第94話 ねぇねぇ、今どんな気持ち?



鉄の砕ける音が響く。


いくつもの刃物が砕けて地面の上に散乱されていた。


一方はアサシン


犯罪組織の走狗にして、今回の事件で最も危険とされていた男


そしてそれと相対するのは宮城県沖迷宮学園最強のエグゼキューター


北学区生徒会副会長・来道黒鵜らいどうくろう


白いマントをはためかせ、あらゆる角度から飛来する刃物をすべて切り払う。



『――そういうことか』



そんなやり取りも、もうすでに5時間以上経過している。



「どうした、とうとう予備が切れたか?」



それだけの時間、一切休まずに刃物を防ぎ続けた黒鵜は息を乱した様子もない。


お互いに、お互いを逃がさないようにこの場に押しとどめるために戦っていたのだから、それほど激しい戦闘はしてないのだろうが、やはり三年生で生徒会役員という実力は伊達ではないということだろう。



『735本』


「……お前が投げてきた刃物の数か?」



数えてはいないが、それだけだっただろうかと黒鵜は目を細める。



『いいや、お前が破壊した“ウォルフラム錬鋼”のナイフの数だ』



ウォルフラム練鋼


迷宮学園内で採掘されるウォルフラム……一般的にはタングステンと呼ばれる鉱石であり、とても堅く熱にも非常に強い。


弾丸の弾頭にも使われている金属で、迷宮学園が出現したこの二十年で希少なものから一般的な金属として扱われるようになった。


そしてそのタングステンをアルケミストのスキルである錬金術によって加工した鋼材がウォルフラム錬鉱である。


耐熱、電導性、軽さ、重さに強靭性と、あらゆる観点で優れた物質であるが、現状錬金術以外での作成方法がわかっていない。


そしてこの物質の最も特徴的なことは、通常の使用方法では破壊できないということだ。


流石に対戦車ライフルの弾丸を受ければ折れはするが、対人用の武器ならばマグナムやマシンガンの弾丸ならばいくら受けたところで刃毀れも起こさない。


そんな超硬の存在なのだ。



『例えレイドウェポンであろうと、所詮は迷宮生物の肉体。


いずれ限界はくる。


刃物であるならば、とっくに刃こぼれしている。


ならば考えられるのはお前自身……スキルの力


その上で武器が見えないのならば、お前がこちらの武器を破壊するための手段……それは刃物じゃない――手刀しゅとうだ』



「…………まぁ、流石にバレるよな」



姿を見せないアサシンの言葉を、黒鵜は否定しなかった。


そう、彼の攻撃は見えない武器による攻撃などではない。


その手そのものが彼の攻撃手段だったのだ。



『刃物を超える手刀など、あまりに馬鹿げている』


「できるんだからしょうがねぇだろ。


それで、まだ続けるのか?


俺の見立ててではもう軽く5000本は刃物をへし折ったと思うんだが?


そろそろ在庫も厳しいと思うんだがな」



本数はいちいち数えていないが、何秒間隔で何本飛んでくるかは数え、そしてどれだけ時間が立ったかも黒鵜はわかっていた。


故に大雑把な破壊した刃物の数ならばわかっていた。


学生証にある標準機能であるアイテムストレージがある限り、荷物の重量などは気にする必要はない。


だが、いくらでもため込める空間があっても、いくらでも在庫があるかどうかでは話は別だ。



『…………ちっ』



顔はいまだに見えないが、とても憎々し気な舌打ちが聞こえてきた。



『……いいだろう、時間稼ぎは十分だ。


だが……これで本当に勝ったと思うなよ』



その言葉と共に、黒鵜はその気配を感じ取れなくなった。


どうやら完全にこの場から離脱したようだ。



「やれやれ……ん?」



胸ポケットの学生証から音が鳴る。


他の学生証からの通信だ。



「結界が解除されたのか」



そして通信相手の名前を見て即座に出る。



「氷川か?」



相手は自分の後輩であり、同じ副会長である氷川明依ひかわめいであった。



『先輩! ようやくつながった、今どこにいるんですか!』


「西学区の駅近くの路地裏だ。


ちょっと今まで件のアサシンとずっとやり合ってたんだ」


『っ! それで、アサシンは?』


「すまん、取り逃がした。


向こうは俺を縛り付けるのが目的だったようだが……で、そっちの状況は?」


『えっと……苅澤紗々芽が、例の暴走した生徒を確保しました』



黒鵜はこの一瞬、誰の名前が出たのかわからなかった。



「……えっと……確か、歌丸と一緒にいたエンチャンターだよな、あの……ドライアドのパートナーに選ばれた」


『……はい』



氷川も黒鵜の心境を察した様子だ。



「……えっと、確か歌丸と一緒に地下に入ったはずだよな?


ってことは、例の暴走した生徒は地下に出てきたってことか?」


『はい。


どうやら歌丸連理に個人的な恨みを持つ生徒で、名前は相田和也


歌丸連理の元ルームメイトで、同じクラスの生徒でした』


「……つまり、あれか?


歌丸とその苅澤の二人で捕まえたのか?」


『その……こちらから二人の救助へと人を向かわせるように指示を出したので、後から榎並英里佳も援護に入ったのですが……』


「ああ、榎並か。


確かにあいつがいれば……」


『いえ、榎並英里佳は参戦しましたが……本人が言うには手も足も出なかったそうです』


「…………」



なんとなく頭痛がしたような気がして額をおさえる黒鵜。


状況がさっぱりである。



「すまん、要点だけ……というかどうやって捕まえたのか教えてくれないか?」


『えっと…………結果だけを言いますと』


「おう」


『相田和也が、苅澤紗々芽の命令に絶対服従して捕まりました』


「わけわからん」





「……つまりアレか、歌丸の覚えた地雷スキルをこいつが奪って自爆した、と?」


「まぁ、正確には地雷スキルの発動要因を、ですけどね。


ひとまずこうして私が十分ごとに命令しておけばもうなにもできませんよ」



前線基地ベースの一角に用意された牢屋の中に、相田和也がいた。


彼は全身を拘束衣を付けていてまともに動くこともできず、隣の牢屋にはラプトル二匹が静かに座っている。


何を騙るでもなく、ただ茫然と虚空を見ている。


そしてその周囲には結界魔法の応用されたものが張られており、スキルによる転移や大気操作などを相田和也は封じられている。


新しいスキルを覚える危険性については、紗々芽が言うように命令でなんとかなる。



「そうか……とりあえずスキルを封じる手段を整えるまでもうしばらく監視を頼む」


「はい」



こうして紗々芽と話してみて、黒鵜は内心で驚いていた。


以前は話もしたことがなく、正直印象にも残らなかった後輩だったが、今はなんというか、自身に満ち溢れているように見えた。



「ところで……」



目の前の牢屋から自分の背後へと視線を移すと、そこには相田和也以上にくらい目をした一人の少年がいた。


というか、歌丸連理がいた。



「なんであいつあんなに落ち込んでるんだ?」


「カッコいいセリフとかさんざん大口叩いておいて結局相田和也に普通に負けたからじゃないでしょうか」


「カッコいいセリフ?」


「歌丸くん、“再現して”」



その言葉で、膝を抱えて座っていた歌丸が突如立ち上がり、ビシッと指をさすようなポーズをとる。



「それで、次はいったい何をするんだ相田和也?


結局お前のしたことなんて無駄だった。


学長のお遊びで、一人でなんでもできるようになったと錯覚してるお前なんかに……


仲間と一緒に何度も修羅場を乗り越えてきた僕たちは絶対に越えられないんだからな!


………………………………死にたい」



そして再び膝を抱える歌丸であった。



「…………えっと、今のセリフを言ったのか?


というか、なんで今完全に状況を再現したんだあいつ?」


「私の義吾捨駒奴ギアスコマンドというスキルの効果なんです。


命令に絶対服従なのはさっきも言いましたけど、歌丸くん、今は相田和也から特性共有ジョイントを受けてる状態なんです」


「歌丸が、じゃなくてか?」


「はい。


スキルを返してもらうために、歌丸くんの方がスキルを共有してもらって、栄光簒奪ミスグローリーというスキルを歌丸くんが使ってスキルを奪い返してる状況で、今特性共有以外のスキルは戻ってるんです。


そしたら、なんだか私のスキルって間接的に特性共有している相手にも使えるみたいで」



スキルの効果だけを見れば、特性共有している間は紗々芽はチーム天守閣の中でもっとも絶対的な立場となるが、このスキルは紗々芽が自分が格上だと認識する必要があるので、少なくとも詩織には発動しないのであった。



「ねぇ歌丸くん、今どんな気持ちなの?


さっきみたいなカッコいいセリフ言ってたけど、結局普通に負けたけどどんな気分なの?


英語の教科書の和訳風に答えて」



「……私の、気持ちは今、とてつもなく、ネガティブです。


なぜなら結局役に立ってなかったからです」



暗い瞳でぶつぶつとつぶやく連理


黒鵜は歌丸のことを不屈の精神を持つ男だと思っていたので、ここまで心をバッキバキにされている姿はかなり意外だったのだ。



「そっかそっか。


ところで最終的に君の尻拭いをした私に対して感謝の言葉はないの?」


「……はい、紗々芽様には、感謝してもしきれないほどに、私のミスを取り返していただき、誠に感謝しております」


「お、おい、止めてやれ……な?」



レイドボス相手にも果敢に立ち向かった姿など見る影もないほどに落ち込んでいる。



「……いいんです、先輩」


「歌丸?」


「どうせ僕なんて……はっ……僕の方が戒斗よりも三下キャラだったんッスよ。


三下が調子乗ってると必ずポカするんッス、そういう定めなんッス」


「いや、それはそれで日暮に失礼だぞ。


……おい、榎並はどうした?


とりあえず励ましてやれよ」


「英里佳なら暴動を起こした生徒の方の対処に戻りました。


終わったらすぐにこちらに戻ってくるそうです。


こちらの警備にとも言ってましたけど、今この場には風紀委員の先輩方が守っていますから」



現在、施設の外には生徒会書記である金剛瑠璃と、そのギルドに所属する下村大地、栗原浩美が警戒に当たっている。


人数は少ないが、戦力としては十分すぎるくらいだ。



「――いやぁ、これは想定外の結果になりまし」「パワーストライク」「」



その時、誰もが意識してなかった場所に突如圧倒的な存在感が出現した。


……したのだが、気付いた時にはもう誰よりも早く動いた歌丸が殴りつけていた。


といっても無意味ノーダメージという結果に終わるのだ。



「あ、あの、いきなりどうしたんですか?」



突如そこに出現した人類の天敵であるドラゴンの学長は、間髪入れずに殴りかかってきた歌丸に困惑している。



「シャチホコ、ギンシャリ、ワサビ、このドラゴンを徹底的に攻撃しろぉ!!」



かつて見たことが無いほどにる気に満ち溢れている連理の呼び声にこたえて出てきた三匹のエンペラビットが、脛を中心に物理無効スキルを使って体当たりしまくる。



「い、痛っ!? 痛いっ!!


脛は止めて、あ、ちょっと小指狙うのもやめて下さい!!!!


後歌丸くん、手から血が出てますから殴るのやめて!?」



「お前が、謝るまで、僕は、殴るのを」「やめなさい」

「ウッス」



このままでは話が進まないと紗々芽が命令を出して強制終了


エンペラビットたちもカードの中に戻っていった。



「あ、ありがとうございます苅澤さん。


正直、あなたに助けられるとは意外でした……」


「……別に、学長を助けたわけじゃなく、歌丸くんがうるさかっただけですので」



学長の言葉に、紗々芽は一歩引いてそう答える。


そんな紗々芽の様子を、学長は目を細めて感慨深そうに言う。



「正直に言いますと、私はね……歌丸くん、君に人を殺すという経験を今回積ませたかったのですよ」


「……お前……!」



学長の言葉に、一度は殴るのをやめた歌丸が再び拳を強く握りしめる。



「君も、相田君との戦いの最中で彼を殺すことを考えたことはあったのではないですか?


特に、首を絞めた時とか」



学長を睨んでいた歌丸だが、その指摘には息をのんで何も言えなくなった。



「君の力の特異性に気付き始めた人はもう少なくはない。


だからこそ君の自衛のためにそろそろそう言った経験を積ませた方がいろいろと都合がいいと思ったのです。


そのために、君に個人的に恨みを持っている相田君を当て馬とすることにしたんです」


「ふざけるな!


僕はこの学園に迷宮攻略に来たんだ! 人を殺すために来たわけじゃない!!」


「ですけど、霊薬を求めている君は人との衝突は絶対に避けられませんよ?」


「それは……」



霊薬エリクシル


あらゆる万病や怪我を感知させるという万能薬


そして飲めば年老いた老人も十代の肉体に戻ると言われている超常のアンチエイジング効果


市場に出回れば数億の値が付く。



(霊薬を求めてる……?)



一攫千金を狙って霊薬を求めるという理由は北学区ではそれほど珍しくもない理由だ。


しかし、このとき紗々芽は歌丸がそれを理由に攻略を目指しているということに違和感を覚えたのだった。



「ですが、それを苅澤さんが止めた」


「え、わ……私、ですか?」



唐突に自分の名前が出てきて驚き、思考が中断してしまった。



「それどころか、当初の約束通りに生け捕りにしてしまった。


これは完全に私の想定外でしたよ、本当に」



室内でパチパチと学長の拍手の音が響く。


なんとも軽い行動だが、その眼や声からは有り余る賞賛が込められていた。



「正直、私は君は歌丸くんと相性最悪で、特に何も影響を受けることはないと思っていました。


だって君、歌丸くんのこと苦手ですしね」


「今も普通に苦手ですけど」


「え」



紗々芽の言葉に歌丸が地味に傷ついた顔をしていたが、普通に流す。



「そうですか?


以前より距離が近くなったと思うのですが……」


「ただ、必要以上に怯えても無駄だと判断しただけです。


少なくとも、彼は私に対して逆らえない理由はありますし。ね?」


「あ、はい」



スキルがなくとも、すでに歌丸は紗々芽に逆らえない。


不可抗力とかそういうものではなく、がっつり自分の意志でセクハラを犯しているので仕方ない。うん、仕方ない。



「ほほぅ……では、君は歌丸くんたちとこれからも一緒に行動すると?」



「言い方は気に食いませんが……まぁ、その通りです。


英里佳は歌丸くんについていくし、詩織ちゃんは背中を押す。


……だったら、二人が歌丸くんに巻き込まれないように私が止めなきゃいけない。


そう思っただけです」



「ほほほほほっ……いいですねぇ。


そう言ったつながりも大変結構です。君は歌丸くんに対して一切の期待も幻想も抱かない。


今あげた二人のように彼の可能性を見たのではなく、純粋に現時点での歌丸連理という存在を受け入れるのですね」



うんうんと何度も頷き、歌丸と紗々芽を交互に見て、学長はまた頷く。



「なるほど……では君たちはようやくスタートラインに立った、というわけですか。


それもまた青春ですね」



一人わかったように頷く学長だったが、そこで今まで黙っていた黒鵜が口を開いた。



「――話は戻しますが、学長。


約束通り、金瀬千歳の一件で証言はしてもらえますよね?


相田和也はしっかりと生け捕りにしたわけですし」



ここまで大事になった理由


金瀬千歳の一件を皮切りに犯罪組織を一網打尽にすること。


そのために学長の証言は絶対に必要なのだ。



「ええ、まぁ彼が殺されても金瀬千歳さんだけの証言はするつもりだったのでかまいませんよ。


ああ、それと力もしっかり回収しないといけませんね」



その言葉と同時に、学長が姿を消して、牢屋の中にいる相田和也の目の前に現れた。



「……結界も関係なしか」



スキルが使えなくなるはずの結界など関係なしとあっさり転移をやってのける学長に苦々しい表情をする黒鵜


そんな黒鵜のことなど気にすることなく、学長は相田和也の顔を覗き込む。



「ん、んぐぅ!?」



すると、今まで沈黙していた相田和也が怯えたような表情で学長から離れようとするが、椅子に拘束されていて動くこともできない。



「おやおや、そんな怯えないでくださいよ。


君より弱いはずの苅澤さんももう私を怯えなくなったのですよ?」


「う、うぐぅ、ぐ、うぅうぅぅ!!」



牢屋の中から助けを求めるように目に涙を浮かべて黒鵜を見る相田和也



「学長、何をするつもりですか?」


「別にそうおかしいことはしませんよ。


ただ、与えたスキルを回収するだけです」


「ぎ、ぐぅ――――だ」


「おや?」



ハッとして紗々芽が学生証で時間を確認すると、どうやらすでに十分が経過し、スキルの効果が解けていたのだ。



「いやだ、いやだ、これは俺の力なんだ……いやだ、失いたくないっ!!」


「大丈夫ですよ、歌丸くんだって奪われたけど平気だったでしょう?」


「いやだいやだいやだいやだいやだ!!!!」



全力で拒否する相田和也


目に涙をためて、まるで幼い子供のように駄々をこねる。



「ああ、まったく本当に」



学長はその鋭い爪の跳ねた指をぴんと伸ばして、その手を少しばかり引く。



「ちょっと待っ――!」



何かまずいと思った歌丸が声をかけたが、その前に学長の引かれた手が相田和也の胸を深々と貫いた。



「君は終始、つまらない学生でしたね」



落胆の気持ちを隠さずにそう言い切る学長



「――っ!?」


「あ、ああ……きゃあああああああああああああ!!」



黒鵜は学長の行動に驚き、紗々芽は悲鳴を上げる。



「――て、てめぇ!!」



歌丸は激昂し、鉄棒を掴んで牢屋の中にいる学長に怒鳴る。



「おや、どうして歌丸くんが怒るのですか?」


「うるせぇ! てめぇ、そいつを自分の手で後始末するために僕たちを利用したのか!」


「そんな面倒なことしませんよ、だったら最初から自分で殺しますって」


「いいからその手をさっさと抜けッ!!」


「ええ、いいですよ、もう回収し終わりましたし」



その言葉通り、学長は相田和也の胸にめり込ませていた手を抜いた。



「先輩、すぐに鍵を開けて、救命課の人を――……って、あれ?」



すぐそこから血が流れ出ると思っていたのだが、相田和也の身体からは血の一滴も出ていない。


さきほどまで騒いでいた相田和也はぐったりとしており、気を失っているようだが規則正しく呼吸をしていることは確認できた。



「殺すわけないじゃないですか。


相田君はつまらなかったですけど、歌丸くんの面白いところは見せてはくれたんですよ?


そこはしっかり評価はしますよ、私」



そういって、さも当然のように歩いて、そして結界も牢屋も出てきた。



「物質、透過……?」



その光景を見て愕然とする黒鵜。


転移は知っていたが、学長にこのような能力があるとは今初めて知ったのだ。



「ええ、まぁ。


単純に硬いだけの鱗では防ぎきれない攻撃というものもありますから無敵を名乗るならこれくらいは、ねぇ?」



鱗だけでもでたらめなのに、そこに透過する能力まで持っているという出鱈目でたらめな性能


あまりの理不尽っぷりに愕然としてしまう。


これでは攻撃が当たっても効果がないだけでなく、そもそも攻撃が当てられない。



「……だけど、それはシャチホコたちの攻撃は通じたってことは、今までと何も変わらないんでしょう?」



驚愕はしつつも、歌丸はそう言って学長を睨んだ。



「ええ、ですから言ったでしょ。


今、この世界でドラゴンを殺せる可能性があるのは、物理無効スキルを保有する歌丸くん、君だけです。


あのスキルは時空の壁も貫通してしまいますからね。


だからこそ……君以外は、そもそも私と戦闘にすらならない」



学長は至近距離で歌丸の顔を覗き込む。



「もしその時が来たら、他の者たちなど一切を無視して君だけを殺しに行きますよ私は


だって、君以外は私に何もできませんからね♪」



楽しげではあるが、そこに絶対強者の威圧が混じり、歌丸は全身から汗が噴き出る。


生命の危機を全身が報せてきて、空っぽであるはずの胸の中が熱くなる。



「う、歌丸くん、胸、胸!!」


「え?」



背後から慌てた様子で紗々芽に叫ばれて反応する。


そしてよく見たら先ほどの相田和也のように、歌丸は胸を学長の手で貫かれていたのだ。



「なっ――」



愕然として、すぐにこの腕を抜かなければと後ろに下がろうとしたが、その前に学長は歌丸の胸から手を抜いた。



「はい、相田和也くんの中に残っていた特性共有、しっかり返しましたよ?」



歌丸はすぐに自分の胸を確認したが、痛みも違和感も全くない。


ただ、先ほどまで感じていた胸の内の熱も今は消えている。



「やはり、命の危機を感じない行動に対しては君はとても鈍いようですね」



どこか楽し気に、歌丸を見ている学長



「…………僕の、あの妙な勘というか……それが、なんだったのか学長にはわかるのか?」


「あれはこの学園、特に北学区で臨死体験のある学生なら大半は持っている感覚ですからそれほど珍しくもありませんよ?


学生証にこそ表示はされませんが……私たち学長の間ではアレは“死線デスタイム”と呼ばれるたシークレットスキルです」


「シークレットスキル?」


「ええ、文字通りの隠しスキルといいますか……まぁ、その中の一つです。


ちなみに、黒鵜くんもこのスキルは所有しています」


「俺も……?」



シークレットスキルという存在を初めて聞かされ、そして自分もそれを持っているという事実に黒鵜は驚きを隠せない。



「大半は在学中にこのスキルを覚えるのですが、入学前から覚えているなんて生徒はそう多くありませんよ?」


「え……?」



学長の言葉に、紗々芽が驚いた顔で歌丸を見た。


一方の歌丸は余計なことをと学長を睨むが、そんなことどこ吹く風と学長は気にしていない。



「さて、脱線してしまいましたが用件はこれで果たしました。


私はこれにて失礼しますね。


すぐに金瀬千歳さんの件について書類を作成しないといけませんから」



そういって再び姿を消す学長


収容施設の中には、なんとも言えない沈黙が流れるのであった。





後になってわかったことではあるが、相田和也は学長の力で覚えていたスキルをすべて失った。


ここ最近の記憶も曖昧で、代償にした感情も戻っており、被害者は歌丸たち以外には誰も出ていないという。


結果、刑事責任については追及もできず、すべては学長が原因となり相田和也は釈放され、北学区からほかの西学区への転校が決まった。



金瀬千歳の一件については、即日学長が日本政府へ情報を流したことにより警察が動き後日には噂話の域を出なかった犯罪組織の存在が明るみに出て世間を騒がせることとなる。



そんなことになることはこの時の歌丸たちはまだ知らず、多くのしこりを残したまま騒ぎは沈静化していくのであった。






――ちなみに、歌丸の治療費については全額学長に請求ということで、泣きながら学食で素うどんをすするドラゴンが何度も目撃されたらしい。

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