日暮戒斗は落ち着かない。
第95話 たまにはこんな休日を
相田和也の一件が終わった土曜日
木・金曜日と二日間で僕たちチーム天守閣は今までの遅れを取り戻そうと第15層まで一日一層の攻略を果たした。
しかし流石にここ最近激務続きだったということで、今日と明日の日曜日は迷宮攻略を完全休養となった。
というか、具体的には……
『いいですか、土日の二日間は絶対に学生証の連絡が届く範囲にいてくださいね。
絶対に、絶対にですよ! 勝手な行動は何があろうと許しませんからね!!』
と、金曜日の放課後、何故かとてつもなく殺気立った
ちなみにこの宣言は北学区生徒会関係者全員、僕たちも初めて会った来道先輩や会津先輩たちのそれぞれ率いるギルドメンバーも集まっていたのだが……まぁ、お約束通り攻略狂いで知られる会長は無断欠席だった。
おそらく今日も同じく攻略狂いの彼女のギルドメンバーと一緒に迷宮に潜っているのだろう。
基本的に生徒会役員のギルドのメンバーは来期の生徒会メンバーと目されているのだが、ぶっちゃけ誰も現会長のギルドメンバーを生徒会に入れるつもりも、また本人たちも入るつもりもないらしい。
攻略以外に眼中にないのだろう。
完全休養となったこの二日間、僕はどう過ごすか迷っていた。
突然のことだったのでなんの予定もないし、英里佳たちは紗々芽さんと一緒に
「僕はどうしようかな……」
英里佳もだいぶ詩織さんや紗々芽さんと打ち解けたから、ここはあんまり男が入っていかないほうがいいと思うんだが……
「戒斗はどうしたらいいと思う?」
「ぶっちゃけ野郎と貴重な休日を過ごしたくねぇッス」
そう、今僕と一緒にいるのは僕と同じパーティメンバーである
彼と僕は別の寮なのだけど、各寮に空きができて合理性のため一つの食堂を複数の寮で共用となったのだ。
だからこうして一緒に朝食を食べているわけだが……
「でも戒斗、少なくとも今日一日は僕と一緒にいるように言われたんでしょ?」
「はぁ……それを言うなッス」
そうでなくとも一年生での最速攻略パーティで、生徒会直営ギルドに入り、そこへさらに
そこの犯罪組織のことも加わり、戦闘能力が低い僕は単独での行動を禁止させられたのだ。
いつ命を狙われるかわかったものじゃないからね。
あと……
『歌丸くん、一人で何かさせるとほぼ確実に大怪我するし……』
と英里佳
『連理の場合は能動的にも受動的にも厄介ごとに巻き込まれるから一人にさせたら危険よ』
と詩織さん
『というか今まで一人だったらほとんど死んでるようなことばっかりだったよね』
と紗々芽さん
そう言われて誰を一緒にいさせるかという話になったのだが、先ほども言ったように三人はすでに土曜日に予定が決まったので……
『『『次は日暮くん(戒斗)の番ね』』』
と三人
『何それ怖いッス』
と戒斗
なんか、僕と一緒にいるとトラブルが起こるみたいな感じに受け取るのやめてほしんだけど……
ラプトルやララの一件は僕にも原因はあるけど、相田和也の一件とか、完全に全部学長が原因なんだし……
『――次のニュースです。
迷宮内で起こった殺人事件、それを計画的に行ったとして、本島にいる迷宮学園の卒業生が逮捕されました』
ふと聞こえてきたニュースに意識が向いた。
ニュースでは金瀬千歳さんの殺害に関与した実行犯、そしてその背後にいたという者たちを逮捕したことが報じられていた。
そしてこのことから、迷宮学園と外部に犯罪組織のつながりが存在していたことが明るみになった。
これにより、逮捕された者たちから事情聴取して芋づる式に捕まえていく予定らしい。
「……この学園も、かなりきな臭くなってきたね」
「いやいや、もともとこんな場所っすよ、この学園は」
僕の感想に、特に興味なさげに味噌汁をすすりながら戒斗は答える。
「ただ今までずっと隠れてたのが浮き彫りになっただけッス
そういう臭いだけならずっとプンプン臭う場所っス」
「戒斗」
「何っすか?」
「“臭いが臭う”って日本語として正しいのかな?」
「反応するのそこっすか!」
「いやだって、それ“頭痛が痛い”とか“危険が危ない”よりも意味被ってるよね?
字面としても語感にしても最終的に臭いと臭うで、“い”と“う”の違いだけだよ?
その日本語間違ってない?」
「知らねぇッスよ! どうでもいいことじゃないッスかそこは!
結構まじめな話してたんじゃないんッスか!」
「いやぁ、僕としては戒斗にシリアスになられると僕のシリアスキャラの沽券にかかわってくるからつい」
「お前は取り巻く状況がシリアスなだけで基本色物ッスからね」
「なん、だと……!?」
話数90番を超え100の大台に届き得るときに衝撃の事実!
「なんか今
「こ、こほんっ…………まぁ、とにかくあの糞ドラゴンが証言してくれたおかげでララが狙われるリスクが減ったし、これで紗々芽さんも安心して生活できるね」
「さらっと名前で呼んでるし……お前はあれっスか?
女子と二人で迷宮に入ると仲が進展するスキルでも持ってるんッスか?」
「代わりに大怪我するのが代償なのかな?」
「吊り橋効果どころか、橋から落下してるッスよね、お前の場合
榎並さんも詩織さんも、苅澤さんの時も女子の方は軽傷でお前だけ『え、なんで死なないの?』みたいな大怪我で出てくるとか」
「まぁ、仲が良くなったのは認めるけど、そんな世の中ギャルゲーじゃないんだから恋愛には発展しないって」
「……約二名、お前が本気になればすぐ攻略できると思うんスけど」
「え、何が?」「なんでもないッス」
まるでお茶を濁すように味噌汁をすする戒斗
……まぁ、彼の冗談だろう。
なんせ戒斗は生粋のボケキャラだしね!
「……今失礼なこと考えたッスね」
「何が?」
「お前いろいろ顔に出てるんッスよ。
……まぁとにかく、犯罪組織の一件はこれで終わったとは思わない方がいいッスよ」
「というと?」
「どうせ途中で重要人物につながる奴が消されてるって話ッス。
金瀬千歳の一件に深く関わった連中は捕まっても、そこから先にはつながらないはずッス」
「……まぁ、確かにこれで一網打尽ってのは虫が良すぎるよね」
「そういうことッス。
今回の一件で俺たち全員目を付けられたはずッス。
流石に何の理由もなしに手を出してくるってのはないとは思うッスけど、用心に越したことはないッス」
「そうだよね…………ところで話は変わるんだけど、今日南学区に行かない?」
「ん? 別にいいッスけど、なんで南学区なんッスか?
遊ぶなら西学区とかじゃないんッスか?」
南学区での農業体験を思い出したのか、戒斗がものすごく面倒くさそうな顔をする。
「シャチホコたちの使うトイレシートとかオヤツの補充だよ。
多めには買ってあったけど、所詮は一匹分だし、せっかくだからまとめて買っておこうと思って」
「野郎二人で行くようなとこではないッスけど……まぁ分かったッス。
ところで……その肝心のシャチホコたちはどうしたんッスか?」
「ワサビは英里佳たちに貸し出し中。
万が一僕が誘拐されたときの保険だって」
「迷子対策のGPS探知機……」
「言うな」
どんだけ僕がトラブルに巻き込まれると思ってるんだあの三人。
「シャチホコとギンシャリは今……ほら、あそこ」
「ん?」
僕が指さした方向を見る戒斗
そこには……
「はぁはぁはぁはぁ!
可愛い、すごく可愛い、もうやだ可愛い可愛すぎるぅ!!
えへ、えへへへへへへ可愛い、可愛いよシャチホコちゃん、ギンシャリちゃんもとっても可愛い、ああもうやだやだ、カワイ過ぎてやだぁー!!」
可愛いのが良いのか嫌なのかよくわからないことを言いながらヤベェ顔で一心不乱に撮影している女性がそこにいた。
この間まではなかったはずの一眼レフの最高級カメラを構えているのは、僕の住む寮で寮母をしている
「…………アレから、二匹とも連れていくんッスか?」
「とりあえず、ギンシャリだけ連れていこうか。
白里さんシャチホコの方がお気に入りっぽいし、ギンシャリって結構冷静だから知らないところに行ってもあっちこっち動き回らないと思うし」
――ちなみに、帰ってきたとき凄いやさぐれた顔でフリルがいっぱいついた服を着たシャチホコに出迎えられたのだが……まぁ、今は関係ない話である。
■
場所は西学区の喫茶店
女子の間で人気のカフェのオープンテラス。
その一席に三人の美少女と一匹のエンペラビットがいた。
「紗々芽“ドルイド”の
「紗々芽ちゃん、おめでとう」
「ありがとう二人とも」
エンペラビットのワサビは、紗々芽の膝の上に座りながら行儀よく野菜スティックをかじっていた。
「ドルイドになったのって、やっぱりララがいるから?」
「あ、うん、それもあるんだけど…………ほら、回復系のスキル持ってないとそろそろ歌丸くん死ぬかもしれないから」
「「あぁ……」」
ドルイドはエンチャンターのスキルに防御や回復系の支援要素が加わっている。
さらにドライアドを代表とした植物系の
紗々芽のパートナーとなったララは薬草も作り出せるということで、その効果で高い回復能力が見込めるだろう。
なんせ、このパーティには事あるごとに重傷を負う歌丸連理がいるのだから、これから危険が増していく迷宮攻略においては必須スキルと言えるだろう。
「……で、わざわざ連理たちを別にして私たちだけって指定した理由、そろそろ教えてもらってもいい?」
そう切り出したのは詩織であった。
元々詩織は、紗々芽の転職のとき今後のパーティでの動きのことも相談したかったので今この場にいない男子二人も呼ぶつもりだったのだ。
だが、紗々芽がどうしてもこの三人だけで話したいことがあるということで無理を言って口裏を合わせてもらった。
「戒斗じゃ不満とは言わないけど、やっぱり連理には最低二人は誰かついてないと危ない気がするのよね……」
「うん……歌丸くんが被る被害……私一人だけじゃ対処しきれなかったのは事実だし」
相田和也の一件で、歌丸はボロボロになっていた。
英里佳は自分の全力を出して連理を守るろうとしたが、時すでに遅し、という具合であり、連理を守るのならばもっと単純に人手が必要になると痛感したのだ。
だからこそ、休日だからと言って……いや、むしろ学校のように行動が決まっていない休日こそ歌丸連理を監視――もとい、護衛すべきであると二人とも考えているのだ。
「歌丸くんが入学前に臨死体験してるのって、二人は知ってるの?」
紗々芽が切り出したのは、シークレットスキルについて補足説明したときの学長の言葉についてだった。
そしてその時、二人の反応は異なっていた。
「え……?」
「…………」
英里佳は唖然と口を開き、詩織は黙って目を細めた。
「詩織ちゃんは知ってたんだね」
幼馴染でなくても、その反応を見れば大体のことは察することができた。
「……連理が自分で言ったの?」
「ううん、学長経由で伝わったというか……えっとね」
紗々芽は先日のシークレットスキルについて説明し、そしてそのスキルの一つである
完全にではないが、臨死体験をした生徒が覚えるものであり、そして歌丸はそれを入学前から覚えていた。
「……なるほどね。
まぁ、確かに連理がその話をそう軽はずみでするはずないわよね」
「……あの……じゃあ、詩織は知ってるの?」
恐る恐る訊ねる英里佳に対して、詩織は頷いて肯定する。
「本人から話してもらったの」
そう聞いて、英里佳はショックを受けたような、寂しいさと悲しさと、ちょっとばかりの嫉妬から来る苛立ちの混ざった複雑な表情を浮かべる。
「……どんな話?」
「ごめん、これは私の口から言うべきことじゃないわ。
本人も話すのあんまり好きじゃなかったみたいだし……たぶんだけど、連理はこの話、英里佳に一番知られたくないはずよ」
「私に……?」
「あいつ、英里佳の前では格好つけたがってるから。
詳しくは話せないけど……その話は今の連理の根幹を為した
知られたら英里佳に嫌われちゃうとか、思ってるんじゃないかしら」
「じゃあなんで詩織には話したの?」
どこか食い下がる様に尋ねる英里佳に、詩織は困ったような顔を見せる。
「うーん……あの時は私、かなりネガティブになってたから、色々と話しててその流れで……かしらね。
二人して追いつめられてたから、ついポロっとお互いに必要もなく過去のこと打ち明けあっちゃったのよ」
「そう、なんだ……」
なんでもないように語る詩織だが、英里佳にはなんだか二人の間に自分にはない信頼関係が出来ているような気がして少しばかり疎外感を覚えるのであった。
「それで、紗々芽は連理の話したいことってそれだけ?
あいつの過去のことならかなりプライベートな話ではあるけど、一般常識的に考えて何か問題があるようなものじゃないわよ」
「あ、うん。
そこまで確認できてるならいいの。
正直私は歌丸くんの過去とかものすごくどうでもいいし興味もないから」
「きゅる?」
さらっと自分の主人を貶されてワサビも驚く。
でもすぐ気にしなくなる。
だって
「なんか、ここ最近連理に対する当たりきつくない?」
「気のせいだよ」
「そ、そう」
何か言いしれないプレッシャーを感じた詩織はそれ以上追及はしなかった。
「私がしておきたかったのは、歌丸くんの今後についてのこと」
「歌丸くんの今後……?」
紗々芽が何を言っているのかよくわからず、小首をかしげる英里佳
「えっとね……今回の一件で私も実感したけど、やっぱり歌丸くんの無茶を止めるのって肉体的な苦痛とか意味ないでしょ?
スキル関係なく、痛くても苦しくても危険に飛び込むし」
特に入学初日などその最たる例だろう。
あの時は完全に無力であった歌丸は何度も打ち付けられても立ち上がって挑んでいた。
「死ぬような状況でも立ち止まらないし……今さらだけど、これって本当に危ないと思うの。
歌丸くんだけじゃなくて、それを守ろうとする二人も」
「それは……」
「……まぁ、確かに危険性が高いのは認めるわ」
紗々芽の言いたいことはわかる。
しかし、詩織としては一つ認識を改めたかった。
「でもあいつだって、好き好んで危険に遇いに行くわけじゃないわ。
無茶を通すことが、結果的に最善の道になる場合だけよ」
「うん、そこなんだけど…………歌丸くんね、死ぬことを怖がってないっていうよりは…………今回のことで、私から見ると“カッコよく死ぬこと”を重視してるように見えたんだけど。
その辺り、例の歌丸くんの過去が関係してるんだよね?」
呼吸が止まる。
考えないようにしていた事実を突きつけられた気分だ。
いや、事実その通りなのだろう。
むしろ、彼は第9層の
『人類なんて想像もつかないほど大多数が会ったこともない人たちのために生きることよりも
未来に出会うかもしれない後輩たちのために生きるよりも。
僕は、英里佳のために死にたいです』
紗々芽の言い方は悪いかもしれないが、その思考はこの言葉と合致する。
何より、彼の過去を知っている詩織にとっては紗々芽の意見は否定材料がないどころか納得の行くものであったのだ。
「本人は自覚ないし、そういう状況って本来滅多にないからあんまり目立たなかったけど……迷宮攻略に置いてこれは致命的だって私は思う。
だからこそ、このリスクを少しでも軽減させたいって私は思ってる」
「……具体的には、どうするの?」
歌丸のその考えは止めるべきかもしれないと思うが、ドラゴンに挑むという目的を掲げている以上自分には止める権利はないと黙っていた英里佳が問う。
「――歌丸くんを、漫画の主人公にします」
力強く、紗々芽はそう断言した。
「「…………はい?」」
「もっと具体的に言うと、ラブコメの主人公かな」
思わず聞き返した二人に別の表現で伝えるが、それでも要領を得ないので英里佳も詩織も困惑していた。
「いい、歌丸くんにとって今生きている理由はカッコよく死ぬことが中心だけど、当然それだけじゃない。
楽しく生活するっていうのが、彼の普段の方針だよね」
「……まぁ、うん、確かにそうだよね」
「ええ、とにかく何でも楽しむことをモットーにしてるわね」
歌丸連理の生活は朝のランニングから朝食、登校、授業に休み時間、放課後のダンジョン攻略まで、基本なんでも楽しんでいる姿が浮かぶ。
事実、この学園で一番青春しているのは歌丸かもしれないと本気で思えるほどだ。
「だからこそ、普段の生活をもっと楽しませて、カッコよく死ぬことより普段の生活を楽しむということを第一の目的にシフトさせたいの。
そして、その中で今の彼に一番効果的なのが」
「らぶこめ……ってこと?」
英里佳が困惑しながら聞くと……
「そう」
力強く断言されてしまう。
話を聞いていた詩織は頭を抱えた。
「ちょっと待って……少し考えさせて……」
「うん、私も性急すぎたし、どうぞ」
少しだけぬるくなった砂糖少な目のコーヒーを口にする詩織
英里佳も少し冷静になりたいのかグリーンスムージーを飲み、紗々芽も喉を潤すためにアイスティーを口にした。
『はい、本日南学区では、モンスターパーティが開催されています!』
ふと街頭モニターを見ると、そこには中継で南学区で開かれているイベントについての特集がされていた。
「ずいぶんと賑やかね」
「この時期は学長が絡まないから、平和なイベントみたいだね」
特に気にした様子もなく飲み物を口にする三人だった
何やら大会のルール説明がされており、続々と参加選手の説明がされていた
すぐに話を再開しようと飲み物を飲み込もうとした、その時だ。
『今回、なんと特別ゲストとして――北学区のダークホース!!
一年生にしてエンペラビットのパートナーの歌丸連理くんも飛び入り参加してくれましたー!!』
「「「ぶっふーーーーーー!!!!」」」
三人の美少女が、オープンテラスで飲み物を同時に噴き出したのであった。
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