第149話 新装備で心がぴょんぴょ――こほんっ……なんでもありません。

昨日、深夜に椿咲が寝静まったと思われる時間を狙って、英里佳と詩織さんに交代してもらいながらドラゴンから聞いた僕の数日後の未来について話した。


みんなが僕の死亡した未来を聞いてショックを受けていた様子だが、あらかじめ想定しておくべき事実だったかもしれない。



「――問題は、誰が連理を殺すのかってことッスよね」



最初に詩織さんと紗々芽さんに来てもらった時の戒斗の言葉である。



「現状からして敵対関係にある犯罪組織の連中が怪しいッスけど……冷静に考えるとおかしいんスよね」


「そうね……向こうの雇い主の目的は西学区の利益を優先してる……つまり、体育祭で連理を引き抜きたいと考えてる。


連理を殺すように命じるのは矛盾が生じるわね……」



戒斗と詩織さんのいう通り、僕が死ぬというのは今回の流れではおかしい。


そもそも敵の目的は椿咲の誘拐であって殺害ではないはずだし……



「故意に殺したわけじゃないんじゃないかな?」



首をひねる僕たちにそんなことを言ったのは紗々芽さんだった。



「例えば事故とか……もしくは歌丸くんの性格を考えて…………椿咲さんを庇って致命傷を負った……そう考えられないかな?」



「ありそうッスね……というか、状況を考えるとそれ以外はあんまり思いつかないッス。


ここで連理の命を狙う第三勢力が出現した……なんて超展開も考えづらいッスから」



僕は先ほどのドラゴンの言葉を思い出す。



「確かに……ドラゴンの言い方も、僕が命を狙われた感じじゃなくて……僕が自分の意志で僕を殺した奴に立ち向かったって言ってたね」


「なら、監視態勢を一層強化したほうがいいかもしれないわね……


そんな状況に追い込まれてるってことは確実に私たちは後手に回ってる。


どうして連理が一人になったのかはわからないけど、少なくとも椿咲さんは誘拐されてしまったと考えるのが妥当ね」


「こんなこと言ったらなんだけど、今の私たちを出し抜ける相手ってなると限られると思うんだ。


英里佳もいて、日暮くんもいて、そしてシャチホコちゃんや、今はララだっていて……そんな警戒網と突破できる犯罪組織の一員って言ったら……別に詳しいわけじゃないけど、状況的に今回の敵って……」



若干蒼い顔をしながら話す紗々芽さん。


そこまで言われて、僕たちは全員ある人物を思い出す。



「あのアサシンが相手ッスか……流石に俺たちには荷が重いッスねぇ……」



顔も声も性別すらわからない謎のアサシン


僕たちは迷宮の十三層で接触したきりだったけど、その存在をエンペラビットの長以外誰も感知できなかったあのアサシンが今回の相手だとしたら納得はいく。



「来道先輩以外に対処は難しいわ、それ。


協力を仰ぎたいけど、今あの人って土曜日の会議で忙しいし……動けるのかしら?」



戒斗のエグゼキューターのさらに上位のディサイダーの来道黒鵜先輩


あの人ならあのアサシンの不意打ちにも対処ができるはずだ。


もし護衛に回ってくれるのならこれ以上ないほど頼もしい人材なのだが……



「人の命が掛かってる……とは言ったものの、あの人が対処してるのは他にもあるはずッス。


というか、多分相手はそのことも考慮に入れて何らかの手を打ってくるのは簡単に想像できるッスよ。


向こうは権力者がバックにいるわけッスから、遠回しに圧力をかけてくると考えといたほうがいいッス」


「こうなったら、椿咲ちゃんだけでも体験入学中止して、護衛をしやすい場所に匿うっていうのも視野に入れた方がいいんじゃないかな?」



紗々芽さんの意見はもっともだ。


というか、そうすべきなのだろうが……



「……こんなこと、本来僕が言うべきじゃないんだろうけど……できれば椿咲にはそういうことは知らないままでいて欲しいかな」



僕のその言葉に、三人は何も言わなずに耳を貸してくれる。



「その…………僕、山形にいた時ずっとお兄ちゃんらしいことできなくてさ……いつもあいつに我慢させてきたんだ。


まだ二日間だけなんだけどさ……あいつにはもっと普通にこの学園を楽しんでもらいたい。


ドラゴンは論外だけど、この学園はそれ以外は凄い良い所だって知って欲しいし……そういう危ない場所だっていう先入観は持って欲しくないんだ」



迷宮にはもちろん命を奪われるリスクもあるが、この学園はそれだけの場所じゃない。


少なくとも僕はこの学園に来ていろんなことを知ったし、どれも凄い大切なことだって思ってる。



「だから……椿咲には体験入学だけは普通に受けてもらいたいんだ」



怒られるかもな、なんて思いながら僕はみんなの回答を待つ。



「まぁ……それならしょうがないんじゃないかな」



意外にも僕の意見に最初に賛同の意を示してくれたのは紗々芽さんだった。



「……いいの?」


「いいというよりは……私は駄目もとで中止の意見を言っただけだもん。


だってこの体験入学を最初に提案したのって学長でしょ? 普通に許すはずがないもん、そんなこと」


「「「あぁ……」」」



納得。


そう言えばそうだった。


まぁ、そんなこんなで、話し合いの末僕たちは現状警備体制を現状より強化し、可能な範囲で上級生たちや教師からも護衛を頼むということで落ち着いたわけだが……



「どうでもいいけど、あんたまだそのゴーグル外さない気?」


「それはスルーの方向でお願いします」



あ、ちなみに詩織さんたちが部屋に入ってきたときからずっとゴーグルは付けてました。



その後、詩織さんと交代でやってきた英里佳の同様の内容を話し、椿咲の警護体制を増援してもらうようにすることとなったことを伝えたのだが……



「…………」


「英里佳、なんか気になることでもあるの?」


「その……なんか私と勉強してたら椿咲さんが急に思いつめたような顔をしたの」


「椿咲が?」



どうしたんだろうか?



「……まぁそもそも冷静に考えたら椿咲は自分の意志でここにいるわけじゃないし……土曜日の会議のこととか、ドラゴンに半ば脅迫で連れてこられてるからね」


「そうかな…………まぁ、確かにそうかも」


「その辺りは僕も気をつけておくよ。


そもそも今回は僕が椿咲を巻き込んだみたいな形だしね」


「わかった、私の方も気をつけておくね」



それでこの話は終わりとなった。





――後になってから、もっとここで話を踏み込んでおくべきだったと後悔した。


――その急に態度が変わった時間がいつ頃だったのか、とか……それを確認するだけで結果は大きく変わったと思う。


――少なくとも明言してなかっただけであのドラゴンは大きなヒントを僕に残していたのだから。


――そうすれば、少なくとも…………椿咲を追いつめるようなことにはならなかった。


――兄として僕はあまりにも駄目駄目だったと、自覚せざるを得ない。







(兄さんが……死ぬ)



一人、ベッドの中で頭でシーツをかぶせながら椿咲は震えていた。


部屋には英里佳と交代で入ってきた詩織がいて、椿咲が寝ていると思って声は掛けてこない。



(どうしよう……どうしよう……)



恐れていたことが、これから先に起こる。


その突きつけられた事実にまだ幼さが抜けきらない少女の胸を圧迫していく。



(守らないと……私が、兄さんを守らないと……!)



英里佳も詩織も、決して悪い人ではないと知った。


でも、それだけだ。


あの人たちに兄は守れない。


それがわかった。



(兄さんは、絶対に死なせない……!


私が、兄さんを絶対に守る!)



決して間違えてないその優しい気持ち


それが時としてすべての予定を狂わせることもある。


椿咲はそれを知らず、その予兆に誰も気づくこともない。


小さな誤解とちょっとした不理解


人の過ちの発端とは、いつだってそんな小さなことから始まるのだ。





日が登って体験入学三日目となる。


今回は他の新入生たちと合流して東学区の校舎での合同授業が開催される。


とはいえ、やることはそこまで大掛かりなことではない。



「それでは、今回皆さんの講師をすることとなりました、東学区生徒会副会長の日暮亜里沙ひぐらしありさですわ。


皆さん、よろしくお願いします」



まさかの人物登場にびっくり


戒斗の方も、まさかこんなことになるとは思ってなかったか教壇に断つ日暮先輩の姿に口をあんぐりと開いて固まっている。



「ふふっ…………ここに集まった皆さんは大変優秀だと伺っておりますので、授業を受けてもらう……というのは退屈ですので、東学区の研究成果――その一部の発表と、それが社会でどのように役立っているいるのか、映像で見てもらおうと思います」



日暮先輩は戒斗のリアクションを見て悪戯が成功した子供みたいな表情をして前の席に座っている新入生たちにそう言っている。


ちなみに、僕たちみたいな付き添いの者たちは新入生たちからは少し離れた後ろの席でまとまって座っている。



日暮先輩が教壇から降りて、部屋の中が暗くなったと思ったらスライドが天井から降りてきて、そこに映像作品が流れ始める。


すると日暮先輩がこちらに歩み寄ってきた。



「愚弟、歌丸後輩、それと……三上詩織さん、ちょっと今いいかしら?」


「え……俺はともかく……二人もッスか?」


「いいからすぐに来なさい。


別に貴方たちにとって悪い話ではありませんから」



そう言って部屋から出ていく日暮先輩


僕と戒斗は顔を見合わせてから詩織さんの方を見た。



「……紗々芽、英里佳、少しの間、頼める?」


「うん」「任せて」



二人に椿咲の護衛を頼む形で、僕たち三人は一度部屋を出た。


廊下で待っていた日暮先輩は僕たちを促すような形で無言で廊下を歩き、しばらくすると開いている教室へと案内された。


北学区の校舎と違って凄く清潔感があり、教室一つ一つの防音性があって廊下に出ただけで結構な音量で映像作品を流しているはずなのにまったく音が聞こえない。



「さて……これでいいですわね」



僕たち三人が教室に入ったのを確認して、日暮先輩は施錠を施す。



「それで急に俺たちを呼び出してどうしたんスか?」


「愚弟、ちょっと黙りなさい」


「呼んだのそっちッスよね?」


「順番というものがあるのです、弁えなさい。


それで、歌丸後輩」


「はい、なんですか?」


「……ひとまずゴーグルを外しなさい」


「……駄目ですか?」


「駄目です。外さないというのならこの場で破壊しますが」


「わかりました」



流石に壊されたら堪ったものじゃないので、外す。


その際、詩織さんの顔をあまり見ないように注意した。



「此方に貸しなさい」


「はい」



日暮先輩に手渡すと、学生証から取り出したなんか料理を隠すために皿の上からかぶせる半球状の鉄の蓋みたいなものを机に置いたゴーグルにかぶせた。



「これでよし」


「何がですか?」


「気にしないでください。


それで、まず確認したのですが……あなたがここ数日以内に殺害されるそうですわね」


「情報早いですね……まだ北学区の生徒会にしか言ってないはずなんですけど」


「あなたのことはある意味でこの学園で一番の重要事項ですので。


……こちらでも護衛を警備体制を強化するように取り計らいます。


その上で……気休めかもしれませんが、貴方たちチーム天守閣の装備についてです」


「装備……ですか?」


「ドラゴンスケルトンの残骸、それを使った装備作成の依頼を出したのは貴方たちでしょう」


「ああ、そういえば……」



戒斗が東の生徒会の身内だからってことで、なら折角だし東学区の凄い技術者紹介してもらおうか、みたいな感じで頼んだんだっけな。



「予定を前倒しして、遅くとも二日後には全員分を完成させます」


「おぉ……!」


「その中でも貴方の分の防具はとりわけ急いで作らせえますから、出来次第連絡を入れるので明日にでも取りに来てください」


「わかりました」



狙われているのは椿咲だが、僕の方もそれなりの準備はしておいても損はないはずだ。


本当にありがたい。



「そして三上詩織さん」


「はい」


「あなたが修理に出した“クリアブリザード”ですが、試作型から、貴方の戦闘データをもとに改良を加え、ドラゴンの骨を使ってさらに補強が完了したので渡しておきます。


レイドウェポンとしては間違いなく最上級の逸品ですわ」



そう言って、日暮先輩が学生証から取り出した一本の剣


その美しさに僕たちは息を呑んだ。



「構造も、単純な剣としての機能ではなく冷気の放出系ですから……


氷雪系統魔法剣type DISCHARGE放出


『クリアブリザード・プロトタイプ』改め……そうですわね……


『クリアブリザード・Dタイプ』と名付けましょう」



以前は刀身部分がすべてクリアスパイダーの甲殻のみで作られたはずだが、今は刃部分がおそらくドラゴンスケルトンの骨を利用して加工されていた。



「以前は冷気で修復機構を担っておりましたが、ドラゴンの骨の再生能力で今回はただ魔力を流すだけで刀身が勝手に修復されます。


魔力効率はかなり向上しました」



それを聞いて、詩織さんが首を傾げながら質問する。



「え……あの、それならこの剣の最大の特徴がなくなったのでは……?」



確かに、冷気によって修復されるのがこの剣の最大の特徴だったはずなのに……一気にお株を奪われたような気が……



「それなんですが、実はクリアスパイダーの身体は氷雪系の魔法の効果を数倍に引き上げる特性があることがわかったのですわ。


データを見ましたが……あのドラゴンスケルトン戦の出力は単なる冷却用の機構を暴走させただけでは出ません。


それで改めて調べた結果、刀身自体が、氷雪系魔法を増幅させていたことが判明しましたの」


「そうだったんですか……?」


「ええ、最初は相性がいい程度だったのですが……一定以上の冷気を受けるとそうなるみたいで、見逃してしまったのです。


それで、鍔部分の冷却機構を刀身修復用から完全な攻撃用として改良を施しました。


これで数回使った程度で壊れるようなことはありません。


魔力を補充してしまえば、何度でもドラゴンスケルトン戦のような出力の氷雪魔法が使えます」



「す、凄い……!」



感動した様子で剣を受け取る詩織さん。


いいなぁー、僕もああいうロマン武器ほしいなぁ……



「そして愚弟」


「うっす」


「ふん」


「って、おぉっとと!」



無作法に投げられた鉄の塊を慌ててキャッチする戒斗


それは……銃?


なんか凄いゴツイけど……



「以前から使っていた試作欠陥品の魔法銃……それを改良したものですわ、受け取りなさい」


「え……これ、オートマチックじゃ……?」


「よく見なさい、ちゃんとシングルアクションになってますわ」


「あ……本当ッスね」


「術式を追加して、射程距離と威力を向上させましたわ。


その分反動が大きくかかります。常人が使えば手首を痛めますが……歌丸後輩のスキルの恩恵があれば問題はないでしょう」


「す、すごいッスねぇ、これ!


名前、なんていうんスか?」


「……力学系統魔法銃type CUSTOMIZE


『ジャッジ・トリガー』


気に入らないなら自分で考えなさい」



なんか照れながらそっぽ向いてるけど……もしかして日暮先輩が考えたのだろうか?



「おぉおおぉぉぉぉぉ……!」



新しい武器に感動に打ち震える戒斗


いいなぁー、僕も本当、そういう武器欲しいなぁ……



……まぁ、そんなこんなで危機が迫っている状況ではあるが、戦力を確実に強化されていく僕たちなのであった。

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