第233話 見よ! これがヒロイン属性主人公だ!

クオリティたけぇな、おい。


これがアトラクションを見て回った感想である。


正直侮っていたよ、この遊園地。


流石は多くの人がフリーパスを購入するだけのことはある。



「もう一回、今度は映画を見てから乗りたいかも」


「あ、それいいですね!」



僕の呟きに一緒に乗っていた千早妃が嬉しそうに同意する。


千早妃の解説を聞きながらでも十分に楽しめたけど、やっぱり自分で名シーンとか見たらさらに感慨深いのだろうな。



「お疲れさまでした。


お二人の衣装の準備はできておりますので、どうぞこちらに」



ゴンドラから降りると、先ほどのスタッフの人たちが待機して待っていた。



「こちらへどうぞ」


「はい、よろしくお願いします。


連理様、また後で」


「うん、また」



先に個室へと案内される千早妃を見送ると、今更ながらちょっと緊張してきた。


しかし今更あとには引けないな。



「どうぞ、こちらです」



僕も個室へと案内され、中にはスタイリストの人が待機していた。



「こちらにお座りください。


すぐに終わりますので、じっとしていてくださいね」


「は、はい」



一体何をされるんだろうかと緊張し思わず目を瞑ってしまう。



「――はい、終わりです」


「は、はい…………はい?」



え、ちょっと待って。一瞬目を瞑っただけでなんで終わりなんだ?


そう思って目を開くと、正面の鏡にはいつもの寝癖を直すしかしてない僕の髪がバシッとワックスで固められてオールバックになっていた。


あと、多分ちょっと化粧されているのか、肌の色がいつもより明るく見える気がする。


しかも、衣装もいつの間にか先ほどのアトラクションで見た王子のものと変わっていた。



「い、今の一瞬でこれを?」


「仕様です」


「いやいやいやいやいやいやいやいや! どんな仕様ですかこれ!


もはや魔法の域ですよ!」


「歌丸、気付け」


「え? え……って、え!?


来道先輩!?」



スタイリストと思っていた人が、良く見たら髪型がチャラい感じになってる来道黒鵜先輩だった。



「なんで先輩がここに?


というかこれどうやって……ああもう、何から質問したらいいのか……」


「落ち着け。ひとまずだが、作戦は順調に進んでる。


お前はこのまま神吉千早妃をデートに夢中にさせろ。


それを伝えに来ただけだ」


「そ、そうですか…………で、このメイクは一体?」


「西学区のフルパックコーディネートシステムの応用だ。


事前にメイク方法を登録して、必要な道具をストレージに入れておくと自動でやってくれるらしいぞ」


「西学区スゲェ」


「ああ、この技術は色々と応用が利くな。


今度北でも研究させるか」



北学区の最前線と言っても良い来道先輩にここまで言わせるとか、本当に凄い技術だよ。


って、そうじゃない。



「ところで……クノイチ姉妹はどうしたんですか?」


「……気付いていたのか?」


「確信があったわけではありませんけど、僕たちがデートするなら障害になるだろうなと思っていたのに一向に出てこなかったので。


それで、二人は?」


「ちょっと眠ってもらっただけだ。


夕方になったら解放する」


「……でも、そしたら千早妃に気付かれたらまずいんじゃないんですか?


今までは僕と一緒ってことで気にした風はなかったみたいですけど……」


「向こうもお前と同様にすぐに着替えられるようになっている。


気付く暇を与えはしないさ。


……まぁ、とっくに気付いているかもしれないけどな」


「え?」



気付いてるって……え?


千早妃が、護衛であるあの二人がいなくなっていることに?



「それはいくらなんでもありえないんじゃ……あの二人のこと、千早妃は信頼してたみたいだし。


だったらいなくなって心配してるはずです」


「あのお姫様は姉妹を信頼しているが、歌丸連理をそれ以上に遥かに信頼している。


だからお前の人柄を信じてあの二人も無事だと思ってるんだろ」


「それは……いくらなんでも僕のこと信じすぎじゃないんですかね?」


「俺に言われてもな……未来を見通せるという千里眼の持ち主の考えなんて俺には想像もできない。


知りたいなら本人から直接聞くんだな。


とにかく、今日の競技が終わりまでデートを楽しめ。じゃあな」


「あ、ちょっと……!」



呼び止めようとしたが、その前に来道先輩はその場から消えてしまった。


目の前にいたのに、消えたことに気付くのに数秒ほど遅れた。


戒斗との隠密スキルとの差がこうして目の前で見るとはっきりとわかる。



「……って、考えても仕方ないか」



ひとまず準備が終わったので僕は部屋を出る。


部屋の外にはスタッフの人が待っていて、案内を受けてなんかハリボテの裏を通っていく。


まさにアトラクションの裏側って感じの通路である。


メルヘンチックさは大幅に下がったが、こういう裏側を見るのってなんかテンションが上がる。



「では、こちらでお待ちください。


準備ができましたらお呼びいたしますので」


「はい、わかりました」



案内されたスペースがあり、目の前の階段を上るとこの城の最上階のテラス部分に出るようになっているようだ。


「連理様」


「あ……」



そこにはすでに千早妃が待っていた。


先ほどのアトラクションで見たヒロインの少女が来ていたドレスと同じもので、後ろで緩くまとめていた長い黒髪が今は緩くウェーブを掛けられていて先ほどとはまた違った女の子っぽさにドキッとしてしまう。



「どうですか?」



ドレスの裾を軽くつまみながらその場で一回転する。


スカートがふわりと軽く膨れ、髪も揺れる。まさに絵本の中のお姫様が目の前に現れたかのような心地だ。


どうやら千早妃は憧れの映画の主人公と同じ格好が出来てテンションが上がっているらしい。



「凄く可愛いと思う」


「よかったです。


連理様もよくお似合いです」


「うーん……僕の場合はちょっと着られてる感じな気がするけどな」



僕の場合は……ちょっと戒斗とかと比べると童顔気味だから、こういう貴公子っぽい恰好はあまり似合わないって自覚があるんだよね。


もっと長身なイケメンになりたかった。



「そんなことないです。


今まで見たどんな王子様よりも、連理様がカッコいいですよ」


「それは流石に大袈裟だってば……」



どうにも、今日はずっと千早妃の反応がオーバー過ぎる気がする。


どうして彼女はそんなにも僕にだけここまで好印象なのか?



――知りたいなら本人から直接聞くんだな。



つい先ほど、来道先輩に言われた言葉を思い出す。


……デートの雰囲気を壊すからって思って避けてたけど……このまま何もわからずにおだてられるって言うのもなんかこう……片足にしか靴下をはいてないみたいな違和感が残ってしまう。



「千早妃は……どうして僕にそんなに気を掛けるの?」


「どうしてって、それは連理様が私の未来の旦那様だからです」



一切の間髪を入れない即答である。



「それは聞いたけど……その、なんていうか……僕が知りたいのは……もっと、こう……うーん……!」



自分でも何を聞きたいのか上手く言葉にできない。


頭を掻きたくなるが、折角セットされた髪型が乱れてしまうので我慢する。



「連理様……あの、何か御気に障ることを言ってしまいましたか?」



先ほどまで楽しそうだった千早妃の表情が曇る。



「その……えっと、だから…………僕は、さ」


「……はい」


「…………千早妃のこと、ちゃんと知っておきたいんだと思う」


「……私のこと、ですか?


えっと……どういうことを、でしょうか?」


「えっと……好きな食べ物は?」



いや、他にもっと質問することがあるだろうと我ながらツッコミを自分に入れてしまう。


でも仕方ないじゃないか、いざとなると何を聞いたらいいのかわからなくなっちゃったんだから!



「……えっとぉ……ハンバーガー、です」


「え、意外……」



素でそんなことを言ってしまった。


だって、どこからどう見てもいいとこ育ちって感じなのに、まさかの世界でもっとも消費されるファストフードが好物って……失礼かもしれないけどミスマッチ過ぎて意外だ。



「す、すいません。


その……普段は精進料理といいますか、質素なものばかりで……姉様が帰ってきて、初めて食べさせてもらったのが印象的だったので」


「あ、いや、別に謝ることじゃないよ。


姉様って言うと……神吉千鳥さん?」


「はい。年は離れていますが……私にとっては、心から尊敬できる姉様です」



僕にとっては誘拐犯って印象がいまだにぬぐえないからちょっと微妙だけど。


年齢は聞いてなかったけど……あの人って今は西部学園の教員だったよね。ってことは大学も出てるはずだし、年は若くても二十五前後ってところかな?


その頃ってことは、千早妃は小学校高学年か中学年くらいの頃ってことかな?



「じゃあ、それまで一度もハンバーガー食べたこと無かったの?」


「そうですね……ハンバーガーどころか、私はすべてにおいて無知でした。


生まれつき、ノルン――惟神としての適性が私は人一倍強かったので、その力を伸ばすために物心つく頃から修業の日々でした。


私にとっての世界は、自分の部屋と、修業のための院に、私を管理する大人と……そして護衛。


それ以外について、私は何も知らぬまま過ごしていました」



千早妃のその語りに、僕は言葉が出なくなる。


それは……あまりにも人間らしい生活からかけ離れている。


僕は小学校の中学年くらいから病気で入院生活を余儀なくされたが、それでも物心つく頃から入院するまでは好き勝手に遊びまわって、親にわがままを言って困らせ、一緒の教室で過ごした級友と遊んだ記憶がある。


だが千早妃にはそれすらない。


僕の様に体にハンデがあったからではなく、人よりも優れた力を持っていたから。


なんだそれは、いくらなんでも理不尽すぎるだろう。


この場居ない、千早妃にそんなことを強要した者たちに怒りを覚えてしまう。



「ですが……姉様がすべて変えてくれたんです」


「……千鳥さんが?」


「はい。


姉様が入学する前からほとんど交流がありませんでした。


姉様も、迷宮学園に入学するまでは、私と同じような生活をしていたのです。


ですが……卒業し、帰って来てからはまるで別人のように明るくなっていて……それで、私の手を引いて外へと連れ出してくれたのです」



そう語る千早妃は、どこか楽し気に微笑みを浮かべる。



「色んなものを教えてくれました。


ハンバーガー、自動販売機、缶ジュース、信号機、横断歩道、電車に車……屋台のラーメンとか……本当に、色んなものを見せてくれたんです。


普通の人ならだれでも知っているようなことばかりでしたが……私にとってはすべてが新鮮で、世界がこんなにも広いんだって、分かったんです。


その日から、私の世界は広がったんです」


「……千早妃は、千鳥さんのことが大好きなんだね」


「はいっ」



僕の言葉に、満面の笑みを浮かべて頷く。


なんか今、ようやく千早妃のことをわかったっていう手ごたえを得た気がした。



「色んな事を、姉様に教えてもらいました。


勉強も、運動も……面白いことも、悲しいこと、嫌なこと、楽しいことも……テレビを見るようになったのも、その頃ですね」


「……あ、もしかしてディスティニー映画もその頃に?」


「はい。姉様が初めて私のために買ってくれたんです。


……あ」



そう語った時、千早妃は突如何かを思い出したようだった。



「どうかした?」


「いえ、その……今にして思うと……私が連理様のことを見たきっかけが、今この場所が舞台となった映画だったなって思いまして」



気恥ずかしそうにはにかむ千早妃



「お待たせいたしました。


お二人とも、どうぞ階段をおあがりください」



そのタイミングでスタッフの人たちに声を掛けられた。



「さ、連理様行きましょう」


「え……あ、う、うん」



もっと話を聞きたかったが、千早妃に促されて僕たちは一緒に階段を上っていく。


遊園地全体を見渡せるような絶景が広がっていて、下を見るとアトラクションで見たキャラクターに扮した多くの人たちが控えていた。


ああ、これが映画の最後のシーンか。


さきほどのアトラクションでも、こんな場面を俯瞰したような視点で見ていたけど……主観的に見ると圧倒される。



「――恋をしたい」



隣で、千早妃が不意に口を開く。



「私は、この映画を見て……初めてそんなことを考えたんです。


そして……生まれて初めて、自分のために未来予知の力を使いました」


「……その時に見たのが、僕だったってこと?」


「はい」



そこまで聞いて、納得した。



「……こんなこと言ったら怒るかもしれないけど、それはタイミングの問題じゃないかな」


「タイミング、ですか?」


「そう、タイミング。


恋がしたい。そう思ったときに僕のことを見てしまったから自分でそう思い込んだ。


……千早妃の気持ちは、刷り込みみたいで……本当の気持ちとは違うかもしれない。


だから君は、僕のことを過大に評価してしまうんじゃない?


僕はやっぱり……千早妃が思うほど凄い奴じゃないよ」



「連理様――約束、破りますね」



「え……んむっ!?」



唇にやわらかな感触がした。


気が付けば目の前には千早妃の顔があって、それ以外何も見えなくなっていた。


先ほどまで、下で多くのキャラクターたちが何か言って騒がしかったのに、今は何も聞こえない。


ようやく唇の感触が消えたかと思えば、代わりのように千早妃が身を寄せてきた。



「この気持ちは本物です。


私だけの、本物なんです」



目の前で千早妃が耳を真っ赤にしていた。


僕と同じような化粧が無ければ、きっと彼女の顔は真っ赤に染まっていることが丸わかりだっただろう。


そんなことを呆然としながら考えていたからか、いつの間にか僕の首に千早妃の手を回されていた。



「だって……こうやって一緒にデートして、連理様のことを好きだって気持ちが、もっと強くなりましたから」


「――だから、これはそんな私の気持ちを疑った罰です」



悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思えば、千早妃の顔が再び近づいてきた。



――二回目のキスの感触は、はっきりと僕の脳に刻み込まれた。

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