第325話 迷宮火山エリア攻略 不調



超ハイスピードで下へ下へと向かう僕たち。


小一時間ほどで58層にある、問題の59層へと続く階段の前まで来た。



「やっぱ異常ね、エンペラビットのナビって」


「ああ、迷宮に長く携わった奴ほど、これは理不尽に感じるな」



そして先輩たちはシャチホコを戦々恐々と言った様子で見ていた。


来道先輩は以前にもドライアドのララの一件で体験はしていたが、攻略の最前線でもナビ能力を発揮されて改めて舌を巻いているという様子だ。



「……すいません、ちょっといいですか?」



そんな中で何か腑に落ちないという表情の萩原君が挙手して来道先輩に声をかけた。


……うん、本来立場が一番上のはずの天藤会長がスルーされる当たり、もうあの人の存在理由って最強であること以外は使えないと周知されてるんだな。



「どうした、萩原?」


「どうもさっきから妙な声? 考え? 何といえばいいのか俺自身釈然としないんですけど、59層に鬼形を作るときに使われる鉱石があるらしくて、魔剣を作ってもらうなら採っておいた方が良いかなと思いまして」


「声……? どういうことだ? 歌丸か?」


「いえ、僕は何も言ってないですよ」


「いや、なんというか……鬼形、からですかね」


「鬼形…………魔剣から声が聞こえてるってことか?」


「大規模戦闘で魔剣を握ってた時と同じ感覚もしてるんで、間違いはないと思います。


たぶん、実際に手に持つともっと正確に聞こえるとは思うんですが……」



今朝、暴走した一件を考えればここで魔剣を渡すなど論外だと判断したので、萩原君はかなり気まずそうに僕の方を見た。



「……というかそもそも魔剣って喋るのか?


歌丸や三上はどうだ、お前たちも使ったことはあるだろ?」


「いや、僕は全然そういうのは無いですね」


「私も、使ったのは体育祭の時の短時間だけでしたけど、その時は全然聞こえませんでしたね」



もしかして、魔剣の依存性が強まって僕のスキルでも我慢できなくて嘘をついているのでは?



「連理様、少々よろしいでしょうか?」



そんな考えが過った時、僕の後ろにいた千早妃が小さく手を上げた。



「西部の学園にも魔剣と同類のものはありますし、なんなら当時貧困していた国から金に物を言わせて買い取った魔剣、魔槍、魔弓というような呪われた武具がいくつかあります。


使用者の記録もありますし、萩原渉と同じ症状を発症した前例についても記載があり、魔の武具の声を聞いたという例は少なくありません」


「え……その人たちどうなったの?」


「基本的に生き残ってる人はボンボンですし、理事長も学園へ多額の寄付をすることを条件に例外的に退学を認めていたので、本島の豪華な隔離施設で長期療養している、という感じですね。


四、五年もすれば症状は緩和されるとも言われてましたから」



退学を認める、か……東と西では正確に違いはあるとはいえ、それを認めるってことはその人たちは迷宮攻略どころか学園生活も遅れないと判断されるって、どんだけ危ない状況だったんだろ……



「あと、声が聞こえる場合は比較的に魔の武具と魂の相性が良いとも言われてます」


「そうなの、伊都さんからはそう言う話全然効いてないんだけど?」


「彼女は……榎並英里佳の母親だからと悪く言うつもりはありませんが、頭がおかしい人なので、基準にすべきではないかと」


「おい」



英里佳がこめかみを若干引くつかせながら千早妃を睨むが、当の千早妃は気にした風がない。



「当時のバランス未調整の迷宮で最強に至った人物なんですから、常人の尺度で測る方が間違いなのです。


そういう意味では、貴方も、詩織さんもその部類なのですよ」



なんか詩織さんが「え、私も?」的な表情を見せている。



「そういう意味だと一番おかしいのは歌丸くんだね」



休憩中の飛竜のソラの背から降りていた紗々芽さんが何故かそんな文脈的にもおかしな結論を出す。今、僕が割り込む要素なくない?



「……なるほど」


「え、ちょっと待って英里佳、なんで今ので納得す」「話が進まないから黙ってなさい」



僕の言葉を稲生が遮ってくる。



「あー、ええっと……つまり、萩原は本当に鬼形の声が聞こえているってことでいいんだな?


だが、手に取って暴走とかしたら危な――くはない、か」



暴走を一瞬危惧した来道先輩だったが、周囲を見回してすぐに杞憂だと判断した。


まぁ、この場にいる面子なら、やろうと思えばいくら萩原君が暴走したとしても文字通りの挽肉に一瞬クッキング待ったなしできるし。主に英里佳。



「じゃあ、一旦萩原君に持たせるってことでいいんですか?」


「ああ、お前らが問題ないのなら」


「じゃあ渡します」



僕はストレージから鬼形を取り出し、封印として抜けないように施していた『レージング』を外し、すぐに抜刀できる状態の鬼形を萩原君に差し出す。



「……いいのか?」


「うん、今は僕のスキルの影響かにあるから暴走する心配はないと思う。


それに万が一何か起きても周りのみんなが止めてくれるから、安心して持っても大丈夫だよ」


「いや、俺じゃなくてお前は…………いや、愚問だな」



何か諦めたようにため息をつきながら、僕の差し出した鬼形を受取る萩原君。


抜刀はせず、鞘の部分を握ったまま目を閉じ、鬼形を額の辺りに持って行く。


僕のスキルもちゃんと聞いているからか、暴走する兆候も見られない。


英里佳や詩織さんがいつでも動けるように構えていたが、特に心配はいらなそうだ。



「…………ぐっ」



萩原君が一瞬顔を歪ませ、少しばかり緊張感が増したが、その後すぐに額に近づけていた鬼形を僕の方に差し出した。



「もういいの?」


「ああ……どうやら鬼形の方も、俺が過度に暴走することは望んでないらしい。


どちらかと言うと、もっと単純に戦いたいという意志が強い。


俺の暴走も、その闘争本能を抑えられなかった未熟さ故みたいだ」


「ふむ……聞いていた呪いの武具の中ではかなり穏健派なのですね、鬼形の意志は。


……おそらく、榎並伊都という達人の手元に長くいたから、その気質も似たのでしょうかね?」



千早妃の言葉に、なんかちょっと得意げな顔になる英里佳だけど、いいの? 婉曲的な表現で「お前の母ちゃんバトルジャンキー」って言われてるけど、それでいいの?



「とにかく……鬼形としては先代の使い手に思うところはあって、歌丸を守ることについても協力したい、その上で俺にも使って欲しいってことで、二刀に鍛え直して欲しいらしいです。


そのために、追加の鉱石が必要になるので採掘して欲しいと言ってます」


「なんというか……律義な魔剣だな」



確かに。伊都さんの影響を受けたというより、伊都さんの従者っぽくなってないかな、鬼形



「しかし、二刀か……その理論で行けば魔剣って量産できるってこと?」



もしそうなら、いっそ英里佳や詩織さんの分の魔剣を増やしてしまってもいいかもしれない。


そんな算段を着けていた僕の考えを呼んだように、萩原君は首を横に振る。



「一応そうなるけど、そのためには魔剣の意志がある程度成熟してないと無理だそうだ。


今の鬼形なら二つに分けるのが限界だとよ。


あと、人間で例えれば健常な腕を切り落として義手をつけるって感覚だから普通は絶対に魔剣からこんな提案はされないと考えた方が良い」


「お、おう」



覚悟ガンギマリなところは確実に伊都さんの影響が出てる。



「……ふむ、そう言うことなら採掘はした方が良いだろう。


萩原、場所は案内できるか」


「はい」


「よし、それじゃあ――」



ということで……萩原君を先頭にして次の59階層に進むこととなった。



「――いや、待て」


「どうしたの、渉君?」



稲生が不思議な顔で自分のの方を見た。



「おかしいだろ、どう考えても!」



より厳密に言えば……ユキムラの口によって腰のベルトを咥えられて宙づり状態になっている萩原君である。


「機動力を損なわず、それでいて道案内もできる。


パーフェクトです。強いて問題点をあげるならユキムラさんの戦闘での対応がし辛くなっていることでしょうが、まぁ、周囲には他の戦力もいるので些事ですね」


「俺の状態まで些事にするな!」



千早妃にまで怒鳴る萩原君。普段の理知的な姿はそこにはなく、ユキムラに加えられている間抜けな姿がもう滑稽である。


そう思っていたら、ユキムラが微かに体勢を低くして足に力を込めたのが分かった。



「萩原君」


「歌丸、お前からも何か言え」


「ユキムラ、かなり揺れるから口閉じてた方が良いよ」


「お前もか、あっ、あああぁぁーーーーー!!!!」



ユキムラが走り出し、萩原君の絶叫が響く。


階段を拘束で降りると、景色自体は前の58層と変わらない溶岩地帯が目に付く。



「っ、ちょ、止まれ、何かおかしい!!」


「渉君? え、ユキムラ、ストップ、ストップよ!」



59層に到達した瞬間、萩原君は何やら顔をしかめ、ユキムラを止めようとする。


稲生は咄嗟にユキムラを止め、その場で足を止めた。



「……お前らは何も感じなかったのか?」


「え……何が? 稲生と千早妃は?」


「いえ、私は特に何も……?」


「う、うぅーん……なんか一瞬ヒヤッとしたような、しないような……?」



僕と千早妃は何も感じてないが、稲生はちょっと違和感を覚えたらしいがかなり微弱な感じだ。


他の人たちはどうだろうと思って振り返り、目を見張る。



「う、ぅうん……ちょっと頭がぼぅっとする、ような……?」

「寒気が……溶岩エリアで?」



英里佳や詩織さんが何やら不調を覚えたようだが、かなり軽度な様子で、鬼龍院兄妹や谷川君を見てもそんな様子だ。



「あ、ん……? みんな、どうしたんスか?」



戒斗については、稲生と同じ程度っぽい。違和感はあるが、他のみんなの様子が気になるってところだろう。


だけど、それ以上に驚いたことがあった。



「――っ、は、くぅ……!」

「う、くっ……、なに、これ……?」



三年生でこの中でも間違いなく最強である来道先輩と、天藤会長がただ階段を降りただけで肩で息をして、今にも倒れてしまいそうに膝に手をついて踏ん張っていたのだ。



「先輩!?」



僕は思わずユキムラから降りて駆け寄る。



「急にどうしたんですか!」


「わか、らん……体に力が入らない……込めた瞬間に、すぐ力が抜けていくような虚脱感が酷い……!」


「わた、しも…………立ってるのも、しんどい……なにこれ、学園に来てから初めての感覚なんだけど……!」



呼吸は整えたが、顔色が真っ青だ。



「おい歌丸、今の範囲共有ワンフォーオールしてるのはなんだ?」



そんな中、鬼龍院がすぐに僕の元へとやってきて二人の状態を見る。



意識覚醒アウェアー苦痛耐性フェイクストイシズム、それとガスとかの呼吸困難に備えて超呼吸アンリミテッドレスプレイション


「渉のことを考えての苦痛耐性なら今はカットして、万全筋肉パーフェクトマッスルの方を使え。


もし超呼吸のスキルのおかげで呼吸が整ったなら、それで虚脱感もマシになるはずだ」


「なるほど!」



言われるがまま、僕は共有するスキルを切り替える。


すると、今にも倒れそうに膝に手をついていた二人が緩慢とした動作ではあるが顔を上げた。



「はぁ……すまん、助かった。


確かにさっきよりは大分マシになった」


「え、ええ……私も。というか多分、歌丸くんのスキル無かったら階層に到達した瞬間に気絶してたわね……何なら今も気絶しそうなほど頭が痛いわ」


「頭痛は苦痛耐性を使わない弊害か……だが、歌丸のスキルでも他の影響が完全に消えてるわけじゃないっぽいな。体の怠さは残ってる」


「うーん……そうね、普段の半分のパフォーマンスも難しいわよ、これ……」



二人は青い顔をしながら自分の状況を観察する。


頭痛とか怠さとか、僕はそう言うのは無い。


英里佳たち辺りもそう言うのは感じてないが……僕と特性共有してるみんなは大丈夫なのか?



「綾奈、文奈、二人はどう?」


「先ほどまでは多少の怠さがありましたが、現在はありません」

「代わりに先ほどまで感じてなかった頭痛があります。集中してれば無視できる程度です」



千早妃の従者である日下部姉妹も、先輩たちと同じスキルを共有しているが、症状の重さは完全に二人とは違う。


チーム竜胆の面々も、日下部姉妹と同じ。


しかし、その中で来道先輩と天藤会長だけが明らかに段違いの絶不調。



「……これってつまり、この59階層はステータスが高い人ほど、強いデバフを受けているってことでいいのかな?」



僕が周りに確認するように訊ねるが、誰も僕の考えに反対は出さず、肯定的な雰囲気だった。


そんな中で、鬼龍院は口元に手を当てながら思案を続けつつ横目で詩織さんと英里佳の方を見た。



「三上、榎並、お前たちはこういう症状について心当たりはあるか?」


「迷宮については入学前からかなり勉強してたけど、聞いたこと無いわね」


「……私も、少なくともお母さんからこんな症状については一度も聞いたことがない」


「……となると……過去の迷宮には無い追加されたギミック?


何かこのデバフのような症状を回避する手段がこの階層か、前の階層にあるのか?」


「……それは、違うと思う」


「どういうことだ、榎並?」



英里佳は天藤会長と来道先輩に目配せをしてから、周囲の状況を見て、そして鬼龍院の方に向き直る。



「あのドラゴンなら、強い奴にはより強い迷宮生物をぶつけて試すようなことをしてくる。


ここまで努力した人間に対して、その努力を真っ向から否定するようなデバフのギミックは、いくら奴の性根が腐っていても方向性が違う。


仮にそう言うデバフがあるとしても、これじゃあまるで、歌丸くんがいなきゃ迷宮攻略そのものが不可能だと言ってるようなもの。


歌丸くんの存在がイレギュラーだと公言してるドラゴンの手口とは思えない」


「……なるほど、一理あるな」



確かに、英里佳の言う通り、この迷宮のギミックはドラゴンとは毛色が違う。毛じゃなくて鱗か? いや、どうでもいいな。


とにかく、ドラゴンの手口とは少々、いや、かなり趣向が異なる。


まるで別の存在がこの先に進むことを妨害していると言われた方が――――



「「あ」」



僕と同じ考えに至ったのか、同時に鬼龍院が声を上げた。


互いに顔を見合わせて思わず目線でやり取りしてから頷き合う。


どうやら僕たちは同じ答えに至ったようだ。



「どうかなさいましたか、連理様?」


「いや、このギミックを仕掛けた犯人の検討がついたというか……相手のステータスに応じて戦闘力を変える変な迷宮生物……生物? まぁ、とにかくそういう敵を用意してたし」


「……ああ、この悪辣さも、奴らの存在を考えれば腑に落ちる。


奴らはドラゴンを毛嫌いして、その恩恵を受ける学生たちの存在もかなり嫌っていたからな」



千早妃の言葉に、僕たちは頷いて、このギミックを仕掛けた犯人――いや、組織の名を口にする。



「「ディー」」



ドラゴンと敵対し、そして迷宮に干渉できる謎の組織の名を。



「多分、この階層にはディーが残していった何かがある。


それが千早妃の予知を阻み、かつこのデバフを引き起こしてる存在の可能性が高い」


「ああ、榎並の言うドラゴンの趣向も、その存在を敵という形で歌丸にぶつけるつもりで放置していたとなると一致はするな」



「――――は?」



しかし、そんな時、今まで聞いたことがないドスの利いた声に思わずビクッと肩が動いた。


その声を発したのは、頭痛から額を抑えていた天藤会長だった。



「つまり、なに、あのドラゴンは、私のことを歌丸くんの取巻き程度にしか考えてない、と?」


「え、あ、いや、俺は別にそういうつもりで言ったわけでは……!」



普段は飄々としている会長の、一切隠そうとしない怒気に気圧される鬼龍院


頭痛の影響で機嫌が悪くなっており、今の発言で怒りに火が付いた様子だ。


そんな天藤会長を、同じく不調な来道先輩が諫める。



「この状況で鬼龍院にキレてもしょうがないだろ、実際に俺たちはこの階層では歌丸がいないと立ち上がるどころか、意識を保つのも厳しいんだぞ」


「は? 別に、この程度、ちょっと気合入れれば楽勝だし」


「ここで変な意地を張るな。


未知の階層に未知の敵だ。何が起きても不思議じゃない。


いくらお前でも、ここで下手なことすれば死ぬぞ」


「……チッ!」



不機嫌を一切隠さない様子の天藤会長


こんな荒れた会長を見るのは初めてだな……



「ここからはスピードを落とすぞ。前の階層以上に警戒をあげて進む。


歌丸、神吉、悪いがここからは徒歩だ。マーナガルムもいつでも戦えるように準備させてくれ」



ここまで快調だった迷宮攻略も一気にスピードが落ちる。


……一体この先に何が待っているのか、未知への不安と恐怖を、僕らは拭えないまま先を目指していくのだった。

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