第97話 恋愛は自由だけど、何してもいいわけじゃないよ?
モンスターパーティと呼ばれるこの南学区の新歓行事
本島で開催される縁日のようにたくさんの屋台が出ているわけだけで、食べ歩きも乙なものではあるが、ちゃんと食事するスペースも確保されている。
そんな一角に、東学区の副会長である
その隣には我らが北学区の書記にしてギルド代表の
「へぇ~、アーちゃんは姉弟で仲が良いんだねぇ~」
「いえいえ、これくらい普通ですわ。
それより……先ほど待ち合わせだとおっしゃっていましたが、もしかして逢引……いわゆるデートなのでしょうか?」
「違うよー、もともとヒロにゃんも一緒のいつもの三人でお祭り回る予定だったんだけど、なんか急用入っちゃったから二人で回ることにしたのー」
「ですわよね、分かってましたわ。当然のことですもの」
「ふーん、何が当然なのかねぇ?」
「あら、お気になさらず。
貴方には関係のないことですので」
「ふぅーん」
「ほほほほっ」
おかしいな……普通に会話してるだけなのはずなのに、なんか般若と大蛇の姿を幻視する。
なんだろうこの状況。
「…………な、なぁ……なんかさっきから空気悪いのは気のせいか?」
僕の隣に座る
きっとそれは気のせいじゃないのだろう。
だが、僕には何にも言えない。
だって、引換券をもら――こほんっ、拾ってもらった恩があるからここは知らんぷり。
「気のせいじゃないですか、二人ともいたって普通に会話してるだけですよ」
「そ、そう……だよな、うん。
ああ、そうだな……あ、あははははは」
「そうですよ、ははははははははは」
いやぁ、平和だ。
実に平和だ。
「おい、連理……お前マジでどうするんスか?」
反対隣で座っている戒斗が小声で話しかけてくる。
「どうするって……もうどうしようもないよ。
こういうことに迂闊に他人が関わるとろくでもないことになるから適当なところで離脱しよう」
「お前、さっき姉貴に買収されたからって薄情すぎないッスか……!」
「君に言われたくないよ」
先に屈したのは戒斗なのを僕は忘れない。
「そもそも、いったい誰のせいでこんなことになったと思ってるんスか?」
「いや、僕関係なくない?」
「そんなことあるわけ………………いや、遅かれ早かれッスか、これ?」
なんかよくわからないことを言いながら頭を抱えだす戒斗
よくわからないが、まぁ姉がストーカーやってるなんてことになったらそうなるのも不思議ではないか。
「そういえばレンりんたち二人だけ?
他のみんなは?」
「英里佳たちは女子会、ですかね。
西学区のおしゃれなカフェで食事するとか言ってました」
「へぇ…………ところでレンりん」
ニヤリと、何やら悪戯っ子みたいな表情を見せる瑠璃先輩
「結局ところ誰が本命なの?」
「はい?」
おや、なんか雲行きが怪しいぞ?
「お人形さんみたいに可愛いくて、守ってあげたくなっちゃうようなリカちゃん?
それともお姉さんみたいに頼りになって、スタイル抜群のしーたん?
はたまた、バンッキュッバンッでちょっと厳しめに叱ってくれるさめっち?」
「あら、気が多いですこと」
「ほぉ」「へぇ」
急に三人を挙げられて困惑する僕をよそに、日暮先輩は薄く笑んでいる口元を扇で隠しつつ僕を見てきて、両隣の男子二人は僕の反応をうかがっている。
「顔が英里佳で性格は詩織さん、スタイルが紗々芽さんなら最強ですよね」
思ったことを素直に口にしたら何故か四人してガクッと体勢を崩す。
両隣に至っては机に頭を打ち付けた。
何故だ?
「ぎゅう……」
足元にいるギンシャリが僕を憐れんだ目で見ている。
解せぬ。
「そ、そうきたか……ちょっとその回答は予想外だったよ」
「普通に最低ですわよ、歌丸後輩」
「流石にそれは本気でどうかと思うぞ、歌丸」
「いくら原因が詩織さんとはいえ、それはあんまりッスよ、連理」
四人にそう否定的に言われてしまうとなんだか僕が悪いみたいな気がしてきてしまうな。
「いや、まぁ、今のは半分冗談ですけど」
「半分は本気ですのね」
日暮先輩に呆れた目で見られたが、そこは譲れないものが僕にもある。
「え、でも最強じゃありません?」
「「わかる(ッス)」」
両隣から賛同が得られた。
「榎並のやつ見た目は可愛んだがそんじょそこらの男子より物騒なんだよなぁ……
正直俺でもドン引きするくらい火器の知識あるし、急所の狙い方がエグい」
「苅澤さん、おっとりに見えてかなり毒舌ッスから。
それに冗談で軽い下ネタとか言ったときのあの変質者を見る目…………マジで心が折れそうになるッス」
「詩織の容姿やスタイルについては一切不満はないよ。
寧ろすごく可愛いと思うし、とても素晴らしいプロポーションだと言えます。
でも彼女の魅力ってやっぱり内面だと僕は思うわけです」
「「お前三上(詩織さん)のこと好きなんじゃね(ッスか)?」」
「いや、あそこまで完璧すぎるとちょっと男として自信なくすのでちょっと」
「「あぁ~」」
「可能ならそこに英里佳のポンコツ具合を少々に紗々芽さんの1割くらいの毒舌が加わると親しみやすくていいんですけどね」
「何の話をしてますの?」
おっとそうだった。
二人が乗ってくれたので思わず乗ってしまった。
「話を戻しますと、正直今は恋愛とかは意識してないですね。
パーティ内で恋愛とかすると後々ギクシャクしそうですし。
ですので今は極力、少なくともあの三人はそういう目では見ないようにしてるんです」
「ふぅーん……そっか、レンりんはレンりんで結構考えてるんだねん。
ちょっと失礼かもしれないけど意外だったかな」
「女性に対して失礼な言動はありますが、その分迷宮攻略には真摯なのですわね。
愚弟、前者はともかく、後者は見習っておきなさい」
うーん、これはいい評価をもらっていると思っていいのか迷うところだ。
「特に、同じパーティ内での恋愛を避けるというのはとてもいい心がけですわ。
そうは思いませんか、大地さん」
「え、お、俺? いや、あの、えっと」
またまた話題の矛先が変わり、自分に向けられて戸惑う下村先輩
「攻略は命がけ
そんな場に現を抜かすようなことがあっては危険極まりない。
危険を共にするパートナーとして大事なことでしょうけど、やはり同じパーティ内での恋愛は偏りや人間関係に問題が生じるので、避けるべきだとは思いませんか?」
「あー、やー、えー、そのぉ……」
「別にそれくらい当人同士の自由だと思うんだけどなぁ~」
「あら、金剛さんはパーティ内で好きな殿方でも?」
「瑠璃でいいよぉ~
あと質問に関しては別にいないけどぉ~、そこは個人の自由だと思うし、アースくんに考え方を押し付けるのは良くないなぁって思うんだよねぇ~」
「では瑠璃さん、あくまでも一般常識で語っているだけですわよ
命を懸けるパーティ内で、恋愛は争いの元になりやすいのも事実
実際、恋愛関係で優秀なパーティが解散になったという統計は取れていますわ」
「そうかもしれないけど、それが必ずしもすべての人に適切するわけじゃないしぃ、アースくんの意志を尊重すべきだと思うんだよねぇ~」
「それでしたら私も、大地さんの身を案じて提案しているのですわ。
北学区のエース、来期の攻略の中心の一翼を担る大地さんの身に何かあっては人類の損失
恋愛をするな、とは申しませんが、やはりその場合お相手はパーティ内は避けるべきかと」
「そうやって話を飛躍させるの良くないと思うなぁ~
アースくんも、そんな恋愛に他人から口出されたくないよねぇ~」
「人を悪者のように仰るのはやめていただきたいですわ。
大地さん、先ほども言いましたが私はあくまでもあなたを身を案じてるだけですわよ?」
「あの、二人とも落ち着け、な?
お前らもなんか言ってくれないか?」
「え、屋台のくじってゲーム機とかの大当たりがないものなのっ!」
「知らなかったんッスか? あんなの当てられたら店側大損失なんスから、滅多に入れるもんじゃないッスよ」
「何の話してんのお前ら!?」
あ、なんか飛び火したら危なそうな内容だったので普通に戒斗と雑談に興じてた。
「アースくん、ほら言ってやりなよぉ~、恋愛は自由だってさぁ~」
「大地さん、別にパーティ内にお慕いする相手などいませんよねぇ?」
「あの、だから、その――――くっ!!」
唐突に席を立ちあがり、下村先輩は高らかに宣言する。
「――トイレ行ってくるッ!!」
そして脱兎のごとく走り出す。
「アースくんっ!」
「大地さん!」
呼び止める二人を無視して走り出す下村先輩
なんだろう、走るフォームは完璧なのにものすごく格好悪い。
「逃げたね」
「逃げたッスね」
「ぎゅう」
場に流れるのは奇妙な沈黙
「……姉貴、ちょっといいッスか?」
「ふぅ……手短にお願いしますわね」
「瑠璃先輩、連理とこの場にいてください、一応そいつ一人にさせないようにって言われてるんで」
「いいよ~」
姉と共に席を離れる戒斗
残されたのは僕と瑠璃先輩、それにギンシャリだけとなる。
「レンりん、なんかアースくんストーカー被害にあってるみたいなの」
「――え?」
知ってます。
だけど一応すっ呆けて見せる。
いきなりで驚いたけど、瑠璃先輩は物憂げなに手元を見ていてこちらの反応を気取られなかったようだ。
「本人は気付かれてないと思ってるみたいだけど、最近アースくんすごく元気なくて心配なんだ」
いつもは
「それでヒロにゃんと話し合ったんだけど、私がアース君とデートしてる振りをして、ストーカーに諦めてもらおうって作戦だったんだけど…………ねぇ、レンりんはさっきのアーちゃんの意見、どう思う?」
「さっきというと……パーティ内での恋愛についてですか?」
「うん。やっぱりすべきじゃないと思ってる?」
「うーん……説得力に欠けるかもませんけど、僕はいいと思いますよ、それも」
「え……じゃあ、なんでレンりんは自分の恋愛に関しては否定的なスタンスなの?」
「いや、その……お恥ずかしいことに、僕の場合は単純に自制が効かなくなるって自覚があるんです。
入学当初は恋愛できたらいいなぁーくらいには思ってたんですけど、英里佳に詩織さん、紗々芽さんのことを知っていくうちに、ああ、好きになったら僕ほかのこと目に入らなくなるなって。
たぶん迷宮に入るより、好きになった人と一緒にいることを優先したくなると思うんです」
「……そっか。レンりん本気で三人とも大事に思ってたんだね」
優しいまなざしを僕に向けてくる瑠璃先輩
なんか、こうして改めて恋愛について語られると気恥ずかしさが来るな。
「僕には目標があるんです。
みんなと一緒に百層を突破し、その先を目指します。
そして、必ず学長を――ドラゴンを在学中に倒して見せます」
「ぎゅう!」
僕の言葉にこたえるようにやる気を見せるギンシャリ
今のところ、そしてこれから先ドラゴンを倒すのに最も重要なカギはこいつらエンペラビットになる。シャチホコのスキルを考えれば、もっと仲間の数を増やすのも視野に入れるべきかもな。
「それを達成するまで、僕は攻略をやめるわけにはいかないんです。
だから恋愛はしない…………っていうのは、理由になりますかね?
だけど僕はそれを他人に強要はしませんので、とにかく節度を守れるならパーティ内でも恋愛に僕は反対はしません」
「…………そっか、うん、ありがとうねレンりん」
「でも、ストーカー対策のために恋人の振りをするっていうの、下村先輩に伝えたんですか?」
「まだ伝えてないんだけど……その前にみんなと合流しちゃったから」
「ああ……」
なんともタイミングの悪い。
まぁ、でもその分こうして僕にその話を切り出したのはいいことかもしれない。
だって
「でも、振りだって言うならなんでそこまで日暮先輩の言葉気にしてるんですか?」
「え? 私、そんなに気にしてた?」
おや?
「いやしてましたよ。
それにすごくイライラしてましたよね、日暮先輩が下村先輩に話しかける度に」
「え……えぇ~?
全然そんなことなかったんだけど…………えぇ? 本当に?」
おやおやおやおや。
これはこれは……てっきり下村先輩の一方通行だと思ってたんだけど…………これはこれはこれはこれはこれはこれは
――修羅場ですねぇ……!
「ぎゅうっ!?」
なんか一瞬ギンシャリがものすごく驚いたみたいな反応をしたが、今は気にしない。
■
「姉貴、何やってるんスか?」
「あら、何のことかしら?」
「いや、今更しらばっくれなくてもいいッスから」
人気のない林の中
周囲に人がいないことは念入りに確認した。
もし人に聞かれたらスキャンダルだ。
「ストーカーとかいくら何でもやりすぎッスよ。
というか、さっきあれだけ普通に話せたのになんでストーカー?」
「ストーカーではありません、大地さんの身辺警護です」
「あの人姉貴より数倍強いっスからね」
「世の中、いろんな危険が潜んでるものです」
「下村先輩にとってはまさにそれが姉貴ッスけどね」
普段はすぐに折れる弟で会う戒斗が一切引かずに追及してくるので、亜里沙も諦めて口を割ることにした。
「…………今までなら、我慢できたのです」
「は?」
「今までなら、たまにお姿を見れるだけで我慢できたのです。
ですが……ですが、あんな、あんな写真を見せられてしまってはもう、もう私はたえられません!!」
懐に手を突っ込んだかと思えば、そこから取り出した数枚の肌色率が非常に高い写真
写っているのはすべて同じ男子生徒ではあるが、盗撮なのは明白
「なんつぅモン持ち歩いてるんスかっ!?」
荷物検査されたら一発で逮捕確定の品である。
男としてみたくはないので極力視界に入れないが、同時に思う。
――やっちまったっス。
自制はできていたのだろうが、最後のブレーキを外したのはやはり自分だったのだと戒斗は激しく後悔していた。
薄々自覚はあったのだ。
姉がこのような愚行を突然犯す理由など、クリアスパイダー戦で、必殺の弾丸である
「あんなの見せられたらもっと欲しいと思うことこそが人間!
より多く、より激しく、より高くを目指してこその人類! そうでしょう!」
「話を壮大にしてるけどやってることは単なるストーカーッスからね!」
「ええ、うっすらと私もそろそろまずいかなぁーとは思っていましたわ」
「うっすらッスか……」
罪の自覚が薄いことを嘆くべきか、この期に及んでもまだ罪の意識が芽生えることを喜ぶべきか弟として心中複雑であった。
「そこで思ったのです!
愚弟、今こそ私と大地さんの仲を取り持ちなさい!」
「えぇ!?」
「元々私の部下からそう頼まれていたのでしょう?
私、大地さんの裸を誰よりも間近で見てきて、もうすっかり耐性がつきましたのっ!
その証拠に、大地さんの前でもあんなに堂々と話すことができたのですから!!」
胸を張る姉
自信がつくのは良いことだが、その過程が酷過ぎて戒斗は頭を抱えてしまう。
「あのビッチが邪魔ですけど、もう
いえむしろ、あのビッチの目の前で大地さんを
力強く断言する亜里沙
姉のその宣言に自分はどうするのが正しいのかと戒斗は頭を本気で悩ませる。
(どうしてこうなったッス……)
■
「どうしてこうなった……」
人通りの多い屋台を歩きながら、少し頭を冷やしたくてかき氷を食べる下村大地
パーティ内での恋愛と聞かれ、どう答えるべきか迷った末に逃げ出してしまった。
自分で自分を情けないと思いつつも、答えは結局見つからない。
「随分としけた面してるな、下村」
「え…………あ、甲斐崎?」
声をかけられて顔を上げると、ツナギ姿の少年がいた。
南学区の副会長であり、大地と顔なじみでもあった。
「一人で出歩いてるなんて珍しいな。
北の書記は一緒じゃないのか?」
「あー……ちょっと今別行動中だ。
会場にはいて、後で合流する。
そっちはどうしたんだ? モンスターパーティの運営、お前もやってるんだろ」
大地の問いに、爽夜の表情は暗くなる。
「ああ、それがな……出場予定だった組のモンスターが腹壊して空きが出来ちまったんだ。
今日のメインイベントってことで、できれば空きをなくしたいと思って時間ギリギリだけどこうして出場者探してるんだよ。
でも、そう都合よく予定もなくテイムした迷宮生物つれてる奴が見つかるわけないよなぁ……」
諦め気味にため息を吐く爽夜だったが、大地はその該当者に思い切り心当たりがあった。
「丁度今この会場に一人、条件に合うやつがいるぞ」
「え? 誰だ?」
「俺の後輩の、歌丸連理だ」
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