第317話 歌丸連理の価値⑫


歌丸連理のここ数日の日々


走って、走って、食べて走って、時折遭難者が出た時に救助に駆り出され、走って、走って、走って走った。


以上



「……あれ? 僕、陸上選手だったっけ?」


「割と好タイム出してるからそっちでもやっていけそうじゃないッスかね、ガチで」



ここ最近の自分の日々を振り返りながらの呟きを、ストップウォッチを持って100mのタイムを計測してくれた戒斗がそんなことを言ってきた。



タイムは8秒98


ギリギリ目標に届いたというところだろう。


大規模戦闘レイド開始まで、あと一日





「――と、いうわけで本日で迷宮攻略のサポート期間の終了の慰労と、明日からの大規模戦闘の壮行会ということで、食べ放題だ!」



「「「YAEHHhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」」」



今回の迷宮でのサポートに徹した北学区の多くの面々が西学区にある高級焼き肉店に集まって大騒ぎである。


その中には当然、今回の迷宮の補助役として大活躍した英里佳と詩織さんもいるのだが……



「いやー、流石は音に聞いた二人ですね!」

叡智の狂獣パラドクスビーストの異名は伊達じゃありませんね」

「三上さんの誘導のおかげでかなりこちらも楽に動けました」



今回、エルフラビットのワサビと一緒に迷宮で行動して、かなりの人を助けたと聞いており、それで凄くチヤホヤされている。


ある意味今回の主役はあの二人といっても言いだろう。


例年の忙しいところ、あの二人が半分以上も引き受けたと大評判だったらしいし。



「うーん……私たち、ここにきていいのかな?」


「まぁ、後半から俺らって殆ど迷宮攻略の補助は手伝ってなかったッスからね」


「食べ放題はここからここまで……え、これ別料金なの? けち臭いわね、高級店のくせにぃ……」



僕の隣で、僕が食べる分の量の肉を焼いてくれつつ、ちょっと居心地の悪そうな詩織さん


戒斗はそんな詩織さんの言葉に同意しつつ、片手にウーロン茶を持つ。


そしてそんなことお構いなしにと、次に注文する肉をメニュー表を見ながら考えている稲生。こいつは本当に……



「というか……あの、紗々芽さん、今日くらいは別に良いんじゃない、好きに食べちゃってさ」


「駄目、万全を期すために大規模戦闘が終わるまで我慢して。


別にご飯がまずいとかそういうわけじゃないんでしょ?」


「うん、凄く美味しいよ」


「肉体作りのためだから量が少ないわけでもないんだし、我慢して」


「いやでもさぁ……」



周囲の席に置かれた鉄板の上でジュウジュウと音を立てて焼かれる高級肉


僕も少しは食べられるけど……周囲の者たちに比べると圧倒的に肉が少ない。



「ほら、サラダなら好きなだけ食べていいから」


「ここ、焼き肉の店だよ……?」


「焼き肉店で食べる野菜ってちょっと割高で高級感あるッスよねー」

――もぐもぐ


「そうねー、焼き肉で敢えての野菜とかかっこいいわー」

――はぐはぐ



僕のことなど特に気にした風もなく、すでに用意されている肉を食べ進める戒斗と稲生


僕は肉を食べる量を制限されてるのに、こいつらは好きなだけ食べられるって凄く納得できねぇ……!



「あ、ナズナのお肉はそれでおしまいね」


「え」


「ユキムラくんに騎乗するだから、少しでも軽くしておいた方が良いでしょ」


「」



目が点になってる。



「あ、すいませんサラダ二つ」



通りすがりの定員に向かって華麗に注文


うん、なんて気が利くんだ僕は。


そしてすぐさま僕と稲生の前に置かれたサラダ


まぁ、彩りがとっても素敵



「……え?」



目の前に置かれたサラダを見て首を傾げる稲生。


そんな奴の肩に、僕はポンと手を置く。



「焼き肉で敢えての割高サラダ、楽しもうぜ」


「――うがぁー!!」


「なんで僕に殴り掛かる貴様ぁ!?」





「何やってるのよあの二人……」


「…………」



今回の慰労会の主役ということお店の中心辺りに呼ばれた詩織と英里佳だったが、店の傍らでじゃれつく歌丸連理と稲生薺に自然と目が行く。


その様子に詩織は呆れ、英里佳は苛つく。


英里佳の場合は嫉妬しているというのもあるが、こういった場で良く知らない人と過剰に接しなければならないというのがストレスになっているようだった。


基本、初対面の人間に対しては野生動物並みに警戒心が強いコミュ障が榎並英里佳なのである。


そんな彼女に無警戒で接してもらえる例外の存在など、基本的にはほぼほぼ戦闘能力皆無の存在なので、エンペラビットか入学当初の歌丸連理くらいだろう。



「いや、本当にすごいねー、よかったら今後も協力」「は?」「なんでもないです!」



ゴマすりしてくる存在までも不快に思い、迷宮生物モンスターを相手にするとき並の眼光を放つと、周囲にいた者たちが一斉に距離を取る。


ちなみに、威圧系のスキルは使ってはいない。



「英里佳、落ち着きなさいって」


「落ち着いてる、だってスキルを使ってない」


「うん、その判断基準をまず落ち着かせなさい」



周囲から人がいなくなったところで、呆れた様子で一人の男子生徒がやってきた。



「お前ら、歌丸がいてもいなくても騒がしいな。そういうの似てくるものなのか?」



生徒会会計の三年、会津清松であった。


祝いの席であることもお構いなしに周囲に威圧を放っている英里佳を見て呆れかえっていた。



「私を本気で騒がせたら大したものですよ」


「おい、普段と大分受け答え違うぞ」


「最近ずっと連理と離れていたのでストレスたまってて……他人に話しかけられたくなくて真っ先に威嚇するようになっちゃったんですよね」


「行動原理が野生動物と大差ないんだが……」



清松の知ってる英里佳はだいたいが戦闘中のブチ切れ状態ばかりだったので、そうでない状態の不機嫌な状態というのが想像できていなかったようだ。


また、そうでなくともここ最近は歌丸連理を中心とした特進クラスのことで話しかけられ、勝手な妬みにもさらされたこともあり、内心は相当にささくれ立っている。



「しかし……意外だな。


そんな状態だったらとっくに歌丸の奴にくっついて離れなくなると思ったんだが」


「一応請け負った仕事なので……あと、できるだけ周囲の意識はこちらに向けておきたいのでまだ我慢してもらってます」



詩織のその言葉に、ほうっと清松は目を細める。



「最初聞いた時は耳を疑ったものだが……お前ら、本格的に氷川と組んだか」


「私たち、というより歌丸が気付いたらいつの間にか、でしたけどね」


「あいつのコミュ力やっぱりおかしい」


「その点は同感です」


「しかも銃音の奴も西学区で色々調整に回って一枚噛んでるらしいじゃんか」


「そうですね。明日の大規模戦闘には直接関係はありませんけど……特進クラスの特典ではかなり尽力してくれたと聞いてます」


「……なんだろうな、あいつはツンデレ特攻なのか?


敵対してる奴ほどデレさせる天才なのか?」


「いやそんなことは――――」



Q・人類の天敵ドラゴンの好意を一番受けている人物は?

A・歌丸連理



「――ない、とも言いきれない、ですかね……」



一瞬、隣の英里佳が聞いたら激怒しそうな疑問と回答が弾きだされた詩織は曖昧な微笑みと共に視線を泳がせえるのである。



「まぁ、お前含めてチーム天守閣の女子全員初めはツンだったもんな」


「は? いえ、違いますけど。私はそういう俗な感じのアレじゃないです」



流石に聞き捨てならないと反論する詩織だったが、隣で聞いていた英里佳が小さく首を横に振る。



「むしろ筆頭だと思う」


「英里佳?」


「私の場合は……まぁ、初対面の時は同情で関わってそこから流れでって感じだったけど……詩織の場合は本当に絵にかいたようなツンデレだったよ」


「だよな。その時こっちは直接的な面識はなかったけど、成績優秀者ってことでデータ集めてたから、実際に直接会ったときデータと違うなって印象だったからよく覚えてる。


まぁ、一番印象的なのはやっぱ榎並の暴走だったけどな。思えばあれはそうとうなツンだったな。うん」


「ツンとか可愛いレベルではなかったと思います。我ながら。


目の前の存在、本当に敵だと思ってたので殺そうとしてましたし」


「…………言い出したの俺だけど、これネタにしていい奴?」


「当時は私もかなり気にしてましたけど……いちいち落ち込んでたらその隙に傷つくので、さっさと吹っ切れないと次は命落とすなって思いまして」


「あぁ……凄い納得」



つい先日、犯罪組織Dとの戦闘でも、とんでもない負傷をしながら生還した歌丸連理の姿を思い出す清松。


途中からとはいえ、清松も同行していながらかなりの重傷を負わせてしまったなと悔いたのは記憶に新しい。


単に周りが実力不足だから歌丸連理は怪我をするのだとばかり思っていたが……あれはもう、そういう類ではなく、運命とかそういうレベルで怪我することを定められていると思わずにはいられない清松であった。


そうでなければ、北学区生徒会メンバーである清松と来道黒鵜が揃っていてあんな重傷を負うことなど、本来はどう考えてもおかしいのだから。



「こほんっ……まぁ、とにかくそれは置いといて……先輩たちは明日の大規模戦闘の準備はできてます?」


「ああ、予定通り、灰谷昇真以外は前に出ないし、俺もそのつもりで準備を進めてる。


ただ、ボーダーラインと超えた瞬間に撃破するつもりだから、瑠璃に任せる部分が大きいけどな」



「……そうならないといいんですけどね」



詩織はその視線を歌丸たちの方に向け……



「もしゃもしゃ」

「もしゃー」

「割高のサラダ、どんどんもってこーい!」

「食べ放題なんだから当然よねこれくらい」



いつの間にか召喚した子兎のヴァイスとシュバルツにサラダを食べさせてご満悦の歌丸連理と稲生薺の姿がそこにあった。


さっきまで取っ組み合っていたはずの二人だが、一体何をどうしたらそうなるのか、英里佳にも詩織にも、当然ながら清松にも理解できなかった。



「――って、おいこらぁ!


今回の食べ放題の対象は人間のみだ!


そんな胃袋ブラックホールの兎は対象外だ!!」



我に帰った生徒会会計の清松は急いで歌丸たちの凶行を止めに入る。


しかし歌丸も稲生も二人そろって「「まだうちの子が食べてる途中でしょうがー!!」」と抵抗を始めるのであった。


そこにさらにシャチホコ、ギンシャリ、ワサビも追加してさらに騒ぎが大きくなりそうになるが……いざとなればその様子を見て愉しそ――楽しそうに微笑んでいる紗々芽ならば義吾捨駒奴ギアスコマンドでいつでも二人を止められるので、英里佳も詩織も騒ぎにはノータッチの方向にすることに決めた。



「明日が本番なのに、いつも通りね、あいつら」


「むしろ、ナズナちゃんが加わってさらに力抜けてる気がするような……」


「「…………はぁ」」



変に力むよりは良いが、もう少し緊張感を持って欲しいと思う二人であった。



――そして、いよいよ大規模戦闘が始まろうとしていた。

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