第182話 あれ……普通に相性がいい、だとっ……!
さて、稲生と手をつないで西学区のリハーサル会場を回る。
まぁ、会場と言っても広いメインストリートとその周辺エリアを仕切って、そこに貸せるの屋台を並べるというものだ。
一応一般の店も出ていて、特に日本でも店を出しているチェーン店なども今回のリハーサルの対象となっている。
「ま、まずどうする?」
「こ、こここういうときは……男がリードするものでしょ?」
「あ、そ、そうか……えっと」
お互い手をつないで行動しているわけだが、なんか照れくさすぎてお互いに顔を見れない。
とはいえこれも仕事だ。
大丈夫、僕にはいつぞや……というか英里佳がつけていたゴーグルのリアルギャルゲー選択肢の経験がある。
肝心なところでまったく役に立たなかったものがまさか巡り巡ってここで行かされるとは、人生何が起こるのか本当にわからないね。
「何か食べるには中途半端な時間だし、少し出し物とか見てみようか。
たしか、リハーサル参加者にはタイムスケージュール表がメールで送られていたはずだし……」
学生証を片手で捜査して今の時間とそしてスケジュールを照らし合わせる。
「南学区からの小動物のふれあいコーナー、東学区からリサイクルキャンドル作成体験とかあるな。
あとは……文科系部活動の発表会とかあるかな」
「うーん……小動物のお世話ならよくしてるし……キャンドル作りって時間かかりそうね」
「なら文化部の発表会で決まりだな。
北学区には部活動とかないから、どういうことしてるのか知らないからちょっと気になってたんだよね」
「あんたが行きたいだけじゃない」
「エスコートしつつ自分も楽しめてお得な選択肢じゃないか。
ほら、いいから行こう」
「はいはい、わかったわよ」
目的が決まったら少し気恥ずかしさも抜けた。
手は依然としてつないだままだが、少しだけ楽な気持ちになって僕たちは移動を開始した。
■
――ミシィ!
堅い煉瓦風のタイルで覆われた、店の外壁の一部に亀裂が入る。
亀裂を入れたのは、巨漢の手――などではなく、一人の小柄な少女の手であった。
「――――」
ゴーグルをつけた、外国人留学中学生役の榎並英里佳である。
結構離れた距離の物陰から、ゴーグルの拡大機能を使って歌丸連理と稲生薺の行動を監視している真っ最中なのだ。
「……あの、榎並さん、一応わかってると思うけど、あれは恋人設定で手をつないでいるだけッスよ?」
張っちゃけた格好の日暮戒斗がそんな英里佳の近くで声をかける。
「わかってる」
「いやでも」
「わかってるから」
「はい」
ゴーグルで表情は見えないが、おそらく目からハイライトさんが消えているのだろうなと考える戒斗
自分の役割として気楽に町をぶらつこうと思った矢先に、このように隠れている英里佳を見つけてしまったわけだが……
(触らぬ神に祟りなし……もうこうなったらこの場からこっそり離れるッス)
もともと自分では到底止められない存在なのだ。
ならばいっそ放っておいた方が、少なくとも自分への被害は少ないと判断し、音もたてずにその場から離れようとしたのだが……
――ガシッ
肩をかなり強い力で掴まれる。
「移動開始した。日暮くん、スキル使って追跡するから」
「……俺もッスか?」
「早く」
「ウッス」
声を自分から掛けてしまった時点ですでに触っていたのだなぁーと、さっさと諦めた戒斗。
「じゃあ、スキル使うんで俺の肩に手を置いてついてくるッス。
あと今制服じゃないから普段よりもスキルの精度が落ちるッス。
隠密スキルも、完全に消えるわけじゃなくて存在感が薄くなって認識がし辛くなる程度なんでそこは了承して欲しいッス」
「わかった、早く」
「あ、できれば左で頼むッスね」
「はい、早く」
「――ハイディング」
万が一を考えて利き腕の肩を守って隠密スキルを発動させる戒斗
気楽な一日のはずが、どうしてこうなったんだろうかと思いつつ連理たちの後を尾行するのであった。
(向こうは女子と手をつないでるのに、こっちは後ろから肩を潰されそうになってるとか……理不尽すぎるッス……ああ、なんか今無性に椿咲ちゃんに会いたいッスねぇ……)
悲しい気分になりながら、戒斗は英里佳を連れていくのであった。
■
やってきたのは今は結構広いスペースに大きめのイベント用テントをいくつも立てて日陰の広いスペースをつくっている場所。
そのテントの下にロープで囲んだ作品が透明なプラスチックの柱に張り付けられてたり、もしくはその中に展示されていたりする。
「へぇ……思ったより本格的なんだね」
「本格的ってそういうのわかるの?」
「美術館に行く機会があってね。その展示会と雰囲気が似てるかも」
長期入院患者を対象とした慰安の美術館見学というものがボランティアから提案され、それによって僕は三回ほどそれなりに規模の大きな美術展に言ったことがある。
「テントの最初のエリアは美術部、か……まぁ、妥当なところかな」
「芸術ってあんまりわかんないわね……あの針金の組み合わせたやつとかどこが芸術なの?」
「ん? ……ああ、あれは立体を使った影絵だね。
あそこだけ近くにライトが設置されてる」
物は試しと、近くまで行ってライトをつけてみたらパッと針金でできたオブジェに光が当てられ、影ができる。
「わっ……これ、もしかして犬?
針金をくしゃくしゃに丸めてるだけかと思ったらこうなってるんだ……凄いわね」
「何が凄いって、これ全部一本の針金で作ってることだよね」
「え? 本当に?」
「説明欄見てみなよ。これ作るのに半年くらいかけてるんだってさ」
「へぇ……凄いわね」
「あっちは絵かな……学園の風景画はあるけど…………なんか、迷宮の内部っぽい絵画があるような……」
「え、うそ……あ、本当だ」
「まさか、迷宮まで行ってわざわざ描いてきたとかじゃないよな……?」
「まさかそんなわけ……どうせ学生証で写真とかとってそれを使ったとかでしょ」
「だよな、あはははは」
「きっとそうよ。ふふふふふ」
「……ちょっと気になるから説明欄見てくる」
「待って、私も見る」
■
「こんな場所の何が楽しいんだって思ったッスけど……意外と楽しんでるッスね」
「……あれくらいは、別にいつも通り」
■
「こっちは写真の展示してるね」
「……なんかこれ、人が箒で空を飛んでるみたいに映ってるけど……そんなスキルあったっけ?」
「いや、これは単に箒にまたがっている状態でジャンプしてるところを撮ってるんだって」
「へぇ……そういうやり方あるんだ」
「結構古典的なトリック写真だぞ」
「写真とか詳しくないんだから別に知らなくてもおかしくないし…………って、ねぇ、あんたじゃないの?」
「え?」
稲生が指さした方向を見ると、そこには確かに僕の写真があった。
……これは、
僕にしては珍しく、精悍な顔つきで危うい足場を走っている。
……うん、なんかカッコいい気がする。
「……ああ、そういえばレイドの後なんか肖像権云々の書類にサインしたっけ」
「結構大事な話なのになんでうろ覚えなのよ……?」
「いや、てっきりMIYABIのライブ撮影のカメラに映ったとき用のものかと思ってたんだよ。
いやぁ、しかしあの時の写真か……なんかまだ二カ月くらい前のことなのに懐かしい気がするよ」
「大規模戦闘の名場面特集コーナーってあるけど……よく見たら榎並英里佳もいるわね」
「え、マジでどこどこ?」
見ると、大きな銃を構えた英里佳、巨大ゴーレム相手に立ち向かう英里佳の写真があった。
「……あ、用紙に記入して受付に渡せば注文できるのか、よし、さっそく注文を」
「これはあくまで本番用で、リハーサルでは注文できないみたいだけど……」
「なん、だと……!?」
「え、そこまでショックなこと?」
「だって、お前、だって……英里佳の獣耳姿の写真がようやく合法的に手に入ると思ったのに……!」
「本当にブレないわねあんた……」
■
「……別に、言ってくれれば写真くらい……」
「まぁ、あいつなりに榎並さんを大事にしたいっていう気持ちの表れなんじゃないッスかねぇ……」
■
「こっちは……飴細工?」
「あ、これ知ってる。アイスで作ってる凄いリアルな犬!」
「季節的にどっちも溶けそうだけど……小型の冷蔵庫設置してるのか。
金かけ過ぎな気はするけど……でも完成度高いな」
「あ、これと同じの作った人屋台の方でアイス販売してる! すぐに早く、今行くわよ!」
「わ、わかったあとでちゃんとそっち行くって。
僕としてはこの次のコーナーの奴みたいからさ」
「売れきれたらどうするのよ?」
「今日はリハーサルだから参加者少ないし、きっと大丈夫だって。
というか原材料南学区だし、これあれだろ、前にモンスターパーティで出したジェラートみたいなもんだろ?」
「見ーたーい、食ーべーたーい!」
「子どもか!」
■
「……お菓子のお城まである」
「うちの学園の部活、無駄に技術高いッスねぇ……」
■
「凄い! これが学生証のスキルを活用してまで作り上げた100分の1スケールのロボットアニメ名シーン完全再現ジオラマ!
クオリティ高ぇ!」
「リアルだとは思うけど……これそんなに凄いの?」
「ああスゴい! あのアニメの名シーンをここまで見事に再現したジオラマ!
それをまさかこうして生で見られる日が来るとは……
是非これを作った人とアニメについて語りたい……!」
「あんたアニメ好きなの?」
「もちろん。日本にいた時はインドア派だからな。
あ、もしかしてお前アニメが子供っぽいとか思ってる口か?」
「別にそこまで言うつもりはないわよ。
私だって小さい頃よく見てたし。
ただ、迷宮馬鹿のあんたがアニメに嵌ってたっていうのに驚いただけ。
てっきり外で走り回ってると思ってたから」
……ん?
もしかして、稲生って僕の過去のこと知らないのか?
すでに僕の経歴について稲生会長は知ってる感じだったから、てっきり稲生にも伝わってると思ったけどどうやら違うらしい。
「どうかした?」
少し考え込んで黙っていたら、稲生が顔を覗き込んできた。
「あ、いやなんでもない。
ん……あれって昔やってた女の子向けアニメのコーナーじゃないかな?」
「え……あ、ホントだ! この場面私知ってる!」
展示されている主人公の女の子と、敵だった女の子の幹部が手と手を取り合っているシーンか。
結構有名なシーンで僕もそこだけなら知っている。
■
「なんか……普段の歌丸くんとあまり変わらないかな」
「そうっスねぇ……恋人設定だけど、テレが抜けて平常運転って感じッスねぇ」
内心で戒斗は安心した。
先ほどまで嫉妬からか自分の肩を掴む英里佳の手の力が徐々に弱まっていっているのを感じたのだ。
このまま何もなく終わればそれでOK
というかそれが理想だなと、そう思いつつ戒斗は一緒になって展示物を楽しそうに眺めている連理とナズナを観察する。
■
「こっちは……美術でいいかな?」
「服飾も芸術の一つだと思うけど……」
次に僕たちがやってきたのは沢山のマネキンが並んで色んな服が展示されている場所だった。
色々な服が並んでいて、季節外れの冬物の服なんかあれば、奇抜な小さな鉄板を並べたようなものまである。
「――いらっしゃいませー」
なんか若干くぐもった声が聞こえてきたので振り返る。
大きなサングラスに、多分保冷用のスカーフで口元を隠し、さらに帽子を目深く被った不審人物がそこにいた。
「「」」
「ちょ、あの、二人して無言でアドバンスカード構えないでもらえませんか?」
「これがすぐにアドバンスカードってわかるって……あんた僕らのこと知ってるのか?」
アドバンスカードはぱっと見は学生証と変わらないし、そして出回ってる数も少ないからよく知らない人は学生証と勘違いすることが多いらしいのだが……
「そりゃまぁ、お二人は有名人ですからねぇ。
歌丸連理くんは言わずもがな、南の新しい生徒会役員の稲生薺さん。
どちらも有名人ですからねぇ。
改めまして……西学区生徒会三年会計を務める
「生徒会役員……」
「え……な、なんで役員の先輩がこちらに?」
僕も稲生もまさかの人物の登場に驚きだ。
「私はこの区画の全体の管理責任者となりまして、尚且つこの展示コーナの服飾デザイン部の部長を兼任してるので全体のレイアウト確認のためここにいるんです。
そしたら楽しそうに見ているカップルがいましたので、見たら学園の有名人。
声を掛けたくなったわけです」
「は、はぁなるほど」
とりあず僕も稲生も構えていたアドバンスカードをしまう。
「では、改めまして。
北学区生徒会直属ギルドの風紀委員(笑)所属の歌丸連理です」
「えっと……南学区生徒会の庶務の稲生薺です。
その、すいませんでした」
「あはは、構いませんよ。
私もちょっと格好を考えるべきでした。
いやぁ、昔からこの時期の強い日差しが苦手で……」
そう言って、白木先輩はサングラスと帽子を外し、そして口元を覆ったスカーフを取った。
「……もしかして、アルビノなんですか?」
白木先輩の容姿はまず第一印象に白い、というのが来る。
髪も白く、肌も異様に白く、そして眼がとても赤い。
メラニン色素を体で人並みに作ることができないという体質らしい。
メラニンが作れないため、日差しに当たり過ぎると紫外線によって普通の人より皮膚ガンになりやすいとか。
でもそれ以外は基本的に普通だと聞く。
「ええ、そうです。
もういいですか?」
「あ、はいどうぞ」
取った帽子とサングラス、それにスカーフとつけ直す先輩
「こういう体質だからあんまり外回りとか得意じゃないの。
だからあんまり生徒会では基本裏方に回っていたのよ」
「それならどうしてこんな屋外の責任者を?
他に変わってもらえればよかったんじゃ……」
稲生の質問に僕も内心で同意する。
今の格好を見ても……申し訳ないが屋外での活動には向いていない。
「それは今年が特別だからです。
私の作ったデザインが、日本でどこまで通用するのかこの目で直に見るため。
想定より半年以上早くそれが確認できるなら、こんな機会を逃すわけにはいきませんので」
顔はスカーフとサングラスで見えないが、何やら凄い燃えている様子なのは伝わってくる。
体質的に外に出るのは苦手なようだが、それを軽く飲み込めるほどに、白木先輩はこの体育祭での展示会に強い意気込みを持っているということなのだろう。
「まぁそれはそれとして……よかったら二人とも、試着してモデルやってくれない?」
「「え?」」
突如学生証からゴツイカメラを撮りだしたと思ったら白木先輩はじりじりとこちらに迫ってきた。
「宣伝はしすぎて駄目なんてことはないです。
私だけじゃなく、ここに展示品を出している生徒すべての本意として、もっと色んな人に作品を見てもらいたいの。
その点、貴方たちなら宣伝効果もばっちりです!
歌丸くんの知名度はもちろん、稲生さんも素材はピカイチ!
是非、是非モデルに、モデルになってください!」
「え、あの、いやでも今はリハーサル中で、色んなところ見ないといけないからあまり時間は掛けられませんよ?」
「大丈夫です、こちらで用意した衣装に着替えてもらってそちらに行ってもらっても構いません。
たまにこちらでポーズとかの指定をしますが、それ以外は基本自由で。
なんなら、代わりに体育祭のフリーパスをご用意します。
今日のリハーサルだけでなく、本番期間中は体育祭に関わる店舗でほとんど無料、一部は割引とか特典付きで利用できますよ!」
それはなんとも魅力的な。
ただ着替えるだけでフリーパスもらえるのならいいかもしれないが……
「でも、勝手に他の生徒会からのそういう依頼を受けるのは……」
「大丈夫、皆さんの所属の生徒会にも本人の許可があれば問題ないとすでに話はとおしてありますし……お姉さんの稲生会長からはむしろおしゃれに興味になるなら是非に、とも言われてますよ」
証拠を示すかのように、正式な文書を二枚出して僕たちに見せる。
うん、確かに北学区の生徒会の捺印がされていた。
「お、お姉ちゃん……」
「聞けば、そちらの衣装もお姉さんと植木さんがご用意したとか?
流石に来年でお二人は卒業なわけですから……多少は自分で……ねぇ」
あ、そっちは稲生先輩のコーデか。
まぁ確かにこいつなんか着慣れてない雰囲気あったな。
「うっ…………あの……歌丸」
「ああ、分かったよ。
僕もフリーパスは結構欲しいし……正直、僕もおしゃれとかよくわからないからこの際ちょっと勉強しておくよ」
この間、椿咲から僕の私服について結構駄目だしされたのだ。
学園では制服とかジャージ以外はあまり着る機会は無いのだが、日本に戻った時に多少はダサい恰好とか指摘されるのは避けたい。
「決まりですね。
それではこちらでお二人に衣服を用意しますので、ついてきてください!」
というわけで、大学生風の衣装から着替えることになりました。
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