第39話 エアブラストドラゴンを召喚!

さてどうしたものか



「きゅきゅきゅうきゅ」



現在、僕はシャチホコを隣に座らせた状態で、初めて袖を通すタキシードを身に纏っている。


小橋副会長が予約してくれた店はとんでもない高級レストランで、運営の過半数が学生だとは思えないほどに大人びた空間だった。


ドレスコードのある店なんて、僕の一生で来ることがあるとは夢にも思わなかった。


幸い、タキシードはレンタルで貸してもらえたので良かったのだが……



「戎斗、結構着慣れてるね」


「ん? そうッスか?」



シャチホコとは反対の隣に座っている戎斗は僕と違って着替えの時も手慣れた様子で、蝶ネクタイとかあっさりとつけてしまった。



「親に連れられて結構こういうの着る機会が多かったんスよ」


「……実は家は金持ち?」


「さぁ、どうッスかねぇ」



すごい意味深な流し方だ。


人は見た目によらないとは言うが、ここまで実情と口調がかみ合わない人間もそうはいないのではないだろうか……



「それにしても、早くみんな来ないッスかねぇ~」



そわそわとだらしない顔を見せる戎斗


僕たちが座っているのは円卓となっており、他にも開いている席が三つある。


そこにこれから三上さんや苅澤さん、そして英里佳が座るのだ。


僕たちは用意されたタキシードをすぐに決めてしまったが、やっぱり女の子はこういう時にこだわるらしい。



「――おやおやおやおやぁ?」



僕も三人がどんな姿で来るのかと期待を胸に膨らませていたとき、頭から冷水をぶっかけられたかのように、その声によって気分がだだ下がりになる。



「まさかとは思いましたけど……やっぱり歌丸くんではないですかぁ!!」



「ふしゃぁーーーーーーーーーー!!!!!!」

「げっ!?」



声の主の姿を見てシャチホコがその前歯をむき出しにして、戎斗も露骨に顔をしかめる。


僕は顔の表情を一切消して、諦めの気持ちでいっぱいになった胸を解放するかのように大きくため息をつきながら声の主の姿を見た。



「巣に帰れ学長」


「いきなり辛辣っ!?」



人類の天敵にして、我らが迷宮学園の長


僕たちの来ているものより数段豪華な装飾が施された、人類が着るものではない明らかな特注のタキシードを身に纏ったドラゴンがそこにいた。



「もう、そんなに邪見にしないでくださいよ」



そんなこと言いながら、まるでそれが当然であるかのように僕の隣の席――つまりシャチホコがいた場所に近づく。


シャチホコは学長に対する恐怖からすぐさまその場から離れて僕の頭の上に飛び乗った。



「失せろ」


「あはは、そんなゴミを見るような眼で見ないでくださいよ」


「というか、あなた今金欠じゃなかったんですか?」



僕の治療費を肩代わりしているから、しばらくインスタントしか食べられないとか言っていたはずだが……



「今日は給料日なので、ちょっと奮発してしまいましたっ!


おかげで明日からインスタントどころか水以外何も口にできませんけどね!」



まさかの全額ぶっこみ。全然ちょっとじゃないよね、ここでの食事って。


このドラゴン、本来食事は必要ないからそれ自体は趣味嗜好でしかないのは知っているが、ここまで考え無しだとは……



「というか、早く自分の席に移ってくださいよ」


「そんな寂しいこと言わないで、一緒に食べましょうよ。


最近書類仕事が増えてしまって生徒との触れ合いに飢えていたところなんです」


「その仕事が増えた原因は確実にあなたですよね」


「あ、わかります? 実はゴールデンウィークにイベント企画したんですけど、やるためにはいろいろ手続きが必要とか言われちゃいまして」



やっぱりなんか仕掛けるつもりだったのか。


予想はしていたけど、改めて言われると落ち込む。


折角の連休、休めそうにないな。



「――なんでここに」



氷のように冷え切った声がした。


「ひっ」「きゅっ」



戎斗とシャチホコがほぼ同時に声にもならない声を喉から発し、僕はその迫力に声も出ない。



「おや、これはこれは榎並さん。


そのドレス、とても似合ってますよ」



声の主は薄紅色の肩を出した膝くらいまでスカート丈のあるドレスを着た英里佳だった。


普段はそのままにしている赤っぽい茶髪をまとめており、普段とはことなるその雰囲気にドキリとしたのかもしれないが、今はそれをすべて塗りつぶすほどの強い殺意をその眼に燃やしている。



「答えろ」



空気がチリチリと焼けるような、そんな英里佳の怒りが感じられる。


おそらく、彼女は今この場で狂狼変化ルー・ガルーを使うことも辞さないだろう。



「榎並、落ち着きなさい!」



そんな緊迫した空気の中、背中を大きく開いた青いドレスを着た三上さんが割って入る。



「そうだよ、こんなところでスキルなんて使っちゃ駄目だよ」



続いて、露出は他の二人と比べて少ないのにも関わらずなんだか一番色っぽい黒いドレスを着た苅澤さんが英里佳の肩に手を置いて制止を促す。



「これはこれは、皆さんとってもお綺麗ですねぇ。


ほら二人とも、着飾った女性が着たら褒めるないのは失礼ですよ?」



場の空気を全く読めていないこのドラゴン


呑気にそんなドレスの品評とかしてられない。



「榎並さん、席に着いて話し合いましょう」


「誰がお前なんかと……!」


「もしお話してくださったら、私の弱点を一つ教えてあげますよ?」


「「「「「!?」」」」」



学長のその言葉に、英里佳はもちろん僕たち全員が驚愕した。


学長の弱点――それはつまり、今世界中に存在するすべてのドラゴンを駆逐するための重大なヒントとなることだ。


世界中の人類が欲しくて仕方がない、喉から手が出るほど欲しい情報だった。



「…………」



英里佳は怒りの煮え湯を必死に飲み下したかのような表情で、学長とは一番距離が離れている対面の席に座る。


残った席、学長の隣に三上さん、そして戎斗の隣に苅澤さんが座る。



「ふふふっ……では、皆さんで仲良くお食事といたしましょうか」



学長がテーブルの上にあった鈴を鳴らすと、控えていたウェイターの学生がやって来た。


年は僕たちより上なのかもしれないが、とんでもなく緊張している。


そりゃそうだ、何かが一歩間違えれば英里佳がこの学長を殺そうと動くのだ。そして学長の場合それくらい何の問題もないのだろうが、もし反撃に移ればこのレストランのあるフロアどころか建物ごと吹っ飛びかねない。


さしずめ、今の僕たち全員の気分は爆弾処理班のようなものだった。



「あ、私もこのテーブルで食事をするので。


私にはワインを……えっと、みなさんはジュースですかね?」



「水で」



どうでも良さげに、そしてもう目線だけで「さっさと弱点を話せ」と伝えてくる英里佳。


僕たちも早くこの場から切り上げたい一心で、結果全員の注文が水となった。



「まず、私を倒す方法ですが……」



注文が終わったらいきなりそう切り出す。


早いに越したことはないと思っていたが唐突だな。



「そもそもここにいる私は分身体でしかありませんので、仮にここにいる私を殺したとしても色々と手間はかかりますが再生は可能です」


「なっ――」



その言葉に、一番驚愕したのは英里佳だった。


分身体?


今、目の前にいる学長が?



「昔……世界中に存在する迷宮学園と同じ数のドラゴンが出現したってニュースがありました。


僕、入学前に資料としてそれを見ましたけど、今の学長と同じサイズから巨大化していました。その時の学長が本体で、今は分身体ってことですか?」


「いいえ、当時の私も今の私もまったく同一その存在です。


分身体でもそういう能力はあります」



学長のその言葉に、僕は全身から血の気がサッと引いていくのを感じた。


普通に考えて、本体が分身より弱いとは思えない。


つまり、今目の前にいる学長ですら、ドラゴンとしての全力を出していないということ


あ、ありえない。核の熱量にすら耐えうる存在より強いとか……どこまで出鱈目な存在なんだ、ドラゴンって……



「じゃあ……本体はどこに?」


「おっと、それは弱点とは別なのでお答えしかねます。


まぁ、弱点について話す対価として、こちらからも質問に答えてもらってもよろしいでしょうか?」


「…………なんですか?」


「君の父親、ユーゴ・ベルレアン先生……いえ、帰化していましたから榎並勇吾えなみゆうご先生ですか。


彼のことをあなたはどれくらい覚えていますか?」


「――――ッ!!」



英里佳はその場から立ち上がり、椅子を蹴とばし、机を思い切りたたく。


誰が見ても彼女は今ていた。



「お前、が……!!」


「英里佳!」

「きゅう!?」



僕はその場からすぐに立ち上がって彼女の方に回ってその肩に手を置く。


その拍子に頭からシャチホコが落ちたが、僕の椅子の上に見事に着地していた。


まぁとにかく、今の英里佳を放っておいたらそのまま机を踏み台にして学長に襲い掛かりそうな勢いだったから放っておけなかった。



「歌丸」


「わ、わかってる」



三上さんに言われるまでもなく、僕はスキルを念のために発動させた。


本来なら彼女にスキルを自由に使わせる危険性があるけれど、今のままじゃ理性がトぶのも気にせずスキルを使いそうだ。


それがこの場では最悪のため、僕は特性共有ジョイントを発動させておく。



「おや、どうやらとても気に障ることを言ってしまったようですね」


「黙れ! お前のせいで……! お前が、お前さえいなければ……!!」



血走った眼で睨んでくる英里佳に対して、学長はまったく怖気づいた様子もない。



「あはは、恨まれていますねぇ」


「あんたは黙ってろ!!


英里佳、一回深呼吸して、ゆっくりでいいから」



極度の興奮状態ではあるが、彼女だって馬鹿じゃない。


先ほどの話をきいた限り、今この場で学長を倒したところで意味がないことだって理解はしている。



「…………ふぅ…………はぁ…………ふぅ……!」



肩を大きく上下させて呼吸を整える英里佳。


よかった、ちゃんと話は聞いてくれているようだ。



「ほら、椅子に座って……」

「…………うん」



椅子を起こし、そこに英里佳を座らせる。


僕はそのまま英里佳の隣に立って、学長を睨む。



「それで、勇吾先生のことなんですがね」


「あんた、本当にいい加減にしろよ。どんだけ無神経なんだよ」



英里佳の今の取り乱しようを見てまだ話を続けようとするあたり、やっぱりこいつは人間とは分かり合えない存在なのだと実感させられる。



「いえですけど、こちらもただで弱点を教えないわけにはいきませんし、私にはとてもとても興味深い話なのですよ」



ああ、ちょっと英里佳の気持ちがわかってきた。


無駄だし、不可能だとは頭で理解しているが、今すぐにでもこいつをぶち殺したい。



「……歌丸くん、もう大丈夫だから」


「でも」


「こいつの弱点は、絶対に知りたいの。


だから、大丈夫」


「……わかった。だけど、僕はこのまま隣にいていいかな?


アイツの隣は絶対にご免なんだ」


「……うん」


「ふふふふふっ、仲が良いのは結構結構。いやぁ青春してますねぇ」


「――さっさと話しを終わらせろ」



自分でも、こんなに怒れることが驚きだ。


視線で目の前のドラゴンを殺せたら、どれだけ幸福だろうか。



「おお怖い怖い。


では話を戻しますが、勇吾先生のことはどの程度覚えてますか?」


「……!」



英里佳が肩を震わせて机の下で拳をギュッと握りしめる。


僕は彼女の隣に立っているだけで、そんな彼女に何もしてあげられなくて、それが無性に悔しかった。



「……父さんのことは……小学校入学する前に会ったのが、最後です。


入学式、会いに来てくれると……そう言って……帰ってきませんでした」



眼に涙を溜めながら、必死に言葉を吐き出すその姿はとても痛ましく、見てるだけで胸が張り裂けそうだった。


なのに、目の前のドラゴンはまるで世間話をするかのように、彼女の胸の内を言葉の刃で抉り続けようとする。



「ああ、そういえば遺体は結局回収できませんでしたね。


いやぁ、残念でした。彼はとてもいい先生でしたよ。


選択科目の教師ということで教え子は少なかったですけど、それはとてもとても慕われていましてね」



――もうそれ以上喋るな。



「シャチホコ」「ぎゅう!!」



シャチホコの額に小さな発光する角が出現し、勢いよく学長に体当たりした。


どうせ無駄だとわかっているが、とにかくその口を閉ざしたかったのだ。



「痛ぁっ!?!?」


「え」



しかし、予想と反してシャチホコの体当たりに学長は椅子から飛び上がるほどに驚いてそのまま倒れてしまう。


これには黙って話をきいていた面々も、英里佳ですらも唖然としてしまっている。


こんな反応、銃弾を受けた時ですら見せたことが無かった。むしろ銃弾なんて受けてもそよ風を受けたくらいの無反応ぶりだったのに、なんでシャチホコの攻撃が――――



「……物理貫通?」



そうだ、シャチホコのあの攻撃は魔法系統の攻撃に分類される。


つまり、物理現象を介さずに相手へ攻撃したという結果を引き起こすのだ。



「いたたたたっ…………あの、なんか痛み全然引かないんですけど……これ、呪い効果ついてません?」



ゆっくりと立ち上がって再び座り直す学長。



「まぁ、知っての通り私は常時物理的な攻撃に関してはこの鱗によって守られているのでほとんど効果はありません。


しかし、今見たようにならダメージは普通に通ります。これは分身だけでなく本体も同様。これが弱点です」


「そんな、待ってください」



信じられないという様子で、三上さんが発言する。



「魔法ならダメージを受けるって、あなたはこれまで数多くの魔法を受けてきたはずです。

それを受けても効果が無かったと報告が上がっています」


「それは勘違いです。


私がこれまで受けてきた魔法はすべてであり、あくまでも純粋な魔力を受けたわけではありません。


核にすら耐えうる私に炎も、洪水も、嵐も地震も熱線だって意味はない。魔法でそれらを再現して意味もないのは当然のことですよ」



「それは…………」



じゃあ、なんていうかそれ……魔法という概念を僕たち人類は勘違いしていたということか?


魔法の炎とガスコンロの炎は違うものだと、僕も今にして思うと無意識で考えていたが結局はそれは物理現象としては全く同じことで……ただ単に魔法は燃やすという現象を過程をすっ飛ばして起こしていただけで、あくまでも物理現象の範疇だった?



「もっとも純粋な魔力を攻撃に転換できる武器は迷宮の地下100層以降でしか入手はできず、その系統の魔法を修得できる生徒もいまだ現れていないのが現状です」



そんな、不可能だ。


100層って人類が未だに到達できてない場所だし、サラッと言ったけど100層以上も迷宮が存在するってことじゃないか。



「かつての“竜殺し”のユニークスキルを持つ生徒は可能でしたが……勇吾先生は結局死んでしまいましたし」



学長が悲し気に呟いたその言葉に、僕たちはさらに驚愕した。


――竜殺しのユニークスキルを持っていたのが……英里佳の、父親!?



「まぁでも……万が一、いえ……億、兆に一つの可能性ではありますが……」



ギロリと、学長はその視線を僕に向けた。



「今のスキル、その上位を修得したその時……歌丸くん、君はドラゴンを殺せる唯一の人類になるかもしれませんね」



その視線を睨んでいるわけではない。面白そうに、興味深そうにこちらを観察しているのだ


ただ、ドラゴンといういかつい顔に僕は少なからず恐怖を抱かずにはいられなかった。



「――さて、機嫌もかなり損ねてしまいましたし、流石に今日は退散するとしましょう。


当初の予定通り、私は個室の方で食事をしますので、皆さんも楽しんでいってください」



そういって、場の空気を知っちゃかめっちゃかにかき回した学長はその場から去って行った。


僕たちはそれを黙って見送り、ただその場に沈黙が流れる。


そんな中、不意に英里佳が席を立った。



「……ごめん、今日はもう私……帰るね」


「あ」



呼び止めようと思ったが、なんて声を掛けたらいいのかわからなかった。


だけど…………



「……あの、みんな」



僕が三人の方を見ると、みんな黙って頷いた。



「行ってきなさい」

「榎並さんのこと、お願いね」

「飯の感想は明日伝えてやるッス」

「きゅう!」



「ありがとうみんな。


そしてシャチホコ、お前は来い」



サラッと席に座りなおしているシャチホコをアドバンスカードに強制収容


カードに入れる瞬間すごく騒いでいた気がするが、今は気にしない。


僕は英里佳を追いかけて、その場から走り去った。

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