第324話 迷宮火山エリア攻略 突入



消防士が使うような耐熱服と同じ効果のオーラを全身に発生させるという腕輪を用意し、さらに局所的に光が強い場所もあるということで眼球保護のためのゴーグル、火傷防止用の耐火ジェルなどなど


他にも豊富な水と食料といった品々を用意して、ようやく火山エリアへと向かうこととなる。


氷川からの連絡を受けて居残る兎は、シャチホコ嫌がる、子兎コンビごねる、という結果になり、ギンシャリかワサビのどちらかを置いていくことになったが、これから突入する未知の領域に物理無効攻撃の手段は多い方がよいと判断し、戒斗と組ませる意味でもギンシャリをつれていくこととなり、ワサビに決定。



「じゃあ、レンりんとこのワサビちゃんは私の方で預かってるねぇ~」



僕たちチーム天守閣が所属する風紀委員(笑)のリーダーである金剛瑠璃先輩にも抒情を説明し、わざわざワサビを迎えに来てもらった。



「あ、これご飯の虹色大根です。


ご飯の時間になったら拳大に切ってお皿に乗せた状態であげて下さい。


ワサビは賢いので、トイレとか一度場所を教えてもらえば自分でします。うちの寮の白里さんに言えばペットシートもらえます。


基本肉でも魚でも食べますけど、おやつは野菜中心で、果物は食べ過ぎてお腹壊しちゃうので、ねだられても少なめで。


寝床はタオルケットをあげれば部屋の隅で勝手に丸まるので」



「はいはーい、まっかせて~」



金剛先輩はにっこにこでワサビを抱きあげており、本当に聞いているのか不安になる。


まぁ、なんだかんだ言ってこの人僕より数倍頭いいから大丈夫かな。


まぁ、そんなこんなで僕たちは天藤会長と来道先輩に連れられる形で迷宮50層の火山エリアに赴く。



「よし、それじゃあ隊列についてだが……


先頭は索敵をこなしつつ進むから普通ならマーナガルムがセオリーだ。


だから、稲生」


「はい」


「歌丸も一緒にマーナガルムに乗せてやれ」


「え……あ、はい、わかりました」


「シャチホコのナビをしつつ、マーナガルムで索敵しながら進む。


まぁ、大抵の迷宮生物は普通は近づいてこないはずだ。


俺、榎並、三上、日暮、谷川、萩原、日下部姉妹は走ってついていき、他の連中は飛竜のソラの背中に乗せてとにかく高速で突っ切るぞ」


「はいっ」


「どうした、神吉」



来道先輩の言葉に千早妃が挙手をして意見を主張してきた。



「索敵目的なら、私も先頭の方がよいと思います!


なので、私もマーナガルムに乗って連理様と密着――こほんっ……同乗すべきかと」


「――色ボケ雌猫が」

「――おだまり雌犬」



千早妃と英里佳の間で火花が散る。


もう味方同士なのだから仲良くしてほしい。本当に。


詩織さんが憂鬱そうに頭抱えちゃってるし。



「稲生、三人でも行けるか?」


「戦闘は厳しいですけど、移動だけなら問題ありません」



まぁ、それでも千早妃の案は理にかなっているので普通に採用された。


そんなこんなで安全地帯を抜け、火山エリアへと突入する。



「うっ」「これは……」


僕の前の稲生が顔を歪め、僕の後ろの千早妃が驚きの声を発した。



「地獄って、こんな場所のことを言うのかな……」



僕も同じように周囲の光景に驚きを禁じ得なかった。


上層迷宮や森林エリアなどと違って天井からの明かりはない。


むしろ暗闇エリアのように上からの光が一切無い。


だが、この場所はハッキリと周囲が見えるくらいの明るさがある。


このエリアの光源はマグマだ。


火山エリアというくらいだから当然その存在は知っていたが、今まで生きてきてマグマを見る機会なんて無かったし、何なら普通は見ないものだ。


だからこそ、目の前の光る川のように流れていくマグマには神秘的な印象すら受ける。


しかし、そこに鼻を衝く様な鉄臭さやら腐った卵のような臭いが混じり合い、さらに耐熱のオーラを纏ってなお感じる暑さが、人間が生きていける場所などではないのだと実感させてくる。


水よりは粘度の高い液体の沸き立つ音と同時に、轟々という腹の底に響いて来る重低音が常に周囲から聞こえて、それがここにいるべきではないと、出ていけと叫ばれているように錯覚する。


そんな視覚とそれ以外の五感から感じる祖語が、漠然とした恐怖を僕に抱かせる。



「きゅぅ……」



人間より遥かに耳の良い兎状態のシャチホコにはこの状況はかなりキツいのかもしれない。


今はマーナガルムであるユキムラの頭の上に乗っているが不快そうに耳を倒している。


ちなみに、腕輪は結構な貴重品で兎たちの分まで用意できなかったので、シャチホコ以外は緊急時以外はアドバンスカードに入ってもらった。


現在シャチホコは特注のユキムラ専用の首輪のオーラの中に潜り込む形をとっている。



「シャチホコ、最短ルートで下に行けるようにナビしてくれ。


多少の敵ならユキムラの威圧で逃げるはずだから、いつもより雑でもいい」


「きゅう、きゅっきゅう!」

「BOW」


僕の言葉にシャチホコは頷き、ユキムラの額を小さな前足でポムポム叩きながら鳴くと、ユキムラが走りだす。


後方を見ると、来道先輩は後方の警戒をしており、一番前は英里佳が狂狼変化ルー・ガルーを使用した状態で追走している。


心なしか、結構な敵意をこちら――というよりは千早妃に向けているのは気のせい……じゃないな、うん。


これから一緒に活動していくのだから仲良くしてくれないだろうか。





「くっ――」



先頭を走るマーナガルムのユキムラを追って、萩原渉は己の足を動かす。



(足が重い!)



体調が悪い、ということは無い。


むしろ、昨日までの大規模戦闘レイドによって大量のポイントを獲得し、スキルやステータスに反映させているので、一学期の頃を比較すれば数段速度が上がっている。


しかし、それでも渉は自分の足が重いという錯覚を拭いきれない。


否、一度でも体感した、魔剣・鬼形の恩恵を忘れられないのだ。



「大丈夫か?」


「っ、あぁ問題ない」



並走する谷川大樹に声をかけられ、軽く頭を振って余計な考えを振り払おうとする渉。



「――目線はそのまま前に」


「は?」



珍しく良く喋ると思っていると、小声でそんなことを言ってくる。


普段から喋れよと内心ツッコミを入れていた渉だが、続く言葉にその真意を知る。



「日暮がお前を警戒している」


「っ!?」



表情が一瞬だけ崩れて目を見開くが、即座にポーカーフェイスを作った。


だが考えてみれば当然のことだ。


理性を失っていたとはいえ、自分は今朝、歌丸連理に襲い掛かろうとした。


それを周囲のチーム天守閣の人間が――歌丸連理に関わる者たちが軽視するはずがない。


例外がいるとすればそれは、当の歌丸と、同じチームだった稲生くらいなものだろう。


それ以外のチーム天守閣全員は、自分がまた魔剣を求めて歌丸に襲い掛かるのではないかと今も警戒している。


前を走る榎並英里佳や三上詩織、背後の日暮、そして頭上の飛竜に乗せてもらっている苅澤紗々芽も、新入りの神吉千早妃の護衛であるクノイチ姉妹まで、こちらをいつでも捕縛できるようにしている。



「いや、これは仕方ないことだ。


――それより、お前このペース維持し続けるのは平気か?」



気を紛らわせる意味でも何か会話をした方がよいと判断し、話題を振る。



「俺は壁だ。問題ない」


「ああ、うん、そうだな」



話題を振った自分が馬鹿だったと即座に判断する。


そうだ、こいつはこういう奴だったと。



(しかし、らしくないな……普通こういうことは俺が一番先に気付くべきだっていうのに)



チーム竜胆の目や耳となるのが自分の役目であると自負しているにもかかわらず、大樹にそれをしてきされ、内心恥じる。



(これは、本当に急いでこの焦燥感を何とかしないと、チーム竜胆に支障がでるぞ。


何としてでも新しい魔剣を手に入れなければ……そうすれば、ひとまずこの症状はひとまず抑えられるはずだ。


鬼形並の業物で、かつ狂化が鬼形より抑えられた魔剣を――)



と、そこまで考えてある考えが頭をよぎる。



――そんな都合の良い魔剣を本当に手に入れることができるのだろうか、と。



美味い話には裏がある。


特にこれはあの学園長――人類の天敵であるドラゴンが持ってきた話だ。


裏がない方がありえない。



(あのドラゴンの興味の対象はチーム天守閣――その中でも歌丸連理に集中している。


チーム竜胆を全く意識していないわけではないが…………ありえない。


少なくとも、鬼龍院兄妹や谷川はともかく、奴の目から見て器用貧乏の俺にわざわざ気を遣うとは到底思えない)



ドラゴンが好む生徒は傾向として何らかに秀でて居たり、高潔な精神があったり――とにかく、目立つ生徒ばかりなのだ。


自分はかなり優秀な部類に入るという自負のある渉だが、同時にドラゴンの興味の対象からは遠い位置にいるという自覚もあった。


そんな自分を気遣っての魔剣の提案?


ありえないと、即断する。



(しかし、こんな思考を今更になってするとか、本当に頭を魔剣に侵されたらしいな……


くそっ、焼きが回るにもほどがあるだろ、俺!)



この先に待っているのは明らかに罠


この戦力をもってしてもドラゴンが用意した罠に本当に立ち向かえるという確証は得られない。


なんせあのドラゴンは、人が必死になる様を見るのが生きがいな面が多々見受けられるのだから。



(だがそれでも、俺には行かないという選択肢はありえない。


そして他の連中も、歌丸にも引くという選択肢は頭には初めから無い)



まるで氷の柱に背中を当てられているかのような錯覚を覚える渉。



(歌丸たちなら遅かれ早かれ確実に60層には辿り着くはず……三年の先輩も同様。


その上で、なんでわざわざ俺たちチーム竜胆まで引けない状況にしている?


偶然、と言い切るのは簡単だが、一番考えられる可能性は…………)



周囲がマグマの煮えたぎる、茹だる様な高温の中で渉は一人、寒気を覚える。



(――この先に、俺たちの存在ですら必要とが待っている)



確実に危険に踏み込もうとしていると、早くも一人、察してしまったのだ。




「きゅう!」

「GRRRRRRRRR!!」



先頭を走るユキムラが、その鋭い爪で無造作に行く手を阻む小型のトカゲ型の迷宮生物を切り裂く。


あれって確かサラマンダーリザードとかいう奴だっけ?


川や鱗が耐火服の素材に使えるとか。まぁ、あれは小さすぎてアクセサリーくらいにしか使えないだろうけど。


ちなみにこれとは別に【サラマンダー】は存在して、こっちは溶岩の中で生活し、捕食の際に地上に出てくるらしく、フィクション上は炎の精霊だが、ここでは炎属性のドラゴンということらしい。


過去に一度だけ、天藤会長たちが一体だけ討伐に成功し、今も素材を研究しているらしい。


死体になっても燃え続ける皮と鱗、しかし一度炎を消してしまうと素材が崩れて燃えカスのようになり、加工技術がまだ確立されていないのだとか。


炎を自然鎮火するまで数カ月はかかるし、マッチ一本くらいで火力が戻る上に、大量の水か、強力な氷の魔法でも使わないと消せないので、松明代わりとか、変わったところではオーブンのような調理器具や暖房器具の新たな燃料として試験的に使っているのだとか話は聞いたな。


それはそれとして……



「ふっ!」



戒斗が通り際にいつものクイックドロウでデカくても燃えているコウモリっぽい迷宮生物を的確に撃ち落とす。


確かバーンバット、だっけ……絶命する時爆発して、獲物と自分の死体を群の仲間に食べさせるという覚悟ガンギマリな習性を持っていたはずだ。



「邪魔ッ」

「ふっ!」



英里佳と詩織さんはそれぞれ横から転がってくるアルマジロだかダンゴムシなのかよくわからない、とにかく堅そうな甲殻に覆われた迷宮生物を蹴り飛ばしてマグマに落としたり、クリアブリザードで的確に甲殻の隙間を切り裂いて倒す。


英里佳が強いのは相変わらずだが、詩織さんの技量もこの夏休みの間にすごく伸びているな。



「――先にある溶岩、飛び越えようとするとマグマの中に潜む魚っぽい迷宮生物が出てきて後続と分断されます。迂回が良いかと」


「わかった、シャチホコ、マグマの中に潜む迷宮生物を回避できるルートをユキムラに指示してくれ」


「きゅう!」

「BOW」



それはそれとして、千早妃の予知も凄い便利だ。


シャチホコのナビも敵がどこにいるのかはわかるが、それが具体的にどのような姿をしているのかは判別がつかない上に、聴覚だよりな一面が大きい。


特にマグマの流れる音でシャチホコの聴覚が機能しないこの場所では特に助かる。


現状、シャチホコは最適なルートがわかるが索敵能力はかなり低下していたので、千早妃がいなかったらもっと無駄な戦闘が増えて足止めされていたことだろう。



「……私のユキムラなのに」



それはそれとして、パートナーであるユキムラが先程から僕やシャチホコの言うことを素直に聞いているが若干不満に感じている稲生。



「シャチホコたちだって僕以外に紗々芽さんとかの言うことかなり聞くぞ」



場合によっては僕以上に聞くまである。



「それにいつの間にかギンシャリが戒斗のパートナー的なポジションになってたし」



正確にはシャチホコの群の内の一体だけど、いつの間にか戒斗と意気投合してんだもんなぁ……


出会った当初は、あんなにも白熱したバトルの末に、熱い友情を交わしたというのに

(記憶捏造)



「連理様、この先についてなのですが」

「うひぃ!」



若干寂しい気持ちになっていると、背後で僕に密着している千早妃が耳元でささやいてくる。


驚く僕の声に、前にいる稲生が僕を振り向きながら睨む。



「あんたたち、何してんのよ!?」


「ち、違うっ、ちょっと耳元で喋られてくすぐったくて驚いただけだ!


――ん、んんっ! それで、どうしたの?」



小さく「誤魔化した」と呟く稲生を無視して千早妃に話を振る。



「59層の、おそらく60層につながる階段付近に、妙な……気配といいましょうか、なんというか……何かがいるようなのですが……」


「なんか歯切れが悪いけど具体的に何がいるの?」


「それが、見えないのです」


「見えない……?


僕の時みたいに、未来予知の内容が変わったってこと?」


「いえ、それと違って、予知そのものができない存在がそこにあるのです。


連理様の場合はしっかり見えた上で予知とは異なる結果になりましたけど、今回の場合は本当に何も見えないのです」


「シャチホコ、ユキムラ、お前たちは何か感じたりするか?」


「きゅうう?」

「GRU?」



僕の問いかけに二匹とも首を小さく横に振る。


念のため、通信を繋げたままにしている学生証を取り出す。



「会長、聞こえますか?」


『はいはーい、ソラの背中で暇してますよー』


「59層に、千早妃の予知を阻害する何かがいるらしいんですけど何か知ってますか?」



突っ込もうかと思ったけど無駄なので即座に話題を切り出す。



『うーん……私もそこまで行ったのは幸運が重なっての一度だけだったからなぁ……あ、でも確か、異常なくらいにソラがその階層に入った途端に警戒してたのは覚えてるわ』


「ソラが……」



ソラはシャチホコやユキムラとは違う、ドラゴンがわざわざ用意した人類のためのパートナーとするための強力な【ミィス種】と呼ばれる迷宮生物だ。


そんなソラが警戒するほどの存在?



「異常なくらいっていうと、レイドボスくらいの警戒ですか?」


『うちのソラがレイドボス程度にビビるとでも?』



レイドボス以上の警戒って…………え、それって普通にヤバいんじゃ……?


ちなみにこの通信はこの場にいる全員につないでいるため、他の者たちも聞こえている。


ちょっと振り返って見ると、みんな一様に警戒度を上げているようだった。


その中でも萩原君に至っては顔が若干青くなっているような気がする。



『――59層に何か危険なものが存在するとしても、ひとまずは無視だ。


門番のように進路を邪魔しない限りは、スルーするのが無難だろ』



そんな中、来道先輩がそんな提案をしてきた。


まぁ確かに、触らぬ神に祟りなし、とも言う位だしな……



『紅羽、くれぐれも、絶対に、何があろうと独断で攻撃するなよ』


『……――チッ』


『舌打ちすんな』



この会長、来道先輩が注意しなきゃ勝手に攻撃してたな。


何気に今このタイミングで確認した自身のファインプレーを褒めたい気分だ。






――そして、少し先の未来に59に思い知らされる。


――触らぬ神に祟りなし


――その言葉は半分当たって、いや、当たってなかった。


――そんな事実に僕たちが気付くのは、先輩たちが倒れた時だった。

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