第91話 チートスキル代表といえば!
「回避!」
「ウッス!」
前方と左右から同時にとびかかってきたハウンド
その跳躍のバネは驚異的で、つい先ほどまでの僕だったならギリギリ紙一重を見極めて回避するという感じだったが、今は後ろに下がるだけで充分に距離を稼いで回避できた。
「攻撃!」
「パワー……!」
全身に力がみなぎり、三匹が集まっている個所へと拳をふるう。
「ストライクッ!!」
「「「ギャン!?」」」
ハウンドが三匹まとめて一気に吹っ飛んでいく。
そのまま天井部に激突して床に落下したかと思えば、ピクリとも動かなくなった。
「よし、三匹同時で勝てた!」
「「きゅー」」
「おー……」
戦いを見ていたシャチホコとワサビがその小さな手でならない拍手をして、ララも感心していた。
「……なんか、大人気だったモンスターと一緒にマスターを目指すアニメを思い出すんだけど」
「流石に十万ボルトは出せないよ、僕」
まず、僕自身が意識を向けていなくても指示を聞いた瞬間に体が勝手に動く。
ただ一方で意識をして聞いていると指示による補正をある程度自分でコントロールできる。
そして補正の具体的な効果だけど、身体能力の強化がやっぱり大きい。
速く、そして力強く動けるようになるので、普段の僕なら苦戦するハウンド相手でも英里佳みたいに楽に倒せる。
あと「強くなって」みたいな大雑把な指示よりも、さっきみたいに一動作に限定した指示の方が補正の効果が強く出る。
「ポーションに
「たぶん一撃の重さだけなら普段の詩織ちゃん並じゃないかな」
紗々芽さんの言う通り、今の僕の能力ならこの階層の
とはいえ、ラプトル・リザード相手にはまだまだ力不足なのは否めない。
「とりあえずこれで現状の戦力はわかったことだけど……」
「うん……やっぱり逃げの一択を選んだ方が賢いかな」
紗々芽さんの出した意見は僕も同じだった。
ハッキリ言って、相田和也と戦う上で今の僕の実力では勝てない。
シャチホコとワサビ、ララに紗々芽さん、現状の戦力を全部投入してもあの転移と謎の衝撃波には対応できない。
「考えたんだけど、救助を待つって言うのも選択肢の一つに入れていいんじゃないかな?」
迂闊に進んで遭遇したらどうしようと考えていると、紗々芽さんがそんな提案をしてきた。
「歌丸くんのエンペラビット、もう一匹って今詩織ちゃんと一緒にいるんだよね?」
「ああ、ギンシャリね」
「そう、そのギンシャリちゃんなんだけど、エンペラビットって歌丸くんの居場所がわかるんでしょ?
だったらララのことを守るのが目的なわけだし、足の速い人がギンシャリちゃんと一緒にこっちに向かってきているかもしれないでしょ?」
そういわれて、僕は納得した。
「確かに……
「うん、今の英里佳ならレイドウェポンもあるからラプトル相手でも引けを取らないと思うし、相田和也が相手でも戦えると思うの」
「まぁ、確かに英里佳ならあの衝撃波とかものともせずに突破しそうだけど…………最悪そのまま死んじゃう可能性あるよね、相田和也」
なんとなく、英里佳の
「……………………」
似たようなイメージを抱いたのであろう紗々芽さんが沈黙してしまう。
「…………………………まぁ、その時に考えようか」
「そうだね。
うん、そもそも相手のこととか心配してる余裕とか私たちにないもんね」
「そうそう、気にしない気にしない」
気にしちゃ駄目だ。
うん、そもそも当初の予定だった
それに英里佳だって手加減できるはずだし、きっと手足の複雑骨折くらいで済むはずだ。
うん、きっとそうだ。
「だったら、救助を待つってことでやっぱり一緒に動いた方が良いのかな」
「それがいいよ」
「……そうだね。
よし、とりあえず先を目指そう」
僕たちは再び迷宮の中を歩きだす。
後ろから追ってくる存在は確認できないから、歩きながら進んでいく。
走るのは確かに早く地上に近づくが、どうしても注意力が散漫になる。
転移による襲撃があるのなら、今はゆっくりでも警戒しながら進むべきだと僕たちは判断したのだ。
だが……
「……いる」
唐突なララの言葉に、僕たちは顔を見合わせる。
「わかるの?」
紗々芽さんの質問に、ララはうなづいた。
「うん、ほうし……はんのう、いまうごいて…………このさきの、ひろいばしょ、まってる」
「あ……そうか、あいつそういえば胞子まともに浴びたっけ」
ララが相田和也を吹き飛ばす直前に目くらまし代わりに使った胞子
あれを受けた対象はどれだけ離れた場所にいてもララはその居場所を感じることができるのだ。
そして今、ララがその存在が目の前にいると言った。
ここから先は一本道で、このまま進めば確実に接触する。
……引き返すべきか?
「……ワサビ、ここから引き返して別の道を使った場合地上に戻るのにどれくらいかかる?」
「きゅるるぅ」
(さらに半日くらい)
「それは……流石に時間かかり過ぎないかな?」
今は特性共有のおかげで紗々芽さんもワサビの言葉がわかるようで、その内容に顔をしかめた。
「このまま真っ直ぐ行けば、たぶん四時間もかからずに僕たちは地上に出られる。
全力疾走で行けば一時間程度だ。
前線基地には教師が常駐してるし、ラプトル相手でも対応はできるはず。
…………力づくでの強行突破を狙うべきか、引き返すべきか」
二択だ。
そしてこの選択は、なんとなくだけど……よくある人生を問うものに似ている気がした。
最短の険しい道と、長く安全な道
どちらを選ぶべきか?
まぁ、前者はリスクがはっきりしていて後者はリスクが不確定ってところでどっちもろくでもないんだけど。
『また逃げる気か?』
「「っ!?」」
どこからともなく、相田和也の声が聞こえた。
すぐさま周囲を確認すれば、近くに奴はいない。
念のためララを見たが、ララは首を横に振る。
つまり、反応は動いていないということだ。
『ここまで来てまた逃げるようなら、もうテメェなんざどうでもいい。
この力を使って、俺は俺の凄さを証明する!』
おそらく、これも奴のスキルだろう。
遠隔の相手に声を届けるスキル。
……いや、もしくは空気を操るスキルか?
あの衝撃波、もしかして空気を操るスキルで、そのスキルの応用で声という空気の振動を届けているのでは……?
「…………どうやって、証明するって言うんだい?」
もし空気を操るスキルならば、一方通行ではなく僕の声も届くはずだ。
そして予想通り、相手も僕の言葉に反応した。
『っ…………かっはははっ……どうやって?
決まってんだろ、テメェ如きザコの力を使って調子乗ってる馬鹿な女二人を屈服させるんだよ!!』
瞬間、僕の頭に英里佳と詩織さんの顔が浮かんだ。
『徹底的にいたぶってやるよ、なぶってやる、辱めてやる!!
想像するだけで鳥肌が立つぜ、二人してお前の名前泣きながら叫ぶんだ!!
だけどお前はザコだからなぁ、結局何にもできないんだろうなぁ! ザコ丸くんよぉ!!!!』
――不可能だ。
二人とも強いし、何より今は先輩たちと行動している。
得に英里佳なんて、完全に強化された上にレイドウェポンの効果を上乗せされれば、三年生のトップクラスに匹敵する戦闘能力を誇る。
いくらスキルを増やすスキルを持っていたとしても、その差を簡単には埋められない。
頭では、そう理解している。
「……紗々芽さん、ごめん」
「…………」
きっと、英里佳や詩織さんならこんな時は即座に頷いてくれただろう。
だけど、今となりにいる紗々芽さんは何も答えない。
僕のやりたいことをわかってはいるのだが、賛同はしたくないのだろう。
だけど、否定もしなかった。
だから僕は彼女が何も答えないことをいいことに前に進む。
「今はっきりわかった」
『あぁ? なんだよザコ丸くんよぉ』
「僕は君が死ぬほど嫌いだ」
今すぐぶん殴る。
倒せはしないだろうが、今度は渾身のパワーストライクを顔面に叩き込むくらいはしないとこの腹の熱は治まりそうにない。
『く、ふふ、ふはははははははははははははははは!!
ああそうか、嫌いか、そうかそうか!!
はははははははははははははははははは、はぁ…………俺も、お前のことが殺したいくらいに嫌いなんだよ、歌丸連理ィ!!』
耳障りな声が響く。
通路を進んでいき、開けた空間に出た。
前方には奥へと続く通路があるが、それをふさぐように二匹のラプトルを従えた相田和也がいた。
「ほれ、落とし物だぞ」
相田和也は僕に向かって何かを投げてきて、僕の足元にそれが転がる。
それは僕が先ほど落としてそのままにしていた槍だった。
「“思い切り蹴り返して”」
「了解」
どうせ今の右肩じゃ槍とかうまく振り回せないので、大昔の狩猟方法で先制攻撃させてもらおう。
槍の石突部分を思い切り蹴る。
「ふんっ!」
蹴っ飛ばした槍は真っ直ぐに飛んでいき、そして相田和也の右側にいたラプトルの目に直撃した。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!??」
「っ……テメェ!」
「シャチホコ、ワサビ、無傷なラプトルの動きを止めろ!」
「きゅう!」
「きゅる!」
「ララ、あっちの、目を怪我した方のラプトルをお願い」
「わかった」
お互いのパートナーたちがそれぞれのラプトルの対応に向かい、相田和也と向き合うのは僕と紗々芽さんの二人になる。
「流石ザコだ。
人の親切を堂々と仇にして返すなんて姑息さが似合ってるぜ」
「どうせ毒かなんか塗ってたんだろ」
直感的に触らないほうがいいって思った。
ララの仕掛けてたトラップと似たような感じがした。
「はっ……せめて苦しまずに殺してやろうっていう気づかいだったんだがなぁ」
「思ってもいないことを」
拳を握って、
対して向こうは剣を出してきた。
「……歌丸くん」
「わかってる、ラプトルが無力化されるまでの時間を稼ぐだけだよ」
シャチホコたちが奴らを無力化したら即座にこの場から逃げ出すつもりだ。
「でも可能なら……こいつをぶん殴るの協力して欲しい!
僕一人じゃ無理だけど、今、紗々芽さんが協力してくれるなら!」
こいつを殴れる。
少なくとも一発顔面に入れられる。
「分かりきってることなんだから、いちいち聞かなくていいでしょ。
――“全力でぶん殴って”」
全身に力がみなぎり、一気に間合いを詰めて拳をふるう。
「はっ、そんなへぼ攻撃が!」
一方、僕の攻撃を迎え撃とうと相田和也は剣をふるい、僕の拳とぶつかった。
補正を受けた拳はまるで金属のように固くなり、剣と真正面からぶつかり合う。
「はぁ!?」
油断した。
槍を触れない僕の手を、その剣で切り付けられると思ったのだろう。
だが、今の僕はもう先ほどの僕とは違うのだ。
「“殴って”!!」
「おぉぉおおおおお!!」
剣を弾いた右手とは逆の左手を強く握りしめ、そして全力でがら空きとなった顔面に拳を叩きこむ。
「パワーストライクッ!!!!」
「――――!?」
悲鳴とも言えないような声を発して、頭から吹っ飛んでいく相田和也
左手に確かな感触を感じつつ吹き飛んでいく相田和也の姿を確認したが、瞬きした瞬間にその姿が消えた。
「痛ぇじゃねぇ――かッ!!!!」
また直感的に僕は首を大きく右側に傾けた。
すると、視界の左端に剣が突然現れて、僕の左肩に大きく剣がめり込んだ。
「歌丸くんっ!?」
駄目だ、これは命令じゃないから何にも補正が受けられない。
剣は今も体中にめり込んでいき、そこから骨を伝って全身に鈍い振動が伝わり、軋む。
「ぐっ、があああああ!!」
まだわずかに補正が残っている右手
その手で自分を殴るくらいのつもりで左肩にめり込んだ剣を弾いて、そのまま即座に後ろに跳ぶ。
「なっ!」
もつれながら倒れ、どうにかマウントを取って僕は両手で相田和也の剣を握っている右手を掴む。
「この、この、このっ!!」
何度もその手を地面に体重を乗せてたたきつけて、どうにか剣を離させようとした。
だが、なかなか相田和也は手を剣から離さない。
「このザコがぁ!!」
次の瞬間、相田和也の拳が僕の顔に叩き込まれた。
完全に見えていたし、予想していたから全く問題なく、僕は相田和也の手を地面に叩きつけ続ける。
「あ、えっと――“もっと強く握って”!!」
来た。
補正の効果で握力が強化され、僕の手から相田和也の手をブチブチと潰していく感覚がする。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫しながら僕を殴る手にさらに力を込めていく相田和也
そしてとうとうその手から剣が離れた。
僕は即座にその剣を掴み、相田和也から離れる。
「紗々芽さん、僕に投げるように命令して!!」
「え、あ、えっと」「早くっ!」
「な、“投げて”!!」
補正を受け、動かしづらかった肩が一時的に問題なく動かせるようになる。
どうせ剣を持っても振り回せないなら、やることはシンプルだ。
「はぁあああ!!」
僕はこの拓けた空間で、まず普通なら絶対に届かないくらい高い位置にある天井目掛けて剣を投げた。
補正の効果もあり、剣は真っ直ぐ飛んでいき、迷宮の天井に深々と突き刺さる。
「よし、これでもうお前は剣を使えないぞ!!」
右だけじゃなく、左手も上げるのに違和感がある。
だけどまだ手は握れるし、補正さえしてもらえれば殴れる。
それが無くても、膝とか、あんまりやったことないけど蹴り技とか英里佳の見様見真似でも使って戦えばいい。
「この、ザコ丸がぁ……!」
相田和也は右手を抑えながら血走った目で僕を睨む。
「スキル……そうか、俺のスキルの劣化版持ってたもんなお前
この短期間に、身体強化系のスキルを身に着けたんだなぁ……!」
「どっちにしろ、剣が無ければお前の攻撃何て大したことない。
顔面殴られても、これっぽっちも痛くないぞ」
「鼻血垂らしながらよくそんなこと言えるじゃねぇかよ」
え、鼻血出てんの? 今初めて知った。
「ふざっけんなよ……なんでお前ばっかり、そう都合よくポンポンポンポンと……!」
いや、全然都合よくないんですけど僕のスキル
というか紗々芽さんのスキル
「っ…………ああ、そうか」
相田和也は前髪を書き上げて、何か納得したように僕を見ている。
「お前のその自信の根拠は、そのスキルなんだな」
「は?」
「――代償選択」
……なんだ?
よくわからないけど、今、猛烈に胸がうずく。
止めなければいけないという気がする。
「――“止めて”!!」
紗々芽さんも同じことを考えたのか、その命令に僕も即座に体をゆだねて前に出る。
「――パワー!」
顔面に拳を叩き込んで、その行動を止める。
「痛覚」
「――ストライク!!」
間合いに入った瞬間、僕は拳を再び全力で叩き込んだ。
今までで一番いい。
そう確信が持てるくらいに会心の拳だった。
「残り全部だ」
「……え?」
だが、どういうことか相田和也は身じろぎもせず、先ほどまではっきりリアクションしていたはずなのに、痛がるそぶりも見せない。
そんな彼に僕が驚いていると、彼は先ほど僕が手首を握って痛めたはずの右手で、僕の拳を掴む。
「知ってるぞ、お前……痛みを誤魔化すスキル持ってるよな」
「は――え、ぁ」
瞬間、身体のいたるところの毛が逆立つような感覚がした。
猛烈な拒絶
すぐにでも離れなければならないという恐怖に体温が上がっていく。
「――まずそれを奪う」
次の瞬間、僕は何か……何か大事なものが奪われたような気がした。
「ぁ――ああぁ……!?」
同時に、僕は視界が何度も明滅し、
「ぐ、ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
痛みが全身を走り、我慢できずに僕は絶叫した。
前にラプトルに腕を噛まれた時よりも痛い。
まるで、今まで受けた傷の痛みを今この瞬間に圧縮して受けているかのようだ。
「歌丸くん、しっかり、“しっかりして”!!」
「っ!」
意識覚醒に重ねられる形で補正が入り、痛みにある程度我慢できるようになった。
そして気が付いた時にはいつの間に僕は地面を転がっていて、近くに紗々芽さんがいる。
「今……どうして……僕、あいつの前に立ってたはずじゃ……?」
「吹き飛ばされたの、シャチホコちゃんたちの攻撃を防いだ時みたいな衝撃波で」
「…………なんで、こんな……体が、痛い……?」
気絶こそしないが、今も絶叫したいくらい痛い。
なんで、急にこんな痛みが……?
そう疑問に思ったとき、相田和也の言葉を思い出す。
『――まずそれを奪う』
まさか、と全身に冷や汗が噴き出る。
視界を上げて、相田和也を見た。
「どうやらちゃんと発動したみたいだな。
もう俺には意味のないスキルだが、お前のその顔を見たかったぜ」
そこにいた相田和也はとても楽し気に僕を見ている。
先ほどまで、本当に痛そうに右手を抑えていたのにもうそのそぶりも見せていないし、顔は僕に殴られていたのに抑えようともしない。
「
……お前のスキル、一つずつ、そして確実に根こそぎ奪わせてもらうぞ歌丸連理」
今考え得る限りで最悪のスキルを相田和也は手に入れたのではないか。
そう思うほどに、僕は胸の中が激しくざわつき続けるのであった。
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