第181話 遊びも仕事です。



「――と、いうわけで……明日、南学区の稲生と一緒に西の学区を回ってくるように言われたんですけど……」



「「「…………」」」



今日、土門先輩たちとの個人的な部分を端折って会議室にて報告。


西から一足先に帰ってきていた紗々芽さんを含め、英里佳と詩織さんから無言の圧を感じる。



「ああ、その話ね……そうなんだ、まぁもともと明日貴方たちの内の誰かに行ってもらう予定だったから問題は無いわよ」



あっけらかんと僕の報告を受けて受け入れる栗原先輩。



「え? そうなんですか?


備品の確認とかで忙しいんじゃ……?」


「正直言うとね、実は確認作業は今日で九割九分は終わってるのよ。


あとはせいぜい積み込みの時に漏れが無いかを再確認するだけ」


「え?」



この発言には僕だけでなく、他のみんなもびっくりしていた。



「じゃあ、俺らって明日から何をするんスか?」



みんなの疑問を代弁するように質問する戒斗



「それこそ入念なリハーサルよ。


そこで足りないものが出た時に備品を追加するかもだけど……」


「そこまでリハーサルするようなことがあるんスか?


今日ちょっと競技場とか見てきたッスけど、団体競技の簡単なリハは十分だったと思うッスけど……」


「例年通りの体育祭ならもう十分すぎる位よ。


でも、ほら今年って日本でやるでしょ?


体育祭より、来場者対応する部門を新しく作ったからそっちの処理がこっちにまで回ってきてた状態だったの」


「あ、なるほど」



戒斗は納得した様子だし、他の面々も一応は納得している。


でもどうにも僕はそこまで力を入れすぎることが腑に落ちないので素直に質問した。



「でも来場者対応の出店するところってすでに学内で営業実績のあるところばっかりなのに、どうして今更リハーサルを重ねる必要があるんですか?」


「まぁ、私もちょっとそう思うんだけど……一応のテロ対策よ」


「テ、テロ?」



いまいち聞きなれない言葉であるが…………冷静に考えると僕個人は割と身近な言葉かもしれないなと一周回って冷静になった。



「学内で起きたならほとんどの学生はある程度は対応できるわ。


北学区の一年生でなくても、学生証があればこの時期には体より大きな瓦礫に押しつぶされたとしても大怪我はしても命を落とすことは稀なほどに頑丈だもの」


「まぁ、確かにそうですね」



入学時に比べれば僕もそれなりに強くなったことは実感する。


万が一でもそんなもの受けたら骨折は必至だが、多分体全体が潰されるほどにはならないだろうなと漠然と判断はできた。



「でも今度の会場は日本。


殆どの人は学生証の恩恵を持っていない一般人よ。


いくら学長が結界で死者が出ないようになるといっても、危険な目に遇わせるわけにはいかないでしょ?」


「……だから北学区ではあらゆる状況を想定した危険を事前に確認する、と」


「他の学区なら、学生以外の顧客のニーズを確かめられる貴重な機会だから、失敗しないためのリハであることも間違いないわね。


あとは学園に来ている以外の法人へのアピールの場にもなるし……色んな人たちが今回の体育祭を将来のために生かそうとして、そのために血眼で準備してるのよ。


だからリハーサルはいくらやっても足りないくらいなの」


「なるほど……わかりました。ありがとうございます」


「どういたしまして。


で、その話に戻るけど……歌丸くんは稲生会長の妹さんと一緒に回るなら、こっちも別目的で回る人を出したほうがいいわね。


……というか歌丸くんって護衛をいくらつけててもつけすぎること無いし、いっそチーム天守閣全員で行ってもらった方がいいかしら」


「「「「賛成」」」ッス」



わぉ、満場一致



「そこまで僕って信用ないですか……?」


「歌丸くんじゃなくて、こう……周りが油断できないという……うん、ごめんなさい。


正直これまでのことを考えると私にはもう君を一人で出歩かせる勇気は無いわ」



栗原先輩にそこまで断言されるほどに僕の誘拐、襲撃の実績は確からしい。


いや、確かに僕もいっそ運命的なものを感じるけど、本当に僕が望んだわけじゃないんだけど……



「――たっだいまー!」

「――悪い、遅くなった」



僕が一人テンションが下がっていると、瑠璃先輩と下村先輩が戻ってきた。



「って、あれ、レンりんどうしてテンション低いの?」


「あ、いやその……」



――かくかくしかじか


――まるまるうまうま



というわけで事情説明割愛



「なるほどな……でもまぁ、その判断は妥当だろ。


残ってる仕事も、リハーサル以外は全員が本気になれば半日も経たずに終わるものだし、何なら一人で一日かければ終わる程度だし……


……よく考えたら俺ら全員、ここの所ろくに羽も伸ばせてなかったし…………よし、全員で明日は西学区の客役としてリハーサルに参加するか」


「賛っ成!」



下村先輩の提案に、このギルドのリーダーである瑠璃先輩が真っ先に同意


もはや決定と同意であろう。



「それ本当にいいのかしら……?」


「問題はない。というか……今のうちに息抜きしておかないと来週ずっと息が詰まるって。


明後日の模擬戦が終わったら、瑠璃は本島に前乗りで行かなきゃいけないし、俺たちも早くて四日後には向こうで会場の下見で日本列島各地の競技場所の視察だぞ?


風情も何もない弾丸旅行を体育祭開始直前まで強制させられるし」


「……そうだったわね。


……なんか少し今更ながら気が重くなってきたかも」



なんか先輩たちは先輩たちでとてつもなく忙しい様子だ。


栗原先輩とか結構疲れたようにため息を吐いている。



「そっちの手伝いとか、僕たちはしなくていいんですか?」



立場上、僕たちって生徒会組織の下っ端のはずなのに、下っ端らしい仕事も今日以外ではほとんどした記憶がない。



「いや、歌丸は動かせないだろ。


どこで誘拐されるかわからないし」


「そうね……多分君が動くと私達の仕事が冗談抜きで数倍に……いいえ、数十倍に増えるから動かないで欲しいわ。


他のみんなも、歌丸くんの護衛という意味では絶対に動かせないし」


「確かに」

「そうよね」

「そうだよねぇ……」

「悪いけど否定できないッス」



僕の評価っていったい……


全員からのその言葉に地味に傷ついていると、瑠璃先輩がフォローを入れてくれる。



「まぁまぁ、今回はあくまで初めてだからこんなに忙しいだけで、来年からはこういう仕事は外部に委託するっぽいからレンりんもそこまで気にしなくていいんじゃない?


レンりんにはレンりんにしかできないことがいっぱいあるんだし」


「瑠璃の言う通りだ。


歌丸、お前は自分の立場をよく理解しろ。


お前が動かないということは別にサボっていると俺たちも想ってるわけじゃないし、むしろ人一倍頑張っていることは知っている。


別に気に病むことは無い。ただお前と俺たちとでは役割が違うというだけの話だ」


「そう言ってもらえると……助かります。


あ、でも手伝えることあったら遠慮なく行ってください。


僕もこのギルドの一員として色々頑張りたいんです」


「ああ、その時は頼りにさせてもらうぞ」



下村先輩に軽く肩を叩きながらそう言った。



「さて、まぁそれじゃあ明日は全員で西学区のリハーサルに参加だ。


と言っても客目線での意見をアンケートに記入するだけだからそこまで気を張らず、楽しんで行こう」


「よっし、明日は遊ぶぞー! おー!」



というわけで、そういうことになった。





翌日





今回は客役をよりリアルにするため、衣装も用意されていた。


僕はちょっとこなれた大学生風というテイストらしい。


まぁ、普通のジーパンに時期を合わせた半そでの薄い青のカッターシャツ


それにスニーカーと、軽くワックスで髪を整えて清潔感をアピールしたような感じであるが……まぁ、普段とあまり変わらない気がする。



「……で、戒斗はどんな役割?」


「…………大学デビューに失敗して、俺一人で全然問題ないって強がってる面倒くさい大学生ッス」



金髪のパーマーを利かせたカツラを被り、シルバーアクセをジャラジャラつけていた。


そして何故かズボンをずり下げていてパンツが見えている。


さらにドクロのシャツにスケスケのジャケットを身に着けている。


なんか「俺、めっちゃ弾けてるぜ!」って感じが逆に痛々しい。



「……できるだけ近くにはいたくないな」


「その感情はたまに俺がお前に感じているものと一緒っス」


「失礼な。


あ、あと簡単な設定みたいなもの受け取ったけど、僕は恋人役と一緒に行動しろってだけなんだけど……そっちは?」


「……周りを威嚇しながら歩いて、とりあえず一人で行動しろってだけッスね」


「…………」


「…………無言やめるッス」


「ごめん、なんか何も言えない」


「別に、良いッスけどねぇ。一人で気楽に遊べると思えば悪くもないッス。


そっちこそ……振りとはいえ恋人役とか大丈夫なんスか?」


「臨機応変に対応するよ」


「それノープラン」



などと雑談しつつ、僕たちは衣裳部屋から出る。


そして同時に外のベンチでうなだれている下村先輩を見つけたのだが……



「「うっわぁ……」」



二人そろって思わずそんなことを呟いてドン引きしてしまった。



うなだれている下村先輩の来ているTシャツが、とても痛々しかった。


具体的には、表に半分になったハートが見えるようになる。


多分だけどあれ、もう一着並べてハートの形になる奴だ。



「……先輩、一応聞きますけど役割は?」


「…………大学生の浮かれたバカップルの片割れだ」


「相手はやっぱり瑠璃先輩ですか?」


「ああ」



瑠璃先輩がハマり役過ぎて下村先輩がめっちゃ大変そうだということが想像に難くない。



「おっまたせー!」



なんとも言えない気分になっている僕たちのもとに、女性陣が合流


やってきた瑠璃先輩は案の定下村先輩とくっつけるとハートになるシャツを着ていて、丈の短めのスカートをはいている。


栗原先輩は……なんか少し着崩してるスーツ姿だ。



「瑠璃先輩はともかく……栗原先輩の役割は?」


「仕事終わりのキャリアウーマン役らしいわ」



なんか合ってる気がする。



「……で、あの……二人はなんでちょっと微妙な顔を?」



後からやってきた詩織さんと紗々芽さん。


二人とも似たような恰好だ。ペアルックという奴だろうか?


デニムジャケットにピンクっぽいシャツ。


違うとしたら詩織さんがパンツルックで、紗々芽さんがロングスカートってところかな。



「仲が良すぎて周囲からデキてると噂されている女子大生……らしいわ」


「……うん、まぁ、普通に親友での行動だと思えば……うん……大丈夫、うん」



詩織さんはともかく、自分に何かを言い聞かせている紗々芽さんが心配だ。



「……で、英里佳は?」


「……ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン」


「……はい?」


「ひたすらこれとボディランゲージを繰り返す外国からやってきた中学生だって」



なんか日本に初めて来て浮かれて買ったであろう達筆な感じで「乾杯!」と書かれた意味不明なシャツを着て、動き易いようなハーフパンツ姿の英里佳


元々ハーフなだけあって、外国人だと言われればそのまま信じてしまいそうだが……まぁ、確かに小柄だから中学生と言われれば信じてしまいそうだ。


でもやっぱりこの状況でもゴーグル付けっぱなしなんだね。



「そ、そっか……まぁ、頑張ってね」


「うん……頑張る」



言葉とは裏腹に、明らかに声が暗い。物凄く嫌そうだ。



「――ま、待たせたわね歌丸連理!」



そんな僕たちのところに、新たに一人の女子がやってくる。



「ああ、稲生か。おはよ――ぉ……」



振り返り、その姿を確認して僕は硬直してしまった。


そこには案の定稲生がいたのだが、その格好は普段の活発な印象をがらりと変えた。


白い半そでのワンピースに、ツバの広い紺色の帽子――後で聞いたが、キャペリンという種類らしい――を被っていて、靴も全体の雰囲気を損なわない。


避暑地にやってきたどこかのお嬢様、とか言われたらそのまま信じてしまいそうな格好だ。



「な、何急に黙ってるのよ……」



僕が硬直したのを見て、何やら帽子を脱いで気恥ずかしそうに顔を隠す稲生



「変なら変って、そう言ったらいいじゃない……」



どうにもそう言った格好は慣れていないのだろう。



「あ、いや、別に変じゃない。


よく似合ってるんじゃないかな……うん。


可愛いと思うよ」


「……」


「おい、なんでスカートのすそ押さえて距離を取る?」


「そう言って油断させてまた写真撮るつもりなんでしょ!」


「獣耳生やしてから出直してこい」


「ふんっ!」

「ぐはぁ!?」



殴られた。理不尽だ。



「あ、写真で思い出した!


昨日取った私の写真消しなさいよ!」


「殴っておいてお前マジふざけんなよ!


別にいいじゃないか! 獣耳女子撮る機会って意外と少ないんだぞ!


英里佳の獣耳姿って戦闘中ばっかりだから撮ってる暇無いし、別に減るもんじゃないんだからいいだろ!」


「いいから、消、し、な、さ、いっ!」


「絶対に、い、や、だっ!」



もう設定とか忘れて取っ組み合いになっていた。


そして学生証の能力値は僕の方が負けてるので普通に負けてる。



「さぁ、おとなしく写真消しなさい!」


「くっ、だ、誰かヘルプ! ヘルプミー!!」



負けてなるものか! 僕には頼りになる仲間たちがいる!


一人で駄目でも、みんなと一緒なら……!!



「よーし、それじゃみんな自分の役割を忘れず、それでなお客として楽しんで来いよー」


「「「「「「はーい」」」」」」


「あれぇーーーーーーーーー!?」



下村先輩の言葉に従ってみんなその場から去っていく。


残されたのは僕と取っ組み合っている稲生のみ



「ふふふふふっ、さぁ、観念しなさいっ!」


「あ、ちょ、待って、マジで待――――げへわぁ!?」



――普通に負けました。


そして僕は学生証から泣く泣く昨日撮った写真を消すこととなるのだったが……


まぁ、当然とっくにプリントアウト済みなわけだが……黙って置こう。


バレたら絶対そっちまで燃やされる。



「さて、それじゃあさっさと行くわよ」


「くっ……わかったよ。


えっと……カップルっぽく行動ってあったけど具体的には……ん?」



学生証に着信が入った。



「……ちょっと待った土門先輩からだ?」


「え、お兄ちゃ――こほんっ……先輩からどうして?」



もう普通にそこまで行ったら言い直さなくていい気がする。



「とりあえず出てみるな。


――はいもしもし歌丸です」


『おぉ、今デート中か?』


「いえ、今から開始です」


『そうか。


昨日言ったことだけど、忘れてないよな?』



その言葉に、僕は稲生を一瞥した。



「?」



稲生は何故自分が見られたのかと小首をかしげる。



「……覚えていますけど、別に了承したわけじゃないですよ。


僕だって自分の状況で一杯一杯だし……それに普通に考えて受け入れられるとは思いません」


『わかってる。あくまでその選択肢をお前ら二人が選ぶなら俺たちは応援するってことを知ってもらいたかっただけだ。


まぁお前が心変わりして本気でナズナのことを想うのなら大歓迎だが』


「念押しのための通話ですか?」


『それもあるが、まぁちょっと…………今日のデート中、できればナズナと手をつないで行動してくれないか?


たぶんその方がナズナも喜ぶと思うし』


「は、はぁ……嫌がられたら止めますけど、いいですか?」


『それでいいから、とにかく試せ。


頼むぞ、お願いじゃなくて先輩命令だから、そこんとこよろしく』



と、通話が切れた。



「お兄ちゃんなんだって?


――あ、じゃなくて土門先ぱ」「言い切ったんだからわざわざ言い直すな」



もう普通にそこまで行ったら開き直れよ。



「えっと……とりあえず、ほれ」


「? なによその手?」


「……ああ、もう、とにかくこうするんだよ!」



なんか口で説明するの恥ずかしかったので、無理矢理稲生と手をつなぐ。



「え、あ、ちょっと、いきなりなによ……」


「この方がデートっぽいってアドバイスをな……」



今のところ、稲生は放す素振りはない。


OKということなのだろう。



「じゃ、じゃあ……このままいくぞ」


「わ、わかった」



というわけで、リハーサルの僕たちの模擬デートが始まった。

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