第148話 変わらない強さ。(ちょっとカッコイイ風)



僕たちは迷宮学園を攻略する北学区の生徒。


それゆえに、どうしても逃れられない運命がある。


そう、たとえどれだけの強さを身に着けても、学生であるがゆえに逃れられない、逃れたいと思う強敵……



――その正体は……!



「……なんで僕たち、犯罪組織と対決を控えた状態でテスト勉強してるんだろうね」


「学生だからッス」



テストです!


忘れがちだけど、ここはあくまでも学園。


故に学力も大事。


GW直前の中間試験も終わってから色々あったがまだ日にちとしてはそれほど経過してないが、早々に期末がやってくる。


それで赤点など取るわけにはいかないので、こうして勉強しているわけだ。



「戒斗は勉強しなくていいの?」


「俺はお前と違って余裕なんスよ」


「なんかズルいなぁ……」


「なにがッスか? 俺はちゃんとこれでも勉強してるんスよ。


そもそも俺って、小学生くらいの時から高校卒業程度の知識は英才教育で覚えてるんスよ。北学区の勉強程度なら復習感覚で楽勝ッス」


「うわぉ……」



ボンボンなのは知ってたけどそういうところまでしっかりやってる感じだったか。



「……それにしても、今日も何も起きてないみたいッスね」


「平和が一番……というけど、ちょっと不気味だよね」



自然と僕は自分の首の痣に触れる。


あの時みた鎌の幻影が今も脳裏から離れない。



「……お前が見たって言う鎌、犯罪組織の攻撃って考えられないッスか?」


「うーん……どうだろうね……正直まだ僕もあれが何なのかよくわからないんだ。


………………それにしてもさ、今更なんだけど、戒斗ってあんまり僕の言うこと疑わないよね」


「なんスか藪から棒に?」


「いやだって、自分で言ってても僕の今回の発言って凄い胡散臭いじゃん。


その前だって、僕が暗闇エリアでどこに不死存在アンデットがいるのか言ったらすぐに攻撃してくれたし……何故なにゆえ?」



僕のそんな質問に、戒斗はおかしそうに答えた。



「いや、逆にお前が嘘言うの分かりやすいからッスよ。


前から言ってるッスけど、お前はとにかく感情が顔に出やすいんスよ。


だから嘘とかふざけてるときはすぐにわかってて、そうじゃないときに行ってるのは、本当のことだなってわかるだけッス」


「うーん……そんなにわかりやすいのかな僕って……?


まぁ、でもそれを抜きにしても戒斗って僕を疑わなさ過ぎじゃない?


ぶっちゃけ正気を疑うレベルだと思うんだよ、今回の僕の発言。湊先輩の意見の方を信じられるかもって思ったし」


「別に全幅の信頼ってわけじゃないんスけど……まぁ、でも確かにお前の意見の方を意識してるのは事実ッスね」


「でしょ?


僕個人としてはそれは凄く嬉しいんだけど、そこまで僕って信頼されるようなことできてない気がするんだけど……」


「まぁ、お前って会ったときからそんな劇的に強くなってるわけでもないッスからね。


戦闘でも別に前に出るわけじゃないし…………うん、ちょっとは強くなってるのは認めるッスけど、別に役には立ってないッスね」


「ぐふっ……!」


「むしろシャチホコにポジション食われてるッス」


「がはぁ……!」



わかってはいたけど改めて指摘されるとやっぱり傷つく。



「まぁでも、お前は変わらないのが強みなんスよ」


「え……変わらないことが……強み?」


「そうッス。


ブレない、と言えばいいのか…………まだ会ってそこまで経ってないはずなのに、お前のことずっと前から知ってるみたいで、それと変わらないから、なんか疑えないッスよねぇ」


「それ言ったら、戒斗はかなりキャラ変わったよね」


「え? どこがッスか?」


「出会ったときは口調もキャラも三下だったのに、今では口調は三下でキャラは二枚目っぽくなった」


「なんか馬鹿にされてる気がするんスけど」


「え、二枚目って誉め言葉じゃん」



イケメン的な意味だよね、これ?



「お前に言われると尚のこと腹立つッス」


何故なにゆえ?」



一体何がそんなに不満だったのだろうか?



「はぁ……話戻すッスけど……仮にお前が見た鎌が犯罪組織のものだとしたらやっぱり俺はあのコックさんが怪しいんスけど、連理としてはどうなんスか?」


「うーん……僕は違うと思うかな。


なんか銀治さんみたいに料理に真剣だし……そもそも仮に敵だったらわざわざ僕だけ狙わず、大皿に普通に毒物仕掛けると思うし」


「……うーん……まぁ、そうッスよねぇ。


なら結局それが何だったのかって話にもどるわけなんスけど……なんか他にわかることないんスか?」


「……他というと……うーん……トラップ見つけた時と近い感覚があったかな」


「トラップッスか?」


「うん……あと、相田和也と戦ったときにも似た感覚が――」



その時だ。


周囲の色が変わった。


今まで目の前にいたはずの戒斗の姿が突如消えた。



「――シャチホコ!」



咄嗟に僕はアドバンスカードからシャチホコを呼び出した。


これが最善であると咄嗟に判断したからだ。



「……って、あれ?」



しかし、どういうわけかアドバンスカードからシャチホコが出てこない。


うんともすんとも一切反応がないのだ。



「すいませんが、今回はちょっとご遠慮していただきますね」



そして、部屋の中に窓も扉も開けずにいきなり現れた人類の天敵


迷宮学園の学長――ドラゴンだ。


相変わらず特注のスーツを着ている。



「――おっと飲みかけのコーヒーがー!」


「あ、ちょ――スーツに染みがぁ!?」



シャチホコがいないので攻撃はできないが、精神的なダメージを与えられることを学んだ僕である。


「あー、あー……ちょっと歌丸くん、酷いじゃないですか、コーヒーの染みは中々落ちないんですよぉ!


私に恨みでもあるんですか!」


「逆に無いと思ってるのか?」


「…………ああ、ありますね、たくさん」


「そうだよ。お前のせいで僕の妹が命落としそうな状況に比べれば軽すぎて、染み程度無いも同然だろ」


「おやおや、どうやら今回は輪にかけて不機嫌のようですね。では手短に済ませますか」



そう言ってドラゴンの身体が一瞬光ったかと思えばスーツの染みが一瞬で消えた。


……いや、違う、スーツの柄が地味に変わってるから着替えたのか。


というかそうやって着替えてたのか。どうでもいいし知りたくもなかったな。



「まず、そもそも私は今回の一件で君たちや相手の方にも接触する予定はありませんでした。


少なくとも土曜日の会議までは静観に徹するつもりだったんですよ、本当に」


「だったらさっさと帰れ」


「それがそうもいかなくなってしまいまして……


これは流石に放っておけないと、ちょっと時間を停止させて、歌丸という存在を亜空間に転移させたうえで私が参上したわけです」



なんか、やけにいつもより余裕がなさそうな気がする。


どうでもいいけど。


それにしても……時間停止に、空間転移とか……聞いただけでとんでもない能力なんだが、それを軽い感じで二つ同時に使ったのか。


どんだけ規格外なんだよこのドラゴン。


本当に人類に打倒できるのか不安になってきた。



「歌丸くん、単刀直入に言いますよ」



ドラゴンはやけに真剣なまなざしで僕を見て、そして今まで聞いたことが無いほど真剣な声音で告げた。



「――このままでは君は死ぬ。


そう遠くない未来に……その首を切り裂かれる形でね」



その言葉を聞いた時、僕は自分の首に残った痣がずきりと痛んだ気がした。


だが、同時に喉の奥に刺さっていた小骨が取れたような解放感も覚えたのだ。



「……おや、その顔から察するに薄々は自覚していたようですね」


「僕が覚えたって言うシークレットスキル“死線デスタイム”……だったっけ?


相田和也と殺し合いをした時にも何回かあれに近い感覚はあった。


僕が見た鎌は、そのスキルが影響してるんだろ」


「ええ、その通りです。


今回は死期の効果が極めて強い……いいえ、最大上限を超える出力で発動したのでしょう。


それもすべては君が生き残るため。


あの殺し合いですら、そのスキルが無ければ君は殺されていた場面は何度かありました。


それほどまでに君は弱いのですから」


「今回も、そうなると?


……というか、あの場で僕は誰かに攻撃された自覚はないんだが」


「それが発動したのは、未来の君です。


未来の君のスキルが、彼から見て過去――つまり今ここにいる君に発動したわけです。


殺された君から、殺されてない君に対する警告というわけですよ」


「……未来の情報を過去に送るって、そんなバカげたことが――――あ」



否定しようとして、すぐにそれがまったくの荒唐無稽ではないと気が付いた。


そうだ、今このドラゴンが起こしている現象はなんだ?


時間の操作だ。


そして学生証は厳密にはドラゴンが生徒に力を貸し与えるためのもの。


ならば……それは決してスキルの範疇を超えるものじゃない。



「ええ、その通りです。


君の能力が未来で発動したんですよ。私と同じ、時間に干渉できる能力を得たわけです。


そしてそれが今、今日の君に向けられて発動したのです。


ほんの数日先の未来の君は、シークレットスキルである死線を発展させたわけです。


流石ですねぇ、シークレットスキルまでユニークスキル化させるとは、発想が違います」


「…………死線は、死の未来を回避させるんじゃなかったのか?


それなのに、どうして未来の僕が死んでる?」



声は平静を保ちつつ、僕は内心動揺しながら首の痣に触れた。



「そりゃ単純に、そのスキルでは避けられない死が君の前に立ちはだかるというだけの話です。


君では絶対に勝てない圧倒的な強者……君はそれと対峙しなければならない状況に陥るわけです」


「…………僕が……戦う?」



言葉にしてみて、なんとも現実味がない。


自分でも自分の弱さを認めているがゆえに、僕はそういう状況は英里佳たちに任せる選択をする。


つまりこいつの言う未来の僕は、それが許されない状況に立っているということなのか?



「……質問がある」


「どうぞ」


「どうして数日先だってわかるんだ?」


「それは単純な問題です。


時間の干渉は魔法スキルの一種であり、初歩的なものでも最低でも魔力B+は必要になります。


さらにそこで制御するためには知能も相応に必要になる。


現段階の君ではこれはとても両方は満たせない。


魔力の問題は仮に君がこの短期間で能力値をあげたとしても、知能はそう上がるものじゃない。


故に君の頭では過去に情報を遅れても精々数日だと予想できます」


「言い方腹立つんですけど」


「事実ですので」



確かに魔法って制御するのにかなり複雑な理解が必要になるって瑠璃先輩も言ってたし、紗々芽さんも、補助の魔法発動させるのに理解が必要ってことでポイントに余裕はあってもすぐに新しい魔法を覚えようとはしない……というかできないみたいだっけ。


魔法スキルとか現段階で一つも覚えていない僕がそんなことしてもこいつの言った以上の効果は望めないだろう。


…………だが、それでもまだ違和感がぬぐえないな。



「……本当にそれだけか?」


「隠す意味がありませんよね?」


「それは……そうだけど………………もう一つ。


どうして僕にそれを教えた?」


「どうして、とは?」


「最初にお前、静観に徹するって言っただろ。


なのにこうして出張ってきたのは僕が死ぬからって理由だけなのか?


お前が僕に他の生徒より関心を寄せているのは知っていたが…………お前、究極的に自分が楽しめれば僕の生死はどうでもいいはずだろ」



僕がそう質問すると、ドラゴンはニヤリとその鋭い牙を僕に見せた。


ぞくりとした感覚と共に、急に息が苦しくなった。



「――そうですよ、だから私はここにいるのです。


ちゃんと見ておかないと気が済まないのですよ」


「………………――っ!」



ドラゴンのその言葉で、違和感がうっすらしたものから決定的なものに変わった。



「お前、まさか……!」



そして同時に、僕は目の前のドラゴンがどういった存在なのか理解した。



「数日先、僕が死んでスキルを発動させた瞬間……それって、お前から見てほんの少し前程度のことなんじゃないのか?」


「………………ふふふふふふふふふふっ、残念、バレてしまいましたか!


お見事ですよ歌丸くん!」



パンパンと大袈裟に拍手するドラゴン


その衝撃波で部屋の中に突風が発生する。


僕は顔をしかめつつ、倒れないように踏ん張った。



「いやー、気付かれないと思ったんですけどねぇ~


数日先とかぼかしたつもりでかなりヒント出しちゃったのがまずかったんですかねぇ?」


「……お前、そこまでして僕を生かしたいのか?」


「いいえ、今君が言ったように、究極的は君が死んでも私は文句はつけません。


ただ……願うのならばそれが劇的であって欲しいだけなのですよ。


そうでなければ意味がない。


劇的に生きて劇的に死ぬ。君はそのためだけにこの学園にいるのですよ」


「ふざけるな、僕はお前の操り人形じゃない」


「当然です、操り人形なんて私もいらない。


ですが、私の望みと君の生き様は決して反発し合うものではありません。


君もわかっているはずです。


不快ではあっても、君は私のその言葉に怒りは覚えていないのですから」


「…………」


「……さて、時間干渉はさっきも言いましたが燃費が非常に悪いので、そろそろ限界ですね」



その言葉を言い割れて、僕は目の前にいたドラゴンの姿がぼんやりと薄くなっていることに気が付いた。


そうか、これが余裕がないと感じられた原因か。



「最後にもう一つ」


「なんですか?」


「僕のスキルが発動した時点で、お前の知る僕とここにいる僕とは違う結果になる可能性があったはずだ。


それなのにどうしてここに現れた?


見るだけなら、こうして僕の前に姿をさらす必要は全く無いはずだろ」


「ああ、それはですね」



その時、半透明くらいになったドラゴンの視線が僕から外れて、何故か部屋の入口の方に向かった……気がした。


どうにも透明だから視線が読みづらい。



「真の平等とは、与えられるべき者にこそ好機を用意することだと私は考えています。


有象無象にただばら撒くのではなく、真にそれを欲する者に与えてこそ物事は劇的に最高の結果を見せてくれるのです」


「……は?」


「過去を変えたいと思ったのは、君だけではないということです。


だってそうでしょう、あの瞬間、あの場所で、あの状況でそう願ったのは……その願いが誰よりも強かったのは君ではなかったのだから」


「おい、それどういう」「時間です」



問い詰めようとした時、ドラゴンの姿が完全に透明になった。


そして周囲の景色が元に戻り、風圧で荒らされたはずの部屋が元通りになった。



「……連理、突然黙ってどうしたんスか?」



そして、僕の目の前にはキョトンとした顔の戒斗がいた。


しかし、僕は先ほどのドラゴンの行動と言葉が気になってすぐに部屋を出た。



「…………誰も、いないよな?」


「突然どうしたんスか?」



背後から心配したように声をかけてくる戒斗



「……あのさ、今、このドアの前に誰かいたかな?」


「え? いや、そんな気配はしてないッスよ。


一応センサーだって設置してたし……少なくともこの数分間は誰もここを通ってないッス」



そう言いながらなんかの端末を見せる戒斗


……いつの間に



「…………なんかあったんスか?」


「………………ああ、ちょっとみんなと話さないといけないかもしれない」



とにかく今は、僕の前に迫っているという死を回避しなければならない。


そのためには情報の共有が必須だろう。

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