第22話 腹に一物、心に荷物
■
「ギルドには入らないんじゃなかったの?」
すでにファミレスから出ていて女子寮へと向かう三人、
先ほど男子寮へと戻っていった歌丸がいなくなってしばらく歩いて、英里佳は詩織に対して問う。
「……反対なの?」
「そうじゃないけど、理由を聞きたいの。
生徒会の運営するギルドに入るメリットは何?
そこに入れば歌丸くんを守れるの?」
英里佳の目はとても真剣で、それゆえに圧力があった。
自分に向けられた言葉ではないと傍らで聞いている紗々芽も頭では理解していたが、英里佳から感じるプレッシャーに固唾をのむ。
「まず、最初に榎並が紗々芽に語っていたメリットがあることは当然ね。
更に生徒会で運営するギルドは教師からも干渉を受けやすい。
この時点でもう歌丸を無理矢理引き抜こうって輩はかなり制限されるし、あの瑠璃先輩も歌丸を酷使するような性格とは思えないし立場上酷使することはできない。
下手なギルドに入るよりもよっぽど安全なのは断言できるわ」
「……理由は、それだけ?」
「……生徒会運営のギルドは、北学区だけでなくこの迷宮学園全体の自治にも深く関わってくる。
言うならば警察みたいな側面もあり、風紀委員ってのもあながち間違いじゃないの。
そしてそこに関わった場合、北学区の生徒でも卒業後は警察や公安のキャリアの推薦も取りやすい。
この学園の人口はほとんどが学生だけど、人口そのものは一都道府県と同等かそれ以上。能力がある分、犯罪だって起きるし島外よりも治安が悪い節もある。
その学園の治安を守ったという経験は将来への大きなアドバンテージになりえるわ」
「つまり……自分の保身のため?」
「否定はしないわ。
学生だもの、将来のことを考えるのは当然でしょ」
英里佳の責めるような眼差しに動じることもなく堂々と言い切る詩織。
「でも、当然その恩恵を受けられるのは私たちだけじゃなく、紗々芽も榎並も、そして歌丸だって対象よ。
今のうちに将来の不安材料をぬぐっておけば迷宮探索にさらに意識を集中できるし、一石二鳥よ」
「だけど……自治組織というからには何か事件や事故が起きたとき歌丸くんもその対処をするってことでしょ? その危険性は?」
英里佳のその言葉に、詩織は呆れたように言い切る。
「迷宮探索のリスクと大差ないわよ」
「それはそうかもしれないけど……だけど……」
煮え切らない様子の英里佳に、詩織は苛立ちを覚えた。
「歌丸のこと過保護にし過ぎ。あいつの能力知ってるでしょ? ゴキブリ並みにしぶといのは榎並の方がよく知ってるでしょ」
「違う。歌丸くんは……そこまで強くない」
英里佳の脳裏に、ボロボロの姿で自分の意識を取り戻そうと奮闘した歌丸の姿が浮かぶ。
死んでもおかしくなかった。
いや、死んでいるのが当然だった。
そんな重症でも立ち上がった彼のその姿に、英里佳は間違っても「しぶとい」とか「たくましい」なんて感想を抱けなかった。
むしろ、見ていたこちらの方が生きた心地がしないほどヒヤヒヤさせられるような危なっかしさがあった。
「そんなに心配ならその時は榎並が頑張りなさいよ。
対人戦でもあんたの能力は有効だし、対処できる奴はそうそういない。
事件が起きて、犯人を取り押さえる時にあんたが頑張れば歌丸が無理することもないんだから。
そもそも私だって歌丸に無理させるつもりなんて一切ないの。あいつがいくらしぶといからって、貧弱なのは変わらないし。
とにかく、瑠璃先輩のギルドへの加入のために明日頑張るわよ」
そういって寮へと戻るために再び歩き出す詩織。
そんな詩織の背中を見送って、英里佳は静かにその場で俯く。
「榎並さんは」
今まで話を黙って聞いていた紗々芽は、どこか慎重に訊ねた。
「歌丸くんの……その……異常さを、気にしてるの?」
「……異常って、どういうこと?」
英里佳が不機嫌になったのがすぐにわかったので、慌てて紗々芽は言葉を続ける。
「えっと……歌丸くんね、本当にまったく、無謀とか無茶とか危ない感じのは極力避ける感じがあると思うの。
一緒にパーティとして活動してて、そういう性格だってのはわかったの。
だけど…………歌丸くんは、榎並さんがラプトルに追い詰められているときに平然とその危険を冒した」
追い詰められたとき、助けにやって来た歌丸。
確かに、あの時英里佳は歌丸が来ることなど全く考えていなかったので、心底驚いたものだ。
「あ、勘違いしないでね。私は榎並さんがこうして無事でいてくれてよかったと思ってるし、結果的に歌丸くんがあの時動いたことは間違いじゃなかっただって思ってるよ。
だけど……彼はその行動に伴う危険性も十分に理解していたと思うし、自分に何ができるとなんてことも考えて……その時はできることもろくにないって判断してたの。
それでも動いた……友達のために動くって、すごく立派なことだとは思うけど…………歌丸くんが、どうしてあそこまで他人のために動けるのかわからなくて……怖かった。
……あの、本当に二人の間にはその前に何かなかったの?」
英里佳は少しばかり考えてから首を横に振る。
「ない……と思う。
私、歌丸くんの出身地である山形にはいったことないし、歌丸くんもずっと引きこもってて外にだってろくに出てなかったって言ってたし」
そこまで考えて、英里佳も歌丸の行動については違和感を覚えることがあった。
友達だから、仲良くなりたいから助けたいと彼は言った。
それは本心なのだろうが……それだけの理由で動ける人間は歌丸以外にどれだけいるのだろうか?
理解力の乏しい小さな子供ならまだしも、状況をよく理解することができる年齢でもそういった行動を取れる人間は今まで英里佳の周りにはいなかった。
「……陰口みたいでこういうのは良くないんだと思うけど……歌丸くん、死ぬことをあんまり怖がってない感じがして……ちょっと不気味なんだよね」
「それは……」
否定はできなかった。
英里佳は死の恐怖への耐性は訓練で身に着けた。
しかし歌丸はこれまで訓練らしい訓練だってしていないはずなのにラプトルに自分の腕を喰わせるという荒業をやってのけた。
そのすぐ後に英里佳の暴走を止めるためのその拳を受け止めるなどもやってのけた。
自分の身を傷つけることへの恐怖を、訓練もしていない彼がそこまで続けてできることは本来ありえない。
恐怖を感じてないわけでもないのに、そんなことができる。
だからこそ歌丸の恐怖への反応は、異常なのだ。
「だから私……そういう危うさ、って言えばいいのかな?
榎並さん、歌丸くんと一緒に行動することが多くなると思うから気を付けてもらえたらなって思って」
「……うん、わかった。
教えてくれてありがとう。私もその辺りをよく見ておくね」
一度抱き始めた疑問の渦は英里佳の心に大きな波を生み出す。
そして同時に悟る。
歌丸も自分と同じように何か心の中に闇を抱え込んでいるのではないか、と……
■
「――ぶぇっくしょん!!」
「きゅっ!?」
急に鼻の奥がムズムズして大きなクシャミをしてしまい、頭の上に乗っていたシャチホコがかなり驚いた。
「あ、ごめんシャチホコ……ずずっ……うーん?
風邪ひいたかな? もしくは誰か僕の噂を……?」
「歌丸くん、大丈夫?」
寮母の
「あ、どうも。
ちょっと鼻がムズムズしただけなんで大丈夫です」
「そう? あ、シャチホコちゃんのニンジンもあるわよ」
「きゅっきゅう」
ニンジンと訊いた瞬間に僕の頭から飛び降りて、ロビーの一角に作られた柵の中に自ら飛び込んでいくシャチホコ。
柵の中は柔らかいスポンジのパズルピース型のマットがいくつか組み合わされた状態で敷かれていて、その上に着地したシャチホコは素早くニンジンが置いてあるエサ皿の前に移動していた。
「それにしても……随分買い込みましたね」
「あら、これでもまだまだ足りないくらいよ?」
「いえ、十分過ぎるくらいですよ」
柵の中を見れば小さな木のアスレチックや同じく木製のトンネル、さらに兎のぬいぐるみなどもあってしっかりトイレ用のシートも設置されている。
他にも遊び道具などもたくさんあり、シャチホコもぬいぐるみを抱きながらマットの上を転がるのを気に入っている感じだ。
「はぁ……か~わいい~」
カシャカシャと、僕の隣でスマホのシャッターを何度も切る白里さん。
毎日シャチホコがここを使う度に同じようなことをしているが、よっぽどシャチホコを気に入っているらしい。
「あ、そういえば白里さんもこの学園の卒業生でしたよね?」
「ええ、そうよ」
「生徒会の運営するギルドに入る手順ってわかります?」
「え? 歌丸くん、生徒会に入りたいの?」
「別にそういうわけじゃないんですけど……明日、生徒会の運営するギルドに加入するための試験みたいなのを受けることになりまして。
普通ならどうするのかな、って思って」
そこまで言うと、白里さんは感心した様子で僕を見ている。
「歌丸くんたちの攻略が進んでるってのは噂では聞いていたけど、そこまで優秀だとは正直思ってなかったかも。
凄いじゃない」
「そう、なんですか?」
「ええ、もちろん。
生徒会と言えばどの学園でもエリートよ。
特に北学区でなら攻略の実力が高くないと罷免させられることだってあるくらい厳しいなのに、そんなところに募集も始まってないうちに試験が受けられるってことは推薦でしょ?
どこのギルド?」
「えっと……風紀委員
「ああ瑠璃ちゃんのところね。
彼女、すごく優秀よ。よかったじゃない」
優、秀……?
どうにもちょっと想像ができない。
『私たちを瑠璃先輩のギルドに入れてもらえないでしょうか?』
『うん、いーよー』
三上さんの頼みをあっさりと承諾した瑠璃先輩。
あまりに呆気ない了承に僕たちみんな唖然としてしまったが……
『あ、でも一応規則として試験は受けさせるね。
凄くダメダメだったら普通に落とすから、気を抜かいでにゃ~』
などと語ってそのまま帰っていった瑠璃先輩。
あんまり優秀な人って感じには見えなかったけど……いやでも、生徒会役員なんだから油断はしない方がいいのか?
「……ん? 白里さん、瑠璃先輩のこと知ってるんですか?」
「直接の面識はないけど、教職員に知り合いが多くてね、去年の忘年会の時とか彼女のこと話題に挙がったの。
彼女、去年の年末の
またレイド、か……
ネットゲームだと複数のプレイヤーで超強力なモンスターを倒すイベントだったはずだけど……この学園でも同じことが起きるのかな?
「大活躍って、具体的にはどんな内容ですか?」
「数百から数千いるとも言われた
攻撃系の魔法スキルのスペシャリストよ」
「へぇ……」
魔法攻撃、か。
確かに現状僕たちのパーティに一番足りていない後衛だ。
瑠璃先輩のギルドに入ってくれれば、必然的に一緒に活動する機会がある。
彼女と一緒なら確かに攻略も進むだろう。
「――めぐみさーん、飯まだありますかー?」
入り口の方を見ると、疲れた顔の男子生徒たちが何人か戻ってきた。
時計を見ると意外と話し込んでいたことに気づく。
「シャチホコ、部屋に戻るぞ」
「きゅ」
ニンジンを食べながら柵を飛び越えて僕の腕に飛び込んできたシャチホコ。
僕はそれを受け止めて、頭の上へ乗せる。
「それじゃ、僕は部屋に戻りますね」
「あら、ゆっくりしたらいいじゃない」
「あ、いえ……その」
視線を何となく戻ってきた男子生徒たちの方に向けた。
彼らは僕の姿を確認すると、わずかながら不愉快そうに眉をひそめた気がした。
彼らからしてみれば、僕は弱いのに攻略の進むパーティに入っているということで受けは悪いはずだ。
……もしかしたら僕の勘違いかもしれないけど、なんだか昔のことを思い出していい気分ではない。
「明日は一応試験もあるんで、今日はもう休みます」
「あらそう? じゃあ、明日頑張ってね」
「はい、おやすみなさい」
挨拶も早々に、僕は自室へと戻って椅子に腰かけた。
ルームメイトである相田くんはまだ戻っていない。
まだ迷宮の攻略に勤しんでいるのだろう。
「……そういえば、まともに話したことまだないかも」
ルームメイトではあるが、僕はこの部屋には寝る以外ではあまり戻ってないし、寮にいる時はもう起きている時間だけをみればロビーにいる時の方が長い気がした。
そうでなくとも、空いてる時間は攻略に明け暮れているし、今日みたいに攻略が早く終わってもその時間を訓練や勉強に当てている。
そもそも相田くんの方だって攻略に時間を注いでいるから、教室以外では会わないし、会っても僕と彼は会話をすることもない。
「……あ」
そんな時、扉が開いて相田くんが部屋に入ってきた。
噂をすれば影、とは言うけど……一人で考え事してても当てはまるのだろうか?
「や、やぁ」
「お、おう」
一応挨拶はしたものの、なんだかお互いにぎこちない。
「…………」
「…………」
き、気まずい。
苅澤さん、僕のことコミュニケーション能力高いとか言ってたけど、やっぱり僕全然そんな感じじゃなかったよ。
だがくじけるな僕。ここは明るく話題を振るんだ。
「えっと」「ああ、俺飯行くから」
バタン、と。
僕が話題を振る前にカバンを机に置いて出て行ってしまった相田くん。
一人残された……いや、頭の上にシャチホコいるけど……とにかく静かになった部屋の中で僕は思った。
「シャワー浴びて寝よ」
とりあえず明日のことに集中しよう。
■
しばらくして、歌丸のルームメイトである
「…………」
「きゅぴー……きゅぴー……」
すでに歌丸はベッドの中におり、枕元では彼のテイムしたエンぺラビットが寝息(?)をたてている。
すでに歌丸のこういった姿は何度も見ている。
朝になると自分より早く起床し、朝食をしっかりとってから早めに登校しているのは、すでに寮母である白里恵から聞いている。
放課後になるとすぐに迷宮攻略に励んでおり、他のパーティより早く地上に戻っているにも関わらず好成績をあげている。
最初は、彼の仲間である三人の女子の力によるものだと思っていたが、彼女たちがいくら優秀でも攻略のスピードが異常である。
となれば、何か他に特別な要因があるはずだ。
「…………」
そう考えた相田の視線は自然と歌丸の枕元で身を丸くして眠っているシャチホコに向けられた。
――魔が差した、と後に相田は思うだろう。
ゆっくりと相田は眠っている歌丸の枕元に置かれている白いカード――エンぺラビットのアドバンスカードに手を伸ばした。
カードの所有権は歌丸にあり、歌丸がいる限りカードは自分の物にならないことを知ってはいたが、何かこのカードにあのパーティの攻略のヒントがあるのかもしれない。
そして……本当にちょっとだけ、カードをなくして慌てふためく歌丸の姿を見てみたいとも思ったのだ。
指先がカードに触れた。
――その時だ。
相田の手首を、ヌッと青白い手が掴んでくる。
「っ!?」
一瞬悲鳴を上げてしまいそうになった。
その手には熱など無く、ヒンヤリと、それこそまるで氷を当てられたよな気がしたのだ。
「ぁ……あ……」
カラカラと喉の奥が乾いていく。
相田はその時に見たのだ。
瞼を開いたその瞳が、ボンヤリと光っている歌丸の顔を……
「――あ……あれ? 相田くん?」
だが、それも一瞬のことだ。
どこか間の抜けた声と共に、目をこすりながらこちらを見る歌丸。
その眼は特に何も変わっていない普通の日本人にありふれた茶色の虹彩の瞳だった。
「お、お前……今……?」
「えっと……どうしたの?」
先ほど見た、光った目のことを尋ねようと思った。
だが、もしかしたら見間違いだったのかもしれない。
そう思った。
部屋の中の電灯が角度で歌丸の目に反射したとか、単純に見間違いだったとか……
――だが、ならばこれはなんだ?
「あの……この手はなに?」
歌丸は困惑した様子で掴んでいる相田の手を見た。
「ちょっと……その……その兎の毛玉がついてて、取ってやろうかなと」
「え、あ、そうだったんだ。
あはは、ごめんごめん」
歌丸は笑いながら手を離すが、相田の手にはまだ異様な冷たさが残っている。
その冷たさが伝導するかのように背筋を冷たくする。
「取れたかな?」
「あ……いや……すまん、見間違いだったようだ」
「ああ、そっか。
あー……でも明日にでも毛玉取るためのコロコロとか買ったほうがいいかもね。部屋の物汚しちゃうと悪いし」
そんな風に笑いながら歌丸はまだ眠っているエンぺラビットを撫でる。
「……な、なぁ」
「ん? どうしたの?」
「お前の……その……手」
「て?」
歌丸は首を傾げながら自分の手を見ている。
「…………いや、なんでもない。
俺はシャワー浴びて寝るよ。おやすみ」
「あ、うん、おやすみ」
どことなく腑に落ちないという感じの表情をしながらも、再びベッドで横になる歌丸。
そして彼が目を閉じたのを確認してから、シャワールームに移動する相田。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
扉を閉めてから、ドッと汗が大量に噴き出てきた。
心臓が早鐘を打ち、先ほど見た歌丸の顔が脳裏に浮かぶ。
「な、なんだよあれ……!」
見間違いかもしれない。
だが、そうじゃないかもしれない。
確かに見たのだ。
あの時、開いた瞼の奥に眼球が異様な光を灯していたのを……
――そして……
「……あ、ぅ」
ズキリと、先ほど歌丸に捕まれた手首を見た。
それを見た瞬間、相田は心臓を掴まれたように呼吸ができなくなる。
相田の手首には、はっきりと掴まれたとわかるほどにくっきりとした手形の痣が残っていたのだ。
――ヤバい。
本能で相田は理解した。
そして即座に判断を下す。
――
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