第183話 ショートパンツかミニスカートか…………難しい。(意味浅)

白木小和先輩の提案で、体育祭でのフリーパス欲しさにモデルの安請け合いをした僕たちだった。


用意された服の着替えは思ったより簡単だった。


なんと先輩が作っているという服は学生証とも連動可能で、一度学生証に入れてしまえば装備を付ける感覚でお手軽に着替えらるのだ。



「凄い……学生服が迷宮仕様になるみたいに一瞬で変わった。


しかも……おお、なんか髪型も決まってる!」



いやまぁ、僕の学生服は迷宮だろうとどこだろうと変わりませんけどね。


だから猶の事、こういう風に一瞬で格好が変わるのにちょっと憧れてました。


僕の格好はジーパンとカッターシャツというシンプルなスタイルからV字ネックのシャツにカーディガンとスキニーパンツ、そして髪型をワックスで自然と横に流したみたいな感じで固定された。


なにこれスゴい、格好だけじゃなく髪型まで変わるって凄い!



「どうですか? フルパックコーディネートシステムというものです。


原理としては歌丸くんの言った通りの学生服の変化を参考にしてるんですよ。


学生証を使った早着替えと髪のセットについては海外の技術です。


まぁ、そのシステムに対応する生地の開発には私も関わっていますけど」



僕の反応に少し嬉しそうに声が弾んでいる白木先輩


いや、表情は全然見えないけど。



「これからの時代、迷宮学園の学生服という人類には優れ過ぎた服に慣れた大人が増加し続けていきます。


私の目指したファッションは……まぁ、正直ファッションそのものよりも機能性を重視し、それを自然に馴染ませる方向にしているんです」


「機能性、ですか?」


「例えばですけど、先ほどまで歌丸くんが来ていた服は普通でしたよね?


この暑い季節で特に違和感はない恰好でした」


「え、まぁ、そうですね」


「長袖の学生服から着替えてもですか?」


「え…………あ」



その指摘に僕は気付く。


これまで僕は普通に学生服を着ていたが、特に不快感はこれまでほとんど感じていなかったことを。



「学生服は個人の自由で長袖半袖を自由に選べられますが、実際はどちらを選んでも体感温度に変化はありません。


つまり……学生服はよほどの極地でない限りは快適な温度を保ってくれるように自動で温度湿度の調節をしてくれているのです」


「そっか……忘れていたけど、僕たち普段身に着けている学生服も人類にとっては十分すぎるほどにオーパーツ……学生証は一部の人が卒業後も持って行けても、学生服はそうはいかない。


ある意味で衣服が一番卒業後に変化する部分ですよね」


「その通りです。


私は入学から今日まで、他の学区の人たちと協力し、衣服に適した生地を捜索、開発、合成、そして適した仕立て方を研究し続けてきました。


そしてこれは企業秘密で特許も所得しましたが……学生証に反映される耐久値……これだけを学生証無しで反映させることもできるようになったのです」


「耐久値を! それは凄いですね……」



これは素直に驚いた。


学生の間に伸ばした能力値は、基本的に学生証が無ければ持ち越せない。


仮に学生証を得られても、スキルや能力値の一部は学生服が無ければ効果が落ちるものもある。


その一つが耐久値だ。


耐久値のステータスは体の頑丈さと学生証の丈夫さ二つ合わさった物であり、卒業後に一番落ちる能力値がこれかもしれない。



「まだ耐久値しかその服は反映をしてくれませんが、今の世界で一番求められている服の機能はまさにそれです。


日本はもちろん世界各国が今は物騒ですから、学生服を卒業後も持って行きたいという意見も少なくはありません。


でもそれはかなわないので、学生時代にお金を設けた人が卒業後に襲撃とかを恐れて外に出られないというくらいです。


それでは折角卒業したのにもったいないと私は思い、卒業後も学生服と同じように身を守ってくれる衣服を研究しました」


「へぇ……でも、なんかそれって西というより東の分野のような気が……」


「その通りです。


何を隠そう、私は元々東学区でしたから」


「え?」


「別に珍しくはありませんよ。


西はむしろ他の学区での経験からステップアップする人も多いですし、もともと西だったけど数カ月だけ他の学区に行ってまた西に戻って……みたいな人もいます。


他の学区から西に入って卒業する人って全体の四割くらいですかね」


「はぁ……でも、東学区で研究続けようとは思わなかったんですか?」


「それも考えましたが……生地を作るまでは成功しても、それを単に防弾や防刃の生地への転用する意見ばかりで、私の目指した普段着にしようと提案がほとんどなく……通常の服と勝手も違うため西のデザイナーも手を焼いて……このままでは卒業後も私の考えた服ができなさそうだったので……ならいっそ私が作る、という具合で西に来たらいつの間にか生徒会役員になってました」


「色々と凄い思い切りの良さですね……」



人に歴史ありというが、この人も相当だな。


……多分、というか確実にこの人の作った服って世界中で大反響を生むぞ。


今も毎年とんでもない技術が世界中で発見されているが……十年後にはどれだけ世界が進歩するのかもう想像もつかないな。



「とはいえ、肝心の素材の確保、生地の加工を学生証無しでするための大規模な施設が必要と、まだまだ課題が山積みなので実用化には遠いです。


ですので、是非とも歌丸くんには今回モデルとなっていただき、私の作品を宣伝し、出資者を確保したいのです! よろしくお願いします」


「は、はい、頑張りますっ」



なんか想像以上に責任が重大だった。



「お、お待たせ」



話し込んでいたらようやく稲生が戻ってきた。



「ああ、やっとき、た――か……」



着替えた稲生の格好を見て、僕は思わず言葉を失った。


先ほどの清潔感のあるどこかの令嬢のような衣装からまたガラリと印象が変わったのだ。



「……ど、どう?」



「い、いやどうって……お前それ、ちょっと……そのスカートの丈が短過ぎじゃないのか……?」



余りに短さに直視できない。


腰からちょっと下までしかないワンピースで一気に生足が見えている。



「なっ! ち、違うわよ、これチェニックで、ちゃんと下にデニムのショート穿いてるわよ、ほら!」



バサッとスカート――じゃなくて、チェニックとやらの裾を上げてその下に穿いているであろうショートパンツを見せようとしてきたのだが……



「うぉおお!」


「なんで見ないのよ、ちゃんと穿いてるってば!」



スカートをめくって見せつけるような動作に思わず咄嗟に顔をそむけてしまった。


くっ……なんかあの動作、下にちゃんと服があるとわかっていてもドキッとしてしまった……不覚っ!



「ご、ごめん、なんか反射的に見ちゃいけない気がして…………痴女かなって」


「あ、あんたねぇ……!」


「まぁ、行動としてはそっちの部類でしたよね今の(カシャ)」


「って、何撮ってるんですか!?」



カメラのシャッターを押した白木先輩に気付いて今度は裾を押さえて真っ赤な顔をする稲生


自分でやっておきながら撮られるのは嫌なのか……



「(カシャ)」


「って、なんであんたも無言で撮影してるのよ!?」


「あ、いや、恥じらう女子ってなんかいいなって……あ、そのまま視線こっちに」


「あ、もうちょっとだけかがんでもらっていいですか?」


「ちょ、あの、や、やめてってば……!」



――カシャシャシャシャ、カシャ、カシャシャ!


顔を赤くして恥ずかしそうに裾を押さえる稲生


獣耳じゃないのが惜しいけど、こういう恥じらう顔は凄くいい。


うん、凄くいい。大事なことなので三回言います。恥じらい凄くいい。


しかし、こうしてただ写真を撮っているだけでは作為的過ぎてちょっと萎える。



「風が欲しいですね……こう、髪をなびかせつつ、着慣れないショートパンツでスカートじゃないと思いつつもつい押さえて『きゃ』みたいな感じがシチュエーションとして自然な気がします」


「そうですね……歌丸くん、あっちにプラ板があったはずなので、適当な大きさの奴持ってきて仰いでもらえませんか?」


「はい喜んでー」


「喜ぶな!」



これ以上やるとガチで怒りそうだからやめておこう。



「なんか僕、白木先輩と仲良くなれる気がします」


「奇遇ですね、私もですよ歌丸くん」



僕たちはがっしりと握手を交わす。



「もうやだこの人たち……」


「何言ってんだまだ始まってもいないだろ?」


「その通りですよ稲生さん。では早速私はお二人に同行しますので、好きなところに移動してください」


「うぅ……わかったわよ」



というわけで衣装も変えて気分を新しく恋人役続行


先ほどと違って耐久値が衣服に反映されているということだが、まぁほとんど変わらないだろう。


というわけで早速手をつないだが……



「あ、待ってください」



早速白木先輩から物言いが入った。



「もっと恋人らしく、腕を組んで密着してください」


「「え」」


「恋人なら当然です。


そしてその際に服越しのお互いの感触とかも言ってください。


貴重な意見ですので、さぁ、さぁどうぞどうぞ」



早速の提案に僕も稲生も完全に固まった。


お互いに手をつないだまま、ゆっくりとお互いに顔を見合わせ、そしてすぐになんとなく視線をそらしてしまう。



「い、いやいくら何でもそれは距離が……近すぎませんかね?」


「そ、そうですよ、いくら何でもそれはちょっと……!」


「二人そろって何を言っているんですか?


これはれっきとしたモデルとしての仕事でもあり、そしてその新しい服の大事なテストも兼ねているんです。


恥ずかしがることなく、単なる実験と割り切って、さぁ、ハリーハリーハリー、ですっ!」



そう言いながらカメラをしっかり構えている白木先輩


顔は全然見えないけど、なんかものすごく楽しそうだぞこの人。


しかし一度引き受けたわけだし、ここは仕方ないのか……なぁ?



そう思い、なんとなく稲生に視線を向けると、ちょうど向こうも僕の方を見ていて目と目が合う。



「「っ」」



瞬間、つい同時に視線をそらしてしまった。


何この空気? 何この空気! 何この空気!?


自分の中でぐるぐると思考が回って勝手に顔が熱くなる。


いやまぁあ! 頼まれたことだしぃ! 仕方ないしぃ! むしろ女の子のどことは言わないがやわらかなアレを体感できると思えばお得だしぃ!


よし、やれ、やるんだ歌丸連理!


普段結構血生臭さとゲロ臭さにまみれる比率の高い僕だが、今日くらいは甘酸っぱいラブコメの比率が高くても良いんだ!



よしやるぞ、と活き込んだその時、視界にふと赤っぽい茶髪の髪が見えた気がした。


瞬間、英里佳の顔が頭の中に浮かぶ。



「――――」



どうして今その顔が浮かんだのかわからなかったが、急に頭の中の混乱が無くなった。



「……あの、白木先輩、やっぱ」

「――え、えいっ!」



――むにぃ



「――くぁwせdrftgyふじこlp」


「え、何、今なんて言ったの?」



やべぇ自分でも何言ったのか全然わからねぇ。



「お、おい稲生!?」


「う、うるさいわね、これもモデルとして……そう、モデルとして仕方なくやってるだけなんだからね!


勘違いしないでよね!」



お手本のようなツンデレ台詞を吐きながら僕の腕に抱き着くように密着してきた稲生


や、やわらか……じゃなくて、あの、本当に色んなものが腕に当たっているというかなんというかやわらかいというか……!




「はい、良いですよぉ~


はい、顔が引き攣ってます、もっと自然に自然にぃ~」



カシャカシャとカメラを構えながらシャッターを切る白木先輩



「も、もう写真を撮ったならいいでしょ?


ほら稲生、もう離していいぞ」


「何を言っているんですか歌丸くん?


そのまま歩いてください、まだまだ取りたい写真は一杯ありますから」


「うっ……」


「な、何よ今更怖気づいたの?


ほらさっさと行くわよ歌丸連理! 時間は有限なんだから!」


「ちょ、いや、あのぉ……!」



そのまま僕は稲生に腕を引っ張られる形で移動を開始した。


あの、スゲェ色々当たると言いうか……うん、デカい。


思ったよりデカい。稲生会長もデカかったから……遺伝かな?





「(ごゴゴゴゴゴゴゴゴッ)」


「いでででででででっ! めり込んでる、爪が肩にめり込んでる!」


「日暮くん……今、歌丸くん、どんな顔してる?」


「いででで、えっと、あの、困惑してる感じッス! というかやっぱそのゴーグル、連理の顔見えなくする仕掛けだったんスねぇ! イダダダダダダっ!」


「困惑?」


「はぁ、はぁ……やっと緩んだ…………えっと、最初はちょっとニヤついてたけど、なんか急に真顔になったかと思ったら、そのタイミングで稲生さんに抱き着かれて……別に密着出来てラッキーって顔はしてないッスよ」


「…………そう、なんだ」


「はぁ……」

(前までこういう風に嫉妬するようなこと無かったけど……榎並さん、やっぱりこの間の歌丸の告白聞いてからめっちゃ意識してるッス。


連理も自分の気持ちに素直になって、そして榎並さんの気持ちには気づいているけど心臓のことがあるから踏ん切りがつかず、そのまま宙ぶらりんで……そして自分の告白を本人が聞いていたとは知らないとか……)


「もう……本当におなか一杯ッス……」


「? どうしたの?」


「何でもないッス……もうなるようになるだけッスからね」





結局腕を組んだまま僕たちが向かったのはオープンテラスでの食事ができる場所だった。



「えっと……事前でのお兄ちゃんとお姉ちゃんのおすすめのお店は…………………事前での土門先輩と会長のおすすめのお店は……あれね」


「言い直し切ってから言うのもなんだけど、もう誤魔化すの面倒だから普通に言えばいいと思う」


「では早速フリーパスを使用しましょう」



一応リハーサルでも飲食についてはお金は個人持ちだったが、モデルを受けたということでただとなりました。



「いらっしゃ…………あれ、歌丸連理か?」


「え? あっと……すいません、以前どこかでお会いしましたか?」


「ん? あ、いやこっちが一方的に知ってるだけだ。


俺は赤嶺一矢。西学区生徒会役員の書記だ。


今回は飲食関係全般の管理責任者を務めている。よろしくな」


「はい、よろしくお願いします」


「で……そっちの腕を組んでるのは確か南生徒会の新人だな」


「稲生薺です」


「ああ、よろしく。


で、三名様でよろしいですか?」


「あ、撮影係の私は黒子なのでいないものと思ってください」


「了解。


あ、でも近くのテーブルに料理出しとくからそっちも食べておけよ」


「お気遣いありがとうございます」



白木先輩の感謝を受けて赤嶺先輩は少し照れくさそうにしたが咳ばらいをしてすぐに切り替える。



「――こほんっ…………当店では男女ペアの来場者に特別サービスを実施しております。


よろしければサービス席へご案内可能ですが、いかがなさいますか?」



一気に顔がスマイル状態となって本物の店員さんみたいに案内してくれた。


今回は色々とみるのも目的だし……同意だな。



「じゃあ、よろしくお願いします」


「それではこちらにどうぞ」



案内されたのは店の中を通ってしか入れないテラス席だった。


解放的でありながら周囲に人がいないというのは中々気分がいい。



「では、こちらが専用メニューとなります。


お呼びの際はこちらのベルを鳴らしてください。


お冷をお持ちしますので、失礼します」



赤嶺先輩はそう言って店内に戻っていく。



「さて……それじゃあ席に座ろうか」


「そうね」


「「………………」」


「……稲生、腕を離してくれないと座れないんだけど」


「なっ、わ、私が離したがらないみたいに言うのやめてもらえる!


ちょっと忘れてただけじゃないの!」



いや、そんな腕を組むのが自然だった、みたいな反応もどうだろうか……



――カシャ



ほらやっぱり白木先輩がここぞとばかりに写真撮ってるし。


とりあえず小さなテーブルに体面に座る形で設置されている椅子にそれぞれ腰かける。


専用のメニューとやらを開いてみたが、基本的に二人で頼むことを想定した内容ばかりだ。



「お昼はここで軽く済ませて、あとは縁日エリアで買い食いって考えてるけど……稲生はどうする?」


「私もそれで。


むしろ縁日で食材をどういう風に使うのか調べたいから量は少なめの方がいいわね」



考えることは一緒か。


ならばどれを選ぼうかと考えだしたその時だった。



「わぁ、アースくんいい雰囲気だねぇ!」


「そう、だな……やっと落ち着ける」



物凄く聞きなれた声がして、僕も稲生も、そしてついでにカメラを構えた白木先輩もそちらを見た。



「「あ」」


「「どうも」」

「(カシャ)」



やってきたのはギルド風紀委員(笑)の先輩の瑠璃先輩と下村先輩だった。


先ほど僕たちがそうしていたように、腕を組んでこのテラス席にやってきた。


僕たちの存在に気づき、下村先輩は顔が引き攣っている。


そんな彼に、僕はただ思ったことを口にした。



「……本当にハートの形になるんですね」



ハートの片方が書かれたようにプリントされていたシャツだが、二人がくっつくと見事にハートの形になっている。



「――ぐはぁ……!」



それを指摘した途端、何故か下村先輩はその場で崩れ落ちた。


一体どうしたのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る