第77話 吐き出す妬みと呑み込む嫉み



相田和也あいだかずやは、中学のスクールカーストにおいてはそこそこ上位に食い込む存在だという自覚があった。


トップとは言わないが、運動部で友人も多く、所属していた剣道部では県大会でベスト8に残る程度には実力はあった。


だから迷宮学園でもそこそこ上位になれると、なんとなく思ってはいた。


可能なら、迷宮でカッコよく女の子を助けて、そんな女の子たちに好かれるハーレムパーティみたいなものを高望みしたりもしたが、現実はそうはうまくいかないと、どこかであきらめてはいた。



だからこそ、一つだけ納得できないことがあった。



「……なんであんな奴が」



歌丸連理うたまるれんり



入学当初、多くの者たちに相手にされていなかった存在。


職業ジョブの適正もなく、どうせすぐに死ぬと思っていた彼は、気付けば一年生の中ではトップを独走しているパーティに所属し、あまつさえ北学区のエリートともいわれる生徒会との関係までもっていた。



初日にゲロを吐いて、エンペラビットに襲われて、ラプトルにぼろ雑巾みたいに遊ばれていた貧弱な何もできない雑魚が、今誰よりも前に進んでいる。



「くそっ……!」



人気のない路地裏を歩きながら、相田は壁を殴りつける。


もう一方の手には、パンフレットが握られていた。


それは他の学区についての概要がまとめられたものだ。


そう、相田は今日は北学区のクラスで授業を受けず、ほかの学区の転校説明会に出席していたのだ。



「なんで俺じゃなくて、あいつが……」



わかっている。


これは身勝手な考えだということを。


しかし考えずにはいられない。


なんで自分が北学区あの場所から逃げ出してるのに、歌丸ザコがそこでのうのうと生きているのだと。



「……はぁ」



考えても仕方ない。


忘れよう。


忘れて、これからのことを考えよう。


もう戦うのは散々だった。


大規模戦闘レイドで、人が死ぬのを見た。


別のクラスではあったが、中学時代の友人が死んだ。


そして次は自分じゃないかと怖くなった。


だからあそこにはいたくない。


笑ってやればいい、どうせ次はお前が死ぬんだと、笑ってやればいい。


そうなればいい。


そうなってしまえばいい。



「くそっ……!」



そんな風に考えてしまう自分に嫌な気持ちになり、やり場のない気持ちから相田は再び壁を叩く。



「――劣等感から来る黒い感情。


それもまた青春でしょう」



「……え」



ふと、先ほどまで自分以外誰もいなかったはずの路地裏に声が響く。


顔を上げると、そこにはスーツを着たドラゴンの姿があった。



「なっ――あ、ぇ、が、がく、ちょう……?」


「はい、そうですよ。相田和也くん」


「俺の、なまえ……?」


「ええ、私は学長ですので全校生徒の名前は当然憶えていますよ」



人類の天敵


迷宮学園を支配する最強の人外


ドラゴン


それが今、自分の目の前にいる。



「あ、ぅ……!」



がくがくと脚が勝手に震える。


歯がカチカチとぶつかり合って不快な振動が頭に響く。


だけど相田にはそれらを止めることができなかった。


絶対強者を前にした生物としての本能に理性は抗えなかったのだ。



「おやおや、どうしました?


具合でも悪いのですか?」



ギョロリと光をかすかに反射させる瞳が自分を見据えてくる。



「ひ、ひぃいい!」



そんな状況に耐えきれず、相田はその場で頭を抱えてうずくまり、何も見えず、何も聞こえないように体を小さくしてしまう。



「あらら…………ああ、歌丸くんたちで慣れてしまいましたが、こういう生徒のほうが多かったのを忘れてしまいましたね」


「っ!」



また、歌丸か。



その名前を聞いた途端に、相田の中での感情に怒りが混じりだす。


それでも恐怖のほうがいまだに強く、その場から動くことができない。



「なるほどなるほど…………残念ですねぇ、君ならいけると思ったのですが、ほかを当たります。


怖がらせてしまってすいませんでした」




そういって、かすかに聞こえる足音から学長が離れていくのが相田にはわかった。



――今、あのドラゴンはなんて言った?



「あ、あの!」



恐怖に震える喉が、妙に甲高い声を出す。


それでも相田は声を張り上げた。



「お、俺ならいけるって、どういうことですか!」



学長は足を止め、ゆっくりと振り返る。


その顔を見るのは怖いが、どうしてかそれが気になった。



「北学区においてもっとも学ぶべきものはなんだと思いますか?」


「え? あの……」


「大事な質問です、どうか答えていただけないでしょうか」


「大事な……もの……」



北学区で学ぶべきものとは何か?


そう問われて、相田は考える。


東学区では技術を、南学区では生産を、西学区では商売を学ぶ。


では、北学区は?



そう問われたときに、相田の中で真っ先に浮かんだ単語が口からついて出た。



「恐怖……で、す……か…………ね?」



口に出しながら、きっとこれではないなと思ってしまう。


それでも、今の相田にとっては北学区という場所で感じたものは死の恐怖だったのだ。



「ふふっ……歌丸くんだったら、なんて答えますかね?」


「っ……そんなこと……俺が、知るわけないだろっ!!」



相手がドラゴンだとわかっていて、それでも叫ばずにはいられなかった。


どうして自分が、まるで歌丸ザコより劣っているかのように比較されなければならないのだと我慢ならなかったのだ。



「君に、彼と同系統の力を私があげると言ったら、どうしますか?」


「……え?」


「彼の持つスキル、適応する人類ホモ・アディクェイション……これは本来すべての人類が所有している力であり、そして生きていくうちに失う子供から大人へと変わっていくための力……成長の象徴です。


私なら、君にそれと近い能力を授けられますが……どうしますか?」


「ほ、欲しいっ!」


「なぜ?」


「え」


「なぜ欲しいのですか?」


「それは……」



食い気味に力を欲したはずなのに、その理由を問われると相田は口をつぐむ。


すると、いつの間にか接近してきた学長が、相田の肩に手を置いた。



「もっと、正直になりましょう」



その瞳に映る自身の顔を、相田は見た。


そこにいたのは、暗い感情がにじみ出てきたような歪んだ苦悩している自分が映る。



――なんで自分が



「俺は……」



――なんで歌丸ザコなんかが



「歌丸なんかより、ずっと優れてる」



――納得できない。



「あいつをぶっ潰して、俺のほうがすごいんだって認めさせたい」



にやりと、学長が笑った。


人間と違って表情は本来読み取れないはずなのに、相田には今学長が笑っているのだと理解できた。



「素晴らしいですよ、その感情は、素晴らしいです!


これぞ青春です! 嫉妬と憤怒から来る理不尽で押さえきれない破壊衝動! 若さゆえの特権です!


では、是非とも」



――ドスッ



「…………え」



妙な異物感が腹にしたので、視線を下げる。


そこには、学長の腕が自分の腹に深く突き刺さっているのが見えた。


血は出ていない。


だが、確かに腹に学長の腕が刺さっている。




「あ、ぁ……ああ、ガーーう、おぇ、が、あ……!!!!」




とてつもない吐き気がこみ上げてきて、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたかのように思考が定まらない。


そんな中で見上げた学長は……



「歌丸くんの成長を促す当て馬となってくださいねっ」



相田が最後に見たのは、学長の瞳の中に映っている自分自身の姿だった。





本日は金曜日


明日はお休みということで、今日はちょっと長時間の迷宮攻略を予定していた。



場所は前線基地ベースキャンプ


そこからさらに第10層に転移して攻略を進めることとなっている。


普段なら生徒会の使っている転移魔法陣ですぐに10層に直行するのだが、今回は別件でここにきている。


場所は巨大なドラゴンの姿を模した像の前。


ノービスからそれぞれの職業を選択した場所だ。



「……これでよしっと」



その像の前で出てきた掌が置ける程度の台座


そこに手を当てていた詩織さんがゆっくりと目を開きながら一歩だけ離れる。


すると、その制服が淡い光を発しながら変化を見せる。


簡易なライトアーマーが頑丈でしっかりと体を守るように覆われた物へと変化したのだ。



「これで私の転職ジョブチェンジも完了ね」



転職ジョブチェンジ


もともと適正のある職業の発展した職業、もしくは別の適正のある職業に変化する場合のこと全般を指す。


今詩織さんが行ったのは前者の方だ。


条件が揃えば、ポイントを消費して上位職、つまりステータス補正を強化することもできるし、覚えられるスキルの構成が若干変化したりもする。


前回まで不足していた筋力のステータスがランクアップしたことで詩織さんは初期の“フェンサー”から“ナイト”へと変化した。


これにより今までよりも耐久と囮の行動に補正が入り、安定したタンクとしての役割を果たしてもらえる。


ルーンナイト時のステータス補正と比べれば微々たる変化だが、地力が上がればそれだけルーンナイトになったときも強化されるし、決してこの変化は無駄ではない。



「とりあえず次は俊敏も上げて、その次に幸運と魔力も強化して……“ソードナイト”経由で“パラディン”を目指してみようかしら……あぁ、でもマジックナイトも捨てがたいわね。


今のところ攻撃魔法使えるのうちのパーティにいないし……」



学生証を確認しながらそんなことをつぶやく詩織さん。



ちなみに、フェンサーからなれる職業はナイト、ソードファイター、サムライの三種類存在する。


ナイトからはさらにソードナイト、ランスナイト、シールドナイト、マジックナイトと四つに派生し、最終的にはパラディン、ダークナイト、ロイヤルナイトのどれかになる。


これらをまとめて“ナイト系”と呼称する。


攻撃手段は多々あるが、どれも防御力の高い前衛を担うというのがナイト系の特徴といえるだろう。


三上さんがなりたいのはパラディンという、回復スキルも覚えられるナイトだ。


ちなみにダークナイトは若干ベルセルク寄りで防御を損なうことのない攻撃特化のナイト


ロイヤルナイトは、ガッチガチに防御を固めた、理想的タンクのようなナイトだ。


とにかく、前衛の要である詩織さんがさらに頼もしくなったわけだ。



「私も、これで今まで以上に早く敵を倒せるよ」



そういったのは、手足の装甲がさらにトゲトゲしくなった英里佳だった。


特に脚部はさらに武骨な感じだ。


今の彼女の職業はベルセルクからさらに強化されたものだ。


その名も“ベルセルク・スパイカー”


ベルセルクの場合は、転職しても大してステータスの恩恵はあまり受けられない。


むしろ、転職した内容に応じてはデメリットも背負う場合がある。


その代わり、ポイントをほとんど消費せずに覚えられるスキルの構成にある程度の方向性を付けられる。


スパイカーの特徴は、足技だ。


つまり、蹴る走るといった脚部に関するスキルを覚えやすくスキル構成が変化し、足技に対しての補正が入る。


その一方で今まで受けられていた足技以外の補正がなくなるのだが、クリアスパイダーとの闘いで、どうやら下手に武器を使うよりも自分の体そのものを武器として戦う方が性に合っていると英里佳が判断した結果である。



「うーん……新コスチュームってもっとこう、ワクワクなもんのはずなんっすけど軒並み物騒になっただけっすね……」



そう言う戒斗のコスチュームはゆったりとした感じのフードのついたものから、全体的にスラっとした通常形態のまま黒くなった制服変化している。


さらに黒いマントをその上に羽織っており、なんか中二病度合いが加速している。



“エージェント”の派生上位職“エグゼキューター”



対人特化型のエージェントに追跡系統のスキルを追加し、さらに対人向けの攻撃手段を豊富に覚えるようになった。



当然隠密系のスキルも豊富に覚える。



この職業ならば、万が一僕たちの誰かがまた遭難したとしても追跡スキルですぐに合流できる可能性が上がるらしい。



「はぁ……みんな羨ましいなぁ……」



そして僕だが、残念ながら“ヒューマン・ビーイング”には上位職が存在しない。


というか学生証で確認した限りこれが最上位職の一つって扱いだった。


一応、ソルジャーの適正が増えてはいたのだが、まだまだヒューマン・ビーイングとして覚えておくべきスキルがたくさんあるということで現状維持となった。



「苅澤さんはもうちょっとで転職可能なんでしょ?


ちなみに何選ぶ予定?」



「え……あ、その……私はまだ考え中」



苅澤さんも結構ポイントは持っているのだが、能力値の強化に割いてしまったので転職するにはポイントが不足しているので“エンチャンター”のままだ。


ちなみにエンチャンターの場合も複数派生がある。


迷宮生物モンスターの召喚、使役ができるサモナー


僕たちもよく知っている回復もできるようになるドルイド


最後にエンチャンターとしての能力を強化したハイ・エンチャンターだ。


ちなみにハイ・エンチャンターの先輩方はこの間の大規模戦闘レイドで大活躍だった。



「まぁ、13層でアームコングでも狩ってれば紗々芽もすぐに転職できるわよ」


「一応言っておくが、今の俺たちの目的はわかってるか?」



僕たちにそう指摘したのは生徒会役員、副会長の来道黒鵜らいどうくろう先輩だった。



職業:ディサイダー



その格好は、戒斗の制服を白くしたような、というか色違いの格好だ。


実は何を隠そう、この人の職業はエージェントの最上位職だったのだ。


北学区でその道を究めた人がいるとは本当に意外だ。



「わかってます。


ララの保護、ですよね?」



詩織さんはそう言いながら僕を見た。


ドライアドのララ


この間の13層で起きた騒動の中心である彼女を保護して地上へと連れ帰るのが今回の目的だ。


ララを守りたいならやっぱり迷宮に置いておくよりテイムした事にしておく方がいいと生徒会で判断したらしい。


仮に今回は連れ出せなくても、交渉という形でこちらで相手を斡旋するための前準備ができればそれでいいらしい。



「そういうことだ。


普通ならたどり着けない場所でも、歌丸お前ならどうにかできるだろ」



「僕というか……まぁ、こいつらですけどね」



アドバンスカードを出してそこから三匹のエンペラビットを呼び出す。



「きゅう」「ぎゅう」「きゅる」



出てきた三匹のエンペラビット


こいつらは迷宮内の構造にとても詳しく、どこへ進めば目的地にたどり着けるのかも熟知している。


今回は特にギンシャリとワサビに期待だ。



「よし、頼んだぞ」



そういいながら、先行して10層へと転移する来道先輩


後に続いて戒斗、詩織さん、英里佳が転移魔法陣に踏み込んで10層へと転移していく。



「苅澤さん、もうみんな先に行ったよ?」



一応順番は僕が最後となっており、次は苅澤さんが向かう番なのだが、どういうことか彼女はうつむいていて心ここにあらずという感じだ。



「え……あ、うん、そうだね」


「……あの、もしかしてこの間のこと怒ってる?」


「それは、もう別に済んだことだし……」



とか言ってるけどなんか不満そうだ。



「あのさ、僕なんか苅澤さんに怒らせるようなことしたかな、虹色大根以外で」


「え……なんで、そんなこと聞くの?」


「いや、なんか……GWからかなりよそよそしいというか…………苅澤さんが僕を避けようとしてるのって、気のせい?」



なんとなく、特に月曜日からその傾向が強い気がしてならない。


普段なら何気ない世間話とかするのだが、ここ最近はそういうことが一切なかった。


視線だって、今こうして真正面から話していても合わせようとしない。



「……気のせいだよ。


先に行くね」



「う、うん……」



これ以上聞かないでほしい。


まるでそういわれたような気がして、僕はそれ以上苅澤さんに何も聞けなかった。



そうして苅澤さんが転移したので、次は僕だ。



「――きゅ?」



魔法陣に踏み込もうとしたとき、何故かシャチホコが足を止めて背後を見た。



「シャチホコ、どうした行くぞ?」


「きゅきゅ……きゅう?」



なんか腑に落ちないという感じで首をかしげながらもついてくるシャチホコ。


そしてさも当然のように三匹とも僕の頭と両肩にそれぞれ乗ってきて、僕はそのまま10層へと転移したのであった。

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