第111話 修業編③ 歯磨きは歯茎もケアすべし
「すぅ……ふぅ……」
呼吸を落ち着かせて意識を集中する。
放課後、いつもならすぐに迷宮へと赴くその日、僕たちチーム天守閣はそれぞれのコーチにつきっきりで訓練を受けていた。
故に、英里佳たちは迷宮へと向かったが、僕と紗々芽さんは合宿所に待機していた。
ゲームの訓練は既に始まっており、遠隔でもその映像が見える。
僕はその映像を中庭に出てみており、室内では紗々芽さんが一人で僕の視点のキャラクターを操作している。
「ぐぬっ……ぐぅ……!」
目の前にいる胴着姿の男から攻撃を受ける度に、ゴーグルから電流が流れてくる。
だが、もういちいち叫ぶほどじゃない。流石ちょっと慣れてきた。
だがそれだけじゃ我慢強さ以外何にも鍛えられない。
「こうして、こうっ……ぐっ!」
僕に向かって攻撃をしてくるキャラの動きをそのまま見て僕もまねる。
このゲーム、限りなくリアルな、それこそ格闘技を主体として戦う学生のモーショントレースによって作られたものらしい。
故に、その動きを型としてとらえて学ぶことは格闘技を学ぶ参考になる。
「それで、ここを、こうっ!」
体の痛みはしんどいが、それでも強くなるために必要だと思えば頑張れた。
他のみんなも、そして紗々芽さんだって慣れないゲーム操作を頑張ってくれてるんだ。
僕も少しは強くならないと。
■
歌丸が庭で何やら奇妙な動きをしている。
ゲームのキャラの動きをそのまま真似ているらしく、傍目からみればなんとも滑稽でぎこちない動きだ。
しかしその動きの原因はゴーグルから流れている電流だ。
それを受けながらも型としてはわかる動きを維持しているあたりは、彼の気合が感じられる。
『You Lose!』
しかしその動きも、苅澤紗々芽が操作するキャラクターが動かなくなると同時に止まる。
その場でしゃがみ込み、肩で大きく息をしている。
「健気に頑張ってるわね。グッド」
「……堀江先輩」
「どう、苅澤さん、ゲームのコツはつかめた?」
その場にやってきた二人のコーチを務める
そしてそれを見て、来夏は予想通りとほくそ笑む。
「まぁ当然よね」
「え?」
「だってその対戦キャラ、本当は難易度上級者向けに設定してるもの。
基本どころか、操作をようやく覚えたあなたに勝てないのは当然よ」
「そんな……それじゃあ三十人抜き何て無理じゃ」「無理じゃないわよ」
反論しようとした紗々芽を来夏は淡々とした口調で制する。
「貴方が本気でやるなら、無理じゃない。
格闘ゲームも、結局のところ数をこなすのが一番強くなれる。
どれだけ最初は下手でも100回も1000回もこなせば絶対に勝つことはできる。だってゲームだもの。
いくら死んでもやり直しが許される生温い世界よ」
「……私は、別に手を抜いてません。
それに、そんな数をこなす時間なんて……」
食事や睡眠も、訓練では大事だし、授業だってある。
早朝と放課後の時間の中で数をこなすことに一生懸命で消して手は抜いていない。
そう伝えようと思ったのだが……
「ふーん。
まぁいいけどさっさと始めたら」
まるで興味が無いと言わんばかりに、来夏は中庭を眺められる位置にあるソファーに腰かけた。
まるで自分には興味も示さない。
褒めているわけでもないし、まして責められているわけでもない。
だが、それでも紗々芽は今のこの場がとても居辛い、針の
それでも、彼女はその手に持ったコントローラーを離そうとはしなかった。
『Ready Fight!』
■
「し、死ぬッス……」
迷宮から戻り、風呂から上がった戒斗が机に突っ伏しながらそんなことを呟く。
現在僕たちは学校から出された課題や、期末のテストに備えて勉強していた。
迷宮攻略専門の北学区とはいえ学生
勉強も手は抜けないのだ。
「そんなに訓練厳しいの?」
「想像してみろッス。
言葉交わすより銃弾交わす方が多いんスよ……口答えでもしたらその音の倍の弾丸がやってきて、黙ってたら黙ってたで言葉も発せないほどの弾丸の嵐……もうどうしろって言うんスか……!」
深刻そうに頭を抱える戒斗
よほど怖い目にあっているようだ。ご愁傷様。
「英里佳と詩織さんは?」
「そうね……私は三回に一回くらいの頻度で会長の攻撃に対処できるようになったけど、こっちの攻撃は全然当たらないわ」
「私は全然駄目。ベルセルクの状態で戦うとどうしても五感に頼っちゃうから……会長の言う“読み”までまだ至らないかな。
だから今は通常の状態で対処するようにして、慣れてきたら強化してって交互に繰り返してる」
会長との戦闘訓練
そちらもかなり厳しいようだが、まぁ戒斗ほどとんでも内容じゃないらしいのでそこは安心した。
「でも、お前は相変わらずゴーグルなんスね」
一方の僕だが、結局ゴーグルは今日も外れなかった。
「まぁ、でも一応型の訓練とかはできてるよ。
モーショントレースっていう奴でキャラが動いてるから、結構参考になるし」
「変な技真似して覚えるんじゃないわよ」
「流石にそれは選んでるよ」
「でもやってること、頭の悪い小学生みたいなことッスよね、今のお前」
「それは言わないでよ……」
自分でも薄々わかってはいたのだ。
僕のやってること、ゲームと現実の区別がついていない小学生の子ども染みた行動であることくらい、わかっている。
でも本当にそれ以外僕にできることがないのだから仕方がないではないか。
「む」
『デートに誘って好感度を上げよう!』
なんかゴーグルに妙な文字がまた出てきた。
デート? 馬鹿か、合宿中にそんな暢気なことができるわけないでしょうが……
そう内心呆れる。これは電撃受けること覚悟で無視するか……なんかもう日中も電撃受けすぎて慣れてきた自分がいる。
「みんな、ご飯できたよ」
そう僕たちを呼んだのは紗々芽さんだった。
合宿中のご飯は自炊を命じられている。
本来なら交代で作るところなのだが、紗々芽さんの強い希望で彼女が僕たちの分もまとめて作っている。
肉体的にはそれほど疲れていないが、やはり精神的に疲労している面々は彼女の強い希望を了承し、僕たち全員で面倒を見てもらっている。
「おぉ、
それぞれの大皿に盛りつけられた料理を見て戒斗がテンションをあげる。
野菜とささ身で高たんぱく低脂肪の、合宿としてはまさに理想的な食事だ。
「あの、歌丸くん」
「ん、なに?」
「明日なんだけど……ちょっと訓練するの遅れてもいいかな?」
「なんか予定あるの?」
「そういうわけじゃないんだけど、冷蔵庫見たら食材が明日の朝食分しかなくて買い出ししないといけないの」
おや、それは渡りに船という奴じゃないか。
これなら電撃くらわなくていいかも。
「だったら僕も行くよ」
「え、でも……」
「どうせ一人じゃ僕もできることないし、お店じゃアイテムストレージ使えないでしょ? ご飯は紗々芽さんに頼りっきりだし、荷物持ち位させてよ」
アイテムストレージを悪用した万引きというものが多発した時期があり、その対策として商品にタグや追跡可能な魔法を施したりする店がある。
しかし、食材に妙な加工をするのはどうだろうかという意見が以前出たことがあり、学長も協力して生鮮食品を扱うお店ではアイテムストレージが使えない空間となっているらしい。
お米とかならアイテムストレージが無いと運ぶの面倒だし、やっぱり男手は必要だと思う。
「でも……」
「いいじゃない、本人が行くって言うなら手伝わせてやりなさいよ。
それに紗々芽一人だけだと危ないわよ」
「詩織ちゃん…………わかった。
それじゃあ歌丸君、明日お願いね」
「うん、まかせて」
これで明日の予定は決まった。
ゴーグルの映像もまた『Good』と表示されて電流は流れなくなった。
まぁ、明日の買い物の最中にまた電流が流れるであろうが、それはそれ。後日考えるとしよう。
「食事中、失礼するわ」
そんなとき、天藤会長がやってきた。
「会長? どうかしたんですか」
みんなの代表として詩織さんが訊ねる。
「うん、仮だった予定が確定したからとりあえず連絡ね。
日曜日、
あっけらかんと言い放たれたその言葉に、僕たちは放心する。
北学区生徒会の三年会計をになっている人で、一見するとちょっとめんどくさがりな人だが、その実とても思慮深い先輩だったと記憶している。
「会津先輩のところの一年生って、どういうことですか?
そういう人がいるのって初耳なんですけど……」
「そりゃ、まだ公表してないからね。
でも別に珍しくもないよ、公表してないだけで、決めてるところではもう優秀な一年をスカウトして育ててるところは多いわよ。
というか、どちらかというと君たちみたいに大々的にその存在を明かしてる方が珍しいんだけどね」
「は、はぁ……」
そういうものなのかなと思いつつ相槌を打つ。
だが言われてみると南学区の妹の方の稲生とかも公表したのってモンスターパーティの時でそれ以前はあまり聞かなかった気がする。
「まぁとにかく、訓練の一環として会津のギルドで育てられている一年生と模擬戦することになったの。
貴方たちほど実績はないけど、会津のギルドでスカウトされるだけの才能があるのは確かよ。
当面の目標はその人たちに勝つこと」
対人戦か……
今までの経験だと、ドライアドのララを迷宮に迎えに行ったときくらいだろうな、人間と戦ったの。
とはいえその時は僕はシャチホコに倒してもらっていたので僕自身の手で倒したわけでもないんだけどね。
「貴方たちも北学区に所属する生徒である以上、治安維持のために対人戦に駆り出されることもある。
これはそれを想定した実戦形式の訓練にもなる。
尚且つ、明日大々的にイベントの一環として発表することにもなるからそのつもりでね」
「イベント……人が見てる状況で戦うんですか?
治安維持を想定するのなら、こちらの手の内を明かすようなことはしないほうがいいと思うのですけど……」
「逆よ、三上さん。寧ろ力を見せつけて。
一年生でもここまで強いのだと証明すれば、自然とその上にいる上級生ももっと強いと警戒するでしょ。
そうすれば、私たちの実力も大して知らない連中は下手なことやらかさないはずだし」
そう言いだした天藤会長の言葉に、戒斗が「……ああ」と納得したように頷いた。
「どうしたの戒斗?」
「つまり、この訓練ってあの学長がやるっていう合同体育祭の予行演習であり、西の学園に対する
「牽制って……そんなことする必要あるの?」
同じ学園なんだし、別にいいんじゃ……
「そりゃ、表立って牽制するんじゃなくて裏に対する牽制ッス」
「裏…………っていうと、闇の組織的な?」
「そうッス。学園で交流を図るのは何も一般生徒や企業だけじゃないッス。
裏の連中もこの機会に何か動きがあるか、もしくは沈黙するか……東側に犯罪組織の存在が確認された以上、あっちにもそれがいないとは限られないッス。
そういう連中に対して、生徒会としては実力を示すことで沈黙させておこうって腹積もりなんスよ」
「――その通りよ、日暮くん。
慣れない合同学園祭で、うちの副会長たち一杯一杯で、ここで犯罪組織に余計なことでもされたら私にまで仕事が回ってくるの。
そういうの本当に嫌だから、予防線を張って置こうと思って」
ううん……なんだろう、言ってることは間違いなく正しいはずなのに、合理的な内容に含まれる私的な感情で本当に色々と台無しになるなこの会長。
「そういうことだから、えっと……今日が火曜日だから、水木金土で……うん、残り四日の訓練、全員頑張ってね」
「「「「はいっ」」」ス」
「……はい」
僕と他の三人が元気よく返事をしたが、紗々芽さんは元気がない。
まぁ、僕と彼女の訓練は他の三人よりも芽が出てないからな……
■
翌日放課後
僕たちは残り四日間の荷物を買いに南学区にある大きめのデパートへ来ていた。
流石にずっと同じメニューじゃ気が滅入るから毎日違う料理をしようと考えながら買い物をする。
料理はからっきしな僕だが、流石は紗々芽さん。
朝と夜、そして土曜日の朝昼晩の三食を考えて食材を選んでいる。
「えっと……日暮くん、苦手なものってあったっけ?」
「戒斗は……いつだったかぽろっとキャビアが苦手だとか言ってたよ」
「…………普段そういうのって口にする機会は一般の家庭じゃない、よね?」
「うん、無いと思う」
「日暮くん……実はいいところの育ちなのかな?」
「お姉さんのことを考えるとそうなんじゃないかな……」
買い物をしつつ、戒斗の謎で首を傾げる僕たち。
「――――おやおや、どこの不審者かと思えばチーム天守閣のお二人じゃないか」
「「え?」」
なんか声をかけられたので振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた……
「……小学生?」
「誰がだ!!」
なんかものすごく小さな男子の制服を着た子供がいた。
口調では思いっきり否定してるが、どうみても子供だ。
「まぁまぁ、落ち着けってレンやん」
「だ、こら、持ち上げるな、下せ!」
その後ろにいた軽い雰囲気の男子が小学生を抱き上げる。
どうみても小学生を
「……えっと……あの、どなたですか?」
紗々芽さんは二人の男を警戒してか、僕の後ろに隠れる。
僕も胸ポケットにあるアドバンスカードにふれ、いつでも三匹のエンペラビットを出せるようにした。
「あはは、そんな警戒しないでよ。
俺たち君らとおなじ立場の北学区の一年なんだよ」
「だから、下せってのっ!」
強引に腕を振り払い、小学生が僕たちの前までやってきて見上げてくる。
「俺たちは北学区生徒会公認パーティ、
お前たちの日曜日の対戦相手だ!」
「血しぶく、牙……?」
「ふふふっ……どうだ、怖いだろうっ」
それは……つまり……
「歯肉炎?」
「なんでそうなる!」
「いやだって、血が出るファングって、どう考えても歯肉炎だよね?
ほら、リンゴ噛むと血が出るっていうし」
「ちげぇよ! 相手を噛んで思い切り出血させる牙みたいに強いってことだよ!」
「歯磨きの時、ちゃんと歯茎もマッサージしないとグラグラになるよ」
「だから歯肉炎じゃねぇ!!」
今にも食って掛からんばかりの勢いで怒鳴りつけてくる小学生
「まぁーまぁーまぁーまぁー、落ち着けレンやん」
付き添いのお兄さんがまた小学生を抱き上げて引き離す。
「あ、まだチーム名は仮だから」
「はぁ……あの、コントやるなら外でやったほうがいいと思いますよ、お店に迷惑ですし」
僕がそう言うと、小学生はさらに殺気立つ。
「不審者のテメェなんかに注意されたくねぇ!」
「それは同意するな」
「は? 僕のどこが不審者なんだよ」
「そんなデカいゴーグルで顔隠してるやつのどこが不審じゃねぇんだよ!!」
「「はっ!」」
僕も紗々芽さんもその指摘に我に帰る。
た、確かに、ここ数日ずっとこれだったから逆に違和感がなかった。
そういえば確かに南に来てから人目がやけに気になったような……!
「一応俺ら、北学区の仕事として不審人物がいるって通報を受けてここに来たんだけど……」
保護者の人が苦笑いしながらそう答えてくれた。
なるほど……つまりこのゴーグルをつけている僕のことか。
「なんというか……その、お騒がせしてすいません」
「まったくだ! 北学区の生徒会所属のくせに騒ぎを起こすとは何事だ!」
「レンやん、さっきから一番騒いでるのお前だぞ、店の人が怖い顔してこっち見てるぞ」
「っ……ち、ちょっと待ってろ!」
僕たちに指差しをして、二人はおそらく僕たちを通報したであろうお店の人たちに頭を下げて尚且つ事情説明らしいやり取りをして戻ってきた。
「よし、よく待っていたな!」
「レンやん、声デカい」
「……こほんっ……と、とにかくだ、お前らいくら迷宮で新記録作ってるからってあんまり調子に乗るなよッ
日曜日、俺たちがお前らをけちょんけちょんにしてやる」
「
「話を聞け歌丸連理!!」
「……あの、なんで君そんなに僕に対して敵意むき出しなの?
僕君に何か悪いことした? もしかして小学生って言ったことがそんなに気に障ったなら謝るけど……」
「あー……気にしなくていいよ歌丸、レンやんの小学生っぷりは今日に始まったことじゃないから」
「おいっ!」
「とりあえず俺は
一年でスカウトをやっている」
仲間のツッコミを無視して自己紹介をする萩原くん
スカウトって確かシーフの上位職だったはずだ。
この時期に僕たちのチーム以外で上位に
「ちっ……いいかよく聞け!
俺は
“ノーブルウィザード”の鬼龍院蓮山だ!」
ウィザードっていうと魔法系……そしてそれにノーブルが作って事はその上位か。
確か、瑠璃先輩がさらにその上の“アークウィザード”だったかな。
それにしても……
「――
「そうだ」
「
「そうだッ」
「
「だからそうだと言ってるだろ!」
僕は恐る恐る萩原君を見ると、彼は苦笑いしながら頷いた。
どうやら本名で間違いないらしい。
「……そうか」
僕は彼の目線に合わせてその場にしゃがみ……いや、まぁ今はカメラからの映像を頼りにしてるわけなんだけど……とにかくしゃがんで彼と同じ目線にする。
「な、なんだよ!」
「いや、その……なんというか……」
僕はにこやかに微笑みながら言い放つ。
「とってもかっこ――ぷふっ――……あ、ごめんっ、カッコいい名前だねっ!」
「おらぁ!!!!」
殴られました。
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