第42話 誘拐されるヒロイン系主人公

「まさか……ここまで酷いとは思わなかったわ」


「ごめんなさい」


「別に謝らなくていいわよ。こっちの想定が甘かっただけ。


歴史や国語は、まぁ問題ないみたいだけど……数学はまず公式以前に分数とかもできてないじゃない。英語も文法が滅茶苦茶ね。化学や生物もなってないわ。


これ、中学どころか小学校レベルまでやり直した方が良いわね。引きこもってたとは聞いていたけど、その間に勉強もしてなかったのね」


「返す言葉もございません」


「ちょっと待ってなさい。今あんたのレベルにあった問題集を探すから」



そう言いながら、三上さんは近くのタッチパネルを操作して検索を始める。


ここは東学区にある図書館で、今僕はそこのスペースの一つを借りて勉強を見てもらっているのだ。



「三上さん、面倒見いいんだね」


「何よ藪から棒に?」


「正直、見捨てられても文句言えないくらいに僕勉強できないから」


「そりゃ努力しないような奴ならもう見放してるけど、あんたもそれなりには勉強してたんでしょ?


国語も歴史も、もっと悪い点数だと思ってたし。入学直後はそっちも赤点だったじゃない」


「そんなとこまで知ってるんだ……」


「あと、数学の途中式も的外れってわけでもないわ。


公式の暗記はできてるんだけど、なんで間違えるのかしら…………ねぇ、もしかして九九くく覚えててなかったりしない?」


「ははは、まさか」


「そうよね、まさかそんなはず」


「正解率8割だよ」


「ちょっと小学校低学年のドリルも持ってくるわね」



解せぬ。


そんなこんなでも勉強は進む。



「今日はこんなところね」



時刻は時計の短針が7時を超える手前あたりを指していた。



「これとこれ、明日までの宿題としてやってきなさい」



そういって手渡された手描きのノートには問題がびっしり書かれている。


しかも参考書のどのページを見たらいいのかもまとめられていた。


僕が勉強している横で何か書いていると思ったら、問題集を自作していたとは恐れ入る。


「ありがとう三上さん」


「いいわよ。

九九すらできてないのはもう予想外過ぎたけど、公式は丸暗記できてたし赤点回避は間に合いそうね。英語も、その調子で文法を理解できれば何とかなるはずよ。


あんた意識覚醒アウェアーのおかげで寝不足でも多少は平気だし、テストが終わるまでは睡眠時間削って徹底的に暗記しなさい。


良いわね?」


「うっす」



その場合、スキルを解いた直後に疲労がドンと来るのだけど、まぁしょうがない。


実際、いくら勉強してもしたりないくらいだしね。


まぁ、そんなこんなで結構遅い時間になった。



「流石にお腹もすいてきたわね」


「なんか食べてく? お礼に奢るよ」


「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかしら」



東学区は学問や研究に熱心な学区であっても、店が無いわけじゃない。


むしろ最新の食という意味ではこちらの方が進んでいるかもしれない。


以前南学区の土門会長が言ったように、人工肉や交配新品種の食材を試験的に導入しており、こちらで問題がなければそれが西学区でも販売されることもあるくらいだ。


まぁ、当たり外れの激しいという意味合いもあるが、無難な料理を出しているのでそこにでも行こう。



「歌丸、あそこにしましょう」


「え? あそこって……」



そういって三上さんが示したのは鉄板焼きのお店だった。



「へぇ、ちょっと意外。

三上さん、ああいうの好きなの?」



鉄板焼きってなんか男で集まっていく感じで、女の子って敬遠するイメージがあるんだけど。



「特別好きってわけじゃないけど……ほら、あそこ今ちょっと気になるメニューを試験導入してるみたいなの」


「へぇ、いったいどんなっ」



店先に設置されているボードの内容を確認して顔をひきつらせた。


そこには、こんな煽り文句が書かれていた。



『食べられる青汁グゥレィトゥ! 青汁もんじゃ発売中!!』



今思い出されるあの土の味。


ちょっと口に含んだだけなのに意識が飛びかけたあの味覚による人体破壊兵器!


あんなものをもんじゃ焼きにしたというのか!?



「ね、あれ食べましょ!」



なんでそんなキラキラした目と普段よりも高いテンションで誘うのこの人!


そんなにあれ食べたいの!?


というかもんじゃ焼きってことは必然的に僕も食べる感じになるよね、あの味覚専用人体破壊兵器を!



「そ、そうだね……あれにしようか」



そして僕の阿呆! ちょっとそんな三上さんも可愛いなって思って頷いてしまう僕の阿呆!!



――しかし、案ずることはない。


僕にはこいつがいるのだから。



「出てこいシャチホコ」


「きゅう!」



残飯処理係青汁大好きのこいつがいれば、何も怖くない。



「ちょっと、あの店動物の入店禁止よ」


「え」「きゅ」


「というか普通そうでしょ。


ほら、店に入るんだからシャチホコしまいなさい」



今僕は、最強の盾を失った。


とはいえ、まぁ青汁と違ってもんじゃ焼きならある程度は大丈夫かなぁ……まぁ頷いた手前、今更断るのは男らしくないしここは大人しく従うか。



「すまんなシャチホコ、後でテイクアウトできるか聞いて大丈夫だったら持って帰るから」


「きゅう」



「しゃーないな」って感じでどことなく僕を憐れむような眼で見るシャチホコ。


とりあえずお土産名目で多めに残しておくとしよう。



歌丸連理うたまるれんりだな」


「え」「……なに?」



唐突に僕たちの前にこれまた怪しい覆面の男が現れた。



「我々と一緒に来てもらおうか」


「普通に嫌なんですけど。怪しいし」


「歌丸、腕章」


「うっす」



僕と三上さんは即座に腕章を装備し、そしてそれぞれ武器を構えた。


今の僕でも、入学当初に比べればかなり強くなっているし、スキルを駆使すれば倒せはしなくても三上さんのサポートくらいはできるはずだ。



「私たちは北学区生徒会直属ギルド“風紀委員会”の所属よ。

何者なのか名乗るくらいはしてもらおうかしら」


「そちらには用はない。おとなしく歌丸連理を引き渡せば何もしない」


「話にならないわね。歌丸、生徒会に連絡」


「わか――んぐっ!?」


「っ! 歌丸!!」



学生証を操作して下村先輩あたりに連絡を入れようとした直後、口を布で塞がれて妙なにおいがした。


直後に意識覚醒アウェアーが発動し、身をよじって口元に押し付けられた布とそれを押し付けてきた手を外す。



「っ! おいおい、薬物効かないのかよ……?」


「――パワーストライク!」


「おっと」



僕の口に布を押し当てた男は僕の攻撃を簡単に回避して距離を取った。


二人いたのか……!



「歌丸、大丈夫!?」


「な、なんとか……でも、気分悪い……多分麻酔の類使われたんだと思う」



そちらの男も覆面を被っており、軽い調子で僕たちの前にいたもう一人の横に立つ。



「いやいや、今の大型生物の鎮静剤だぞ。普通今のでグッスリのはずだが……」


「薬物耐性が高いのかもな……少々手荒だが、殴って気絶させた方が良さそうかもな」



覆面をつけて最初に僕たちの前に現れた男が手を上げると、ゾロゾロと足音がこちらに近づいてきたのが分かった。



「嘘……まさか」



僕たちは数えただけでも二十人はいる覆面の集団に囲まれた。


おそらく、まだほかにも何人か潜んでいるのだろう。


流石にこれは、三上さん一人では対処しきれない。



「……あの、僕が大人しくついていけば三上さんに危害はくわえないと約束してくれます?」


「最初にそういったが」


「じゃあ……そういうことでお願いします」


「ちょっと歌丸、何言ってんのよ!」


「いやでも……これは流石に、ね?」



逃げ切るとか普通に無理そうだし……


三上さんもそれはわかっているのだろうが、責任感の強い彼女としてはこのまま僕が連れていかれるのを黙って見てはいられないのだろう。




「用があるのはお前だけだ、あちらに止まっている車に乗れ」


「迷宮学園に車」



お約束というかやっぱりハイエース。


なんかツッコミどころ多いな。



「運転手はちゃんと免許持ちだ」


「わぁ律儀」



そういや銃の免許が取れるようになってからその他の免許も取りやすくなってたもんね。


ちゃっかり学園内に自動車教習所とかもあるし。


そんなちょっと現実逃避しつつ、僕は大人しく車の方に向かう。



「歌丸!」


「抵抗はするな」



待機していた覆面達は一斉に剣やら槍やらの武器を取り出して三上さんに向けた。


流石にその人数から武器を向けられては、三上さんでもひるむ。



「その人に手を出したら舌嚙みます」


「……そちらの今までの行動を鑑みれば、冗談ではなさそうだ。安心しろ、抵抗しなければ決して危害は加えない」


「三上さんも、とりあえず危ないことはしないで。

怪しいけど、多分嘘は言ってないよこの人」


「だけど……!」


「――さっさと乗れ」



覆面の一人が僕に武器を突きつけてきた。


これ以上会話をするな、ということだろう。


僕が付いていった後で三上さんがなんともないという確証はないが、今は他に手段がない以上従うしかない。



「む」



そして車に乗ると同時に目隠しをされ、手錠を嵌められた。


そしてドアを閉める音と共に車が動き出す音がする。



「手際良すぎ。誘拐慣れしてます?」


「嫌な慣れだな」



あ、声からしてさっき僕に薬物嗅がせた人が隣みたいだ。





「歌丸……!」



歌丸が乗った直後、すぐさまハイエースは発進して見えなくなる。


そして他にもいた覆面の男たちは約束どおり三上詩織には手を出さずにその場から姿を消す。



「とにかく瑠璃先輩に連絡をしないと……!」



しかし、どういうことなのか金剛瑠璃にも、下村大地、栗原浩美と風紀委員(笑)かっこわらいの先輩たち三人の誰にも連絡がつかないのだ。



「どうしてこんな時に……!」



北学区に戻っている余裕もない。


しかし自分一人だけでは対処しきれない。


故に、詩織が連絡したのは自分のパーティメンバーたちだった。


事情を聴いた榎並英里佳はすぐにこちらに来ると言い、苅澤紗々芽と日暮戎斗は生徒会と教師たちにそれぞれ連絡した後に東学区に来るといった。


その後、何度も先輩たちに連絡を入れようとしたが、結局つながらない。



「こんな時、どうしたら……!」


「きゅう」


「シャチホコ、今は忙しいから後で…………ん?」



足元を見ると、そこにいたのは歌丸の相棒であるエンぺラビットのシャチホコだった。


先ほど、アドバンスカードに戻す前に覆面の男が現れたのでそのまま放置されていたのだ。



「あんたは無事だったのね」



不幸中の幸い、というものだろう。


だが、現状ではマズイことに変わりはない。


仮にこの後教師や生徒会に連絡が届いたとしても、肝心の歌丸がどこに行ってしまったのかがわからなくては……



「……そういえば、歌丸はあんたを追跡するスキル持ってたけど、その逆ってできたりする?」


「きゅ」


「できるの!?」



ダメ元で聞いてみたらあっさりと頷くシャチホコ。


エンぺラビットは最弱などと言われているが、その有用性の高さは凄まじいものであると内心で舌を巻く詩織なのであった。

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