第162話 話さない信頼



『みんなー! 今日は集まってくれてありがとーーーーーーーーー!』



――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーー!!



人の声で大気が揺れる。


一人の少女がマイク片手に制服のまま超特急で作成されたステージに立つ少女がいた。


世界でも名の知られた歌姫・MIYABI


本名は李玖卯雅りくうみやび


迷宮学園西学区所属の二年生である。


そして世界で唯一の“ディーヴァ”の特殊職業エクストラジョブを手に入れた少女でもある。


そんな彼女が今朝になって突然ライブを開催するとなって、会場となっている中央広場の一画ではたくさんの人が集まっていた。



『みんな、もうすぐ体育祭あるの知ってるよねー!』


『はーい!!』

『MIYABIちゃーん!』

『こっちむいてーー!!』



テンションの高いファンはとにかく大声で叫ぶ。


そんなファンに向かって、MIYABIはさらに燃料を投下した。




『学園同士の対抗、私、この学園に勝って欲しいから応援歌、つくっちゃいましたー!』


――わあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!



今度は地面が揺れているのではないかと錯覚するほどに大きく揺れる。


それだけMIYABIの新曲というものは凄いのだ。


学園に入学してからの新曲、そして今年のとなるとこれが初めてとなり、ファンとなればその新曲は待望と言ってもいいのだ。


新曲の発表会


もともと企画として挙がっていたものを、このライブで使用したのだ。



『さぁ、それじゃあいくよー!』



MIYABIが合図をあげると同時に設置されたスピーカーが揺れるほどの音が発生する。


そしてステージの演出なのか、ライトだけでなく火花や霧などが前奏と合わせて発生する。


熱狂が空間を包み込み、すべての視線がステージに吸い込まれていく。



そして、ライブは始まった。





場所を移して、東部迷宮学園の島から少しだけ離れた場所で停泊している船があった。


その一室には今二人の人物がいて、二人ともテレビを見ている。



「はっ……お気楽だよなぁ。


そう思わないか、歌丸椿咲ちゃんよぉ?」



テレビにまで緊急生放送という形で映されているライブを、ワンセグのTVで見ながら呆れた顔をする男がいた。


その男は名前をこの室内で椅子に座っている椿咲に名前を名乗らなかった。


ただ“鼠”と先ほど椿咲をこの場所に連れて来た“アサシン”に呼ばれていたことを思い出す。



「……出て行ってください」


「はっ、随分と嫌われたな。


これだから生きてる人間は面倒だ」



そう言いながらも、鼠と呼ばれた男は何とも君の悪い目で椿咲を見てくる。



「なかなか好みの造形だ」


「……早く、出て行ってください」



男の言葉に君の悪さを覚える椿咲


この男から少しでも離れたい。


そんな強い恐怖心に体が震えそうになる。



「はいはい、じゃあとりあえずブラックカード返してくれねぇか?


それ使って逃げられたら面倒だからよぉ」


「別に、逃げません」



そう言いながら、椿咲はポケットから黒い学生証を取り出し、そしてそれを鼠に――ではなく、近くのテーブルの方まで持って行ってその上に置いてから席に戻る。



「はぁ……これだから生きてる奴は」



面倒くさそうにそう言いながら、机に置かれた黒い学生証を回収した鼠は興味を無くしたかのように部屋から出ていく。


そして出ていく際、外側から鍵とかけていったのが音で分かった。



「――――はぁ……!」



そうしてようやく、椿咲は心から安堵した。



「…………何なの、あの人」



先ほどまでこの部屋にいた鼠に、今まであってきたどんな人間とも違う気味の悪さ覚える。


普通じゃない。


椿咲は自分の容姿が整っていることは自覚しており、異性から下心のある目で見られることは覚えがある。


それが理由で少し男性に対して警戒心が強くなっている節があるが、先ほどの男から感じた君の悪さはそれらとは違う。



「一体……何なの……?」



下心があるようだったが、それだけじゃない。



『~~~~~~♪』



恐怖に自分の身体を抱きしめながら震えていると、テレビの歌声に顔をあげる。



「MIYABI……」



そこに映っているのは、迷宮学園に来る前から何度もネット配信でその歌声を聞いたアイドルの姿だった。



「……あそこに残ってたら、直で見れたのかな」



そんなことを呟いて、それはありえないなとすぐに顔を横に振る。


今更自分にそんな資格はない。



「しっかりしなさい、歌丸椿咲……私が兄さんを守らないといけないんだから」



そう自分に言い聞かせる。


その時、パーンと大きな音が窓から聞こえた。


窓からみれば学園の方から何が空に向かって打ち上げられていた。



「ライブの演出ってお金かけてるんだ……」



打ちあがり、上空で炸裂し、風が強いのか薄く広がっていく煙を見て首を傾げる。



「……なんか、どこかで見たような……?」



気になって、テレビに視線を戻して、MIYABIではなくてそのステージの奥を注視する。



「……あれって」



ライブの演奏が激しくなる、そのタイミングを狙って小さいロケットのようなものが点火して、上空に打ち上げられた。


そして今度は船の窓から見えるほど高い場所で何かが炸裂した。



「あれ、東学区の研究発表で見たような……?」



三日前の東学区の研究発表内容をまとめた映像


その中で同じものを見た覚えがあった椿咲



「確かあれは……」



記憶を探り、そしてその小さなロケットがどんな分野のものであったのか思い出す。



「迷宮生物由来の物質を利用した、天候操作……?」





同時刻


場所は変わって西学区の生徒会の一室である。



「それで、これはどういうことなんですか?」



普段ならチーム天守閣の代表である詩織が訊ねることだが、今回は紗々芽がその言葉を発した。


やわらかな笑顔だが、その奥に明確な敵意がある。


例えるとしたなら、ジャケットの中に鋭利なナイフを隠していて、尚且つそれをしっかり握っているような状態……そんな笑顔である。



「どうもこうもな……いいか、こっちはお前らみたいな短絡的な考えで動いてねぇんだよ」



それと相対するのは、西学区の生徒会長である銃音寛治である。


先ほど、暴走します宣言をした目の前の女子に警戒を厳としている。



「椿咲さんが私たちから離れていくのを見過ごすの容認するほどなんですか?」


「はぁ…………それに関しては、むしろそうなってくれた方がこっちに都合が良いんだよ」


「――なんスかそれ!」



後ろで話を聞いていた戒斗が、銃音の言葉に怒り出す。



「日暮くん、落ち着いて」


「だけど!」

「先に殴ったら内容全部聞けないでしょ。あとで殴って」


「え、あ……う、うっす」



寧ろ殴れと言われると逆に冷静になって思わず頷いてしまう戒斗なのであった。



「殴るの確定かよ……」


「むしろどうして殴られないと思ってるんですか、あなたは?」



顔が引き攣る銃音だが、心底不思議そうに首を傾げられてさらに表情がぎこちなくなる。



「別に俺が悪いわけじゃないだろ。


向こうが勝手に仕掛けてきてるだけだ」


「それを、被害者本人に何も言わずにただ見逃していれば十分に罪です。


それで殴るのをそっちが咎める気なら……私、今この会話を録音しているので、この音声を教師のどなたかに流します」


「……普通はそこで生徒会の先輩とかだろ」


「心苦しいですが、この状況下で生徒会は頼れないと判断します。


貴方が中心である限り、私は東西南北すべての生徒会を信用できません」


「……この女狐め」


「力づくで奪うというのならどうぞやってください。


英里佳が本気で暴れれば北学区の三年生でないと手が付けられませんからね」



そう言われ「え、私?」と後ろで英里佳が驚いているが、反応はそれだけで拒否する様子は見られない。


状況から見て、紗々芽が本気でお願いすれば英里佳はこの場で大暴れして建物一つくらいぶっ潰してしまいかねない。



「は……よく言う。どうせ全員録音状態なんだろ」


「そう思うならそうなんでしょうね。先輩の中では。


まぁ、とにかくそう言うことですからおとなしく殴られてください。


それだけのことをした自覚くらいは持っていただかないと、納得はできません」


「お前らの自己満足に付き合えと?」


「椿咲さんをあなたたちの自己満足に利用してどの口で……」



心底侮蔑したような目で見てくる紗々芽


そこらな女子より美人なだけあって、迫力がさらに増す。



「はぁ…………わかった、殴られてやるよ。ただし一発だけだぞ」


「日暮くん、今余ってるポイント全部筋力に回しておいて」


「あ、わかったッス」


「するな! 今の状態で、だ! 強化するなよ、絶対に、絶対にするなよ!」



学生証取り出して本気で今日かをしようとする戒斗に焦って止める銃音


本気でやりそうだ。



「――まず、お前ら現状の解決……つまり、俺たちの勝利条件はなんだと考えている?」


「それは……歌丸くんと椿咲さんを守りきることです」


「それなら現時点で敗北してるだろ、馬鹿が」


筋力強化フィジカルアップ

「ち、力がみなぎるッス!」


「こらテメェ、強化施してるんじゃねぇぞ!」


「学生証の強化のこといってただけで付与魔法エンチャントのことは言われてません」


「このアマ……!」


「無駄口叩いてないでさっさと話しを進めて下さい」


「ちっ……!


いいかよく聞け、そもそも事の発端は、歌丸連理を西の学園が欲しがってるってことだ!


今年を凌いでも、来年、再来年に同じことが繰り返される可能性があるだろ。


もしくはまた別の機会を利用して西に引き込もうとする可能性がある」


「それを防ぐために、椿咲さんを守っていたんですが」


「そうだ。


だが、それはあくまでも歌丸連理がこの学園に残りたいと思ってる場合だろ」



銃音の言葉に、英里佳が首を傾げた。



「……歌丸くんが、西に行きたがっているっていうんですか?


どうして?」


「……ふむ……一応個人情報なわけだが……どこまで話していいのか……なぁ、あいつの隠し事について全部知ってる奴ってこの場にいるか?」



そんな質問に、英里佳と紗々芽は一瞬詩織を見た。



「私は一応事情は効いてるけど……あいつが西に行きたがる理由みたいなのは考えつかないわ」


「そうか…………だが、どうもそっちは何か勘付いてるらしいな」



銃音の視線と言葉に、三人が見た先にいたのは戒斗だった。


戒斗は何か考えてるように腕を組んでいて、目を細めて何かを考えていたのだ。



「……あんた、あいつから何か聞いてるの?」


「それは…………まぁ」


「西の学園に行きたがる理由は?」


「……正確な理由についてはさすがにわからないッスけど、原因についてはおおよそ察せられるッス」



歌丸がそもそもこの学園に来たのは、自分が生きていられるのが卒業までというタイムリミットを克服するためだ。


そのために霊薬エリクシルを求めている。


可能性の一つとして、エリクシルを西が用意しているのならば、確かに歌丸連理が西に行く理由とはなりえる。



「……まぁ、とにかくだ。


こっそり歌丸連理に盗聴器を仕掛けさせてもらっててな、その時に歌丸と誘拐の依頼人との会話であいつは西の学園に転校する可能性ができたわけだ。


自発的にあいつが西に行きたがれば、あいつは体育祭で勝利に貢献はしないだろう」


「そんな……歌丸くんが……」



歌丸が自分の意志で西に行くかもしれない。


そう聞いて、英里佳の中で何かが強くぐらついた。



「まぁ、とはいえ、その言葉の信頼も西が歌丸を誘拐する段階で妹に危害を与えることを控えたのが理由だ。


あいつは今、妹の身の安全を脅迫されていることを前提にその勧誘を受けているからそうなってるだけだ」


「待ってください。今現在、西に椿咲さんが脅迫されてついていったのなら、前提が破綻してるはずでは?」



詩織の言葉に、銃音も頷く。



「その通り。


まず、歌丸を誘拐したのが今回の一件においての穏健派。


物騒なことせず、歌丸本人を懐柔しようってことで妹の安全を保障するから話をきいてくれって勢力だ。


そして妹連れて行きたいのは強硬派。こっちが穏健派の制止を聞かずに勝手に犯罪組織を動かして妹をつれていったわけだ」


「……つまり、敵も一枚岩ではなかった。


そのために現状、歌丸くんが西を信頼していた前提要素が崩れている。


いえ、崩したいから敢えて強硬派のことを黙認していたんですか?」


「まぁな」



銃音があっけらかんと認めると、それを紗々芽は強い嫌悪の目で睨む。



「言わせてもらうが、そもそもこっちもお前らのコミュニケーション不足が起因してるだろ。


お前ら全員が、あいつが何故あれだけ無茶をしてるのか、その根本的な部分を把握してないからそこを西に付け込まれてるわけだしな」



銃音の言葉に三人の表情が曇る。


一方で事情を完全に把握している戒斗が質問する。



「生徒会は……あんたはあいつのこと、どこまで調べてるんスか?」


「調べるも何も、そもそもあいつは情報を話さないだけで本気で隠してるわけじゃないぞ」



心底呆れたように、銃音は戒斗以外の三人を見た。



「歌丸連理とその両親は、律義に必要書類にその当たりも詳しく書いてる。


だから、ちょっとでもその気なって調べれば、あいつ本人が話さなくてもお前らはあいつが今どんな状態で、どうして戦っているのか、推測できるくらいの情報は手に入るはずだったんだぞ」



「「「…………」」」



「あと、生徒会の候補となれば身元の調査もされる立場だから、本島での協力者にそれまでの身辺も調べさせてる。


まぁ、書類と被った内容ばかりだったが……つまり、あいつのすべては初めからオープンされてたわけだ。


お前ら、本当に信頼関係できてるのか?」



「勝手なこと、言うなッス!」



三人が落ち込んでいく姿を見て、戒斗が憤慨して前に出る。


そして机の上に身を乗り出して、椅子に座る銃音の胸倉を掴む。



「あいつは、みんなを想って自分の都合を押し付けたくなかったから話さなかったんだけッス!」


「お前には話したのにか?」


「全部を話すことが大切だからってわけじゃねぇ!


アイツは本気で、この三人のこと誰よりも本気で考えて、そしてその負担にならないためって仕方なくで俺に話したんス!」



熱くなり、強引に銃音を引き寄せて至近距離で叫ぶ。



「そもそも聞いた限り、話す必要性もない! 俺たちの今やってることは、あいつの目標につながってる!


このまま俺たちが強くなって迷宮を突き進むことで、物のついでであいつの目的は達成される!


だから話さなかった! それだけッス!


そんなこともわからず、知ったような口で連理を、俺たちを、チーム天守閣を馬鹿にすんなッ!!!!」



そこまで言い切って、強引に解放する。


銃音は背もたれに体を押し付けられたが、特に怒る様子はない。


代わりに面倒くさそうに乱れた胸元を直す。



「いちいち暑苦しい……たくっ…………わかったわかった。


その辺については俺も発言を訂正しよう。


……話を戻すが、いいか?」


「……はい、どうぞ。


日暮くん、下がって」


「うっす」



元の立ち位置に戻ろうとする戒斗



「ありがとうね」



その際に、紗々芽が小声で礼を言う。



「……まぁ、とにかくだ。


そもそも現状で一番最悪なのは人死にが出ることだ。


歌丸がスキルの影響で自分の死を見たらしいが……だからこそ、戦闘になるであろう予想はこちとしては排除したかった。


だから敢えて誘拐を黙認した」


「ですが、それでは歌丸くんが西から脅迫を受けて体育祭で力を封じられますよ」


「だったらこっちも脅迫し返せばいい」



さも当然の様に、そして不敵な笑みを浮かべる銃音



「今日だけだ」



にやりと、椅子を回転させて背後の窓を見る。


景色のむこうに、西の海が見えていた。



「あいつらは作戦が全部うまく行ったと浮かれている。


そしてそれが事実なのも今日までだ」



笑いをこらえているかのように、銃音は語る。



「明日、少なくとも歌丸だけは確実に救出するし……まぁ相手がよっぽど馬鹿でない限りは妹もそのまま帰ってくるさ。


そしてそのまま、あいての首も取る」



振り返った銃音の表情は、自信と、そして闘気に満ち溢れていた。



「防ぐなんざ生温い。


こっちも攻めて、そして勝つ。


体育祭が始まる前に、こっちで西の中心を仕留めにかかるんだよ」

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