三上詩織は見捨てない。

第41話 女子とーーーーーーくっ!!

ドラゴン討伐を志し、日々邁進を続ける僕たち。


戎斗も加わり、すでに第11層へと到達し、現在僕たちは森林エリアを進んでいた。



――ギチギチギチ!!



固い甲殻がこすれ合って音を立てる。


強靭な顎を動かしながら、その鉤爪で地面を踏みしめて迫ってくる体長がざっと50センチくらいはありそうな巨大なアリ


この森林エリアで最も多く生息している“ソルジャーアント”と呼ばれる迷宮生物モンスターだ。



「はぁ!!」



僕は手に持ったレア装備である打撃昆で迫りくるソルジャーアントを叩き潰す。


以前の僕ならこのようなことはできなかったが、ここに来るまでたまったポイントで強化した能力と、苅澤さんの付与魔法エンチャントが僕の身体能力を強化してくれていた。


――さらに



「“パワーストライク”!!」



押し寄せてくるソルジャーアントを、スキルを発動させながら一気に払いのける。


甲殻を持つ迷宮生物に対して特攻の性質を持つこのスキルは、ソルジャーアントを倒すのに打って付けであった。



「はぁ、はぁ! よし、どんどん来い!!」


「ちょっと、前に出過ぎよ歌丸」



前に出てさらにソルジャーアントを倒そうと思ったら三上さんに肩を叩かれる。



「え、そ、そう?」


「アンタはあくまでもサポートだっての忘れてない?」


「いやでも、打撃昆のおかげで普通に戦えるよ?」


「あれを見なさい」


「え?」



三上さんが指さした方向。


そこには英里佳がいるのだが…………その足元には、先ほど僕が戦っていたソルジャーアントの数倍は大きな個体が何匹も地面に転がっていた。



「アンタがソルジャーアント数匹と遊んでる間に榎並はアレを片付けていたわよ」


「…………」


「あの大きさの個体を倒せるって言うのなら前に出ていいわよ」


「……ごめんなさい」



うん、流石に今の僕にあの大きさは無理だ。


そりゃそうだよね、僕が倒していたのって英里佳や三上さんが僕なら問題なく倒せるって判断して敢えて素通りさせていた個体だし……それなのに僕が前に出たら相手を選ぶ余裕もなくなるよね。



「らしくないわよ」


「ごめん」


「別に謝らなくていいけど……普段のあんたらそれくらい言われなくても分かるはずじゃないの?」


「あー……うん、その……」



何というか、自分でも最近ちょっと調子が良くないってのは自覚している。


まぁ、焦っているのだなと自分でもわかる。


ドラゴンを倒すと決めた以上、強くなることにはこれ今で異常に貪欲になっているのだ。


だが、それ以上に――



「「あ」」



不意に、英里佳がこちらの方を見て目が合った。



「っ!?」



そして、即座に目を逸らされてしまう。



「ぐふっ」



その動作に物凄く胸が痛くなって地面に手をついてしまう。



「……あんたたち最近ずっとその調子よね?」



そうなのだ。


最近、ずっとこれなのだ。


ドラゴンを倒そうと覚悟を決めてからかれこれ一週間


あの夜以降、英里佳が物凄くよそよそしい態度で、会話もないどころか目もろくに合わせてくれなくなったのだ。


いや、確かにあの時明確に「嫌い」とは言われてたけどね、ここまで露骨にされると流石に傷つく。


一方で僕は僕で英里佳のこと好きなわけだから、尚のこと傷つく。


ただ、能力使う時も手は普通につないでくれるし、時折戦っているときとか頻繁にこっちに気をかけてくれている感じなのでそこまで嫌われているという訳ではないのだろうが……



「喧嘩でもしたの?」



僕の傍らでしゃがみながら訊ねてくれる三上さん。



「そういうわけじゃないんだけど……」


「じゃあなんで避けられてるのよ?」


「それは…………ぅううん…………ごめん、ちょっと言いたくない」


「はぁ……結局そればっかりね」


三上さんは心底呆れた様子だけど、やっぱりこういうことって他人に話すものじゃないと思う。



「まぁ良いわ。


とりあえず今日はこれで帰るわよ」


「え、もう? まだ夕方まで時間あるよ」



今日は折角の風紀委員(笑)かっこわらいの仕事もない日曜日だ。


こういう機会に迷宮で経験を積んでおきたいところなのだが……



「連理、お前忘れてないッスか?」



今までエージェントのスキルで姿を隠していた戎斗が、同じくスキルの効果で姿を隠していた苅澤さんと共に姿を現す。



「何が?」


「来週の後半から中間試験ッスよ。ちゃんと対策してるんスか?」


「…………もちろんっ!」


「今の間は何スか?」



そうだった、この迷宮学園の中間試験はかなり早い。


基本毎年ゴールデンウィークに学長がなんかやらかしてその後にテストとかやっても勉強どころじゃないってことで中間試験はゴールデンウィークの前に行われるのだ。


ぶっちゃけ学習内容はそれほど進んでないから、実質的に中学校の勉強内容の総復習という位置付けとなっており、別名“不合格のない受験”と呼ばれている。


迷宮学園の入学は強制だから、どれだけ悪い点をとっても退学とかにはならないが、もし不合格になれば授業後に補習が入れられて迷宮攻略にかけられる時間が削られてしまう。



「この間の小テスト、あんたまた赤点だったでしょ」


「あぐっ」



そう、僕は小テストでいつもクラスでは下から数えた方が早いくらいの成績だ。


迷宮攻略においては優秀なチームに所属しているが、攻略に意識が回っていて勉学がおろそかになっている感じは否めない。



「ちょっと、本気で赤点とかやめてよね。


日暮はともかく、あんたとシャチホコが抜けると攻略ペースが一気に落ちるのよ」


「詩織ちゃん、いくら本当のことでもそんなこと言ったら可哀想だよ」


「……連理、俺はこういうときどんな顔をすればいいッスか?」


「泣いていいと思う」



フォローしてるつもりだろうけど、それ完全に追い打ちだよ苅澤さん。



「とにかく、今から地上に戻ってテスト対策よ。


攻略と違って勉強は全く成果が出ないから、歌丸の勉強を見てあげるわ」


「え、教えてくれるの?」


「リーダーとして、チームメイトに赤点なんて取らせられないわよ」



なんともありがたい。


三上さんはクラスはおろか、学年でも頭の良さはトップクラスだ。


先生を除いて勉強を見てもらうという点ではこれほど心強い人はいない。



「榎並、あんたはどうする?」


「え…………あ、っと……その」



いつの間にかこちらに近づいていた英里佳


三上さんに話を振られ、僕の方を見て、またすぐに目を逸らしてしまう。



「……ごめんなさい、私、勉強は一人の方が集中できるから」


「そう? まぁ、そういう人もいるわよね。紗々芽は?」


「う~ん……私は人に教えられるほど自信もないし……詩織ちゃんに任せてもいいかな?」


「あ、俺も教えて欲しいッス!」


「あんたも? まぁ、一人も二人も変わらないからいいけど……じゃあ、地上に戻ったら東学区に行くわよ」


「……え?」



三上さんの言葉に、なぜか戎斗は顔をひきつらせた。



「な、なんで東学区なんスか?


別に勉強なら、その……部屋に集まるとか、色々……」


「勉強道具の準備とか面倒だし、誰かの部屋に行くより設備の揃ってる東学区の図書館で勉強した方が効率的でしょ。


あそこって過去問も全部そろってるし、問題の傾向とか見て山でも張らせないと歌丸は危ないのよ」


「…………あ~……ちょっと、急用思い出したッス。やっぱり勉強は俺一人でやるッス」



明らかに嘘っぽい。


この間東学区には普通に言っていたはずなのに、なんで急に東学区に行くのを嫌がるのだろうか?



「? まぁ、いいわ。それじゃ当初の予定通り歌丸一人ね。それじゃあさっさと行くわよ」


「うっす」



まぁ、とにもかくにも今はテスト勉強に集中しよう。





地上へと戻った一向


そのまますぐに解散となり、歌丸連理うたまるれんり三上詩織みかみしおりと共に東学区行の電車に乗って去っていく。



「…………」



そんな後姿を、榎並英里佳えなみえりかは見えなくなるまでずっと見送っていた。



「榎並さん」



不意に、背後から苅澤紗々芽かりさわささめに声を掛けられて振り返る。



「え、あ……なに?」


「ちょっとこの後時間ある? 少し話したいことがあるんだけど」


「あ……別に、いいけど……」


「それじゃちょっと場所変えよう」



既に日暮戎斗ひぐらしかいとはこの場にはおらず、肩を落としながら北学区へと戻っていった。


そして二人は西学区の方へ移動し、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入る。



「……あの、話って何?」


「何か悩んでるみたいだから、相談に乗れないかなって思って」


「それは……」



悩んでいるということは当てはまっているが、英里佳個人としてはあまり他人に知られたくはない気持ちがあった。



「お節介だってことはわかってるよ。だけど二人の間に何かあったのは私だけじゃなく、詩織ちゃんも日暮くんも気づいているよ」


「…………」


「そのうち元に戻ると思ってそのままだったけど……ずっとそのままみたいだし、二人だけで解決できないことなら、やっぱり他人が入ってきた方がいいと思って。


それとも……榎並さんは歌丸くんと今のままの方がいいの?」


「そ、そんなことないっ」



思わず強く反応してしまう英里佳。


すぐさまハッと我に返るが、すでに目の前には微笑ましいものを見るような慈愛に満ちた眼差しを向けてくる紗々芽がおり、英里佳は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。



「喧嘩したってわけでもないんでしょ?」


「う、うん」


「歌丸くんに何かされたの?」


「……何もされてない。

ただ…………私の方が……その……」


「ん?」



口ごもる英里佳。


紗々芽は答えを急がせようとはせず、黙って話をきく。



「…………私、歌丸くんに“大嫌い”って言ったの」


「どうして?」


「私は……迷宮が嫌いで、この学園のことも本当はあまり好きじゃなくて……ドラゴンが憎くて……だから、私とは正反対みたいな歌丸くんのこと嫌いだって」


「歌丸くんはなんて?」


「………………それでも、私のことは……その…………うぅぅうっ」


「あ、うん、わかった、わかったから無理して言わなくていいよ」



顔を真っ赤にして今にも火が噴き出してしまいそうなほどに羞恥しゅうちに振るえる英里佳を見て、歌丸が彼女になんて言ったのかは想像にかたくなかった。



「その……それで……歌丸くん……私のやりたいことに協力してくれるって言ってくれた」


「……ドラゴンを倒す、ってこと?」


「うん」



既に学長が語っていた弱点は生徒会にはもちろん、担任の武中にも伝えた。


すでに全世界にその事実は伝わっているのだろうが、だからと言って現状ドラゴンに対して有効な攻撃手段を人類が得ていないということを再認識した程度のことだ。


竜殺しを実現するためには、まず迷宮を100層以上に臨めるようにならなければならず、歌丸は先日改めてそこを目指すと仲間たちに語ったのも記憶には新しかった。



「まぁ、そのことについては置いておくとして…………つまり榎並さんは、自分のことを好きだって言ってくれた歌丸くんにどういう顔をして話したらいいのかわからないってこと?」


「…………うん」


「なるほどね」



その時、注文したカフェオレとブレンドコーヒーを店員が運んできた。


紗々芽はブレンドコーヒーに机に備え付けられているミルクと砂糖を少量加えて一口つける。



「それじゃあ、榎並さんは今でも歌丸くんのこと嫌い?」


「それは……………その」


「そこだけはちゃんと答えて」


「………………嫌い、じゃ……ない」



消えてしまいそうなほどの小声だが、紗々芽の耳にその言葉はちゃんと届いた。


そして英里佳は恥ずかしさを紛らわすように、カフェオレを飲みながらそっぽを向く。


そんな英里佳を、紗々芽は優しく微笑みながら見る。



「初恋なんだね」


「――――っ、げほ、えほっ!?」


「あ、大丈夫? えっと……紙ナプキンあるよ」


「なっ、な――なに、言ってるの!!」



冷静に紙ナプキンを手渡そうとする紗々芽に、英里佳は顔を真っ赤にする。



「え? あ、ハンカチの方が良かった?」


「そ、そうじゃなくて! は、ははははは――」


「初恋?」


「~~~~~~~~っ!!??」



再び顔を真っ赤にして悶える様に顔を手で覆う英里佳


その姿に、紗々芽の中で何かが芽生える。



「榎並さん、可愛いね」


「か、からかわないで。そ、それに私は別に……こ、こここ恋なんて、そんな」


「舌がもつれてるよ。可愛い」


「~~~~っ!!」



若干涙目になりながら、しかしこのまま何を言っても泥沼になると直感的に理解したので、英里佳はまだ残っているカフェオレを流し込んで気持ちを落ち着かせる。



「そっかそっか。


でも、歌丸くんってひ弱じゃないかな? あんまり頼り甲斐ないと思うよ」


「そんなことない、確かに少し能力値は低いかもしれないけど歌丸くんはすごく勇気があって」


「うんうん」


「自分の駄目なところとかちゃんと認めたうえで努力してるし、他の人を馬鹿にしたり見下したりしないし」


「うんうん」


「いつも私のこと気をかけてくれて、心配してくれて、同じくらいに私のこと信じてくれていて」


「それで?」


「手を握るときとかすごく優しくて、それで意外と大きな手でやっぱり男の子なんだなって思わされて……最近は手のマメで素振り頑張ってるんだなってわかるし」


「ふんふん」


「シャチホコと遊んでいるときとか子供っぽく笑うところが可愛いって思うんだけど、迷宮生物と戦う時の真剣な表情とか凛々しくて、最近は自信もついてきてる雰囲気もあってカッコよくて」


「そういうところが好きなんだね」


「うんっ…………………ち、違っ――今のは違くて!!!!」


「誤魔化す必要なんてないないよ。

少なからず私も詩織ちゃんも二人はそのうち付き合うって思ってたし」


「つ、つきっ!?」



先ほどからもう一人百面相状態の英里佳


この子可愛すぎるでしょと内心で思っている紗々芽



「だったら……やっぱりなおのこと今のままじゃダメだよね?」


「…………う、ん」


「話を戻すけど……榎並さんは歌丸くんに嫌いって言ったこと謝った?」


「………………謝ってない」



母親に怒られている子どものように身を小さくしてしまう英里佳


歌丸の態度を見るに気にしてはいないようだが、おそらくそれが今英里佳が歌丸に話しかけられない要因なのだろう。


罪悪感が残っており謝りたいのだが、謝る相手が気にしてないのでそのきっかけを逃している。



「前にね、詩織ちゃんが歌丸くんにシャチホコちゃんのこと大事にしなさいって言ってたの覚えてる?」


「うん」


「ああいう風に普段から感謝の気持ちを持って接するのって当たり前に見えても、すごく大事なことだって思うの。


シャチホコちゃんも喜んでるように見えるし。


恥ずかしかったり、照れくさかったりするかもしれないけど……歌丸くんに感謝してる気持ちは自分の口で伝えた方がいいと思うの」



歌丸は察しは良い方なので口にしなくても分かってはくれているのだろうが、やはり黙ったままは良くない。


というか、男女の立場が逆のような気もする、と紗々芽は考えるのであった。



「……でも……どうしたらいいのかな?」


「一緒に考えよう。


そのためにこうして話してるんだから。


あとね、名前でいいよ」


「え?」


「こんな風に一緒にいるんだから、苅澤さんなんて他人行儀じゃなくて、名前で呼び合おう。


私も、英里佳って呼びたいし」


「…………うん。

その…………あ、ありがとう……紗々芽……ちゃん」



少し照れくさそうに、小さな声ながら名前を呼ぶ英里佳。


だけど本当に嬉しそうに笑っているので、なんだが紗々芽の方も嬉しくなった。



「うん、こちらこそよろしくね、英里佳」



こんな可愛い子に好意を抱かれるなんて、歌丸連理は本当に恵まれているなと内心思いつつ、彼にどう感謝の気持ちを伝えるべきかを二人は話し合うのであった。

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