第57話 一難去ってまた一難(原因は主人公)

間が悪かった。


折り合いが悪い、時期が悪い、具合が悪い。


言い方は何でもいいが、そういう時があるはずだ。


単純に、些細な確認のミスとかつまらないうっかりが原因とか、要は努力を怠ったからこそ起こるものだ。


また、単純に生理現象とかで体調が不調な場合もあるだろう。


そして自分だけでなく、他者が要因でもいい。


自分だけではどうしようもなく悪い事態というものは、生きていればどこかで起きるものだろう。



しかし、似た意味合いでも僕には嫌いな言葉がある。



運が悪い。



――は?


――ふざけるな。



この言葉を聞いた瞬間に、僕は激しい自己嫌悪から怒りが湧き上がる。


この言葉は僕の薄っぺらい16年の人生において諦めの象徴だ。


運なんて曖昧で、人の努力ではどうにもできそうにないものが僕は嫌いだった。


運悪く、生まれた時からどうにもならない心臓が、僕の意思と反して体と心までもどうにもならないものへと劣化させていく。


それを運が悪いと何もせず受けいれて、自分の気持ちに蓋をしていた。


それに気づいた時、心臓が無くなって、その呪縛から解き放たれたときに、その言葉で台無しにしていた自分に嫌気がさした。


何もできないと認めて、足掻くことも忘れて何かできるのではないかと考えもしなかった自分のツケの回った無能さが今の僕そのものだ。


だから、体が自由になった時に僕は決めたんだ。


たとえどうにもならなくても、自分の気持ちまで“運が悪い”なんて言葉だけで諦めてしまうようなことはしないと。



自分が心からやり通すと決めたことを諦めないこと。



それが、歌丸連理が心臓を失ってから始まった第二の人生において、死ぬまで貫くと決めた信念だ。



「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ!


絶対に今日中に地上に出るんだいっ!!」



だから僕は絶対に諦めないっ!!



「無茶言うんじゃないわよ、アンタ今体がどんだけ酷い状態かわかってるの?


最低でも一日休まないともし途中で迷宮生物に襲われたとき対応できないじゃない」



「大丈夫だよ、僕基本役立たないし、三上さんが対応するんだから!


つまり僕がどれだけ弱ってても通常時と大差ないよ!!」



他力本願? その通りですが何か?



「そんな情けない事実を自信満々で言うんじゃないわよ……」



「もう僕は開き直ったのさ! なぁ、ギンシャリ!」



「ぎゅう」

『せやな』



僕に勝利したエンぺラビット


なんか呼ぶのに面倒だから名前を付けた。ギンシャリ自身も気に入っているようで良かったぜ。



「きゅるるぅ」

『無理しない方が……』



「心配し過ぎだよワサビ、長からもらった木の実で痛みもないし、地上に出れば回復魔法だって受けられるしね」



ギンシャリとよく一緒にいるメスのエンぺラビット


ギンシャリだけだとなんか不公平ってことでこっちのも名前を付けた。


ギンシャリとワサビでセット。子供が出来たらマグロ、もしくはチュウトロの予定。


何故か? 僕の好きな寿司ネタだからだ。



「…………」


「あれ? どうかした?」


「あんたのネーミングセンスって入院中に培われたものよね、きっと」


「それがどうかした?」


「いえ、別になんでもないわ。本人……いえ、ウサギが気に入っているのなら外野がどうこういうもんじゃないし……


呼び名なんて結局自分がどう思うかだものね」


「…………」


「何よ?」


「しおりん?」



鋭い風が吹いたのかと思えば、僕の顔の真横を刃が通った。


触れてもいないのに、冷たい感触が頬に伝わってそのまま背筋を凍り付かせる。



「馬鹿にしてるの?」


「い、いえ……そのなんとなく流れであだ名つけたほうが良いのかなぁって思いましたごめんなさい」



思わず早口で理由の説明から謝罪を行い即行の土下座。


その場の流れで適当なこと言うものじゃないと思いました、まる。(小並感)



「はぁ……普通に名前で呼びなさいよ」


「は、はいすいませ……ん?」



顔をあげると、呆れたような顔で三上さんが剣を収めていた。



「ほら、立ちなさいよ



そう言いながら、彼女は僕に手を差し出してきた。



「……えっと……じゃあ、その……詩織……さん」



僕がその手を取って立ち上がると、三上さん改め、詩織さんは少しばかりおかしそうに笑う。



「なんでさん付けなのよ?」


「なんとなく、かな。


そう呼びたいって思った」


「ふぅん……じゃあ、もし紗々芽のこと名前で呼ぶときはなんて呼ぶの?」


「それは…………」



苅澤さんのことを呼ぶとき、か。


会話は割るとするけど、なんかすこし壁がある感じだからいまいち実感がわかないけど……そうだな、もし彼女を今より親しく呼ぶとしたら…………



「……………………紗々芽ちゃん?」


「なんでちゃん付け?」


「…………なんでだろう? けど妙にしっくりくる。


紗々芽、紗々芽さん、ミス紗々芽、マドモアゼル紗々芽、紗々芽ガール…………うん、やっぱり紗々芽ちゃんが一番しっくりくる」



「後半は明らかに呼び方じゃないけど……まぁ、今話すことでもないわね。


そもそも連理が紗々芽のこと名前で呼べるようになるかわからないし」



確かに。



「そもそもなんでこんな話に…………ああ、アンタがふざけた呼び方したからだったわね」



詩織さんが呆れたように僕を見る。


脱線したのは僕が原因だが、だからと言って僕はこのまま引き下がる気もなかった。



「イベントもそうだけど、できるだけ早く金瀬千歳の遺体を地上に連れていきたい。


ララとも約束したし」



ドライアドのララ


叶うなら、彼女も金瀬千歳の遺体と共に地上へと連れていきたいところだったが物理的に不可能だった。





「めいわく、かけて……ごめんなさい」



僕の新スキル“苦痛耐性フェイクストイシズム”の効果によって落ち着き、一通り泣きはらしたララ


まき散らしていた胞子を収め、遠隔から胞子の効果も解除したことで木と一体化していたエンぺラビットたちは解放された。


スキルを解除したらまた暴走するのではないかという危惧もあったが、落ち着いたうえで事実を受け止めた彼女は、僕が特性共有ジョイントを解除した後も暴れ出すようなことはなかった。



「迷宮では弱肉強食……ゆえに謝罪をする必要はないが、受け入れよう。


ウタが許した以上、我らが汝を責めるつもりはない」



ララの謝罪をそういって受け入れる長の懐の深さには感服である。


今僕たちがいるのは、ララが金瀬千歳の遺体を守るために作った花の上だ。


金瀬千歳の遺体には詩織さんとララ自身が制服を着せて今は横にしている。


流石にそのまま寝かせておくのは気が引けたので、周囲の樹木の大きな葉っぱを布団代わりにしている。



「とりあえず、僕たちはこのあとエンぺラビットに案内してもらって10層を目指す。


当然、金瀬千歳さんの遺体も一緒にだ。


そこにある転移魔法陣で地上へと向かうけど、ララも一緒に来ない?」



僕の提案に、ララは俯く。



「……ありがとう。だけど……ムリ」


「……理由を聞いてもいい?」



彼女は金瀬千歳をとても大事にしていた。


彼女を地上に送り出すのは、ララ自身も願っていたことのはずだ。


だからどうして地上を目指さないのか不思議だった。



「この花は、わたし……根っこも、わたし。わたしは、根を張り過ぎた。


わたしがこの階層からまた動けるようになるには、とっても、とても時間がかかる……


大きくなったからだ……すぐには、小さくできないから」



そこまで聞いて納得した。


今こうして僕たちが座って向き合ってる花も、言ってみればララの一部なのだ。


そしてこれだけの花を維持するための根っこはさらに広範囲に根を広げている。


単純に大きいだけで移動に相当な問題があるのに、根っこで動けないとなれば確かに地上にはいけない。


それにドライアドとしてララが生きていく重要な器官もこの花や根っこが担っているはずだし、迂闊に引き剥がせばララの生命を脅かしかねない。



「だったら、アドバンスカードは?」



僕の横で話をきいていた詩織さんがそんな提案をする。



「アドバンスカードなら大きさとか関係なく迷宮生物をカードに収納できる。


それをつかえば、貴方も一緒に地上に行けるわよ」



なるほど、と思ったその提案だが、ララは首を横に振る。



「……アドバンスカード収納使うには、契約する相手が必要になって、貴方達のどちらかパートナーになってもらう。


だけど……できれば一緒に地上へ送ってあげたいけど……私は、千歳以外と……契約はしたくない、です」



「…………そう、じゃあ仕方ないわね」



詩織さんはララに対してそれ以上なにも言わなかった。


以前の彼女なら、きっとアドバンスカードのためにさらに強く契約を迫ったのかもしれないが……今の彼女の方が、僕個人としてはとても好ましかった。





まぁ、そんなわけでララはこの場にはおらず、僕たちと案内役のエンぺラビットだけで脱出を目指そうという話になったわけで、今も僕たちの傍らには金瀬千歳の遺体が横に寝かせてあった。



「ララから頼まれたんだし、できるだけ早く地上に連れて行ってあげるべきだよ」


「だけど……」


「僕の心配だったらしなくてもいいよ。


これ以上ここにいて悪化することはあっても、良くなることはないんだ。


だったら今動いて多少の無理しても回復魔法をかけてもらうほうが賢いよ」



金銭的に厳しいところはあるけど、それは後日なんとかするとしよう。


まぁ、実際のところ僕を心配する理由もわかる。


さっきのララとの激しい戦闘でファングラットにやられた傷口が広がって、今背中は真っ赤っかだ。


制服のところどころにも赤いシミが滲んでおり、体中血液で汚れていて近くに人がいたらすぐに血の匂いがしてしまうほどだろう。



「わかったわよ。


だけど金瀬さんの体はアンタに運んでもらうし、手伝ってもやれないわよ」



「了解。三上さんの手が塞がってちゃ危ないしね」





「どっこいっしょっと」



多少ふらつきながら、金瀬千歳の体を抱きかかえる歌丸連理うたまるれんりを見て、三上詩織みかみしおりは急いで地上を目指そうと決めた。



彼は今、自分がどれだけのことをなしたのか本当に理解しているのだろうか?



(誰も失うことなく全部救ったのよね、こいつ)



迷宮生物のエンぺラビットたち全員を、敵であるドライアドのララも、そして詩織自身も連理は救って見せた。


結果だけを見れば、傷ついたのは連理一人で、後はみんなほとんど無傷といって良い。



「さぁ、急いで地上に戻ろう詩織さん!


今日はもう無理でも、明日のイベントには間に合うさ!」



なのにこの呑気な笑顔である。


気負うこともなく、そして軽んじることもなく、彼はこの極限状態の中でも変わらなかった。


天運、とでもいいのだろうか。


彼はその能力とめぐりあわせがかみ合っている。



「私はもう止めないけど、医療班から参加禁止言われたら手足縛ってでもあんたを入院させるからね」


「えぇ!?」


「当然でしょ、アンタ相当重症なのよ。


ついでに頭も一回検査してもらいなさいよ」



彼はドライアドのララはとても尊い行動をしたと語った。


自分の命よりも大切な誰かがいて、それを命懸けで守ろうとしたと。


そうなのかもしれない。


だけど、連理はきっとそれ以上に誰かのために命を投げ打っている。


彼はここに至るまでいつだってそうだったのだ。


平気で自分の命を懸けて他人を救う。


それでもほとんど無策でもなく、ちゃんと策を講じるあたりは評価はできるが……



「ぐぬぬっ……こうなれば奥義の土下座を使うしか……!」


「ついさっきその奥義使ってなかった?」



なんともお気楽である。


命を懸けてもこの軽いやり取り。


きっと連理は、これから先もいろんな窮地に立たされたとしても笑って乗り越えていけるのではないか?


そんなことを詩織は考えて……違和感を覚えた。



(あれ……そういえばこいつ一回だけ、みっともなく喚き散らしてたことがあったような……?)



あれは何だったのか?


そう思い出そうとしたときだ。



「いくぞギンシャリ! 10層目指して最短コースだ!」


「ぎゅぎゅう!」



金瀬千歳の遺体を抱えて意気揚々と駆け出した連理。



「あ、こら、馬鹿! あんたが前歩いてちゃ意味ないでしょ!」


「きゅるきゅるう」



すぐに追いかけて走り出した詩織とワサビ


思考も途中で中断し、二人と二匹は揃って地上を目指すのだった。





四日目、時刻は夜の11時を回ろうとしていた。



「くそ……くそぉ…………!」


「うっ……うぅ……」

「……きゅぅ」



四日目の討伐は無事に終了


しかし、今この“風紀委員(笑)かっこわらい”の使っている部屋の空気は最悪だった。


頭に包帯を巻いた日暮戎斗ひぐらしかいとは頭を抱えて座り込む。


苅澤紗々芽は静かに涙を流してすすり泣く。


そんな紗々芽に抱きしめられているシャチホコはただ静かに彼女に体を預けている。



そんな痛々しい姿を傍らで見ている栗原浩美くりはらひろみは何も言えずにただその場にいることしかできなかった。


空気は最悪だ。



その理由は二つある。



まずその一つが、未確認であるのだが歌丸連理と三上詩織が死亡した可能性が――



「みんなただいまー!」



……可能性があったが、今帰ってきた。



「は」「え」「ッス」



浩美、紗々芽、戎斗の順番で入り口から意気揚々と戻ってきた連理の姿を確認して唖然とする。



「馬鹿、まず謝罪の方が先でしょ



そして後ろから戻ってきた詩織の姿を確認して、部屋の中にいた三人が完全に硬直した。


しかしそれも僅かな時間。



「詩織ちゃん!」



泣いていた紗々芽はすぐにその場から立ち上がり、詩織に抱き着く。



「紗々芽、ごめんね心配かけて」


「う、うぅうぅぅぅ……!」



二人ともお互いを強く抱きしめてその存在を確かめ合う。



「きゅきゅーう!」



そしてシャチホコも連理に向かって飛んでいくのだが……



「ぎゅう?」

「きゅきゅう!?」



いつの間にか自分の定位置である連理の頭には先客がいたことに恐れおののく。



「きゅるる?」

「きゅうぅぅぅん!?」



さらに二匹も。



「あれ、シャチホコどうした?」



動きを止めて硬直し、呼びかけても無反応の相棒に連理は頭に疑問符を浮かべているのであった。



「お前の頭の方がどうしたんッスか?」


「え、頭? ギンシャリとワサビ?」


「既に名前つけてるんッスか……お前、こっちが死ぬほど心配してたのに、本当に何やってんスか……まったく」



脱力して、疲れたようにため息をこぼす戎斗


だが、その顔には笑顔があった。



「いや、心配かけてごめん。


こっちもあの後色々あってさ……あ、そうだ英里佳は?


英里佳にいろいろと話したいことがあるし、まだ前回のこと謝れてないんだ。どこいるの? 自分の部屋に戻ったの?」



部屋の中を見回しても英里佳の姿はない。


そのことに疑問を持った連理が戎斗に尋ねると、彼の顔が再び曇る。


詩織と抱き合っている紗々芽も、再び暗い表情をする。



「彼女は、地上にいないわ」



代わりに答えたのは栗原浩美だった。



「栗原先輩、それはどういうことですか?」



何か、異常な事態であると察した詩織がそう尋ねると、浩美は連理を気にするように見てから意を決して告げる。



「彼女は……歌丸くんのバックアップ無しでスキルを使用して理性を失い、単独で第9層のエリアボスの討伐を今も行っているわ」



これが、先ほどまでこの部屋の空気が死んでいた理由の二つ目だ。

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