萩原渉は気が重い。
第323話 迷宮火山エリア攻略 準備
■
――斬りたい
ここ最近ずっと、無意識に何かを握る動作を取る。
最初の内は興奮が収まらないものかと思っていた。
いちいち渡すのは面倒だからと貸し出されたが、大規模戦闘の時以外は外れないようにレージングが巻かれていて、それが若干鬱陶しい。
しかし、それでも素振り程度はできるので、この期間は素振りをしてから寝ることが続いた。
だが、いざそれが手元から無くなると、非常に気が立つ自分がいることに気付いた。
「
たった一日
たかだか一週間未満の間使用して、それを返却してたった一日で俺は自分の精神的な疲労を強く自覚した。
レンやん、もとい我らがチームリーダーの鬼龍院蓮山や妹の麗奈、さらには防御バカの谷川大樹にまで様子がおかしいぞと指摘を受けた。
「鬼形……鬼形……!」
冷静に思考とは裏腹に、口からは常にあの魔剣の名が出てくる。
そして、理性的な思考ではどう考えてもあり得ない判断を、茹る頭のままに俺は実行しようとしていた。
■
突然だが、魔剣には中毒性があるらしい。
なんでこんなことを言いだしたのかといえば、僕宛に手紙が届いたからだ。
相手は榎並伊都さん。英里佳の実の母であり、僕の一日だけの師匠だ。
中継された夏休みの大規模戦闘で、僕が魔剣をダイナマイト君こと、萩原渉くんに貸し出してたのが映ったのを見て連絡してきたらしい。
基本的に外部と遮断された迷宮学園は、東部迷宮での一部の者を除いて日本本島への連絡手段は限定されているのだ。
そして届いた手紙を見て、あの鬼形は、使うと鬼形の中の意志に体を乗っ取られる危険なもので、僕みたいな特殊ケースを除くと、狂化に耐性があるか、精神力が低いもの以外は使うべきではないのだとか。
伊都さんも、まさか僕が魔剣を他人に貸し出すことは想定してなかったし、貸し出すとしても英里佳や詩織さん辺りなので問題ないと判断していたらしい。
しかし貸し出したのは、まさかの他のチームの男子
これを見て、大規模戦闘初日の時点で手紙を書いてくれたようだが、届いたのは大規模戦闘が終了した翌日
夏休み最後の一日だった。
まぁ、今日はどこの北学区チームも地上で最後の休みを過ごすという話らしいから、男子寮にいる萩原渉が無事なのか確かめにむかって……
「が……あ、ぐ…………おに、なりぃ……!」
「きゅふん」
「ぎゅぎゅう」
「きゅるる」
「きゅぽ」
「きゅぷぅ」
兎五人衆を前に、突如僕を見るなり襲ってきた萩原渉は何もできずに完封されて倒されていた。
いやぁ、見事だった。
まさかのワサビを起点とした空中ラッシュでコンボ数を稼いで最後にギンシャリとシャチホコの協力技が光ったな。
そして何気に子兎のヴァイスとシュバルツのコンビネーションにもさらに磨きがかかっていた。動き的にギンシャリ辺りに体当たりのやり方を教えてもらっていたらしい。
まぁ、それはひとまず置いておいて……
「
「――はっ!? お、俺は一体何を……!」
僕がスキルを使用すると、正気に戻った萩原君が周囲を見回し、そして僕の姿を見て理解したように愕然とした表情を見せた。
「ちょっと用があって僕が尋ねてきたら、僕の姿を見るなり剣を取り出して襲い掛かってきたんだよ。
『鬼形よこせぇー』って叫んでた」
「そう、か……そういうことか。
すまん、迷惑かけた……」
「いや、まぁ、なんというか」
どちらかというと原因はこちらっぽいので何とも気まずい。
「――おい、何の騒ぎだ?」
「――ふぁ……あ? なんで連理がこっちの寮にいるんスか?」
「……壁だ」
廊下で騒いだ結果、まだ部屋でくつろいでいた者たちが顔を見せ、その中には戒斗や、萩原君の仲間である鬼龍院や壁君、もとい谷川君の姿もあった。
「……いや、本当に何があったんスか?」
萩原君の足元に転がる剣と、僕の前でふんぞりかえる兎レンジャーの姿を見て困惑する戒斗
ちなみにまだ時刻は7時半前
手紙を見て急いで来たため、朝食もまだ食べてない状態だ。
「えっと、その……とりあえず、朝飯、食べない?」
曖昧に笑ってそんな提案をした。
ちなみに朝食については各寮で準備をしてもらっており、本来ならば僕も自分の寮にて朝食を取るべきなのだが、昨日の祝勝会にて大騒ぎした連中ばかりでどうせ時間に間に合わないだろうということで僕の分も用意してもらった。
ちなみに残飯は南学区の畜産用の餌や肥料に使われるらしい。
まぁ、それはそれとして……
「――というわけで、萩原君は魔剣中毒になったっぽいんだよ」
僕たちは朝食を食べながら、本日の朝に届いた伊都さんの手紙を見せて事情を説明した。
戒斗が「マジかよこいつ」的な目をして僕を見るし、谷川君はいつも通りに無表情
肝心の萩原くんは自分の顔を手で覆っている。
「てめぇ、俺の相棒に何やってんだよ、あぁん!!!!!」
そして鬼龍院がマジギレした。怖い。
今にも殺さんとばかりの勢いのまま僕の胸倉を掴んで血走った目で睨んでくる。
「きゅ」「ステイステイステイッ」
「なんだぁ、テメェ」的な感じに幼女フォーム(英里佳)の姿で僕の隣に座っていたシャチホコが立ち上がろうとしたのを止める。
ここで鬼龍院までボコしたら余計に話がややこしくなる。
「た、確かに貸し出したのは僕だけど、こんなことになるとは思わなかったんだ!
詩織さんも平気だったし、前の使用者の伊都さんも平気そうだったから中毒性があるとは思わなくて!
でも、本当にごめんなさいっ!!!!」
言い訳しつつも、やっぱり僕にも責任あるなと思ったので謝罪する。
うん、これは割と本気でシャレにならないぞ。
「謝って済む問題じゃ」「落ち着けよレンやん」
ヒートアップする鬼龍院を止めたのは萩原くんだった。
真面目な場では普通に「蓮山」と呼ぶが今はおそらく鬼龍院を落ち着かせるためにあえておちゃらけた感じで「レンやん」と呼んだのだろう。
「この提案をしたのは生徒会で、その提案を吞んだのは俺たちだ。
現に、『鬼形』無しじゃヒュドラに決定打を打てなかっただろうしな。
それを歌丸にばかり責任を押し付けるのはお前だっておかしいって思ってるんだろ」
「だがっ……!」
「今は誰が悪いより、どうすればいいか考えた方が建設的、だろ?」
「…………ちっ!!」
大きな舌打ちをして僕の胸元から手を放す鬼龍院。
「あの、萩原くん、本当にごめん――いや、すいませんでした」
襟元を戻すより先に、僕は改めて萩原くんに頭を下げた。
「気にすんなって。
こんなことになるなんて予想する方が無茶ってもんだろ」
そんな僕に対し、萩原くんは気にした風もなく、努めて明るく作った声で話してくれた。
「まぁ、確かに魔剣が危険なのは常識なのを、全員して忘れてたってのは否めないッスね」
「俺は、壁だ」
「谷川、その主張は今はいらねぇ。
……はぁーーーー……俺も熱くなり過ぎた。
チーム竜胆のリーダーとして、しっかり確認するべき義務を忘れてお前を責めるのは筋違いだった。悪かった」
「ふむふむ、お互いに感情をぶつけ合いながらも、ちゃんとしっかり腹を割って話し合える。
これぞ、一度は本気でぶつかり合ったからこその仲ですねっ」
戒斗、壁くん、鬼龍院、そして姿勢正しく塩鮭を箸で食べるドラゴン
……………うん、最後に変なのいた。そして久々な感覚。
「」「きゅ!」
「いったぁ!?」
もはや言葉はいらず、目配せのみでこちらの意図を察したシャチホコの物理無効攻撃(脛蹴り)を受けて悲鳴をあげるドラゴン
「いきなり何をするんですか、歌丸くん」
「いきなりなんで現れてんだよドラゴン」
「だいぶフランクになりましたよね、君」
もはやこいつに対して敬語が本当に必要なのか?
「まぁ、それはともかく。
現状、通常の手段では萩原くんの魔剣中毒を抑えこむことはできません。
つまり、萩原くんの異常事態の解決のためには歌丸くんの能力を使用することです。
魔剣中毒とか、ぶっちゃけ狂化の前兆。万が一にも魔剣を渡したら余計に悪化して目に映る者すべてを傷つけるガラスの十代どころの騒ぎじゃなくなります」
なんだよその例え、古すぎるだろ。
「それは所詮一時しのぎなのでは?
歌丸の能力を共有する枠は、この間やってきたノルンの分で埋まっている。
枠が増やすだけのポイントが溜まるまで、範囲共有で誤魔化すために渉は
そうなれば我々チーム竜胆は成り立たなくなります」
「その件に関しては解決策は三つ」
律義に鬼龍院の質問に答えて指を三つ立てるドラゴン
「いっそ諦めて、チームをひとまとめにする」
「絶対に嫌です」
即答する鬼龍院
「他の選択肢があるならそちらを選びます。
こいつと一緒のチームとか、胃に穴が空くどころの騒ぎじゃない」
「なんだとこの野郎」「連理、ステイッスよ」
「ははは、相変わらず仲が良いですね」
「「どこがっ!――真似すんなっ!!」」
ドラゴンの言葉に反応して同時に同じ言葉で反論してしまった。これではまるで僕が鬼龍院と仲良しみたいじゃないか。気持ち悪っ!
「すいません、話が進まないんで続きを」
「はいはい、では二つ目は解決策が見つかるまで学生証、つまりはステータスの封印処置します」
封印処置は、この学園でドラゴンのみが実行できる刑罰。
学生の身分で罪を犯した場合、生徒会や教員からの要望があり、かつ正当なものであるとドラゴンが判断した際に実行される。
もっと重いと犯罪者本人も封印され、気付けば卒業して即牢屋、なんてこともあり、その場合は復学も不可能とされている。犯罪組織も本来ならばこれらしいが、上方の引き出しとか、洗脳に近い状態だったのも鑑みて黙認されているらしい。
「それは最終手段だな。
流石に今の段階で実行は勘弁して欲しい」
「ですよね。私としてもこれはあまりとりたくない手法です。
で、す、の、で、最後の一つです!」
これが本題と言わんばかりに溜めるドラゴン。腹立つなぁ、こいつ。
「――鬼形の代わりとなり、かつ狂化の副作用を抑えこむ魔剣を手に入れるのです!」
「ちょっと伊都さんに対策他にないか聞いてみるよ。一応連絡先はもらってるし、生徒会関係者ならすぐに電話も使えると思う」
「ああ、頼む」
「……業腹だがお前に頼るしかないな」
「あっれぇ?」
素早く席を立つ僕
僕を頼る萩原君と鬼龍院
魔剣は一つの迷宮に一つしかないと、ドラゴンたちが公言しているし、鬼形はこの学園の迷宮から手に入れられた魔剣だ。
他の魔剣とか手に入るわけがないし、そもそも魔剣自体が大体は厄ネタのような物だ。狂化がなくても、他のデメリットがあるはずだ。
「ちょいちょいちょい、待ってください。
魔剣なら60層で手に入りますよ?」
ガタっと、椅子から立ち上がろうとした全員の動きが止まる。
迷宮の60層
それは、本来なら明日から挑むはずのこのドラゴンがクエストとして指定した階層だ。
そして、周囲には極秘にするように言われているがドラゴンが言うには……そこには、人類が存在するらしい。
「鬼形はもちろん、現在世界中で見つかった魔剣の三割近くはそこの職人の手で造られた物です。
交渉次第では、鬼形に勝るとも劣らない魔剣が手に入るはずですよ」
■
場所は変わって中央広場
時刻は9時を回っており、そこで僕はとある人物に学生証を使って連絡をしていた。
「というわけで、萩原君の症状を考えて新しい魔剣を手に入れるために天守閣、竜胆のチームアップで迷宮に今から先行して潜ります」
『…………』
僕の言葉に、頭が痛そうに額に手を当てる氷川
ついさっきまで寝てたからか、低血圧なのかな?
ちなみにすでに詩織さんたちにも連絡し、鬼形の一件で英里佳も責任を感じて協力を即決してくれた。
一年だけでは確かに危険かもしれないが、事態は急を要する。
それに、すでに実力は三年クラスの英里佳を筆頭に、詩織さん、戒斗、麗奈さん、谷川くんと特化型とはいえ実力者は揃っている。
萩原君、紗々芽さん、鬼龍院もフォロー役としてはかなりの腕前だ。
さらには、マーナガルムをパートナーとする稲生がいる。
「道中の危険については私が予知しますので心配は無用です」
そしてそして、今回からはノルンである千早妃とその従者二人も一緒
千早妃と僕――というかシャチホコがいれば、道中の危険は限りなくゼロになるはずだ。
合計十三人とそこそこの人数である。
で、いざ迷宮へというところで、詩織さんから生徒会に連絡したのかと問われて、今回の主な原因は僕にあるし、迷宮に行くのを最初に提案したのは僕なので代表して氷川に学生証を使って連絡しているのが今の状況だ。
本来なら上級生も一緒の方がいいのだろうが、今日は休みだしこちらの都合で付き合わせるのは気が引けた。
『昨日の仕事が終わって、久しぶりに今日一日は寝て過ごせると思ったのに……!』
「おやすみなさい、それでは失礼し」『切ったら殺すぞ』
スゲェ、普段のキャラをかなぐり捨ててドスの聞いた声で脅された。
『はぁー……顔洗うから、十秒待ちなさい』
「うっす」
そして十秒ほど、水のバシャバシャという音が聞こえてきてから再び氷川の声が聞こえてきた。
『あんた達一年は、確か暗闇エリアはすでに経験済みで、三十層の砂漠エリア、四十層の氷河エリア、五十層の火山エリアが残っていたはずよね』
「ええ、まぁ」
『歌丸、あんたはともかく、他の一般的な人類は急激な温度変化に体が付いていけずに倒れるわよ』
「先輩、この中で一番虚弱なのは連理なので問題ありません」
「詩織さん、ツッコミどころがズレてる」
すぐ横で聞いていた詩織さんの発言は確かに事実だけれども……まぁでも、僕のスキルなら体調不良もごまかしが利くから大丈夫といえば大丈夫なのかな?
『いやそもそも、エリアごとに環境だけじゃなくて、出現する迷宮生物だって変わるのよ。
下に行くほど、迷宮生物もずる賢くなって、搦め手の攻撃手段も増える。
歌丸のスキルでもカバーしきれない状態異常対策の護符とか薬、防寒や防熱の外套にマスク、十分な水と食料がないといくらエンペラビットのナビがあっても遭難するわよ』
「うぐっ……!」
確かに、そう言われるとぐうの音も出ない。そしてそれらをすべて今から集めには、金も時間も足りない。
『――だからこそ、前倒しで当初の予定通りに進めるわ』
「は?」
当初の予定通り……?
どういうことかと思う前に、ふと急に周囲が――嫌、僕たちの周りだけが暗くなった。
見上げてみると、そこには巨大な飛竜のシルエットが見え――
「歌丸くんっ!!」「ぐへっ!」
英里佳から名を呼ばれながら襟を掴まれて引っ張られると、先ほどまで僕たちが居た場所に飛竜が着地した。
見た感じ、あの飛竜――ソラは僕を潰れない程度にやんわり踏んづけようとした感じか?
「――待たせたわねっ!」
すっごい聞きたくなかったイキイキした声が飛竜ソラの背から聞こえ、そこにはソラのパートナーである現在の北学区生徒会長の天藤紅羽がいた。
「氷川に連絡を聞いて飛んできたわ!」
「――文字通りに飛んで行くなよ……」
天藤会長にそんなツッコミを入れたのは、いつの間にか姿を現した副会長の来道黒鵜先輩だった。
先ほどの十秒で二人に連絡をしたのか?
『先輩たちと一緒なら、直接火山エリアの安全地帯から迷宮に入れるわ。
二人と一緒にあんた達は先行して脅威となる迷宮生物を排除しつつルートを確定して、兎の一匹を私たち本隊のガイド役として残しておいて。
特別クラスはあんたたちの他に三十人もいる大所帯になるから準備もあるし……明日の早朝には出発するから迷宮内で合流しましょう』
なるほど、確かにそれなら火山エリア対策のみで済むし、時間も金もそこまでかからないだろう。
こちらの我儘でシャチホコ頼りの無茶な行軍となりそうだったがより現実的になった。
というか、初めから僕たちを先行させる予定だったのか。
『危ないと判断したらすぐに戻ってきて、その場合は後続と一緒に再度アタックを仕掛ける。
絶対に無理はしないこと、いいわね』
「了解」
『そう、わかったわね、絶対よ』
「了解」
『絶対だからね。無理は絶対にしちゃ駄目よ』
「……了解」
『いい、振りじゃないわよ。絶対、絶っっっ対に無理は――』
「しつこい」
通話を切った。どんだけ僕のこと信用してないんだよあの女。
「いやー、本当によかったわ!
私もすぐにでも迷宮に行きたくてうずうずしてたの!
いっそ歌丸くんを攫おうかなって考えてたから、これぞ渡りに船ね!」
「俺はそれを防ぐために一緒にいたんだがな……」
僕は何も悪くないはずなのにすでに来道先輩の休日が潰されていた。
物凄く申し訳ない。僕、その件に関しては全く悪くないけど。
「さぁって、それじゃあすぐに出発するわよ!」
「待て、火山エリア対策の装備を整えてからだ」
おかしいな……この学園の最高戦力が二人も揃ったはずなのに不安しかない。
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