大きくても、小学生くらいの身長のゴブリンがいる程度だ。



「ゴブリンとは違うのか?」



「「きゅ」」



僕の質問に二匹揃って頷いた。



「きゅきゅきゅきゅう、きゅう!」



そしてシャチホコは懸命に何かを訴えかけようと身振り手振りをして見せる。



「なんだ?」

「きゅる?」



僕もワサビもそれが何を示すのかわからない。



「えっと……なんだろう」

「……ダンス?」



念のために苅澤さんとララの方を見たが、やっぱりわからない様子だ。



「きゅ、きゅう」



何故か前傾姿勢でその小さな口をパクパクと開いてのっしのっしと歩きづらそうに僕の前に出てきた。


そして何を考えたのか、パクリとその小さな口で僕の右手に噛みつく。


いや、甘噛みで全然これっぽっちも痛くないんだけど……



「…………とりあえずこの写真、寮母の白里さんに見せたら喜ぶな」


「きゅきゅう!」



「こっちが一生懸命に伝えようとしてんのになにやってんだー!」的な感じで耳ビンタを繰り出すシャチホコ


全然痛くない。


寧ろ適度な力加減で良い感じに気持ちいい。



「あの、歌丸くんが聴覚共有使った方が早いんじゃないかな……?」



「あ、なるほど」



苅澤さんの言う通り、スキルを発動させて僕も音に意識を集中した。



そして即座に判断する。



先ほどのシャチホコの行動と、この足音の意味



「――ラプトルだ」



聞き間違えるはずもない。


英里佳の時も、詩織さんとの遭難の時もこいつが絡んできたのが発端だ。


この足音、もはや僕が聞き間違えることなどない。



「ら、ラプトル……!?」


「驚いてる暇はないよ、急いで立って。ステータスアップポーション飲んで走ろう」


「え、あ」「まず立って」「う、うん」



慌てた様子でアイテムストレージからポーションを取り出す苅澤さん。


僕も残っているポーションを取り出して一気に瓶をあおる。



「ララはカードの中に、走るのならそっちの方がいい」


「わかった…………ササメ、あぶないとき、すぐだしてね」


「わ、わかった」



ララがアドバンスカードの中に入ったのを確認し、足音の調子を確かめる。



「まだかなり遠いし……たぶん直線ってわけじゃないだろうけど急いでこの場から離れよう。


僕たちじゃまともにやり合ったら勝てない」


「は、はいっ」



シャチホコとワサビに先頭を走らせて、僕たちは急いでその場から走り出す。


ポーションと苅澤さんの付与魔法で普段よりもはるかに早く走れている。


しかし、やはりというか苅澤さんの走るペースが僕より遅い。



「は、は、ま、待って、もうちょっと――ゆっく、り……!」



僕も呼吸はつらいが、彼女の場合はそこへさらに筋肉への負荷も加わっているのだろう。


だが、ラプトルとの距離は今この瞬間にも縮まっている。


いちいち待ってなどいられないのだ。



「え、あ、えぇ!?」



意見を聞く前に僕は彼女の身体を持ち上げて走り出す。


所謂、お姫様抱っこというやつです。



「な、なにしてるの?」


「僕は万全筋肉パーフェクトマッスルがあるから呼吸以外は走るのに問題はない


そして、今みたいに敵から逃げる状況だと悪路羽途アクロバットも発動するから、走るペースが落ちないんだ」



生存強想Lev.1:悪路羽途アクロバット


何かから逃げるとき、もしくは明らかに走るのに不適切な場所でも踏み込まなきゃいけないときに限定して体重が羽のように軽くなるというスキルだ。



「きゅう!」



先頭を走るシャチホコが叫ぶと、前から接近してくる存在を感知する。


ハウンドの群れだった。


隊列を組んで安全に相手をしたかったが、ここで相手をして時間をかけるわけにはいかない。



「苅澤さん、しっかり首に手を回して捕まって!」



返事など待たず、僕は自由になった左手で苅澤さんを守る様にしてそのまま突っ込んだ。


その瞬間、ハウンドの何匹化が僕の手足に噛みつき、爪を立てる。



「ぐっ!」



身体が傷つく痛みに呻くが、決してペースを落とさぬように力を籠める。


しかし、厄介なことに一匹が僕の腕に噛みついたまま離れようとしてこない。



「こ、のぉ!!」



僕はそのまま腕を勢いよくふるってハウンドごと腕を壁にたたきつけた。


「ぎゃん!」という悲鳴を上げながら、ハウンドが僕の腕を離して地面に倒れる。



「う、歌丸くん……ち、血が……!」


「はぁ、はぁ、はぁ!!」



ここで大丈夫とか言えれば僕もイケメンの仲間入りだったのかもしれないけど、今は呼吸を整えるのに必死で受け答えができなかった。


僕に筋肉疲労が無いのなら、走るのに必要なのは呼吸だけ。


だから呼吸については特別かなり人一倍に細心の注意をして気を遣わなければならない。



そんな中、背後に迫るハウンドが何匹かが今も僕の背中に対して爪を立ててきた。



「きゅう!!」



シャチホコが僕の背後に回って、即座に“兎ニモ角ニモラビットホーン”を使用してそいつらを追い払う。


背中が燃えているかのように痛い。


走るたびに汗とは違う感じが足を伝っていくが、とにかく僕は走った。


走って走って、後ろから音が聞こえなくなるまで走り続けた。



「きゅるう!」


「っ! 嘘だろ……!」



急いで足を止めて、周囲を見回す。


同時に、今まで腕にしか感じてなかった体重が全身に戻ってきて、ドンと体が重くなり気分もなんとなく重くなった気がした。



「ど、どうしたの?」



苅澤さんが不安そうな顔で僕を見上げてくる。



「進行方向にもラプトルがいる」


「え……」



理解できないという顔で固まる苅澤さん


しかしそちらに対応もしてられない。



「迂回してでも安全なルートを行くぞ。


他の迷宮生物はともかく、ラプトルだけは絶対にダメだ!」


「きゅう!」

「きゅる!」



まず走り出し、横道を見つけてそちらに入っていく。


背後からも別方向からもラプトルが迫っているし、ハウンドもまだ追ってきている。


そして向かった先でゴブリンの群れとも遭遇し、その手に持っていた棍棒を振り回してきた。



「ぎゃぎゃあ!」


「ひっ!」



狙いは苅澤さんの方で、彼女の頭目掛けてとびかかりながら棍棒を振り下す。



「つぁ!?」



僕は咄嗟に左手を出して苅澤さんの頭を守る。


ミシィっという嫌な音がして左手に肉の潰れる痛みと、粗雑な棍棒の表面にある逆立った木の破片が腕に刺さる。


そして骨に響く様な痛みで思わず悲鳴を上げてしまいそうになったがどうにか最低限に噛み殺す。


そのまま腕を強引にふるって棍棒を弾き、ゴブリンの首に向かってラリアットをかまして走り抜ける。


そして走って走って、途中で何度か迷宮生物とも遭遇したが、とにかく走り続けた。



そして、ようやく足音が聞こえなくなったのを確認してから、僕たちはようやく足を止めた。



「はっ、はっ、はっ……!」



どうやら向こうは走り疲れてこれ以上こちらを追ってこれなくなったようだ。


ひとまず、これで一息つける。



呼吸を整え、苅澤さんをその場におろしてから僕はその場に座り込む。



「いって……!」


「う、歌丸くん大丈夫!」


「あ、あぁ、うん……ちょっと背中ひっかれたり噛みつかれたりして……まぁ、今までの怪我に比べれば大したことはないんだけど……」


「ちょっと背中見せてもらうね……」





平気そうに笑っているが、歌丸の全身は傷だらけとなっていた。


特に左腕なんてひどい。


紗々芽を守るために何度もその腕を振るっていたのだから。


だが、背後に回った瞬間に紗々芽は絶句した。


血だらけなんて表現など生ぬるい。


歌丸の背中は、皮膚が裂かれ、そこからのぞかれる肉が赤黒く変色していて今も血が流れっぱなしなのだ。


あまりにも痛々しいその背中に、紗々芽は言葉を失った。



「苅澤さん……ちょっとララ出してもらっていい?」


「え……う、うん」



どうしてか、などと聞くことはしなかった。


今この場でもっとも冷静に判断できるのは歌丸だと思ったからだ。


出てきたララは何に応えるまでもなくすぐに歌丸の背中を見た。



「……さわっていい?」


「どうぞ……もう苦痛耐性フェイクストイシズムは発動させてるから」



そっと、ララが歌丸の背中に触れる。


瞬間びくっと歌丸の肩が跳ねたが声は上げない。


それでも小刻みに体が震えていて、相当に痛いということは伝わってきた。


紗々芽は見ていられなくて視線を歌丸から外した。



「しょうどく、したほうがいい」


「ああ、やっぱり……?」


「しょうどくと、しけつのくさ、だせるよ?」


「眠くなるみたいな副作用がないんなら頼みたいんだけど……」


「……わたし、ちょうごうはできないからむずかしい……」


「じゃあ、消毒だけ、僕の救命キットで済ませてもらっていいかな? ……僕のスキルの場合、眠りはしないけど、ぼうっとすることまでは防げないから」


「わかった」



歌丸がアイテムストレージから出したのは緑色の十字のマークが入っている白い箱だった。


そこから包帯と消毒液をララに手渡す。


その間に歌丸は上着をすべて脱いでからアイテムストレージからペットボトルを一本取りだして、自分の背中にかける。



「くっ……………ふぅー、ふぅー…………はぁーーーー……」



スキルを発動していても、痛いものは痛い。


そもそも歌丸のスキルは痛みを我慢できる範囲まで軽減させるだけであり、逆を言えば本人が我慢強い分だけ許容値も増える。


歌丸の今までの行動を鑑みれば、相当の激痛ではないだろうかと思い、なんとなく紗々芽は腰が引けてしまった。


その一方でララは本来ならガーゼや脱脂綿を使って患部に塗るであろう消毒液の蓋部分を取り外す。



「しみる」


「……ばっちこーい……」



言葉とは裏腹に、なんとも弱弱しい声だった。


そしてララは歌丸の傷だらけの背中に向けて消毒液をパッパと勢いよく振りかけた。


同時に歌丸は肩に力を込めて歯を食いしばる。


そして全体に塗り終えたら、今度は素早くガーゼとテープを使って手早く止血を施していく。


そして手馴れた様子で包帯を巻いて固定する。



「きずぐち、おおきいからスプレーはつかわないほうがいい、すぐはがれちゃう」



そういってララは使い終えた器具を箱に戻す。



「う、うん……ありがとう……思った通り手馴れてるね」


「うん、ちとせ、おしえてくれた」



もともとララが契約していた金瀬千歳は医療文化に明るいドルイドをしていた。


ヒーラーとして迷宮に潜っていたこともあったので、彼女のパートナーであるララならその手の知識も自分よりはあるだろうと歌丸は考えたのだ。



「ありがと……よし、それじゃあ急ごう」



ボロボロになった上着を再び身に着けて立ち上がる。



「あの、もうちょっと休んだ方が……」


「え……あ、ごめん、もしかして疲れた?」


「ううん、私は歌丸くんのおかげでそういうことはないんだけど……でも、歌丸くんは休んだ方が……」



というより、本来なら安静にした方がいいような傷だ。


そもそも比較対象がおかしかったのだと今さらに紗々芽は気付く。


大怪我することに慣れてしまっている歌丸にとって現状の傷は普段よりはかなり抑えめだとしても、安静にすべき傷なのだ。



「今は脱出優先だよ。


今は追ってきてないけどまたいつラプトルが来るかわからないし、先を急ごう」


「…………うん」



しかし、明確な脅威が背後に追ってきている状況、明らかに自分より歌丸の判断のほうが正しいとすぐに紗々芽は自分の意見をひっこめた。


包帯が巻かれた個所から、すでに微かに血がにじんでいる。



スキルがあるからいくら失血しても平気



そうだとわかっていても、紗々芽は不安になる。



そして今になってようやく理解させられた。


自分は歌丸連理のことを上辺以外の何も見てなかったのだと。


同時に判断する。



――歌丸連理は確実に破滅する。



榎並英里佳えなみえりかでも三上詩織みかみしおりであっても、決して彼をその破滅からは守れない。



だって、当然のことではないか。



どれほど守ろうとしてくれる人が強くても……と考えない限りは彼の破滅は避けられない。


そして紗々芽は以前、自分に歌丸連理が今後の迷宮攻略の要だと語った北学区生徒会長である天藤紅羽てんどうくれはの言葉を思い出す。



『私の卒業した後、この北学区で攻略の要になるのは歌丸くんだと……今回の彼の行動を見て確信したわ』



それは間違いではないのだろうが……その後すぐにこういったのだ。



『そしてその隣には三上さんも榎並さんも、そしてきっと……日暮くんも一緒にいる』



つまり、生徒会長であっても歌丸がことを想定していないのだ。


実力と志がどこまでも噛み合っていない歌丸の危うさを、周囲の人間の強さで補いきれると会長は考えていたのだろう。


しかし単独で、もしくは周囲に強い者がいない状況で無茶を平気でやってのけてしまう歌丸の危うさを見抜けなかった。


状況が状況だから仕方ない、と言えなくもないだろう。


しかし……しかしだ。



「ね、ねぇ歌丸くん?」


「ん? 何?」



「……歌丸くん一人なら……もっと早くラプトルから逃げきれてたんじゃないの?」



彼のスキルである悪路羽途は逃走時に発動する。


つまり先ほどの状況では彼が紗々芽を抱えずに走ればもっと早く逃げられたはずなのだ。


いや、確実に助かる。


もっと言えば、彼一人なら半日もかからずにこの場から地上へと戻れるはずなのだ。


なのに、どうしてこの場にとどまっているのか?



「いやでも、そんなことしたら苅澤さんが危ないじゃん」



――紗々芽だ。



苅澤紗々芽という個人の存在が、彼をこの場に縛り付けている。


わかりきったことだ。


迷宮攻略の要となるかもしれない……人類の希望となるかもしれないスキルの持ち主が危険の中にいるのは自分が原因だと紗々芽は自己嫌悪する。



――何より、何が一番嫌になるかといえば……



「もしかして僕の傷のこと気にしてるの?」


「え……っと……それは」



言い淀む紗々芽に、歌丸はにかっと朗らかに、それこそ怪我していることなどなかったかのように笑って見せた。



「大丈夫大丈夫、この程度ならもう慣れてるしね。


今は地上に戻ることだけ考えてさ、頑張ろうよっ」



「…………うん、わかった」



――そこまで理解していながらも、こうして自分の身可愛さに傷ついている彼に頼ってしまうことだ。





なんか苅澤さんがずっと無言になってしまった。


いや、もともとそんなに会話はなかったのだが、ラプトルたちに追われる前まではララやワサビたちに話しかけたりもしていたはずなのだがそれすらなくなった。


やっぱり僕の怪我のことを気にしているのだろうか?


本当にこの程度なら問題はないからそこまで重く受け止めてほしくないんだが……



「――きゅう」



不意に、先頭を歩くシャチホコが足を止めた。


僕たちも自然と足を止めて、シャチホコが注意している前方を見た。



「……あれは」



僕はその視線の先にある白い布を見た。


というより……それは間違いなくこの迷宮学園の制服だった。


誰かが迷宮生物に襲われたときに落としたのかと思ったが、それにしては形が綺麗すぎる。


少し汚れているが、ほぼ原形をとどめている。



「あっちー……くそあちー……」



制服の存在に疑問に思っていると、さらに奥の通路、それも横道部分から誰かの声がした。


……さっきまでそこに誰かいる様な音などしなかったはずなんだが?



「まったくよぉ……やってらんねぇよ…………なぁ、そうだろ?」



こちらにそう声をかけながら、その人物は姿を現した。


そしてその学生は、僕も苅澤さんも見覚えのある生徒だった。



「……相田……くん?」



どうしてと、苅澤さんが不思議そうにその名前を呼んだ。


だが、僕はほぼ確信に近い直感で即座に槍を出してその手に握った。



「君だったのか」



相田和也あいだかずや


僕たちのクラスの出席番号一番の生徒にして、元僕のルームメイト


そして……



「歌丸」



学長がスキルを与えて暴走させた生徒



「ぶっ殺してやるよ」



その手に剣を持ったまま、彼は獰猛な笑みを浮かべた。

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