第180話 許嫁(仮) あとついでに自称正妻

「ふぅ……口の中刺されるかと思った……」



結局、土門先輩とイチャついていた牡丹先輩の一言が出るまで稲生は執拗なまでに僕の口にパンケーキの刺さったフォークを力づくで入れようとしていた。



「歌丸くん、君が悪いよ」



心底呆れた目で僕を見ている植木先輩


もはやこの人の好感度を上昇させるのは不可能だろう。


いや、別に攻略する気もないけどさ。


一方で稲生はむくれた顔して僕を見ている。



「ただ食べさせてあげようとしただけなのに大袈裟なのよ」


「いやお前、逆の立場だったら絶対にビビるからな」



あんなの平気で受け入れられる奴の気が知れない。



「ふん、あんたじゃあるまいし」


「お、言ったな、言ったなお前?」


「な、何よ」



少しばかり怯えたような表情を見せたがもう遅い。


僕はフォークに手を伸ばし、そして新しいパンケーキに突き刺す。


たっぷりとソースと溶けたアイスをからめてから、持ち上げた。



「ほら、あーん」


「なっ――――!」



僕の行動に驚愕で固まる稲生


ふふふっ……どうだ、自分がやられるとは思っていなかっただろう!


そして知るが良い、僕の受けた恐怖を!



「ねぇ、あれって何て言えばいいの?


飴と鞭から飴? 手口がちょっとあくどい気がするんだけど……」


「あいつ計算じゃなくて素でやってるんだよなぁ……」


「ほらナズナ、頑張って」



なんか周囲の先輩が何か言ってるが、今は置いておこう。



「な、にゃ、にゃにを……!」



顔を真っ赤にして困惑している稲生


ふふふふふふっ、今更怯えた所でもう遅い!


お前に選択の余地などないのだ!



「ほら、早くしないとソースとアイスがこぼれちゃうぞ~」


「あっ」



食材を大事にしているこいつが、黙ってそれが駄目になってしまうことなど許すはずがない。


僕がこぼれると言った途端、慌てたように口を開いて近づいてくる稲生。


僕がニヤリとした顔をしながらそれを眺める。



「う、ぅぅ……っ~~~~~~~~!」



僕の視線に気づいて一瞬視線を止めた稲生だが、いまさら口を閉じるということはせず、ソースがこぼれそうになっていたパンケーキにかぶりついた。


……………………あれ?


よく考えたら食べさせたら駄目じゃない?


勝ち負けで言ったら僕の負けじゃない?



などということを今さらながら考えつつ、稲生の頬張っているフォークをゆっくりと引き抜く。



「「……………………」」



僕は無言で、口の中にパンケーキを入れている稲生も当然無言。


……あれ、何この空気?


なんか思ったのと違う。


稲生は顔を赤くしたまま僕を上目遣いで見ていて、少しばかり口がリスみたいに膨らんでいてあら可愛い。


って、何言ってんだ僕は! そうじゃないだろ、えっと……とりあえずなんか言え僕!



「ど、どうだ!」



何がだよ!


自分で言ってて自分で突っ込んでしまう。


いや、本当に何がどうだなのだろうか?



「…………ぉぃしぃと……ぉもぅ……」



消えそうなほどの小声で俯きながら答えた。


いやこれ作ったの僕じゃないし! そんな味が美味しいのは知ってるし!



「なにこれあまずっぱい」

「やっぱそう思うか?」

「ナズナったら可愛いわぁ」



外野が何か騒いでいるが、もうそれが何を言っているのか今の僕の頭には入ってこない。


お、落ち着け僕! こういう時は甘いものを食べて落ち着くんだ。


おぉ! ちょうどいい所にパンケーキが!


落ち着かない気持ちを落ち着かせようと思って僕は残ったパンケーキをフォークに突き刺し、口の中に入れる。



「あぁ!?」


「っ! ――んぐっ、な、なんだよ!?」



至近距離で突然大声をあげた稲生に驚いた僕は思わず椅子から飛び跳ねそうになるくらい驚いた。



「あ、ぁ……あ、ぁあ……!」


「え、え、え、何、え……え、何?」



「あ」しか言わずに顔を真っ赤にプルプル震えて僕を……いや、僕の手にあるフォークを指さ稲生


いや、本当になに、フォークがなに?



「ふぉ、ふぉーく……おなじ、の」


「え……だってもう一つのナポリタンの奴だし……」



あの濃いトマトソースで風味を損ねてしまうのは流石にどうかと思う。



「――――ぁ」



僕がそう言うと、何故か今度は稲生が自分の唇を押さえた。


……ん? フォーク? 唇?


………………………………あ



ここで僕はようやく稲生が何を言いたいのかわかった。



――これ間接キスやん! しかもお互いに!



「ぅ、ぅう……!」


「お、落ち着けわざとじゃない!


僕も今気づいた、他意はないんだ本当に、だから落ち着け、な、な?」



稲生は顔を真っ赤にしたままゆっくりと近づいてくる。


そしてそのまま手を振り上げて――肩パン!



「痛いっ!」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


「ちょ、マジで痛い、あ、あのごめん、ごめんなさい!


これは謝る、今回は完全に僕が悪かったから、ごめん、マジでごめんなさい!」


こっちが謝っているのに稲生は一向に肩パンを止めない。


まぁ、現状は僕が悪いから仕方ないんだけどね……



「甘酸っぱ~……」

「あんな時期が俺たちにもあったなぁ~」

「そうね……はい、あーんっ」

「あーんっ」



一向にこっちを助けないどころか再びイチャつき始める土門先輩と牡丹先輩


お願い止めて!



と考えつつも、状況を考えて僕が悪いのは明らかなので黙って攻撃を受けまくる。


途中で苦痛耐性を使おうかとも思ったけど、おとなしく甘んじて受けることにした。



「……手が痛い」


「僕は肩が痛いよ……」



結局気が済むまで肩パンしまくった稲生


最後辺りとかポンポンと軽いものだったが、なんとも言えない気分にさせられる。



「本当に悪かったって……お詫びっていうのもなんだけど……えっと、ほら、なんか今度買ってやるから」


「金で解決って……」

「なんか生々しいな……」

「甲斐性がある……といえばいいのかしら?」


「ちょっとそこの外野三人衆は少しお口にチャックでお願いします」



仕方ないじゃないか、他に解決策とか思いつかないんだから……



「こほん……というわけで、何か欲しいものとかないか?」


「……そんな急に言われても……」



不機嫌そうな顔で考え込む稲生。


そんな稲生を見かねてか、牡丹先輩が挙手をした。


律義に僕の言葉を守って意見があるという意味での挙手なのだろう。



「……なんですか会長?」


「えっとね、いきなり何が欲しいのかって言われてもナズナもすぐには思いつかないし、何より今はね色々と考える時間も必要だと思うのよ」


「……まぁ、そうですね」



間接キスとか、年頃の少女にはかなりデリケートな問題なことがあるし、一理ある。



「明日って歌丸くんの予定は?」


「明日ですか?


明後日の模擬戦意外は生徒会の手伝いくらいですけど……」


「じゃあ、こっちから申請しておくから明日はナズナと一緒に西学区回ってきて」


「「え?」」



これには稲生も僕もびっくり


どうしてそうなるんだろうと思っていると、牡丹先輩は続けて口を開く。



「西学区でうちと提携してるお店のお客さん役としてみてきて欲しいの。ちょうど私たちのこのお店みたいにね。


ナズナは食材をちゃんと使っていて、ゴミを出さないようにしているか、もしくはほかに足したほうがいい食材はないかを。


歌丸くんは北学区として安全を意識しているか、定員の対応とかそういうの確認するって名目で提携してるお店を回っていくの。どうかしら?」


「どう、と言われても…………えっと、稲生はそれでいいか?」


「…………いい」



了承しつつも、まだ不貞腐れている。



「そう、じゃあそれで決まりね。


さて、それじゃあちょっと片付けしましょうか。


ナズナ、手伝って」


「うん」



牡丹先輩に促されて立ち上がってからになった皿を持って行く。


そして暗幕の奥へと行って残ったのは僕と土門先輩と植木先輩だけとなったが……



「……で、ぶっちゃけた話なんだがな」



暗幕の向こうにいる二人に聞こえないくらいの小声で、土門先輩が口を開く。


僕はちょうどそのタイミングでコーヒーを飲んで口を潤そうとしていたので……



「お前ぶっちゃけナズナのこと女としてみてるのか」


「――ごほっ!?」



吹き出し、制服こそ汚れなかったが顔面がコーヒーで汚れた。



「はい、これで拭いて」


「……どうも」



植木先輩から渡された紙ナプキンでコーヒーで濡れた顔を拭く。



「突然なんですか?」


「なんですかも何もないだろ。


お前もそこまで鈍くはないだろ。


本人が自覚してるかどうかはともかく……気付いてないなんて言わせないぞ」



元会長というだけあって、その視線に圧を感じた。


下手なごまかしは通じないと、即座に判断する。



「…………まぁ、うっすらですけど」


「うっすらか……傍目から見れば明らかなんだが……まぁ、ここでしらばっくれるよりはマシだな」



そう言いながら、土門先輩は自分に用意されたコーヒーに一口つけてから苦そうな顔をした。



「知ってると思うが……ナズナはどうにも俺のことが好きだったらしくてな」


「でしょうねぇ……」


「モンスターパーティ以降は、お前にその興味が移ったわけだが……」


「それ僕に言っていいんですか?」


「言わないと始まらないからな。


で……ぶっちゃけお前今何股してる?」


「してませんよ!?」



いきなり失礼過ぎるだろこの人!



「って言っても、噂になってるわよ?


同じパーティ四人……じゃなかった三人と良い仲だって」


「ちょっと待ってください、なんで四人って最初に言ったんですか?」


「歌丸くんが両刀使い……もとい、男もいけるって言う噂が」


「根も葉もない事実無根のデマです。


というかそもそも僕は誰とも付き合ってません」



なんて噂が広がってるんだ、最悪すぎるだろそれは……



「と言ってもなぁ……まったく意識してないわけでもないだろ、お前」


「うっ……」



土門先輩にそう指摘され、僕は思わず視線を逸らしてしまう。


それが肯定の意味で捉えられてしまうと逸らしてからすぐに悟ったが、もう手遅れだった。



「……ぶっちゃけな、俺はナズナを本気で妹の様に思ってるわけだ。


だからお前にはあまり軽はずみな態度はとってもらいたくはないという気持ちもある」


「…………そう、ですよね、まぁ」



獣耳ではしゃいでしまった点は僕も反省しなければならないだろう。



「だがまぁ、そういう噂を知ってても今のところナズナはお前に対しての懸想けそうが変わらないわけだ」


「は、はぁ……」


「で、最初の話に戻るが……お前はナズナのことどう思ってるわけだ?」


「どうって…………まぁ、その、なんというか……可愛いとは思いますよ」



言ってて少し照れくさくなった。



「どれくらいだ?」


「どれくらいって……まぁ正直、かなり自信のあるイケメンでもない限りは積極的に声を掛けようとは思えないような高嶺の花、ですかね。


正直、最初にモンスターパーティの一件が無ければ僕もここまで砕けた感じで接することはなかったと思います。


精々遠くから見てるくらいでしたでしょうね」


「ほぉほぉ……まぁ、いくら獣耳好きなお前でも、ある程度は容姿整ってないとあそこまで過剰反応しないよな」


「というか、ぶっちゃけて言えば歌丸くんってナズナちゃんがストライクゾーンのほぼ真ん中なんじゃないの?


私とか会長とか見てもあんまり反応ないし」


「……ノーコメントで」



その当たりはかなりデリケートな話だからね。



「ほぉ……じゃあまったく勝ち目がないわけでもないか。


……ところで歌丸、お前今日本で一番話題になってることって何か知ってるか?」


「え? 一番の話題って……体育祭じゃないんですか?」


「それもあるんだが…………実はな、近々日本でも正式に“一夫多妻制”の導入を勧めようって動きが出て来たらしいんだ」


「……まぁ、迷宮学園のせいで死者が多いから、いつかはそうなるとは思ってましたけど」



僕が学園に来る前からネットニュースの一つとしては話題になっていたことは知っている。


実際に、アメリカの州の一部やヨーロッパ諸国の一部ではすでに導入がされている。


そう考えていると、なぜか土門先輩は頭を抱えたような感じで口を開く。



「実はな……手紙で牡丹の実家……まぁ俺の義父からなんだが……いっそナズナも一緒に嫁にしないかって話がでてきたんだよ」


「…………マジですか?」


「初耳なんだけど……」



どうやら植木先輩も初めて知ったらしく驚いている。



「マジだ。ちなみにこれは俺と牡丹しか知らない。


そしてこの話は俺の両親もかなり乗り気だ。


このまま何もなかったら卒業後にそのままナズナも入籍させられるだろう」


「……どうしてそれを僕に?」


「だいたいは察してるだろ。


さっきも言ったが、俺はナズナを本物の妹のように思ってるんだ。


今更そういう相手としては見れないし……何より他に想ってる相手がいるとわかっていてそんなこと受け入れられるわけないだろ」


「……まぁ、そうですね」



納得しつつ、今度こそコーヒーで喉を潤して、そして冷静にこれまでの話を順序立てて考えて、そしてふとまさかと思いつつある可能性を口にする。



「……えっと、つまり僕に稲生と……その、結婚しろと?」



まさかいくら何でも、と思いつつも、話の順序を考えるとそれ以外には思いつかない。


混乱気味な僕に対して、土門先輩はあっさりと頷く。



「まぁ、その通りだ」



……いや、もう、ほんとにお腹いっぱいです。





「うふふふふふ……あと少し、あと少しです」



西の学園


その北学区の寮のとある一室にて、一人の少女がとても上機嫌にカレンダーを眺めていた。


腰まで届くような濡羽色の綺麗な黒髪に、白磁の肌に整った鼻目立ち。


道を歩けば十人中十人が振り返るような美少女


そして何より特徴的なのは、日本人とは思えない淡く光っているように見える瑠璃色の瞳だ。


覗き込めばどこまでも吸い込まれるかのように澄んだ、それでいて底の見えない瞳


その瞳が見つめているのは……




「連理様……ああ、連理様」



部屋の壁の一面に貼り付けられた、とある少年の顔写真であった。


その少年とは、歌丸連理


今の日本である意味一番有名な少年である。



――笑いながら戦う連理


――血まみれで走る連理


――苦痛に耐える連理


――ぽかんと間抜け顔の連理


――元気よく叫ぶ連理



その他いろいろ、カッコよく取れている写真もあれば、なんとも情けない姿の連理と、多種多様な写真が貼られている。


だが、その少女はそれらの写真すべてを恍惚とした表情で眺めている。



神吉千早妃



西学区の主要人物の一人にして、特殊職業エクストラジョブのノルンである。



「ああ、連理様……」



恍惚とした顔で、頭からすっぽりとシーツを被る千早妃



「連理様のにおい……すーはーすーはーすーはー……くんかくんかくんか……」



そのシーツ、実は連理が西学区の船で軟禁されていた時に使っていたベッドのシーツと同じものである。


どうしてそんなものがあるのかといえば、まぁ、どこぞのハゲの沽券のために敢えて語るまい。



「連理様……ああ、連理様……もうすぐ、もうすぐあなたの千早妃がお傍に参ります」




壁一面の歌丸連理の顔を見て、とろけ切ったような顔でそう告げる千早妃



「――ああ、そうだ、今のうちに、妻として……そう、正妻として粗相のないように挨拶から、ともに体育祭の一週間をどう過ごすかまで綿密に計画しなくてはなりません!」



――後に、彼女の姉は語る。



『最初ん内はね……なんちゅうか、初々しい乙女って感じやったんよ。


でも……なまじノルンとしていろいろ見えるせいか、歌丸くんも人間的に魅力的なところがあるらしく、その相乗効果とちゅうか、なんというか……とにかく興味から好意の一線をこえたっちゅうか…………言いたかないけど、完全にストーカーやったわ』



猶、この言葉を語ったときの姉の顔はすべてを悟り切ったような表情であったという。






――ちなみに、この章での彼女の出番はもうありません。

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