第150話 非常の非情。迫り来る時に備えて。

「わざわざ戒斗のために作ったんですね、あの銃」


「何を言っているのです歌丸後輩」


「だって戒斗の使ってた魔法銃ってもともと欠陥品として死蔵されたものですよね?


それの二号って、わざわざ学園が用意するわけありませんよ。


戒斗のために先輩が自分で用意したんですよね」


「何のことかわかりませんわ」



日暮先輩はそんなことを言いながらそっぽを向くが、少しだけ顔が赤くなっている。


照れているようで、本当に素直ではない先輩だ。



「おぉー……前の奴より重くなってるッスけど、重心バランスがほとんど変わってないッス!


これならすぐに使えるッス! うぉおおお、早く試し撃ちしたいッス!」



先輩からもらった拳銃を手に持って大はしゃぎする戒斗


嬉しすぎてこちらの会話に気付いてない様子だ。



「はぁ………………」



詩織さんも、新しくなったクリアブリザードを見てうっとりしていた。



「その……ありがとうございます」


「あなたに礼を言われることではありませんわよ」


「いえ、その……なんというか……」



正直、日暮先輩にここまで色々とやっていただくのはちょっと気が引けてしまう。



「……下村様の一件でまだ私が落ち込んでいるとでも?


余計なお世話ですわね」


「…………すいません」


「ふぅ……いいのですわよ。


もともと、去年動かなかった時点で私は負けていたんですから。


それがはっきりと確認できたのは愚弟とあなたのおかげですわ」


「いや、僕は別に何も……」


「ふふっ……自覚が無いんだから本当質が悪いですわね」


「え?」



一体どういうことなのだろうか?



「というか、私の心配をしている場合ではないでしょう、歌丸後輩」


「……そうですよね、気をつけないといけませんし」


「それもありますけど……妹さんと上手くいってないのでは?」


「うっ…………なんでそう思うんですか?」


「あんなゴーグル着けて何も思わないと?」



そりゃそうだ。


でもそれと原因は別にあるんだけど……



「妹さん、何か凄い思いつめてますわよ」


「……そうなんですか?」


「余裕がない状況なのはわかりますけどちゃんと見てあげなさい。


貴方は唯一の肉親ですのよ」


「……すいません」


「私に謝ってどうするのです?


……少しでいいから、二人っきりで話す時間を作ったらどうですか?


周りに他人がいるから本音をため込んでしまうのかもしれませんわよ」


「そうですね……ありがとうございます。


今日、みんなと相談して少し時間を作ってもらいます」


「それがいいですわ。


妹さんは、貴方と違って少し不器用みたいですから」


「? 僕も別に器用ってわけではないんですけど」


「そう言う意味ではないのですが……まぁ、器用というより緩いのが貴方かもしれませんわね」


「え」


「さっ、愚弟、三上詩織さん、教室に戻りますわよ」


「あの、緩いって」


「早く行きますわよ歌丸後輩。ゴーグルを返しますわ」


「緩いってどういう」


「しつこいですわ」

「うっす」



そんなこんなで、僕たちは椿咲たちがいる教室へと戻るのであった。





教室に戻るとまだ映像が続いていたようで、卒業生と思われる人に対してインタビューをしている。



「おかえり、どうだった?」



「ドラゴンスケルトンの装備についてだった。


あと、二人は新しい武器もらってた。


……なんか男子がざわざわしてるっぽいけどなんで?」



英里佳の隣に戻って映像作品を確認するが……なんか出ていった時より教室の空気がそわそわと落ち着きがなくなっているような気がした。


何故?



「うん……なんか変形合体ロボが出て教室の空気がちょっと変になった」


「ちょっとそれ詳しく」



え、変形合体ロボ?


あるの、この学区に研究成果として発表されるレベルの奴があるの?



「男の子って本当にそういうの好きだよね……」



呆れた目で紗々芽さんが僕を見ていた。


いいじゃん、変形合体。カッコいいじゃん。



『――聞こえますか、歌丸連理』


「……え? 英里佳、今なんか言った?」


「別に言ってないけど?」


「いや、でも今」

『反応せずに聞きなさい。周囲にばれない様に。わかったなら瞬き三回』



……いや、違う、これ英里佳の声じゃない。



「あ、ごめん、気のせいだったかも」


「そう?」



そう言いながら、僕は素早くゴーグルの中で瞬きを三回繰り返す。



『音声に問題はないみたいね。


流石は歴代トップのアルケミスト、Good job』



……この声って、堀江来夏先輩?


西学区の生徒会長の声が、なんでゴーグルから聞こえてくるんだ?



『困惑するのはわかるけど、今は誰にも気づかれないように。


あなたの未来についての情報はこちらにも回ってきたので、警備体制強化のために日暮亜里沙副会長に協力してもらってそのゴーグルに受信機を仕込みました』



いつの間にって………短時間でか?


スキルも使ったんだろうが、僕や詩織さんに戒斗にも気づかせないって流石だな日暮先輩……いや、もしかしてそのためあのタイミングで武器を渡したのか?


渡すことも目的の一つだったんだろうけど、周囲には僕だけ連れ出して無いか仕込んだと思わせないためか?



『そのまま聞いて。


昨日、貴方が鎌を見たっていう瞬間の映像を解析して妙なことがあったのよ』



妙なこと?



『聞けば、スキルが発動したのは未来の貴方が原因みたいだけど、こちらの副会長の銃音は、あの時にそれがあなたに起きたのには何か因果関係があると考えて調べたの。


そしたら見つけたのよ、そのファクターを』



スキルが発動したあのタイミングに、何か要因があったのか?



『これを見て』



その言葉と共に、東学区の映像作品を見ていた僕のゴーグルの映像が静止画に切り替わる。


これは……昨日、僕が振り返ったときのものか?


結構激しく動いた直後なのにブレえてないとは流石の質だね、このゴーグルのカメラ。



『君が振り返った直後、君を見ている人が何人かいるでしょ』



まぁ、あの時僕って転んだ直後だからそりゃ何人かいるよね。



『その人たちの顔を確認して、顔認識ソフトに掛けてみたんだけど…………落ち着いて聞いてね。まず瞬き四回して』



言葉に従い、瞬きを四回する。



『……君を見ていた人たちの中に三人、死人が混じっていたの』


「……――っ!?」



驚きで声が出そうになり、咄嗟に口を押えて声を噛み殺す。



「? 歌丸くん、大丈夫?」


「――――(コクコクコクっ)」



英里佳の言葉に頷きながら答える。



『より正確には、この学園に来て行方不明として処理された生徒よ。


この三人よ』



映像から三つの枠が出てきて、その部分だけ拡大される。


見た感じは、男子二人と女子一人だけだが……なんか、僕を見ている目が冷たい気がする。



『三人とも学区はバラバラで、五年以上前に行方不明となった生徒なんだけど……見た目が行方不明当初と変化がないの。


多分変装、もしくは…………死霊魔法ネクロマンシーの可能性があるわ』



――死霊魔法って……………確か全世界で修得が禁止されている魔法の一種のはず……!



学生が得られるスキルは、基本的に個人の自由だ。


どれだけ危険であっても、自衛のためならば仕方が無いと英里佳の様にベルセルクのスキルを取る場合だってある。


結果として周りに被害を出す危険もあるが、それでも取るかどうかは個人の意思で最後は決定される。


そんな中で、世界的に法律で修得が禁止されている職業がある。


その一つが、ネクロマンサー


日本語だと“死霊術士”


文字通り、死体や霊体を操る職業なのだが……これは倫理的な観念から世界的に修得が禁止されている。


学生の間は罰せることはできなくても、卒業と同時に即効で逮捕されて身柄を拘束される。


そういう法律ができてから、久しく聞かなくなった職業だ。



死んだ迷宮生物の死骸を操るのが目的らしいが、その実、死んだ学生の死体を利用する者が圧倒的に多かった。


学生の死体は死んだ後も学生証の効果を得るので戦わせた分だけ強くなる。


その上死体だから恐怖もしなければ歯向かわない。


魔力さえあればいくらでも戦える、理想の兵隊と言えるからだ。


外国ではこの力で個人で八十階層まで到達したという学生がいたらしいが、現在も服役中だと聞く。


そりゃそうだ……死んだ学生の身内からしてみれば堪ったものじゃない。


死んでからもそんなことに利用されているなんて知ったら、気が狂いそうだ。



『念のために確認したけど、この三人はまだ死体も発見されていない。


犯罪組織に殺されて、そのまま利用されてる可能性が高いわ。


そしておそらく……君を殺したというのはこの三人の内のどれかという可能性が高いわ』



僕を殺した奴が、この三人、もしくはそのどれかかもしれない。


だからあの時スキルが発動した……なるほど、納得はいくな。



『君のそのゴーグルに顔認識ソフトと、そして行方不明者の顔データを入れておいたからそれで今回みたいな怪しい奴がわかるはずよ。


見つけたらすぐにその場から逃げて。


いい、絶対に戦おうと思っちゃ駄目。強くなる死体ってことは最低でも北学区の三年生クラスの実力はあると思っていいわ。


ハッキリ言って、強敵よ。そして何より非情で冷血の外道が相手よ。


動揺を誘わないために敢えて今は君だけに話すけど、他のみんなに話すかは君の判断にゆだねるわ。


こっちに何か伝えたいときはゴーグルのスイッチを押して。その状態で喋れば通話できるし、こっちで位置も把握できるから。


じゃあ、通信終わり』



そこでゴーグルの静止画は消え、東学区の研究成果についての映像が流れる。



……とんでもなくヘビィな情報を知ってしまった。


もともと、人を平気で殺すようなところでろくでもないことは知っていたが、まさかそこまで酷いものだとは……



……学生の死体、か……



やっぱり、相手に死霊魔術師がいると考えていいだろう。


まず変装するにしても行方不明者を利用する意味がない。


今回の様に、足がつくはずだ。それならまだ在校生から選ぶか、顔を隠したほうがいい。


一人二人なら偶然で済ませても、三人もそれで統一するとなると偶然の可能性が低い。


アサシンだけでも強敵なのに……その上でネクロマンサーか……


想像の数倍、厳しい状況に自分がいるのだと僕は認識せざるを得なかった。


その上で僕は、今もまじめに前を向いて映像を見ている椿咲を見た。



「……お兄ちゃんなんだし、守ってやらないとな」





東学区の講義は映像を見たのち、実際の展示されている研究成果の見学など見て回ることとなる。


前を英里佳が、次に連理、椿咲、そのすぐ後ろを詩織が歩きながら、戒斗と紗々芽がついていくという形だ。


そして、少しだけ前と距離をおいて紗々芽が戒斗に話しかけた。



「……日暮くん」


「ん? なんスか、苅澤さんが俺に話しかけるって珍しいッスね」


「気付いてる?」



主語もろくに無い質問


だが、察しのいい戒斗にはそれで十分だった。



「妹さんの歩き方、かなり変わったッスね」


「やっぱりそう思うんだ……気のせいじゃないみたいだね」



昨日一昨日と、連理の妹である椿咲はデカいゴーグルをつけた兄を不審者的な目で見ていて少しだけ距離を取っていた。


しかし、今は突かず離れずという具合で、それでいて必要以上に周りを見ている気がする。


最初は展示物を見ているのかと思ったが、それにしてはやけに通路を意識している。



「……ちなみに歌丸くんの方なんだけど」


「あれの変化に気づかない奴は誰もいないッス」


「だよね」



先ほどから異様に周囲を見まくっている連理。


展示物や通路ではなく、通行人を凝視しているようだ。


ゴーグルのせいで変な威圧感を与えていてすごく怖がられている。



「日暮先輩と何か話してた?」


「姉貴から何か言った感じではないとは思うッスよ。


……まぁ、だいたいの予想はつくッスけど……」



戒斗は呆れた目で連理のつけているゴーグルを見た。


それだけで紗々芽も大体の事情は察した。


というか、気付いていない方がおかしいだろう。


あのゴーグルで連理がこの数日奇怪な行動を取っているということは、冷静に考えればすぐにわかることだ。


ただ、生徒会方面でも強く外すよう言ってこないので、今回の護衛に役立っているのだと察して敢えて触れてこなかっただけである。



「……もしものときの役割、今のうちに決めといた方がよさそうッスね」


「…………こんなこと、歌丸くんが知ったら怒ると思うけど」


「わかってるッス。


それでも俺たちにとっての最優先は決まってるッスから、そこは遠慮しなくていいッス。


でも、できればそういうこともしたくないんでギリギリのギリギリまで粘って欲しいッス。


代わりに、俺が全力でフォローするッスから」


「……うん、ありがとうね」


「適材適所ッスよ。


詩織さんや榎並さんにはその辺より連理の護衛の方がいいッス」



戒斗は微笑ましく、挙動不審な兄妹を見ながら、寂しげな声で言う。



「それに…………二人とも、犯罪組織と戦うにはちょっと優しすぎるッス」


「…………ごめん」


「謝んなくていいッスよ。


銃なんてもともとそういう武器なんスから、それを持ってる俺が真っ先にそれを選ぶのは必然ッス」


「だけど……私は、何もしないのにみんなにそういう役割押し付けてるみたいだから……」


「だから適材適所ッスよ。


苅澤さんには苅澤さんにしかできないことがあるッス。


むしろそういう風にわかってもらえるだけでもありがたいッス。


まぁ……まだそうなるとは決まってないわけッスから、ちょっと気を抜いていこうッス。


連理も妹さんも一杯一杯なのに、俺たちまで思いつめてたらもたないッスよ」


「……わかった。


私も最大限フォローするから、いざってときは言ってね」


「了解ッス」



別段、騒がしいことは起こりはしなかった一日が終わる。


平和であることは良いことであるが、連理を始め、チーム天守閣の面々にとっては嵐の前の静けさのように不気味に感じる。


そんな一日であった。

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