第318話 歌丸連理の価値⑬
■
夏休みの終盤に始まる
今まで平和に、そして迷宮攻略上位勢の力を狩りて、普段よりも着実に迷宮での実力を伸ばしてきた北学区在校生の一種の集大成を示す場であり、そして他の学区の人間にとっては、島内に設置されたシェルターや、中央広場から離れたところに避難する期間でもあった。
普段と違って学生が迷宮に入るのではなく、迷宮から迷宮生物が飛び出してくる期間でもあるからだ。
それもゴブリンやウルフのような、頑張れば一般人でも倒せるレベルの存在ではなく、放っておけば何千何万という人間を殺せる強大凶悪な物ばかりだ。
そんな現場に、今……
「はい、いっちにー、さんしー、ごーろく、しちはちっ」
「いっちにー」
「ぎゅううー」
「きゅーるる」
『しち』『はぴ』
歌丸連理、幼女、兎、兎、子兎、子兎の順番で準備体操が行われていた。
「なんスかあれ」
「いつものことじゃないかな」
日暮戒斗と苅澤紗々芽が冷めた目で歌丸を見ている。
ここだけ空気が違った。
そしてまた一方で……
「ヴァイスー、シュヴァルツー、はいこっち向いてー!」
「なんスかこれ」
「平常運転じゃないかな」
小学校低学年の授業参観に初めてきた親のようなテンションで子兎たちの写真を撮る稲生薺
ベストショットを撮ろうと、地面に寝転がっている。
その傍らにはパートナーであるマーナガルムのユキムラもいるのだが、せめてもの情けなのか、ナズナの姿は見ないように別方向を見ている。
「ふー……なんか、あんた達を見てると緊張してるのが馬鹿みたいね」
そんな面々の元へとやってきたのは、二年生ながらも北学区生徒会の副会長を務める氷川明依であった。
「何を今更。
今の内から緊張したって疲れるだけでしょ」
背筋を伸ばしながらもリラックスした様子の歌丸連理
かなり脱力しているが、すぐに動けるよう切り替える準備はできている。
これまで、数々の修羅場を潜り抜けてきたが故の脱力と緊張を程よく両立している。
「まぁ、そうッスね。
レイドで大事なのは個人技より立ち回りッスから。
今まではどこで誰が狙われるのかわからなかったけど、今回は誰が狙われるか明らかっスから気楽なもんスよ」
そう言った戒斗は、すでに制服を迷宮仕様のマント状態に切り替えており、普段はあまり使わない、GWの時にも利用したライフルを背負っている。
「私も、今回はララの力を使って自分で隠れられるし……前回のレイド以上に上手く立ち回れると思います」
「ん」
「もちろん、私とユキムラだって行けますよ!
前回のレイドには参加できませんでしたけど、そんじょそこらのレイドモンスターには負けませんよ、ユキムラは!」
「WOW」
紗々芽とドライアドのララ、ナズナとユキムラとそれぞれのパートナーたちも過度に気負った様子もなくやる気満々だ。
「いざとなればヴァイスとシュバルツの力も借りられるんで、ぶっちゃけ前回のレイドよりかなり気楽です」
「そう言うこと言うと、学園長から無茶ぶりが来るわよ」
「つれーわー、マジでつれーわー!」
氷川の言葉に即座に態度を一変させる歌丸連理
何時だってドラゴンによって窮地に立たされてきた身としてはその脅威は絶対に無視できなかったのである。
すでに見られているかもしれないと思って大袈裟にふるまい出す。
「まぁ、レイドボスが出てくるパターンは既にいくつか考えてあるし……
それに応じて逐次指示出しするわ。
それで……日暮戒斗、例の物は?」
「ばっちりッスよ」
氷川明依の言葉に応じるように、戒斗はマントの中から白い、ハンドガンというには大振りな銃を見せた。
「試し撃ちは?」
「負担を考えてゼロ距離で一度。
鉄の塊ぶち抜いたッスよ」
「そう………………うわぁ」
「なんでドン引きしてんスか!」
「いやだってその光景を想像したら……うっわぁ……人間性というか、道徳とか倫理を疑うわ。
失敗してしたら大惨事じゃないの……」
「いや、まぁ……言いたいことはわかるッスけど……ギンシャリもこの通り無事ッスから、とにかく予定通りの性能と考えてもらっていいッスよ!」
若干早口になって話を誤魔化す戒斗であった。
氷川明依の言う大惨事を想像してしまったのだろう。
「で、稲生さん――――さっきから歌丸がスカート覗いてるわよ」
「っ!?」
「してねぇよ!!」
即座に立ち上がってスカートを抑えるような動作をする稲生と堪らず突っ込む歌丸
ちなみに、現在の稲生の制服も迷宮仕様に変更されており、ロングブーツにミニスカートである。
「ええ、嘘よ。
でもそんな恰好で、寝転がるとか本当に危ないから」
「は、はい……気をつけます…………うぅ~!」
「なぜ僕を睨む」
「うっさい」
「理不尽すぎる……」
唐突にイチャつき始める歌丸と稲生を見て、深くため息をつく氷川
稲生自身が自覚してるかは不明だが……いや、おそらくしてないのだろう。
自覚してたらこんな一般的には醜態に分類される姿を晒すわけがない。
とにかく、稲生は何か不満があるとひとまず何らかの形で歌丸に絡んで甘えるのが癖になっている様子だった。
(南にいた時は生徒会庶務でしっかりしてると思ってたけど…………甘えん坊って言えばいいの、これ?
向こうでは常に保護者の姉と兄みたいな人が一緒だったから常時甘えていたようなモノだったのからそう見えなかっただけってこと?)
自分は何を見せられているのだろうかと遠い目をしつつ、咳ばらいをしながら紗々芽の方を見る。
「今回のレイド、あなたの負担がかなり大きくなるけど任せて大丈夫かしら?」
「問題ありません。
私の場合は視界にさえ入っていればエンチャントは発動しますので。
というより、私よりも先輩の方こそ大丈夫ですか?」
「? なにが」
「いえ……だって……今回の作戦、成功しても失敗しても結構な
「何もしなくても何か言ってくるのが一般人なんだからいちいち気にしてらんないわ」
「は、はぁ……」
「どうせ文句言われるんならこっちが何かやっても良いじゃない」
「それ結構危ない人の思考ですよ、本当に」
「歌丸連理と比べれば可愛いものよ」
「おい」
「なるほど」
「紗々芽さん?」
謎の共感を覚える二人のやり取りにツッコミを入れる歌丸だったがどちらも相手にしないのであった。
「――さて、それじゃあもうすぐ開始よ。配置について」
■
迷宮生物が飛び出してくる中央広場
そこを中心に、現在は強大な氷壁が周囲を囲んでいて、一方向にしか迷宮生物が逃げ出さないようにしている。
これらの壁は、氷属性の最上級魔法スキルのニブルヘイムにより作られたもので、いくらレイドボスでも簡単には壊せない上に、後片づけも魔力が切れたら勝手に溶けて消えると非常に楽な魂胆から設置されたものだ。
出来ることなら完全に囲みたいが、それを実行するとドラゴンから物言いが入るので諦めた。
そして、その壁により誘導されるであろうレイドボスが向かう先にある防衛ライン
このラインをレイドボスが超えた時点で、ドラゴンが指定した北学区生徒会の主力の面々がペナルティ無しで今回の大規模戦闘への参加が許可される。
それは同時に、一般生徒たちが歌丸連理を中心とした特別クラスへの参加の切符を失うことと同義である。
故に、今回は多くの参加者が、このラインに到達前にレイドボスを討伐し、活躍しようと躍起になっていた。
そのラインのすぐ近くで、落ち着かない様子の少女いる。
「……歌丸くんたち、大丈夫かな?」
少女――榎並英里佳のその手にある学生証から映像が投影されており、いつものメンバーにプラス氷川明依でじゃれついている様子が見える。
今回の大規模戦闘はテレビでの撮影の他に、学生証からでも映像を確認できるようになって街頭モニターがないところでも、レイドの様子をすぐに確認できるのだ。
英里佳の傍らにいた三上詩織も、同じように映像を確認して、レイド前でも普段通りの面々に呆れつつ、学生証を睨むように見ている。
「見る限り大丈夫だけど……この技術、厄介よね。
ドラゴンなんだから学園全部のこと把握してるとは思っていたけど、こうして実際に目の当たりにするのはゾッとしないわ」
ちなみに、これらの映像はドラゴンが放った無数の分身の視界を利用しているらしく、リアルタイムでドラゴンが見ている場所に限定すればレイドのほぼすべてを把握できるのだ。
「これ、実際のところ私たちの会話も聞かれてるんでしょうね」
「ドラゴン死ね」
「英里佳……」
ドラゴンに対しての敵意を一切隠さない仲間に何とも言えない表情を見せる詩織
しかし、一方で英里佳が投影している画面がやけに激しく明滅するようになる。
この画面は一応ドラゴンの分身の視界を使っているので、瞬くなどすれば当然それも影響するわけだが……
「瞬きの回数増やすな死ね」
「英里佳、やめなさい。画面完全に真っ暗になったから。
完全におちょくられてるから」
「やはり人類はドラゴンと分かり合えない」
「確かにそうかもだけど、こんなしょうもないことで再確認しないで」
そんな微笑ましいやり取りをしている後輩を、同じ北学区生徒会の面々が眺めている。
のんびりとした様子で、パートナーであるミィス・ドラゴンのソラに骨付きの生肉を差し出す生徒会長の天藤紅羽
「さってさてさて~……明依ちゃんは一体どんなことをするのかなぁ~?」
彼女もにこやかに、手元の学生証から氷川明依の様子を見ている。
「ここ最近はやけに上機嫌だったな……」
「あんな上機嫌なのは、生徒会に入った直後くらいだったな。
それ以降は基本ずっとしかめっ面だったし」
同じく生徒会の三年生の会津清松と来道黒鵜も、今回のレイドで何かしら仕掛けるつもりの氷川明依に注目している。
「金剛、お前は何も聞いてないのか?」
清松に名字で呼ばれ、金剛瑠璃は不満げに頬を膨らませる。
「だから名字じゃなくて名前で呼んでください。
えっと……メイメイは色んなレイドモンスターが出た場合の対策を考えてはいましたけど、作戦は特に考えてなかったと思います」
「対策してるなら普通に作戦考えてんじゃねぇのか?」
「いえ……行動パターンとか弱点とか過去のデータから漁って情報をまとめていただけなんですよね。
それを全体にどう伝えるのか、誰にそれをやってもらうのかとかそういう段取りは私が知る限り一切やっていません」
「はぁ? それじゃ何も意味がないじゃねぇか」
「そうなんですよねぇ……」
瑠璃のその言葉に、清松は怪訝な表情をする。
瑠璃も、明依の行動の意図を掴めずに首を傾げる。
その一方で、黒鵜だけは学生証に投影される映像を見て何か察した様子だ。
「なら、考えられることは一つだけだ」
「は? あいつが何やるか分かったのかよ」
「いや、具体的な方法については見当がつかないが、そこに至るまでの要因については察しが付く。
というより、それ以外ではこの状況を説明できない。
正直なところ、日暮より先ってのは完全に予想外ではあったがな」
「は……え、マジか?」
「えぇっ……」
黒鵜の言葉に察しがついた清松と瑠璃は困惑しつつも同時に強い納得があった。
そこで苦労は頷いてから自分の考えを述べる。
「――氷川は、ユニークスキルを手に入れたんだ」
■
『えー、まもなく時刻は午前9時となります。
今回の大規模戦闘参加者の方は中央広場にお集まりください。
参加者ではない方は指定された避難場所か校舎地下にあるシェルターに移動してください。
指定された場所以外には現在警備員の北学区生徒はおりませんので、参加されない方は急いで移動してください。
それでは、今回も実況は私、
解説にはこちら、今回本島から特別ゲストとして、現在の世界に影響力を与える大企業! 金瀬製薬の専務にして、学園卒業生の金瀬創太郎さんに解説をしていただくこととなっております!』
『どうも、よろしくお願いします。
こういう役目は初めてですけど、頑張ります』
大きなイベントの司会や実況役をこれまで何度もこなして来て慣れてきた水島夢奈
世界的なVIPを隣に座られて初めは緊張していたが、冷静に考えてみれば人類の天敵を隣に座らせて仕事したこともあったなと冷静さを取り戻していた。
歌丸連理とは無関係にかなり頭のネジが外れているという、割と稀有な人材である。
『今回の大規模戦闘は今までと違って北学区の生徒会役員の半数以上、さらに最近大注目の榎並英里佳さんと三上詩織さんが序盤では参加できないとのことですが、金瀬さんは今回の大規模戦闘はどのようなことが起こると考えられますか?』
『そうですね、まず全体として火力面に不安があります。
今回不参加の面々は一撃の火力がかなり強力ですから。
それにより、戦闘の長期化も考えられますね』
『なるほど……では、今回の大規模戦闘で注目している生徒はいらっしゃいますか?』
『まずは、北学区生徒会メンバーの氷川明依さんですね。
彼女は火力面では金剛瑠璃さんには及びませんが、手数の多さは私が在学していた時でもそうそう見なかった実力です。
あとは、今回メンバーが不参加対象となっているチーム天守閣の苅澤紗々芽さんですね。彼女のパートナーのドライアドの力を借りて屋外――日の光が降り注ぐこの状況での付与魔術の効果は高まっていることから、全体の流れは彼女によってつくられるのではないでしょうか。
あとは、おそらく今回の大規模戦闘での決定力とされるのは、下村大地君でしょうね。
彼は次期生徒会役員候補にして、会津清松君と同じように多種多様な武器を状況に応じて使い分けます。
いざという時は、火力の高い武装で仕留めるなどの行動も期待できます』
『では、今世界的に注目されているチーム天守閣の歌丸連理はどうでしょうか?』
『彼については迷宮生物を引き付ける体質……ということですが、レイドモンスターは知能が高いので、脅威と判断した対象に狙いを切り替えることもあるので。
体育祭で見せたような活躍は、流石に今回は見られないでしょう。
今回の大規模戦闘では後方で支援に徹するのではないでしょうか』
『なるほど、ありがとうございます。
では、もうすぐ大規模戦闘開始です。
繰り返します。参加されない生徒の方は――』
水島夢奈が注意勧告を続ける横で、金瀬創太郎はマイクの電源をオフにして、自分の左後方に控えている人物に、顔を前に向けて表情を変えないまま問う。
「これでいいのかい?」
表情とは裏腹に、懐疑的な声音だ。
「わざわざこの場で彼にあんな評価を下すことは私としては大変不本意なのだけど」
「いえ、むしろ下手に注目されるとあいつは動きづらくなります。
初動でのインパクトは少しでも大きくするために、ここは敢えて意識を外させるべきというのが、俺たちの判断です」
それに応えるのは、西学区生徒会の副会長である
名目上は護衛と、今回緊急で金瀬創太郎を招待した張本人ということで接待を担当もしている。
「まったく、後輩から顎で使われる日が来るとは思わなかったよ」
「それについては申し訳ないと思っています。
けど、今は少しでも歌丸と日暮、この二人が実力を発揮できる場を整えておく必要があるんです」
「ふっ……冗談だよ。君が卒業後に私の部下になってくれるのならその利益は余りあるくらいだ。
それに聞いたよ、来年に備えて少しでも強くなっておきたいんだろ……私個人としては歌丸くんに注目してるが……君の場合、日暮くんだったかな……彼を鍛えたいのかい?」
「ええ、他の三人……いや、今は四人ですね。そっちは放っておいても勝手に強くなっていくでしょうけど、日暮に関してはある程度サポートした方がよく伸びるはずです」
「へぇ……興味深いね、それは。
今回の大規模戦闘に備えての医療物資支援と、さらには特別クラスの特典としてのアイテム支給と装備に対する補助金
色々と用意はさせてもらったけど……今回はそれに見合うものが見れると期待しても良いのかな?」
「ええ、もちろん」
お互いに顔は見ないまま、同じように不敵に笑う金瀬創太郎と銃音寛治
(私がいないところでそう言うの話して欲しかったなぁ……)
そしてそんな話を一切表情を変えずに聞こえてない振りをし続ける水島夢奈。やはりかなり神経が図太くなっているようだ。
そして、いよいよ大規模戦闘が始まる。その時だった。
『さぁ、今中央広場にレイドボスがしゅつげ――――えっ!?』
そして開始直後のまさかの光景に、誰もが目を見開く。
『――う、歌丸連理が今、た、たた単身で、レイドボスに突っ込んでいます!!!!』
歌丸連理、暴走開始。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます