第96話 誰が伏線は一本だけだと言った?

歓声が周囲から聞こえてくる。


クリアスパイダーとの大規模戦闘レイド直前に行った演説もどきのとき以上に多くの人が僕を見ていた。



「ぎ、ぎゅぎゅう……」



流石のギンシャリも、僕の頭の上に乗りながらこの空気に委縮してしまっている。


視線を少し外して関係者席の方を見ると同情的な目で見ている戒斗と、そしてその隣にはものすごく複雑な表情をしている、下村大地しもむらだいち先輩がいた。



「……なんでこうなったんだろう」



思わずそんなことを呟きながら、僕はこの“モンスターパーティ”の会場に到着したときのことを思い出す。







お昼になる前くらいに、シャチホコたちのトイレシートやおやつの買い出しは終了した。


買った分はアイテムストレージに収めて、お昼はなんか南学区で美味しいもの食べようって話になったのだが……



「なんか、随分賑やかだね」

「ぎゅう」



以前このあたりの道は通ったが、その時以上に人が多い。


あまりの人の多さに、僕の頭の上のギンシャリも圧倒されている。



「……あ、なんか南学区主催のイベント開いてるみたいッスよ」



戒斗が学生証の連絡掲示板を確認して教えてくれた。



「どんなイベント?」


「南学区を利用してもらえるように生産品や加工品を売り出す市ッスね。


市場そのものは毎月偶数週の土日に開かれてるみたいッスけど、今回は他の学区……というか、特に北と東学区から新入生が移動してくるから、その新歓も兼ねているみたいッスね」


「北はわかるけど……なんで東も?」



あそこは命の危険とかはないはずだが……



「姉貴に聞いたんスけど、あそこはエリートばっかの領域ッスからね……この時期にはもう勉強だけなら俺たちの倍以上進んでるらしいんスよ。


それで勉強についていけなかったり、試験で何度も赤点を取ってしまってほかの学区に強制で転校させられることがあるらしいッス」


「厳しいね、東学区」



戒斗の姉の日暮先輩に誘われたことはあったけど、僕の学力じゃ東は無理そうだ。



「他に得意分野があって免除されてる連中はいるッスけど、それこそほんの一握り……そんなわけで、南や西学区がそういう連中の受け皿になってるわけッス。


で、今はその受け入れが一番盛んな時期だから、やってきた新入生を歓迎、かつまだ悩んでる連中を呼び込むためのイベントが今日なんスよ」


「なるほど……ってことはさ、いろいろ面白い出し物とかあるのかな?」


「生産品の市場って言ったッスけど、今回の場合は屋台形式の店も多いから買い食いできるッスね。


あとテイマーやブリーダーの技術競技で公式賭博がされてるとか」


「賭博? 学生なのに?」


「銃や自動車の年齢制限が緩くなったから、賭博もその一環で緩くなったんスよ。


それにあくまで学生のお遊びッスよ。賭け金には上限も設定されてるッスから、破産するようなことはないッスよ」


「へぇ……よし、行こう!」

「ぎゅう!」


「野郎二人でッスか…………いや、この際ッス、ナンパして可愛い彼女をゲットできるチャンスに変えて見せるッス!」



というわけで、賑わう南学区の定期市場、兼、新歓行事である“モンスターパーティ”の会場に足を踏み入れた僕たちである。



「お好み焼きうめー!」

「ぎゅぎゅ♪」



野菜が多くて分厚いお好み焼き


火の通ったキャベツが噛むごとに甘い汁を出すので箸がいくらでも進む。



「串焼きうめー!」

「ぎゅっぎゅう!」



脂身の少ない赤身肉


なんでも乳を出し終えた廃牛を再利用しているのだというが、とにかく美味い。


ギンシャリも普通に食ってるけど……まぁ、いいか!


だってこいつ普通の兎じゃなくて迷宮生物モンスターだし!



「たこ焼きサイコー!」

「ぎゅぎゅーう!」



一粒一粒が小柄でありながら、中にはしっかりと存在感を主張するタコ


そしてその周りを包む昆布だしの効いた衣がタコの触感にいい味を加えてくれている。


ギンシャリもアツアツのたこ焼きを手で持ちながらもきゅもきゅと食べている。


普段からクエストこなしてたから財布には余裕あるし、これならもっといろいろ食べられそうだ。




――ざわざわざわざわ……



……というか、なんかさっきから異様に注目を集めているような……?



「やっぱお前、この学区では有名みたいッスね」


「え? 僕?」


「まぁ、正確にはギンシャリのほうッスけど……ほら、お前にとってはもう日常ッスけどエンペラビットのテイムに成功したのってお前が初めてなんッスよ?」


「あ……そういえばそうだったね」



この間、南の副会長の甲斐崎爽夜かいざきそうや先輩はあんまり気にした風はなかったから忘れてた。


僕って人類史上初のエンペラビットをテイムした人間でした。



「じゃあこいつをダシにナンパ成功するんじゃない?」


「ぎゅ?」



もぎゅもぎゅとベビーカステラを頬張るギンシャリが「何が?」って感じで振り向く。



「ん? 協力してくれるんスか?」


「いや、僕たち一応は一緒に行動しないといけないわけだし、戒斗の休日潰した代わりっちゃあ難だけどそれくらいになら使ってやってよ」


「おお、それなら百人力ッス!


……ところでお前がナンパすると後で色々と怒られそうなんッスけど、その辺りはどうなんスか?」


「そこはほら、まぁ……上手いこと身を引く感じで行くよ」


「ああ、自覚はあるんスねその辺りは」


「英里佳って交流関係狭いからなんか最近は僕がクラスの他の人たちと話すようになると若干拗ねるんだよね。


僕も昔あったんだよね、友達が知らない人と喋ってるとなんかモヤモヤするっていう」


「うーん……大きくは間違ってはいないけど完全に中身がわかってないッス」


「え? 何が?」


「あー、うん、いや、お前は悪くないッスよ、その辺りは。


どちらかというとお前がそんなテンプレキャラになった戦犯は詩織さんッスから、お前は悪くないッス」



一体なんの話なのだろうか……?


詩織さん、なんか僕の知らないところで問題でも起こしたのか?



「まぁ、とにかくナンパッス!


俺もここで可愛い彼女をゲットしてウハウハの学園生活を手に入れるッス!」


「よし、がんば……って、戒斗、あれ、あれ」


「ん? 一体なんッス…………あれぇ?」



なんか人ごみの中にものすごく見覚えのある人がいた。


というか、どう見ても僕たちの所属するギルド“風紀委員(笑)かっこわらい”の下村先輩である。



「下村先輩だよね、あれ」


「そうッスね……まぁ、これだけ大きな行事なんスから来てても不思議ではないッスよ」


「でもさ……なんか様子がおかしいよ」



視線の先にいる下村先輩はまるで何かに怯えているかのように周囲を警戒し、そして人気のない屋台裏の方へと移動していった。



「どうしたんだろ…………って、あれ?」


「次はなんスか?」


「君のお姉さんだよ」


「え”」



下村先輩が見えなくなったそのすぐ後に、一切の迷いのない足取りでその後を追っていく戒斗の姉の日暮亜里沙ひぐらしありさ先輩の姿が見えた。


そして日暮先輩は当然のように下村先輩の後についていく。


しかし、何故だろう。


下村先輩の様子を見る限り、あの二人が一緒に行動しているという風にはまったく見えない。


寧ろ、なんか追う者と追われる者的な立ち位置が一番最初に浮かぶ。



「「………………」」

「ぎゅう……」



僕たちは無言でしばし考えてから目を合わせた。



「どうする?」


「正直、ものすごく関わりたくはないッス」


「じゃあ、見なかったことにしてナンパする?」


「そうしたいのは山々やまやまなんスけど……なんかあの原因俺にもあるような気がするんで確認だけしてくるッス」


「じゃあ僕も行くよ、二人とも面識あるし戒斗だけだと日暮先輩に言いくるめられそうだし」


「くっ……まぁ、事実だからしょうがないッスね」



そんなわけで、僕たちは人ごみを抜けて下村先輩たちの後を追った。


屋台の裏には人気のほとんどない林があり、意外にもすぐに下村先輩は見つかった。


先輩は何故か挙動不審に周囲を見回していて、すぐに僕たちに気付く。



「誰だ! …………って、なんだ、お前らか…………はぁ……」



物凄く安堵した様子で胸をなでおろす下村先輩


なんかものすごくナーバスに見えるのは気のせいだろうか?



「日暮に歌丸、それに……シャチホコ…………じゃない奴か、そいつ?」


「はい、ギンシャリです」

「ぎゅう」



僕の足元にいるギンシャリが「よう」って感じで片耳をピコッと上げた。



「もしかしてついてきてたのってお前らか?


まったく脅かすなよな、普通に声かけろって」


「え? 何の話ですか?」


「何って、今日朝からずっと俺についてきてたんだろ?


悪戯にしても趣味悪いぞ」



ちょっと怒った様子でそんなことを言う下村先輩だが、僕は何のことかよくわからずに首をかしげる。


その一方で、何故か戒斗は無言のまま顔を青くしていた。



「どしたの戒斗?」


「な、なんでもないッスよ……」



声震えてますけど?



「あの、先輩、僕たちついさっき先輩がこっちの方に歩いていくの見かけてついてきたんですよ。


それまで僕たちシャチホコのトイレシートとかオヤツ買ってたんですよ」



証明のために、アイテムストレージから財布を取り出してその中に入っていた先ほどのレシートを取り出す。



「この店、南学区の学生中心の経営なので7時には閉まってるんです。


平日の内に行くのは無理なんですけど……これで証拠になりますかね?」


「……あ、ああ……この店なら俺も知ってる。


そうだな、お前たち昨日も一昨日も迷宮に潜ってたし、その前はずっと南学区で護衛とかされてたから買い物いけないよな。


うん、すまん……お前たちじゃ物理的に無理だったな」



レシートを見ながら再び頭を抱えてしまう下村先輩


何やらとてつもなく疲弊しているように見える。



「あの、もしかして先輩誰かにつけられてるんですか?」


「……気のせいだと思いたいが、どうにもそうらしいんだ」



いや、らしいというか、確定ですよ。


どう考えて犯人は僕の隣にいる奴の姉です。



「ここ最近ずっとなんだ。


ふとした時に視線を感じる。


最初は気のせいだと思ってたんだが……更衣室とか学園のシャワー室とかで視線を感じて……俺は男なんだからありえないと思ってたんだが、それでもずっと視線を感じてな」


「(ガタガタガタガタ)」


「戒斗、どしたの?」


「な、ななななななんでもないにょ」



噛んでるし、声どころか体も震えてるんですけど



「これって、その……自意識過剰かもしれないけど、ストーカーなのかなって気がしてな……」



でしょうね。



「男の俺がそんな被害にあってるなんて誰にも言えないし、そもそも本来なら俺が対処する立場だったし……誰に相談できずに今日までずっと視線から逃れてきたんだ」


「ちなみにいつからですか?」


「そうだな…………今にして思うと、大規模戦闘レイドが終わってからだったかもな」


「かぺぇいぁ」


「戒斗、どっから声出してんの?」



意味不明な奇声を発して白目を剥いている戒斗


大丈夫か、こいつ?



「なんでも…………いや、すまんッス、ちょっと時間をください先輩!」


「お、おう」



戒斗は僕の首に手を回し、少し離れた場所に移動して僕に耳打ちしてくる。



「ヤベェッスよ、これ完全に姉貴ッスよ」


「うん、状況証拠的にそうだよね、さっきの見たらあの人以外いないよね。


どうする? 弟的に姉が犯人だって被害者に教えるの?」


「うーん……で、できれば穏便にすませたいッス。


姉貴と話したいところなんッスけど……」


「いや、だけどさ……」



視線を一旦下村先輩に向けると、今も周囲をせわしなく警戒しており、とても追いつめられているように見える。



「下村先輩も落ち着かなさそうだし、ここは犯人を誰か教えてあげて、当人同士で対処させた方がよくない?」


「だけど……………………いや、その通りかもしれないッスね。


下手に誤魔化すより、直球で現実を突きつけてやった方が双方のためかもしれないッス」



先ほどまでの震えが止まり、覚悟を決めた男の表情になる戒斗


意を決して下村先輩のもとへと向かう。



「あの、先輩、実は――」



真実を告げようとした、その時だ。



「まったく、愚弟に歌丸後輩、勝手にはぐれては駄目ではありませんか」



日暮亜里沙ストーカーが現れた。



「え、ひ、日暮副会長?」



唐突な東学区の幹部の登場に目を丸くする下村先輩



「あら、またお会いしましたわね下村様」


「様だなんてよしてくださいよ、俺はそんな大した奴じゃないって」




和やかに会話する二人をよそに、僕たちは戦慄する。



(こ、この女! サラッと俺たちと今まで一緒にいた風を装って自分は犯人じゃないと思わせたッス!!)


(無警戒だよ! 今まで怯えていた下村先輩が犯人目の前に完全に無警戒だよ!!)


(ぎゅぎゅう……!)


(いや、お前までモノローグするなよ)



日暮先輩はすぐさまこちらを見てきて……



「まったく、急にこんなところに行くから探すのに手間取ってしまったではありませんか。


駄目です殺しますよ、勝手なことをしては」



((なんか変な副音声聞こえるーーーーーーーーーー!?))



というかやる気だ、自分がストーキングしてたと僕たちが下村先輩に告げたら確実にこの女、僕たちをる気だ!!



(どうするの!)


(無理ッス)


(諦め早ッ!!)



このアイコンタクトの間、0.3秒!


だったら、せめて僕だけでも真実を――!



「はい、歌丸後輩、これ落としましたわよ」


「え」



そういって差し出された黄金に輝く紙



「あれ……お前それ、東学区のプレミアム引換券じゃねぇか!」



その紙を見て驚く下村先輩



「さっきくじ引きで歌丸後輩が当てたのです。


なのに歌丸後輩ったら、下村様の様子がおかしいって慌てて追っていったのですよ。


後輩からそこまで思われるなんて、先輩として立派な証拠ですわ」


「い、いや別に俺はそう大したことはしてないんだがな……


でも歌丸、こんな大事なもの落としちゃ駄目だろ?


これがあれば東学区で市販されている武器や防具、アイテムならなんでも一つと交換できるんだぞ」



………………ふむ。



「あ、すいません。


ありがとうございます、日暮先輩


僕もついことに気付きませんでした」



そう、いつ当てたのかまったく身に覚えはないけど、きっとそうなのだろう。


これは僕が落としたチケットなのだ。


だから僕が受け取るのは何もおかしくはない。


というわけで、日暮先輩から受け取ったチケットを即座に僕はアイテムストレージに入れた。



(おいぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!!!)



なんか戒斗が視線で語ってきているが、気にしない。



「ぎゅう……」



なんかギンシャリが冷たいまなざしを向けてきている。



「ほーら、おやつだよー」


「ぎゅう!」



冷たいまなざしが、あら不思議、ニンジンスティック一本で尊敬のまなざしに!



「それにしても日暮副会長、こうしてゆっくり話すのは初めてですけど、最近よくお会いしますね」


「ええ、そうですわね。偶然って意外と続くものですわね」



いいえ、必然です。



「それと下村様、同い年なのですからそう畏まらず楽に喋ってください」


「いや、ですけど副会長なんですし……」


「そのような肩書気にせずともいいのですが…………でしたら、こうお考えになってくださいまし。


今はプライベート


わたくしはただ弟たちと一緒に休日を過ごしている姉ですわ。


学区は違えど、同じ迷宮学園の生徒、休日を楽しんでいるだけの一人の女子です。


ですから、今だけでも亜里沙ありさとお呼びください」



(さらっとこの姉、ぐいぐい攻めてきたッスよぉ!!)


(この人こんな肉食系だったっけ?)



大規模戦闘レイドから今日まで、いったい日暮先輩の身に何が起きたんだ!



「そう、か?


ひ……亜里沙がそれでいいなら、この場ではそうしよう。


俺のことも大地でいいよ」


「はい、大地様」


「え、あ、いや、様はいらないって」


「そう、ですか?


えっとじゃあ…………大地、さんとお呼びしてもよろしいですか?」


「お、おう」



日暮先輩、見た目はすごくいいからそんな相手にあんなすり寄るような声で上目遣いされれば流石の下村先輩もキョドってしまうか。



「――ねぇ、アース君は私との待ち合わせをすっとぼけてなぁーにをしてるのかなぁ?」



突然聞こえてきた間の抜けた声。


でもなぜだろう


今はそんな声が、大きく弧を描き折れ曲がった刃物を首に添えられたかのような気分にさせられる。


誰もがそちらに視線を向けた。



「「「――――」」」



この時、僕も戒斗も、そしてギンシャリまでも絶句する。



「……ビッチめ」



器用にも、下村先輩には聞こえないような声でそんなことを呟く日暮先輩



「……る、瑠璃?」



思わず疑問形になってしまうほど困惑しながらその名前を呼ぶ下村先輩



「んん~、どうしたのアース君、そんなまるで確かめるみたいに私のこと呼んじゃって~」



そこにいたのは、北学区最高火力を誇る生徒会書記


金剛瑠璃こんごうるりが佇んでいた。


そして、何故か僕はその後ろ姿に般若の姿を幻視したのであった。

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