第333話 渉をプロデュース ①



(ど、どどどうしようぉ……!)



一本角の鬼である少女、シャムスは能面のような表情であるが、内心は嵐のように大荒れしていた。


地上で生きていれば花の女子高生と呼んでもよい彼女だが、絶望的なほどに対人能力がない。


もとより、鍛冶というのは時間がかかる作業な上に、それを祖父であるテツに教えてもらうために幼少期のほとんどを使い果たして、里の者たちとの交流も最低限。


祖父が亡くなってからは一人暮らしで、当然のように気が滅入り、かといって対人能力がはぐくまれなかったために積極的に住人たちとの交流も取ることもできず、かといって鍛冶ができるから生きていくのは困らず、生来の気質からか、面倒くさがり屋な一面が悪い方にひと押し。


結果、現代でいうところのコミュ障に至る。


鍛冶という、一種の生活に関する事務的な内容ならそこそこ話せるのだが、逆を言えばそれを除けばシャムスにはコミュニケーション用の会話の手札はほぼ皆無なのだ。



(え、え、これ、え、渉さん、え、鍛冶のことばかりで、魔剣のために通っていたよね……?


え、実は、もしかして、そういうこと? え、本当に、本気で、え、えぇ~?)



顔は一切動かさず、目線だけで隣を歩く渉をチラ見するシャムス


人の顔を覚えるのが苦手で、常に下ばかり見て猫背で、前髪を長くして目元を見られないようにし続けた人との交流を持ってこなかった彼女にとって同年代の男子という存在は未知の領域だった。



(一緒にお出かけ……思わずその場ではいって答えちゃったけど……え、これ、いわゆる“でーと”っていうやつだよね?


おじいちゃんがいうところの、逢引……え、ど、どうしよう、服とかいつもの作業着だし、髪とか肌とか、一切何にも準備してないよ……う、うわぁああ……!!)



少し冷静になってきた途端、今の自分がどういう格好なのかを思い出し、器用にも表情そのままに顔を青くするシャムス


その一方で、シャムスの隣を歩く渉も、彼女には悟られないように彼女の様子を観察していた。



(異変アリ、対応、求ム)



学生証の通信機能をオンにした状態でポケットに突っ込んでおり、それをシャムスには気づかれないように指で叩く。


事前に決めていた合図でそれは通信先に伝わる。





合図を聞いた先――――というより、少し離れた場所で日下部姉妹と共に隠密を掛けてもらいながら状況を確認している今回の作戦の全体指揮を任された神吉千早紀が、学生証を口元に寄せる。



「戒斗さん、シャムス様の様子はどうですか?」


『器用に表情は変えないまま顔が青くなってるっスね……さながら、宿題提出直前に、肝心の宿題を忘れた小学生、みたいな』


「ふむ……こちらから一方的に誘った上に何か準備をと頼んでもない状況を考えると…………腹痛……?」


「千早紀様……」

「彼女は自身の身だしなみに気づいたのでは?」


「……え、えぇ、初めから気づいてしましたよ。


い、今のは……そう、ジョーク、ジョークというものです。おほほほほっ」



権謀術数渦巻く西の学園の中で生きてきた千早妃は、一般的な女子の感性が未成熟なのであった。



「確かに……髪は整っているとはいいがたく、服は煤で汚れている……鍛冶場での作業ならばともかく、異性同伴……いえ、他者の目のある場所に行くには不向きですね。


かといって、それを萩原さんはもちろん、異性から指摘するのは、乙女心に致命傷を与えます……


ここは第三者、彼女の知り合いの同性がそれとなく誘導したほうが良いですね。


――というわけで、予知通りに榎並英里佳、GO」


『犬みたいに命令するな』





「ア、シャムス、さん、コンニチは」



榎並英里佳が現れた。


渉の脳内にそんなコメントが浮かび上がるほど、不自然に唐突な出現である。


おそらく出番だからと、ステータスにものを言わせて即座に現れたのだろう。



「え、ぁえぇあっと、え……!!」



自分ならば目で追える速度であったが、人より優れた鬼とはいえ、戦闘職ではないシャムスには、唐突に出現したように見えて驚かれていた。



「あ……あなたは、確か……渉さんと一緒にいた……えっと……?」



顔はかろうじて見覚えはあるのか、しかし名前は出てこずにおろおろするシャムス



「ワタシの、名前は、エナミエリカ、です。よろしく、オネガイシマス」


「あ、はい……よろしく、お願いします」


「すいません、が、タスケイタダケない、でショウカ?」


「た、助け……?」


「はい、ワタシ、は、このムラ、の、衣服に、キョウミ、ありマス。


どこで、買うこと、できますカ?


もし、よろしければ、一緒に、キテ、いただけないでしょうか?」



英語の教科書の直訳みたいな話し方をする英里佳を見て、渉は思わず顔を手で覆いたくなるのを我慢する。



(強引なのはともかく、棒読みどうにかしろよ……)



学生としての能力が戦闘能力に全振りの英里佳


当然のごとく、彼女もコミュ障の部類なので、特別親しくない相手を買い物に、それも一般的なおしゃれな話題を振るなど未知の領域


これが並みの感性を持つ相手ならば怪しまれるところだが……



「――は、そ、そうですね!


あ、あの、渉さん、服を、その、服、服をです!!」


「あ、ああ、落ち着いて、落ち着いて。


俺もここの服、ちょっと興味あるし、俺の方も急いでるわけじゃないし一緒に行こうか」


「は、はぃ!!!!」



対人経験のなさが幸いしてシャムスは気づかず、むしろこの状況で自分の衣服について着替える好機と捉える。


普通ならば仕切り直しを提案するところだが、対人能力のなさがそこに至るまでの思考にたどり着けない。


何なら、そんな思考にたどり強くより先に手を打つために動く。



「あら、シャムスちゃんいらっしゃいね~」



英里佳と渉に導かれる形で、よく作業着など用意してもらっている里の呉服屋に来て、店主である鬼の元気なおばちゃんという言葉の似あう女性が出迎える。


お店といっても規模は小さく、里の中で最も衣服を作るのがうまい女性を中心に服を作っている程度に過ぎないが……


とはいえ、この里に住む者たちのほとんどは彼女の作った服に一度は袖を通しているといっても過言ではない。



「今日はどうしたんだい?」


「あ、ぁの、そのふ、服を」


「作業着の追加かい?」


「じゃなく、て……えっと……」


「……あ、あー、はいはい、ちょっと待っててね」



店主は普段の言葉最低限だが淡々としたしゃべり方をするシャムスと様子が違うことに気づき、ついでにそばにいる渉の姿を見て察す。


そして奥から戻って来たかと思えば、汚れ一つない切れな浅葱色の着物と小豆色の行燈袴を持ってきた。


基本的に一枚の着物を帯で締める、この里に遭難してきた学生たちが広めたジャージ風の作業着など以外ではまず見ない、大正浪漫を思わせる気合の入った服装である。


わざわざ服装に合わせたブーツまで用意している徹底ぶりだ。



「ほら、ちょうど新作が出来上がったんだよ!」


「え、い、いえ、その、ほかのみんなと同じで……」

「まぁまぁまぁまぁまぁ!」



店主は強引にシャムスにその服装を着せようと奥へと連れていき、着付けを強行するつもりのようだ。


またその際、店主は渉の方を見て小さくウィンクを飛ばす。



「……なぁ、やっぱりこの店の店主も協力者なのか?」


「そうじゃなきゃあんなすぐにサイズを合わせた服や靴を用意できるはずがない」



渉の質問に淡々と答える英里佳。


これらの一連の流れも、ノルンとしての能力を無駄遣いしつつ、更に知能はの面々から渉から聞いたシャムスの印象から行動パターンと、その対策を一通り予測し、なんなら村人にも協力を要請し、すでに準備している。



「しっかし……スヴァローグを倒すためにここの住人も友好的に協力してくれるってのはちょっと意外だったな。


てっきり触らぬ神になんとやらで、煙たがられると思ったんだが」


『別にスヴァローグを倒すため、とは言っておりませんが?』



学生証から聞こえてきた千早妃の言葉に、渉はどういうことかと首をかしげる。


しかしそんな姿などポケットに入れた学生証の向こうには伝わるわけもなく、ただ淡々と千早妃は事実だけを告げる。



『里の住人たちには、萩原渉が鍛冶屋の娘のシャムスに一目ぼれして、鍛冶屋に婿入りしようとしている……という体で協力をお願いしています』


「はぁ!?」



ポケットから学生証を取り出し、相手の顔を見えるように設定を変更する渉。



「なんだそれ、どういうことだ! 俺は聞いてないぞ!」


『特にいう必要がないと判断しましたので』


「どう考えてもあるだろ!


いやそもそも、なんでそんな俺ががっつくみたいな話になってる?」


『この村の者たちに協力を仰ぐなら、こちらから相手の懐に飛び込むのが手っ取り早いので。


男女関係とか、娯楽の少ないこの里なら一番食いつきがいいんですよ。


年頃の男女なら自然ですし、なんなら鍛冶屋の後継者については里の中でもちょっと問題視されていたので……まぁ、ちょうどいいかなって』


「本人無視してそんなコンビニでまとめて用事を済ませよう感覚でぶっこんでいい話じゃねぇぞ、それ」


『まぁ、それはともかく』


「あんた歌丸関連じゃないと対応雑だな」


『そんな、私のどこが榎並英里佳だと言うのですか?』

「そんなことは言ってない」


「本当に神吉千早妃は他人への思いやりがない」

「言ってはないけど、お前も大概だからな」



なんでこっちも歌丸本人不在でバチバチにやりあうんだろう、思わず遠くを見てしまう渉である。




「――あ、あの……ぉまたせ、しました」


「あ、いや、だいじょ――……おぉ」



着付けをして戻って来たシャムスの姿を見て渉は素直に簡単した。


テツの記憶から、もともと容姿は整った方であると知っていたが、作業着から着替え大正浪漫な服装になって印象ががらりと変わる。


人間と違う一本角と目元を隠すようにしていた永井前髪を左右に流すようにしてしっかり顔が見えるようになっている。


当の本人は何やら落ち着かない様子で額や角に手を触れているが、渉としてはこちらの方が良いと素直に思った。



「すごく似合ってる」


「そう、ですか……あ、あはは……お世辞でもうれしいです」



照れてはにかむシャムス


その後ろで店主がぐっと親指を立てている。


完全に渉がシャムスを狙っていると思われているようだ。


……もっとも、目的は違えどやることの過程はほぼ一致しているので強く否定することもできないのだが。



「それじゃあ、ワタシ、は、服を、ミルので、あとは若い二人で、ごゆっくり」


「え、あ、は、はぃ?」

「気にするな、さぁ行こう」



これ以上英里佳と行動を共にするとボロが出ると、シャムスの手を取ってその場から強引に連れ出す。





「さて、ひとまず第一関門突破、ですね」



ふぅとため息を吐きつつ、状況をまとめたメモ帳をめくる千早妃



「関門……というほどですか?」

「普通にデートとしての体裁を整えただけでは……」



渉に手を引かれて顔を赤くしているシャムス


鬼という自分たちとは違う種族ながらも、普通の女の子としてかわいらしい一面を見せる。


日下部姉妹は何をそんなに千早妃が安堵したのかわからず質問すると、千早妃は神妙な顔でメモをめくる手を止める。



「私の予知だと、ここで対応をミスするとシャムス様は全力疾走で自宅に戻って引きこもります。


そしてそこから出てくるのに最低でも三日はかかる」


「それは……まぁ」

「想像に難くないですね」


「そしてそのまま連理様とくっつきます」


「「なんで!?」」



今まさに、渉とデートしてる状況で、唐突に出てきた歌丸連理の存在


彼は現在、村の子供たちを相手に遊び相手をしており、シャムスの一件にはノータッチとなっているはずなのだが……



「心を閉ざしたシャムスさんとまともにコミュニケーションをとれるのは、弱者という心情を誰よりも理解している連理様が適任なのです。


その場合……まぁ、おそらく鬼形は完成はするでしょうね……外に出られるかどうかは……スヴァローグの干渉のせいでわかりませんが……仮に、仮にですけど……この場にいる全員が外に行くのをあきらめた場合、私や詩織さんたちは連理様と家庭を築きます。


その中に、シャムスさんも加わっているという未来が見えたのです」


「な、なるほど……」

「確かに、そういう可能性はゼロではないでしょうね……」


「ちなみに、あなたたちは戒斗さんとくっついてましたよ」


「「んなっ!?」」



唐突にぶっこまれる爆弾のような事実に困惑。



「……まぁあくまでも可能性、可能性の話ですからそこまで考えないでください」


「……千早妃様がいいだしたのでしょう……」

「こほんっ……ですが、どのみち鬼形が完成する可能性があるということですよね?


そこまで気を張らずとも良いのでは?」



千早妃を恨めしそうに見る姉の綾奈


一方で話題をずらそうと妹の文奈が訊ねると、千早妃は何やら目をそらし口を尖らせた。



「……流石に多すぎです」


「「え」」


「そうでなくとも氷川先輩も若干怪しいのですから、これ以上はさすがの私でも看過できません」



神吉千早妃は歌丸連理がハーレムを形成するのにどちらかといえば賛成派だった。


シャムスはこの里の出身で、少なくとも地上のどこの馬の骨ともつかない女よりは安心できるから、信用できる女性が彼を囲むのはむしろ賛成すると考えていたのだ。



「……だって、これ以上増えたら連理様と一緒にいる時間、薄くなりそうじゃないですか」


「「…………」」



まるですねた子供のようにそんなことを言う主の姿にあっけを取られた日下部姉妹


しかし同時に、千早妃が普通の女の子らしい感情を見せたことが少しうれしくて、ほほえましそうに見ていた。



「こほんっ……とにかく、当初の予定通り、萩原渉とシャムスの仲を深め、彼女に鬼形を鍛えなおすことへのやる気をもっと持っていただきます!」



そんな従者の視線に気づいたのか、ごまかすように再びメモをめくる。


今回のデートの目的は、シャムスとの良好な関係を気づくためにまずはこちら――地上について知ってもらう必要がある。



「……死者を利用するのは、あまり好ましくはありません……


しかし……地上へ想いを……彼女の父が、彼女にどんな思いを託したのか知ってもらうべきでしょう」





「ふぅ………………勝った」



「つかれたー……」

「うたまる、はやくないのにずっとにげるー……」

「ずりー……」



子供たち全員からガチの全力で逃げていただけですが、何か?


これが本当の鬼ごっこ、ってね。



万全筋肉パーフェクトマッスル超呼吸アンリミテッドレスプレイションが揃えば、実質無限に走れるし、悪路羽途アクロバットも発動してどんなとこでも走れるからね。


逃げる僕を捕まえるのは並みの相手では務まらんのだよ。



「逃げ足しか勝てないって恥ずかしくないのかしら……?」


「一応訓練も兼ねてるから……まぁ、うん……指摘しないであげて」



僕のことを冷たいまなざしで見る稲生と、なぜか目線をそらす詩織さん。


ええやん、別に。子供たちが本気で楽しそうにしてるからって、里のお母さま方から絶賛されたんだぞ、僕。



「――いやはやまったく、歌丸君を放り込むとつくづくこちらの予想を飛び越えてくれますねぇ」


「詩織さーん、ちょっと物理無効スキル覚えて、今すぐ!!」



目の前にドラゴンが現れた。


もう一度言う。


――目の前にドラゴンが現れた。


いつものよりずっと小さい、僕が片手で握りつぶせそうなくらい小型だけど。


見間違えるはずがない、人類の天敵であるドラゴンが今、僕の目の前に現れた。


僕はにっくきドラゴンの首を掴んで即座に詩織さんのもとにもっていく。



「突然何よ、そんな都合よく覚えられるわけ――何よそれっ!?」

「え、は、ぇ、きもっ!?」


「女子のリアルな反応は結構傷つきますね」

「黙れドラゴンが」



くっ、英里佳とシャチホコがいれば!


英里佳は今、デート作戦に行ってるし、シャチホコは周辺の散策の手伝いで今は鬼龍院たちについて言っている。


くっ、今物理無効スキルを覚えているのは――!



「ヴァイス、シュヴァルツ、ちょっとこいつを」

「――うちの子にそれ近づけたらマジで殴るわよ」

「うっす」



稲生の傍にいた子ウサギたちにちょっと痛めつけさせようとしたが、これまで見たことないほど敵意に満ちた目で僕を見る稲生、マジで怖い。


くっそぅ! これが英里佳だったら投げ渡した直後に蹴りで返すくらいノリがいいのに! 戒斗でも銃で撃ち返すくらいはしてくれるはずなのに!


なんで今、二人が僕の傍にいないんだ! ちくしょうめ!!



「あのー、歌丸君、そろそろ私の話を聞いてくれません?」


「はぁ、誰が」「連理、ちょっと落ち着いて」「うっす」



せめて肥溜めにでも突っ込んでやろうかと思ったが、詩織さんに言われたんじゃ仕方がない。ここは我慢しよう。



「……えっと……学園長なんですよね?」


「ええ、そうですよ。


この間の大規模戦闘でも使ったんですよね、この体」



普段はきっりちスーツを着こなすアンバランスなドラゴンだが、今は見た感じデフォルメしたようなみため柔らかそうな二等親のノンスーツ、つまりは自前の鱗と皮しかなすっぽんぽんフォルムである。



「……ということは、普段の肉体と違って戦闘力はほとんどないってことですか?」


「ええ、まぁ、歌丸君を倒すのが精いっぱいな状態の体ですよ、これ」

「おいこら」


なんかさらっとすげぇ失礼な判断基準にされた。


……でも、実際のところそれはこのドラゴンは本体と比較すれば戦闘能力が限りなく0に等しいということを意味する。



「つまり、この状態じゃないとドラゴンでもこの里には来れないってことなのか?」



僕が目線の高さまでドラゴンを掲げて問いかけると、奴は楽し気に口元を歪めた。


デフォルメされているからか、普段よりも表情が分かりやすい気がする。



「いえ、別に来れないことはないんですけどね、ある程度強い力をもってここに来ると、スヴァローグが反応してこの里ごと焼き尽くしてしまうんですよねぇ」


「……つまり、お前はこの里の住人が人質に取られているって言いたいのか?」


「さぁ、どうでしょうねぇ」



……この里の住人はこいつのことを守り神として認識しているし、遭難した学生たちもそう思っているが……どうにもこの反応は胡散臭い。



「今まで、僕たちより前からこの里には結構な数の学生たちが遭難してきた。


その人たちを助けようとは思わなかったのか?」


「いえ、特には。ほかにやることたくさんありましたしねぇ」


「だったら、なんで今僕の前に現れた?」


「そりゃもちろん、今は落ち着いていますからねぇ。


それにここに行くように言ったのは私ですし、どうなったのか気になるじゃないですか」



……会話が成立しているようで、僕が聞きたいポイントを的確に外してくる。


何より、このわざとらしい言葉遣いが、胡散臭い表情が、今この手にしているのに何も感じないスカスカなぬいぐるみみたいな感触が、そのすべてが僕を苛立たせる。



「……お前は、ここの住人を助けようって、思わないのか」


「おや、何か助ける必要がありましたか?」



――ああ、やっぱり無理だ。


この里ではどういう風にこいつが崇められようと、僕はこいつの見方を変えることができそうにない。



「お前は、やっぱり敵だ」


「あはははは、何をいまさらおっしゃるのやら。


まぁ、そんなことよりちょっと君たちにとっての朗報を持ってきたのですよ」



僕の言葉を何でもないように聞き流し、手の中から完全に感覚が消えると、ドラゴンはいつの間にか僕より少し高い位置に移動していた。



「……朗報、とは?」



「実はこの里ではスヴァローグが複数いると誤解されているのですが、実をいうとあれ、本当は一体しかいないんですよ」


「……は? お前みたいに分身してるってことか?」


「いいえ、違います。正真正銘一体だけ。それがあの59層に居座っているだけなんです。


もともと59層から60層につながる次元のつながりを拡張して、無理やりに59層の階段の前の広場に奴の存在だけを止めピンのように残している。


別々の学園の59層に奴がいるのは、奴が私の迷宮の次元に干渉した結果なんです」


「意味がわからん」



いや、本当に意味がわからない



「……つまりね、奴の存在は永続的な次元干渉ではなく一時的な、それこそ一回外せばほどける仮縫いのようなものなんですよ。


その次元干渉を外せば、奴の実態を観測している階層以外からは奴は消えるわけです。あとはその次元干渉させる余力を奪えばいいわけです」



「もっとわかりやすく」



「えっと……じゃあもう、結論だけ言いますね。


来道黒鵜くんの次元切断、そして今君たちが用意しようとしているスヴァローグに特化した鬼形


これらが揃えば、君たち以外、別の学園から来た学生たちは、魔法陣で外に行けますよ」



――この事実は、この村で諦め、停滞してしまった学生たちの火種に使える。


僕は、一瞬とはいえ非人間的にそんな思考をしてしまったのだった。

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