第112話 修業編④ さりげなく奴がアップを始めた。



「まったく! まったく、まったく!


なんなんだあいつは!! あーもうっ、腹立つ、ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!!!」



とても高校生とは思えないほど背の小さな男子が、野外の公園の片隅に設置させられているドラゴンの銅像に八つ当たりをしていた


南学区どころか、それぞれの公園部分に設置されているこの銅像、学長が自分のことを知ってもらおうと設置したが、主に生徒や教員等の八つ当たりの対象として有名である。


自販機蹴るなら銅像を蹴れ! という落書きもされているほどで、この銅像に対しての攻撃に関しては誰も何も言わない。


むしろストレス解消として推奨されるほどである。



「レンやん、落ち着けー。ほれ」


「なっ、とっ、と、ととっ!


き、急に物を投げるな、落としたら危ないだろ!」



小学生に見える少年――鬼龍院蓮山きりゅういんれんざん


そんな彼は投げ渡されたオレンジジュースを手に投げ渡した相棒に怒鳴る。


そして相棒である萩原渉はぎわらわたるはそんな蓮山の声もどこ吹く風と近くのベンチに腰掛けた。



「そんなに名前笑われたことが腹立つのか?


中学くらいでもう開き直ってただろレンやん」


「違う! ……とは言わないが、それ以上にあの腑抜けた奴の態度が気に食わんのだ!」


「ん? ちゃんとあのあと謝ってただろ」


「そこだ! それが気に食わん!!」


「ほうほう、詳しく」



と促しつつ、渉は手に持ったカロリーゼロの炭酸飲料を口に運ぶ。


そんなことも気づかず、蓮山は再び銅像に八つ当たりを再開する。



「あれが世界記録を持つチームの一員か!


世界一を名乗るなら、もっと、こう! なんかこう、あるだろ!!


覇気がまったく無いぞ! クリアスパイダーで見せたあの気概は、あの根性はいったい何だったんだ!!


あれではそこらの有象無象うぞうむぞうとなんら変わらないではないか!!」



「うがーっ!」と銅像を蹴り続ける蓮山をしり目に、渉はつい先ほど別れた馬鹿デカいVRゴーグルをつけて出歩く不審人物――歌丸連理うたまるれんりのことを思い出す。



――『本当にごめん、その……名前がおかしいとかじゃなかったんだけど……名前とのギャップが激しくて、つい』


――『なんかこう、そういうカッコいい名前を聞くとスタイリッシュな人を連想してしまいまして……あ、ごめん、別に君がスタイリッシュじゃないとかそういうのじゃなくて!』


――『とにかく、その、本当にごめんなさい』



蓮山に対してペコペコと平謝りをするその態度


確かに、渉の目から見ても覇気というものを一切感じない、情けない姿だった。


だが……



(ゴーグル越しだったから何とも言えないが、演技っぽくなかったな……)



鬼龍院蓮山は、その名前と見た目から多くの人に嘲笑されてきた。


彼の相棒として幼少からそばにいる渉はそれをよく知っている。


だからなのだろう、その後に彼に対して謝る者たちの態度のほとんどが薄っぺらいであることがわかるのだ。



(まぁ、どうでもいいか)



歌丸連理を実際にその眼で見て、渉は一つの確信を得た。



「レンやん、とりあえずジュース飲んで落ち着けって」


「はぁ、はぁ、はぁ……そうだな…………――ぷはぁ!」



手にしたジュースを一気にあおり、一息つく。


一通り銅像を蹴って冷静になったのだろう。


そんな彼に渉は歌丸連理を見て思ったことを素直に告げた。



「――あんなザコより、レンやんの方が百倍強い。気にすんな」


「っ……ふんっ! 当然だ、なんせ俺は最強の男だからな!」



――歌丸連理は、鬼龍院蓮山の脅威となりえないと。



「渉! 日曜日、絶対に勝つぞ!!」



オレンジジュース片手にそう威勢よく吼える相棒の姿に、渉は立ち上がる。



「ああ。手始めに、北学区一年最強の座をもらいに行こうぜ」



渉が拳を差し出すと、蓮山はその拳に自分の拳を当てた。



「そうだ! そして俺たち“チーム血飛沫く牙ブラッディファング”の名を、学園中に轟かせる!!」


「いや、パーティの名前についてはみんなとしっかり話し合ってから決めるからな」




――そして二人は気付かない。


そんな二人のやり取りを、銅像であるはずのドラゴンがその眼を赤く光らせて眺めていたことを。





「――うひっ!?」


「ど、どうしたの急に?」


「い、いや……今なんか急に寒気が……」


「もしかして風邪? 今日はもうやめて、早めに休む?」


「ううん、もうちょっとお願い」



買い物を終えたあと、僕たちは合宿所に戻って訓練を続ける。


と言っても、僕はただゴーグルを被っているだけなのだが。



画面では格闘キャラが僕に向かって攻撃を仕掛けてくる。


僕は庭先でその動きに対処する動きを心掛ける。


ただ、どうにもうまく行かない。


ここでガード、と思ったらタイミングが遅く攻撃を受ける。



「っ」



ゴーグルから流れてくる電流、なんかちょっと強くなってる気がする。


それでもここで僕が痛がったりすると今僕目線のキャラを操作している紗々芽さんが落ち込んでしまう気がした。



――ポコンッ



「ん?」



ふと、画面に表示が出た。


今まで訓練中はこの文字出てこなかったのに……



『落ち込んでいる彼女を元気づけよう!』



「え……」



落ち込んでいる?


今はゲームをしている画面なので紗々芽さんの様子はわからないが、彼女は今、落ち込んでいるのか?



「……あ、あの紗々芽さん」


「え、な、なに?」


「ごめん、ちょっとやっぱり一回ストップで」


「う、うん」



ひとまず彼女の様子を見ようと一旦ゲームを中断してもらう。


そうするとゴーグルの表示がゲーム画面からカメラへと切り替わった。


既に夕方となって辺りが暗くなり始めている。


夏が迫っているこの時期を考えればもうかなり遅い。


そんな中で見た紗々芽さんの表情が暗いのは、夕暮れのせいではないようだ。



「……って、あれ、堀江先輩は?」


「もう帰ったよ…………私が下手だから、なんかがっかりさせちゃったのかな」



そう言って、作り笑いを浮かべる紗々芽さん


……どうやら、この落ち込み具合から察するに訓練開始から悩んでたっぽい。


目先のことばっかりで気が付かなかった。



「歌丸くんも……ごめんね」


「え、何が?」


「私がゲーム下手なせいで……ずっと痛い思いさせて…………本当にごめん」


「いや、別に大したことないよこれくらい」


「だけど…………私のせいで、歌丸くん全然訓練進められないし……他のみんなは強くなってるのに、私のせいで……」



うーん……詩織さんがいるから大丈夫かなと思ってたけど、そもそも詩織さんの方も自分の訓練で手いっぱいで紗々芽さんに気を回してる余裕がなかったのは考えれば当然か。


落ち込んでいる彼女を励ますのなら、やっぱり一緒に訓練している僕がすべきことだったのだろう。


駄目だなぁ……堀江先輩、僕はもっと人間関係を大事にしろって言われたのに完全に疎かになってた。



「えっと……」



しかし、こういう時どうするのが正解なのだろうか?


落ち込んでいる彼女を励ますために何か言葉をかけるのか?


いやいや、それじゃ現状何にも解決にならない。


そもそも問題なのは紗々芽さんがゲームの操作をうまくできないのが問題なのだろう。


だけど、対戦相手が強すぎて練習も十分にできる前に負けてしまうし、それで僕がビリビリになるから焦ってしまっているのだろう。


……ならば、まずは紗々芽さんのゲーム操作を上達させることの方が解決策なのでは?



「あ、そういえば紗々芽さん、コントローラーって確かもう一つあったよね?」


「え……確かにあるけど……それがどうしたの?」


「いや、これ堀江先輩の説明で対戦モードもあったからさ、そっちで軽く遊ぼうよ」


「え……でも、訓練しないと」


「まぁまぁ、とりあえずやろうよ、僕も少しやってみたかったし。ね?」


「う、うん」


「じゃあとりあえず僕がそっちのコントローラー、1コン使うから、紗々芽さんは2コンね」


「う、うん」



画面を操作して切り替えていくと、ゴーグルの画面も切り替わった。



「おっ……試作って言ってたけどいろんなキャラあるね」


「本当だ……こんなにたくさん」


「ひい、ふう、みい………………全部で31キャラ。


ってことは、僕たちが使ってたキャラ以外全部倒させるつもりだったんだね、堀江先輩」


「こんなに……」



それぞれのキャラはどれも特徴的で、剣を使う者や槍を使う者、魔法を使うキャラとかもいる。



「あ、ドルイドとかもあるよ」


「え…………あ、本当だ」



どうやら学生の職業ジョブを参考にしているらしく、回復手段しかないクレリックや直接攻撃手段の無いエンチャンターなどはない。


だが、ドルイドはどうやら樹木を使った遠距離攻撃や搦め手での攻撃ができる設定らしい。



「じゃあ僕は最初のキャラで、紗々芽さんはドルイド使ってみなよ」


「え……でも、そっちのキャラで練習したほうが」


「まぁまぁ、息抜き息抜き。


折角のゲームなんだからさ、ね?」


「……うん、わかった」



それぞれのキャラを選択し、ゲームを始める。


同時に、僕の視線は切り替わる。


見てる画面は普段通りだが、それを自分の手で動かせるとなるとなんか新鮮だ。



「えっと、これがパンチで、キック、でこっちが強攻撃の――あだっ!」


「あ」



なんか視界に気の根っこが伸びてきたと思ったら電流が走った。


攻撃をされたようだ。



「ご、ごめん」


「い、いやいいよ気にしないで。


ちょっと操作確認してただけだから。


でも、次はこっちも行くよ」



相手は遠距離攻撃が得意なキャラだ。


だが逆を言えば距離を詰めればいい話だ。



「ここで、こうこうっと!」


「え、わ、えっと」


「これ敵と逆方向の十字キーを入力すればガードできるよ」


「え――あ、本当だ」


「そこで空かさず下段キック」


「え、な、なんで? ガードしてるのに?」


「足元ががら空きなのさ! しゃがみガードもできなきゃ話にならないよ!」


「しゃ、しゃがみへ、えっと、こう」


「そこですかさず掴み技!」


「え、え、嘘、なにそれ!」


「ははははは! オンライン対戦で鍛えた腕はまだ鈍ってないのだよ!」



そしてそのまま……



『You Win!』



最初のダメージ以外は完封して見せた。



「ふぅ、圧倒的じゃないか我が分身は」


「……歌丸くん、私、このキャラの操作まだ慣れてないんだけど?」


「じゃあコントローラー交代で」


「え、でも」「ほら始まるよ」



強引に僕は持っていたコントローラーを彼女に持たせ、そして今度は僕がドルイドのキャラを操作する。



で、



『Perfect!』



「あ……あれ?」


「うむ……自分で操作して自分を攻撃するっていうのはかなり不思議な気分だったね」


なんとも不思議な気分だったが、実際に操作し、そしてその攻撃のパターンもわかったのだから倒すのは問題はない。


というかまずそもそもやってみてわかったが、紗々芽さん絶望的にゲームセンスがない。


これをどう解決すべきか…………そう悩んでいると、袖を引っ張られた。



「ん? 何?」


「その……痛くないの?


歌丸くんがドルイドのキャラでこっちのキャラを攻撃したら電流が流れるんじゃ……」


「ああ、まぁ痛いと言えば痛いけど……別にこれくらいなら問題ないし」


「問題ないって……」


「紗々芽さん、少し重く考えすぎだよ。


えっと…………ちょっと袖捲って腕出して」


「え……こ、こう?」


「ではちょっと失礼して…………――はい、しっぺっ!」


「いたっ!」



結構強めに僕は紗々芽さんの手に一刺し指と中指を立てた状態で叩くと、それに紗々芽さんが声をあげる。



「な、何するの!」


「痛かった?」


「当たり前でしょ!」



怒ったように声を荒げる紗々芽さん。


うわぁ、なんか猛烈に今の紗々芽さんの顔見てみたいけど、今はキャラクターのセレクト画面でそれが見れないのが凄く残念だ。



「その程度だよ」


「え」


「だから、僕が感じる痛みなんてその程度だよ」



僕は手に持っているコントローラーを紗々芽さんに渡し、たぶん床に置かれているである1コンを探す。



「集中してたら全然気にならない。


その程度の痛み。だから君がそんなに謝ることなかったんだよ。


むしろ、僕の方こそごめんね」


「……なんで、歌丸くんが謝るの?」


「だって紗々芽さんって、僕が凄く痛がってるって思ってたんでしょ?


ごめんね、紗々芽さん気が小さいからそういうの悩んじゃうのに気が回らなかった」



えっと……たぶんこの辺りかなぁ……コントローラーどこだ?



「なっ……別に私、そんな気が小さくなんて」


「今さら取り繕わなくても……紗々芽さん、相田和也の時とかもう追いつめられまくった末に大爆発したっていうか、窮鼠きゅうそ猫を噛むって感じだったでしょ?


紗々芽さんは頼りになるけど、そんなに強くないことは僕も知ってるし」



むぅ……どこだ、どこにある1コン!



「私は……そんな、弱くない。


そんな風に思われて、みんなの足を引っ張りたくない」


「弱いことと足を引っ張ることは、必ずしも同義じゃないよ。


ほら、自分で言うのも何だけど、僕ってその典型だし」


「……歌丸くんは、特別なだけだよ」


「特別なのは君もだよ」


「……私も?」


「僕にとっても、詩織さんにとっても、英里佳にとっても戒斗にとっても、紗々芽さんは特別だよ。大事な仲間で、安心して背中を任せられる。そんな存在だよ」


「それは……別にそういうことを言ってるわけじゃ……」


「そう? 特別かどうか何て決めるのって結局は人によっていくらでも変わるものだよ」


「それは……歌丸くんが特別だからそんなこと言えるだけだよ」


「うーん……じゃあ紗々芽さんは僕がたくさんの人になんて言われてるか知ってる?」


「たくさんの人から……? ……なんて言われてるの?」


「一番多いの“ザコ丸”なんだよね」


「え…………だ、誰がそんなこと言ってるの?」


「たくさん、だよ。シャチホコの聴覚共有使ってるときとか、僕を見かけた人がよくそう言うんだ。


二番目に多いのは“ゲロ丸”だったかな」


「そんな……」



僕はいったんコントローラーを探す手を止め、せめて顔の向きだけでも紗々芽さんの方に向けた。



「実際僕、自分がそう呼ばれてもおかしくないのは自覚してる。


そういう人たちにとって、僕は心底どうでもいい存在なんだと思う。


そんな僕が特別だって君が言うのは、君がそう思っているからだよ」


「でも……実際、歌丸くんは、特別で……」


「――仮に同じドルイドの能力を持っていて、君より優秀な人がいて、その人が紗々芽さんの代わりに僕たちの仲間になりたいって言う人がいたとしてさ」



本当にゴーグルが邪魔だと思う。


こういうことは、できればちゃんと目を見て伝えたいのにな……



「それでも僕は紗々芽さんを選ぶよ」


「――どう、して?」


「僕にとって君が特別だから。


周りから馬鹿にされてる僕なんかのことを、特別だって言ってくれる君のことが、他の誰よりも大事で、特別な存在だから。


君以外の人を受け入れることなんて絶対に無理だよ」



「歌丸くん……」



「だからさ、もっと僕やみんなのことを信じて欲しいんだ。


僕たちみんな、紗々芽さんのこと大事な仲間で、特別なんだ。


君が足を引っ張ってるなんて誰も思ってない。


だからそんなに自分を責める様なこと言わないで欲しいんだ」



「………………うん、そっか……うん。


ごめん………じゃないよね。ありがとうね、歌丸くん」



「まぁ、僕も偉そうなこと言える立場じゃないけどね……この訓練だって結局紗々芽さん頼りだし……お、あったあった」



ようやく探してたコントローラーが見つかり、手を伸ばす。


すると、もう片方の手がズルっと滑った。ゲームに熱中し過ぎて手汗をかいていたのだろう。



「「え」」



元々座っていたので、別にそんな大した衝撃なんて無かった。


ただ、僕はその時感じたのは、ただひたすら柔らかい、ということだった。



「はぁ、疲れた……紗々芽、ご飯できて――」



「「あ」」



聞こえてきた詩織さんの声に、僕と紗々芽さんの声が重なった。


というか、物凄くやわらかな感触がほっぺにあたり、尚且つすごく近くから紗々芽さんの声が聞こえることを今さら自覚する。


……え、つまり……えっと、え、これ、つまりそういうこと?



「詩織、そんなところで固まってどうし――」



そこでさらに聞こえてきた英里佳の声


僕はほっぺに当たる感触も忘れて血の気が引く。


い、いやまて、まだこれがそういうアレと決まったわけじゃない。


だって何も見えないし、何かこれは別の可能性が……!



「ただいまッスー……あ、腹へ――」



そして次に聞こえてきたのは戒斗の声だった。


そしてすぐに彼は大声で叫ぶ。



「れ、連理が苅澤さんにラッキースケベかましてるッスぅ!!!!」



あ、やっぱり僕の顔に当たるこの感触っておっぱ――――……



「――眠って、それで忘れて」



直後、僕はそのまま気絶したのであった。

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