第163話 嵐の中でも止まれない。



船が揺れる。


結構大きい船だったから昨日まではあまり感じなかったが、今日はどうにも外があれている。



「うぷぅ……!」



そんなこんなで、僕、歌丸連理は絶賛船酔い中であった。


「きゅう……」

「ウタマル、だいじょうぶ?」


「マジ吐きそう……」



昨日、結局一日中部屋に引きこもっていた僕だが、部屋に設置されてワンセグTVでまさかのMIYABIのライブの中継が見られた。


こんな状況下で何やってんだかと思いつつも、ある意味で平常運転だなぁと感心もしてしまう。


初めてまともにライブ見たけど、意外と曲が良かった。


今度CDとか買ってみようかな……


などとぼんやり考えながらベットで横になっていると、ガチャっと外から掛けられた扉が開いた。



「きゅ!」

「っ……」



エンペラビットのシャチホコとドライアドのララがベッドで横になっている僕を守る様に僕の傍に立つ。


僕も一応ベッドから起き上がって身構える。



「起きているか?」



部屋に入ってきたのはハゲ……善光と呼ばれた男が入ってくる。



「……何の用ですか?」


「予定より早いが、すぐに学園側に船を停泊する。


お前はその時帰っていいぞ」


「……は? どういう風の吹き回しですか?」


「どうもこうも、外を見ればわかるだろ。


嵐が思ったより強くなっている。


波も高いし、無いとは思うが万が一の転覆、そこまでいかなくても浸水被害の恐れがあるから予定を前倒しして港に停泊だ。


船を停泊して、なんかの都合でお前が船の中にいることを確認されることの方が面倒だ。


荷物にでも紛れて帰れって話だ」


「まだ僕の説得もできてないのに?」


「姫は無理強いを嫌う。


そもそもお前も、今この学園に残るか、それとも俺たちと一緒に来るか悩んでるんだろ」



その言葉に、僕は何も答えられない。


西に行った方がいい。メリットを考えればそうだろう。


僕の心臓の問題の解決の可能性が飛躍的に向上するのがそちらだというのなら、もともと僕がこの学園に来た目的にそうわけで……だけど……それは……



「悩むのは若者の特権だ。


よく悩んで、その上で何が利益になるのかを考えろ」


「……あんたは、僕に西に来ることを勧めないんだな」


「押し付けられた正解は、たとえどれだけ正しかったとしても疑惑が残る。


これが本当に正解だったのかと、一生疑い続ける。


俺はそれを知っている。


だから他人に強制はしない。それだけだ」


「じゃあ、結局僕が西に行くことが正解だってことかよ」


「少なくとも、生きていられる道が間違いであるはずがないからな。


生きてることが不正解だなんてのは、よっぽどのクズにしか当てはまらないことだ。


だがお前は違う。生きていていい、生きているべき学生だってことは俺でもわかる。


ほれ」


「え、あ……」



無造作に何かを投げれてたので思わすキャッチした。


それはどう見ても僕の学生証だった。



「返して良いのかよ」


「姫からの命令だ。


船から降りるなら必要だろ。


現状、通信して助けを呼ぶ必要もないしな。


まぁ、一応ここでの通信は控えろ」


「分かってるさ。少なくとも学園に戻るまでは控えるよ」


「それでいい」



そこまで行って、善光は部屋から出ていく。


今度は部屋の鍵を掛けない。



「ウタマル……西にいくの?」



横で僕の話を聞いていたララが不安げに僕にそう訊ねる。



「それは……」



行きたくない。


そういう気持ちが強い。


だけど……僕がこのまま東に残れば、西の強硬派が動く。


僕が残るという意思を確約しない限り、椿咲が危ない。


どうしようか、そう悩んでララの質問に答えられずに黙っていると……



「きゅ? きゅきゅ」


「……シャチホコ?」



突然、ペシペシとシャチホコがその長い耳で僕の身体を叩く。


攻撃とかではなく、何かを伝えたがっているようだが……



「……聴覚共有」



スキルを発動させ、シャチホコの聴覚で聞いた音を僕でも聞けるようにした。



「っ……」



うねる波。渦巻く風。打ち付ける雨。


それらの音が体中に響いて不快感が強まり、そうでなくても酔っていたところで吐き気が強まった。



「……なんだ、エンジン音か?」



波の音に紛れて、何かが動いている音が聞こえる。


少し近い。



『――!』


「……は?」



そして、その音に紛れて小さな悲鳴のようなものが聞こえた。


凄く嫌な予感がして、僕は音がした方向にある窓に近づいてみた。



「あれは……なんでこんな嵐の中で、しかも島とは逆方向に?」



見たところ、僕の乗っている船より小さい、金持ちとかが持っていそうなクルーザーが波の中を突き進んでいた。


しかし、その動く方向はどう見ても迷宮学園のある島とは反対方向


荒れ狂う海の中が広がる方向へと進んでいるのだ。



「まさか、いや、でも、まさか……!」



物凄く嫌な予感がして、学生証から偵察用で購入していた双眼鏡を取り出し、そのクルーザーを確認した。



「――――っ! 嘘だろ、おい!!」



そのクルーザーの中に見えた人物の姿を見て、僕は思わずそう叫んだ。


そしてもう、後先考えずに窓を蹴破る。



「きゅ、きゅきゅう!?」


「ウタマル!?」



頭の上と背後で驚きの声がした。



「ララ、カード返す! お前はこのまま学園に戻るんだ!」



そう指示を出してから、僕はシャチホコを頭に乗せたまま風が荒れ狂い、波が渦巻く外へと一気に飛び出した。



「椿咲!!」



生存強想 Lv1 悪路羽途アクロバット


それを発動させた僕は、海の上を走って何故か妹が乗っているクルーザーの追跡を開始した。





「……は? 一隻入港拒否して西に戻りだした? この嵐の中でか?」



報告を聞いた銃音寛治は思わず唖然としてしまう。



「これからさらに勢力を強めるところなのに、転覆する気か……馬鹿なのか?」



外は今も激しい風により、雨粒が飛礫のように壁や窓に当たって大きな音を立てている。


この突然の嵐は、単なる自然現象によるものではない。


東学区にて研究されていた天候操作の技術を使った結果だ。


迷宮の氷河エリア


そこに存在するセイレーン種の中に気流を変化させる迷宮生物がいる。


その声帯部分には特殊な魔力反応する機関があり、昨日のライブにそれを模した、尚且つさらに大出力にしたものを仕掛けた。


さらに砂漠エリアに生息するサンドシープの毛皮を粉末上にした物を上空に散布させることで上空の気温をさらに下げ、それを広範囲に散布させ続けた。


結果、超低気圧と湿った普通の気圧の間で気圧差が生じるのだが、それをスピーカーによって操作し、維持を続ける。


そしてライブが終わったところでスピーカーによる気流の操作を解除


気圧を戻そうと、粉末を散布したところに一気に空気が流れ込む。


その際、上空にて低温のために結晶化していた水分と流れ込んできた水分が激しくぶつかり合い、雷雲が発生。


それを見て、さらに激しくなるように天候が悪くなった空に紛れ込ませて魔法を発動。


東学区の資材ではなく、ここで北学区のマンパワーを発揮


普段力を制限している北の最強アークウィザードが上空に迷宮内部では強力過ぎて使えないという魔法を上空に放ちまくった。


本人が疲れたと泣き言を述べてもポーション飲ませて魔法を撃たせ続けた。


結果、まさにおあつらえ向きのタイミングで天候が荒れ、狙ったタイミングで人為的な嵐が出来上がったのだ。



「どうするつもりだ?」



報告をした来道黒鵜は意見を仰ぐ。


当初の予定では、この嵐によって学園近くまで着て停泊している船を早めに入港させるつもりだったのだ。


しかし、その中で一隻が急に西に戻りだした。



「……ああ、なるほど、それに妹乗せてるのか。


明日には本会議ってことで、まだ来てない船が一斉に入港するからそれに紛れ込ませて隠すつもりだが、今日の入港では隠し切れないと踏んだか……」


「こっちの考えが読まれたのか?」


「まさか。天候の操作は現段階では不可能だと世間一般で認識されてるんだぞ。


隔離空間での実証はできても、屋外での成功例はいまだに無い。


それをあのライブ、MIYABIのディーヴァのスキルで、無理矢理高めた魔力を使って力業で解決しました…………ということをすぐに察せるのは、できないだろ」


「……となると、偶然か」


「だろうな。


だが、それでもこの天候で西に逃げ出すとは……それだけ悪いことしてる自覚はあるんだろ、向こうの強硬派とやらも」


「で、どうするんだ、このままでは歌丸の妹が西の手に落ちるぞ?」


「どうするもこうするも、放っておく。


こっちのプラン通りなら、別にどちらでもいいわけだし……むしろ、一番歌丸連理に西の学園への不信感を植え付けられる。


あいつもまだ揺らいでるみたいだし、もう一押し念押ししたかったから丁度いい」


「……苅澤にどう説明するつもりだ?


救出すると言質を取られたんだろ?」


「安全は保障したが、別に東にとどまらせるとは一言も言ってない」


「…………次は左だな」


「ぐっ」



来道の呟きに、咄嗟に銃音は腫れあがった右頬に手を当てた。


昨日の計画の全容を話した後、結局、日暮戒斗に思い切り殴られたのである。


しかも前衛二人組からの的確なフォームの指導後に、だ。


回復魔法を使いたいが、会議直前まえに回復したらまた殴ると言われて放置している状態である。



「とにかく放置だ。


余計なことはするな、どうせ今日中に歌丸本人は帰ってくるんだし、それで大人しくなるだろ」


「…………」


「どうした、急に黙って?」


「今、歌丸はちゃんと船に乗ってるんだよな?」


「は? 当たり前だろ、ついさっきも誘拐の依頼主と会話してたのを確認したばっかりだぞ」


「いや、どうにも嫌な予感がしてな……ちょっと今の音声聞いていいか?」


「別に構わないが、うー、とか、あー、とか船酔いで呻いてるばっかりだぞ」


そう言いながら、銃音はその手に歌丸に仕掛けていた盗聴器の受信機を取り出してスイッチを起動する。



『――ザザッ、ザー――くっ、はぁ、はぁ……!――ザザッ』



聞こえてくるのは、酷いノイズと息を切らしてる音だ。



「……なんか様子おかしくないか?」


「まさかこの状況で自家発電してるんじゃないだろうなこの馬鹿?」



うんざりした表情になりながらダイヤルを調整してノイズを消そうとする銃音


音がさらに鮮明になり、風の音、波の音、そして何か水がバシャバシャと一定の間隔で跳ねる音が聞こえる。



「なんかよくわからん独創的な自家発電だな」


「銃音、どう考えてもこれは違うだろ。


この音から考えて屋外だし、そしてこの水の音は……モンスターパーティで奴が水面を走ったときと同じ音だぞ」


「……つまり?」


「アイツは今、船の外で海の上を走ってる」


「……………………………」



しばし無言になり、銃音は受信機のダイヤルを調整し直した。


そして受信機の小さな画面には歌丸の位置を示す小さな点が表示されたのだが、それが少しずつ学園から離れているのがわかる。


そしてそれを横で見ていた来道はすぐに現状をすべて察して顔を手で覆った。



「お前の計画、裏目に出たぞ」



そのつぶやきを受け、銃音はすべてを悟ったような表情をして学生証を取り出した。



「……はぁ……なんで俺がまた殴られないといけないんだか」



物凄く陰鬱そうな顔で、学生証を操作する。



「いいのか?」


「どうせただ殴られるだけだ。


そもそも本命のプランは達成できるなら、それくらいは受け入れてやるさ。


ここであいつの見た未来通りになっちまうのがまずいことは俺も理解してる」



そう言いながらも、銃音は暗い表情で学生証の通話機能を起動させた。



「――チーム天守閣の待機を解除する。


今すぐ歌丸兄妹の救出に迎え」





嵐の中、徐々に学園のある島へと近づいていく船


その船の一室で、一人の女性が携帯電話を使って通話していた。



「本当にこれで、黙って見逃してよかったん?」



不安げな表情で訊ねる。


その視線の先には荒れ狂う海があり、そしてその強化された視力によって、その波の中を疾走する小さな人影を視認していた。



『はい。もうこれが現状での最善です』


「でも……この後どうなるかそっちでも見えへんのでしょう?


彼が本当に死んでしまう可能性も……」


『ここを逃せば、縁が完全に切れてしまいます。


わたくしにとって、それが一番恐ろしいことなのです』


「せやけど……」


姉様あねさまは、私のことを信じてくれますか?』


「そんなん当たり前やないの」


『なら、信じて下さい。私の旦那様を』



その声に何やら確信のような期待が込められていることを、姉である神吉千鳥は感じた。



「ベタ惚れやね、まだ会ったこともないのに」


『大丈夫です。夢の中でもう何度も会ってますから』



えへんと胸を張っている姿が想像できてしまうほど自信満々に言われて、思わず苦笑いを浮かべる千鳥



「はぁ……でも、これでうちの努力は全部無駄やったわけやね。


まったくあの狸オヤジ、ほんまに余計なことばっかすんやから……!」



こちらの意向を全部無視して勝手に犯罪組織を動かした、今も船の中でふんぞり返っているであろう憎らしい脂ぎった初老の男を思い浮かべて苛立ちを覚える千鳥であった。



『ある意味で、姉様は本気ではなかったのですからそれも仕方ありません。


元々、姉様も善光も強硬派から旦那様を守るために動いていただけ。


本当はこういったやり方で引き込みたかったわけではなかったのでしょう?』


「そうはいってもなぁ……結果的にただ嫌われただけやし」


『大丈夫。旦那様もちゃんとその意志を汲んでくれます。そういう人です』


「まぁ、ええ子やとは思うけど……でも、体育祭のこととか考えると強敵やし……


西に引き込むのは無理そうやで?」


『そこも問題ありません』


「なんでや?


今までの記録見ても、あの子のチーム、同年代じゃ相手にもならんほど強いんやで?」



その千鳥の言葉に、通話相手の少女は弾んだ声で返した。



『簡単な話です。


相手が強力だというなら、それ以上の力で押し勝つのみ』



――いまだに邂逅は無い。


――だが、少しずつ、確実に、その時が迫ってきている。



『この神吉千早妃かみよしちさき、生まれて初めて……この力、本気で使わせていただきます』



この人為の嵐が、まるで迫り来る体育祭の運命を告げているかのようだと、千鳥は一人、妹の声に小さく震えたのであった。

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